魔法少女育成計画 -Suicide Side-   作:∈(・ω・)∋

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*** 第三章 戦闘開始 ***

 

 

◆ 高橋(たかはし)病舞子(やまこ) ◆

 

 癒やしと時間と彼氏と単位とお金がほしい。

 その願望を抱くことは誰にも責められないと、魔法少女、高橋病舞子は思う。

 麦わら帽子に、スカート状に変化したオーバーオール、という衣装の魔法少女、高橋病舞子は「色んなハーブを育てられる」という魔法を持つ。そして、魔法少女になった直後から、自分の魔法を有効活用する方法を考えていた。

 

 作るハーブは、土と水と太陽さえあれば、五分でにょきにょきと生えてくる。

 種は腰に備え作られた袋からいくらでも出てくるし、好き放題品種改良できる。

 そして、たどり着いた結論としては『後遺症は一切なく中毒性と依存性だけがすさまじいハーブ』を創って、一般人に売りつけることだった。

 

 効果は覿面だった、すぐに市内の路地裏で、高橋病舞子が作ったハーブが取引されるようになり、作っても作っても需要が追いつかないようになり、悪影響は無くても社会問題になれば警察も世間も黙っておらず、それが魔法によるものだとなれば当然魔法の国も動き出し、結果としてお縄について、今はティンクル・ベルという魔法少女のもとで保護観察という名の監視を受けている。

 

 無条件で魔法少女の力を剥奪されなかったのは、ひとえに高橋病舞子の能力が便利極まりないからだろう。鎮痛や治療に効くハーブ、幻覚を見せたり精神を昂揚させたり、あるいは理性をふっとばすようなハーブも作れる、管理と監視がしっかりできていれば、その汎用性の高さは多岐に渡る。

 

 ティンクル・ベルのやつなどは「まあ拙者が一番好きなのはお主の作るハーブティーでござるよ」

 などとほざいたので猛毒のハーブで茶を抽出したが、頭からぶっかけられて慌てて解毒ハーブを噛み砕く羽目になった。

 

 それはさておき、厄介なことだ、実に厄介だ。

 とある魔法少女を保護する、とティンクル・ベルが言い出したのは良い、それに付き合わされるのもまあ良い。ティンクル・ベルが魔法の国から連れだした後、遊園地……ルミナスランドで高橋病舞子に件の魔法少女を預け、セーフハウスまで連れていくという手はずだったはずである。

 

「なんじゃこりゃ……」

 

 西エリアの屋台で、クレープなんぞを優雅に食いながら待っていた。子供向けのちゃっちぃアトラクションの多い場所なので、人気もまばらで、見ているだけで殺意の湧いてくるカップルは殆ど来ずちょうどよい(ただし子供連れの若い夫婦などは来るのでそれに関しては別途殺意が湧いてくる)。魔法少女に変身して居ても、高橋病舞子の衣装は対して華美ではないし、帽子を目深にかぶれば目立つ顔も隠せる。元より地下で活動を続けていた彼女の顔は殆ど知られていない。

 

 しかし遠目からも見えたフリーフォールの鉄塔がへし折れた所から、雲行きが怪しくなってきた、明らかに大事故だ。そしてそれが自分達に無関係な案件だとは到底思えなかった。

 だからといって危険を犯す理由もない、いっそティンクル・ベルが死んでくれれば、自分も死んだことにして逃げられる、とすら思ったのだが、なぜか人がわらわらと、こちらのエリア向かって集まってくるのだ。

 

 普通なら出入り口のある南エリアに向かうか、どこぞにでもある非常口から外に出れば良い物を、気がつけば何万人という人口が、この狭いエリア内に密集していた。

 誰も彼もが隣の人間の足を踏みつけ、文句を言いながら、しかし違う場所に行こうともせず、それ以上外に出ようと言う素振りも見せない。

 

(なんかの魔法か、こりゃ……)

 

 すぐに高橋病舞子の周囲も人で埋まりはじめた、魔法の端末を広げて、ティンクル・ベルに連絡を取る。

 

「おい、どうなってんのティンクル、こっちすげぇ事になってんだけど」

 

 しかし返って来たのは、高橋病舞子の知るティンクル・ベルが到底出したことのないような、切羽詰まった声だった。

 

『すまん高橋! ターゲットを逃がしたでござる!』

 

「は!?」

『さっき魔法少女と交戦したでござる、最低で二人、もっといるかも知れんでござるが……とにかく、お主はルール・シール嬢と合流するでござる』

「ふっざけんなよ引取だけの楽な仕事のはずだろ!? なにが交戦だよ戦いなんて絶対やだからな私ぁ!」

『ええい! こっちとて想定外! 拙者もすぐに合流するでござる! いいから走れ!』

「てめぇ絶対ぶっ殺すからな覚えてえろ! クソっ」

 

 気に食わなくても上役だ、逆らうわけにも行かない、しかしこの人の波をかき分けて移動しなければならないと思うと、気は滅入っていく一方だ。

 

 

 

◆ ユミコエル ◆

 

 とりあえず場所を移動した。当たり前だが、人気はすっかり無くなっていた、手近なトイレに駆け込んで、用具入れにホースがあったので拝借して、洗面台に繋いで頭から水をぶっかけた。

 

「うっわ、火傷すごいね、大丈夫?」

「……おかげ様で」

 

 衣装に守られていたおかげもあって、露出部以外の火傷は大したことはなかった。そこは魔法少女の身体だ、ずっと燃やされ続けていたら危なかっただろうが、

 

「その、大丈夫……です?」

 

 ジェノサイダー冬子が連れてきた魔法少女……ルール・シールがおずおずと聞いてきた。なんというか、小動物のように、パタパタと小刻みに動き続けている、旗から見てて大変落ち着きがなく、ユミコエルの返事をまたずにきょろきょろと周囲を不安げに警戒していた。

 

「思ったよりは……焼かれたのは一瞬だったし。すごい痛かったけど」

「焼かれ……」

 

 ピタッと忙しない動きが止まった。想像して怖くなったのか、ひええ、とか細い悲鳴まで上げた。

 

「で、何で戻ってきたんですか、冬子さん」

「ひでえ言い草じゃない!? そりゃ置いてったけどちゃんと逃げ道確保できたら迎えに来るつもりだったよ!?」

「え……ジェノ子さん、ユミコエルさん見殺しにしたんですか?」

「そうですよ、この人は友達を見捨てて逃げちゃう薄情な人なんですよ」

「助けてあげたのに……」

 

 ふてくされるジェノサイダー冬子、その姿を見て多少溜飲は下がった。彼女がどこまでなにを考えているかはユミコエルには推し量れない。それに、決別を言い渡したのは自分であるのだし、彼女を責めるのも筋違いという気もする。

 

「それで、この……ルール・シールさん? が狙われている、ってことですか?」

「うん、嘘じゃないと思う。実際、魔法も見せてもらったし」

「私達が使ってたあの水晶、ですか」

「あ、それなんだけどさ、ちょっと私、ユミコエルと合流するまでの間、考えたんだよね」

「はい、なんですか?」

「魔法の水晶って呼ぶのなんかダサイからルル子ちゃんの名前をとって『ルール・プリズム』と名付けようかと」

「死ぬほどどうでもいいんですけど!?」

「ルール・プリズム……かっこいいですぅ!」

「黙っててください!」

 

 ユミコエルに怒鳴られて、ひゃあと悲鳴を上げて、ルール・シールはトイレの個室に駆け込んだ。

 

「でも、何で彼女を確保しようなんて? 水晶……えーっと、ルール・プリズムは確かに便利ですけど、魔法少女としてなら、むしろそれで食べていけるんじゃあ?」

 

 魔法少女とは基本的に無給無対価で労働を要求される。というか対価として与えられているのが魔法少女の力そのものであり、先払いしているのだから、というのが魔法の国の理屈なのかもしれないが。

 

 なので、魔法少女の活動を続ければ続けるほど現実の生活は圧迫されていく。学業に支障が出て成績が下がり、社会人ならば給与と職歴に直結してゆく。

 そんな中で、魔法の国にとって有用な能力であれば、報酬を得ることも出来る、いわゆる職業魔法少女で、はっきり言って一部の選ばれた魔法少女以外は妄想することすら許されない存在だ。

 

 それを踏まえると、ルール・シールの魔法はあまりに有用だ。どれだけ強い魔法少女も、一撃当てれば事実上封殺出来る。その上で、ジェノサイダー冬子のような例外がない限りは、まともな手段ではその封印を破ることすらままならない。売りこもうとすれば、間違いなく売り込めるだろう。

 だが、ジェノサイダー冬子は雑に手を振るだけだった。

 

「あー、多分無理だと思う」

「なんでですか?」

クリティカルすぎる(、、、、、、、、、)から。魔法少女っていうのは魔法の国が生産して、魔法の国が管理して、魔法の国が作ってるものでしょ?」

「ええと、言い方を考えなければまあ、そうですね」

「けどルル子ちゃんの魔法は、魔法の国に対して有効すぎるんだよね。だって、魔法の国にあるものは、人も物も全部魔法の影響……つまり、ルール・プリズムの効果対象内なわけだよ」

「……それだと、何で駄目なんです?」

「ユミコエルさ、家畜がこっちにいつでもぶっ放して殺せる銃を作れます、って言われたら、どうする?」

 

 家畜、という言葉が非常に気にわないが、それは今口にだすべき言葉ではないのだろう、ぐっと飲み込んで、問いに答えた。

 

「……銃を取り上げます」

「ふつーはそうだよね、つまり、ルル子ちゃんの魔法少女としての能力を奪えばいい、魔法の国はいつだってそれが出来る」

 

 だが。

 

「そうはならなかった、何故なら、ルル子ちゃん(、、、、、、)の魔法を独占(、、、、、、)出来れば(、、、、)、魔法の国に対して圧倒的に優位に立てるから」

 

 ルール・シールから渡された、空の……今この話でやろうと思えば、この場に居る誰もを半永久的に黙らせられる結晶体を弄ぶジェノサイダー冬子。

 

「魔法の国のあらゆるものに通じる一撃必殺のアイテム。それを生産できる存在を秘匿して、ずーっと自分達だけで使い続けられるなら、他の勢力に対して圧倒的に優位になれる。実際、白黒有無はそうしてた」

「白黒有無……」

 

 ユミコエルに取っては、殺しても殺し足りない、宿敵の一人でもある。

 

 そもそも、ユミコエル達……弓子の友人と、先生を巻き込んだ直接的な原因は、白黒有無が現地の魔法少女たちを駒として使い、プリンセス・ルージュ、ドラゴンハート、二人の魔法少女を秘密裏に処理しようとしたことにある。

 

「そう、ルル子ちゃんは魔法の国に隠れて(、、、、、、、、)白黒有無が確保してた魔法少女(、、、、、、、、、、、、、、、)だった。けど、あの一件で白黒有無が死んでしまったから、ルール(、、、)シールという魔法少女の所有権(、、、、、、、、、、、、、、)が宙に浮いちゃったんだよ」

「しょ、所有権って、わ、私、モノですかぁ……?」

「扱い的にはそういう事だよね」

 

 ショックを受けるルール・シールの言葉をあっさりと肯定する。

 

「そんでもって、秘密裏にでも存在して、実際に運用されてる以上、白黒有無とつきあいがあったり、あるいは敵対してる勢力は思うわけだよ。白黒有無の所在が行方不明になった以上、あの必殺アイテム、ルール・プリズムを生産している魔法少女を自分達が手に入れるチャンスじゃないか? って。それで最速で実際に行動に移した連中が居るって事」

 

 つまり。

 

「私達……っていうか、ルル子ちゃんが安全を確保するためには、このルミナスランドを脱出して、魔法の国に、ルル子ちゃん自身が魔法少女を自分から引退を申し出るしか無い――一応聞くけど、魔法少女続けたい?」

「ぜぇぇぇええったい嫌ですもういいです無理ですやめます絶対嫌ですうううう!!」

「ってこと。状況はオッケー? ユミコエル」

 濡れた身体を動かして、調子を確かめる。万全ではないが、しっかりと動くことを確認する。

「……オッケー、です。でも、冬子さん、身の安全のためにルールさんを敵に差し出すって言い出すかと思ってました」

「君私を何だと思ってんの?」

「いやさも心外みたいな顔してますけどあなた私にはっきりといいましたよねぇ覚えてますよぉつきだしたほうが合理的だって言ってましたぁ!!!」

「いやいやいやいや即座に否定したじゃん!」

「やっぱりそういう人ですよ……この人は……」

「そこに並べ一発殴る」

 

 ジェノサイダー冬子が手をぽきぽきと、愛と夢と希望を振りまく魔法少女がしてはいけない動作をした直後。

 ばしゃあ、と音がして、トイレの壁に大きな穴が空いた。

 

 

 

◆ ルール・シール ◆

 

 炎上する遊園地という環境と比較すれば、コンクリートの壁に囲まれているというのはとても頼もしい。トイレというのが少し不満だが、魔法少女とはいえど、腕力だけでコンクリートをぶちぬくのは難しい、何かあったとしてもすぐにジェノサイダー冬子やユミコエルの背中に隠れられる、ルール・シールにとって安心感という言葉は、もう久しく得ていない物だった。

 はふ、ともう一度息をついて、ふと喉が乾いたなあ、と思う。魔法少女は飲まず食わずでもしばらく大丈夫ではあるが、それと欲求とはまた別だ。しかし、トイレの蛇口をひねって水を飲むのは躊躇われるし、自販機に飲み物を買いに行きたいと言い出したら怒られる気がする。

 どうしようかな、思った時、ばしゃっ、と音がした。あれ? と思って振り返ると、壁に、ルール・シールが通り抜けられそうなぐらいの穴がぽっかり開いて、床は先程まではなかった、ドロドロと濁った灰色の液体に濡れていた。全員の視線が、そちらに集中した。

 穴の向こうに、未だ炎上する風景が見えて、それを埋めるようにふわふわと、バスケットボールぐらいの大きさのシャボン玉が数個、ルール・シールたちの元へ向かってくる。

 

「……あのさ」

 

 ジェノサイダー冬子は、じりじりと後退しながら、言った。

 

「これ、なんかやばい気するよね……!」

「いいから逃げますよ早く!」

 

 ぱちん、とシャボン玉の一つが、トイレの個室の扉にぶつかってはじけた。シャボン玉と同じサイズの穴が開いて、その下にドバっと茶色い液体が滴った。

 いくつかは、床で跳ね返って、こちらに向かってきた。

 

「き、い、やあああああああ!?」

 

 ルール・シールの悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

◆ バブルリブル ◆

 

 時が立つに連れて、バブルリブルの周囲はだんだんと朝から始まる国民的、あるいは深夜に放送されているちょっとえっちな魔法少女アニメを見なくなった。嘆かわしい事だ。

 少女とは魔法少女に憧れるものだ、夢を見るものだ、正義と愛と友情をその身に宿すものだ。

 もちろん、現実と妄想の境はしっかり区別せねばならない、しかしそれは憧れを捨てるという意味でも夢を捨てるという意味でもないはずだ。

 心に焼き付けたそのあり方を忘れずに、追い続けるべきなのだ。

 ならばこそ魔法少女育成計画によって己が魔法少女に選ばれた事は運命であり必然だ。

 

「あなたたち! その女の子を離しなさいっ!」

 

 とりあえずあぶり出してみた結果、悪の手先がぞろぞろと出てきた、確保すべきターゲットも一緒だ。びしっと指差して高らかに宣言する。

 

「元気に優雅に魔法少女! 愛は光! バブルリブル!」

 

 名乗りあげの瞬間はいつだって魔法少女を主役にする、怠ってはならない。

 バブルリブルの理想とする魔法少女、マジカルデイジーはいつだってそうだった。だから彼女はそれに習う。悪の前でも姿を隠さず、正々堂々正義の粛清。

 惜しむらくは、バブルリブルが少々大人っぽすぎる魔法少女であることか。

 身長は百六十を超えている上に、コスチュームのブーツはハイヒールで更に上背を増している、胸とおしりはぼんっと突き出ていて、ささやかな面積の布地で覆っているだけ、少々刺激的すぎて、どちらかと言うと夜のお大きなお友達御用達の格好なのだ。それこそ『パートナー』のような、もっと可愛らしいのが良かった。

 閑話休題、今は敵を追い詰めることが大事だ。大体場所が行けない、悪とはいえ、魔法少女がトイレに逃げ込むとは。

 魔法少女は神秘の生き物なのでトイレには行かないのだ、もっと考えてほしい。

 とにかく名乗りを上げた以上、相手はくっ! とか 来たな! とか言うなり、名前を名乗り返すなりしてくると思ったが、三人の魔法少女はぽかーんとバブルリブルを見ているだけだった。

 

「…………バブルリブえええええええええええええええええあっ!?」

 

 もしかしたら聞こえなかったのかもしれないと、再度名乗り上げ用としたところで、マントを羽織った悪の手先が、よく育ったスイカぐらいのサイズの瓦礫を問答無用で投げつけてみた、慌てて避けて、三秒ぐらいして、背後の方からズズン、と腹部に響く音が聞こえてきた。

 

「ち、外した……」

「ユミコエル、もう一発」

「あ、あなたたち、魔法少女としての誇りはないのっ!? 今何したの!?」

「瓦礫を顔面に直撃させて頭をかち割ろうとしたんだけど」

「あなた魔法少女じゃないっ、野蛮人か何かよっ!」

 

 バブルリブルの必死の訴えを無視して、次の瓦礫を探すユミコエルと呼ばれた魔法少女。

 もう我慢ならない、バブルリブルは両手の親指と人差指をあわせて輪っかを作り、その中央を貫くように、ふうううーっ! と勢い良く息を吐きだした。

 ぶわわわわわ、と大小無数のシャボン玉が、一斉に浮き上がって悪の魔法少女たちに向かっていく。

 全く、不便な魔法だ。何より、必殺技名を叫べないのがありえない。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ジェノサイダー冬子 ◆

 

 バブルリブルと名乗った魔法少女が創りだすシャボン玉目掛けて、思い切り瓦礫を投げつける。

 案の定というかなんというか、瓦礫がシャボン玉に触れて、ぱちんと弾けたその瞬間、コンクリート片には大きい丸い穴があいて、じゃばっと灰色の液体が流れだした。そのまま連鎖的に他のシャボンにも触れて、あっという間にその形が失われ、代わりに、同じぐらいの量のドロドロとした液体が、ぶち撒けられた。

 

「あのシャボンに触ると……溶かされるわけだ、えげつなっ!」

「人間にだけ通用しない、なんてことは……?」

 

 ルール・シールが一縷の望みをかけたかのように言ってきたが、ジェノサイダー冬子は残酷に首を横に振った。

 

「試してみる? 失敗したら、タンパク質のスープだけど」

「ぜぇったいいやああああああああああああああ!」

「だったら、走れーっ!」

 

 ジェノサイダー冬子の先導を皮切りに、一斉に走りだす三人。

 

「まちな、ふーっ! さぁーいっ! ふぅーっ! 敵前逃亡なんて、ふぅーっ! それでも魔法少女なのっ!?」

 

 背後から、ふわふわと一撃必殺のシャボン玉を吹き出しながら、バブルリブルが追いかけてくる、魔法少女の脚力ならば、バブルリブル本人はともかく、ふわふわと漂うシャボン玉程度には、さすがに追いつかれない――――

 

「と、お思いだったら、大間違いですわ?」

 

 新しい声が聞こえてきた。今まさに回収した瓦礫を投げようとしていたユミコエルは、反射的にその方向に向かって投げつけた。

 ユミコエルの魔法、『ものすごい力』によって、どれだけ大きいものでも全力で、それこそ拳銃かミサイルかと言った勢いで飛ばすことが出来る、その破壊力は言うまでもない。

 当たれば一撃必殺は、ユミコエルだって同じなのだ。

 ぶおん、と空気を裂く音だけが聞こえた。

 ユミコエルの眼前に、投げたはずの瓦礫(、、、、、、、、)が迫ってきていた。

 

「ひきゃああああああああああああああっ!」

 

 投げつけたモーションのまま、身動きをできなかったユミコエルのマントを、ルール・シールが、その魔法少女の腕力で、全力で引っ張った。首がぐきっと嫌な音を立てて、体ごと後ろにのけぞらされて、その刹那の間に、鼻の頭を自分が投げたはずの瓦礫が、その勢いのままかすりながら通過した。

 

「っぶな――――っ!」

 

「いけませんわ、そのような悲鳴の上げ方は、魔法少女にふさわしくないですわよ?」

 

 バブルリブルとユミコエルたちの間に現れた、新たな魔法少女――白ロリ、というべきか。ヘッドドレスから始まって、首のチョーカー、靴の装飾に至るまで、純白のフリルでうめつくされている、肌が露出しているのは、対照的に美しく艶めいて黒い、瞳と髪の毛をのせた顔だけだった。

 

「煌輝スター、優雅に参上――ご抵抗はご自由に、何でも跳ね返しますけれども?」

「遅いわ、スターっ、ふうーっ!」

 

 名乗り上げに続けざま、バブルリブルが、一際大きなシャボンを創りだす。直撃したら、間違いなく、人間一人がいなくなりそうなサイズだ。

 

「えいっ♪」

 

 そして、そのシャボンに、あろうことか手を触れて、ポム、と後押しし――――今まではバブルリブルの肺活量のみで、緩やかに前進していたそれが、比較にならない速度で迫ってきた。

 

「――――っ!」

 

 何であの魔法少女は、あのシャボンに触っても大丈夫なのか。

 何でよりにもよって勢いをまして迫ってきているのか。

 

「ユミコエル、あの魔法少女に物理攻撃禁止! 多分、触ったものを反射(、、、、、、、、)してくる!」

「じゃあ、どうしろって――っ!」

 

 バブルリブルのシャボン玉に対抗するには、シャボン玉が自分達に触れられるより先に割るしか無い。

 しかし間に煌輝スターが挟まると、遠距離攻撃が反射されてしまう、どころか、煌輝スターはシャボン玉を「反射」して、自分に触れても割ること無く、その背中を押すことで勢いまでつけてくる。

 

「だったら、これはどうですかぁっ!」

 

 半ばやけくそ気味に、ルール・シールはふわりとふくらんだ自分のスカートの中に手を突っ込んだ。

 

「は、はしたない! 魔法少女がそういうことをしちゃ駄目なんだから!」

 

 バブルリブルが抗議の声を上げたが、知ったことではない。彼女が手にしていたのは、八面体の水晶――――ルール・シールの魔法によって作られるルール・プリズム。

 

「こっちに来ないで、くださぁあああいっ!」

 

 勢い良く、バブルリブルに向けてぽいぽいと二つ投げつけた、ひ弱で戦闘向きでなくても、魔法少女の腕力で、それなりの速度と勢いを持って突っ込んでいった――――が。

 ふう、と迫ってくるルール・プリズムに、バブルリブルはシャボン玉を吹き付けた。無数の泡がぶつかって、中に吸収されていく。バブルリブルの目が見開いた。

 

「リブルっ!」

 

 間に煌輝スターが割り込んだ、ルール・プリズムが直撃し――――あらぬ方向へと跳ね返した。

 

「っ! 何で……!」

「危ない危ない、ですわ。それが噂の水晶……そう、名付けるならルール・プリズムと呼びましょうか」

「…………」

 

 妙なところでネーミングセンスがかち合ってしまった。

 

「貴女の予想どおり、ワタクシの魔法は『何でも反射できる』というものですわ。例えルール・プリズムでも、体に触れる前に跳ね返すのですから、封印も何もありません、つまり、ワタクシは貴女の天敵ですわ、ルール・シールさん?」

「スター、悪と交渉しても意味ないよ、さくっと溶かしちゃおうよ」

「その言動の方が邪悪じゃないかなあ……?」

 

 ジェノサイダー冬子はポツリと呟いたが、バブルリブルは無視した。

 

「バブル、いいですか? 魔法少女にとって重要なのは、正義と寛容です。大体番組中期ぐらいで、敵の魔法少女に対して心と愛を込めた説得と戦いを通して、気持ちを通じ合わせて仲間にするのがテンプレートですから、それに習うべきですわ」

「どの口で……!」

 

 しれっと語る煌輝スターに対して、ユミコエルの頭に去来したのは、単純に怒りだった。問答無用で殺しに来ておいて、言動があまりにふざけている。

 

「まあ、落ち着いてユミコエル、どっちにしてもあの魔法少女は倒せない」

「冬子さんっ!」

「だって物理的にダメージを与えられないんだから、今の私達に出来るのは会話か逃走のどっちかでしょ?」

 

 しれっと落ち着き払って、絶望的なことを断言するジェノサイダー冬子、ルール・シールはその様子をみて愕然としているし、ユミコエルは何だか前もこんなことあったなぁ、と思った。

 

「直撃したら即死の、超攻撃型魔法少女と、どんな攻撃も跳ね返してくる超防御型魔法少女、最悪のペアだよ、戦うのが一番の悪手なんだから、相手がそれ以外の選択肢をとってくれるなら、乗っかるべきでしょ、オッケー? ユミコエル」

「……決裂したらどうするんですか」

「そんときゃ逃げよう、頑張ろうね」

 

 ルール・シールを背にかばうユミコエル、その前に、ジェノサイダー冬子が立つ。

 

「ワタクシたちの要求は一つ、ルール・シールさんに、是非ワタクシたちの仲間になってほしい、それだけですわ」

「本人は嫌がってるけど?」

 

 ちらりと後ろを見ると、ルール・シールは全力で首を横に振っていた。

 煌輝スターはため息を吐いて、悲しそうに目を伏せる。

 

「与えられた才能というものには責任がつきものです。彼女の才能はすごいですわ、ですからこそ、ワタクシたちは貴女に相応しい環境を用意して迎えたい。勿論、待遇だって悪くするつもりなんてありませんわ。あの野心に満ちた白黒有無の様に監禁などいたしません、もっと貴女を尊重する用意があります」

「それは例えば一日三色お昼寝とおやつ付きでノルマは一週間で三つとかそういう……」

「今すぐこいつを引き渡して私たちは帰ろうかユミコエル」

「すいません冗談です嘘ですどんな環境でも嫌です私が帰りたいのはお家ですぅー!!」

 

 泣き喚くルール・シールの頭を、ユミコエルが小突いた。割りとガチの悲鳴と、おおよそ頭部から聞こえてきたは行けない音が響き渡った。

 

「何よー、何が不満なわけっ? 私達、変なこと言ってないよね? スター」

「ええ、なるべくより良く、より納得の行く形に収まれば良いなと思っていますわ」

「なるほどね、私も出来ればそうしたい、痛いのも辛いのもゴメンだし」

「ええ、ええ、同じ意見ですわ。そうなればどれほど良いでしょう」

「うん、ところで、一個聞いていい?」

 

 ジェノサイダー冬子は言った。

 

「君達がルール・シールを尊重して嫌なことさせずに、なるべく穏便にことを済ませたいって思ってるなら――――フリーフォールへし折ってジェットコースター真っ二つにして、火ぃ広げて無意味に一般人ぶち殺しまくった理由って、何?」

 

 煌輝スターは笑顔で真摯に、綺麗な言葉を吐いている。

バブルリブルは、魔法少女としての王道を語っている。

 燃える炎と、それに焼かれ、潰され、魔法少女という異端によって、日常を奪われ、朽ち果てた人々を背景に。

 それはあまりにグロテスクな光景だった。どれだけ真面目に語ろうと、どれだけ心から問われようと、それら全てが彼女たちの異常性を際立たせるエッセンスにしかならない。

 バブルリブルと、煌輝スターは、お互いの顔を見合わせた。二人共、不思議そうに小首をかしげて、そして、ジェノサイダー冬子を見た。

 

「そう言われても」

「ええ、それはそれ(、、、、、)これはこれ(、、、、、)、ですわ」

 

 なんで今、そんなどうでもいいことの話をするの? と言いたげだった。そんなつまらないことは、脇に置いとけばいいじゃないかと、仕草と表情が語っていた。

 

「……冬子さん」

「うん、もういいや。わかった、お二人さん、いい?」

 

 ユミコエルの声は、もう底冷えていた。対照的に、ジェノサイダー冬子の声は、どこか笑いすら含まれていた。反応は正反対でも、二人の気持ちは同じぐらいそろっていた。

 

「ええ、より良い答えを――――」

 

 

 

 

「「ふざけんな」」

 

 

 

 

 

 ガチャリ、とジェノサイダー冬子が呟いた。鍵を向けているのは、ユミコエルがスカートのポケットから取り出した、キラキラと煌く水晶―――――

 ルール・プリズムの封印が『開い』て、半分に折れた炎の魔剣が中から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ユミコエル ◆

 

ユミコエルは、魔法少女になりたてだった頃、ストロベリー・ベルという教官の元で指導を受けていた。その時の魔法少女の基礎知識として、こんなことを教わった。

 

「魔法少女には大雑把に分けると二通りあるのね、自分が魔法を使えるタイプと、魔法のアイテムを持ってるタイプ」

「なにか違うんですか?」

 

 親友であり家族でもあった少女、心美流乃(こころみるの)――――ラブリー・チャーミーが挙手して問いかける。

 

「実は、ここにいる皆は、揃いもそろって前者タイプだから、サンプルがないのがちょっと残念なんだけど、魔法少女としてコスチュームに含まれてるアイテムそのものがメインの魔法ってパターンがあるの、私の知ってる所だと、『なんでも受け止める魔法の傘を使う』とか、『相手の情報がわかるゴーグルを持ってる』とか、変わったとこだと『一日一回日替わりで魔法のアイテムをランダムに使える』とかもあったかな?」

 

「それはそれでいい感じデスね! チャームポイントでキーアイテムって感じデス!」

 

 ピンキーピンキー――――阿多田加奈子(あたたかなこ)がテンション高めにいった。

 

「でも、具体的に何が違うの? アイテムをなくすと何もできなくなっちゃうって事ですか?」

 

 手を上げたのは、シンデレラブーケ――――雲霧霞(くもきりかすみ)だった。

 

「いや、もーちょっと深刻、なくすぐらいならいいんだけど、魔法少女の固有アイテムって、実は他の魔法少女に奪われると、普通に使われちゃうんだよね」

「えっ!? 私の杖とかも?」

 

 コレを言ったのは、ユミコエル自身だ――――この頃のユミコエルは、自分自身のコスチュームの一部として、木製(っぽいが強度は比較にならないので、恐らく何か特別な材質の)杖を持っていた。

 ついでに、事あるごとに脳内の神様に祈りを捧げていた気がする。

 

「ユミコエルの杖は、自分の魔法を補助する奴だから別だけど――だからアイテム系の魔法少女は、その管理に一際気をつけないといけないわけ。使いこなせるかどうかはまた別問題だけど、世の中にはそういう魔法少女から装備をかっぱらいまくるのが趣味、ってやつもいるし。あとはそうね、これも一応教えておくけど」

 

 ストロベリー・ベルのこの時の講義は、こんな言葉で締めくくられた。

 

「所有者の魔法少女が死んでしまう、あるいは資格を剥奪されたとしても、もしアイテムを奪われてたら、それは消えないし、魔法も効果を発揮しちゃうままになるの。皆にとってはあまり重要じゃないけど、頭の片隅にでも、とどめておいてね」

 

 

 

 

 炎の剣士レイトの剣をへし折ったユミコエルは、それを回収していた。長さは半分になっていたが、柄に収められた宝玉部分が魔法の力の本体なのか、手にしてイメージしてみると、意外と簡単に炎が出た。

 なまじ元々が魔法少女の持ち物だ、ユミコエルが力まかせに振るっても、何度かは保つだろうし、元々杖という武器を持っていたので、なにか手にした方が落ち着いた。

 そして事情を伺いながら、トイレに避難した時、ルール・シールも幾つかルール・プリズムを持っている、と、現物を見せてくれた。彼女のスカートの中には専用のポケットがあり、最大で八つ収納しておけるらしい。その中の一つを使って、魔剣を封印した。

 これはジェノサイダー冬子、つまり七琴の提案だ。一つは『こっちが相手の魔法少女を倒したことが一発でバレるものを持ち歩くべきではない』ということ、そしてもう一つは――――

 

「奇襲に、なるっ!」

 

 ユミコエルが念じると、魔剣から炎が勢い良く溢れでて、地面を思うように這って行く。煌輝スターとバブルリブルを囲むように燃え広がっていく。

 

「っ!」

 

 煌輝スターは顔をしかめた。彼女の魔法は『反射』だ。あらゆる物理攻撃に対して最強のカウンターとして機能する。炎と、それが生み出す熱すらも例外ではないようで、それそのものではダメージを受けていないようだった。

 だが一方で、『反射』するということは自分に向かってくるものを弾いているという意味であり、煌輝スターがダメージを受けない分、しわ寄せを食らうのはバブルリブルだ、炎の熱と反射の熱が側に居る彼女に二重に襲いかかる。

いかにあらゆるものを溶かしてしまうバブルリブルのシャボン玉も、そもそも炎は個体ではない――――現象だ、溶かすことが出来ない。

 慌ててユミコエルに向けてシャボン玉を吹き出すバブルリブルだったが、炎にあぶられた空気に寄って、ふわりと上空にシャボン玉が浮き上がっていってしまった。予期せぬ軌道になったのか、本人が大慌てで回避行動を取る始末だ。

 

「レイトの剣を――――あなた達、彼女を退けたというのですか!」

「私じゃなくて、ユミコエルだけどね」

 

 炎の制御に集中する――――実験する暇がなかったのでいきあたりばったりだったが、といっても、考えるだけで炎が自由自在に燃え広がる。

 

「バブル! 下がりなさい! ワタクシが相手をしますわ!」

「あっちちちちち! でもでも!」

「例え炎の魔剣が相手でも、ワタクシを倒すことなど出来やしませんわ」

 

 背後の魔法少女向けて、煌輝スターは優しく微笑んだ。

 

「貴女はワタクシが守ります、絶対に」

「……むーっ!」 

 

 不満気に頬を膨らませて、交代するバブルリブル、炎をそちらに伸ばそうとするが、どうやら操れる範囲には限度があるようで、おおよそ五十メートル前後で炎の舌は途切れ、届かなかった。

 

「冬子さんっ、あの魔法少女、倒す手段、あると思います」

「ある」

 

 ジェノサイダー冬子は断言した。

 

「ただ、今は無理」

「あら、是非ともお聞かせ願いたいですわ、このワタクシを、どうやったら倒せるというので?」

「教えてあげてもいいけど、知る頃には君は死んでるんじゃないかな?」

 

 睨み合う煌輝スターと、三人。

 

 

「さすがだな、ジェノサイダー冬子」

 

 

 いつ弾けてもおかしくない両者の間の、つかの間の膠着を破ったのは、新たな声だった。

 

「……まきゅらさま!」

 

 バブルリブルが歓声を上げた、つまり、その背後から現れた彼女は敵の増援、新手ということになる。

 それは、煌輝スターと対象的に、黒のフリルに全身を包んだ魔法少女だった。

 ふわりと広がったスカートも、つばの大きく広がったハットも、全てが鬱陶しいほどフリルづくしで、その間から除く白い肌は、美少女揃いの魔法少女たちの中では、比較的中性的な顔立ちをしていた。両手の指からは鎖に繋がれたペンデュラムがじゃらりと垂れ下がっていた。

 その中の一本、まきゅらさま、と呼ばれた彼女の右手の人差指に繋がれたそれが、ふわりと浮き上がって、ジェノサイダー冬子の方を示した。

 

「……えーっと、私のことをご存知で?」

 

 とぼけたように伺うジェノサイダー冬子が、内心、勘弁してくれよ、と思っているのが、ユミコエルにも伝わってきた、ユミコエルもそう思う。

 まきゅらさまは、やれやれと、大仰に首を振ってみせた。その仕草もどこかわざとらしく、外見と相まって、舞台の上で子供が王様の演技をしているようなチグハグ感がある。

 

「知っているとも、なにせあのドラゴンハートを仕留めた立役者、プリンセス・ルージュを封じた英雄ではないか、君の働きは場合によっては永遠に語り継がれるべき英雄譚だよ。まあ、そうされると困るのだが」

 

 ドラゴンハート。プリンセス・ルージュ。

 

「……へえ、よくご存知で」

 

 ジェノサイダー冬子の目が据わった。その二つの魔法少女名は、それだけの意味があった。

 

「あ、あの、どちらさまですか? そのすごいラスボス感漂うお名前はぁ……」

 

 事情を飲み込めていないルール・シールがぼそっと呟いたが、誰も答えなかった。

 

「知っているともさ、あの二人を打倒出来るものなど、到底居るとは思えなかったからね。私では倒し方も皆目検討つかない存在だよ、まさか夢姫マリアの忠誠心を利用する(、、、、、、、、、、、、、、)などとはこれっぽっちも思っていなかったが」

「…………」

 

 とうとう答えを返さず――怒気を孕んだ視線を向けられて、まきゅらさまは笑う。

 

「おや、意外と察しが悪いのかな? いいや、惚けているだけだろう、そう推察できるよ」

 

 まきゅらさまの指のペンデュラム、ルール・プリズムと似た八面体だが、それよりもっと細長く小さい。それが何に使う道具かといえば……。

 

「……あの日の事件で、わからないことが二つあったんだ、弓子ちゃん」

 

 ジェノサイダー冬子は、ユミコエル、とは呼ばなかった。そんなことに気を回せないほどの状態なのか、あえてなのかは、ユミコエルにはわからなかった。

 

「ひとつは、プリンセス・ルージュを解放させたのは、一体誰だったのか。真理ちゃんにはドラゴンハートを解き放つ理由があったけど、プリンセス・ルージュにはなかったはず」

 

 そして。

 

「そもそも真理ちゃんはどうやってドラゴンハートの封印を(、、、、、、、、、、、)持ちだしたんだろう(、、、、、、、、、)。ルール・プリズムは魔法の国にあるはずだったんだから」

「その問に答えるのは簡単なのだがね」

 

 ふふ、と挑発的に、まきゅらさまが微笑んだ。

 

「君の推測を聞いてみたいな、答えは出ているんだろう?」

「まきゅらさま、お戯れが過ぎますわ」

 

 煌輝スターが口を挟んたが、まきゅらさまはいやいや、と手で制する。

 

「ジェノサイダー冬子、君の存在はね、私にとっては脅威だ。そんな他愛無い魔法で……いや、私の魔法のほうが、全然大したことないのだがね。それにしたって、あの二人を打倒しうるなどとは考えもしなかった。ただドラゴンハートの封印を解く(、、、、、、、、、、、、、)為だけに用意した駒だったのにね」

 

 その発言そのものが、すでに答えだった。

 ユミコエルは、今回の事件を、ただトラブルに巻き込まれただけ、だと思っていた。

 渦中の人物がたまたま過去に出てきたファクターと重なっただけで、本質的には命がけの他人事だと、どこかで思っていた。

 

「……探しものが得意、って所? 君の魔法は」

 

 努めて平静な声で、ジェノサイダー冬子が言った。まきゅらさまはぱちぱちと小さく拍手し、じゃらじゃらと鎖とペンデュラムがぶつかって揺れた。

 

「一文一句違わずご名答だ、このペンデュラムを使って、私はどんなものでも探し出せる。魔法少女の封印も、求める人材も、必要な道具も全て」

「…………」

「あ、あの、どういう感じなんですかぁ? 私さっぱりなんですけどぉ……」

 

 蚊帳の外に置かれたルール・シールが、切り替わった空気に耐えかねて言った。

 

「全然他人事じゃなかったってこと」

 

 今度は、ちゃんと答えた。そして、目の前の漆黒を睨みつけた。

 

「目的はルル子ちゃんだったんだね、まきゅらさま」

「……へ、私?」

 

 理解の追いつかない内容の会話をしていると思ったら、いきなり当事者にさせられて、ルール・シールは目を白黒させる。

 

「一年とちょっと前、私達の住んでる街で、魔法の国が封印したはずの、最悪と災厄の魔法少女が大暴れした。私達の家族も友達も、たくさん死んじゃってね」

 

 流乃、霞、加奈子。

 三人の家族の顔が、ユミコエルの頭に蘇った。

 

「魔法の国側から解決に乗りだしたのは、白黒有無だった。なんで彼女が? って事は、あの時気にしてなかったけど、普通に考えたら、二人の封印を管理してたのは白黒有無だったからだよね」

 

 白黒有無が管理していた……というよりも、白黒有無は管理しなければならなかった。

 何故なら二人を封印したのは、白黒有無が秘密裏に独占していた、一撃必殺のリーサルウェポン、ルール・プリズムだったからだ。

 その存在はなるべく露見してはならない、まして無尽蔵に生み出せる魔法少女を飼っていることなど知られる訳にはいかないからだ。

 

「ドラゴンハートとプリンセス・ルージュを解放して、それを企んだ奴は、何の得があるのか、ってのをずっと考えてた。メリットよりデメリットのほうが大きすぎる二人なのに、なんで、って。それがやっとわかった」

 

 それは、あの戦いで命をかけた人間に対して、あまりに酷な答えだった。

 

「解放して白黒有無の不祥事にできれば、何でも良かったんだ。二人を解放したあとのことなんて、全然考えてなかった。あわよくば巻き添えになって白黒有無が死んでくれれば百点だった。なぜってルール・シールを奪うチャンスだったんだから」

 

 解放することこそが、目的だった。自由になった二人を使って何かしようなんて、全く考えていなかった。危険な爆弾を野に放ることそのものが、必要だったのだ。

 

「すべて正解だ、さすがジェノサイダー冬子」

 

 応じた魔法少女の笑みは、どこまでも満足げだった。

 

「補足するとだね、私はかつて、第一次紅竜戦争に駆り出されたのだよ、ああ、紅竜戦争というのは魔法の国が名づけた名称だ、いいセンスだろう? そこで白黒有無の奴が持ち出したのがその水晶だ」

「ルール・プリズムですわ」

 

 煌輝スターが補足した。

 

「うん? 素敵な名前だ、そう呼ぼうか。ルール・プリズムを持ち出して、多くの犠牲の末に二人を封印した。その功績を持って彼女は出世したわけだが、やはり気になるじゃあないか、ねえ? あのアイテムはどこから来たのか? 私の魔法で探してみたら、なんとまあ、それを作れる魔法少女がいると来た」

 

 そうと知れたらやることは簡単だ。封印されている二人のルール・プリズムがどこにあるかさがせばいい。

 封印を解放したい人間を探して唆し、必要な人材を探して教えればいい。

 探して放逐して炊きつけて、種火を巻いて、あとは燃え広がるのを待つだけでいい。

 圧倒的な二人の魔法少女は、白黒有無を含めたすべてを蹂躙するだろう。管理者がいなくなった後で、悠々とルール・シールを回収すれば良い。後のことは知ったことではない。

 

 被害は甚大だろう、ドラゴンハートとプリンセス・ルージュは圧倒的だろう。

 しかし、魔法の国の誰一人として彼女達に手も足も出ないわけではない。実際一度は封印したし、犠牲を払えばまたなんとかなるだろう。それを行うのも損なうのも自分達ではない。なんなら確保したルール・プリズムを使ってそのまま手柄にしてもいい。

 

「私にとっては……全く損のないプランだった、全くね」

「……それだけ?」

 

 喉の奥から絞り出せた言葉は、それだけだった。

 

「それだけの為に、みんな死んだの? ねえ、加奈子も流乃も霞もストロベル先生もゆめのんさんもカニバリアさんも夢姫マリアさんもみんな、死んだの?」

 

 まきゅらさまの興味は、終始ジェノサイダー冬子に向いている。ユミコエルには、視線も向けず、言い捨てる。

 

「それだけの為、だなんてひどい言い草だ。君、君が彼女たちの死を悲しむならば、尊い犠牲と呼ぶべきでは?」

 

 ああ、やっとわかった。

 魔法の国とかいう場所の連中は、一人残らず壊れてる。頭がおかしい。どうかしてる。

 友達の死に激昂した流乃を、生意気だと殺した、魔法少女毒雪姫がおかしいのではない、コイツらみんなが狂ってるのだ。

 ジェノサイダー冬子はかつてこう言った。『あの人達、私達のことなんて使い捨ての駒ぐらいにしか思ってない』と。

 それは白黒有無達だけではない、まきゅらさまをふくむ、全員がそうなのだ。

 

「さて、ジェノサイダー冬子、君に選ばせてあげよう」

「一応確認するけど、何を?」

「君は脅威だ。何をするかわからない、放置しておくのは危ないと、私の判断が告げている。一方で、脅威である分、魅力的にも思う。どうだろう? 私の仲間になるつもりはないかい? ルール・プリズムは制御できてこそ完璧だ。開け閉めが出来て、完成だ。その魔法を持つ君を、ぜひとも私はほしいと思う」

「それ、まさかとは思うけど、私が笑顔でイエスって答えると思って言ってる?」

「ならば、その鍵だけをもらうとしよう」

 

 まきゅらさまが両手を広げた。十本の指につながった細いチェーンのうち、二本が耳障りな音を立てて、伸びた。

 

「っ!」

 鎖はユミコエルの持っている魔剣に絡みついた。同時に、バブルリブルと煌輝スターが、ジェノサイダー冬子とルール・シールに向かって飛び出した。

 

「冬子さんっ!」

「その魔剣は有用だ、君にはもったいない、返してもらうよ、悪いけれど」

 

 戦闘が再開した。

 

 

 

 

 

 

◆ バブルリブル ◆

 

「ふぅーーーっ!」

 

 難しい話はよくわからない。とりあえず戦っていいらしい、正義はやはりわかりやすくなくてはならない。

 まきゅらさまの指示では、ルール・シール以外はやっつけても良いらしいが、レイトの魔剣とバブルリブルは残念ながら相性が悪く、真っ向からユミコエルに挑んでの仇討ちは不利だ。まきゅらさまもそう判断したから、悪の眼鏡の相手を買ってでてくれたのだろう。

 

 よって、彼女が挑みかかったのはジェノサイダー冬子だった。ちらりと横目で煌輝スターとアイコンタクトを交わし、連携を取る。

 

「はわわわわわわわ……!?」

「ルル子ちゃんプリズム貸して!」

 

 一撃必殺の、バブルリブルのシャボン玉、小さなものでも当たってはじければ、その部分が溶けて液体となる。

 しかし小癪にも、敵は対応策を編み出してきた。こちらのターゲットであるルール・シールの魔法で作られたルール・プリズムは魔法でできたものなら何でも封印する、シャボンも例外ではなく、威力の高い大玉や範囲で攻める小玉も、同じものとして扱われいるのか、半径一メートル分ぐらいはまとめて封じられてしまう。

 

 いっそ近づいて直接吹きかけたいが、このシャボン玉は吹き出してから十秒以内は効果を発揮せず、また自分にも普通に効果を発揮する。基本的に中距離戦用なのだ。

 

「落ち着いてバブル、相手の防御策は有限、こちらの泡は無限です。なくなるまで距離を保って、吹き出し続ければいい」

 

 煌輝スターはその間に入る、魔法によってシャボンを割らず、反射によって加速でき、相手の攻撃すべてを無力化する、最強のパートナー。

 その判断も極めて冷静だ、そう、必殺技は通じるまで打ち続ければいいのだ。

 

「本当にそう思う?」

 

 小生意気な敵が、手元になにか持っていた。あれは鍵だ、金色に光る鍵。

 

「ガチャリっ!」

「!?」

 

 煌輝スターの足元に穴が開いた、そう見えた。

 違う、その周囲に、ぷかり、ぷかりと何かが滞空している。

 バブルリブルの泡が、なぜか煌輝スターの靴の下から。

 

「煌輝スター!?」

 

 一瞬後、煌輝スターの身体が無数の泡に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

◆ ジェノサイダー冬子 ◆

 

「ち、不意打ちでもダメか……」

 

 ジェノサイダー冬子が投げつけたルール・プリズム、中にはバブルリブルのシャボン玉が封印されたまま、地面に転がっていた。

 それを地雷よろしく、煌輝スターが近寄った瞬間に鍵で封印を『開い』て開放したのだ。

 シャボン玉は狙い通り、煌輝スターの足元に出現した……が。

 

「予期せぬ一撃でも反射するんだ、結構自信あったんだけどなあ」

 

 煌輝スターにはやはり傷一つなかった、身体に触れたシャボンが反射して、コンクリートを大量に液状化させただけだ。

 

「自信たっぷりにかました反撃が通じてないんですけどぉ!? どうするんですかぁ!?」

「ユミコエルの持ってる魔剣がほしい、あれなら倒せる」

 

 炎を操る魔剣、あれはとても良い、シャボン玉も対策できるし、炎を煌輝スターの顔面にまとわりつかせれば、熱は通じなくても呼吸を封じる事ができる。魔法少女は頑丈だが、それでも生物として、呼吸は必要だ。

 

「で、それがわかってるから、まきゅらさまはユミコエルを真っ先に確保したわけだ」

 

 四人の魔法少女たちの戦闘は、少しずつ移動を重ねている、このまま引き離されれば、何かと都合がよろしくない。

 

「他になにかないんですかぁっ!? 反射される直前に拳を引いて自ら辺りに行かせるとかぁ!」

「……倒す手段ならいくらでもある(、、、、、、、)けど」

「なら、どうぞやってみてくださいまし」

 

 三十メートル近く合った煌輝スターとの距離が、瞬きの間に詰められた、ジェノサイダー冬子は近距離戦が得意な魔法少女ではなく、そもそもこの場合は触ることすら危険な相手なのだから――――

 

「出来るものなら、ですが!」

 

 ガードする暇もなかった、目では追えない動きでもって、顎と鳩尾に拳を受けて、気が付くと視界が反転していた。

 

「か……っ」

 

 息を吸おうとしても、全く酸素を取り込めない、というのがこれほどきついとは思わなかった。全身が一瞬で硬直して、喉が焼ける。目玉が一気に乾く。

 煌輝スターの動きそのものが、何らかの武術を収めているのだろう、足運びから攻撃まで、無駄な動作は一切無かった。スペック差で完全に敗北した。

 

「バブル、トドメを」

「りょうかいっ!」

 

 追いついたバブルリブルが、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ルール・シール ◆

 

 ドスッ、と鈍い音が、響いた。

 

「ぎゃ、ああああああああああああっ!」

 

 鳴り響いた悲鳴は、少なくともジェノサイダー冬子のものではない。呼吸もままならない彼女は、そもそも声をあげられないはずだ。

恐る恐る見てみると、バブルリブルの肩に、何か黒いものが生えていた。

 

「っ、バブル!」

 

 再度、何かがバブルリブル目掛けて飛んで来る。間に割って入った煌輝スターが、それらを反射して弾き飛ばした。

 

「間に合ったようでござるな――」

 

 乱入者は、街灯の上に立っていた。

 ピコピコと揺れるのは、金毛の狐の耳と尾、全身に黒いタイツを着こみ、その上から華やかな色の着物を着崩して羽織っている。

 

「拙者ティンクル・ベル、助太刀いたす! 待たせたでござるな、ルール・シール殿!」

「てぃ、てぃんくるざああああああああああああんっ!」

 

 それは、ルール・シールをあの地獄から連れだしてくれた魔法少女だった。そもそも、ルール・シールはティンクル・ベルと共にここにきて、協力者と合流し、安全な場所へと移動する予定だったのだ。それが、ドサクサではぐれてしまったのだ。

 

「けっほ…………あれ……確か魔法の国の……」

「え、ジェノ子さん、ティンクルさんをご存知なんですかぁ?」

「前、一度……けほっ、私達のところに……がさ入れに、来た、魔法少女だ」

「がさ入れって……」

「話は後でござるよ、とうっ!」

 

 芝居がかった仕草で、街灯の上から飛び上がるティンクル・ベル、回転しながら、ルール・シールと煌輝スターの間に着地した。

 

「……メイデンはどうしたのですか?」

「拙者がここにいる事が証明にならんでござるか?」

 

 ティンクル・ベルは腰にぶら下げた短刀を右手で引き抜き、逆手に構えた、。左手には細長いクナイが握られていて、ああ、バブルリブルはあれが刺さったんだな、と変に納得した。

 

「……バブル、怪我は?」

「っ、へ、平気……痛いけどっ」

 

 クナイを引き抜き、指の輪っかを作りなおすバブルリブル、煌輝スターはそれを確認して、微笑んだ。

 

「ふふ、不意打ちで仕留めきれなかった時点で、貴女の負けですわ。貴女の魔法も、ワタクシには通じない」

「でござろうな、拙者の魔法は大したことないでござるが……」

 

 ティンクル・ベルは、不敵に笑った。

 

「拙者以外の魔法ならどうでござる?」

「なにを―――んっっ」

 

 不意に、煌輝スターが口元を抑えた。その時初めて、ルール・シールも気がついた。妙な匂いが充満している。慌てて同じように口元を抑えた。

「煌輝スター、お前の反射はすごいでござる、だが、体内に入る毒物(、、)には対処できまい?」

 

 それは奇しくもジェノサイダー冬子が、煌輝スター対策で考えた事の一つと一致した。物理攻撃や熱は反射されてしまう、だが、空気を吸わないわけには行かない、身体に取り込まないといけないのだ、例え毒が混ざっていたとしても、その部位だけを判別して反射はできない。

 

「…………」

 

 煌輝スターとティンクル・ベルが睨み合った。

 

 

 

 

◆ ユミコエル ◆

 

 剣を鎖で絡め取られたところを見るに、まきゅらさまの指先から繋がるチェーンとペンデュラムはある程度任意で操作できるのだろう、剣に絡みついたそれがぎち、と音を立てて、綱引き状態になる。だが。

 

「私相手にそんな事して……!」

 

 力比べで負けるつもりは、さらさら無い、それこそがユミコエルの真骨頂だ。

 

「おっと、長引かせるつもりはないさ」

 

 相手のほうが先に折れた、軽い引き合いになった時点で、あっさりと鎖を解いてしまう。

 

「君を一瞬足止めできればよかったんだ……うん、今のが最初で最後の君が勝つチャンスだったよ、もう後はない」

「好き放題言うじゃない……そう、眼中にないんだ、私の事なんて」

「相手が自分をどう評価しているか、正確に推し量れるのはいい事だよ、なにせ自分が特別だと勘違いしなくて済む」

「……じゃあ、私が貴女をどう思ってるか、わかる?」

「弱者の気持ちに理解を示す程、私は暇ではないのだがね」

 

 ゴッッッッッッッ

 

 ユミコエルのつま先が、地面のコンクリートにめり込んで、ゼリーをスプーンで掬うように削り取り、そのまま、まきゅらさま目掛けて飛ばした。

 

「おっと」

 

 弾丸以上の速度で飛んでくるそれを、まきゅらさまは危なげなく回避した、だが、ユミコエルは同時に駈け出している、折れた炎の魔剣は、それでも八十センチ近くの長さがある、斬りかかるには、十分だった。

 

「ぶち殺してやるって、言ってんだあああああああああああっ!」

 

 負の感情で臓腑が焼けただれそうな程の憎悪、気が狂いそうな程の怒り。

 かつて毒雪姫を、感情のままに殺した時よりも、それは深かったかもしれない。どこまでも自分達を見下して、奪い、踏み躙り、顧みない者達。

 虚仮にされている。羽虫か何かだと思われている。我慢なんて出来るわけがない。ユミコエルの魔法は、その怒りを物理的な現象へとフィールドバックしてくれる。

 

「ふ、いやね、わかるよ? 君の怒りはごもっともさ。私は君を過小評価しているわけでは、決して無いのだよ」

 

 正面からの打ち込み、ユミコエルの魔法は全身、どこからでも余すところ無く使える。大地を割砕きながら踏み込み、振り下ろす時まで。その速度たるや、目にも止まらない、どころではない。ユミコエルは、まさしく肉弾戦を得意とする魔法少女なのだ。

 

「ただ、正当に評価した上で、警戒するに値しないと判断している、それだけさ」

 

 ――――そうまで条件が揃った環境で、なお、届かない。

 考えうる限り最速で移動し、最速で攻撃した。かすっただけで身体がちぎれ飛ぶ様な一撃を、まきゅらさまはヒラリと躱してみせた。

 

「っ!」

 間髪入れず連続で斬りかかる、それでも、最低限の動きだけで、中空の羽毛のように、ひらりひらりと当たらない。

 

「何で――」

「言ったろう? 探しものが得意でね」

 

 ちゃり、ちゃり、と小刻みに、まきゅらさまの指から繋がるペンデュラムが、揺れる。

 

「例えば安全地帯(、、、、)なんていうのは、私が最もよく探すものだよ」

 

 パキリと、何かが割れる音がした。素早く操られた二つのペンデュラムの先端が、挟みこむように、魔剣の柄の水晶に食い込んでいた。

 

「!」

「これでもう炎は作れまい、それじゃあさよなら」

 

 残る八本が、幾何学的で複雑な軌道を持って、ユミコエルに襲いかかった。

 まきゅらさまは、薄く笑っていた。勝利を確信している顔だ。

瑣末な埃のように扱われることだけは我慢出来ない。今この段階においても、まきゅらさまは、ユミコエルのことをなんとも思っていない。単にタバコの捨て柄を拾って、灰皿に持っていく、ぐらいの扱いだろう。

 

 ドス ドス ドスドス ドスドスドスドスッ

 

 ペンデュラムがユミコエルの身体に突き刺さった、肩を肘を膝を胸を腕を膝を腿を手を貫かれ、鮮血が舞った。

 

「――――な!」

 

 焦ったのは、まきゅらさまの方(、、、、、、、)だった。

 本能的な判断で、ユミコエルは襲い来るペンデュラムに突っ込んだ。

まきゅらさまは、『探しものが得意』という魔法を応用して、攻撃を回避できる、安全地帯を探して割り出す。それは、当然攻撃に応用することだって出来る。防御な手薄な場所、不意を付ける場所を探り当て、必殺の攻撃を繰り出せる。

 どうすればいいかを、判断する時間はユミコエルには無い。ジェノサイダー冬子のように、危険性と可能性を常に推し量って最善を求めることなど、どうやったって出来やしない。

 

「…………殺す」

 

 結果的に、最善手だった。もし、防御を選択していたら、それら全てをすり抜けられて、何も出来ずに力尽きただろう。しかしユミコエルは、もう自分の攻撃の射程圏内に、相手を収める事しか考えていなかった。

 その分、前に乗り出して、結果的に頸動脈と心臓を貫くはずだった一撃が、ずれた。

 即死ではなく、致命傷を負った程度で済んだ。

 

「ここで――――――殺すっ!」

 

 もう安全地帯も何も関係ない、何せ、まきゅらさまに繋がる鎖は、ユミコエルの手の中にある。

 身体の中にある。

 

「待――――」

 

 肩に突き刺さった鎖を束ねて、握りしめて、全力で引いた。その力に抗う術はまきゅらさまには無い。

 鎖が繋がるまきゅらさまの右手の五指が、ブチブチと音を立てて引きちぎられた。

 

 

「まきゅらさま!」

 

 バブルリブルと煌輝スターがまきゅらさまに駆け寄った、ティンクル・ベルもルール・シールも、その後を追わなかった。

 

「……撤退するよ」

 

 苦々しげに、まきゅらさまは吐き捨てた。

 

「ですがまきゅらさまっ!」

「格下と舐めた私のミスだ、あんな度胸があるとは思ってなかった、あの魔法少女に」

 

 反撃の後、倒れ伏したユミコエル、もう、あれは無理だろう、即死しなかっただけで、殺したようなものだ。命がけの反撃ならば、受け入れるのもやむを得ない。

 

「退こうよスター! まきゅらさまの手当のほうが大事だよ!」

 

 バブルリブルの進言は最もだ、それに、煌輝スターの魔法では対応できない魔法の持ち主も現れた、潮時だ。

 幸い、敵はまきゅらさまと相打ちになった魔法少女にかまっている、今なら逃げられる。

 

「ルール・シールは……?」

「諦めたわけじゃない」

 

 まきゅらさまは目を細めた。

 

「必ず手に入れるよ、必ずね」

 

 

 

 

 

◆ ジェノサイダー冬子 ◆

 

 まきゅらさまを撃退した。両手の指を引きちぎった、実質的な無力化だ、もう彼女は魔法を使えない。

 代償は大きかった。ユミコエルを貫いたペンデュラ厶の開けた穴から、大量に血が流れている。内臓も傷ついている。

 

「弓子ちゃんっ!」

 

 硬直した場を引き裂いて、ジェノサイダー冬子が駆け寄った、ユミコエルの視線は、もう定まっていない。

 

「今傷塞ぐから……!」

「なことさん」

 

 鍵を傷口に向ける、ガチャンの一言で傷が閉じる。それで切断された腕だって繋いだことがある、実証済みなのだ。

 だから焦る必要はない、失った血液だけはどうにもならないが、魔法少女は頑強だ、出血死だって遠いはずだ。

 

「わたし、くやしい……」

「弓子ちゃんっ、死んじゃダメだって」

 

 かくん、とユミコエルの全身から力が抜けた。

 

「ガチャンっ、ガチャンっ、ガチャンっ!」

 

 傷口を『閉め』る、塞がる、でも、戻らない。

 ユミコエルは、戻らない。

 

「……弓子ちゃん」

 

 出血は止まった、流す血がなくなったのか、きちんと傷がふさがったのかはわからない。腕の中のユミコエルは、顔の色を失っている。

 

「弓子ちゃん」

 

 返事はなかった、もう弦矢弓子は、笹井七琴を叱りつけなか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チックタックチックタック」 

 

「へ?」

 

 誰かがユミコエルの手をとった。

 顔を上げる、知らない魔法少女がいた。栗色の髪の毛と瞳、樫の木の切り株を帽子をかぶっている、金色の古めかしい、大きな懐中時計を首からぶら下げている。

 誰だこいつ、と思う暇もないぐらい唐突な登場だった。

 その魔法少女は、ユミコエルの手を握っていた。変化は如実だ、みるみる顔色に赤みがさしていく。

 

「チックタックチックタックチックタック……ふう」

 

 変化はそれだけではなかった、ジェノサイダー冬子が閉めた傷口が開いていく、魔法の錠前が霧散し、突き刺さったペンデュラムがひとりでに抜けて、流れ出た血液が傷口に入り込み、皮膚が繋がっていく。

 

「時間を……戻して、る?」

「いえす、チックタックの魔法です」

 

 魔法少女――チックタックはうん、と頷いた。

 

「もう大丈夫、チックタック達は助けに来ました」

 

 ぱち、とユミコエルが目を開けた。悪鬼羅刹の如き形相で、顔をのぞき込んでいたジェノサイダー冬子と目が合い、困惑した表情になる。

 

「……弓子ちゃんっ?」

「っ、あれ、私……ん?」

 

「時間巻き戻すのがチックタックの魔法、記憶も戻る、ちょっと混乱する」

 

 補足するように、チックタックが告げた。

 

「今回はお礼タダでいい、二回目からはもらう、チックタック有能だから」

 

 ユミコエルを抱き起こしながら、周囲を見る、まきゅらさま達の姿が見えない、撤退したのか。

 

「……あの、よくわからないんですけど……あれ? 私、確か……」

「直前まで何してたか覚えてる?」

「……まきゅらさま、って魔法少女となことさ…、冬子さんが話してたところまでは」

「そか……良かった」

 

 生きている。ユミコエルはまだ生きている。死の直前で、引き戻された。

 

「いやあ、無事で何よりでござるなあ」

 

 そしてこの乱入者だ。くノ一装束というべきか、刀にクナイにとごちゃごちゃ身に着けている。ルール・シールはその乱入者……魔法少女ティンクル・ベルの腰元に抱きすがってボロボロと泣いていた。

 

「何で……えーと、あなたがここに?」

 

 ジェノサイダー冬子とユミコエルは、ティンクル・ベルと一度あったことがある。以前の事件の事後調査で、生き残りである二人を取り調べたのが他ならぬ彼女だからだ。

 問われたティンクル・ベルはというと、バツが悪そうに頬をかき。

 

「ルール殿から事情は聞いておるのでござろう? 彼女を白黒有無の元から連れだしたのは拙者故に」

 

 ちょうどそのタイミングで、ルール・シールがティンクル・ベルに向かって突進して、抱きついてきた。

 

「ティンクルさあああん! よかったですうううううう!」

「わかったわかったでごさるよ、ルール殿、しかし落ち着いてくだされ、話もできぬ」

「はいぃ……」

 

 ズズッと鼻をすするルール・シール。涙で顔もぐしゃぐしゃで、魔法少女の美貌も台無しだ。

 

「……全員、無事か」

 

 相対した魔法少女の能力を考えれば、それは奇跡的な成果と言えた。誰も死んでいない、何も失っていない。

 もしかしたら、そんなこと、初めてかもしれない。

 とはいえ、失ってはいないが、失いかけた。ジェノサイダー冬子が目線を向けると、肝心のチックタックは、視点の定まらない顔でぼぉーっと虚空を見ていた。

 

「えーっと、助けてくれてありがとうございました」

「チックタックにお礼はいらない、びじねす」

 

 ちっちっち、と無表情に人差し指を顔の前で振った。

 

「それに、友達の頼み」

「……友達?」

 

「私の事なのです」

 

 コツン、とブーツがコンクリートを叩く音がした。

 その魔法少女は、白と黒、二色を併せ持つ衣装に見を包んでいた。

 ふわりと広がるスカートの上から、フリルのついたエプロンを重ね、頭には同じくフリフリのカチューシャ。

 肩の布地はゆるく膨らみ、シルエットを豊かにする。しかして魔法少女らしく、胸元は谷間が見えるほど開いて、豊かな膨らみを強調する。

 

「……メイド?」

「ではないですけども、衣装のテーマ的には」

 

 魔法少女はスカートの裾をつまんで、一礼した。優雅で一切の無駄がない、何度も行ったであろう仕草なのがわかった。

 

「ご存知かと申し上げますけども、私の名前はメイククイーン、なのです」

 

 かなりのキメ顔で、言い放った、ティンクル・ベルはおおっ、と驚き納得したようだが、ジェノサイダー冬子以下三名はきょとんとしていた。

 

「…………ご存知かと思いますけれども!」

「すいません、知らないです」

 

 ざっくり言い放ったジェノサイダー冬子、スカートを持ち上げた姿勢で固まるメイククイーン。

 

「あー、魔法少女の教官役として有名なんでござるよ! そりゃもう名指導者として! 大丈夫拙者知ってるでござるから落ち込まないで欲しいでござる!」

「お、落ち込んでないのですけれども」

 

 明らかに気落ちしていた。

 

「私、全然気にしてないですけれども」

「分かった、気にしてないことにしていいから」

「本当に気にしてないのですけれども! 良いですか! 良いですね! 喋っても!」

「ごめん、メイクは心が弱いから」

 

 チックタックが、すかさずフォローした。

 

「弱くないですけど!?」

「あの人、冬子さんに似てますね……」

「え、それどういう……」

「あのあのあの、それでお二人は敵です味方ですそして私は帰れます……?」

 

 ルール・シールがぼそっとつぶやき、全員がは、と我に返った。

 

「こほん、えー、すいません、話がそれたのです。まずは皆様、ご無事で何より、なのです」

 

 メイククイーンと名乗った魔法少女は、改めて微笑んだ。

 

「とにかく、ご無事で良かったのです。ギリギリセーフ、といった所なのですか」

「ユミコエル、命の恩人だから、頭下げて」

「え、あ、はい、ありがとうございました」

「いえいえ、頑張ったのはチックですから」

 

 その肝心のチックタックは、未だ燃える炎を遠目で見ながらぼぉーっとしていた。

 

「……それはまあ良いのでござるが、一旦状況を整理したいでござる」

 

 ティンクル・ベルが片手をあげて提言した、現状、それを否定する魔法少女は居なかった。

 

 

「えー、ジェノサイダー冬子です、こっちはユミコエルちゃん。私たちはふっつーにレジャーで来ました」

 

 ジェノサイダー冬子が、最初に言った。と言っても、状況的には完全に巻き込まれただけだ。結果的には当事者以上にモチベーションを持つことになった物の、起こっている状況からの視点で見れば、偶然居合わせた第三者である。

 

「………………」

「喋ってよルル子ちゃん」

「え!? 私!? 次私ですかぁ、待ってくださいしゃべりますしゃべりますから! その、ルール・シールです……私、ここでティンクル・ベルさんと落ち合う予定でした……あと、何だかすごく狙われてますぅ……今も、私が原因ですよねぇ、これぇ……」

 

 現状、炎の剣士レイトと名乗った魔法少女がもたらした被害は甚大だ、未だに炎は収まっておらず、むしろ勢いを増している。

 

「で、拙者でござるな。拙者はティンクル・ベル。ルール殿を現地の魔法少女に預け、安全な所に向かわせる最中に、連中が動き出したでござる、故に相手をせざるを得ず……病舞子、お主も出てくるでござる」

「?」

 

 ユミコエルとルール・シールが同じタイミングで全く同じ様に首を傾げた。

 

「……るっせぇな……黙ってりゃやり過ごせたかもなのに……」

 

 すると、今まで気にもしていなかった木陰から、のそりと小柄な少女が顔を出した。

 

「魔法少女……?」

 

 つばの広い麦わら帽子に、スカート状に広がったオーバーオールとでも言うべきか。全身に無数の小袋を巻きつけており、なぜか鉢植えを片手に持っている。

 

「事態が事態でござろうが、お主も働け。こちら、高橋病舞子(たかはしやまこ)、拙者が監視・監督している魔法少女でござる」

 

 紹介された高橋病舞子は頭の一つも下げず、ちっ、と舌打ちをうっただけだった。ふむふむ、と頷いたジェノサイダー冬子は、現状の最重要事項を確認する。

 

「あの、そのござるってのは……」

「キャラ付けでござるが」

「キャラ付け」

「キャラ付けは重要でござるよ、ジェノサイダー冬子殿。人間であることと魔法少女であることのスイッチが容易にわけられる。拙者レベルまで鍛え上げれば、変身状態では常にキャラが変化するのでござる」

「あ、さいですか……」

 

 聞かなきゃ良かった。

 

「では、次は私達なのです」

 

 最期に、メイククイーンが、未だよそ見をし続けるチックタックの頭を掴んで、前を向かせながら言った。

 

「私はメイククイーン、こちらはチックタック、私の仲間なのです」

「チックタックはチックタック、お代はラヴか現金で結構」

「…………とてもよい魔法少女なのですが、いかんせんねじが外れているというですか、

ともかく、私達は――――」

 

 こほん、と咳払いし。

 

「まきゅらさま、彼女を捕えるために、ここにきたのです」

「捕える、ってことは、やっぱやばい魔法少女なの?」

 

 ジェノサイダー冬子の問いかけに、ええ、と頷く。

 

「まきゅらさまは、私が新人魔法少女を選出する、試験官を務めた魔法少女なのです。彼女の才能は、稀有で希少でレアでしたが、魔法を良からぬことに使い始めて……」

 

 形式は様々だが、殆どの場合、試験を経て正規の魔法少女になれるという。ジェノサイダー冬子はまったくもって無縁の話だったが、ユミコエルはまさにその試験中に一年半前の事件――――まきゅらさまに合わせるなら第二次紅竜戦争――――に巻き込まれたのだ。

 

「足取りを追って、ここまで来たのです。ですが、他に魔法少女を味方につけているとは、ううん、カリスマのある子でしたからねえ……」

「で、結局ルル子ちゃんに行き着くわけだ。誰も彼も、ルル子ちゃんを狙ってる、と」

「勘弁して下さいよぉ……」

 

 めそめそと泣き始めるルール・シール。自分の意志とは全く関係なく、多大な被害を出した事件の渦中に置かれる、というのはどういう気持ちなのだろうか。

 

「拙者も、他の魔法少女と交戦したでござる、アヤツが結界を張っているのだと思うでござるが……」

「倒せたの?」

 

 ジェノサイダー冬子の問いに、ティンクル・ベルは首を横に振る。

 

「深手は与えたが、仕留めきれなかったでござるよ。棺桶を背負った不気味な魔法少女でござったが、赤い帽子の魔法少女が一際厄介でござってなあ、防戦に徹されては一人ではちと荷が勝ちすぎたでござる」

「赤い帽子の……魔法少女?」

 

 ユミコエルがぽつりと呟いた。

 

「知ってるの? ユミコエル」

「えっと、冬子さんと別れてから、一般客の避難誘導にあたってた魔法少女に会ったんです、その魔法少女も赤い帽子をつけてました。アップリラって言う……」

「ふうん……?」

「とにかく、全員の目的は、大方向では一致してるでござる。拙者はルール・シール殿を無事に外へ逃がす事、ジェノサイダー冬子殿らも、同じくここから脱出せねばならぬ、メイククイーン殿らは、まきゅらさまを拘束する。どれも、彼女らを打倒せぬ限り叶わぬ目標でござる」

「なのです、賛成なのです」

 

 メイククイーンが同意した。

この場に居る魔法少女はジェノサイダー冬子、ユミコエル、ルール・シール、ティンクル・ベル、高橋病舞子、メイククイーン、チックタックの七人。

対して敵はまきゅらさま、煌輝スター、バブルリブル、そして棺桶と赤い帽子の魔法少女で五人。

 単純に人数で上回っている上に、リーダー格であるまきゅらさまには深手を与えている。状況的には、圧倒的に有利だ。

 

「…………なあ、あたしもそれやんなきゃ駄目なのか?」

「今すぐ魔法少女の権利を剥奪されて人間のまま魔法少女の戦場に放り投げられるのと、どっちが良いでござる?」

「あーはいはいわかったよクソ死ねこのクソ狐!」

 

 高橋病舞子が毒づいた。ああ、こういうペアなんだな、とジェノサイダー冬子はおおまかに納得した。

 

「チックタックさんがいれば、どんなに怪我しても大丈夫ですしねっ! ねっ!」

 

 ユミコエルを救う場面を見ていたからか、ルール・シールがチックタックに問いかけると、ちっちっち、と指を振る。

 

「二回目からは有料」

「はうっ!?」

「それと、死んだら無理。肉体は時間を戻せるけど、魂は返ってこない。死ぬ直前なら平気」

「ユミコエル、死ぬ直前だったんだって」

「……もう二度とごめんです、覚えてないですけど」

「脳も巻き戻っちゃうから。記憶も巻き戻る」

「ちなみに二回目からおいくら?」

「二百万円、現金一括」

「ユミコエル、百回までなら行けるよ」

「ちょっと待って下さい今冬子さんの貯金額の頭が見えた気が」

「不動産処分すればもうちょい行けるよ?」

「しなくていいですよ!?」

 

 とんでもねぇ目で他の魔法少女たちの視線が集まる。チックタックが無言で名刺を渡して来た。

 

「いつでも連絡して、チックタックはお金持ちの味方」

「あ、ども」

 

 ポーチにしまい込み、さて、と話を戻す。

 

「じゃ、一丸となって魔法少女狩り――――の前に」

「む?」

「全員がどんな魔法を使えるか、確認しておきたい、一部わかった人もいるけど、基本的に初対面だし」

 

 その提案は最もだと、他の魔法少女も思ったのか、特に物申す者は居なかった。

 

「んじゃ私から、何でも開け閉め出来る鍵を持ってます。口と鼻を閉じてる時にかますと呼吸を止められます」

「なんでよりによって一番えげつない応用法を紹介したんですか……」

「あと、傷口とかも閉じられるよ」

「なるほど……敵に奪われたら少し厄介なアイテムなのですね」

 

 メイククイーンが呟いたが、ジェノサイダー冬子は大丈夫、と言った。

 

「私の声で、ガチャン、ガチャリ、って言わないと反応しないんで、大丈夫。炎の剣とは違うのだよ」

「ほう? 魔法少女のアイテムはよく奪われて使われたりするから、それは便利なセキュリティでござるなあ。魔法の国も成長したのでござろうか」

「まあスマホの録音で起動するぐらいのガバガバセキュリティですけどね」

 

 そのガバガバセキュリティのおかげでプリンセス・ルージュを封印出来たのだから、何事も応用ということだ。

 

「えーっと、ユミコエル、といいます。すごい力が出せます」

「シンプルでいいでござるなあ、拙者はティンクル・ベル。他人の感覚を自分に同期できる……というと難しいでござるかな? 条件は秘密でござるが、他の誰かが見ているものを拙者も見ることが出来る、他の誰かが聞いているものを、拙者も聞くことが出来る……ユミコエル殿にわかりやすく言うと、ストロベリー・ベルの逆でござるよ」

「……ストロベル先生?」

 

 それは、ユミコエルの試験の監督を務めた魔法少女だった、「自分の感覚を他人に同期させる」という魔法を扱うベテランで――――プリンセス・ルージュに殺された。

 ティンクル・ベルは、優しく微笑んだ。

 

「拙者と、ストロベリー・ベルは同期でござってな、フェスティ・バルという魔法少女を加えて、トリオを組んでおってござった。それぞれ独立するまでは、一緒に活動しておった。ユミコエル殿達の話も、よく聞いてござったよ。あやつは残念な事になってしまったが……」

「……そう、ですか」

 

 昔を思い出して、しょんぼりとしたユミコエルの頭を、ティンクル・ベルが、やさしい手つきでそっと撫でた。落ち込んでいる子供をあやすような、そんな動きだった。

 

「故に、拙者がユミコエル殿達の所に調査に来たのでござるよ、何かしら、便宜も図れると思ったでござるからな。……だからそんなに警戒せずともよいのでござるよ? 冬子殿」

 

 ジェノサイダー冬子はから笑いをした。相手の視線を覗き見る事ができる、というのは、洞察力が伴えば何を考えているかをある程度推測できる、という事でもある。相手がどういう視点でこちらを見ているのかを自在に理解できるのだし、射程次第では盗聴も出来る。

「ははは、じゃあ結構もうバレバレってことですかね?」

「いやいや、言ったでござろう、なるべく便宜を図りたいと」

「そこで妙な含みを持たせた会話してんじゃねえよ……高橋病舞子、このクソ狐の部下、色んなハーブを育てられる、以上」

「色んな、とは?」

 

 話をすぱっと終わらせたかった高橋病舞子だが、メイククイーンが思いの外食いついた、面倒くさそうに解説を続ける。

 

「お香にすると眠くなるハーブ、疲れがすっきり取れるハーブ、前後三分の記憶がすっ飛ぶ忘れな草、火をつけるとめっちゃ煙がでるお香用のハーブ、毒になるのも薬になるのも、なんでも育てられるよ」

「ハーブティーがおすすめでござるぞ」

「黙れ死ねクソカス」

 

 横から口を出してきたティンクル・ベルを威嚇する高橋病舞子。

 

「え、ええと、ルール・シールですぅ、魔法は……」

 

 ルール・シールはちらりと、横目でティンクル・ベルを見た。案の定、手で制し。

 

「彼女の魔法は、申し訳ないが秘密とさせていただきたい、敵の目標でもある故、なるべく前線に出したくもない、その分、拙者が働く故」

「分かりました、ではそのように」

 

 この場でルール・シールの魔法を知らないのはメイククイーン達だけのはずだったが、特に文句をいうことはなかった。

 

「チックタックはチックタック、触っているものの時間を巻き戻す。チックタックって言わないと駄目。二回目からは二百万」

 

 それで説明は終わり、と言わんばかりに、再び虚空を見つめだすチックタック。まあもうそういう奴なのだろうと、誰も咎めなかった。

 

「えー、では私なのですね。改めまして、メイククイーン、平時は魔法の国よりスカウトされて、試験管などをやっているのです。実年齢は秘密、趣味はガーデニングとお菓子作り、得意なことは……」

「魔法を教えてください」

 

「はい、すいませんなのですごめんなさいなのです」

 

 メイド服のスカートを抑えるメイククイーン。

 

「私の魔法はですね、みなさんのお力になれると思うのです」

 

 んん、と喉の調子を整えてから、言った。

 

「私の魔法は、『理想の人材を育てる事ができる』……なのです」

 


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