「折本──」さて、この後に続く言葉は── 作:時間の無駄使い
01
「折本──」
俺は、
放課後。夕陽射す刻。
よくあるシチュエーションだ。
……しかし、よく受けてくれたと思う。俺からの願いなど、無視されて終わりなのに。
そして、伝えるべき事を伝える。
どうなるかは、火を見るより明らかだと言うのに。それでも伝える。それが、使命であるかのように。
別段、誰かに強制された訳ではない。俺が自らの意思で行うだけだ。
そして──
「──好きです。付き合って、下さい」
そう言った。
ただし、それを言ったのは俺ではなく、折本だった。
* * *
「────────────
「──────…………
「………────
「………は?」
もの凄く間抜けな声を出してしまった。
それまでの雰囲気はどこへやら。跡形もない。全然別の、本来、この場にはそぐわない筈の雰囲気が出来上がってしまった。
更に折本は、
「比企谷が私を呼んだのも、そうするためでしょ?」
と少し顔を赤らめながら言う。──顔が赤いのは夕陽のせいかとも思ったが、そんな中でも分かるくらい赤い顔をしているので、恥ずかしいのか、それともただ照れているだけなのかはともかくとして、言い訳は出来そうに無かった。
「折本は、それでいいのか?」
俺は問う。
違う、こんな筈ではなかった、と。こんな答えは俺は望んでいない、と折本に対して問う。──いや、本当は心の中の俺、理性の俺に対して問い質したのかもしれない。俺がこうなっていい
だが、折本は、
「私がどうとかはいいよ。……そもそも、……私から、コクッたんだし。………比企谷は、どう…なの?」
逆に、聞き返して来た。俺はどうなのかと。自分はその気があると示した上で。
「俺は──」
答えようとして、迷った。
千載一遇のチャンスだから惜しんだ、と言うわけではなく、理性が心とぶつかった。
──なぜ?
そう思った。
なぜ、心は理性と逆の反応をする?俺は付き合わないって決めたんじゃないのか?けじめをつけるために折本に告白するんじゃなかったのか?予想外の事があったにせよ、ここが退き場所だろう?それなのになぜ?ここで退けば俺はけじめがついて、折本はこんな底辺の奴に気を取られずにまた上位カーストの集団で仲良く楽しくわいわい出来るんだぞ?俺と付き合えば折本の株も下がりかねないんだぞ?──そこまで
──いろんな疑問が頭をよぎる。理性が、必死に心を抑え込む。
ふざけるな、黙っていろ、という風に。
だが、口から出た言葉は──
「──俺は……」
「………お前とは───付き合わない」
…しばらくの時間を要し、なんとか理性が心を抑え切った。……ひどく痛い。精神的に疲れた感じだ。立っているのさえ辛い。
「じゃあ……」
そう言って、歩き出す。
折本の顔は見られなかった。
だから、折本が泣いていたかは知らない。
そして、折本を見ないように背を向けた俺は、階段を目指して歩いた。だが──
「うそ……でしょ?──比企谷」
折本の、その声に反応してしまう。
「なんで、うそだと思ったんだ」
折本に背を向けたままの姿勢で応える。
「だって……すごい、苦しそうな顔……してる…から」
──それこそ嘘だと思った。折本が粘っているだけだと。
そんな事はあり得ないと、一番最初に放棄した可能性だと分かっていながら──。
そんな俺に構わず、折本は続ける。
「………なんで、……泣いてるの?」
──!?
折本に言われて、始めて視界がぼやけている事に気付く。
「そんな、苦しそうで……泣いてて……。ホントの気持ち、言ってよ──」
そう言った折本に、俺が振り向くと、
彼女は、泣いていた。
恐らく、その涙は俺の為に流しているのだろう。
いつもの明るく活発なクラスの中心人物といった感じの折本からは、想像もつかない。
その初めて見る折本に、心を覆っている理性が揺らぐ。
──心を覆い、そして固まった理性という名の殻に、ひびが入る。
「比企谷が何を考えてるのかは知らないけど……それでも……本当の事を言ってないのは分かるよ……」
静かに涙を流しながらそう言う折本。
「比企谷の事をね、二年になってから少し考えてみたんだ……」
「比企谷って、いつも一人でいるじゃん?……別にそれが悪いとかじゃなくて、どうしてなのかなって、思った」
「でね、一年の時に席が隣になったから聞いたのを思い出したんだ。『一人ってどう?』って」
「そしたら、『別に』って言ってた。……最初は額面通り何とも思ってないのかと思ってた。でも──」
「──さっきみたいにたまに見る比企谷の顔は辛そうだったから……。そこで初めて『違う、そうじゃなかったんだ』って思ったの」
それは誤解だ──
「『誤解でも、解は解。もうすでに解けているならどうしようもない』。比企谷、いじめられてた時にこう言ったよね」
「でも、本当はどうにかしたかったんじゃないの?」
「『解は解けてないならどうにか出来る』」
「言い直すとこうなるんだよ?…それって、暗に助けて、って言ってるのと同じじゃないの?それなのに私は──」
そこまで聞いて、俺は再び折本に背を向ける。
──これ以上聞いていたら、決心が揺らいでしまう。
恐らく、俺の何かがそう判断したから。
「……例えそうだとしても、……誤解は誤解だ。途中の計算も、そこに行き着く道でしかない。道は二つあっても、分かれ道はないんだ。最初っから間違えてたんだよ、俺は」
そう。俺の道は間違ってる。
誤解なんてのは、『間違った道を進んだ』…それを外から観測された結果だ。
そして、引き返してもそこにあるのはただの道。
なぜなら戻るのも間違った選択だから。
それが俺の理論だ。
この話を、一年の時に席が隣だった折本と何度かした事があるが、もう正確なことは覚えていない。
「そんな間違ってる奴に正しい奴が一緒に居たってしょうがないだろ……」
再び心を理性で覆い、傷付かないようにそう言う。
「なん……で………」
「……………」
すすり泣く音が聞こえる。誰の為なのかは分かっていても考えない。
それでも折本は──
「私は、比企谷の…事、ちゃんと好き……だよ?」
──自分の意思を伝えてくる。
「二年になっても一人で……そのくせ他人にはやたらと親切なのも知ってる……。そんな比企谷が好き……」
「やめろ……」
──やめてくれ。
俺が、付き合っていい奴じゃないんだ。
「もし……私の事を考えてるなら、それこそやめてよ……」
そう言う折本。だが実際、それはどうしようもない。
「……お前が、俺とそう言う関係になれば、周りが──」
「それをやめてって言ってるんでしょ!!?」
いきなり、怒声が校舎に響いた。
夕暮れ時とはいえ、校舎内にはまだ人は残っている。
そんな事はおそらく承知の上でなのだろう。
「いつもいつも他人ばかり優先して!!たまに意見言うかと思えば他人の意見をみんなに合う形に合わせたり!!自分は!?」
折本は──怒っていた。
いや、そりゃあ怒鳴るくらいだから怒ってるだろう、といった感じだが、違う。『俺の為に』怒ってくれているのだ。
「自分が周りより価値が無いと思う!?自惚れるな!!自分で価値を低くしたんでしょ!!?だったら自分でその価値を上げろ!!」
むちゃくちゃな事を言っているのは分かる。それでも、俺の理性で塗り固められた心には、──響いた。
「──ごめん。……ありがとう」
俺がそう言うと、折本は怒って疲れていたのか泣き疲れたのか、少し息が荒かったが、それが収まると、
「じゃあさ……」
と、切り出した。
「じゃあさ、直ぐに価値を上げるのが無理なのは流石に分かるから、最初は休日だけでいいから、ね?」
休日だけでいいから付き合おうよ──
──それが、俺と折本の関係だった。
* * *
そして現在、俺は折本とは違う高校、総武高校に通っている。
初日から車に撥ねられるなど散々だったが、それでもまあ自分なりに青春は楽しんでいると思う。
成績もそこそこをキープ(理数系は別だ)してるし、強制加入させられた奉仕部でもまあ……楽しくやっている。
さて、そこで話は急展開し、どうして折本と俺の話をしたのか、という事なのだが。
──俺が現在、自分の状態を把握出来ていないのである。
まあ、後ほど詳しく語るとして、まずはどうしてそうなったのか、そこらから話していこう。