「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
* * *
──仲町千佳サイド──
「かおりー!帰ろう!」
六時限目が終わり、HRが終わり、そして放課後。
かおりに声をかけつつ自分も用意を済ませる。
「うん。…あー、ちょっと待ってて。先生にプリント出して来る」
「私も行くよ」
という事でかおりと一緒に職員室へ──
「失礼しまーす…」
かおりが職員室に入って行き、プリントを渡して戻って来るまで、私は職員室前の廊下で待っていた。
「…比企谷君…か」
私はまだ比企谷君とは会った事がないし、かおりの話を聞いている限りでは良い人見たい。
かおり曰く、外見はアレで、しかも良い事をしてもやってないだの副産物だの言ってるし、自分を傷つける事を厭わない人だから、最初はちょっとアレかもしれない…らしい。……アレって何だろう…。
でも、優しくて気が利くし、人助けの出来る人だとか。…人助けの噂は聞いたけどね。
「失礼しましたー」
「あ、来た」
「よっし!…じゃあ帰ろっか…ってそうだった。勉強会するんじゃん」
「…どこでやる?」
「…んじゃ私の家来てよ。そこで勉強会しよ?」
「分かった。…久しぶりだね、かおりの部屋行くの」
「あー、確かに。…てか、多分最後に呼んだのが千佳じゃないかな…」
──という事で、折本家。
「ただいまー…」
「お邪魔します……」
家に上がり、かおりの部屋へ行く。両親は仕事で居ないらしく、私とかおりの二人だけだった。
後から来ると言う比企谷君と津久井さんを待つ間、早速私は勉強を始めていた。
「千佳は真面目だね…」
「かおりもやろうよ……」
「私は比企谷達が来てからでいいって。…うーん……」
「どうしたの?」
気付けばかおりが唸っていて、何かを思い出そうとしているようだった。
「いや、ここに比企谷を呼ぶのも久しぶりだなぁ…って、ね」
「そうなんだ…。…あ、かおりと比企谷君の“ここでの”エピソードとか無いの?」
──思えば、これが始まりだった。
私が、ここで余計な事を言わなければブラックコーヒーなど必要なかったのだ。
だけど、この時の私はこの後物凄い爆弾が来るなんて思ってなかったし、考えてすらなかったし、それこそどんな話が聞けるか少しワクワクしていた。……結果は…何と言うか、ね。
* * *
──折本かおりサイド──
「…うーん、私と比企谷の思い出って言うと……」
ここに比企谷を呼んだ回数は、まだ恐らく両手でギリギリ数えられる筈だ。
だから、ほとんどの事なら鮮明に思い出せる。
でも、その中で私が千佳に話すとしたら──
「…えっと、私が一年の時に比企谷とデートしてた時の事だったんだけどね?」
そうして、私は話し始めた。
────
──
一年前・とある休日──。
「ごめん比企谷、お待たせ!」
その日も寒く、私も比企谷も上から下まで防寒装備で駅前を待ち合わせに集合していた。
「…おう。…お前は本当元気な」
「私が元気なんじゃなくて、比企谷が元気ないんじゃないの?」
「…まぁ、一理あるか」
「あるんだ……。…クシュッ……」
「お、おい、大丈夫か?」
「へへ。…大丈夫だよ。鼻がムズっとしただけだから」
──実は、この日の私には、本当は予定が無かった。
お母さんは今日からママ友で旅行という事で土日どっちも居ないらしく、私は家でゆったりくつろいで居ようと思っていたんだけど──
「かおり、急に仕事が入ったから行って来る。外出は構わないが鍵と火はちゃんと確認しろよ?…それじゃあ」
──と言って急にお父さんが家を出て行ったのが今朝の事。
家に一人残された私は、その後比企谷に連絡を取り、そして現在に至る。
「…まぁ、良いなら良いけどよ。……んで?今日はどこ行くんだ?」
「今日?今日は──」
──クラッ
と、そこで突然バランスを崩す。何とか踏みとどまって耐えたものの、比企谷にはバッチリ見られてしまった。
「…折本、悪ぃ」
「え……」
比企谷が、私に謝ったと思ったら次の瞬間には、顔が目の前にあった。
そして少し後から、ひたいに冷んやりと冷えた手が触れる。…反対側の手は、自分のひたいに添えられていた。
「……………」
「……………」
互いに、少しの無言。
だが、それを破ったのは意外にも比企谷だった。
「…帰るぞ」
「え…っ……」
「当たり前だろ。…折本、お前熱あんだろ」
「…うっ……」
「……そんな状態で倒れられても困る。…大体、今は冬で風邪引きやすいんだし」
確かに、それは比企谷の言う通りだった。
このままじゃいつ倒れるかも分からない。しかも倒れたら比企谷にも迷惑がかかる。……だけど、…それでも、私は比企谷と一緒に居たかった。
「……やだ。……今日はデートだもん」
「…いや、だもんって…。……はぁ、じゃあお前ん家でな?」
「……へ?」
「…あー、でも親御さん居るか。……まぁ、その方が確実か」
「え?……クシュンッ……比企谷?」
私は、熱でぼーっとする頭をフル回転させて考えていたが、“ただの自宅デート”という事実に辿り着いたのは事後だった。
* * *
「……っても、歩かせる訳にはいかねぇし…。…しゃあねぇ。折本、背中乗れ」
──比企谷は、意外な事に、介護方面にも献身的だった。
「う、うん…。…お邪魔、します」
私は、しゃがんで待ってくれている比企谷の背中にちょこんと乗り、しがみついた。
「ん…しょっと。…お前、ちゃんと飯食ってんのか?何か軽いんだが」
「ちゃんと食べてるよ。…って言うか、それじゃあ何?ちゃんと食べてる私はもっと重いと思ったと?」
「い、いや…。そんな事は一言も言ってねぇ…」
…そんなしどろもどろで言われても説得力がまるで無いんだけど……。
──そんな事を話しつつ歩いて、そして折本家へ。
「…親、居るんだろ?看病して貰えよ」
「あー……。……比企谷、ごめん。……今日、両親居ない…」
「……………」
「……………」
──再び沈黙。
……でも私は、ここに来るまであえてこれを言わなかったのだ。
「……ねぇ、比企谷──」
「──あたしの看病、してくんない?…そ、その、デートの代わりに……ね?」
「……は?」
これを思い付いたのは、比企谷の背中でゆっさゆっさと揺れながら家に向かって歩いている途中だった。
風邪の時にある特有の孤独感。
それが嫌だったのだ。
──だから、いつも家で一人で居ても平気なのに、今日は比企谷を呼んだ。体調が悪いのを我慢して、会いに行ってまで。
だからこそ、比企谷と離れたくなかったのだ。
「……比企谷は、それでもいい?」
「…………………はぁ…」
沈黙の後、僅かな溜め息。そして──
「分かったよ。…面倒みてやる」
──こうして、比企谷による看病が始まった。
今回も短めです。
この回想は次回に続きます。
因みに、平均文字数3500台を目指しています。