武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
「わあ、最新号の阿蘇阿蘇なのー!」
昼休憩がてら街を歩いていると、店舗の前で騒ぐ于禁に遭遇。
最新号の、何だって?
阿蘇阿蘇……火山情報誌か?
思わず興味が湧いて于禁の肩越しに覗いてみると、なんだファッション誌か。
そう言えば、于禁はイマドキの若い娘っぽい性格だったなーとぼんやり思い出す。
あとは軍隊式の新兵教育とか、何かそんなんがあったような気もする。
でも俺自身、軍隊には縁がないからよくわからないな。
せいぜい昔戦った相手に、衝撃波を放ってくるクールな軍人が居たくらいだ。
とりあえず、見付かると面倒な気がするのでスルーしよう。
「あ、お兄さんなの!」
そう決めた途端、見計らったかのようにグリンと首を回して俺を見付ける于禁さん。
光の反射なのか、眼鏡がキラリと輝いてちょっと怖い。
「や、やあ于禁。今日は非番か?」
「あっ……。そ、そうなの!」
何だ、ただのサボりか。
そうそう、李典と共にサボりの常習犯でよく凪に怒られてたな。
原作的な意味で。
こっちでもそうなんだな。
ま、敢えて指摘することでもないか。
一応、あとで北郷君には伝えておこう。
「そ、それよりお兄さん。ちょっとお願いがあるの!」
「ん、なんだ?」
「欲しいものがあるんだけど、今ちょっと持ち合わせがないの~……」
たかりか!
よし、あとで凪にも伝えておこう。
まあ付き合いも長いし、普段から世話にもなってる。
ここは一つ、買ってやるとするか。
後日、凪に凄く怒られたと涙目の于禁に詰られた。
南無ー。
* * * *
「兄ちゃん、そこの端材とってーな」
「ほいほーい」
ある非番の日。
偶然会った李典と、工作談義で大いに盛り上がった。
そのまま流れで李典の工房?を訪れ、何故かカラクリの製作に入ってしまった。
いや、実は俺も日曜大工を嗜んできたから興味あったんだよね。
これはもちろん、リョウ・サカザキの趣味から高じたものだが。
「そういや兄ちゃん」
「なんだー?」
トンカントンカンしながら李典が話しかけてくる。
彼女は常に、良い意味で気が張ってないから楽でいいな。
「凪に、なんかした?」
「あん?」
李典から唐突に、よくわからない質問が飛んできた。
「いやな、ときどき凪が変なんや。確か、兄ちゃんと修行を始めた日から、かな?」
ほう。
あれからちょくちょく一緒に修行して、研鑽を積んでいる。
しかし、特に変わったところはないように思うが。
「俺は分らんが、付き合いの長いお前がそう見えるのなら、そうなんだろうな」
「む、そっかー。大方、兄ちゃんと何かあったんちゃうかと思っとったんよ」
大方ってなんだ。
何かってなんだ。
「赤い顔して帰ってきてな?俯きながらぶつぶつ呟いてて、ちょお怖かったわ」
そう言えば、帰り際何か呟いていたような?
だけど翌日には何もなかったし、気にしなかったんだが。
何かあったんだろうか。
「確かー…トクベツトクベツ言ってた、ような…?」
「……、そうか」
あれか、真名を交換したせいか。
なるほどな。
「俺との修行中も、仕事中でも問題があったという話は聞かない。大丈夫だろう」
この話題は藪蛇に繋がる危険性がある。
さっさと止めよう。
「そっか、そやな。じゃあ兄ちゃん、このカラクリ。今日中に完成させるで!」
「おーう」
うまく撒けたので適当に返事をする。
水を差すのも悪いと思うので敢えて言わないが、絶対に無理だ。
この、カラクリ夏候惇人形……。
* * * *
「呂羽、勝負だ!」
「いきなりなんですのん?」
練兵場で素振りをしていると、夏候姉妹がやってきてそうのたまった。
いや、言ったのは姉の夏候惇だが。
「以前凪と組手をしただろう?それを聞いた姉者が私も!と、暴れてな」
「秋蘭。わたしは暴れてなどないぞ」
「そうだな。それで呂羽、ひとつ姉者と試合ってくれないか」
「えー」
「前回の打ち合い、凪との組手。いずれもお前は華琳様に褒められた。姉者はそれが気に食わないのだよ」
いや、そう言われてもな。
「秋蘭。わたしは別に気に食わないなどとは…」
「そうだな。それに私としても、お前の本気を改めて確認しておきたい」
こりゃ引くことはなさそうだ。
実力を、と言われるからにはそれなりの試合運びが必要なんだろう。
「呂羽。わたしと全力で打ち合え!」
「……夏侯淵?」
夏侯淵さんはコクリと頷くのみ。
左様か…。
一礼し、夏候惇と対峙する。
おう…、凪とは全くレベルの違う純然たる戦気だ。
しかし今回は前のように、突然すぎて様子見の打ち合いに徹する必要はない。
そう考えると、…うむ。
滾るな!
「本気でいくぞ!」
「本気で来い!」
互いに攻勢。
七星餓狼を振りかぶって突進してくる夏候惇。
刃筋を避けて左正拳から右正拳突きのコンビネーションを放つ俺。
ちなみに七星餓狼ってのが彼女のメイン武器。
大振りの刀のようなものの名前だ。
関係ないけど、”餓狼”に反応しちまうのは仕方のないことだよな、うん。
試合なのに真剣でいいのかって?
なに、当たらなければどうということはない。
よしんば当たったとしても、硬気で固めた箇所なら問題ない。多分。
夏候惇の見事な刀運びを避けつつ、先日夏侯淵と一緒に行った賊退治を思い出す。
然したる勢力じゃなかったからすぐに蹴散らせたが、課題が残った。
軍としてではなく、俺個人の課題だ。
覇王翔吼拳を実戦に投入する。
威力を減じ、溜めを少なくしたら行けるかと目論んだ。
しかし結果は大失敗。
そもそも両手で構えるという時点で隙だらけ。
全く駄目の駄目に終わった。
個々の力が弱い賊徒でも無理だったが、一対一の今の状況だと更に無理だ。
凪に見せると約束したものの、果たして調整が間に合うだろうか。
あの笑顔を裏切ることはしたくないのだが……。
「こら貴様、呂羽!集中せんかっ」
おっと、今は他事に気を取られてる場合じゃないな。
俺としたことが……。
本気で向かってくる相手に対して、失礼千万な所業だった。
「すまなかった。改めて本気で行かせて頂く。あと謝罪の意味も込めて、ひとつ大技を披露しよう」
「うむ、分ればいい。よし来い!」
ふっ。
実際に相対すると、なんとも清々しい。
これこそ夏候惇と言うべきか。
覇王翔吼拳は未だ調整中。
いずれは至高拳。
そして三連続やビーム状にまで昇華させるつもりだが、まだまだ遠い。
だから無い物強請りはせず、今ここで出せる本気をお見せしよう。
右手の気を拳に集中。
拳から手首、腕、肩を通して腰まで右半身に強い気を纏う。
右拳を腰溜めに置き、機を待つ姿勢へ。
「どうした。来ないなら、こちらから行くぞ!」
夏候惇が七星餓狼を大振り上段から振り下ろす。
これを半身になって避ける。
思ったよりギリギリでヒヤリとしたが、全て避け切ったところでチャンス到来。
拳を握り締める。
「一撃、必殺ッ!!」
天地覇煌拳。
カウンターで入れる、右半身のバネ全てを使った気力全開の正拳突き。
まともに入れば、簡単には立ち上がれない程の衝撃を与えることが出来るはず。
夏候惇は振り下ろした直後、つまり今こそが絶好のタイミングだった。
しかし、流石曹操様最愛の猛将は格が違った。
刹那に全力バックステップで勢いを殺し、致命打を避け切ったのだ!
まじかー。
これで避けられるなら、普通に当てるの無理ゲーじゃね?
でも流石、の一言で済ませるには悔しすぎる。
今は後ろ向きに転がってる夏候惇だが、どうせすぐに起き上がって来るんだろ。
かなり本気で気を込めたから、俺も相当疲れてるんだけどな。
しかし、次の手を考えねば……。
「春蘭さま~、秋蘭さま~!」
と、反対側から元気の良い声が響いてきた。
この声は許緒か。
「季衣、どうした?」
「あ、秋蘭さま。華琳さまがお呼びです!みんなを集めるようにって」
「むぅそうか、ご苦労だった。さて姉者、それに呂羽。聞いた通りだ」
「おお、華琳様がお呼びなら仕方ないな!」
仕方ないね。
一瞬で元気になる夏候惇が、とても眩しい。
「呂羽。いい勝負だったが、決着は次の機会まで預けておくぞ!」
「ははは。分かったよ」
うんうん、確かに良い勝負だった。
俺としては悔しさが残るものだったが。
さて、軽く汗を拭いて部屋に戻るか。
「?おい呂羽、どこへ行く。お前も来るんだぞ」
「へ?」
そんな俺を引き留める夏侯淵さん。
なんで?
「聞いてなかったのか?…軍議だ」
・天地覇煌拳
腰の入った超弩級の正拳突き。
当たると相手は気絶するが、しないこともある。