「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
* * *
──津久井サイド──
「比企谷君」
「──私は、あなたの事が好きです。自分より他人を優先させてしまう、あなたが好きです。そんな風に人を助ける事が出来る、あなたが好きです────」
比企谷の話を聞いてから少しして、私は言葉を紡ぎ出していた。
もう一度、しっかり自分の気持ちを伝える為に。
自分の気持ちを認めて。
比企谷君の事を認めて。
私自身もそれを認めて。
いろんな事を再確認しながら、気持ちを明確にしていく。
──私は、比企谷君が好き。
恋人に成りたい訳じゃない。──勿論、恋人に成りたくない訳じゃないけれど、そうじゃない。
恋人に成るのが目的じゃない。結ばれるのが──結婚するのが目的じゃない。私は───
比企谷君に好きになって欲しいのだ。
私の事を。
だから、気持ちを伝える。自分の気持ちを明確にし、比企谷君に気付いてもらって、そして意識してもらう為に。
「……人を好きになるのがどういう気持ちか、比企谷君なら分かると思います。その人の事を考えるとドキドキして、苦しくもなる。自分がその人にどんなイメージを持たれているのか気になってしまう。──でも、それ以上に」
「──その人に、幸せでいて欲しいと思うんです」
「……その人が怪我をすれば当然心配です。……しかもその理由に私が入っていれば尚の事」
私は言葉を紡ぎ続ける。
彼はいつか、自分は『間違った人間』と言っていた。
何がどう間違っているのかは分からないけれど、しかしそれでも私は彼が間違った人間だと思った事はない。
人を助ける事が出来るのは、その人の痛みを理解する事が出来る人だから。
人の痛みを理解して、手を差し出せる。
これ以上に正しい行動も無いとは思うけれど、──でも、同時に間違ってもいるのだ。彼が言うには。
“そういうやり方”しか出来ない俺は間違っている。
でも、私はそれこそ間違っていると思った。
やり方は間違っているのかもしれないけれど、やらない人間よりは正しい。
だから──
「──比企谷君が私に教えてくれなかったのは、私の事を考えての事なんだから、許すも何もありませんよ。……結局、教えて貰えたんですし、それで実際私はまだ比企谷君が好きで──大好きで、ここにいるんですから」
私は頬を赤く染めながらそう言った。
「………すまん。ありがとう……」
「津久井さん……」
私のその言葉に二人がそれぞれ反応する。
──しかし本当に、二人が付き合っていたのを聞いた時は全てが無くなっていく様な感覚に襲われた。
今まで積み上げて来たものが土台から崩れていく様な感覚。
でも、どこかでそれでも良いと思っている自分もいた。
──比企谷君と一緒にいられるのなら。
そう考える自分に、私はホッとした。──そして同時に、何故と思った。
比企谷君と付き合いたいのは事実で、
でも、付き合えなくてもいいと思っている自分がいて、
しかもその事にホッとした自分がいる。
それを、しばらく考えて──
「ふふっ……」
自分の素直さに──比企谷君への気持ちの強さに笑いが漏れた。
* * *
──比企谷八幡サイド──
俺が津久井に全てを話し、そして許しを乞うてから数日。
右腕のギプスが外れ、遂に両腕が自由になった。
その時は折本と津久井、そして小町、更には由比ヶ浜と平塚先生も見に来て、軽いパーティの様な状況になった。──雪ノ下には由比ヶ浜が声を掛けたそうだが、雪ノ下は断ったらしい。
そして
「比企谷、進級おめでとう。……嬉しい事に今年から同じクラスだ」
──俺は三年生に進級した。
小町も無事合格が決まり、現在は少しダラけているが、それでも気は抜かずに勉強を続けている。
そして、俺は俺で病院生活に終わりが見え始めていた。
先に完治した両腕。そして、後を追うようにその一ヶ月半後に肋骨、右脚が完治する。
残った左脚ももう少しでギプスが外れるらしく、最近は松葉杖で移動出来るようになった。
移動が可能になった事で、リハビリも始まった。
小町も受験が終わった事で余裕が出来たのか、以前にも増して病院に顔を出すようになり、俺と小町のシスコン(ブラコン)会話を折本と津久井に聞かれて呆れられる回数も増えて来た。
そんなある日の事──。
「小町ちゃん、そっちお願い」
「あいあいさー!…一奈さんそこお願いします!」
「うん」
小町、折本、津久井の三人は、一月・二月の寒さを凌ぎ切った芝生の上にレジャーシートを広げていく。
因みに俺は手伝おうとしたら三人に揃って同時に、
「「「大丈夫」」」
と言われてしまい、その傍らで松葉杖と右脚の三点で棒立ちしている。
現在は三月の後半、もう四月まであと幾日かだ。
しかし四月に近いとは言えまだまだ寒いが、ここには『信頼』という温かみを持った関係があった。
俺はこの三ヶ月間、二人に世話をされ続け、家族や先生に迷惑を掛け続けた。
そしてそれと同時に、三ヶ月間も折本と──津久井と一緒だった事で、互いに互いを信頼出来る関係が出来上がっていた。
──互いに互いを理解し合い、信頼を寄せる。
高校入学時には折本や小町としか結べなかったこの関係に、──それでもどこか構えざるを得なかったこの関係に、津久井が入り、そして気付かせてくれた事でようやく俺は本当に人を信頼する事を知った。
津久井のお陰であり、そしてそれを俺に示してくれた折本のお陰であり、ずっと俺を見守り続けてくれて、時々サポートしてくれた小町のお陰だ。
だから──
「……ありがとう」
俺は、ボソッと呟く様にそう言った。
──が、三人には聞かれてしまった様で、互い顔を見合わせあった後、
「……どうしたの?比企谷」
と明るい笑顔で折本に言われ、
「……比企谷君にお礼を言われる様な事はしてませんよ」
と微笑みながら津久井に言われ、
「……もう。…どうしたの?お兄ちゃん。急に『ありがとう』なんて、らしくないよ?」
と少し驚き気味の小町に言われた。
そして、数秒の沈黙の後、漏れ出す笑い声。
──本当に、こんな風に笑い合えて、良かった。
俺は心からそう思った。
* * *
「お兄ちゃん、はいコレ。リハビリお疲れ様」
小町はそう言いながらマッ缶を俺に渡す。
広げたレジャーシートは地面の冷たさをそのまま俺達に伝える様に冷えているが、同じ場所に座り続けているだけあって座っているところだけは暖かい。
「比企谷、あーん」
小町からマッ缶を受け取って直ぐの俺に、今度は折本が(折本特製の)イワシの甘露煮を差し出してくる。
「……いや、食えるから……」
今はもう両腕が完治している為、普通に食べる事が出来るのだが、たまにこうやって俺に食べさせようとしてくる。……そして、折本がこれをしたと言う事は──
「むー、折本さんズルいです。お兄ちゃん、小町のも食べてー」
後を追うように小町も差し出して来て──
「……比企谷君。あーん、して?」
それを追うが如く津久井まで差し出して来た。
……まぁ、全員料理上手いし、味も美味いから食べるんだけど。
そんな訳で、俺はリハビリをしながら、(材木座曰く、)リア充な生活を送っていた。……以前平塚先生にこの場を見られて平塚先生が泣きながら帰って行った時は流石に気まずさでどうにかなりそうだった。
──誰か、早くもらってあげて!