「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
学食──。
「うわー、久しぶりに来たけどすごいね…」
そこには見渡す限りの人。人。人。
私はずっとお弁当だったので、諸事情でお弁当を持って来られなかった日に──丁度今日の様な日にしか学食には来ない。
そして、そもそもこの海浜総合高校ではその生徒の八割以上が学食をほぼ毎日食べている為、学食は人でごった返していた。
「…かおりは何食べるの?」
「うーん…、まあ、安いしカレーかな?」
ちなみに、券売機に置いてあるメニューを簡単に記すと、カレー、チャーハン、ラーメン、定食で、その他にも付け合わせやおかずなどがある。カレーを含めその他もそれぞれ何種類かあるので種類全体としては数は多い。
「…私は定食にしようかな…」
そう言いながら千佳はA定食を押し、出て来た券を取る。
そのまま流れに乗る様にカウンターの列へと並び、順番を待つ。
「……あ、そうだ。…かおり今日放課後空いてる?」
「えっ?」
「久しぶりにかおりと遊ぼうかなって。…って言うか勉強会なんだけど…」
どうやら千佳は今のうちから勉強をして少しでも成績を上げようとしているらしく、私と二人で勉強会をしないか、と言う提案だった。
「……うーんと、ちょっと待ってて」
私はそう言いながらポケットから携帯を取り出し、メールを送る。
《To:小町ちゃん!
Sub:比企谷に伝えといて!
Text:比企谷が部活終えて帰って来たら私の家に来るように伝えて!出来れば津久井さんにも!》
「誰に送ったの?」
「小町ちゃん。…その勉強会さ、比企谷ともう一人呼んでいい?」
「えっ?…うん、私は構わないけど……。もう一人って?」
「津久井さん。…えっと、分かりやすく言うと比企谷君の事が好きな人?」
「……………」
「?…どしたの?……急に黙りこくって」
「…その津久井さん?…って人さ……、かおりの
…まあ、普通はそうだよね。それが普通の反応だと思う。多分だけど私も当事者じゃなかったら同じ反応してるかも。
「仲は良いと思うよ。けど…、うーん…。まあ、確かに恋敵って事になるのかも知れないけど、でも恋敵の前に親友?…かな。私も、津久井さんも、…多分比企谷も」
私だけがそう感じているのかは分からないけど、あの二人──津久井さんと比企谷と一緒に居る時に、恋敵だからと思った事は一度もない。それどころかむしろ普通に楽しかった。
「恋敵なのに親友なの?…私はそもそも恋敵が居た事ないから分からないんだけど…。恋愛ってそういうものなの…かな?」
「……多分私達が珍しいんだと思う」
──と、そこで順番が来たので食券をカウンターに出す。
それを受け取ったカウンターの人が奥に行き、注文を言いつつ戻って来る。そして私達の次の人の注文券を受け取り、また奥へと戻る。──すると今度はトレイを持ってやってきた。
「はいお待ち。カレーとA定食」
私達はそれを受け取った後、適当に空いている席を探してそこに座った。
* * *
「「いただきます」」
そう言って私はカレーを、千佳は定食をそれぞれ食べ始める。
と言っても席は向かい同士ではなく、隣同士だ。周りも同じ様に話している人ばかりで結構煩いので、向かい合うより隣の方が話しやすいとの判断からである。
「……ちょっと訊いてもいい?…嫌な事かもしれないけど」
突然何の脈絡もなく千佳が話題を切り出す。
取り敢えず肯定の意を示すと、千佳は箸を置いて話し始めた。
「かおりはさ、比企谷君が誇らしい?」
──単純な、それだけの言葉。質問。
だけど──だからこそ、奥のある質問。
「……かおりは本当に比企谷君が好きで、心配してて、それこそ学校休んでまで看病に行ってた訳だけど、…でもだからこそ、“そこ”が知りたい」
「かおりは比企谷君が傷付いてまで人を助ける事をどう思ってるの?──誇れる事?それとも──危険な事?」
……………。
比企谷の、人助け。
自分を傷付け、他人を助ける。
端的に一般論で言えば自傷行為。──それに尾ひれがついたモノ。
確かにその通りではある。
──そして私は、本当の事を言えば比企谷には止めて欲しかった。
確かに誇らしい事ではあるけど──正しい事ではあるけど、比企谷にも無事で居て欲しかった。…自分勝手だけど、そう願わずにはいられなかった。……比企谷が傷つく度に、私の胸も痛んだ。──それでも、決して表に出しはしなかった。
──比企谷はいつか言っていた。
“自分は間違った人間”だと。
私が比企谷と一緒に居たいと思い始めたのは、それが最初だった。
最初は恋愛というより使命感に近かったのだ。──そして、比企谷に興味を持って話しているうちに、好きになっていった。
──でも、好きになっていくに連れて、比企谷の行動の一つ一つを注視していく様になり、そこで気付いた。
比企谷が、今にも壊れそうで危ういことに──。
だから私は、好きというのとは別に、比企谷のそばに居ようと思うようになった。
──自分が間違っていると言うのなら、私が正しい人間にしよう、と心に誓って。
だから──
「誇れるよ。……人を助けられるなんてなかなか出来ないし」
「そう…なんだ。……かおりの比企谷君への愛でお腹いっぱいです」
「な…っ!?」
──そう。私は比企谷を正しい人間にしようと思った。いや、思っていた。
でも、最近──津久井さんに会ってから考えが変わった。
“アレ”が比企谷なのだ。
だって、もし仮に比企谷があの片瀬みたいに友達を沢山連れて話してたら、それは比企谷じゃない。
──つまり、比企谷の“人助け”だって同じだ。
人を、他人を手段を選ばずに助けようとしてしまうのが比企谷。
だったら、私は比企谷の人助けを助けられる様になろう。
比企谷が自分を犠牲にしなくて済む様に。少しでも負担を減らせる様に。──そして、比企谷に心配をかけないように。
私は新しくそう誓って、千佳と共に学食を出た。
* * *
学食を出て、まだ余っている昼休みをどうするかと話しつつ教室へと戻って来た私と千佳。
取り敢えず席に座ろうと私の席へと向かう。
「これ、誰のだろ?」
私の机の上には見慣れない鉛筆が。
──と、そこへ。
ヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴッ。
小刻みに動くスマホ。画面を見てみれば、送信者は一色ちゃんだった。
《Sub:ありがとうございました!
Text:先輩──比企谷先輩とご飯食べました。情報ありがとうございました。楽しかったですよ!》
パキッ…。
「か、かおり…?……大丈夫?」
「えっ?…あ、うん…。……あっ」
気付けば、拾い上げた鉛筆を片手で折っていた。
(確かに一色ちゃんには私が比企谷のこと好きって言ってないけど流石にこれは…。何か夫の浮気を浮気相手から報告されてるみたいな感じになってんだけど……)
(まあ、いっか。今日の放課後比企谷と居られるし)
──という事で、私は早く学校が終わらないかとそわそわしていた。
文字数平均調整の為、いつもより減らしました。
あの鉛筆の登場した意味は基本的には今のところあれだけです。