武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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オマケ IFルートその7 混沌マシマシばーじょん


Z9 飛燕爪破

赤壁の戦い。

 

同盟を結んだ呉蜀と魏との、意地と意地をぶつけ合った、まさに天下分け目の大戦。

しかし彼我の戦力差はまだ大きい。

だから孫呉が得意とする船戦で戦力差を埋めることにした。

また、黄蓋による偽降の計や連環の計など幾つもの必勝策を講じていたのだ。

 

しかし呉蜀の軍師たちが練った必勝策は、まるで知っていたかのように次々と破られてしまう。

まさか対策されているとは思わない呉蜀同盟軍は、崩れた均衡に為す術を持たない。

 

命を賭して孫呉のために戦った黄蓋は、策破れるも投降を拒み、今まさに討たれんと…。

 

そんなところに降って来る、空気を読まない空手天狗がいるらしい。

 

「ハッハァーー!飛燕爪破ァ!!」

 

「んなっ!?」

 

驚き声を発したのはその場の誰か。

この場合は魏呉蜀いずれも有り得るが、どうでもいい。

ダイジェストモノローグを漏らしてみたのは緊張緩和のため。

なんせ勢いよく飛び出したはいいものの、割とドキドキしてたから。

 

「何事か!?……な、なにをする!放せ、放さぬかッ」

 

さて、討死覚悟の将を勝手に抱えて助ける悪鬼の所業。

天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!

 

「食らえ、周泰!」

 

「は、はわわ!?」

 

密かに近寄ろうと試みていた、斜め後ろの忍者娘に放り投げて任務完了。

ちゃんと受け止めきれたか知らんけど、ある程度離れていたから大丈夫だろう。

 

さぁて、ワシの相手はどれかなぁ~?

 

「貴様……何者だ」

 

夏侯淵か、元気そうで何より。

 

「ワシは空手天狗!またも侵入者が居たようでな、顔を拝みにきたのよ」

 

秘儀、縄張りへの侵入者対策でやって来ました大作戦!

 

いや定軍山から赤壁って、天狗の縄張りはどんだけ広いんだよ…。

なんて、野暮なツッコミをする暇人も此処には居ない。

 

「……妙な奴め、ここで始末してくれる」

 

定軍山では会わなかったから初対面ですね。

この瞬間だけどうぞヨロシク。

 

「ふっふっふ。お主に出来るかな?」

 

「笑止!」

 

ホットに煽る口調は変わらずも心中冷静に。

こちとら王様じゃないからな、慢心したら命に関わる。

 

おっと弱気は禁物。

なぜならワシは、天下無敵の極限流継承者。

本気になったミスター・カラーテ、空手天狗なのだから!

 

「行くぞ!」

 

 

連続して飛んでくる矢を反らしたり掴んだり、攻撃は最大の防御と突進したら横から大振り攻撃。

三戦の型で受け止めてみると、おやおや夏侯惇が参戦か。

姉妹の最強コンビネーションだね!

 

なんて悠長に構えていると、何処かから気弾が飛んできた。

おお凪よ、久しぶりじゃのう。

 

「此処で会ったが百年目。成敗してくれる…」

 

凪の表情は冷静そのものだが、目が闇のように暗い。

あれ、凪ってこんなキャラだったっけ?

 

「…秋蘭様、春蘭様。ここは私に任せて下さい」

 

「だがな!」

 

「お任せを…」

 

「…分かった。行くぞ姉者」

 

まさかのサシ希望。

姉妹に睨まれながら見送って、改めて凪と対峙する。

 

「一人で足止めをする気とは見上げた根性、天晴よな」

 

「…黙れ」

 

こちらを見る眼差しは力強い。

しかし、暗い。

俗に言うハイライトが消えた状態。

 

「目に物見せてくれる」

 

そう言って両手を眼前で交差する構えを取る。

おお!?

これはまさか…

 

「覇王ぉぉ、翔吼拳っっ!」

 

ずばーんと突き出された両の掌から放たれる大きな気弾。

赤みがかったそれは、間違いなく覇王翔吼拳!

すごい、やるじゃないか!

 

「ぬぅぅん……覇王至高拳!」

 

でも覇王翔吼拳見てから覇王至高拳余裕でした。

至高拳で相殺して様子を見る……っと、これも見越して仕掛けてきたか!

 

「はぁぁぁ……飛燕旋風脚!」

 

「なんの!龍斬翔ッ」

 

 

* * *

 

 

「覇王翔吼拳を会得したところで、ワシに勝つことなどできぬわ!」

 

 

* * *

 

 

我ながら酷い話である。

それでも凪は、ものともせずに向かってきた。

激高せずに淡々と、しかし攻撃の端々に殺気を乗せて。

 

このワシについてくるとは、健闘と言っても過言ではあるまい。

だが力配分を考えなかったのか、最後は気力体力の限界を迎えて気絶してしまった。

やれやれ、無茶しおって。

 

倒れ伏した凪を横目に、改めて周囲を確認。

天狗と凪で無双乱舞した影響か、足場の艀周辺は藻屑と化して誰もいない。

感覚を研ぎ澄ませると、俺たちから少し離れた場所で戦局が大詰めを迎える気配がした。

 

ふむ……このままでは足場の艀も直に沈むだろう。

とりあえず、気絶した凪を抱えて跳躍……壁を駆け上がる。

 

昇った先で由莉たちと合流。

二人とも凄い形相だったが華麗にスルー。

ほら、今はちょっと時間ないからさ?

 

凪を白蓮に預けて、代わりに油壺を受け取る。

見渡す限り、繋がれた軍船は切り離されて孫呉の火計は成されてない。

 

詳細は不明だが、とりあえず魏の軍船を焼けばいいはずだ。

風も強く吹いてることだし。

由莉たちには火矢を頼み、当方は油雨を降らせる作業に入ります。

 

「ヒャッハー、火ァー!」

 

本日は孔明ちゃんの風、後に強く。

観測史上、最大級の火矢まじりの油雨が広範囲に渡り降るでしょう。

木造船は特にご注意くださいね!

 

 

* * *

 

 

さて、引き揚げようか。

天狗面はそのままに、ひとまず気を静めて二人を促す。

 

「詳細を希望します」

 

「流して済むと思うなよ?」

 

理知的に了承してくれたので、急いで片付けなど。

 

状況とかは移動中に確認しよう。

それで納得できるか保証はできんが。

 

「ところで楽進はどうするんだ?」

 

あ、忘れてた。

……とりあえず放置はいかんよな。

捕虜とするにも、何故俺がって話になるし。

 

「よし、連れて行こう」

 

「……本気ですか?(ギリッ」

 

お、おう。

おう?

 

何やらこちらに向かってくる影が一つ。

 

一応まだ空手仮面のままだ。

精神的には完全に俺へ戻ってしまったが、念のために。

 

「やはりこちらでしたか!」

 

シュバッと現れるは孫呉の宝・周泰である。

 

あの壁を登って来るとは、やるではないか。

だけど流石に疲れたのだろう、乱れた息を整えている。

 

「ひえっ!だ、誰ですかアナタはっ」

 

そして怯えられた。

咄嗟に白蓮の後ろに隠れる忍っ娘。

さっすが白蓮ちゃん、頼りになるぅー(

 

「はあ。それで周泰殿、ご用件は?」

 

俺に仮面を取る気が無いのを察し、由莉が話を進めてくれた。

めっちゃ睨まれとる。

 

「は!そ、そうでした。どうやら異端者が居るようなので、連れて来るようにと雪蓮様が!」

 

バレテーラ?

だがしかし!ここでノコノコと大人しく出頭する気なんて、

 

「分かりました。該当者を探して伝えておきます」

 

ないんだけど…、由莉があっさり是認。

白蓮も頷いている。

 

「よ、宜しくお願いします。それでは!」

 

再びシュバッと消える忍び娘。

そして辺りは静寂に包まれた。

 

……由莉と白蓮の視線が痛い。

 

沈黙は金なり。

それも時と場合による。

 

「し、使者を出してくれ」

 

「……は。して何と?」

 

「此処には斥候で来た者のみ。異端者などはいない、と」

 

「……それで宜しいので?」

 

ジトッと睨まれながら念押しの確認。

思い切り天狗面を周泰に見られたからな、不安なのも仕方がない。

だけど構わんだろう。

天狗が何者かは分からないだろうし、証拠がなければシラら切り通せる。

うん、問題ない。

 

 

* * *

 

 

ほら予想通り、再度の本陣から連絡は問題なし。

 

本隊は曹操様と野戦で決戦に及ぶので、シャオを補佐してこれに備えよ!

だってさ。

つまり、俺は此処に居る筈がないと証明された訳だ!

 

「指示がこちらに来てる時点でお察しですが」

 

久しぶりに由莉の口が悪い。

あと冷たい。

 

「自業自得だぞ」

 

知ってる。

白蓮も由莉程じゃないけど、不機嫌だな。

 

凪はさっき目を覚ました。

咄嗟に俺は物影に隠れたのだが、何故か由莉も追従。

 

よって凪の視界に入ったのは白蓮のみ。

 

「……負けた、か……」

 

感情のこもらない瞳で呟き、俯いて唇を噛み締める凪の姿が痛ましい。

白蓮が目と口パクで非難してくる。

由莉も……由莉は微妙そうな表情。

先日の吐露が脳裏を過った。

 

おっと、今は(天に滅せよ!)は関係ないぞ。

 

とりあえず場を混沌とさせるものアレなので、天狗面を外してカラテモードを完全解除。

ふう、完全に鎮まった。

 

だがこの姿を凪以外の現場要員に見られると困るので、早急に離れよう。

急いでシャオに合流するぞ。

いや、もうマジで急がないと使者に聞いたシャオが先に出立してしまう。

そうなりゃ目も当てられん。

 

と言う訳で、凪を運ばないといけないのだが…。

 

「どうする気ですか?」

 

由莉からのプレッシャーが酷い。

 

しかしこうなってはな、どうにもこうにも。

心の隙間に付け込むようで悪いが、やむをえん。

 

「凪」

 

スイッと凪の前に身を晒し、声をかける。

 

「……リョウ殿……?」

 

俺の姿を見付けると、少しばかり目に輝きが戻ってきた。

ハイライトの仕組みって謎だよね。

 

「これは、夢でしょうか……」

 

まだボンヤリしてるな。

だが好機到来、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「偶々通りかかってな。倒れてた凪を介抱したんだ」

 

空手天狗が赤壁から凪を抱えて来たけど、何かしらの理由で放置。

偶々見付けたのが俺たちで、知り合いだったので介抱してる。

でも一応は呉蜀側だから、捕虜とまでは言わないけどしばらく同行してくれると助かるよ。

そんなストーリー。

 

「…そうですか……ッ!あ、あの暴虐な……者、は…」

 

ぽやーっとした凪も可愛かったが、徐々に気力を取り戻して……いや暴虐って。

いやまあ、確かに言動は酷い奴かも知れないけどさ。

 

「楽進殿。とりあえず、あの唾棄すべき変質者はいませんのでご安心ください」

 

「……韓忠……そうか、すまない」

 

由莉は余程天狗面がお気に召さない様子。

俺だと知って尚あの反応。

凪を誤魔化すための演技ならともかく、本気で嫌そうな感じは演技とは思えない。

 

「随分と嫌われたようだな。慰めてやろうか?」

 

「白蓮……お前も嫌そうな顔してたじゃないか」

 

「あの姿は、見てて気持ちの良いもんじゃなかったからな」

 

……そうか。

まあ身バレしなけりゃ、今後は敢えて使う予定もない。

 

慕ってくれる二人だが、無条件で全てを受け入れてくれる訳じゃないんだなー。

いや当たり前か。

むしろ、無条件信任とかの方が危険な気もするし。

 

 

「──ゴミ屑を抹消出来ないのは残念ですが、楽進殿が攫われなくて何よりでした」

 

「むう、一体何がどうなったのか。あのような無体者の考えは分からんな」

 

「ええ、全くです。あんな卑猥な物体は灰燼に帰すべきです」

 

「…そう言えば、あの…天狗?が扱う極限流とは一体…」

 

「楽進殿。あれを極限流と認めてはなりません。隊長こそ至高でなければ…」

 

「確かにそうだな。…いつか必ず、あれを打倒してみせる!」

 

「その意気です。…ああ、やはり私は貴女が羨ましい」

 

「え?……いや、私こそお前の……その、立場とか……女性らしさとか……」

 

 

移動中、何やら由莉と凪の仲が雪解け。

要因が天狗仮面で、彼女たちにとって不倶戴天のナニカと認定されているのは誠に遺憾だが。

 

…まあいいか。

それより由莉は知ってて言ってる訳で、凪のことも考えると非常に後が怖い。

 

チラッと白蓮を見ると目が合った。

いや、実はずっと視線を感じていてな。

 

「…どうかしたか?」

 

「なあリョウ。お前、由莉を抱いたのか?」

 

わあ、白蓮ちゃんたら大胆!

以前なら恥ずかしがってドモッて結局誤魔化すようなことを、そんな白昼堂々と…。

成長したねえ。

 

「…リョウ?」

 

瞳に剣呑な光が宿る。

おっと失敬。

真面目に……まじめに、答えないといかんのかこれ。

 

チラッと由莉を見てみると、笑顔の彼女と目が合った。

めっちゃ聞かれとるやん!

何も言わないのは俺の口から言わせるためか。

 

聞こえてなかったのか、凪だけが不思議そうな表情。

それに対してゴニョゴニョと耳打ちする由莉。

止めろ、変なことを吹き込むんじゃない。

 

「早く答えろ。どうなんだ、リョウ」

 

しかし剣呑な白蓮ちゃんに迫られて由莉を止められない。

ああ、場のカオス化が止まらない。

 

 

* * *

 

 

「リョ、リョウ殿ッ……韓忠とは、その……義兄妹だったのでは……?」

 

何故か涙目で顔を真っ赤にした凪に詰め寄られているなう。

すっかり普段通りに戻ってくれて嬉しいよ。

 

「き、聞いているのですか!?」

 

聞こえてるよー。

ただちょっとスマン。

今は手が離せないんだ。

 

 

「まさか、こうもあっさり出し抜かれるとはな」

 

「ふふ。まさか抜け駆けなどとは言わないでしょうね?」

 

「それこそまさかだ。だが、やはり決着を」

 

「その必要はありませんよ。ええ、既に私の……いえ、最早言う必要もないですね」

 

「ふ、ふふふふ…、いい度胸だ!この公孫白珪が剣…受けてm」

 

 

「はいそこまでー!剣を出すな。由莉も煽るんじゃない!」

 

静かにキレる白蓮と煽りまくる由莉を止めねばならんのだ。

正面で二人を抑えながら、さらに凪の対応まではちょいと厳しい。

 

「楽進殿。確かに私は隊長を兄と慕いましたが、それが関係を持ってはならない理由にはなりませんよ?」

 

標的を凪に変えたのか、満面の笑みで由莉。

もうオマエ黙れ。

 

「やだ、お前だなんて……」

 

 

白蓮は沸騰。

凪は停止中。

 

カオス。

 

 

混沌マシマシ!

 

 

とりあえず色んな事は後に回して先を急ぐぞ!

 

「絶対、あとで詳しい話を聞かせて貰いますからね!」

 

表情に生気を取り戻しつつも、頬を若干赤らめる凪と──

 

「決着は、どちらと付けるべきだろうな…」

 

ハイライトのない瞳でぶつぶつ呟く白蓮と──

 

「とりあえずこんなもので。…残る問題は、あの仮面を……」

 

余裕の微笑を湛える由莉と共に駆ける駆ける。

ああ、女性陣と白馬義従は馬でな。

 

俺だけダッシュ。

イジメとかじゃなくて、その方が早いからだ。

 

ちなみに、白馬義従の皆さんは空気に徹してくれている。

誠にありがたい。

あとで何か奢るよ。

 

 

すっかり打ち解けた様子の女性陣だが、火種は彼方此方に転がっている。

いつ着火するか分からない危険物。

分からないなら気にしない方がいいよね!

 

 

さて、頑張って急いだお陰で何とか使者の到着前にシャオと合流出来た。

いや、最悪俺だけでもと龍虎乱舞の爆発力で先行したんだけど。

 

シャオと牛輔にはネチネチと嫌味を言われたが、なぁに些細なことよ。

 

ギリギリの時間差で雪蓮からの使者が正式に届き、シャオが軍を発す。

俺たちは遊撃部隊と言う名目で、実質は凪を匿うために本隊とは距離を置いている。

 

深くは考えてないけど、戦いが終わってから戻してあげればいいんじゃないかな。

捕虜ではないんだし。

 

……ところでだ。

何か嫌な気配を感じるんだが、気のせいかな?

 

「気のせいではないと思います」

 

気配探知の達人、由莉が言うなら間違いないな。

しかし具体的に何がどう、というのが分からない。

シャオにはこのまま雪蓮の指示に従ってもらって、俺たちはちょっと別行動しようか。

 

「それって軍令違反…」

 

うむ、まあ何とかなる。

何だったら白馬義従だけでもシャオたちと…

 

「断る」

 

ですよねー。

じゃ、凪も一緒に行こうか。

 

「あ、はい。……ところでリョウ殿」

 

「何かな?」

 

「…韓忠…殿、とは、その…どういったご関係で?」

 

由莉に敬称付けるようになったんだね、この短期間で丸め込んだのか?

それはともかく、まさかのストレートパンチ。

割と真剣な表情だが何を想像してか頬が赤い。

これはこれで大変可愛らしくて良いのだが、この流れはちょっと不味いぞ。

 

「最初は対峙して、次に従者で義兄妹の契りを交わして…ああ、弟子でもあるな」

 

順不同。

思い出しながら答えるが、そういや色々あったなあ。

 

「そして今では正妻(仮)ですね」

 

さらりと付け加える由莉は肝が据わってる。

まだ結婚した覚えはないが…。

 

「責任……」

 

そんな呟かれても困る。

いや、流す訳じゃないぞ。

 

「私は認めてないがな」

 

白蓮、参戦。

その辺の事も、ちゃんと話し合わなければならない。

下手すりゃ刃傷沙汰だ。

勘弁してほしい。

 

「さっ、流石に義兄妹で…その、致すのは、どうかと…思う、ぞ」

 

凪は先ほど以上に顔を真っ赤にさせ、言葉尻弱く咎めてくる。

想像しながら質問したくせに。

 

この発言に対する由莉の回答が…

 

「義兄妹は方便ですから」

 

こいつシレッと言い切りやがったー!?

 

ほら、凪も白蓮もぽかんとしてるじゃないか。

俺だってビックリだよ!

 

「そもそもは、隊長の行動が原因ですから」

 

原因とな。

笑顔の由莉が何故か怖い。

 

「ご存知かは分かりませんが、私は当初黄布党に属していました」

 

確かに、今となっては懐かしい。

そこの指揮官みたいなのをしてて、俺がぶっ飛ばしたんだ。

 

「そうですね。…そして、隊長に誑かされたのです」

 

ギンッと二対の視線が俺に刺さる。

た、誑かすとは人聞きの悪い。

 

「ああいえ、確かに言葉を間違えました。正しくは攫われた、ですね」

 

ちょっと由莉サァーン!?

 

「乱戦の中で身包みを剥がされ、抱えられ連れ去られるという恐怖。…ああ、実に懐かしいです」

 

そんな遠くを見る目で語らないでくれないか。

完全には間違ってはない気もするが、その言い方だと俺は完全に変態じゃない?

 

「次に目を覚ました時には、きつく締めていたはずのサラシが緩んでいまして……」

 

──これはもしや、と思いましたね。

 

なんて仰る。

もう止めて!既に俺のライフはゼロ間近よッ!

 

「その後は旦那様に引き取られ、今に至る訳ですが」

 

「…今に至る過程を詳しく知りたいな」

 

「出会いは最悪とも言えますが、今では早くに近付けて良かったと思っています」

 

──もし、近付けなければ……恨みに囚われていたかも知れませんね──

 

などと途中で白蓮が言ったことはガン無視し、綺麗な笑顔で言い切った。

白蓮の額に浮かぶ青筋が怖い。

 

流れも大分端折られていたが、由莉の気持ちをちゃんと聞いたのは初めてだ。

そうか、しかし…恨み、恨みか……。

 

「身包み剥がされ……リョウ殿まで、そんなことを……」

 

「ふふっ。隊長だって立派な男性、野獣なのですよ」

 

「まあ、ケダモノではあるな」

 

待って。

由莉もだが、白蓮のケダモノ発言はダメだろ。

凪がドン引きしてるじゃないか。

 

「だって天狗で…」

 

「分かった!白蓮、後で何か奢るから今は黙ってくれ」

 

「ん?今なんでもって言ったか?」

 

「言ってねえ!」

 

 

ぎゃあぎゅあ騒ぎながらも移動はしてる。

 

しかし由莉の過去と想いを聴けたのは収穫だったが、俺の株は落ちたな。

 

あまり口にすることはしないが、俺にだって虚栄心が無い訳じゃない。

特に白蓮と凪には、悪く思われたくはないのだが…。

もう遅いか。

 

 

* * *

 

 

澱んだ気配の下に駆け付けてみると、そこにあったのは蠢く悪意。

目に見えるほどの濃密な悪意は、ともすると蜃気楼のようで。

 

気の扱いに長けた凪や由莉は吐き気を催し、そうでない白蓮すらも顔色が悪い。

 

眼下に広がるのは、優に三百万は下らない軍勢とも言えない人の群れ。

対峙する呉蜀魏の三国軍、合わせて百万ちょっと。

 

これは不味い。

っと、駆け出そうとする凪を押し止める。

 

「何故止めるのですか!」

 

睨みつけて来る彼女の意思はとても尊い。

味方のピンチに対し、不利を省みず矢面に立つ。

まさしく、武人としてあるべき姿だ。

 

「故に、応えねばと思った訳だな」

 

「…リョウ殿?」

 

まあ、まずはそこで見てろ。

軽く合図を上げるから、その後で突入すればいい。

 

「二人も、いいな?」

 

「ええ。いつでもどこでも、常にお傍に」

 

「もちろんだ」

 

彼女たちの頼もしい声を背に受けて、対軍勢の一撃と言えばアレしかない。

ここまで温存してきた上、空手天狗の鋭意なる気流を思い起こせば不可能もない。

 

「本気で行くぞ!」

 

 

覇王獅咬拳!!

 

 

覇気ある王の獅子を咬む咆哮。

崩して言うなら極限ビーム!

 

ガオーッ

 

 

敵勢を薙ぎ払い、飛び込む。

そのまま鬼神山峨撃で空気の壁を殴って周囲に衝撃波。

 

後ろから凪、由莉、白蓮らが続く気配を感じつつ、悪意の群れを掃討していった。

 

 

* * *

 

 

掃討完了。

まだ幾らか残党は残っているが、左程間を置かず三国連合軍が殲滅することだろう。

 

「リョウ!」

 

やれやれ、終わったか。

なんて息をついていると、聞き慣れないセリフと共に由莉が抱きついてきた。

 

「うおっと…!」

 

豊満なる……母性が眼前に!

こ、これは中々の……はっ

 

「ほうほう、そうかそうか。つまり、そういうことなんだな?」

 

不穏な空気を醸しつつ、何かに納得している白蓮が超怖い。

 

「なんっ……韓忠、き…貴様……っ」

 

凪の顔は真っ赤だが、照れと共に怒りの感情も見て取れる。

由莉に対する怒りなのか、またその理由は何なのか…。

気にはなるが、ほぼ確実に藪蛇となるだろうから自重。

 

しかし凪はホントに初心だねえ。

興味はあるようなのに、なかなかどうして。

 

二人の様子を気にしていると、唐突に両頬をガシッと鷲掴まれて──

 

──ぐりんと前を向かされた。

 

正面で見つめ合う形になったのはもちろん由莉。

 

「せっかくの場面で、他の女を見るとは何事ですか」

 

それを力技で修正するのは良いのか。

とか思うが言い出せず。

何故なら口をふさがれたから。

 

「何も言わなくていいです」

 

物理的に言えない訳だがそれは…。

視線で空気読めと怒られる。

さーせん。

 

 

…ともあれ自身が招いた結果がこれならば、受け止めねばなるまいね。

既にやらかしたことは目を瞑るとしても。

 

「これで平和がやって来るのでしょう。ようやく、私の夢が叶います」

 

「ぷはっ……夢って?」

 

危うく窒息するところで、何とか空気を吸い込む。

それで、我が愛しの……ええと、夢とは一体。

 

「幸せで温かな家庭を築くことです」

 

にこやかに夢を語る彼女は、何時になく澄み切った感じ。

いや、普段が澱んでるとかじゃなくてね?

 

「あなたさまを、お慕いしております。末永く、お側に置いて下さい」

 

 

ふと気付いたらプロポーズ?されてた件。

順番逆じゃね?とか。

甲斐性なくね?とか。

色々思う所はあるけれど。

 

「ああ、宜しく」

 

とりあえず応えないといけないよねー。

 

唐突なラブロマンスに周囲は完全沈黙。

凪なんか口を開けて固まったままだ。

白蓮は、……何か黒蓮になってるから今は無視。

 

「黄巾に身を置いた時に、一度は夢を諦めましたが…」

 

独白は続く。

 

「貴方に拾ってもらえて……再び夢を見るようになり、近付くために策謀し……」

 

周囲の空気をガン無視し、由莉は潤んだ瞳で語り続ける。

己の世界に埋没してるのか、あるいはワザとなのかは解らないが。

 

「色々ありましたが、絆を得て世は平和を取り戻すでしょう。だからこそ──」

 

しかし、これはある種の爆弾。

導火線に火が着いたならば、いずれ爆発する。

 

「──二人きりで、暮らしましょう?」

 

──誰にも邪魔されない場所で、ずっとずっと……未来永劫二人きりで──

 

なんて声なき声で語る由莉。

ちょっと怖い感じになってるが……。

 

 

「はいはい、冗談も程々にしとけ……よ!」

 

そして爆発。

爆発とも思えないような、静かなソレ。

 

「おっと」

 

だが黒蓮、もとい白蓮が放つ突きは尋常になく鋭い。

それも軽やかにかわす由莉。

 

「黙って聞いてれば、調子に乗るなよ」

 

激おこ白蓮ちゃん。

珍しいね。

 

「邪魔しないで下さい白蓮殿。私と旦那様だけの問題ですよ?」

 

「お前の心象はどうでもいい。それよりもリョウ、何でも言うこと聞くって約束は覚えてるな?」

 

何でもとは言ってない。

まあ流れからしたら似たようなものか。

そう思ったから否定はしなかったのだが、早まったかな。

 

「よし、じゃあリョウ。私の夫になれ」

 

「……なんですって?」

 

ストレートぱーんち!

そういうセリフは華雄姉さんにこそ似合うと思うんだが。

 

 

「はいはい、痴話喧嘩は余所でやってちょうだい」

 

そこへ現れる鋼の救世主!

 

「さて……何で赤壁で行方不明になった凪が此処にいるのかしらね?」

 

救世主は新たな火種でもあったようだ。

 

「あ、華琳様!」

 

ようやく凪が再起動して、小さな覇王様へ挨拶。

そして赤壁からの推移とかをご説明。

 

 

「ふぅ~ん……まあいいわ。ところで…」

 

全体的に興味なさげに聞いていたが、まあ概ね納得してくれたのは良かった。

しかし唐突に眼力を強めてこちらを向く。

 

「あの空手天狗とか言うのは、貴方の知り合いかしら」

 

凪の説明と赤壁で見た武、それと俺の技に共通点を見出したらしい。

なんやかんやで今まで後回しにされてたけど、みんな思ってただろうそれ。

当然だが答えは決まっている。

 

「違う」

 

知り合いではない。

なんせ同一人物ですから!

 

曹操様はしばらく俺をジッと見詰めていたが、やがてフッと息を吐いいて表情を緩めた。

ヒュー、何とか乗り切れたか。

 

「とりあえずはいいわ。今はもっと大事なことがあるものね」

 

視線の先には凪。

 

「華琳様?」

 

「凪、ちゃんと捕まえておきなさいよ」

 

そう言って颯爽と去っていく曹操様。

いや、何を意味深な発言残してくれちゃってるんですか。

 

凪も何かを決意した目とかしてるし。

 

そして今まで空気を読んで黙っていた大元の火種たち。

 

彼女たちが何を言いたいかは大体分かる。

分かるが、とりあえず今はいいんじゃないかと思うんだ。

せっかく平和になるんだし。

 

「いいえ。私たちの戦いはこれからですよ?」

 

「そうだぞ。ちゃんと責任とれよ?」

 

「リョウ殿。また一から、手……手取り足取り、御教授願いますッ!」

 

 

オマエラ落ち着け、話せばわかる!

 

 

* * *

 

 

三国は連合して平和の維持に努めることを調印。

世は平和になった。

 

 

 

まもなく俺は、由莉を正式に娶った。

白蓮とも、よくよく協議して合意到達に成功。

 

 

そしてもう一人。

 

「リョウ殿!覇王翔吼拳の上に、先日の獅子が気の技があるのですね!?」

 

正式に極限流の弟子となった凪。

 

「打倒天狗……リョウ殿!必ず私が、あの不埒者を生け捕りにしてみせます!」

 

「ああ、うん。……頑張れ?」

 

「はい!」

 

キラキラと目を輝かせる凪の目を真直ぐ見られない。

内弟子となった彼女を含め、今は四人で同居している。

 

 

三国が連合して最初に行った布告は当然、平和宣言。

では二番目に出した布告とは?

 

それは……空手天狗の全国指名手配、である。

しかもデッド・オア・アライブ!

 

 

どうやら定軍山と赤壁でやらかしたことが問題となっているらしい。

曹操様を筆頭にした魏の方々に、呉の雪蓮と黄蓋、周泰あたりの動きが危険かな。

 

 

差し当たり、真実を知るのは由莉と白蓮のみ。

その二人の目が怖い。

 

「大丈夫です。私が守って差し上げます」

 

「大丈夫だ。約束さえ破らなければ、私は何も言わん」

 

どうやら俺は彼女たちに頭が上がらないことになるらしい。

自分で蒔いた種だし、まあ…うん。

受け入れよう。

 

でも二人にはもうちょっと仲良くして欲しいかも。

 

いや、別に普段から仲が悪い訳じゃないよ。

時々……時々ね?今みたいに張り合うことがあるだけで…。

そこまで望むのは欲張りなのかな?

 

蜀に行った牛輔は月ちゃんと詠とも上手くやってるらしいのに。

上手くやるコツを教えて欲しいもんだ。

魏の種馬と呼ばれる北郷君にも相談してみようか。

 

うむ、そうしよう。

 

 

「よーし、それじゃあ凪!俺の覇王翔吼拳を受けてみろ!」

 

 

これからも戦いは続く。

でもそれは、もはや乱世における戦いではない。

皆が皆、幸せで穏やかに生きるためのもの。

 

もちろん俺も、その一員であるために努力は惜しまない。

 

だから凪には悪いが、天狗の事は墓まで持っていく覚悟を決めた。

 

「もちろん生涯を添い遂げる覚悟です」

 

「生涯の共犯者ってことか。それも悪くないな」

 

まあ、そういうことだな。

でも何故かな……いつの日か、凪にはばれそうな気がする。

 

それでも今は気にしない。

なぜなら極限流は無敵だからだ!

 

「押忍!」

 




やや詰め込み過ぎましたが、これにてIFルートは終了です。
ただ、極限流も恋姫もあまり関係なく由莉とイチャイチャするのがメインでした。
後悔はしてませんが、強いて言うならもうちょい深掘りしたかったですね。

孫呉ルートを兼ねると、何故かヤンデレモードになったので自重。
それでも後半ヤンデルートに成り掛けたので若干修正。
おかしいな、そんな属性(ほとんど)ないはずなのに……。


・飛燕爪破
KOFのユリが使う技。
鳳翼の派生技、両腕を揃えハンマーパンチを振り下ろします。
モーションはジャンプ大パンチで、技名も家庭用からついたとか。
正直使ったことないです。


Z8話誤字適用頂きましたー。

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