魔法少女育成計画 -Suicide Side- 作:∈(・ω・)∋
◆ ユミコエル ◆
「ガチャリ」と一言呟く声が聞こえ、ロックされていた観覧車の扉の鍵が解除された。
倒れゆくフリーフォールを見た瞬間には、既に七琴は、首から紐を通した、金色の鍵をぶら下げるツインテールの魔法少女、『ジェノサイダー冬子』へ変身していた。
それを見ていた弓子は慌てて『ユミコエル』へと姿を変える。
「降りるよユミコエル」
間髪入れず、まだ動いている観覧車から外に出るジェノサイダー冬子、魔法少女の身体能力なら、高さ百メートルの観覧車の頂点からでも、鉄骨をわたって降りることが出来る――流石に落下したら命はないだろうが。
「何ですかこれ……なことさ……じゃなくて、冬子さん」
魔法少女に変身したらお互いの名前ではなく、魔法少女としての名前で呼ぶ、というのが基本だ。その正体は基本的に秘匿せねばならない。
「よくわかんないけど、わかんないから動いたほうがいい。少なくともここにいるのは危ない、逃げるよ」
そう言っている間に、非常装置が作動したのか、緩やかに下へ下へと向かっていた、観覧車の動きが止まった。
それぞれのゴンドラから悲鳴と罵倒が飛び交う、倒れたフリーフォールは、ジェットコースターのレールと、走っていたシャトルを巻き込んだ。遠目ではよく見えないが、へし折れたレールから、時速百八十kmで飛び出した中身入りのシャトルが、無事に地面に到着するというのはあまりに楽観的な意見だろう。衝撃的な光景が目の前に広がっているせいか、二人の少女がするすると下に降りていく事にはほとんど気づいた人はいなかった。
「事故だったらまだいいけど、最初の音は爆発みたいな感じだった、誰かがやったんだ、多分」
「誰かって……誰ですか」
会話しながら、二人は下る。足場となる骨組みは多く、高さで足がすくむと思ったが、それほどでもなかった。
「分かんない、テロかも」
ジェノサイダー冬子の口調は抑揚がなかった。そのトーンからは焦りも不安も、恐怖も動揺も、一切感じられず、ただ淡々としている。
「ただフリーフォールが倒れたなら、観覧車だって倒れるかも。中にいるのは危ないよ、倒れ始めてから変身しても遅いし」
五分かけて、二人が地面にたどり着いた頃には、怒号が聞こえてくる。来場者達の罵声や悲鳴、それに応じる従業員、先ほど自分達が思い切り満喫したジェットコースターのレールはへし折れて、燃え上がり始めた炎を誰かが消火器で必死に止めようとしていた。
場所が場所であり、状況が状況だからか、ユミコエルたちの特異な格好を見咎められてなにか言われることはなかった。
「冬子さん、ちょっと待って下さい」
「ん?」
ためらわず、一直線に出口に向かおうとしていたジェノサイダー冬子を、ユミコエルは制した。
「救助はしないんですか? その……」
ユミコエルはどんな重い物でも動かせるし、どんな硬い物でも破壊できる『怪力』をそなえている。何十、何百トンとあるだろう、ジェットコースターのレールも持ち上げられる。
こういった災害現場で救助活動を行うのならば、うってつけの魔法少女なのだ。彼女たちは変身する所は見られてはならないが、変身した姿と魔法を行使する姿は、案外その限りではない。
「しない、私たちには関係ない」
しかし、ジェノサイダー冬子はあっさりとその意見を切り捨てた。
「何が起きてるかわからない以上、安全第一だよ、ユミコエル」
「でもっ、私達なら助けられます、力になれますっ、冬子さんの魔法だって」
ユミコエルは食い下がった。ジェノサイダー冬子の『なんでも開け閉め出来る鍵』も、用途は多岐に渡る。切断された肉体を『錠』で繋いでしまうこともできるし、出血も傷口を『閉め』て止められる。けが人がいても、助けられるかもしれない。
だが。
「駄目、まずは出口に行く」
取り付く島もなかった。ジェノサイダー冬子の中では、観覧車から脱出した時点で、次に自分がなにをするのか、明確に決めてあるのだろう。
彼女は常に、あらゆる状況を想定して動いている。ユミコエルには及びも付かないほど、様々なことを考えている、それは知っている。彼女にはユミコエルに見えてない物が無数に見えていて、ユミコエルの考えつかないことを考えているのだろうと思う。
普段は生活力がなくて、だらしなくて、素っ頓狂で、突拍子もない事を言い出す女の子だだが、その中身は、あの最悪とあの災厄を纏めて屠り勝利した、しっかりと言い訳しようもなく、人間離れしている、化物なのだ。
「……じゃあ、別行動しましょう」
だからといって、ユミコエルがその指示に、全て従う必要はない。
「ユミコエル?」
「私は放っておけない! 流乃達がここにいたら、助けようって言うはずだから!」
弓子と七琴の関係は、同じ事件を経験した仲間であり、生活を共にする、今は家族だ。
その上で、七琴の方が、立場は上だ、弓子の生活は七琴の資産と好意によって成り立っている。
それでも、納得行かないことに、頭を下げて、従うつもりはなかった。従属するつもりはなかった。
「安全確認したら、私も帰りますから、冬子さんは……早く逃げてください」
かけ出しすユミコエルを、ジェノサイダー冬子は追ってこなかった。
「んじゃ、頑張ってね」とだけ、背中越しに声が聞こえた。
かつて弦矢弓子は、家族を喪った。
燃え盛る炎と崩れる建物、飲み込まれる両親、当時の弓子はまだ幼くて、生家の下敷きになった父や母に手を伸ばすことすら出来なかった。
今は違う、ユミコエルは魔法少女だ、人間と比較にならないほどの身体能力に、唯一無二の魔法を備えている。
人々は混乱しながら、各々がバラバラに逃げていく。緊急避難経路は案内図に明記されていても、それをわざわざ見て覚えているのは一握りだろう。
「こっちです! こっちに逃げれば大丈夫!」
倒れたフリーフォールへと向かいながら、指示を出す。魔法少女は心肺機能も高く、つまり大きな声が出せるということだ。コスプレじみたユミコエルの外見も、場所が場所だけに遊園地のスタッフに見えたのだろう、あるいは疑いを持つ暇もないのか、群衆は誘導された非常用出口へと我先に向かっていく。
「うちの子がいないの! 誰か! 誰か!」
「ママーッ! どこぉーっ!」
そんな中でも、家族や友人と離れて右往左往している人たちが何人かいた。
途中までは、助け起こし、避難を指示し、助けながら進んでいたが、すぐにそれら一つ一つに対応するのは諦めた。時間も人手も足りない。探し人は魔法少女でなくてもできるが、物理的な力を伴う救出作業は魔法少女でなくては出来ない。どのみち、全員は助けきれないのだ。
「こっちです! こっちに避難してください! 他のエリアに移動すれば安全です!」
その時、よく通る声が聞こえてきた。混乱時にあっても、芯の通った澄んだ声だ。
一人の少女が避難誘導を行っていた、真っ赤な林檎を模したフードを被って、手には樹皮で編まれた籠を下げている。それが魔法少女であることは、すぐにわかった。
「痛いよぉ……」
「落ち着いて、大丈夫だからね、はい、目を閉じて」
腕をざっくりと切った男の子に駆け寄ると、魔法少女は籠の中から、何か、妙なものを取り出した。それを男の子の傷に当てると、いつのまにやら構えていた、細い小さな針を、傷口向けて思い切って突き刺す。
ひゅんひゅんひゅん、と目にも留まらぬ速さで、魔法少女の腕が動く。数秒も経たない内に、男の子の腕の出血が止まっていた、傷口もふさがっている。
「……あれ、痛くない……」
「ふふ、よかったね、さ、あっちの方へ走って行って。大丈夫向こうは安全だからね」
自分の腕をまじまじと見つめて、男の子は素直に指示に従った。それを見てふう、と一息ついてから、その魔法少女は避難誘導を再開する。
「……あのっ!」
「どうしましたっ、怪我ですか? 避難経路はあっちで……」
思わず声をかけてしまった、問いかけに反射的に答えたであろう魔法少女は、ユミコエルの姿を見て反射的に固まった。ひと目で同族だと見て取られたのだろう。
「私はユミコエル、ここにたまたま遊びに来てた魔法少女です。あなたは?」
「え、あ、その、ううん、私はアップリラ、ルミナスランドでアルバイトしてるの。あ、魔法少女としてじゃ無くてよ? そこは勘違いしないでね、うん。こっちのほうが人目につくしいうことも聞いてくれるでしょ、怪我も治せるし」
「あ、従業員の人……だったら、避難誘導、お願いしていいですかっ、私、救助活動に行きます! 私の魔法なら、どんな重い物も動かせます!」
「っ、じゃあお願い! 私もあとでそっちに回るから!」
言いたいことがすぐに伝わった。アップリラは頷いて避難誘導に戻る。
胸がじん、と熱くなった。こんな混乱の中で、善意の魔法少女と出会えた、誰かを助けることを厭わない、その為に力を尽くせる魔法少女と。
自分は、間違ってない、という気持ちが湧いてきて、ぐっと拳を握りしめて、再びユミコエルは駆け抜けた。
◆ アップリラ ◆
一般客に魔法少女がいる可能性を想定してなかったし、救助を手伝ってくれるなど考えもしていなかった。花壇畑りんご――魔法少女アップリラもまた、そのことを純粋に嬉しいと感じていた。
「私も頑張らなくっちゃ……!」
アップリラの魔法は『つぎはぎだらけにするよ』と言うもので、別のものと別のものを、針と糸でくっつけてしまうことが出来る。材質や形状は一切お構いなしの、魔法のパッチワークを作れる。
「……ごめんなさいね」
一言謝って、既に事切れた観客の遺体の一部を、魔法の鋏――アップリラは糸、針、鋏と言った、裁縫に使う器具を、自分のアイテムとして所持している――で切り取った、どんなに固くても、金属などの硬すぎるものでなければ、抵抗なくちょきちょきと切り取れる。。
この肉片があれば、例え千切れた腕や足でも、つぎはぎにしてしまうことが出来る。元の形とは変わってしまうだろうが、四肢を失うよりよほどマシだ。
「あと避難誘導は――――」
「あのぅ」
その時、背後から声をかけられた。
「はいっ、どうしましたかっ」
慌てて、アップリラは振り向いた。そこには、可愛らしい、まるでこの世のものではないかのような愛らしさを持つ、少女が立っていた。
変身した、自分と同じ。
「…………魔法少女?」
「少し、いいのですか?」
その魔法少女は、ニコリと微笑んだ。
◆ ユミコエル ◆
最も被害が大きいのは、倒れこんだフリーフォールの鉄塔が、レールと直撃した部分だ。今も爆炎が定期的に噴き上がっていて、その度に誰かが叫ぶ。
「助けてーっ! 誰か、誰かっ!」
鉄骨と鉄骨の間で、誰かが叫んでいた。倒壊に巻き込まれて、閉じ込められたのだろう、四人組の女の子が、炎と鉄の檻に閉じ込められていた。
「すぐ助けるから……っ!」
駆け寄ったユミコエルは、骨組みに触れた、一瞬だけじゅ、と肉が音を立てて、顔を顰める。十分に炎にあぶられた鉄筋は、それだけで皮膚を焼いた。
「…………痛くない」
それでも、ユミコエルは力を込めた。魔法が発動し、それこそ飴細工のように、金属を捻じ曲げ、無理やり道を作り出す。
「早く、こっちに来て!」
その声で、パニックになっていた少女たちが一斉にユミコエルを見た。先ほどまでなかった逃げ道が出来ており、一様に目を白黒させた。
「いいから早く! 死にたいのっ!?」
怒鳴りつけられて我に帰り、そして駆け寄ってきた。涙と恐怖でぐしゃぐしゃになった顔が、少しだけ安堵ど希望に緩んだのが見えた。
ユミコエルは手を伸ばす。その手を掴めと叫ぶ。
「ありが――――」
かすれた声でお礼を言おうとした少女達を、ぼうっ、
「――――え、あ?」
人の形をしていたものが、瞬きすら間に合わないような一瞬で真っ黒の炭になって、倒れた。あ、あー、あ、と、声にならない声を上げて、四つの焦げた肉の固まりが、うぞうぞとうごめいた。
「あ――――――」
「全くよー、余計なことをするんじゃあない、ぜぇー」
目の前で起きた光景を反芻出来ない内に、その声が聞こえてきた。
「人が折角、じわじわとよー、焼いて炙ってる時に余計な真似してよー、お前、黒焦げじゃねーかよ、可哀想によー」
よりによって、燃え盛る炎の中からだ。
真っ赤な装飾が施された鎧を着ていた。鎧と言っても、胸と腰回りしか保護しておらず、肌の露出が著しい。さらさらとした短い金髪を守る様に装着された、額当てには、羽根飾りがひらひらと揺れていた。
そして何より、身の丈以上の大剣を両手で引きずりながら――――
そんな様相をしている存在は、世界に一つしか無い。この世界には無い。
なにせ、魔法の国から生まれたのだから。
「まほう……しょうじょ……」
真っ赤だった。まるで
「一思いに燃やしてやったほうが、楽なんじゃねーのー? なあ?」
魔法少女は皆、人間離れした美貌を持つ。愛くるしく、あらゆる者を魅了する、魔性をその身に備えている。
だから――――どれほど残酷なことをしていても、笑顔はどこまでも、可愛らしい。
赤い鎧の魔法少女が、剣をブンッ、と振った。瞬間、刀身から炎が溢れ出て、地を這う少女たちをなめ尽くした。
絶叫を上げて、ユミコエルが襲いかかった。
爪を立てて飛びかかるユミコエルに対して、その魔法少女は後方に大きく飛んだ。
「運が良かったぜぇーっ! 魔法少女とやりあえるなんてなぁーっ!」
獰猛な笑み、好戦的に叫びながら、しかし間合いは常に一定に保っている。ユミコエルが鉄骨をねじ曲げた所を見ていたのか、魔法の性質ぐらいは理解しているのかもしれない。
「フリーフォールをへし折ったのは……あなた?」
声から――――怒りのあまり抑揚というものが一切消えたユミコエルの問いに、魔法少女は飄々と答えた。
「あったりまえだろぉー、あんな芸当、
得意げだった。満面の笑みだ。テストで百点が取れたことを喜々として報告するような、そんな顔。
「なんで……何で、そんな事!」
「だってよぉー、やっていいって言われたんだぜぇー?」
派手な装飾の剣を、高らかにかざす、その柄に収められた、赤い宝玉から、メラ、と炎の尾が見えた。
「強化したばっかりの、あたしの最強の魔法をよぉーっ! これで
何を言っているのか理解できない。試し斬り、といった様に聞こえた。
つまり、この魔法少女は――――自分の魔法を試すためだけに、あんな。
「しかも魔法少女とまでやりあえんならよー、あたしの最強伝説が、増えちまうぜぇーっ!」
燃え盛り始めた剣の切っ先がユミコエルに向けられた。嫌な予感がして、全力で横に飛びのき――――――一瞬遅れて、ユミコエルが居た場所を炎の奔流が通過した。
「……っ、炎を操る魔法……っ!」
「そうさ、あたしは炎の剣士レイト! あたしの魔剣はぁー、全部燃やすぜぇっ!」
ぐんっ、と剣を横に振るうと、直線だった炎が蛇竜のように歪曲した。
「操るって事はぁー、操作自在ってことだぜぇーっ!」
ユミコエルはとっさに、衣装のマントで身体を覆った。くさっても魔法少女の衣装だ。激しい動きや戦闘にも耐えられる頑丈さがある。皮膚で直接炎を受けるよりはずっといい。
実際、炎に飲まれても、一瞬で炭化することはなかった。
「ああああああああああああああっ!」
それでも熱と痛みが容赦なく襲い来る、時間的には一瞬だったが、ユミコエルの全身に熱傷が刻まれた。
「ははっ、よわっちぃなぁー、おいっ!」
炎にまかれて地面に倒れるユミコエルを、炎の剣士レイトは嘲笑った。
「ま、あたしが強えんだけどなぁー? へへ」
自分が焼いた少女たちの身体を軽く蹴る、ボロリと形を失い、崩れて砕け散る。
「人間はよー、あたしの炎じゃ熱すぎて、すぐ焼け焦げちまうんだけどよ、へへ、魔法少女はどんだけ保つのか、気になるよなぁー」
「何、を……」
起き上がろうとするユミコエルの顎を、硬いブーツの先端が蹴りあげた。頭のなかにガチン、と大きな音が響いて、視界がぐるりと揺れた。
「だからぁー、串刺しにして火ぃつけたら、何秒保つのか、って話だよぉーっ!」
虫の足をちぎって放っておいたら、どれぐらいで死ぬのか。そんなレベルで、炎の剣士レイトは、ユミコエルを焼こうとしていた。
正確に顎をぶち抜かれて、脳が揺らされた。視界がぐらつく、身体がまともに動かない。指先だけが、かろうじてもがこうとしていた。
「あな、た……なんで、こん、な……」
「はぁー?」
「こんな……こと、平気で……出来る、の」
かすれた問いかけに、炎の剣士レイトは、炎の魔剣を振り上げて、答えた。
「楽しいからに決まってんだろー、バーカ」
それは、ユミコエルの価値観では、絶対にあってはならない事だった。
あのプリンセス・ルージュすら、殺す理由は「不敬」と「不機嫌」だ。楽しんでいたわけではなく、自分の尺度に合わない存在を斬り捨ててのだ。
あのドラゴンハートすら、殺す理由は「保身」と「排除」だ。自分の身を守るために、敵対者と、今後の邪魔になりそうな物を蹂躙していたのだ。
炎の剣士レイトは、ユミコエルの腹を串刺しにするつもりだった。相手がもう指先ぐらいしか動かせないのを、正確に測っていた。恐らく加減して焼いたのだ。一気に炭にせず、体力を奪うだけの熱を浴びせて、抵抗するだけの力を奪ってから、直接刺し貫くために。
獲物の手足をもぎ取って、好き放題するために。
――その認識は、基本的に正しく、しかし理解しているとは言えなかった。
「――――――――いぎぃっ、あぁっ!?」
悲鳴を上げたのは、炎の剣士レイトの方だった。何があったかは単純明快で、
「…………そう」
ユミコエルの魔法、『ものすごい力』によって、十分に熱されたアスファルトの地面を、柔らかい土を掘り返す様にごっそりと削りとって、そのまま指の力だけで、魔法を発動させながら真上に向かって跳ね上げた。
「楽しいから……殺すなら……」
ユミコエルは、まだ動けない。繰り返すが、指先を動かすだけで手一杯だ。
「自分だって……殺されるんだっ!」
ぐっと指を縮めて、親指で中指を抑えて、弾く。
それも、力の入って居ない、単なるデコピンの動きが、顔を抑えて悶える炎の剣士レイトの、つま先に命中した。
「あ、ぎゃあああっ! ああああああああああっ!
その小さな動作だけで、ブーツの先端ごと、つま先がはじけ飛んだ、骨がぐしゃぐしゃに砕けて、肉を引き裂いた。
予想していなかった不意打ちと、覚悟していなかった痛みで、剣を落として膝をつく。
そしてその時点で勝敗は決した、焼かれて、なお足掻いたユミコエルと、確信した勝利の上から与えられた痛みで頭が真っ白になった炎の剣士レイトでは、戦闘に対する態度が違う。
「ほんっと、駄目だわ、私……」
指先だけじゃ、この程度にしかならない。
「一撃必殺ぐらいしか、出来無いのにね、この魔法」
まだ起き上がることはままならない、精々、這いずることしか出来ない、なので、強引に手を伸ばして、砕かなかった方の足首を、掴んで、そのまま握りつぶした。
「それすらできないんじゃ……ホント駄目。加奈子に、笑われちゃう」
「いっ――――――――――――」
「悲鳴なんて、あげるな」
両足を破壊された魔法少女は、ただ泣き叫んだ。
「や、やめて、待っでぇっ! ぢがっ、あたし、そんなつもりじゃ!」
「どんなつもり、だったら……」
出てきた言葉は、よりによって言い訳だった。ユミコエルの怒りに、
「笑いながら……笑いながら人を殺せるんだっ!」
ユミコエルは、激情家だ。自制が効かなくなった時、感情が爆発した時、怒りに任せて冷静さを失い、衝動に任せて暴力を振るう。
破壊した足ごと、炎の剣士レイトの身体を引きずって、馬乗りになった。耳障りな悲鳴を無視して、拳を振り上げた。
「ぎ、やめろおおおおおおおおおおお!」
炎の剣士レイトがとっさに手を伸ばした先には、自分の剣があった、ただし、刃がこちらを向いていた。構わない、死にたくない。ぶしゅっと音を立ててその刃を握る、指が千切れそうになったまま、ユミコエルめがけて叩きつけようとした。
無言でその腕ごと殴りつけた。剣がへし折れて、勢い良く腕の肉と骨がはじけ飛んだ。
「ぎゃああああああああああっ! あああっ! 痛、いたぁ、ああああ」
それ以上、彼女が叫ぶ事はできなかった、顎を撃ちぬくように、拳を叩き込んだ。
そこにあったはずの全てが吹き飛ばされて、炎の剣士はただの人間に戻った。
「………………」
その姿勢のまま、ユミコエルはしばらく固まっていた。自分の下にいる魔法少女だったものは、今はどこかの学校の制服を着ていた。最も、首から上がもう無いので、どんな顔だったかはわからない。
「おーい、大丈夫―?」
あんまり心配そうじゃなさそうな声が、聞こえてきた。まだふらつく頭で、ぼんやりと振り返る。
「……
魔法の鍵を、くるくると指で回しながら、別れたはずのジェノサイダー冬子がそこに居た。
「ごめんごめん、遅れちゃった」
あまりに普段と同じトーンで言うものだから、ユミコエルはもう苦笑するしかなかった。それでも、感謝すべきだろう、だって、ジェノサイダー冬子は、ちゃんとユミコエルを助けてくれたのだから。
この魔法少女は『見えない!』と叫んでいた。ユミコエルは、当てるつもりでコンクリ片を投げつけたが、精密に目を狙ったわけではない。そもそもそんな余裕もなかった。
顔のあたりに飛んできた異物に驚いて、反射的に目を閉じたところを、ジェノサイダー冬子の魔法で瞼を『閉め』られて、鍵をかけられて、開けなくなったのだ。
「……逃げたんじゃ、なかったんですか」
「馬鹿、ユミコエルを見捨てたら、明日から誰が家事してくれるの」
からかうように笑って、ジェノサイダー冬子は手を伸ばした。
「自分でやってくださいよ……もう」
苦笑して、その手をつかむ。結局、また助けられてしまった。
「って、あれ?」
必死に体を起こし、ジェノサイダー冬子の顔を見て……その背後に、誰かがいた。
ギュッと、細いその体にすがりつくようにしているのは、見たことも無い魔法少女だった。
腰の先まで伸びた髪の毛が、プリズム色に光っている。あんな外見の存在が、魔法少女でないわけがない。
「……どちら様ですか?」
「あ、そだ、紹介しとくね」
全く変化のないまま、ジェノサイダー冬子は淡々と言い切った。
「こちら、魔法少女ルール・シールちゃん。今回の事件の“元凶”です」
◆ ジェノサイダー冬子 ◆
時間は少し遡る。
違和感を感じたのは、自分達がルミナスランドに入場したゲートに向かっている最中だった。
本来、このような状況なら、正規のゲートというのは逃げようとする人でごった返していると予想していた。事件が起きたのは北エリアなので、少なくとも他のエリアに居る人は、我先にと逃げてくるような事にはならないはずだ。
それなのに、なぜか誰も見当たらない、どころか、一直線に進めば到着するはずのそこに、魔法少女の、脇目も振らない全力の脚力で辿りつけない。気づくと中央エリアの入り口目の前だったり、ルミナスランドを区切る外壁の目の前に居たりする。
この時点でジェノサイダー冬子はこれが
何らかの魔法によって、彼女だけでなく、他の誰も入場口に到達出来ない様になっている。となれば、この手のレジャー施設にはかならずあるであろう、各所に配置されている非常用の出入り口も怪しい。
そうなると、フリーフォールを破壊したのも、何か力で解決するタイプの魔法だろう、つまり最低二人の魔法少女が事を起こしていることになる。が、無差別テロにも近いこの状況で、たった二人の魔法少女が何の意味もなくこんな事をしているとは考えられない。恐らくもっといるはずだ。最低五人ぐらいは見たほうがいいだろう。
笹井七琴は、日々あらゆる可能性を想定しながら生きている。
家族全員を、降って湧いた災害で、全て喪ってしまった彼女は、自然そういった考え方を身に付けるようになった。
この世界は何が起きても不思議じゃない。親しい家族も友人も、不意に突然死ぬかもしれないし、スマホのアプリをいじってたら、突然目の前にマスコットキャラが現れて、魔法少女になるかもしれない。
何が起きても不思議じゃなのだから、どんな事でも起こるかもしれない。大事なのは、それらに対応することだ。臨機応変に、できれば予測通りにすることだ。
「で、魔法少女が大暴れする理由となると――――」
自分達がそもそもここにいるのは、偶然だろうか。真っ先に考えついたのは、ジェノサイダー冬子が常に持ち歩いている
真紅の災厄が封印された、自分達以外知り得ない封印。
「これは……
待ち望んでいた展開が、近づいてきたのかもしれない。
思わず、笑った。口が半月の形になることを止められなかった。もしそうだったら、ジェノサイダー冬子という魔法少女はありとあらゆる手段とリソースを使って、闘いを挑むことになる――――想像する、考える、可能性を考える。
考えていたら、何かが背中から思い切りぶつかってきて、ジェノサイダー冬子はふっとばされた。
「あいたっ!?」
「ひきゃああっ!」
顔面からコンクリに顔をこすりつける所で、腕を立てて回避した。何かの攻撃かと思ってそのまま飛びのき、鍵を構えて戦闘態勢に入る。
そこには、顔面からコンクリに顔をこすりつけて倒れ伏している魔法少女が居た。
「…………」
誰がどう見てもまごうことなき魔法少女だ、ふわふわとふくらんだロングヘアに、虹色のグラデーションがかかっていて、ぶっ倒れていてもなお、キラキラとその色彩を変化させている。こんな頭髪は魔法少女以外ありえない。
「い、痛いですぅ……」
よろよろと起き上がって、ボロボロと涙を流す少女の瞳も、虹の光彩が鮮やかに浮かんでいた。最も身体の頑丈な魔法少女だ、少なくとも見た目は、言う割に怪我をしているわけでもない。
「あ、ご、ごめんなさいです、私よそ見しててうっかりしてて、その大丈夫できゃああああああああああ魔法少女おおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「どもども、テンション高いね」
慌てふためく魔法少女に鍵を向ける。
「で、何してるの? 出口を塞いでるのはきみ?」
「違います違いますやめてください私もういやぁっ! もうやだやだやだ絶対やだぁ!」
「やだ?」
「これ以上私に何をさせようって言うんですかぁっ! もういいじゃないですかぁっ! 絶対嫌だぁーっ! もう、もう、やだよぉ……」
「あ、あの……」
「やっと逃げられたと思ったのにぃ……何でこんなこと、するんですかぁー……ひどすぎますよぉ……」
とうとう座り込んで泣き始めた。なまじ外見が愛らしい魔法少女だけにその姿はかなり同情を誘うものであったが、だからといって詰問しないわけにも行かない。
「うーん……ねえ、きみきみ」
「うわぁぁあーん! ああぁぁーっ!」
泣き喚く。叫ぶ。話にならない。仕方なく、ジェノサイダー冬子は、その側に屈みこんで、白く透き通った、小さな手を取った。
「あ……」
肌と肌がふれあい、少女がこちらを見た。涙で瞳の光彩が反射して、キラキラと輝く。それは、何かを期待する目だった。
ジェノサイダー冬子は右手で少女の右手をがっちり掴むと、左手でそっと小指を握りしめた。
「私の質問に答えるのと指折られるのどっちがいい?」
「ひぃいいっ!?」
期待はあっさり裏切られた。
「おねが、おねがいっ、水晶なら、あるだけ、全部、あげるから、もう、やめて、やあ……」
「ごめん、自己完結しないで、聞いたことに答えてくれる?」
「それが、目当てなんでしょ……あげるから……もう、お願い……」
「さーて小指からいこうかあ」
「待って待って待って待ってやめてやだやだやだやだ何でも言うからお願いします痛いのだけはもう嫌嫌嫌嫌嫌ぁあああああああああああああ!」
三十秒だけ待つことにした。肩で息をする少女は、もはや恐怖と怯えしかない。
当たり前だが。
「はいじゃあ、とりあえず質問その一、あの鉄塔へし折ったのはきみ?」
「あなたたちでしょお!?」
何を今更そんなことを聞くんだ、と言わんばかりの剣幕だった。
「んーと、私、今日ここにふつーにレジャーで遊びに来たの、遊園地に、ふつーにね? だけどのっぴきならない事態になっちゃったから、まあぶっちゃけ友達連れて逃げたいんだけど、なんかの魔法で外にもでれないの、えーっと、ああそうだ、お名前は?」
「ひ、
「……それ魔法少女ネーム?」
「え、あ、ち、違、違うっ! 忘れてっ! 間違えたのっ! 今の無し! ルール・シール! ルール・シールです!」
「そっか、じゃあ絆ちゃん」
「ルール・シールですぅううううううルール・シールって呼んでぇぇぇぇ個人情報を漏らさないでくださぁぁぁぁい……」
「私はジェノサイダー冬子、まあ見ての通り魔法少女だよ、宜しく」
「あんまりよろしくしたくない……」
「指折る?」
「よろしくお願いしますうううううううううううう!」
どうも、思ったことを反射的に口に出してしまう性格らしい。
「じゃ、ルール・シールちゃん、改めて質問に答えてくれる? きみ、ここでなにしてるの?」
「……ええっと、本当に、その、ジェノ子ちゃんは」
「ジェノ子ちゃん」
「ああああああごめんなさい癇に障ったらごめんなさい……」
「面白かったからいいや、続けて」
「えぐっ……もしかして、私を追いかけてきたんじゃ……ない?」
恐る恐る。おっかなびっくり。淡い期待を込めて、もしかしたらという希望をいだいて。おおよそ意図としてはそんな所だろうか。
「私とルル子ちゃんを追いかける理由は、情報がほしい以外無いと思うけど」
「ルル子ちゃん……」
「逆に聞くけど、ルル子ちゃん追いかけられてるの?」
「追いかけられてます……絶賛逃亡中なんですぅ……お願いしますぅ……お家に帰りたい……」
「いや、今外でれないんだって、変な魔法のせいで」
「ガーン!? じゃあ私、どうすればいいんですかぁ!?」
「頑張って生き延びるか、原因の魔法少女を何とかしないと……」
「そんなぁ……」
絶望的な顔を見せるルール・シール。そもそもジェノサイダー冬子自身、対して戦闘力のある魔法少女ではない、勿論一般人と比べれば比較にならないが、魔法少女間の身体能力で言うならば高く見積もっても中の下ぐらいだろう。そのジェノサイダー冬子相手に手を取られただけで抵抗できないのだから、ルール・シールのスペックは推して知るべしだ。
「そもそも、ルル子ちゃんなんで追われてるの? 借金でも踏み倒した?」
「違いますぅーっ! 私、ずっと監禁されてたんですぅ!」
「監禁? なして」
「私の魔法がすごいからですっ! 聞いて驚いてください、私はどんな魔法でも封印できる水晶を作ることが出来るのですぅ!」
「それを聞いた私がなんてすごい奴だ、拉致って監禁しよう、となるとは思わなかったの?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!」
本当に何も考えていない、脊髄反射だけで喋っている。
「ていうか、魔法を封印できる水晶、って」
ジェノサイダー冬子は、ポーチ(友達の家からちょろまかしたアイテムで、魔法の国製らしく、外見よりよく入り、頑丈だ)から、八面体の、内部に虹色の光を収めた結晶体を取り出した。
丁度、その光は、ルール・シールの髪の毛や瞳の色と、よく似ていた。
「これ?」
プリンセス・ルージュが封印されたそれを見せると、ルール・シールは目を白黒させた。
「え、はい、これですこれです、これをひたすらずーっと作ってたんです、私」
「どうやって?」
「これぐらいのサイズのふつーの石をですね、三十分ぐらいずーっと磨いてると、これになるんですよぉ、すごいでしょう、えへへ」
「…………」
この結晶は元をたどれば、魔法の国からやってきた魔法少女、
てっきり、魔法の国の技術で、そういったインスタント封印術を開発する能力があるのだと思っていた。
「じゃあこれ、ルル子ちゃんが作ってたんだ、え、じゃあ何、魔法の国のエージェントから追われてるってこと?」
この水晶が、現存する技術で量産されているものではなく、たった一人の魔法少女の、ユニークスキルによって生産される、限定品なのだとすれば、それは十分有り得る話だ。
なにせ魔法という存在に対して、繰り返すが最強の必殺アイテムで、これがなければプリンセス・ルージュに太刀打ちなど到底出来やしなかった。
「うぇーっと……半分そうです、半分違います」
「半分?」
「魔法の国、
「…………」
「私、逃げてきたんです……監禁されてた所から、逃がしてくれた人が居たんですよぅ、でも、それを知った他の魔法少女たちが、私を拉致って再監禁しようとしてるんですぅ!」
「逃がしてくれた人?」
「ティンクル・ベルって魔法少女です、もうお家帰っていいって……ただ、人目につくとまずいから、今日、この遊園地で待ち合わせするはずだったんです……もう指離してもらっていいですかぁ……?」
「あ、ごめんごめん」
ほぼ無害だとは思っていたが、とりあえず指はつかみっぱなしだった。
「それじゃあ、この魔法はルル子ちゃんを逃さないための魔法なワケだ……私達、とばっちりか」
「あの、指……」
「そっかぁ……
「指を……離し……」
「ルル子ちゃん」
「はいぃっ!?」
びくりと震え上がるルール・シール。臆病な小型犬が、主人の機嫌を伺うように、次の言葉を待っていた。なるべく良い物であればいいと思っているのだろう。
「ぶっちゃけ私にとって一番最良の選択肢は君をここで暴れてる魔法少女に引き渡して助命の嘆願をすることなんだけども」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
とうとう暴れだした、指を掴まれていることを反射的に忘れたのか、身体を右へ左ヘ振って、とにかく逃げようとする。押さえつけるのは簡単だったが、ジェノサイダー冬子はとりあえず勢いで折られてもかなわないので、指を離して、代わりに腕を掴んだ。
「ただ、ルル子ちゃんを追いかけてる魔法少女が話が通じるタイプだとは、私には思えない」
なにせ、人間が今まさに乗っているフリーフォールをへし折るような連中だ、被害も犠牲も顧みず、なにを壊してなにを殺しても問題ないと思っている。
「だから、私は君を助けよう」
「………………………え、指折るって脅し続けたた人が今更味方面するんですか……?」
「そんなに小指を逆向きにしたいのかぁー、そっかぁー」
「すいませんありがとうございます助けてくれて嬉しいです本当ですだからお願いします指は指だけはっていうかどこもやだぁーっ!」
「ルル子ちゃんが悪い子じゃないならなにもしないよ、大丈夫」
「いい子ですすっごいいい子です、笑顔と髪の毛がとっても可愛いですよぉっ! えへへっ」
「女相手に媚びた顔向けるのって死亡フラグだと思わない?」
「いい子にしてるからやめてぇーっ!!!!」
今後の信頼関係に罅が入っても困るので、ジェノサイダー冬子はようやく、本当にようやくルール・シールを開放した。即座に飛び退いて、指をさすりながら、おずおずと聞いてきた。
「でも、助けるって……その、具体的には?」
「んー、そだね」
くるくると、魔法の鍵を指で回して――癖になっている――ジェノサイダー冬子は言った。
「これをやらかした魔法少女は、全員ブチ殺す」
すっかり忘れていたが、ジェノサイダー冬子は、多分とっくの昔にキレていた。