武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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52 飛燕鳳凰脚

公孫賛の騎馬隊が早いか、俺の覇王翔吼拳が早いか。

いざ勝負…、と行きかけたのだが。

 

「ご注進!袁紹軍が退いて行きます!」

 

「な、なんだとっ!?」

 

出鼻を挫かれたなぁ。

公孫賛の副長らしき奴が伝えてくれた情報は、中々の威力を持っていた。

 

袁紹軍が退く。

即ち、曹操軍の勝利に他ならない。

 

「…く、麗羽…っ」

 

真名を預け合った仲だからか、はたまた人が好いだけか。

今まで散々振り回されたであろうに、袁紹を心配する公孫賛の姿がそこにある。

 

「行くなら止めはせんよ」

 

そこが公孫賛の美点なのは間違いない。

嫌いじゃないぜ、そういうの。

 

「……分かった。また会おう、呂羽!」

 

暫し逡巡していたが、やがて顔を上げるや馬首を翻しながら叫んだ。

うんうん、行ってらっしゃい。

 

構えを解いた俺の周囲から、潮を引くように白馬が去っていく。

騎馬隊かぁ…。

ちょっと羨ましいかも。

 

自分で走った方が速いとは言え、体力の温存と言う利点がある。

結構魅力的かも知れん。

 

特に俺は、武器も防具も装備してない。

馬にとっても負担は少ないんじゃないかろうか。

まあ、戦闘用と考えると難しいだろうけどな。

 

「行かせて良かったのですか?」

 

などと考えていると、いつの間にか傍らに凪の姿。

白馬の姿は既に遠い。

もう追いつけないだろう。

 

「ダメだったかな?」

 

攻めるような感じではないが、何やら言いたげな視線を向けて来る凪。

何だろうか。

 

「……先日教えて頂いた、飛燕鳳凰脚と言う技」

 

……ああ!

物は試しと教えてみたんだった。

 

凪は蹴り技が得意だし、気を込めて駆け上がるとダメージの通りも良いと思う。

生憎と見る余裕はなかったが、どうやら成功したのかな?

 

「はい。偶々近くに袁術軍旗がありましたので、旗持ちと一緒に」

 

階段を駆け上がるかのように蹴り上り、最後は気を込めた踏み付けに近い蹴りを放ったとのこと。

哀れ袁術旗は、ポッキリとただの棒きれに成り下がってしまったらしい。

 

「そうか!いやぁ、凪も成長著しいなっ」

 

凄い凄いと褒めちぎってみると、満更でもなさそうな表情。

若干頬も赤いし、照れも入ってるかな。

その顔、実に眼福なり。

 

「っとと、リョウ殿。追撃をしなくては!」

 

おっと、そうだな。

ゆったり喋ってる暇はない。

…ちょっと前も同じこと思った気がする。

 

「では、また後ほど!」

 

そう言うや、凪は走って行ってしまった。

結構な時間が経過してるはずだが、尚も意気軒昂。

これも修行の成果と言えるだろう。

 

さて、俺も進むとしよう。

袁紹軍はともかく、公孫賛や孫策が気になる。

特に公孫賛が。

 

 

* * *

 

 

袁紹軍は壊乱。

ある意味支柱だと思われた、田豊の軍勢は見当たらない。

整然と退いたか、またも別働隊を指揮していたのか。

 

いずれにしろ、袁紹は撤退した。

連合軍の主将たる袁紹が居なければ、同盟軍たちはどうしようもない。

 

袁術軍は引き揚げにかかっているし、孫策隊も同じく。

公孫賛軍もパッと見ではもう居ない。

 

これからは残党狩りになる。

少なくとも、曹操様の本隊は袁紹の本拠地までは進軍するだろうし。

 

俺も従軍するが、ちょっと端の方を進んでみようと思う。

公孫賛が気になる。

あるいは、近くに袁紹も居るかもしれない。

 

もし見付けたら、袁紹は曹操様に引き渡すことになるだろう。

公孫賛しかいなかった場合は、まあそこまでする必要はないかな。

 

「隊長」

 

追いかけて来た呂羽隊が合流。

韓忠も奮戦したようで、腕やら肩やらが破れかかって白い何かが……。

 

「斥候を出して、白馬を見つけたら知らせてくれ」

 

「御意。公孫賛殿ですね」

 

そう、あくまでも探すのは公孫賛。

袁紹はもう終わりだろう。

 

そう言えば、袁紹たちは劉備ちゃんのとこに逃げ延びるんだったかな?

悪運は強いらしいし、十分有り得るか。

 

ま、それならそれでいい。

恐らく一緒に居るであろう、文醜ともう一人もそれなりに腕も立つし。

多少は役に立つこともあるだろう。

 

そんなことより公孫賛だ。

何かと苦労性な彼女の行く先が気になる。

 

袁紹・公孫賛連合は、対等同盟なのは表向き。

実質は、田豊の計らいで公孫賛が生き残ったに過ぎない。

その袁紹が衰退すればどうなるか。

 

公孫賛が単独で曹操様に勝てるだろうか。

普通に考えて無理だ。

国力でも劣るし、言っちゃ悪いが格が違う。

 

何とか助けたいものだが…。

 

「隊長!少し先に白馬が見えますっ」

 

考えながら移動していると、斥候に出してた隊員から報告あり。

白馬の群れ、公孫賛が居るようだ。

 

「よし、ゆっくり近付くぞ」

 

 

少し進むと、確かに先程見た白馬の一軍が屯っていた。

公孫賛も居るようだ。

撤退した訳じゃなかったんだな。

 

おっと、先方も気付いたか。

武器を向けるでもなく、こちらを出迎える構えだ。

戦闘に発展する気配はない。

それでも一応、気は抜かないようにしないとな。

 

「…呂羽か」

 

公孫賛が出てきた。

疲れた表情をしている。

 

「公孫賛。袁紹と一緒か?」

 

「いや、麗羽は別の方向へ逃げたようだ」

 

他の将なら嘘かも知れないと勘繰るところだが、素直な彼女にそんな芸当は出来ないだろう。

若干失礼な感想を抱きつつ、ならばと続ける。

 

「袁紹軍は退き、袁術軍や孫策も去った」

 

分かっているだろうが、念のため状況を説明。

このままだと、袁紹に加担した公孫賛も攻められることになる。

 

「これからどうするんだ?」

 

彼女に残された道は、曹操軍に降伏するか幽州に戻って徹底抗戦すること。

はたまた益州か涼州、あるいは揚州に落ち延びるかくらいだろう。

 

但し、抗戦しても勝ちの目は薄い。

涼州も、遠からず激戦区になることだろう。

 

いずれにしろ、その意思は尊重したいと思っている。

思っているんだが…

 

「呂羽、私はどうすれば良い?」

 

逆に聞かれても困るんですよー?

立場上、降伏を促すことくらいしか出来ないし。

 

「公孫賛様、これ以上の抵抗は益がありません。降伏なさいませ」

 

思い悩む俺を見かねてか、韓忠が代わって進言してくれた。

そうだよな、そう言うしかないよな。

 

ただ、降伏したとて幽州は没収されるだろう。

どこぞの太守には収まれるかも知れないが…。

 

俯き悩む公孫賛を痛ましげに見やる。

やがて、彼女は苦悩のままに顔を上げて言った。

 

「分かった。…呂羽、私はお前に降伏する」

 

「…そうか、分かった。本隊にはこちらから伝えておこう」

 

韓忠に目配せすると、頷いて早速使者を手配していた。

 

「公孫賛様。幽州の領国にも使者を出した方が良いかと」

 

「ああ、そうだな。やっておこう」

 

続けてされた助言にも、公孫賛は素直に頷く。

すっかり憔悴しているな。

 

「ひとまず、俺たちと一緒に来るか?」

 

「…ああ。そうさせて貰おう」

 

俺は客将とは言え、曹操軍の将の一人。

一緒に居れば危険は少ないだろう。

少しの間だけでも、ゆっくり休んで欲しい。

 

「…呂羽」

 

「何だ?」

 

「済まない」

 

「謝罪は先ほども受け取ったが」

 

「ふふ、そうだったな。じゃあ、ありがとう」

 

ここで、ようやく少しだけ笑みを見せてくれた。

戦場だし、何かと気負いの過ぎる奴だからなぁ。

 

「呂羽」

 

次は何かな?

 

「私のことは白蓮と呼んでくれ」

 

うぇーい!?

それって真名だよな。

何でまた突然。

 

「謝罪と感謝の気持ちだ。是非、受け取ってくれ」

 

弱々しく笑いながら言ってくる公孫賛。

そんな姿見せられちゃ、断れないよなぁ。

 

「分かった。俺の真名はリョウ。預かってくれ」

 

そう言うと、公孫賛もとい白蓮はキョトンとした表情になった。

何時ものアレだね!

心のメモに追々記だ。

 

「え?呂羽がリョウ……え?姓名と真名が……、ホントに?」

 

「判り易いだろ?」

 

ドヤァ!

 

一連のやり取りを黙って眺めていた韓忠だが、その視線は途中から俄然厳しいものになっていた。

ま、まさか最後のドヤ顔が気に食わんかったのか!?

 

 




・飛燕鳳凰脚
誰かが使えと囁いたので。
使用者はユリ。
突進後、踏み付け連打しながら駆け上がり、大きく跳躍する超必殺技。
飛燕と鳳凰、どっちなんだと言う疑問があったりなかったり。

官渡の戦いのようなものが概ね終わりました。
放浪編(仮)も次回で終わる予定です。

公孫賛と真名を交換しました。やったね!

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