武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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32 両手突き

「伝令!華雄将軍よりです」

 

何となく嫌な予感がして、聞こえない振りをしたくなってしまった。

でも、そういう訳にはいかないよな。

 

結論から言うと、華雄姉さんは間に合わなかった。

公孫賛は小規模な砦に追い込まれ、落城は時間の問題とのことだった。

 

別働隊を率いた将が余程優秀だったのか、あるいは公孫賛が何かやらかしたのかは分からない。

しかし、現に彼女が追い詰められてしまったのは事実。

 

公孫賛が籠る砦を囲む袁紹軍別働隊と、その背後から牽制する華雄隊。

そんな構図になってるらしい。

 

一応、姉さんは袁紹を捕えられたことを知らせ、事態の打開を図ってみたらしい。

でも敵将が用心深いのか何かの計略なのか、取り合って貰えなかったらしい。

 

このままだと、せっかく袁紹の首を上げても公孫賛も儚くなってしまう。

両軍瓦解とかなっちまうと、混沌極まりない。

いや、曹操様が全て掻っ攫って行くかもしれないね。

 

一連の状況を聞いた韓忠などは、いっそ俺が独立してしまえばいいなんて唆してくる始末。

前に、それは厳しいと断じただろ。

仮に今、公孫賛を見捨てて立っても旧臣たちが付いて来ないだろう。

彼らの協力なくして領地を運営することは出来ないぞ。

 

そんな訳で、どうするか悩むところだが。

とりあえず姉さんに促されたので、そちらに向かうとしよう。

 

囚われの袁紹の周りには、その重臣たちが集っている。

先ほどKOした文醜も意識が戻ったようで、ギリッと睨みつけて来てる。

と言うか、袁紹軍のほぼ全てから睨まれてるな。

伊達に旗折りしてないぜ!

 

戦闘停止した袁紹軍の、金色成分は大分減って目に優しい。

 

この時代の虜囚の扱いは詳しくないが、まあそう変わるもんでもないだろう。

韓忠に監視を任せ、引っ立てる。

 

ほぉら、キリキリ歩けーぃ。

 

「流石の外道ぶり。鬼畜ですね…」

 

薄く嗤う韓忠のことは、もう気にしないことにした。

袁紹も、このわたくしが云々と喚いてるが、元気そうで何よりだよ。

事と次第によっちゃ、大事な交渉カードになるからな。

 

 

* * *

 

 

「おお、来たか」

 

「姉さん、お疲れ様。それで状況は?」

 

虜囚たちの扱いに苦慮しつつ、華雄隊が陣を張る場所までやってきた。

前面には袁紹軍の別働隊の姿。

その先に、公孫賛が籠る砦があるようだ。

 

別働隊も誇らしげに旗を立てているな。

立ってる旗は袁と田。

今すぐ折りたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。

 

「敵方から、会談の申し出があった」

 

「へぇ。姉さんが対応してくれても良かったのに」

 

「断る」

 

あれ、おかしいな。

仮にも姉さんは将軍のはず。

交渉事の代表権も、持ってると思うんだが。

 

「仕方ない、袁紹だけ連れて行こう。姉さん、ここは頼む」

 

「分かった。他の奴らの監視は任せろ!」

 

相変わらず、姉さんの袁紹への視線は大変厳しいものがある。

道中、なんのかんの喚いてた袁紹も今は大人しい。

怖いんだね。

可愛いとこあるじゃないか。

 

おっと、韓忠の視線が寒冷化してきたので思考を切り替えよう。

じゃあ行くぜ!

 

 

そして意気揚々と乗り込んだ先は、凍て付かんばかりの殺気に満ち溢れていた。

 

まあ、仕方ないかな。

俺の後ろには、韓忠が監視する敵軍の総大将・囚われの袁紹が居るんだから。

 

「貴様!総大将へ不敬の極み、この趙うべらしっ」

 

「両手突きィ!」

 

屈辱(?)に耐え切れず、突っ掛って来た者が居たが反射的に反撃してしまった。

 

両腕を軽く引いてから、同時に貫き手を突き出す一連の動作。

然程気は込めてないが、加減も出来なかったし趙何某はポーンと吹っ飛んで行った。

 

格闘家たるもの、殺気への反応は当然のこと。

そもそも会談をしに来て襲われたんだから、正当防衛だよな。

 

因みに、袁紹の縄目は少し軽いものに変えている。

当初のグルんグルん状態だったら、趙何某以外の暴発もあり得たかも。

それならそれでも、俺は一向に構わんのだが。

 

「…はじめまして。この軍を率いております、田豊と申します」

 

そんな空気をものともせず、理知的な風貌をした少女が挨拶をしてくる。

一見冷静な感じだが、こめかみに何かが浮かんでるのはスルーするのが正解だよな、きっと。

 

「どうも。公孫賛軍に所属する呂羽だ」

 

「真直さん!」

 

返答する俺にかぶせるがごとく、袁紹が叫ぶ。

田豊の真名か?

どうやら結構な重臣であるようだ。

 

「……ああ麗羽さま、お労しや。まさか本当に、囚われておられるとは……」

 

駆け寄らんばかりの袁紹を韓忠に抑えさせ、話を促す。

 

「それで、話とは?」

 

「せっかちな方ですね。まあいいでしょう、こちらへどうぞ」

 

簡単に設えられた席に案内された。

袁紹にも椅子が用意されたが、韓忠の監視は外せない。

大事な人質だからな。

 

「では」

 

と、田豊の発言から始まった会談。

その内容は、簡単に言えば和睦しないか?とのことだった。

 

互いの当主同士が人質になってるのは聞こえが悪い。

だから和睦を結ぶのだと。

 

厳密にいえば、公孫賛は囚われてないから人質じゃない。

でも囲われた砦の中に追いつめられてて、実質囚われの身同然だよねって話。

 

それでも実際、手元に人質を持つこちらの方が優位なんじゃないか、と思わないでもない。

田豊からはそこら辺も汲んで、和睦から発展させて連合を組まないかと誘われた。

 

通常、公孫賛の勢力で袁紹と連合と言う話にはならない。

先兵とされるか、降されるか。

それを、ほぼ同等の立場でどうだって誘いだった。

 

これ、俺や田豊の立場で決めていい話じゃないよな?

 

「ええ、もちろん。決定権は公孫賛殿と麗羽様にあります」

 

田豊は涼しい顔だ。

ああ、そういう……。

判断に迷うことを当たり前のように言う。

袁家にも、ちゃんと軍師は居たんだな。

 

 

結局この場で決めることは出来ないってことで、公孫賛の所へ使者を立てた。

本当は俺が行って話をしたかったが、流石に認められなかった。

 

代わりに韓忠を使者として派遣し、袁紹の監視のためには華雄姉さんを呼び寄せた。

 

ちょっとした意趣返し。

あと、韓忠の無事も保障させるためだ。

怯える袁紹の姿を見た田豊の眼差しが、若干きつくなった気がする。

 

そして韓忠は、田豊の兵士に監視されながら公孫賛のいる砦に入っていった。

 

待ってる間は暇なので、華雄姉さんと少しお話。

袁紹軍、特に軍師の田豊には聞かれないように注意しながらね。

 

袁紹本人には聞かれても、多分大丈夫だろ。

 

「公孫賛と袁紹が連合したら、姉さんどうする?」

 

「む……」

 

嫌そうな顔。

流石姉さん、正直だ。

 

「後で、公孫賛ともじっくり話をしないといけないな」

 

 

* * *

 

 

「呂羽!」

 

「おや。公孫賛殿?」

 

「すまない!私が不甲斐無いばかりに……っ」

 

泣きそうな顔で謝る彼女。

いやまあ、思うところはないではなかったが仕方ない。

寄宿させてもらってる身で、あれこれ言うのも流石にな。

 

と言うか、彼女が出て来たと言うことは?

 

「隊長。公孫賛様は条件を飲まれました」

 

「そっか」

 

じゃあ袁紹も引き渡さないといかんな。

韓忠に目配せ。

 

「あなた!絶対に許しませんわよっ!!」

 

田豊に縋りつきながらも、ギッと俺を睨みつけてくる袁紹。

うん、まあ、そうなるよな。

 

「麗羽…」

 

「麗羽様」

 

公孫賛と田豊に窘められ、袁紹はふら付きながら陣幕の向こうへ消えて行った。

 

 

「呂羽、それに華雄も。本当に、すまなかった」

 

いや、公孫賛の身柄や安全を考慮したら仕方がなかったかな。

しかしこれで、俺たちが此処に居られなくなったのも事実。

 

「いいよ。ただ、俺たちは離れないといかんが」

 

「っ、何故だ!?」

 

「気持ちの問題かな。俺たちは勿論、向こうにとっても」

 

公孫賛自身はいざ知らず。

俺は袁紹本人を含め、袁紹軍から思い切り睨まれてる。

不協和音や言掛りの火種になること間違いなしだ。

 

何より、俺も姉さんも袁紹と共にって簡単には割り切れない。

 

「そんな訳だ。今までのこと、感謝する」

 

「そうか……」

 

公孫賛と袁紹の和睦はなった。

袁紹軍は幽州から手を引き、戦力の回復に日々を費やすことになる。

 

そして俺たちは、公孫賛の下を辞すことを決めた。

 

 




・両手突き
もろてづき。
某雛子さんを思い出す技名ですが、立派な極限流の技です。
ちなみに読みは同じですが、某雛子さんの方は「諸手突き」です。
2002タクマの、飛ばない覇王至高拳が元となった性能。

・田豊
真恋姫的にはオリキャラ。
袁紹軍の軍師で、真名は真直(まぁち)らしいです。

31話でも誤字報告適用しました。毎度、ご面倒かけております…。

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