魔法少女育成計画 -Suicide Side-   作:∈(・ω・)∋

7 / 10
*** 第四章 メイククイーン ***

 

◆ ユミコエル ◆

 

 理想の人材を育てる魔法、というのがどういう意味なのか、具体的にはわからなかった。横目で見たジェノサイダー冬子は、顎に手を当てて何か考えている。ユミコエルの気持ちを代弁するかのように、ルール・シールが尋ねた。

 

「具体的にはどういう魔法なんですぅ?」

「はい、私の魔法は、大雑把に言うと、最適化と強化を施す……というべきなのですかね、皆さん、アプリの魔法少女育成計画は当然、やったことがあるですよね?」

「それはもう」

 

 最近の魔法少女の殆どは、スマホアプリのゲームを通じてその力を手に入れている、ユミコエルもそうだ。

 

「あれで想像してくれるとわかりやすいのです、要するに、攻撃力に特化したり、魔法に特化したり、その長所を伸ばしたり……レベルアップの速度を早めたり、そういった『育成』全般をすぱっと、面倒な過程を省略して行えるのが私の魔法なのです。再編成(リビルド)も含めて……です」

「つまり……仲間を強化する魔法、ってことですかぁ?」

「ざっくり言ってしまうと、そうなのですね!」

 

 色々と言い回したが結局はそういうことらしい、非情にわかりやすくなった。

 

「なので、みなさんを私の魔法で強化できれば、パワーアップは出来るかと思うのです。というか、この魔法のおかげで試験官に選ばれたといいますか……ユミコエルさん?」

「ふぁいっ?」

 

 まさか自分に話が振られると思っていなかったので、思わず変な声が出た。

 

「私にかかれば、出せる力の出力を、さらに底上げ出来るのですっ、更に、身体や衣装をより頑丈にすることも出来るのです。魔法少女として、理想の人材に育て上げる、いわば一人魔法少女育成計画がこの私というわけなのです!」

「はあ、だからメイククイーンなんですねえ、私、じゃがいもかと思ってましたあ」

「それ言われ慣れすぎてるしそれでもなお傷つくので本当にやめて欲しいのです……」

 

 ルール・シールが余計なことを言ったが、それはさておき。

 

「……私が、強くなれるんですか?」

「勿論なのです、最高の人材に育て上げて見せるのです」

 

 胸を張るメイククイーン、ちらりと横目でチックタックを見て。

 

「それに、育成結果が不満だったら、チックが戻してくれるのです。つまり、再育成も可能なのですよ」

 

 自信たっぷり、間違いはない。

 そう言い切るメイククイーンの顔を、ユミコエルは見つめた。

 

「……他の皆を守れるぐらい、強く……なれますか?」

 

 こみ上げてきたのは、惨めさだった。ユミコエルが生き延びてきたのは、強いからではない。ただ、立ち向かうだけの勇気も、戦って敵を倒す力も、守りぬく覚悟も、持ち合わせていなかっただけだ。

 ユミコエルが今生きているのは、弱いからだ。

 

「大切な人や、場所を守れるぐらい、強くなれますか?」

 

 力がほしい、とずっと思っていた。それはある種の、懇願でもあった。

 メイククイーンは、ユミコエルの手をとって、頷いた。

 

「なれます、それは私が保証するのです。戦うために、守るために、そして何より生き抜くために、私にお手伝いをさせて欲しいのですよ」

 

 優しい笑顔、柔らかい手。

 もう、仲間を見殺しにしたくない、家族を失いたくない。ユミコエルは、言おうとした。

 お願いします、と言おうとした。

 

「あ、すいません、やっぱさっきの話無しでお願いします」

 

 その言葉が溢れる前に、ジェノサイダー冬子がそういった。

 

「……へ?」

 

 ぽかんとしたのはメイククイーンだった。

 

「そ、その、どういう意味なので……」

私はあなたを信用出来ない(、、、、、、、、、、、、)ので共闘の話は無しの方向でお願いします。あとユミコエルに変なことしないで下さい。以降遭遇したら私は敵だと思って行動するのでよろしくお願いします、じゃそういうことで」

「え、ちょ、七琴さんっ!?」

 

 慌てたあまり、名前で呼んでしまった、しかしそんなことはお構いなしで、ぐい、とユミコエルの手を引いて歩き出すジェノサイダー冬子、その速度たるや、魔法少女の脚力全開だった。

 

「ま、待ってくださいよぅ!? お、置いて行かないでぇ!?」

 

 ぽっと出のメイククイーン達と、ジェノサイダー冬子を比較したのか、状況を飲み込めず、うろたえながらもついてくるルール・シール。

 

「ちょ、何考えてるんでござるか!?」

 

 そうすれば、当然、ルール・シールの救出を目的とするティンクル・ベルと、その監視下にある高橋病舞子は見過ごす訳にはいかない。引きとめようにもジェノサイダー冬子は持ちうる全速力で移動を始めたので、その隙もなかった。

 

「メ、、メイククイーン殿! 後ほど合流しましょうぞ! 冬子殿は拙者が説得する故!」

「あ、テメェ馬鹿走んなよ!」

 

 慌ててその背中を追いかける高橋病舞子、ジェノサイダー冬子一人の突然の暴走によって、あっという間にメイククイーンとチックタックは見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「な――――――――――にを考えてるんですかっ!」

 

 ジェノサイダー冬子に引きずられて、ユミコエルは北エリアまで引き戻されていた、火災が一層激しく燃えていたが、ユミコエルの怒りはそれよりもなお激しい。

 

「そんなに怒らないでよ、ていうか追ってきてない?」

「追い掛けて来てますよぅ私が来てますよぅ何してるんですかぁもう……」

「そうでござる! この状況でわざわざ仲間を減らすなどと……」

 

 ティンクル・ベルと、彼女に担がれたルール・シールが、揃って抗議の声を上げた。

 

「あたしはどっちでもいいんだけどさぁ……向こう残っとけばよかったかな」

 

 あくびをしながら、高橋病舞子。

 

「で、アンタは何が気に食わなかったんだよ、そっちのねーちゃん今にもアンタをぶん殴りそうな勢いだけど」

「ああ、うん、そうね、弓子ちゃん、ごめん、本気でやられると頭柘榴になるから今はやめて」

「じゃあ説明して下さいっ! 何のつもりなんですか、一体!」

 

 怒鳴った。なまじ目の前にあった、力を手に入れる機会を失って、ユミコエルの怒りはひとしおだ。

 そのあまりの剣幕に、さすがのジェノサイダー冬子も顔を逸らしながら、頬をかき。

 

「えーっと、何言っても怒らない?」

「今は怒ってますし場合によってはもっと怒ります!」

「言いづらくなったなあ……」

「言わなかったらもっと怒ります!」

「じゃあ言うから、本当に勢いで殴らないでね……?」

 

 ユミコエルの魔法は発動したら、デコピンでも人体を粉々に出来るのは証明済みだ、努めて笑顔を作って、ジェノサイダー冬子は言った。

 

「結論から言うと、あのメイククイーン(、、、、、、、)が全部の黒幕(、、、、、、)だと思う」

 

 全員が、何言ってるんだこいつ、という目で、ジェノサイダー冬子を見た。ユミコエルもそうだった。

 

「……ほ、本気で言ってるんですか?」

 

 聞き間違えかと思って問い返すが、ジェノサイダー冬子はうん、と頷く。

 

「本気も本気、多分、まきゅらさまをコントロールしてるのもメイククイーンだと思う」

「……根拠はなんでござるか? 拙者、正直ついていけてないでござるが」

 

 ティンクル・ベルは怪訝そうな顔だった、無理も無いだろう、ルール・シールに至っては何を言ってるのかもうわかってないようで目を白黒させている。

 

「いくつかあるけど、まず出てくるタイミングかな、これはティンクルさんもそうだけど」

 

 指を三本立てる、ジェノサイダー冬子。

 

「ユミコエルが死にかけた直後に、ユミコエルを劇的に救ってくれた魔法少女が現れた、最初は有りがたかったけど、じゃあ偶然? って言われると、怪しい気がする」

「気がする……って」

「勿論ユミコエルを助けてくれた事は感謝してるよ、ほんとうに助かった、心から安心したけど……じゃあその結果、私達はどうなった?」

「どうなった、って言われても……」

 

 ユミコエルが言葉に詰まり、ルール・シールが手を上げた。

 

「きょ、協力して戦うことになってましたぁ、さっきまで! 今しがたまで!」

「だよね、だって助けてくれたんだし、疑う理由がないもん。すっと信用して、一緒に戦うことになるよね。じゃあ、そうなった場合、私達はどうすると思う?」

 

 問い返されて、ルール・シールは固まった。

 

「そ、それはその……敵をやっつけてハッピーエンド、ですよねぇ?」

「そうなるといいねえ」

「ひ、他人事みたいに……!」

「そうじゃなくて、メイククイーンの魔法を(、、、、、、、、、、、)使われる(、、、、)ことになるよね、って事、さっきのユミコエルちゃんみたいにさ」

「そ、それがいけないんですか?」

「うん、だってさ、考えてご覧よユミコエル」

 

 ジェノサイダー冬子が、二本目の指を折った。

 

「理想の人材を育て上げる魔法……じゃあ理想の人材って(、、、、、、、)誰にとって(、、、、、)?」

「へ?」

「仲間を強化する魔法じゃないんだよ、あくまで『人材を育てる』魔法だよ、じゃあこの場合、誰にとっての理想なの? 魔法を施された本人の理想通りになれると思う?」

 

 そう言われても、ユミコエルにはピンとこない。ただニュアンスや、メイククイーンの振る舞いから、そういうものなのだと思っていた。理想の自分を作り上げてくれる様な魔法なのだと。

 

メイククイーン(、、、、、、、)にとって(、、、、)、理想の人材を育て上げる魔法、ってことですか? でも……」

 

 どんな大きな違いがあるのか、分からない、自分の想像通りになるか、相手の想像通りになるかの違いではないのだろうか。

 

「んじゃもうちょっとうがった言い方するけど、理想の人材って何?」

「何、って……身体能力が高くて、頭が回って、魔法が強力で……って言う、事ですよね」

「ちげーよ」

 

 否定の声を上げたものがいた、どうでも良さそうに鉢植えに水を撒いている、高橋病舞子だった。

 

「理想の人材ってのはな、お嬢ちゃん」

 

 目が笑っておらず、口元だけヘラヘラと、笑いながら。

 

「上司の命令に文句もなく従い、報酬を求めず、死ねと言われたら喜んで死ぬ、自己犠牲精神にあふれた奴隷(、、)の事だよ。」

 

 場の空気が完全に凍りついた。平然としているのは、ジェノサイダー冬子だけだ。

 

「そういう事。つまり、メイククイーンの魔法の効果を受ける、って事は、メイククイーンの奴隷になる事だと、私は考えてる」

「ま、待ってくださいよ、冬子さん。いくらなんでも飛躍しすぎ、じゃないですか?」

「そう? だってさ、バブルリブルとか煌輝スターとか見てて思わなかった? ルル子ちゃんを拉致りたいってのはわかるよ、その為に手段を選ばない人が居るのもわかる、でもその割に、死人を沢山出して、いざ私達を殺そうとしてたワリには、随分とはしゃいでなかった? 態度がちぐはぐじゃなかった?」

 

 態度がちぐはぐ。バブルリブルは『魔法少女としてのあるべき姿』を語っていた。どうしてこんなことをするのかと聞いたら、『それはそれ、これはこれ』だと言い切った。

 

「目的はルル子ちゃんを奪うこと、その際、犠牲は考慮しないこと、後は元の人格そのまんま、そういうふうに育成されてた(、、、、、、)んじゃないかな、って、私は思った」

「……あ、あのぉ、ジェ、ジェノ子さん? メイククイーンさんが自分の魔法を説明した時、そんな事考えてたんですか? あの魔法を受けると洗脳されて、さっき戦った魔法少女達はその影響下にあって、ユミ子さんを助けてくれたのも演技で、全部仕込みだったんだ、って考えてたんですか?」

「うん」

 

 ルール・シールは、理解できないバケモノを見る目で、ジェノサイダー冬子を見た。その気持は、ユミコエルにも痛いほどわかる。笹井七琴が、イザという時に見せる思考の気持ち悪さは、人間の理解出来る領域を逸脱している。

 

「証拠があるわけじゃないけど、怪しいと思った。で、万が一私の想像通りだったら、もうあの時点で全滅しちゃうんだよ、全員育成されて、奴隷になって終わり。そのリスクは背負いたくなかった」

「……他の根拠はないんですか?」

 

 まだ疑うように、ユミコエルが問いかける。

 

「あるっちゃあるよ、まきゅらさま、煌輝スター、バブルリブル、あの三人、強すぎ(、、、)

「……強すぎ?」

「特にまきゅらさまが顕著だったけどさ、『探しものをする魔法』の応用で『安全地帯』を探しだす、ってのはいいよ。じゃあそれ、戦闘中に、魔法を発動させて、ペンデュラムを横目で見て、位置取りを把握して相手の攻撃を避けて、同時に攻撃、なんて真似、どんな反射神経してんのさ」

 

 三つ目の指を折るジェノサイダー冬子。

 

「煌輝スターも、私が足元でバブルリブルの泡をぶつけてやれば仕留められると思ったのは、地面を踏んでる足の裏は魔法が働いてないんじゃないかと思ったんだけど、その辺のコントロールは効いてるみたいだったんだよね」

「ふむ、つまり……連中は基本の身体スペックが上昇しているといいたいのでござるか?」

「うん、それこそ育成の効果なんじゃないかな、って」

「なるほど……理屈としてはちとわからんでもないが、それでもはっきり言って妄言レベルでござらんか? 正直、穿ち過ぎだと思うでござるよ」

「あたしは一理あると思うけどねえ、大体あの顔がうさんくせぇ」

「お前は黙ってるでござる高橋」

 

 それで一旦、場が沈黙した。ジェノサイダー冬子の言葉は妄言にも聞こえる。せめて証拠がほしい。彼女の判断が間違っていると、確信を持って断じることも出来ないのだ。

 

「まあ、多分すぐに分かるよ」

 

 そんな内心を察したかのように、ジェノサイダー冬子が、ポーチから何かを取り出した。

 

「うぇ……っ!」

 

 ルール・シールが悲鳴を上げた、それは、指だった。五本の指に、銀色の指輪がはめられており、連結された細いチェーンの先端にはペンデュラムがついていた。

 

「まきゅらさまの…………指?」

「うん、回収してきた。メイククイーンとチックタック、私達を追いかけてこなかったからね」

 

 変化はすぐに現れた。

 

「あ」

 

 それは一瞬だった、指輪にはまっていた、ちぎれた指の残骸が、ふっと掻き消え、ジェノサイダー冬子の手には、銀色の指輪だけが、ちゃらりと音を立てて残った。

 

「な、なんで消えちゃったんですかぁっ!?」

「治療したんでしょ」

 

 さらっと、ジェノサイダー冬子。

 

「本体の時間を巻き戻せば、指はちぎれたことにならない、元に戻る。まあ、指輪の方は回収できなかったみたいだけど」

 

 その言葉の意味する所は、一つしか無い。彼女がユミコエルにしたことと同じだ。

 

「…………チックタック(、、、、、、)?」

 

恐る恐るユミコエルが尋ねると、だろうねえ、とのんきな返事が返って来た。

 

「私が敵だって――――メイククイーンを敵と判断したことがわかったから、方針を切り替えたんだと思うよ。つまり……」

 

 ひいふうみいよう、と指折り数えて、言った。

 

「敵の魔法少女は、七人。こっちは五人、うーん、ハードになってきたねえ」

 

 

 

 

 

 

 

◆ メイククイーン ◆

 

 方針を誤ったつもりはなかった。流れは完璧で、これから皆で協調して戦おう、という流れまで持っていくことが出来た。ひとえに己の才能の賜物だと思う。しかしながら、結局はうまく行かなかった。嘘には一欠片の正直を混ぜろというが、正直が過ぎたのかもしれない。どこで警戒されたのかを考えれば、やはり魔法の事を話した所だろう。

 理想の人材を育てる、というフレーズから、その能力に気づけたのなら、大したものだと思う、メイククイーン自身、それが出来ると確信したのは、魔法少女になってからしばらく経った後だというのに。

 

「大丈夫? まきゅらさま」

「ああ、問題ないよ――しかし、私が敗北したというのは本当かい? いまいち信じられないな……」

「本当だって、指ぶちーってちぎられちゃったんだから!」

 

 東エリアの一角、土産物屋の中で、次なる攻勢の準備を整える。バブルリブルと、まきゅらさまは、普段と変わらぬ様子で会話していた。

チックタックによって負傷は治ったが、巻き戻った分記憶を失う……これは便利すぎるチックタックの魔法の、唯一の欠点と言っていい。何せ敗北した経験が残らない。同じ相手に、同じ戦い方をして、同じように負ける可能性がある。それはあまりに愚かな行為だ、しっかりと――――育成しておかねばならない。

 

「まきゅらさま、こちらを向いてなのです」

「ん? なんだい」

 

 振り向いたまきゅらさまの額に指を当てる。瞬間、少女の目は虚ろとなり、力が抜けた。他の魔法少女たちは、その光景を見ても、特別な反応を示さない。

 育成は五分もあれば終わる。本人の許可がないと細かい作業は難航するが、そこは既に育成済みの彼女たちだ、メイククイーンの行動に逆らうという発想が浮かばないようになっている。

 余裕はまきゅらさまの美点だが、少し調子に乗りすぎた、少し警戒心を高めてやる。力勝負ではユミコエルには勝てないので、直接戦闘はしないように設定、ペンデュラムも半分になってしまったので、その分残る五本の精度をあげる。

 

「……こんなところですか、はい、再起動(リブート)

 

 作業終了、まきゅらさまの目に光が戻る。ぱちぱちと瞬きして、ニコリと微笑んだ。

 

「おや、メイククイーン、どうしたんだい?」

「いえ、なんでもないのです、おかげんいかがですか?」

「とてもいい気分だよ、生まれ変わったみたいだ」

「それはなによりなのです」

 

 バブルリブルと煌輝スターにも再調整を加える、この二人が連携して、敵を倒しきれなかった事も中々頭の痛い事態だ、敵も味方も本当に予想通りに動いてくれない。

 

「あ、あの、メイククイーンさん、園の方は……」

「ああ、はいはい、大丈夫なのですよー」

 

 二人の再調整も滞りなく進み、作業を終えて一段落して、話しかけてきたのは、アップリラという魔法少女だ。遊園地のスタッフで、避難誘導をしていた所、メイククイーンが見つけて、何かに使えるかもと思って軽く育成しておいた。しかし、魔法は大して面白くもなく、外見も大して好みではない、メイククイーンが仕立てあげる理想の女王としては不十分だ。一人、遠くで活動しているメイデンの護衛に当てては見たものの、戦闘能力も大したことがなく、結局やられてしまい、アップリラだけが命からがら逃げ出してきた、という状況だ、はっきり言ってもう興味はあまりなかった。

 

「ああ、そうだ、じゃあ一つお仕事をお願いしていいのです?」

「え、あ、分かりました、なんなりと」

 

 それでも従順な所は評価できる。折角好きにできる魔法少女が手に入ったのだから、実験してみるのも悪くないかもしれない。

 

「今、外に逃げようとする人はみんな、西エリアに集まっているのですよ」

「あ、じゃあその人達を外にだしてあげれば……」

 

 アップリラがぱあっと顔を明るくして、いえいえ、とメイククイーンは首を横に振った。

 

皆殺しにしてきて下さい(、、、、、、、、、、、)ですよ、猟奇殺人犯、魔法少女アップリラ、気が触れて一般人を大量虐殺、っていう感じで演出するのでー、全部終わったら、遺書書いて自決してもらえるのですか?」

 

 目を見開いて、アップリラが固まった。メイククイーンの育成は、元々所持している人格や、それからくる倫理観と、道徳観を一切合切加工するには手間がかかる。

 なので、基本的にはその矛盾を『気づかない』様にして処理させる。精神に異常をきたしたり、道理に背くこと――――例えば殺人などを行わせるならば、彼女たちはそれを行っていることに気づかない。それで精神の安定を保っている。

 だが、アップリラに施したのは、本当に簡易的な育成のみだ、殺人、虐殺、自殺、あらゆる行為に対する禁忌と嫌悪を胸に抱いているはずだ。しかし、メイククイーンからの指示はそのあらゆる感情の上位にある。そのように育成してある……というよりも、その程度の育成以外は施していない。

しばらくして、アップリラはボロボロと涙をこぼしながら、言った。

 

「わ、かり、ました……い、遺書には、なんて、かけば……」

「用意してあるので、コレを直筆で書き写して下さいですよ」

 

 元々はメイデンにやらせようと思っていた作業だが、彼女は再利用することにする。魔法少女はいくらいても足りやしない。資源は有限だ、現地調達出来るに越したことはない。

 

「ひ……う、あ……」

 

 文章は少女の直筆だ、動機はまあ何でもいいが、実際に殺すのは彼女なので、誰も疑いはしないだろう。告発する者がいない限りは。

 

「実際、この辺は微妙な所で、どのあたりで精神が壊れちゃうか、っていうのはまだ確かめてないのです、なるべく、長持ちして下さいですよ、アップリラ」

「……は、い……わか、り、まし……っく、うぇぇ……」

 

 とうとう泣き出した、うるさい事この上ない。しかし、指示はしっかりやり遂げるだろう、それが理想の人材を育てるということだ。

 

「まきゅらさま、ルール・シールさんたちの居場所はわかるのです?」

「今探しているよ、行けないね、片手だけだとどうもやりづらい」

 

 まきゅらさまは、ルミナスランドの地図を広げて、その上にペンデュラムを垂らしていた。彼女の魔法を使った探査方法は多種多様だ、行き先をペンデュラムに指し示すも良し、地図があればその座標を特定してくれるし、こっくりさんのように文字を並べればその上で文章を作ってくれる。今回は地図がある上で、個人の捜索だ、探査は容易である。なんて優秀な魔法少女だ、失わずに済んで本当に良かった。

 

 だが、それでもまだまだ、メイククイーンの理想とする軍勢には足りていない、もっともっとほしい、優秀で有能な魔法少女が、その為には――――

 

「はあ、持ってきてくれているといいんですけども、プリンセス(、、、、)ルージュ(、、、、)

 あの真紅を思い出して、ため息を漏らす。

 

「ん、ん、んん?」

「? どうかしたのです?」

 

 メイククイーンが求めたのは、明確な目標の位置だしかし、まきゅらさまから返って来たのは、芳しくない反応だった。

 

「……おかしい、園内にいない(、、、)

 

 そう呟いた瞬間、窓ガラスが割れる音が響いた。それをメイククイーンが認識する前に、顔面目掛けて、ルール・プリズムが豪速球で飛んできた。

 

 

 

 

◆ ルール・シール ◆

 

 何でこんなことになったんだろう。

 ルール・シールが望んでいるのはただ一つ、純粋に帰宅することだ。家に帰る事だ。監禁生活にピリオドを打ち、日常を取り戻すことだ。実際それは目の前まで来た、手中に掴んだはずだった。

 しかし現実は残酷だ、ルール・シールを助けてくれた魔法少女、ティンクル・ベルと合流してなお、状況は改善しなかった、むしろ悪化している。七対五で有利になるはずが、気づけば五対七になっていた、敵が増えた、訳がわからない。

 

「ってことで、対策考えないとねー、まきゅらさまが復帰したってことは、こっちの位置は筒抜けってことだし」

「えっ、あ、そうなんですかぁ!?」

 

 最悪の要素が一つ増えた。まきゅらさまが居る限り、こちらの居場所は常に察知される。

 

「左手のペンデュラムが五本残ってるから、うん、ちょうど五人探知出来るんじゃないかなー、ははは」

「笑い事じゃないんですけどぉーっ!」

「いやいや、逆逆、笑える内に笑っとくべきだよ、何せじきに笑えなくなるんだし」

「どういう意味ですかああああああああああああ!?」

「実は作戦を考えたんだけど。ルル子ちゃんが囮で一番危険」

「何でそんな作戦思いつくんですかあああっ!?」

 

 嫌だときっぱり断りたい所だったが、如何せん、事件の原因は、否はないとはいえルール・シールだ。ティンクル・ベル(とそれに付き合わされている高橋病舞子)は、ルール・シールのために命がけで戦ってくれている。究極的には、ジェノサイダー冬子もユミコエルもそうだ。面と向かってノーと言えるワケもない。勿論、内容にもよるが。

 

「……具体的にはどうするのでござるか?」

 

 ティンクル・ベルが問いかけた。

 

「まず、私達にとって厄介な魔法少女は三人、こっちの居場所を探知してくるまきゅらさま、こいつはここで処理しないと、たとえルミナスランドを脱出できても、未来に安全の保証がなくなるから、絶対に仕留めないといけない」

「……次は首を引き抜きます」

 

 ユミコエルが怖いことを言った。

 

「次に結界を張ってる魔法少女、こいつは倒さないと私達がでられない。ティンクル・ベルは戦ったんだっけ?」

「うむ、でっかい棺桶を背負った魔法少女で、メイデンという名前でござる。手傷は負わせたが、倒すまではいたらなくてなあ」

「んで、最期にチックタック。敵に与えたダメージは意味がなくなる、殺さないかぎりはなんどでも蘇ってくる。そんでもって……」

 

 ジェノサイダー冬子が、ちらりとルール・シールを見た。

 

「あのチックタックは、ルール(、、、)プリズムの封印を解除できる(、、、、、、、、、、、、、)魔法少女の一人だから、もしこっちがルール・プリズムで他の魔法少女を封印できても、チックタックが居る限り意味が無い。個人的には、ここで全員倒すって前提だけど――――チックタックを真っ先にやるべきだね」

「ちょ、ちょっと待って下さい、封印を解除できるんですか?」

 

 ユミコエルが言うと、ジェノサイダー冬子は頷いた。

 

「さっきユミコエルの時間を巻き戻した時、私の魔法も巻き戻っちゃったんだよね。つまり、私が上から封印しても、それごと巻き戻せちゃうんだから、天敵だよ。ルール・プリズムって封印を開放したら、その場で割れちゃうけど、チックタックなら中身を取り戻した上で、ルール・プリズムが再利用できちゃうしね」

「最悪、ですねぇ……ってぇ、そういえば、バブルリブル達との戦いで投げたルール・プリズムってどうなったんでしたっけぇ? 置きっぱなしだったら、もしかすると持って行かれたり……」

「私が全部きっちり回収した」

「さすが冬子さん、ちゃっかりしてる……」

 そういえばいつの間にか、まきゅらさまの指も拾っていた。抜け目がない。

「ってもよぉ、あのチックタックとか言う奴、明らかに前線に出てくる奴じゃねーだろ、相手のほうが数いんだから、ぐるぐるローテション回されたらきつくねえ?」

 

 高橋病舞子が、最もなことを言う。

 

「うん、だからこっちから攻める(、、、、、、、、)

「「へ?」」

 

 ユミコエルと、ルール・シールの声が重なった。

 

「どうやってでござるか? こっちには連中の動きを知る術など……」

 

 ジェノサイダー冬子は、笑顔で言った。

 

「ユミコエルが持ってたあの剣って、他の魔法少女のアイテムだったよね?」

 

 じゃらり、と、持ち主が居なくなった銀の指輪――――

 探しものを見つけるのが得意な魔法少女、まきゅらさまのペンデュラムを、じゃらりとぶら下げてみせた。

 

 

 

 

 

◆ チックタック ◆

 

 チックタックは基本的にあらゆるものごとをどうでもいいと思っている。メイククイーンによってそう育成された。

 チックタックのような魔法少女は、自分の考えを持つよりも、ただそういったシステムとして使用され続けるのが正しいあり方なのだそうだ。メイククイーンが望むのであれば、チックタックはそうあるべきだと思ってるし、そうなっている。

 

 だからチックタックは何事にも動じない。どんな不意打ちでもどんなトラブルでも、いつもどおりだ。言われたら何かするし、言われなければ何もしない、唯一チックタックの意志で許されているのは、自衛のみだ。

 なので、今回の場合は、身を守るべく柱の陰に隠れた。

 

「っ!」

 

 窓ガラスの向こうから飛んで来る、虹色の水晶、ルール・プリズム。

 魔法少女が直撃したら封印されるし、そもそもあの勢いで命中したら無事ではすまないだろう、何せ深く床にめり込んでいる、チックタックがいれば負傷は直せるが、頭に直撃して脳をぶち撒けてしまったら流石になんともならない。

 

「……まきゅらさまのペンデュラム! 利用されてるのですか」

 

 まきゅらさまの負傷は巻き戻したが、手元のアイテムはどうにもならなかった、残してきたペンデュラムは、後で回収しようなどとのんきに話していたが、こちらの陣営の居場所を突き止めるのに利用されてしまったらしい、策士が策に溺れるどころではない、詰めが甘すぎる。

 思っても言わなかったが。

 

「煌輝スター!」

「はいっ」

 

 メイククイーンが叫ぶと、煌輝スターが前線に立った。窓の向こうから飛び込んでくるのなら、彼女が跳ね返せる。

 

「ユミコエルの腕力で投げてるのですね……でも、煌輝スターがいれば」

 

 物理攻撃は通じない。反射以上に、それが煌輝スターの強みだ。最強の壁、最強の防御、メイククイーンの自信作。

 

「むしろ居場所がわかって好都合なのです……弾数だってないでしょう」

 

 ルール・シールの魔法は発動に時間がかかる、新しい物は生産できていないはずだ。元々持っていた蓄えを使うしか無い、必然、そう何度も打てるものではない。そもそも狙撃というほど精度も良くない、力任せに投げ入れているだけだ。やり過ごせば、むしろこちらにルール・プリズムが手に入る。

 

 今飛んできたルール・プリズムは一つ、更に前の戦闘でもいくつか消費している。多くても相手が持っているのは、後二つぐらいだろう、とチックタックは予測した。

 言わなかったが。

 

「……いた、ユミコエル、対面の建物の二階」

 

 まきゅらさまが言った。割れた窓の向こうから見てみると、確かにユミコエルが居た。園内の飾りに使われていた、細い鉄柱をへし折って束ねて持っていた。今度はあれを投げるつもりか。

 

「無駄ですわ、ワタクシが居る限り!」

 

 居場所さえわかってしまえばもう怖くない、どこから飛んで来るのかわからないのが怖いのが狙撃であって、攻撃の向かってくる方向さえわかれば、煌輝スターの反射神経と魔法なら対処できる。

 

 ユミコエルが、鉄柱の投げ槍を投擲した。空気を裂く、とかそういう次元ではなく、天罰か何かが降り注ぐかのように、一直線に向かってくる。

 

 煌輝スターは全力を持って答えた、肌に触れた瞬間、魔法が発動する。投げてきた相手は見えている、その方向に向かって『反射』する。

 

 ユミコエルは、既に槍を投擲した体勢を崩して、窓の枠から出ようとしていた、その判断は正しい。一瞬遅れて、ユミコエルのいた場所を、ユミコエルが投げた速度で、鉄柱が通過した。

 

 ユミコエルの魔法は『ものすごい力』だ、普通に全力投擲したのであれば、腰を入れて、ひねりを入れて、体重をのせて、腕を振る勢いものせて行う必要があっただろう、それはすなわち体勢を整え直す時間が必要となることを意味する。

 

 しかしユミコエルは軽く片手で構えてぽいっと投げただけだった。それであの勢いが出るのだから、まさしく魔法だ。投げた瞬間には横っ飛びする余裕がある、つまり、反射対策を考えている。

 

 考えているということは、この狙撃が有効だと、向こうも別に思っていない、間髪入れず叩き込み続けるなら別だが、攻撃は単調だ。狙いは恐らく別にある。

 言わなかったが。

 

「外に出るのです、バブルリブル、まきゅらさま! 煌輝スターも、その位置からしか飛んでこないなら、私は安全なのです、二人の護衛を! あいつら、ぶっ飛ばすのです!」

 

 入り口目掛けて、指示通りに三人が走る。その方向は、攻撃が飛び込んでくる窓と、ちょうど真逆だ。

 何だか良くない気がする、言わなかったが。

 

「はろー」

 

 チックタックがそう思った時、のんきな声が聞こえて来た。

 

「え?」

 

 指示を飛ばしていたメイククイーンが、呆けた声を上げた。

 窓の外、すぐ側に、ジェノサイダー冬子が居た。

 

「ガチャリ」

 

 ユミコエルが投げつけて、地面にめり込んだルール・プリズムに鍵を向けて、つぶやいた。

 

「っ!」

 

 その瞬間、ルール・プリズムの封印が解かれる。

 あまりにとっさの事過ぎて、誰も反応できなかった。一秒か、二秒か、その程度の時間だったが、あらゆる物事が進行するには、十分すぎた。敵を倒すため外に向かおうとしていたまきゅらさまたちが、方向転換して戻ってくるのに間に合わず、メイククイーンはそもそも自分が何かしようという発想を持ち合わせていないため、何を指示するかを考えている内に対応が遅れて。

 そしてチックタックは、自衛のために身構えた。何が出てくるかわからない、中身が入っているプリズムだ。

 

ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ

 

 飛び出してきたのは、大量の白煙だった。視界を埋め尽くすそれからは、鼻をくすぐる良い香りがした。

 

(ハーブだ)

 

 高橋病舞子、そういえば、煙がたくさん出る、お香用のハーブがあると言っていた。

 コレをハーブと呼んでいいのかはともかくとして、魔法で出来たハーブなら、ルール・プリズムの中に収められる。ジェノサイダー冬子が封印を開けば、煙幕弾になる。

 

「きゃああっ、なんです、これは、もうっ!」

 

 メイククイーンが喚いている。作戦を立てるのはそれなりに上手いのだが、想定外の事態に弱いのが悪い癖だ。なまじ人材に恵まれていて、色々うまくいくせいで、自分に都合のいい展開しか考えられないフシがある。

 

 言わなかったが。

 

 とは言え視界を埋めてきたなら狙いがあるはずだ、こちらにはまきゅらさまがいる。彼女の指示があれば視界が埋まっていても適切な行動を取れる。彼女たちはそういうふうに育成されている。

 ただ、時間が足りなかった。

 

「ご、ごめんなさいぃ……っ!」

 

 背中をとん、と押された、チックタックは振り向いた。

 涙目になった、ルール・シールが居た。

 何で室内に? と思った時には、身体がふわりと浮いた感覚があって、次の瞬間、チックタックは速やかにルール・プリズムに封印された。

 自分がどうなってしまったか、当然、メイククイーンにいうことは出来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。