武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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他者視点詰め合わせ。


09 暫烈拳

「……流石ね」

 

隣で華琳が呟いたのが耳に入った。

目の前では最近加入した凪と、同時期に客将として入った呂羽さんが組手を行っている。

 

俺は戦いの技巧については詳しくない。

だけど、呂羽さんが賊から村を守り抜いたうえ、春蘭とも渡り合ったことが如何に凄いことか位は分かる。

 

それと、呂羽さんはここに来てから初めて会うタイプの人だった。

男性で強い人と言うのも珍しいが、何と言っても徒手空拳なのだ。

 

刃物を使わないのは凪も同じだけど、凪は手甲を使ってる。

薄いとは言え、胴当ても付けてる。

 

なのに呂羽さんは完全に素手で、防具も何もない。

道着と下駄のようなものを履いてるのみ。

 

最初に見たとき、どことなく和風の出で立ちで懐かしい気持ちになったものだ。

まあ名前はこっちのものだし、それに金髪だし、偶然なんだろうけど。

あと俺が知ってる三国志には居ないってのも気にはなるが、そもそも人物全て知ってる訳じゃないしな。

 

話を戻すが、そんな格好でも当人は気を巡らせれば問題ないと言っていた。

そういうもんなんだろうか。

 

凪は、その言葉に感銘を受けていたように思う。

でも他の皆はイマイチ納得してる風じゃなかった。

 

……やっぱり呂羽さんが特殊なんだよな。

そうだよな、俺だけが変な訳じゃない。

うん、良かった。

 

というか、呂羽さんの型って空手だよな?

俺もあまり詳しくはないけど、空手は唐手とも書くらしいし、源流だったりするのだろうか。

いやまあ、この世界だし深く考えちゃいけないんだろうけど。

 

「はぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

ぼんやり考え事をしていたが、凪の咆哮とドゴンッという鈍い音に引き戻される。

凪が気弾を放ったらしい。

 

「って、呂羽さん大丈夫なのか!?」

 

慌てて音のした方を注視する。

が、土煙に遮られて何も見えない。

 

「一刀、呂羽なら大丈夫だ。ほら、そっちに…」

 

思わず狼狽した俺を見かねてか、秋蘭が教えてくれた。

その方向を見ると、確かに呂羽さんが無傷で立っている。

 

え、無傷?

 

「はぁはぁ……」

 

「良い気の練りだった。が、まだ甘い」

 

凪は疲労困憊と言う感じだが、呂羽さんはまだ余裕そうだ。

どんだけだよ。

 

警備隊に配属され、俺の部下となった凪。

彼女の実力も努力を欠かさない姿勢も、ある程度は知ってる。

それでも、呂羽さんには遠く及ばないというのか?

 

「気弾は放てば良いというものじゃないぞ。例えば、そうだな。実践してみるか」

 

呂羽さんが言いながら、右腕を大きく掲げて気を集中させている。

気が集まってるであろう右手は、淡く輝いている。

当然気弾が発射されると思ったが、なかなか放たれない。

 

そして、何とそのまま凪を攻め始めた。

 

「なにっ!?」

 

隣で秋蘭も驚いている。

俺も唖然、だ。

 

凪は当然、右手を大いに警戒しているのだろう。

しかしそんなことは知らんとばかり、呂羽さんは攻め続ける。

そして、

 

「暫烈拳ッ」

 

右は囮だったのか、呂羽さんは左で連撃を叩き込み、遂に凪はダウンしてしまった!

 

 

* - * - *

 

 

練兵場にて呂羽殿と対峙する。

 

遂にこの時が来た。

思わず感慨深くなるが、まだそんなに時は経ってないことに気付き、少し可笑しくなった。

 

 

始まりは、あの村の防衛戦。

 

最初に気になったのは気の練度、そして使い方だ。

門の前に空堀と土塁を築く際、気弾を使って土を掘っていた。

 

自分の気弾でも土を散らすことは出来る。

しかし狙った分だけの土を掻き出し、連続して行うことは容易ではない。

その様子を観察するのに集中する余り、作業の手を止めてしまい真桜に怒られたのは不覚だった。

 

次に、援軍として来て下さった秋蘭様と季衣との軍議での席。

 

特に秋蘭様など、当時の私たちからすると雲の上の方。

意見を聞かれても、頭が上手く回らなかった。

 

そんな時も呂羽殿は、淡々と事実と所見を述べていた。

その胆力、発想、人格などとても及ばぬと思い、憧れた。

 

そして接敵。

門を沙和に任せて前線で戦っていると、唐突に呂羽殿が援軍に来た。

聞けば西門は早々に片づけてしまったとのこと。

これには驚愕した。

 

後で真桜や呂羽殿に確認すると、覇王翔吼拳なる大技を放ったとのこと。

胸に熱いものが込み上げて来るのを自覚した。

 

そして華琳様たちが来られ、村は守られた。

お褒めの言葉を頂いたが、功績第一はやはり呂羽殿にあると思う。

 

春蘭様との打ち合いでも攻撃を全て避け切り、僅かな隙を見逃さず連撃を当てると言う技まで見せてくれた。

いや、魅せられたと言うべきか。

 

こうして私たちは華琳様への仕官が叶い、真桜、沙和とともに北郷隊長の警備隊に配属された。

二人は北郷隊長の天の御使いという肩書や、そのお人柄に興味津々のようだったが、私は別のことで急いていた。

 

今まで、ほぼ独学で磨いてきた気と体術。

そこに唐突に現れた呂羽殿を、師事すべき方だと思い定めたのだ。

 

無論、職務に全力を尽くすのは当然のこと。

そこに抜かりはなかった、はず。

 

呂羽殿が秋蘭様の下に付いたのは残念だったが、共に居られる今こそ肝要。

陳留に着いてすぐ、不躾ながら弟子にして欲しいと申し出た。

しかし、答えは否。

 

「お互いの力量、まだちゃんと把握してないだろう?」

 

情報不足で判断することは出来ない、とのことだった。

言われてみれば、確かにその通り。

その場は引き下がらざるを得なかった。

 

しかし後日、北郷隊長を経由して組手の依頼が舞い込んできた。

もちろん相手は呂羽殿。

 

私は飛びつき、体調を万全に整えて今日この時に至る。

北郷隊長や真桜たちが苦笑していたようだが、今は敢えて気にすまい。

 

呂羽殿。

 

貴方は、私にとって輝く指針であると確信しています。

だからこそ、組手とは言え全力で向かいます!

 

 

北郷隊長が進み出られ、合図のため右手を掲げている。

 

「はじめ!」

 

「はぁぁぁっっ!」

 

合図と同時に、まずは様子見を兼ねての左回し蹴り。

と、呂羽殿の左半身がやや沈み、次の瞬間跳ね飛ばされていた。

 

ズキリ、と胸当て越しに響く痛みがある。

やはり呂羽殿は凄い。

痛みすらも心地好く感じ、更なる攻勢をかけていった。

 

 

* * *

 

 

「はぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

何度かの打ち合いの後、体術では全く敵わないことが判明。

予想通りなので落胆はないが、では降参かと言うとそれは出来ない。

まだ全てを出し切ってはいないのだから。

 

戦場では有り得ないが、呂羽殿は必要以上に攻撃してこない。

相手の力量を見る組手だからだろう。

 

そして私はそれに甘え、全力で打ち込んできた。

今回も気を最大限に練り込み、放つことにした。

 

「ふぅぅーーっ。ぁぁぁぁ、闘気弾ーーッ」

 

話に聞く呂羽殿の超必殺技、覇王翔吼拳を自分なりに想像し、模して作り出した気弾だ。

未だ実践で使うには不可能なシロモノで、恐らく何もかもが及ばないだろう。

 

ともかく出来上がったそれを、仁王立ちする呂羽殿に向かって全力で放つ。

すると、大きな音を立てて土煙が舞い上がった。

 

むっ。

 

「やはりっ、余裕で避けられますか」

 

「ああ。威力はまあまあ、だな」

 

一瞬で反対側に移動していた。

 

「くぅっ、はぁはぁ……」

 

「良い気の練りだった。が、まだ甘い」

 

あれが効かなければ、もう手立てはない。

 

「気弾は放てば良いというものじゃないぞ。例えば、そうだな。実践してみるか」

 

呂羽殿は、言うやその右手に気を集め始める。

凄まじい練度で淡く輝いている。

これを一体、どうすると言うのだろうか。

身体は思うように動かないが、興味に突き動かされ何とか構えることが出来た。

 

「行くぞ!」

 

右手の気を保ったまま、呂羽殿は両手、両足を使って打ち込んでくる。

必死に捌くが、右手の輝きが気になり、どうしてもそちらに意識が向いてしまう。

 

…よもや、それが狙いか?

そう感じたところで。

 

「暫烈拳ッ」

 

左から繰り出される、見えないほどの連撃。

これを捌くことは、到底不可能だった。

 

身体が浮き上がって行く感覚を得ながら、最後に大きな衝撃。

私は、そこで意識を手放した。

 

 




唐手は元々(トゥディ)と読み、琉球の武術だったようです。
中国の唐から伝来した武術、とか何とか。

暫烈拳は浪漫。
敢えて使う必要性はなくとも、とりあえず使うのです。

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