魔法少女育成計画 -Suicide Side-   作:∈(・ω・)∋

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*** 第六章 絶望しか無い世界で、それでも私たちは ***

◆ ルール・シール ◆

 

 何で? どうして? 疑問が頭を駆け巡る。

 魔法少女が魔法少女の姿を失う時は、二つしか無い。自分から変身を解除した時か、死んだ時だ。

 ジェノサイダー冬子だった魔法少女は、ただの女の子に戻っていた。喉から、棒状の何かを生やしていた。

 ルール・シールはそれを見たことがある、知っている。

 

「何で、何で何で何で何でっ!」

 

「大丈夫でござるか? ルール・シール殿」

 

 入り口から、ふらりと現れたのは、消耗しきったティンクル・ベルだった。

 肩や脇腹からは血が滲み、応急処置の後が痛々しい。

 だが、それすらも今はどうでもいい、何故なら、彼女の手には、まさしくジェノサイダー冬子を殺めた凶器が、クナイが握られていた。

 

「危ない所でござったなあ、ははは」

「な、にが」

 

 ユミコエルに覆いかぶさったまま、ルール・シールは叫ぶ。

 

「何が、危ないんですかぁっ、何をしてるんですかぁ!」

「勿論、証拠隠滅(、、、、)でござるよ」

 

 何でもないように告げるティンクル・ベル、その目は、どこまでも冷徹だった。

 

「証拠、って…………」

ルール(、、、)シール殿の事を知っているのは(、、、、、、、、、、、、、、)

 

 問いかける前に、遮られた。そしてそれが、聞きたかったことの答えでもあった。

 

「もう、この場に居る魔法少女だけ(、、、、、、、、、、、、)故」

 

 ゾクリ、と背筋が凍りついた。

 そうだ、この戦いは、ルール・シールの争奪戦だ、誰が最初に、彼女という異能を手に入れるか、それが主題だった。

 ルール・シールは、助けてくれたのだと思っていた。

 正義感と、魔法少女の矜持にかけて、ティンクル・ベルは、自分を元の世界へ戻すために、日常へ帰してくれるために、戦ってくれていたのだと思った。

 微笑みかけ、大丈夫だと言い聞かせ、手を握り、励まし、引いてくれたのだと思っていた。

 

 

 

 そうじゃなかった(、、、、、、、、)

 

 

 

 一番最初に(、、、、、)ルール(、、、)シールを手に入れたのはティンクル(、、、、、、、、、、、、、、、、)ベルだった(、、、、、)

 

「わ、私、私を、まさか、ティンクル、さ……」

「ルール・シール殿、そなたの境遇は同情するに余りある」

 

 ティンクル・ベルは、本当に、心から、目を伏せ、悲しそうに言った。

 

「だがしかし……だがしかし、魔法少女をやめられるのだけは、困るのでござるよ。あまりに稀有な才能、失うわけにはいかんでござる。何、白黒有無のように一切の自由を奪う真似まではせぬ、危険なこともさせぬ。ただ拙者に協力してくだされば、それでよいのでござるよ」

 

 微笑んだ、安心させる様に。

 その笑みが、どれだけどす黒い物か、ルール・シールは理解してしまった。

 

「ただ、まあ、彼女たちは、知りすぎたでござるよ。ジェノサイダー冬子殿たちが居なければ、メイククイーンたちに勝てなかったことを考えると、申し訳ないのでござるが」

 

 逃げ出そうと思った、今すぐ、ここから。

 身体を起こそうとする、動かない、力が入らない、ふらふらする。

 そこでようやく、ユミコエルが未だ反応を示さないことに気づいた、ルール・シールの体の下に居る彼女は、苦しそうに胸元を抑えている。

 

「高橋のハーブの一つでござるよ、お香にすると、身体を痺れさせる」

 

 仕込みは既に終わっていた。よく鼻を済ませば、少しだけ、つんとした香りが、鼻の奥を刺した。

 

「ユミコエル殿は、申し訳ないが、ここで退場していただくでござる。まあ、二人一緒でござるから、寂しくはあるまい? 願わくば、高橋の奴に宜しくでござる」

 

 クナイを構えて、近寄ってくる。這いずろうとする、緩慢に体は動くものの、それでも這いずることしか出来ない。

 

「そんなの、そんなの、ないですよぉ……みんな、みんな頑張って、なのに、どうして」

 

 ちゃり。

 

「っ」

 

 無我夢中で動かした指が、何かにあたった。それを掴み、震える手で、ティンクル・ベルに向けた。

 ジェノ子さん。

 どうか力を、貸してください。

 

 

 

◆ティンクル・ベル

 

 ルール・シールを元の人間に戻す。それは大きな喪失だ。この場で彼女を助けたら、密かに別の場所へ移し、考えを変えてもらうつもりで居た。

 ジェノサイダー冬子とユミコエルにはいくらでもごまかす手段はある、そう思っていた。

 だが、ジェノサイダー冬子は化物だった。彼女は『ルール・シールが黒幕である可能性まで考えている』と言った。

 

 ルール・シールが黒幕である可能性を考えているのなら、ティンクル(、、、、、)ベルが腹の底で何を考えているか(、、、、、、、、、、、、、、、)も、想像しているのではないか。

 

 思考が読み切れない。結局、彼女の想像は全て当たっていた。メイククイーンは真の黒幕で、その裏をかき倒しきった。

 

 冗談じゃなかった、こんな相手をどう誤魔化せというのか、ティンクル・ベルがルール・シールの魔法を諦めていないと知ったら、今度はティンクル・ベルの敵として、ジェノサイダー冬子が立ちはだかる。ドラゴンハートと、プリンセス・ルージュと、メイククイーン、全てを突破した化物が。

 

 ここしかなかった。身動きが取れず、ぼろぼろで、抵抗できないここで殺すしか無かった。

 罪悪感はあったが、後悔はなかった。ただ、ユミコエルまで手にかけなければならないことだけが、残念だった。

 

 

 

 

◆ ユミコエル ◆

 

「……ふう、何かと思えば」

 

 ジェノサイダー冬子の、何でも開け閉め出来る魔法の鍵。

 涙を浮かべ、歯を食いしばり、震える手で、ルール・シールはそれにすがった。

 この戦いの間で、何度も聞いた。魔法のアイテムは、所有者が死んでしまっても使えると。

 

「聞いてなかったでござるか? ジェノサイダー冬子殿の鍵は、本人でなくては使えないと」

 

 あ、と声が漏れた。そうだ、言っていた。自分自身の声でなければ、起動しない。

 

「それに、今更そのちっぽけな鍵で、何が出来るでござる。諦めるでござるよ、何、悪いようには――――」

 

 

 

『ガチャリ』

 

「――――?」

 

 ぶしゅう、と勢い良く、ティンクル(、、、、、)ベルの首から(、、、、、、、)血液が吹き出した(、、、、、、、、)

 

「な、に、今の」

 

 慌てて手で抑えても、間に合わない。何せ、まきゅらさまのペンデュラムが、肉ごとえぐった一撃だ。

 

 魔法の鍵で『閉め』られていなければ、とっくのとうに致命傷だった傷だ。

 それが今、開かれた。魔法の錠前は消え失せ、命が流れだすのをせき止めるものは何もない。

 

 ティンクル・ベルの命を紙一重で救った鍵が、ティンクル・ベルの命を奪おうとしている。

 

「馬鹿な、殺した、はず――――」

「……あの人は、いつもそう」

 

 押し殺した声が、聞こえた。ユミコエル。

 

「変なことばっかり考えて……きっと、こういう時が来ることも、予想してた、だから」

 

 彼女が握りしめていたのは、スマートフォンだった。笹井七琴が、新生活を始めるにあたって、弦矢弓子に贈ったものだ。

 

 ユミコエルが渡されたSDカードには、その殆どがメモ書きで、口座番号の控えやら、非常時の連絡先やら、不測の事態に備えたデータが詰まっていた。

 

 そんな中で、ファイルの一番上にあったのが、二つの音声データだった。

 ジェノサイダー冬子の声で、鍵を開け閉めする魔法の呪文。

 もしも自分に何かあった時。あるいは、この魔法の鍵をユミコエルに預ける時。

 ちゃんと使えるように、事前に対策をしておいた。

 スマホの録音で起動するぐらいの、ガバガバセキュリティ、ちゃんとわかっていたから。

 

「七琴さんの、馬鹿……っ」

 

 ティンクル・ベルは、目を見開いて、倒れた。身体に力が入らない、もう少しだったのに。あと一歩だったのに。苦悶する。

 勝ったつもりになった、ティンクル・ベルの致命的なミス。

 

 ジェノサイダー冬子を殺した程度で(、、、、、、、、、、、、、、、、)対処したつもりになってしまった(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 あらゆる可能性を想定していた――――――自分が死んでしまうことも、当然のように。

 

 

 残されたのは、二人の魔法少女だった。

 身体が動かせないまま、それでも、ユミコエルとルール・シールは抱き合った。

 涙と、嗚咽を抑えることなど、出来なかった。

 ハーブの効果が切れるまで、ずっとずっと、泣いていた。

 

 

 


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