武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
黄巾党の掃滅は終わり、俺は劉備軍と別れて曹操軍へと戻った。
別れ際に趙雲と再会を約束させられ、一悶着あったがまあ良かろう。
公孫賛についての情報も少し貰えたしな。
全体的に見ると、一応劉備軍への顔繋ぎと兵士たちへのフォローも多少なりとも。
関羽からは偉い睨まれてたが、戦後に武勇を褒め称えたら怒りながら照れてた。
ツンデレ乙。
だがその御姿、誠に眼福なり。
ああ、凪は一足先に曹操様への連絡役として返しておいた。
恐らくファインプレイだったと思う。
他にもちょっと足を延ばして諸侯チェックをしたけど、詳しくは分らなかったな。
金ピカと孫策は見かけたような気もしたが。
ともかく無事に曹操軍と合流し、そのまま陳留へと戻った。
そして、主要メンバー勢揃いの報告会に出席している。
* * *
「皆、ご苦労様。お陰で色々と収穫があったわ」
曹操様の御言葉である。
最大の収穫は、表向き名声やら風評などだろう。
裏側では、例の三姉妹なんだろうな。
詳しくは知らんけど。
さて、良い機会だから伝えておこうかな。
「ちょっといいですか?」
「あら、呂羽。何かしら」
機嫌のいい曹操様だが、どんな反応するかドキドキするなあ。
「そろそろお暇しようと思います」
「…なんですって?」
意を決して切り出すと、ギロリッと擬音が付くような凄い形相で睨まれた。
同時に場が緊張感で満たされ、周囲の温度も少し下がったような気がする。
ま、負けないぞ。
「以前から言っていたように、旅に戻ろうと思いまして」
「……ふ~ん、そう…」
おおう、緊張するぜ。
北郷君や凪がゴクリとつばを飲み込むのが感じられた。
「ま、仕方ないわね。結局誰も、引き留めることが出来なかったみたいだし」
曹操様が残念そうに言うと、場の空気も元に戻った。
良かった。
「真名も、誰も交わせなかったみたいだしね」
続けてそっと呟く曹操様。
あっとぉー…。
チラリと凪を見る。
凪と目が合う。
しばし見つめ合う。
言いたいけど言い出せない。
そんな感じだな、凪。
とりあえず目配せして、今は止めてもらおう。
「すぐ出るの?」
「あ、いえ。数日準備してから、と思ってます」
「そう。なら今回の褒賞は、餞別も兼ねて上乗せしておくわ」
「ありがとうございます」
わー、曹操様優しい。
溜めこんできた給金を加えれば、しばらくは楽に旅が出来そうだ。
「ああ、それと」
「はい?」
「明日の夜、宴を開くわ。必ず参加すること、いいわね?」
「承知しました」
曹操様への報告が終わり、会議がお開きになると色んな人に囲まれた。
北郷君を筆頭に、凪に李典に于禁に典韋と許緒。
典韋と許緒は北郷君にくっついてるだけかも知れんが。
「呂羽さん!また旅に出るって、何でですか!?」
これは北郷君。
いつの間にか、何かと良く話す仲になってた。
「客将になった理由と一緒さ。時期としては、丁度落ち着いたからかな」
元々、あの村に偶々立ち寄っただけだったからね。
諸国漫遊の旅かは分らないけど、理由は初志貫徹なのさ。
しかし北郷君と会えて、仲良くなれたのは良かった。
だから尚のこと、彼を世界から消す訳にはいかなくなったのだ。
努力は重ねようと思う。
黄巾党の乱が終わり、一応落ち着きを見せる。
だが、一瞬の平和は次の戦争への準備期間でしかない。
反董卓連合。
遠くないうちに起こり、戦乱の時代へと突き進むことになる。
そんな訳で、差し当たり次は洛陽を目指そうと思う。
その他、詳しいことは着いてから考えるとしてだ。
今はとりあえず、納得しきれてない北郷君と凪、そして李典や于禁たちとの質疑に対応しよう。
* * *
「リョウ殿、どうしても行ってしまうのですか?」
「ああ、最初から決めてたことだからな」
場面変わって何時もの修練場。
そこで俺は、武装した凪と正対している。
周囲には誰も居ない。
これは別に、凪が実力で俺を捩じ伏せて止めようとか、そういう訳じゃないぞ。
思うところがあって、俺から誘ってこうしてるんだ。
「それよりもだ。また凪に技を教えようと思う」
微妙な表情だった凪だが、そう言うとビシッと引き締まった顔になるのは流石だな。
だからこそ、ついつい教えたくなっちまうんだ。
今回、伝える技は幻影脚。
暫烈拳の足技版とも言うべき必殺技だ。
凪は蹴技に一日の長がある。
よって、これを伸ばすべきと思ったのは前回も同じであるが。
覇王翔吼拳を熱望する凪だが、大型気弾は消耗しやすく安易な連打はお勧めできない。
俺だって気力は無限じゃないのだから。
そんなこんなで、俺は凪に幻影脚の伝授に取り掛かるのだった。
「はぁぁぁぁーーーっっ」
「そう、その調子だ。身体の軸をずらさず、下半身に気を張り巡らせろ!」
暫烈拳と違い、幻影脚は上体をやや反らし、片足で立ったまま連撃を繰り出す。
バランス感覚が重要で、全体に気を巡らせた上で足先に纏わせねばならない。
相手に当てたら猛攻で削り上げ、最後は上段回し蹴りで吹き飛ばしフィニッシュとなる。
「ま、すぐには完成しないよな」
「はっぁ、はぁ……」
「でもスジはいい。修練を続ければ形になるだろう」
「は、はいっ」
良い返事だ。
さて、と。
「凪、少し休憩したら次に移ろう」
「はい、もう大丈夫です」
スッと一拍深呼吸をすると、すぐに落ち着いた。
体力も、いつぞやに比べて着実に増強されてきてるな。
「凪。俺に向かって、全力で闘気弾を放て」
「リョウ殿?」
「凪の闘気弾に対し、俺は覇王翔吼拳を撃つ」
「ッ!?」
そう言うや凪の目が大きく見開かれ、すぐに真剣な眼差しとなる。
最早言葉は要らず、気を高める準備に入った。
俺としてもこれは試金石。
凪が闘気弾の動作を始めてから、覇王翔吼拳を使うのだ。
最初のままだと絶対に間に合わない。
威力と共に、動作もまた調整してきた。
全てここで試させてもらおう。
* * *
「はぁぁぁっっ、闘気弾ッッ」
凪も闘気弾は改良していたようだ。
以前は纏った気を正面に集め、放つ前に溜めを必要としていた。
だが今回は動作手順こそ同じだが、直前の溜めを必要とせずそのまま放ってきた。
向かってくる、凪が放った純度の高い気の塊。
ゾクリ、と全身が粟立つ。
恐怖ではない。
ある種の楽しみと言うべきか、テンションが上がってくる。
ハイテンションを維持しつつ、弛緩させた両腕に気を集めつつ眼前で一瞬だけ交差。
すぐに腕を引き、両掌に集積させた気を乗せて、大きく広げて解き放つ!
「覇王翔吼拳!」
間に合った。
覇王翔吼拳は闘気弾にぶつかるも、すぐにこれを飲み込んだ。
威力とスピードは若干減じられたようだが、まっすぐに凪へと向かう。
「凪、耐え切れ!」
驚愕に目を見開く凪に対し、大声で注意を喚起。
ハッとした彼女は両腕に気を集め、交差してガードを固めて衝撃に備えた。
ズヴァァンッッと響く音と衝撃。
凪の衣がはためき、砂埃が巻き上がる。
砂塵が落ち着くと、彼女は防御姿勢のまま立っていた。
ちゃんと耐え切れたようだな。
「こ、これが……、覇王翔吼拳……!」
しかしダメージも大きかったようで、膝から崩れ落ちてしまった。
やべ、やり過ぎたか?
急いで駆け寄り、肩を抱きあげる。
「凪、大丈夫か!?」
「さ、さすがでした。私の闘気弾を掻き消し、なおこの威力とは…っ」
胸当てに少しキズがついてるな。
軽く咳き込んだりもしている。
やはりダメージは大きいと見るべきだろう。
「ジッとしてろ。とりあえず部屋まで運んでやるから」
「え?…きゃあっ」
ひょいっとお姫様抱っこして、翔乱脚の要領で小走りに駆け出す。
可愛らしい悲鳴を上げた凪だが、嫌がる素振りは見せなかったし大丈夫だろう。
役得、役得。
「呂羽…?」
凪を運んでる最中、誰かの呟きが聞こえた気がした。
次の目的地は洛陽。
幻影脚は浪漫。
覇王翔吼拳での削り倒し。の、三本でしたー!
もうすぐ陳留編が終わります。章分けはしてませんが。