魔法少女育成計画 -Suicide Side- 作:∈(・ω・)∋
◆ ルール・シール ◆
何で? どうして? 疑問が頭を駆け巡る。
魔法少女が魔法少女の姿を失う時は、二つしか無い。自分から変身を解除した時か、死んだ時だ。
ジェノサイダー冬子だった魔法少女は、ただの女の子に戻っていた。喉から、棒状の何かを生やしていた。
ルール・シールはそれを見たことがある、知っている。
「何で、何で何で何で何でっ!」
「大丈夫でござるか? ルール・シール殿」
入り口から、ふらりと現れたのは、消耗しきったティンクル・ベルだった。
肩や脇腹からは血が滲み、応急処置の後が痛々しい。
だが、それすらも今はどうでもいい、何故なら、彼女の手には、まさしくジェノサイダー冬子を殺めた凶器が、クナイが握られていた。
「危ない所でござったなあ、ははは」
「な、にが」
ユミコエルに覆いかぶさったまま、ルール・シールは叫ぶ。
「何が、危ないんですかぁっ、何をしてるんですかぁ!」
「勿論、
何でもないように告げるティンクル・ベル、その目は、どこまでも冷徹だった。
「証拠、って…………」
「
問いかける前に、遮られた。そしてそれが、聞きたかったことの答えでもあった。
「もう、
ゾクリ、と背筋が凍りついた。
そうだ、この戦いは、ルール・シールの争奪戦だ、誰が最初に、彼女という異能を手に入れるか、それが主題だった。
ルール・シールは、助けてくれたのだと思っていた。
正義感と、魔法少女の矜持にかけて、ティンクル・ベルは、自分を元の世界へ戻すために、日常へ帰してくれるために、戦ってくれていたのだと思った。
微笑みかけ、大丈夫だと言い聞かせ、手を握り、励まし、引いてくれたのだと思っていた。
「わ、私、私を、まさか、ティンクル、さ……」
「ルール・シール殿、そなたの境遇は同情するに余りある」
ティンクル・ベルは、本当に、心から、目を伏せ、悲しそうに言った。
「だがしかし……だがしかし、魔法少女をやめられるのだけは、困るのでござるよ。あまりに稀有な才能、失うわけにはいかんでござる。何、白黒有無のように一切の自由を奪う真似まではせぬ、危険なこともさせぬ。ただ拙者に協力してくだされば、それでよいのでござるよ」
微笑んだ、安心させる様に。
その笑みが、どれだけどす黒い物か、ルール・シールは理解してしまった。
「ただ、まあ、彼女たちは、知りすぎたでござるよ。ジェノサイダー冬子殿たちが居なければ、メイククイーンたちに勝てなかったことを考えると、申し訳ないのでござるが」
逃げ出そうと思った、今すぐ、ここから。
身体を起こそうとする、動かない、力が入らない、ふらふらする。
そこでようやく、ユミコエルが未だ反応を示さないことに気づいた、ルール・シールの体の下に居る彼女は、苦しそうに胸元を抑えている。
「高橋のハーブの一つでござるよ、お香にすると、身体を痺れさせる」
仕込みは既に終わっていた。よく鼻を済ませば、少しだけ、つんとした香りが、鼻の奥を刺した。
「ユミコエル殿は、申し訳ないが、ここで退場していただくでござる。まあ、二人一緒でござるから、寂しくはあるまい? 願わくば、高橋の奴に宜しくでござる」
クナイを構えて、近寄ってくる。這いずろうとする、緩慢に体は動くものの、それでも這いずることしか出来ない。
「そんなの、そんなの、ないですよぉ……みんな、みんな頑張って、なのに、どうして」
ちゃり。
「っ」
無我夢中で動かした指が、何かにあたった。それを掴み、震える手で、ティンクル・ベルに向けた。
ジェノ子さん。
どうか力を、貸してください。
◆ティンクル・ベル
ルール・シールを元の人間に戻す。それは大きな喪失だ。この場で彼女を助けたら、密かに別の場所へ移し、考えを変えてもらうつもりで居た。
ジェノサイダー冬子とユミコエルにはいくらでもごまかす手段はある、そう思っていた。
だが、ジェノサイダー冬子は化物だった。彼女は『ルール・シールが黒幕である可能性まで考えている』と言った。
ルール・シールが黒幕である可能性を考えているのなら、
思考が読み切れない。結局、彼女の想像は全て当たっていた。メイククイーンは真の黒幕で、その裏をかき倒しきった。
冗談じゃなかった、こんな相手をどう誤魔化せというのか、ティンクル・ベルがルール・シールの魔法を諦めていないと知ったら、今度はティンクル・ベルの敵として、ジェノサイダー冬子が立ちはだかる。ドラゴンハートと、プリンセス・ルージュと、メイククイーン、全てを突破した化物が。
ここしかなかった。身動きが取れず、ぼろぼろで、抵抗できないここで殺すしか無かった。
罪悪感はあったが、後悔はなかった。ただ、ユミコエルまで手にかけなければならないことだけが、残念だった。
◆ ユミコエル ◆
「……ふう、何かと思えば」
ジェノサイダー冬子の、何でも開け閉め出来る魔法の鍵。
涙を浮かべ、歯を食いしばり、震える手で、ルール・シールはそれにすがった。
この戦いの間で、何度も聞いた。魔法のアイテムは、所有者が死んでしまっても使えると。
「聞いてなかったでござるか? ジェノサイダー冬子殿の鍵は、本人でなくては使えないと」
あ、と声が漏れた。そうだ、言っていた。自分自身の声でなければ、起動しない。
「それに、今更そのちっぽけな鍵で、何が出来るでござる。諦めるでござるよ、何、悪いようには――――」
『ガチャリ』
「――――?」
ぶしゅう、と勢い良く、
「な、に、今の」
慌てて手で抑えても、間に合わない。何せ、まきゅらさまのペンデュラムが、肉ごとえぐった一撃だ。
魔法の鍵で『閉め』られていなければ、とっくのとうに致命傷だった傷だ。
それが今、開かれた。魔法の錠前は消え失せ、命が流れだすのをせき止めるものは何もない。
ティンクル・ベルの命を紙一重で救った鍵が、ティンクル・ベルの命を奪おうとしている。
「馬鹿な、殺した、はず――――」
「……あの人は、いつもそう」
押し殺した声が、聞こえた。ユミコエル。
「変なことばっかり考えて……きっと、こういう時が来ることも、予想してた、だから」
彼女が握りしめていたのは、スマートフォンだった。笹井七琴が、新生活を始めるにあたって、弦矢弓子に贈ったものだ。
ユミコエルが渡されたSDカードには、その殆どがメモ書きで、口座番号の控えやら、非常時の連絡先やら、不測の事態に備えたデータが詰まっていた。
そんな中で、ファイルの一番上にあったのが、二つの音声データだった。
ジェノサイダー冬子の声で、鍵を開け閉めする魔法の呪文。
もしも自分に何かあった時。あるいは、この魔法の鍵をユミコエルに預ける時。
ちゃんと使えるように、事前に対策をしておいた。
スマホの録音で起動するぐらいの、ガバガバセキュリティ、ちゃんとわかっていたから。
「七琴さんの、馬鹿……っ」
ティンクル・ベルは、目を見開いて、倒れた。身体に力が入らない、もう少しだったのに。あと一歩だったのに。苦悶する。
勝ったつもりになった、ティンクル・ベルの致命的なミス。
あらゆる可能性を想定していた――――――自分が死んでしまうことも、当然のように。
残されたのは、二人の魔法少女だった。
身体が動かせないまま、それでも、ユミコエルとルール・シールは抱き合った。
涙と、嗚咽を抑えることなど、出来なかった。
ハーブの効果が切れるまで、ずっとずっと、泣いていた。