武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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94 燕翼

黄蓋が出奔してからも、呉は表面上平静を保っていた。

 

よく考えると、孫静も前に出奔したんだよな。

先代の老臣と今代の側近による争い。

価値観の相違。

向こうで同調するかは分からんが、信憑性は高まるな。

 

 

ところで戦場は赤壁にすると決まったらしい。

らしいと言うのは、会議の場に俺も居た筈なんだが覚えていないのだ。

何でかなって考えてみたら、ああそうか思い出した。

 

雪蓮、冥琳との真名交換発覚に伴う阿鼻叫喚絵巻。

引き起こされた事態の収拾に奔走していたからだ。

 

まあそれはいい。

魏には新野から江陵を落として、赤壁に至ると言う経路を取らせる。

そして、蜀とはその前に夏口で合流して連合軍を結成。

赤壁での決戦へ備えると言う策だ。

 

問題は赤壁と言う戦場では、主に船戦になると言うこと。

よって、今日は水練をしに来ている。

 

「水軍の訓練に参加するのであって、水練とは違います」

 

水練って泳法の方だもんね。

相変わらずツッコミが冴え渡ると感心するが、むしろ良く知ってたな。

でも転落した時のことを考えたら、水練も大事だと思うよ。

 

さて、訓練の場所は長江。

呉の将は全て甘寧が指揮する木造船に乗り、揺れに慣れるための訓練をしているのだとか。

 

ふふん、この程度の揺れくらい何ともないぜ!

何だったら木端の上でも戦えるくらいだからな。

これが極限流だ!

 

そう伝えたら、雪蓮に怒られた。

 

「なんで具合悪くなってないの!」

 

言い掛りにも程がある。

 

どうも船に慣れる訓練をしているが、最初から何ともない奴は余り居ないらしい。

それは孫呉の姉妹も例外ではなかったようで…。

シャオにも孫権にも睨まれた。

 

「はーっはっはぁー!軟弱軟弱ぅ!」

 

せっかくなので煽ってみたら、超怒られた。

さーせんしたー。

 

俺が怒られている先で、水軍の訓練はなお続く。

船で接敵、模擬船戦を繰り返す水兵さん。

甘寧がいつもより生き生きとしてたのが印象的だった。

 

 

* * *

 

 

「張遼が兵、十万程を従えて動き出した」

 

次の会議の時、新たに入って来た情報が開示された。

これは蜀とも共有されているらしい。

どうやってかは知らんが。

 

「かなり早いわね」

 

「ああ。だが、これは陽動だろう」

 

「仮にそうだとしても、張遼から目を離すことは出来ないのでは?」

 

孫権が呈する疑問ももっともだ。

目立ち過ぎてるってことで陽動と見て間違いない。

それでも神速と言われる張遼を使うあたり流石と言うべきか。

直属の騎兵だけを従えれば、一気に違う場所へ移動して襲撃することが出来るからな。

 

「厄介なことねぇ」

 

それが分かってる雪蓮は溜息。

対して冥琳は冷静そのもの。

 

「とは言え、曹操は卑怯な手は使わんだろう。正々堂々と勝負を仕掛けてくるはずだ」

 

力関係から言って、呉蜀が魏に挑戦すると言う形になる。

色んな小細工や策を弄することを承知した上で、それらを踏み潰すべく乗り込む。

曹操様ならそうするだろうねぇ。

 

「決めた通り、こちらは船戦を仕掛けたい。場所はやはり、赤壁が妥当だろう」

 

「ですが、漢水を通らなければ水軍を移動できない魏では夏口でないと厳しいのでは?」

 

「大丈夫だとは思うが……。確実に赤壁へと誘導するため、江陵を差し出すか。船を置いて」

 

曹操様の軍勢は確か、百万近くに達するはず。

それで、船がなければ陸路で来るってんで、事前に船を準備して誘いとする、だったか。

 

大事なのは江陵を明け渡すタイミング。

蜀の援軍が来る前に渡してしまえばこちらが不利になる、かといって遅すぎれば意味がなくなる。

って由莉が言ってた。

流石だぜ!

 

「それじゃ、まずは工作部隊を江陵へ送り込みましょう。そして他は夏口と、直接赤壁へと移ることとする」

 

 

そんな会議があってから数日後。

呂羽隊は、大量の油を荷車に乗せて運搬する業務に当たっていた。

 

呉蜀連合軍と魏が相対する決戦に当たり、我が呂羽隊は表向き二手に分かれている。

 

俺が率いる本隊と、白蓮率いる白馬義従の分隊。

本隊は船上で赤壁にあり、分隊は陸路を進み馬超隊と合流する手筈だ。

 

そして表向きってことは当然、裏向きもある。

もう一つの別働隊。

率いるのは俺。

 

事実上、本隊は由莉に任せてある。

何時も通り過ぎて、最早三つの隊なんじゃないかと錯覚しそうだ。

 

赤壁で注意すべきなのは無論、呉蜀の策が崩されること。

連環の計については良く分からんが、火計は派手だし割と理解している。

よって、火計が成功すれば問題ないんじゃないかな。

 

そのために、事前に準備しておいた大量の油を運んでいるのだ。

具体的にどう扱うかは、その場で決めるけど。

 

それと、もし戦場に黄蓋が居たら何とか確保を試みる。

これが赤壁でやるべきことと見定めている。

 

なに、北郷君がいくら頑張っても、その上を越えてみせよう。

何て言ったって、極限流は最強なのだから。

 

色んな武器を持った奴らが相手なら、覇王翔吼拳などを使わざるを得ない!

 

 

* * *

 

 

江陵に着いた。

蜀が準備した船に呉が準備した船。

それはもう大量に停泊している。

 

なお、俺たちは若干寄り道をしてから戦地に合流することで了解を貰っている。

だから、多少遅くなっても問題ないのだ。

 

「おおー!凄い数だね!これも絶景ってやつかな?」

 

そうかもな。

極少数の隠密部隊のハズが、何故だかシャオまで居る。

 

「えぇーい!……で、リョウは此処で何をするの?」

 

テンション高くクルクルと回っていたと思ったら、走り込んでバイーンと後背向きに飛び込んで来た。

燕翼、いわゆるヒップアタックってやつだ。

やるじゃないか。

 

そんな彼女を受け止めつつ、シャオが参加する経緯を思い返してみた。

 

彼女は俺の部隊に目付役として参加している。

この戦いに臨むに当たり、俺は非公式にちゃんと仕官した客将となった。

意味が分からない?

そうだね。

 

まあ今までと扱いは変わらんけど、呉蜀と魏との戦いが終わるまでは呉に属することになったってだけだ。

 

「なに、ちょっとした悪戯をな…」

 

 

江陵に残る兵は必要最低限。

接敵したらすぐに退くために、まとまった戦力も残ってはいるが。

 

魏に渡すための船には、通常装備以外に必要なものは残って無い。

もちろん人員も。

 

さて、悪戯開始だ。

俺は呉の将。

最終検分と見張りに一声かけたら、容易く船に入ることが出来た。

 

船の数は膨大だが、旗艦となるような物は自ずと決まってくる。

だったら的は絞られる。

何の?

悪戯の。

 

まあ大した悪戯じゃない。

ただ、船に次の様に書いた張り紙をするだけだ。

 

──進呈──

 

どっちかと言うと煽りだな。

事前に達筆な奴を集めて大量に作ってきた。

さあ、ドンドン張ってくぞー!

 

「ほら、シャオも手伝って」

 

「え、うん。いいけど、これって何か意味あるの?」

 

多分。

煽り耐性があれば、無いかも知れないけど。

 

 




・燕翼
ユリを象徴する技。ヒップアタック。
遠距離大攻撃だったり特殊技だったりしますが、性能に大差はないと思います。
勢いを駆ってシャオに使わせてみました。

山なし谷なし落ちもなし。
そういうのも気楽で良いですよね。

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