武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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42 無影疾風重段脚

話は特に苛烈なものになった、訳ではない。

 

最初に覇気と怒気を滲ませたのは、ちょっとした牽制だったとか。

旗を撃ち抜いたことは、それほど衝撃的だったようだ。

 

そうだよな。

高笑いし続けていた、袁紹の方がおかしいんだよな。

 

……待てよ。

今、なんとなく思い出した。

そう言えば袁紹も、大将旗を抜かれた時は酷く取り乱していたような。

 

うーむ。

まあいいか、袁紹だし。

今頃は徐州を切り取って、さぞや良い気分だろう。

 

お、そうだ。

曹操様のとこに居るってことは、袁紹と雌雄を決する戦いに参加出来るかも。

つまり、また袁紹の旗を折る機会があるってことだ。

 

なんでここまで執着してるのか、自分でも謎だが。

でもここまできたら、最後まで折り尽くしてやらないと気持ちが悪い。

よーし、やってやるぜ!

 

以上、現実逃避でした。

 

 

いや、確かに苛烈な話にはなってない。

そこは間違いはない。

 

劉備ちゃんたちを見送った後、吐きそうなほどの覇気を湛えた曹操様がやって来た。

 

「あら、貴方一人じゃないの?」

 

呂羽隊が後ろに控えてるのを見て、不思議そうな顔。

こういう、ふとした時のキョトンとした表情っていいよね。

 

「俺も、一隊を率いる身になりまして」

 

「へえ…」

 

チラリと俺の背後を見た曹操様が、軽く舌舐めずり。

 

ファッ!?

副長は、韓忠はやらんぞ!

 

「まあいいわ。いえ、むしろ丁度いいかも」

 

あんだけ綺麗所を手にしておいて、まだ欲するか!

関羽さんも諦めはしたものの、欲しかったみたいだし。

北郷君がどう動いてるか知らんけど、やはり本物は違いますなぁ。

 

「呂羽。以前私が言ったこと、覚えてるかしら?」

 

「さて、何でしたかね」

 

手加減しないとか、そんなことだったろうか。

 

「ふむ…覚悟は、出来てるようね」

 

ヒュンと体感温度が下がったぞなもし。

主な発生源は夏侯淵。

何の覚悟でしょう。

戦えと言うのなら、喜んで戦うが。

 

「呂羽、あなたには二つの道がある。よく考えて選びなさい」

 

そう言って曹操様に提示された二つがこちら。

 

一つは、曹魏への仕官。

 

客将ではなく、正式に仕官せよと。

そうすれば過去の諍いは水に流すと言う、なんとも温情溢れる御沙汰だ。

つまり極限流を、曹操様のために全力で振えってことだよな。

 

もう一つが、贖罪。

俺がやらかしたあれこれを償うため、曹操様たちへ奉公せよと。

 

罪人扱いではないが、雑な扱いになること間違いなし。

更に正式に仕官する訳じゃないので、生活は苦しくなるだろう。

隊員を養うことも難しいかもしれない。

 

普通に考えれば、選択の余地はない訳だが……。

 

 

「決まったようね」

 

「ああ、仕官は出来ない」

 

瞬間、ゾワリと悪寒が走る。

これは殺気かな。

出所は主に夏侯淵。

 

「へぇ……。理由は?」

 

「俺には目的がある。それが叶うまで、仕官するつもりはない」

 

「董卓や、公孫賛には仕官したのに?」

 

「いやいや、公孫賛や劉備のとこでは客将だったんだよ!」

 

凄く目が怖いので、慌てて弁解。

華雄姉さんには正式に仕官しちゃったけど、敢えて言うまい。

 

「ふぅん。じゃあその目的は、私の下では叶わないということ?」

 

「あーっと。不可能ではないだろうが、極めて難しいと思う」

 

嘘は言ってない。

だから典韋よ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

「そう、あくまで仕官しないと言うのね。あなたの部下たちも、それでいいの?」

 

曹操様が俺の後ろ、韓忠に問いかける。

韓忠は一歩踏み出し、それに答えた。

 

「私たちは隊長と共にあります」

 

「あら、随分と愛されてるじゃないの」

 

全くだ。

最近は闇討ちも減ったし、とても嬉しいよ。

 

「最後通牒よ。仕官しないなら罪人として扱うことも有り得る。それでも?」

 

さっきと言ってること違うじゃないですかー!?

 

だが、それでも。

…厳し過ぎたら全力で逃げ出そう。

 

しっかりと曹操様の目を見詰める。

互いに視線を外すことなく、幾許かの時が過ぎた。

 

と。

 

「ふっ。まあいいわ、その目に免じて許してあげる」

 

曹操様が折れてくれた。

旗を折り続けてきたのが功を奏したか、聳え立っていたフラグも遂に折れたようだ。

 

「客将ならいいのよね?」

 

「あ、はい」

 

「ならば扱いは客将。部隊もそのままでいいわ。但し、秋蘭と凪の言うことは必ず聞くこと」

 

色々と機嫌を損ねた夏侯淵さんは分かる。

なんで凪?

 

「凪の武は益々研ぎ澄まされている。あなたが居れば、頂きすらも手に届くでしょう」

 

なるほど。

そういうことなら異存はない。

また共に修行し、向上させていこう。

 

「秋蘭は、言わなくても解るわよね?」

 

「ええ、まあ」

 

チラッと確認。

サッと戻す。

 

曹操様に頷いて見せると、満足そうな様子を見せてくれた。

 

 

「ところで」

 

「何かしら?」

 

「袁紹と雌雄を決したら、また旅に出たいと思っているのだが…」

 

ピキリッ

一瞬にして場が凍った。

 

曹操様の額に青筋が浮かんでいるような気がする。

目視出来ないが、夏侯淵も同様だろう。

典韋すらもジト目である。

 

背後からは、深ぁい溜息が聞こえた。

 

「ねえ。あなた自分が今どんな立場なのか、ちゃんと把握してるの?」

 

底冷えのする声色で、曹操様に糺される。

まな板の上のコイ、ですね。

でも、言うべきことはちゃんと言っておかないとだな。

 

「秋蘭」

 

「はい」

 

あ、バトンタッチ?

なんか弓を構えてらっしゃる夏侯淵さん。

正面に居るのに、目が…、何故か目が見えないよ?

 

結構近いうえ、引き絞られる弓のキリキリとした音が怖い。

 

「しね」

 

夏侯淵さん、今しねって言った!?

 

びゅんッと勢い良く飛んでくる第一の矢。

放つと同時に次の矢を番える姿が見える。

 

やばい。

避けたら呂羽隊の方に行ってしまう。

韓忠なら大丈夫だとは思うが、流石にそれはなぁっ

 

咄嗟に跳ねて、低く飛びつつ無数の連続蹴りを放つ。

夏侯淵に当てる訳にはいかないが、連射される矢を弾く効果はあった。

 

無影疾風重段脚。

 

本来はもちろん当てに行く技なんだが、幻影脚じゃ弾けそうもない。

そんな勢いに恐怖して、思わず使ってしまった。

 

カカカカカッと弾き飛ばしつつ、そろそろ滞空時間が終わっちゃうよー

 

「そこまで」

 

着地して、最後の矢を掴んだところで曹操様より終了のお知らせ。

ふぅ、危なかった。

 

「流石、と言っておきましょう。その力、せいぜい我らの為に使いなさい」

 

凪の修練を中心にして、と言い残して曹操様は去って行った。

 

とりあえず、許されたと見ていいのかな。

何だか、呆れも多分に入っていたような気もするが…。

 

残された俺は、無言の夏侯淵に促されて歩きだす。

 

前に夏侯淵、斜め後ろに典韋が控える。

典韋からも要注意人物に認定されてしまったようだ。

 

「なあ韓忠」

 

「黙って歩いて下さい」

 

振り返って韓忠に話を振ると、まさかの裏切り。

味方にすら窘められた俺は、トボトボと連行されるのだった。

 

 

 




・無影疾風重段脚
幻影脚が無くなって失意の僕らに天の恵みが!
そう思ったのは私だけではないはず。
性能的には大分異なりますが。

尚、今更に過ぎますが本作は全体的にかなりフワッとしています。
何卒ご承知置き下さい。

【※】明日は更新出来ないかも知れません。

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