武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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11 天地覇煌拳

「わあ、最新号の阿蘇阿蘇なのー!」

 

昼休憩がてら街を歩いていると、店舗の前で騒ぐ于禁に遭遇。

 

最新号の、何だって?

阿蘇阿蘇……火山情報誌か?

思わず興味が湧いて于禁の肩越しに覗いてみると、なんだファッション誌か。

 

そう言えば、于禁はイマドキの若い娘っぽい性格だったなーとぼんやり思い出す。

あとは軍隊式の新兵教育とか、何かそんなんがあったような気もする。

 

でも俺自身、軍隊には縁がないからよくわからないな。

せいぜい昔戦った相手に、衝撃波を放ってくるクールな軍人が居たくらいだ。

 

とりあえず、見付かると面倒な気がするのでスルーしよう。

 

「あ、お兄さんなの!」

 

そう決めた途端、見計らったかのようにグリンと首を回して俺を見付ける于禁さん。

光の反射なのか、眼鏡がキラリと輝いてちょっと怖い。

 

「や、やあ于禁。今日は非番か?」

 

「あっ……。そ、そうなの!」

 

何だ、ただのサボりか。

そうそう、李典と共にサボりの常習犯でよく凪に怒られてたな。

原作的な意味で。

こっちでもそうなんだな。

 

ま、敢えて指摘することでもないか。

一応、あとで北郷君には伝えておこう。

 

「そ、それよりお兄さん。ちょっとお願いがあるの!」

 

「ん、なんだ?」

 

「欲しいものがあるんだけど、今ちょっと持ち合わせがないの~……」

 

たかりか!

よし、あとで凪にも伝えておこう。

 

まあ付き合いも長いし、普段から世話にもなってる。

ここは一つ、買ってやるとするか。

 

 

後日、凪に凄く怒られたと涙目の于禁に詰られた。

南無ー。

 

 

* * * *

 

 

「兄ちゃん、そこの端材とってーな」

 

「ほいほーい」

 

ある非番の日。

偶然会った李典と、工作談義で大いに盛り上がった。

 

そのまま流れで李典の工房?を訪れ、何故かカラクリの製作に入ってしまった。

いや、実は俺も日曜大工を嗜んできたから興味あったんだよね。

これはもちろん、リョウ・サカザキの趣味から高じたものだが。

 

「そういや兄ちゃん」

 

「なんだー?」

 

トンカントンカンしながら李典が話しかけてくる。

彼女は常に、良い意味で気が張ってないから楽でいいな。

 

「凪に、なんかした?」

 

「あん?」

 

李典から唐突に、よくわからない質問が飛んできた。

 

「いやな、ときどき凪が変なんや。確か、兄ちゃんと修行を始めた日から、かな?」

 

ほう。

あれからちょくちょく一緒に修行して、研鑽を積んでいる。

しかし、特に変わったところはないように思うが。

 

「俺は分らんが、付き合いの長いお前がそう見えるのなら、そうなんだろうな」

 

「む、そっかー。大方、兄ちゃんと何かあったんちゃうかと思っとったんよ」

 

大方ってなんだ。

何かってなんだ。

 

「赤い顔して帰ってきてな?俯きながらぶつぶつ呟いてて、ちょお怖かったわ」

 

そう言えば、帰り際何か呟いていたような?

だけど翌日には何もなかったし、気にしなかったんだが。

何かあったんだろうか。

 

「確かー…トクベツトクベツ言ってた、ような…?」

 

「……、そうか」

 

あれか、真名を交換したせいか。

なるほどな。

 

「俺との修行中も、仕事中でも問題があったという話は聞かない。大丈夫だろう」

 

この話題は藪蛇に繋がる危険性がある。

さっさと止めよう。

 

「そっか、そやな。じゃあ兄ちゃん、このカラクリ。今日中に完成させるで!」

 

「おーう」

 

うまく撒けたので適当に返事をする。

水を差すのも悪いと思うので敢えて言わないが、絶対に無理だ。

この、カラクリ夏候惇人形……。

 

 

* * * *

 

 

「呂羽、勝負だ!」

 

「いきなりなんですのん?」

 

練兵場で素振りをしていると、夏候姉妹がやってきてそうのたまった。

いや、言ったのは姉の夏候惇だが。

 

「以前凪と組手をしただろう?それを聞いた姉者が私も!と、暴れてな」

 

「秋蘭。わたしは暴れてなどないぞ」

 

「そうだな。それで呂羽、ひとつ姉者と試合ってくれないか」

 

「えー」

 

「前回の打ち合い、凪との組手。いずれもお前は華琳様に褒められた。姉者はそれが気に食わないのだよ」

 

いや、そう言われてもな。

 

「秋蘭。わたしは別に気に食わないなどとは…」

 

「そうだな。それに私としても、お前の本気を改めて確認しておきたい」

 

こりゃ引くことはなさそうだ。

実力を、と言われるからにはそれなりの試合運びが必要なんだろう。

 

「呂羽。わたしと全力で打ち合え!」

 

「……夏侯淵?」

 

夏侯淵さんはコクリと頷くのみ。

左様か…。

 

 

一礼し、夏候惇と対峙する。

おう…、凪とは全くレベルの違う純然たる戦気だ。

 

しかし今回は前のように、突然すぎて様子見の打ち合いに徹する必要はない。

そう考えると、…うむ。

滾るな!

 

 

「本気でいくぞ!」

 

「本気で来い!」

 

互いに攻勢。

七星餓狼を振りかぶって突進してくる夏候惇。

刃筋を避けて左正拳から右正拳突きのコンビネーションを放つ俺。

 

ちなみに七星餓狼ってのが彼女のメイン武器。

大振りの刀のようなものの名前だ。

関係ないけど、”餓狼”に反応しちまうのは仕方のないことだよな、うん。

 

試合なのに真剣でいいのかって?

なに、当たらなければどうということはない。

よしんば当たったとしても、硬気で固めた箇所なら問題ない。多分。

 

夏候惇の見事な刀運びを避けつつ、先日夏侯淵と一緒に行った賊退治を思い出す。

然したる勢力じゃなかったからすぐに蹴散らせたが、課題が残った。

軍としてではなく、俺個人の課題だ。

 

覇王翔吼拳を実戦に投入する。

威力を減じ、溜めを少なくしたら行けるかと目論んだ。

 

しかし結果は大失敗。

そもそも両手で構えるという時点で隙だらけ。

全く駄目の駄目に終わった。

 

個々の力が弱い賊徒でも無理だったが、一対一の今の状況だと更に無理だ。

凪に見せると約束したものの、果たして調整が間に合うだろうか。

あの笑顔を裏切ることはしたくないのだが……。

 

 

「こら貴様、呂羽!集中せんかっ」

 

おっと、今は他事に気を取られてる場合じゃないな。

俺としたことが……。

本気で向かってくる相手に対して、失礼千万な所業だった。

 

「すまなかった。改めて本気で行かせて頂く。あと謝罪の意味も込めて、ひとつ大技を披露しよう」

 

「うむ、分ればいい。よし来い!」

 

ふっ。

実際に相対すると、なんとも清々しい。

これこそ夏候惇と言うべきか。

 

覇王翔吼拳は未だ調整中。

いずれは至高拳。

そして三連続やビーム状にまで昇華させるつもりだが、まだまだ遠い。

 

だから無い物強請りはせず、今ここで出せる本気をお見せしよう。

 

 

右手の気を拳に集中。

拳から手首、腕、肩を通して腰まで右半身に強い気を纏う。

右拳を腰溜めに置き、機を待つ姿勢へ。

 

「どうした。来ないなら、こちらから行くぞ!」

 

夏候惇が七星餓狼を大振り上段から振り下ろす。

これを半身になって避ける。

思ったよりギリギリでヒヤリとしたが、全て避け切ったところでチャンス到来。

拳を握り締める。

 

「一撃、必殺ッ!!」

 

天地覇煌拳。

 

カウンターで入れる、右半身のバネ全てを使った気力全開の正拳突き。

まともに入れば、簡単には立ち上がれない程の衝撃を与えることが出来るはず。

夏候惇は振り下ろした直後、つまり今こそが絶好のタイミングだった。

 

しかし、流石曹操様最愛の猛将は格が違った。

刹那に全力バックステップで勢いを殺し、致命打を避け切ったのだ!

 

 

まじかー。

 

これで避けられるなら、普通に当てるの無理ゲーじゃね?

でも流石、の一言で済ませるには悔しすぎる。

 

今は後ろ向きに転がってる夏候惇だが、どうせすぐに起き上がって来るんだろ。

かなり本気で気を込めたから、俺も相当疲れてるんだけどな。

しかし、次の手を考えねば……。

 

 

「春蘭さま~、秋蘭さま~!」

 

と、反対側から元気の良い声が響いてきた。

この声は許緒か。

 

「季衣、どうした?」

 

「あ、秋蘭さま。華琳さまがお呼びです!みんなを集めるようにって」

 

「むぅそうか、ご苦労だった。さて姉者、それに呂羽。聞いた通りだ」

 

「おお、華琳様がお呼びなら仕方ないな!」

 

仕方ないね。

一瞬で元気になる夏候惇が、とても眩しい。

 

「呂羽。いい勝負だったが、決着は次の機会まで預けておくぞ!」

 

「ははは。分かったよ」

 

うんうん、確かに良い勝負だった。

俺としては悔しさが残るものだったが。

 

さて、軽く汗を拭いて部屋に戻るか。

 

「?おい呂羽、どこへ行く。お前も来るんだぞ」

 

「へ?」

 

そんな俺を引き留める夏侯淵さん。

なんで?

 

「聞いてなかったのか?…軍議だ」

 

 




・天地覇煌拳
腰の入った超弩級の正拳突き。
当たると相手は気絶するが、しないこともある。

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