Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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8. 黒い鳥

『アンノウンが雲から出た!! 方位2-7-3、距離45マイル!!』

 

 巨大な積乱雲を突き破り、漆黒の巨鳥が姿を現す。高度50,000フィート、速度1000キロを超している。その大きさから悠然と飛行をしているように錯覚してしまうが、その実あの巨体は亜音速でこちらに迫ってきているのだ。

 

『アンノウンなおも加速。速度1300、いや1400キロ、高度57,000フィート!!』

 

 そしてとうとう全身の姿が明らかとなる。人工衛星でありながら航空機に似た流線形の巨体は、灰色の積乱雲を背後にしても目立つ闇色にと染まっていた。なおも加速を続けるそれは、胴体後方部から遠めに見ても分かる蒼いジェットを噴射していた。ナガセさんも言っていた、大気圏外への脱出速度を稼ぐためのブースターだろう。アフターバーナーぎりぎりまで出力を上げているにも関わらず、レーダー上の巨影は距離を離すどころかどんどんと縮まっていく。

 

「大気圏外に逃げる気か……」

 

 速度が1500キロを超してもなお、アークバードの爆発的な加速と上昇は止まらない。一見すれば、戦闘空域からの急速離脱を図っているように見える。しかしこのまま手の出せないような高度まで逃亡をするだけなのか。何故かはわからないが、そうとは到底思えなかった。しかし超高高度に位置どったあいつに、何か隠し玉があるのか。

 凝視し続けるコクピットの後方上部。その遥か先に見えるアークバードの腹部が、確かに蠢く様を目に入れた。操縦桿を握り締める手に汗が浮かぶ。波打つような細やかな動きが、何フィートも離れているこちらにもはっきりと確認できた。そして不気味に鼓動する黒い底面部が、巨体の側方部に向けて何かを吐き出し始める。

 

『――警告!! アンノウン周辺に異なるレーダー反応を確認!!』

 

 吐き出された小さな黒点は空中にて橙色の光を灯していき、それぞれがぶつかることなく整然とした動きで態勢を整えていく。間違いない。あの黒点は深海側の艦載機だ。まるで末期のアークバードに取り付けられたフォーゲル射出口の如く、次々と底面部から黒点が吐き出されていった。

 

『アンノウン、中規模編隊を射出。艦隊方向へと向かっている!! サラトガ航空隊、1から15番機までは迎撃に向かえ!!』

 

 レーダー画面の点たちがまとまっていき、一つの帯を作り上げた。そのようにして形作られた機体の群れは、母艦であるアークバードから離れていく。束になって編隊を形成した連中が舵をきった方向は、オーシア第八艦隊が進行するエリアだ。奴らの獲物は、彼女たちなのだ。

 

 これが幽霊空母姫の手口なのだろう。積乱雲などの光学的に視認できないような空域から、中規模の編隊を人知れず射出する。奴はレーダーにも映りにくく、そして視認すらも行えない。そして気がついたら、いつの間にか敵編隊は攻撃目標の近くで十分な布陣を形成しているのだ。

 

「……空中給油機なんてもんじゃない。あれは、ベルカですらも成しえなかった飛行する長距離侵攻空母だ」

 

 後部座席から険しい声色が聞こえる。彼の言う通り、あのアークバードは空母の呼称に恥じない、以前の戦闘時を大きく上回る面制圧能力を手にしている。けん制程度に射出する4機のドローンとは比較にならない、二十を超す艦載機の群れ。そんなものを即時に敵地上空へ展開することが可能なキャリアーは、脅威以外の何物でもない。

 

「こちらウォードッグ4、AWACSの後退を護衛します」

 

 操縦桿を倒し、機体の向きを修正する。目指すは迫りくる艦載機の群れから退避するサンダーヘッド機。もはや電波妨害など効果のほども分からない深海の戦闘機軍が迫りくる中、戦闘空域をちんたらと飛んでいたらAWACSは抵抗する術がない。戦場を事細かにナビゲートするあれが落とされたら、ドミノ倒しのように戦局は悪化するに違いない。あれは落とされたらお終いの、この空域におけるキングなのだ。

 

『第八艦隊全艦、AWACSとのデータリンクを確認せよ。対空戦用意!!』

 

 サンダーヘッド機の横に付き、エンジン出力を少しだけ引き絞る。それと行合うようにして、僕たちの真横をサラトガ航空隊の機体たちが通過をしていく。何機もの連なったレシプロ機の編隊が当機の横を通過していくたびに、キャノピーガラスの中身へわずかながらも振動が伝わった。

 眼下にやや密集した陣形を組んで海上を進む艦隊の姿が目に入る。合計8隻の輪形陣中心部に旗艦サラトガが位置し、その周囲を各艦が囲み護衛する。彼らの後部上空まで退避をすれば、まず一安心といったところか。主戦闘域の艦隊前方からAWACSの奇襲を受けても、これほど戦域を外れていれば自力での離脱は十分可能だ。

 

『サラトガ航空隊、まもなく敵編隊との交戦区域に入る。当機管制下にて迎撃に当たれ』

 

 サンド島基地襲撃戦の時と同じく降下軌道から交戦区域に突入する敵編隊、そしてそれを迎え撃つヘルキャット隊。そして襲撃部隊の母艦は、もう遥か上空へと退避をしていた。キャノピー上部から見たアークバードの姿はかなり小さくなっている。もうあの高度まで逃げられてしまっては、手の出しようもない。

 

「離脱するための置き土産を残していきやがったか……グリム、あの空中空母に心当たりがあるのか?」

「……ええ。アークバード。ベルカ事変でラーズグリーズが確かに撃墜したはずでした。色や細かな形に少し違いはありますが、間違いないと思います」

 

 確かにあの日、腹に核弾頭を抱えたアークバードは、セレス海にて撃墜をしたはずだった。そして今、頭上を飛び大気圏脱出を図る巨大深海空母も、その見た目や性質はアークバードそのものなのだ。撃墜したものが平然と復活を遂げている、そんな俄かには信じがたい現象が現在進行形で目の前で起きている。

 流石は空にかかわる仕事に就いていたからか、ヒレンベランドさんはアークバードという名前を知っていた。兵器としての就航から点々と変化していった役割。時代背景によって兵器にも平和の象徴にもなった鳥。それらのことを、彼もそれなり程度には把握をしていたのだ。

 

「アイツは人間の都合に振り回された哀れな存在だ。化けて出たとしてもおかしくは無い」

 

 レーダー上ではとうとう二つの編隊が交錯していた。無線通信の向こう側では、刻々と変化する状況を見据えながらサンダーヘッドが各ヘルキャットに指示を送っているのだろう。このAWACSをもう少し離れた地点まで誘導をしたら、今度こそあの乱戦区域に飛び込むのだ。追加の援軍が認められないあの敵編隊を乗り切れば、とうとう敵の補給部隊の姿が露わになる。それを叩くことが出来れば、あの飛行空母の弱体化もあり得ない話ではない。。

 

『3番機までは突入後、敵部隊の後続隊を叩け。敵に空を広く使わせるな!!』

「いい管制だ。空戦ではどんな形でも良いから優位な状況を作り出すことが大切だ。普通は有利な布陣を作った方が勝つんだよ……まぁ普通はな」

 

 サンダーヘッドの指揮通り、突出した3つの機影は敵編隊の下部を通過して後方へ回り込もうとしている。合計15機の戦闘機による包囲陣を形成し、敵編隊に外周から攻撃を浴びせる。敵機の位置を事細かに把握をしているからこそ出来る戦法だ。

 そしてこの作戦では、艦隊上空に予備の戦闘機編隊が待機をしていた。前回のサンド島防衛戦で得た教訓として、別方向からの攻撃に対して予備の防御戦力を備えておくというものがある。現状では敵の別動隊がいきなり襲ってくる可能性は否定できず、艦隊上空に待機した戦闘機部隊はそれらへの柔軟な対応が求められていた。

 

『ウォードッグ4、貴機は艦隊上空に待機し戦況変化に備えよ。指示は追って伝える』

 

 サンダーヘッドの通信に短く了解とだけ返答した。そのまま機種の向きを傾けて、艦隊上空の周回軌道へと入る。エンジン出力をなるべく落として燃料消費を最小限に留めた。体にかかるのは戦闘機動に比べれば随分と緩やかなGだ。しかしそれで気が休まることなどまったくなく、いつ起こるかも分からない空戦に向けて精神が尖らせられていく。

 

『敵の動きが乱れたぞ。1から5番機は編隊から外れた機を、他はそのまま交戦継続せよ‼』

 

 無線通信の奥で起こる戦闘の推移は、少なくともこちら側が有利な状況で進行しているようだ。戦線拡大て伴う艦隊直掩機の戦闘参加は今のままでは起こりづらい。この勢いならば、敵編隊の殲滅後に当初の目的である海上の深海補給艦隊を叩くことは難しくはないだろう。だが、本当に順調に事が進んでいる等とは今までの戦いから考えるにどうしても想えなかった。

 遥か上空に位置するとはいえ、それでも当該エリアに留まったままの黒い影。はりだしてきた雲の切れ間に向けてキャノピーを見上げれば、その姿はまだまだ十分視認可能な高度にいるのだ。まだ戦況に関与してくる可能性は十分存在する。

 

「……後席へ、アンノウンの動きから目を離さないで下さい」

「了解だ。目視とレーダー、どちらでも追っている。どんなかくし球があるのか分からん以上、編隊や補給艦隊よりもよほどアイツの方が戦術的に重要だ」

 

 あれが、本当にアークバードの成れの果てなのだとしたら、もうひとつのかくし球を手の内に持っているのだ。アークバードがユークトバニアを核攻撃するために取り付けられた装備は、無人機射出口、近接防空火器。そしてもともとは弾道ミサイルを迎撃するための防御兵器である高出力レーザー砲まで備えていた。

 高出力レーザーという可能性が頭にあるせいか、あの巨体を見た瞬間からずっと背筋を薄ら寒くしている。今のところはただ高層に向けて退避をするだけでレーザーを使う素振りは見せていない。これが何らかの理由で発射していないのか、はたまた最初から保有していないのかは定かではない。

 

「……ウォードッグ4からグリフィン大佐へ。上空のアンノウンが海上のこちらまで何らかの方法を用いて攻撃してくる可能性は捨てきれません。常に頭上を警戒し、場合によっては散会する準備も行った方が良いと思われます」

『グリム少佐、それはかつてのアークバードが搭載していた弾道ミサイル迎撃システムのことか。そんなものが頭上から降ってくるなどごめん被りたいものだ。警告感謝する。そちらから兆候が見えたら即時伝えよ』

 

 一度海中に没したあの巨体が再構築されたとき、完全に破壊されたブースターも、原型を留めないほど攻撃を加えられた無人戦闘機射出口も、その双方が実戦登用に問題ない程度まで修復されているのだ。一度完全に破壊したはず、そのような安心感は、母艦であるあの巨体が積乱雲を突き破って出てきた瞬間から意味をなしていない。

 

『まあそこまで気を揉まなくてもいい。深海の船だけじゃなくて、我々艦娘側の船舶も近代兵器への耐性は持っている。レーザー照射の一撃で海の底とはならないだろう。むしろグリム少佐、君こそ頭上には十分注意をしろ』

「……ええ、わかりました」

 

 最新鋭の武器が効きにくく、大戦時のオールドライクなものが効果的な戦闘。オーシア南西部全域を守る第六艦隊が力業で封じ込めようとして上手くいかなかった理由がそこにあるのだ。大佐の言う通り、大戦時には影も形もなかったレーザー兵器など、彼女たちの船体に対してはまぶしいサーチライト程度の効果しかないのかもしれない。だがもしかしたらレーザー兵器が深海側に適応してしまったかもしれないし、それらが艦娘側を撃沈するに足る威力を持っているのかもしれない。一度考え始めたら、もうどこにも安心できる要素など無くなってしまった。

 

 相も変わらず、AWACSから受信したアンノウンのレーダー反応は上空70,000フィートという大気圏ぎりぎりの高度から発されており、なおもその高度は徐々に上昇していた。高度差の激しさゆえか、こちらと奴の間には南側から流れてきた雲が差し掛かってきており、向こうの姿が霞んで見えている。

 

『ウォードッグ4へ。アンノウンから新たに機体の射出を確認。ただ様子がおかしい。警戒しろ』

 

 ようやくおいでなすったか。サンダーヘッドの警告を受けて瞬時にレーダーサイトへと目をやった。僕たちの頭上にいる巨大な影の周囲に、僅かばかりに振れる小さな光点が映りこむ。それらがAWACSのデータ処理によって敵識別票が付加された。数は4、それぞれが母艦の周囲を周回軌道を描いて降下をしているようだ。

 

「……どういうことだ。なぜ連中は編隊を組んでいない?」

 

 降下軌道に入った彼らは、しかし一向に編隊飛行に移る様子がなく、てんでバラバラの方角を起点として地表を目指している。その速度は想定よりも早い。まとまっていない以上一気に潰すのは不可能だ。しかし、それならば。

 

「編隊飛行をしていないならば、各個撃墜するだけ!!」

『サラトガ直掩隊、敵の別動隊を迎撃せよ。ウォードッグ4、敵の一機を任せた』

 

 AWACSのお許しを頂いたからには、それ相応の仕事をしなければならない。失速しない程度で飛んでいた機体は、一気にスロットルを押し込んだおかげで目覚ましい勢いで速度メーターの値を上げていく。それと共に機首を斜め上へと傾けて、機体高度を目標地点を目指して引き上げていく。

 レーダー上を周回する敵機影は合計四機。分散したそれらのうち、一番近い場所にいる機体に向けて狙いを引き絞る。何をもって四機がバラバラになったかは分からないが、それでも艦隊直上に到達する前に撃墜にまで至ることは不可能ではない。

 

「前席、偏差だ!! 前方標的の周回軌道先、方位0-3-5へ修正しろ!!」

「り、了解ッ!!」

 

 後部席からの指示のままに、機体方向を現状からやや東側へと修正した。左方上部から円周軌道を描き降下を行う敵機との距離が狭まる。辺りを漂う雲から飛び出したその敵機体が、朧気ながら視認するまでに至った。接敵に備え、自然とミサイルの射出スイッチに指がかかる。

 

「……敵の動きがおかしい。おい、管制官!! 奴等の周回軌道が広がっている。周囲に別動隊の機影は確認できるか?」

『こちらからは確認できない。だが、確かに敵機体は艦隊直上ではなくそれを取り囲む大きな円周に展開しつつある』

 

 ヒレンベレントさんの指摘通り、この四機は艦隊を攻撃するどころかむしろ離れた地点に向けて各自降下を行っている。少なくともサンド島で見た急降下襲撃ではない。

 

『4機共に雲の下へ出たぞ!! 迎撃隊、各自撃ち――』

 

 サンダーヘッドの無線通信が終わる前に、眼下の輪形陣前方部に巨大な水柱が立ち上った。巨大船が犇めくその目の前で、それらを飲み込むかというほどの高さまで上がった水の塊が崩れ落ちる。彼らよりも上空に居ながら、その瞬間が目に焼き付いた。

 

「――ビスマルクッ!! 一体、何が起きた!!」

『わ、分からないわ!! 砲撃……いや、機雷!?』

 

 咄嗟に叫んだ指令を切っ掛けに、無線通信網が一気に騒がしさを増す。水柱が立ち上った地点には、幸い艦隊のどの船も位置していない。

 

『サンダーヘッド!! 先に算出した敵補給艦隊との距離は!?』

『49マイル、大戦時のすべての艦載砲の射程圏外だ!! 各艦、被害を報告――』

 

 その言葉を待たずして、眼下に二つ目の水柱が上がった。輪形陣前方部にいた護衛艦の至近距離で、その船体が水柱によって覆い尽くされる。

 

「な、何が……」

「……グリム。すぐに飛び回る敵機を叩き落とせ」

 

 何が起きているんだ。そんな疑問が浮かびきる前に、後部座席から声がかかる。

 

『こ、こちら駆逐艦オブライエン!! グリフィン提督、至近弾ですが船体への被害はありません!! 機雷でも、魚雷でもありません!!』

『サンダーヘッドより各艦、至急散開せよ。繰り返す、至急散開せよ!!』

 

 機雷でも魚雷でもない。そうなれば後は砲撃の着弾のみ。しかし敵の艦隊は遥か彼方。そんな砲撃なんていったいどこから、そしてどうやって回避をすれば――

 

「――聞こえているのか若造!! あの敵機を落とせ!! 奴が弾着観測を行っている!!」

 

 その怒鳴り声を浴びせられ、頭が内容を理解するよりも早く己の両手は操縦桿とスロットルの操作を再開していた。レーダーサイトに映る当機から見た敵機の相対位置は、さっきから大きくは変わっていない。ミサイルの射程圏内に捉えるのは、もう時間の問題だ。

 

「……頭が冷えました。ヒレンベレントさんは、何か気が付いたんですか」

「現在眼下の連中は砲撃されている。それは何処からか。補給艦隊じゃないとすれば、もう頭上からしかねぇだろう」

 

 艦隊の直上75,000フィートにて滞空するアークバード。奴はやはり退避をしたのではなかったのか。その黒く染まった腹の中に、今度は大戦時から引っ張り出してきた主砲を搭載しているとでもいうのか。あの怪物を黙らせるためには、その弾着観測を行っていると思われる機体たちを落とすしかない。悠然と飛行を続ける橙色の光点を正面に捉え、ミサイルのトリガーへと指を掛けた。

 

「あの4機が雲の下を出た途端これだ。あんなナリでも大戦時の兵器がモチーフになっているというのは本当のようだッ、クソまた来たぞ!!」

 

 再び吹き上がる水柱。今度はそれに混じって爆炎と煙までもが空へと上がった。炎と水がまきあがった地点には、つい先ほどまで至近弾を回避した一隻の駆逐艦があったはずだ。ただ水柱に飲み込まれたなどというわけはないだろう。グリフィン大佐の狂ったような大声に返答する無線通信は、まったく入る様子が見られない。

 

 水柱がはれた着弾地点に、煙と炎を噴出している船体の成れの果てが見えた。そうだ、あれは弾道ミサイル迎撃用のレーザーなどでは無い。艦娘の装甲すらも突き破るほどの、大戦時から蘇った大口径砲弾の一撃だ。

 

「サンダーヘッド!! アンノウンからの砲撃を確認しろ!! 発射地点は、おそらく高度75,000フィートのアンノウンだ!!」

『こ、こちらサンダーヘッド!! 早急に確認――いた!! 各艦に通達、アンノウンからの砲弾をレーダーに捉えた!! 着弾まであと25秒!!』

 

 砲火に晒される眼下の艦隊に対して上空の僕たちが出来ること、それはアークバードの弾着観測を阻止することだけだ。キャノピーの先に見える敵機――間違いなく弾着観測用の偵察機を射程圏内に捉えた。

 

「直掩全機!! 即刻周囲を旋回する敵機を撃墜しろ!! そいつらが弾着観測を行っています!! アーチャー、フォックス3!!」

 

 ミサイルの射出スイッチを押し込むと同時に機体全体がふわりと軽くなり、その直後に白煙を残しながら短距離ミサイルが獲物の元へと超音速で迫る。5マイル以上はあったミサイルとの距離はぐんぐんと詰められ、案の定戦闘機よりも随分と機動性の悪い敵偵察機は碌な回避行動もとれないままにミサイルの直撃を許した。機体の先で起こる爆発、そして飛び散る破片。キャノピーのすぐ近くを掠めて飛んでいくそれらに目をやることもなく、次の偵察機を見つけるためにレーダーサイト上へと目を移した。

 操縦桿を引ききって急旋回で次なる獲物へと機体方向を向けた。そして残る偵察機の処理を、後続の艦載機隊へ行うように指示を飛ばす。その視界の端で、更なる海面への弾着が沸き起こる。輪形陣前方に陣取る大型艦――戦艦アイオワの巨体が、更に巨大な水柱によって一瞬だけでも覆い隠された。

 

『Shit!! 至近弾を食らったわ!!』

『アンノウン、更に砲撃!! 着弾予想箇所をマーキングした!! 全艦、緊急退避!!』

 

 偵察機の動きから言って、無理に近づかなくてもスパローミサイルの射程圏内に入ったら射出した方が良いかもしれない。その勘に従い、機首角度を次なる獲物の進行先へと修正して、後席の仕事を待つ。

 

「スパロー、ロックオン!! 行けるぞ!!」

「了解、フォックス3!!」

 

 また一本、槍が白煙を吐いて彼方の獲物を食らわんと飛んでいく。その軌跡に目をやる最中にも、無線通信に飛び交うは海上の阿鼻叫喚とした戦況だった。止まらぬ成層圏からの砲撃、そしてその正確さ。マーカーで着弾位置を示されたとしても、三十秒に満たない残り時間で被害をゼロに抑えることなど無理なのだ。次なる砲撃は、アイオワの左舷を掠めて轟轟と爆炎を巻き上げた。それを視界の端に捉え、歯を食いしばる。

 

 たった今スパローミサイルの直撃を受けて橙色の偵察機が爆散し、この空域には最後の1機を残すのみとなった。サラトガ直掩隊の迎撃からすらも逃げきって見せたあの機体は、レーダーで見ていても他の機体よりも軽やかな動きで空域内を逃げ回っている。本配備に間に合わなかったためか、当機に搭載されていた誘導弾は撃ち切ってしまったスパロー二本までお終いだ。高さを生かして直掩隊の迎撃から逃げ続ける偵察機を叩き落とすには、至近距離からガトリング砲弾を浴びせるしかない。

 

『こちらサンダーヘッド!! 更なる砲弾、弾着まで30秒!! ジャミングの効果見られず!! ウォードッグ、奴を撃墜せよ!!』

「……直掩機隊、最後の一機を落とします。援護を頼みます!!」

 

 それまでの偵察機たちが囮であったかのような軽やかで鋭い飛行。その機体を灯す灯りの色は、蒼く輝いていた。奴を落とさない限り、砲撃の雨は止むことは無い。操縦桿を引いて蒼い偵察機へと機首を向け、スロットルを一気に押し込む。

 

『面舵一杯!! あの空中空母を屠るまでは、意地でも沈まない!!』

 

 うちの旗艦にああまで言わせたのだ。それを指揮する立場の人間としてみれば行動で答えてやるしかない。何機ものヘルキャットの追撃を速力に物を言わせて燕のように回避する蒼い光を、その後方からアフターバーナーを吹かすほどの急加速で追いすがる。レシプロ機基準の素早さなど、マッハ2をたたき出すジェットエンジンの前じゃ止まっているも同然だ。

 

『駆逐艦シャヴァリア被弾!! 被害を報告せよ!!』

『シャヴァリアよりグリフィン提督、機関損傷により航行不能!! サラトガさん達、早く避難――』

 

 時間がかかればかかるほど、眼下の被害は増加の一途をたどるだけだ。もうこれ以上やらせない。別方向からヘルキャット達が蒼い偵察機を取り囲み、上下左右への逃げ道は塞がれた。この広い空の中で、とうとうすばしっこい燕は檻へと捉えられた。最大出力で檻の入り口へと駆けつけ、檻の僅かな隙間から脱出を試みる機体をガトリング砲の射程圏内に捉えるのに、それほどの時間は要さなかった。

 

『砲撃を確認!! 予想ポイントへの着弾、残り28秒!!』

『機関急速、取り舵一杯!! 姿も見せない敵の砲撃に当たってやるほど、このビスマルクは甘くは無いわッ』

 

 下手に高速域で逃げきろうとして機動が散漫になった敵機を、照準の中央部に捉える。残弾600オーバー、砕き散らすにも十分すぎる。操縦桿上部のトリガーは、敵機の逃げ惑う暇もなく押された。

 敵機へ吸い込まれていく20 mm機関砲弾、そして着弾のたびに飛び散る黒い機体の破片たち。普通の機体ならば木っ端みじんに砕け散ってもおかしくは無い量を浴びせられながらも、その蒼いコアはしぶとく空中に残り続ける。残弾数300近く、僅か3秒間トリガーを引きっぱなしでもこの減り方だ。それでもトリガーからは指を離さない。その数秒間のマズルフラッシュの先で、蒼く光るコアへと更なる砲弾の雨を浴びせ続けた。

 

「アーチャー、ラストワン、キル!!」

 

もはや黒い外殻のほぼすべてが剥げ落ち、蒼く光る残骸は至る所から炎を巻き上げて、錐もみしながら大海原へと落ちていく。もうトリガーを押したところで、振動もフラッシュも起りはしない。異常な頑丈さも、弾倉すべてを使い切るほどの弾幕には流石に勝てなかったみたいだ。蒼い色に染まれば偵察機ですらこの硬さなのだから、今回は訪れなかった戦闘機タイプとの決着には、更なる決定打が必要になるだろう。

 

『こちらビスマルク!! 砲撃を回避!! 提督、そっちは!?』

「ウォードッグ4よりビスマルク、及びサンダーヘッド。最後の一機を落としました。上空警戒は続行してください」

 

 輪形陣後方部の巨大艦の脇で、着弾由来とみられる水柱が上がる。しかし通信の通り、その巨大艦――戦艦ビスマルクの船体からは煙や炎はまったく上がってはいない。その様子に、安心感からかため息が出てきてしまった。

 

『……新たな砲撃は見られず。アンノウン、高度80,000フィートからさらに加速、大気圏外へと離脱した』

「グリム、アンノウンの上昇速度が上がった。奴さんも、ここまでのようだ」

 

 そう報告するヒレンベレントさんの声色は、戦闘時とは比べ物にならないくらいに軟らかかった。歴戦のエースパイロットの彼だからわかるのだろう。取りあえずは、現状の脅威は去ったのだ。目視も難しい領域まで上昇し、そのまま地球の周回軌道へと向かうアークバード。その最悪な置き土産は、ようやく止んだのだ。

 

 しかし受けた被害は甚大だ。視線を海上へと落とす。船体中央部に被弾して轟沈間近の一隻の近くに、無事だった他の駆逐艦が救助活動のために近づいている。そのほかにも、自力航行が不可能になった駆逐艦、そして艦隊の中で最大火力を誇るアイオワさえも左舷部被弾で停泊を余儀なくされている。

 作戦行動に参加をした全六艦のうち、その半数が被弾により戦闘不能に陥っているのだ。本来の作戦は、この先に控えている補給艦隊を殲滅すること。しかし現状の被害の大きさでは、作戦続行など不可能に近い。それに駆逐艦オブライエンの喪失は、それだけでも作戦継続能力の著しい欠如を示している。

 

『……空母サラトガ艦長、グリフィンより各艦へ通達。本作戦は中止。繰り返す、本作戦は中止。動ける艦は、航行不能艦の救助へ向かえ!!』

 

 だからこそ、グリフィン大佐の判断は全く持って当然のものだ。ここからさらに空母と巡洋艦数隻を擁する艦隊と戦う余力は、我々には残されていない。むしろ向こうから打って来られる前に離脱をしなければ、この被害は加速度的に広がるだろう。撤退は止む無し、僕が大佐の立場でも早急に伝えるだろう。

 

「……帰ろう、帰ればまた来れるから。昔のノースポイントの軍人が言った言葉だそうだ。奴らはジョーカーの内を見せたんだ。やり様はある」

「そう……ですね。アークバード……また、あの鳥を落とさなければならないなんて」

 

 そのまま機首を艦隊とは反対側へと向けて、その先で待つサンダーヘッド機を目指す。切られたジョーカーは、相変わらず相手の手札に収まったままだ。こちらは、そのジョーカーの内容を知ったうえで、それを引きちぎってやる必要がある。空を浮かぶ黒い鳥、その腹に大穴を開ける方法。今はそれだけを考えよう。

 

 こうして、幽霊空母姫と初めて遭遇した北太平洋掃海作戦は、第八艦隊主力隊の一方的な被害により完全な敗北となった。




諸事情により架空のアメ駆逐艦娘を出しましたがちょい役なので大目に見ていただければ

グラーフ君、君もサンド島へ、行こう!!
その前に、当鎮守府に、来よう!!

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