武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
「それでね、お兄ちゃんがこう…。えい、やあって!」
璃々が興奮して捲し立てる。
その姿は愛らしいものだが、話の内容は良くないものだった。
我々が城で宴を催している時、璃々は街で遊んでいたらしい。
勿論一人ではない。
一緒に遊ぶ子らもいたし、護衛とて数名が陰日向に付いていた。
しかし一緒に居た子らとはぐれてしまい、偶々居た広場で騒動が起こってしまう。
益州は豊かな国だが、あぶれ者はどうしても出る。
特に、桃香様が進める善政により、私腹を肥やし圧政を旨とする官たちは職を追われた。
彼らと繋がっていた狼藉者。
そいつらが、群れて暴れていたのだ。
偶々警備隊が近くにおらず、将の多くが城の宴に参加していた。
報告を受けた時、すぐさま手透きの者に声をかけて急行したが……。
到着して目にしたのは、時折出没する、変な仮面を被った女が暴れている光景だった。
さらには、はじめて見るこれまた珍妙な仮面を被った男も暴れていたのだ。
思わず頭を抱えてしまい、初動が遅れたのは失敗だったが…。
結果的に仮面の女は逃がしてしまい、仮面の男も追い詰めたはいいが、恋の爆弾発言により場が凍った後、韓忠らが連れ去ってしまった。
詳細は後日報告するとの事だったので引き下がったが、呂羽の関係者だったのだろうか。
まあそれはいい。
いや良くはないが、ひとまず置いておく。
問題なのは、璃々が紫苑や桔梗に向かって話している内容。
璃々は、騒動の最中に暴漢どもの人質になってしまったのだ。
暴漢どもは、璃々を仮面の女に対しての手札とした。
だが仮面の女が動けなくなった時、突如として仮面の男が現れて、見事鮮やかに助けていったのだと言う。
そして、その仮面の男のことを…
「あのね、お母さん。璃々を助けてくれた男の人…。見たことある気がするの」
「そうなの?…誰かしら。会ったらちゃんと、お礼を言わなくちゃね」
「うん!…えっとね、あの旅のかくとうかって言ってるお兄ちゃんだよ」
「え?……まさか、呂羽さん」
呂羽、だと?
言われてみれば、確かに動きは似ていた気もする。
逃亡中に繰り出した蹴りなど、確か龍翻蹴とか言う奴の技に良く似ていた。
しかし、髪の色や胴着などが違っ……まてよ。
韓忠や公孫賛が連れ去ったのは、そう言うことか?
それに、よくよく思い出してみれば、恋も呂羽とか言っていたような…。
しかし恋の趣味も分からんな。
あんな珍妙な仮面を、格好良いだなんて。
まあそれはいい。
しかし、そうか。
あの仮面の男が呂羽だとすると、辻褄が合うこともある。
公孫賛たちが連れ去ったのは、呉からの客将と言う立場故だろう。
此処で妙な動きをしたと知れたら、互いの関係が悪くなる可能性がある。
そう考えたからこそ、自分たちで回収して事の次第を明らかにする、と。
うむ、なるほど。
ならば、ここは報告を待つとしよう。
そう言えば、あの変な仮面の女と共闘したと言う事は、その情報も持ってるかも知れんな。
あの女、自分を正義などと言って適当に暴れまわっている。
その行為自体、無為に治安を乱していると何故気付かんのだ。
せっかくの力も、使い所を間違えては何の意味がないと言うのに。
そんなことをする奴には、それ相応の報いを受けて貰わねばならん。
例えそれが見知った奴だったとしてもだ。
「でねでね。呂羽お兄ちゃんが、こう…がぁーってしたらどっかーんって…」
「ふむ。呂羽の奴め、ワシを伸しておきながらそんな事まで…」
紫苑と桔梗がニコニコしながら話を聞いている。
璃々はあれで人を見る目、というか直感に優れており、母親たちが信じたと言うことは恐らく…。
呂羽め、図らずも二人の心を掴んだな。
まあ桔梗に関しては、対戦の後、既に大笑いしながら気に入ったとか言ってたが。
璃々を助けてくれたことは礼を言おう。
だが、治安を乱す一助を成したのは事実。
ふふっ
呂羽め、どうしてくれようか。
「愛紗、ここに居たか」
む、星か。
「おや、何やら難しい顔をして。それに、璃々が随分と興奮しておるな。如何した?」
ふむ、星になら言っても良かろう。
「先日起こった街での騒動に出没した、例の仮面の男だがな。その正体が呂羽のようなのだ」
「なんと!?」
ふふ、流石の星でも驚く情報だったようだな。
「奴を追及して、妙な仮面の女についても糺そうと思っていたところだ」
「なっ!妙なとは失敬な、あれはっ」
「ん?」
「…んんっ、ゴホン。いや、何でもない」
(後で呂羽殿に確認しておかねばな…)
何やら星がぶつぶつ言ってるが、それよりもだ。
「何か用があったのではないか?」
「おっとそうだった。何やら新たな動きがあったようでな、明朝軍議が行われるそうだ」
* * * *
「以上で、涼州の報告を終わります」
ふぅむ。
やはり、完全な統治に至るには時間がかかるようだな。
それにしても馬騰、惜しい人物であった…。
馬一族の大半は逃がしてしまったが、涼州は我らの手に落ちた。
これでまた国力の増加が見込める。
そう遠くない未来、決戦のために準備を進めねばならない。
「風、呉の様子はどう?」
「はい~。呉は南方へ進出、順当に制圧しているようです~」
「蜀はどうかしら?」
「こちらも南方を制圧。また、五胡への対応も概ね完了したと思われます」
華琳様が風に呉の様子を、稟に蜀の状況をそれぞれ報告させている。
二人ともすっかり我が軍に馴染んだな。
優秀な軍師が増えたお陰で桂花の負担も減り、より多方面に手を広げることが出来るようになったのは有難い。
「それと、捨て置けない情報が…」
ふと、神妙な面持ちで稟が言う。
「ふむ、同盟ね」
「はい。いずれは、と思いましたが……。想定以上に早い動きです」
呉への侵攻が失敗に終わった時から、それほど経たないうちに奴らは接触したようだ。
こちらの態勢が整う前に、我々に対抗できるように動き始めたと見るべきだろう。
流石は孫策、そして劉備か。
機を見るに敏。
華琳様が仰る、英雄の資格を十分に備えているようだ。
「その同盟にあたって、呉から蜀へ将が派遣されたようです~」
「ほう。して、それは?」
「正使に孫尚香。副使が…」
何故か口ごもる。
まさか…。
いや、そう言えば涼州からも気になる報告が上がって来ていた。
「呂羽、か?」
「ええ。知ってたの?」
「いや、予測しただけだ」
「そう。…副使とは言え、呂羽の動きは無視出来ません。今後も要注意すべきかと」
そうだな。
全くあの男は、じっとしてられんのか。
「その情報は確か?」
「いえ……ほぼ、としか。なにぶん、人手が…」
確かに、今は人手不足が深刻だ。
先の戦いに反乱の鎮圧、今回の涼州制圧もあった。
警備隊からも駆り出して動かさざるを得ない状況。
特に凪は何かと重宝している。
呂羽が鍛えてくれたお陰と言うのが若干癪だが…。
「そうね。でもこの先を考えると、情報不足はちょっと痛いわね」
現在一刀が一人で切り盛りする警備隊。
大変だろうとは思うが、それが出来るほどに成長したことは喜ぶべきだろうな。
「呉の方は協力者が居るからまだいいとして……。ふむ、秋蘭?」
「はっ」
「人手は多く出せないけど、流琉を連れて益州に偵察に行ってちょうだい」
「御意!」
華琳様より命が下る。
確かに最近、国境付近を警戒している蜀の将に動きがあった様子だった。
それらも含めて確認せねばなるまいな。
「しかし華琳様。呉の方は、あまり信用なさらない方が…」
桂花が進言する。
確かにそうだ。
協力者とは言え、こちらに降っている訳でもない。
理由は私怨だと言っていたが、計略である可能性もあるだろう。
「ええ。今は情報の流れだけで問題はない。でも、その内確認した方が良いわね?」
「はい」
詳細はこれから、桂花が主導して確認することになるだろう。
まあ、こちらは任せて問題ないな。
さて。と華琳様は姉者たちを見回し、総括。
「春蘭は新兵の調練。風と稟は配分や区分を。それと、領内に入り込んでるネズミの始末も適当にお願いね」
「「「御意」」」
一通り終わり、解散となった。
ふむ、益州か。
すぐには出立できないが、兵の選抜と進路などは前もって確認しておかねばな。
とりあえず、定軍山を通って南に出ることになるか……。
周辺の地理を頭に思い描きつつ部屋を出た。
ひょっとすると、あの男…呂羽と鉢合わせする可能性もある。
あいつは何かと普通じゃない。
どれだけ備えはしていても、し過ぎることはあるまい。
さて、まずは一刀のところに顔を出してみよう。
久々に流琉と一緒に食事でもして、労ってやるか。
・龍翻蹴
KOFロバの特殊技。
前方に蹴り出す感じで、連携連続技として重宝します。
本当は前回入れたかったのですが、忘れてたので今回挿入してみました。
80話の誤字報告箇所、言い回しの結果でしたので適用しておりません。
すみません。ありがとうございました。