Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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6. 高層の檻

『タイプ蒼との交戦を許可する!! グリム、北西から巨大な積乱雲が接近している!! 乱気流に巻き込まれると厄介だ。戦線をこちらへと引き込め!!』

 

 おやじさんからの通信通り、目も前にはかなり巨大な雲の塔が見えていた。40,000フィートという高度すらも易々と超えうる、大きな積乱雲だ。そしてその巨大な壁を背景にして、獰猛な蒼光が煌いた。

 僅かに視認できる蒼い光をキャノピーの正面に捉え、スロットルレバーをゆっくりと押し込む。機体の加速に引きずられるように体がコクピット席に押し付けられ、速度メーターの値がぐんぐんと上昇する。ヘッドオン、段々とはっきりとしてくる蒼い光は寸分違わずにこちらへと向かう。僅かコンマ数秒の世界で、落ちるか否かが決まる。ガンの射程内まであと僅か。スイッチに置かれた指に力を込めた。

 

「――エンゲージッ!!」

 

 叫び声と共にマズルフラッシュがキャノピー端に映りこむ。曳光弾の軌跡が豪速で射線上を描き、その先端が蒼い敵機へと殺到する。しかしそれらは目標に掠りすらもしなかった。敵機影の姿は、視界の中心部から彗星のようにして蒼い軌跡を描いて一気に死角へと消え失せる。本能のままに操縦桿を傾けてロールし、視線をキャノピー上部へと向けた。バレルロールで射線上から急速退避した敵機が、今度は此方へと機首を向けようとしている。

 

 一気にスロットルレバーを押し込み、エンジン出力を最大限まで高める。急加速に悲鳴を上げるF-5E、そのコクピットから見えた蒼い深海戦闘機の機首が火を噴いたのを確かにこの目で確認した。敵の赤い曳光弾がキャノピー上部を通過し、機体の後方へと流れ去っていく。急加速をしていなかったら今頃ハチの巣だ。そして敵機の本体が至近距離でF-5Eと高速で行合う。まるで不気味な生き物かのようなフォルムの機体が、一気に機体後方へと駆け抜けていった。

 

「9、12番機。奴の動きは橙色とはまるで違う!! 蒼い光から目を離すな!!」

 

 機体正面からの機関砲掃射もけん制にすらならない。今度はエアブレーキを最大限効かせて操縦桿を大きく引いた。意識を持っていかれそうな重力加速度が複数方向から体へと襲い掛かるが、全身の筋肉に力を込めて意識の消失だけは何としてでも阻止をする。再度機体正面に捉えた敵機の姿。先ほどとは異なり的を絞らせまいと上下左右にせわしなく揺れる機体に向けてF-5Eを走らせた。

 

 レーダーサイト上では、こちらの援護要請に応えた二機のヘルキャットが正面方向から接近していた。彼らに同じ戦法で引っ掛からないよう、無線通信へ向かって全力で叫んだ。

 

「二機とも進路はそのまま、当機と敵機の射線に注意して当機の後方へとついて下さい!!」

 

 一瞬で視界から消え失せるほどの機動力を持った相手とのヘッドオン態勢なんて自殺行為でしかない。この後に控えるヘルキャットとの接敵の瞬間には、絶対にさきほどと同様斜め上方からの機銃掃射で迎え撃つだろう。ならばそれを利用し、接敵の瞬間に敵機の急機動を最大限妨害して、こちらに有利な戦形へと早急に持っていく。

 

『えんげーじ、なう!!』

 

 至近距離まで迫った二機のヘルキャット、それを前にした蒼い敵機が仕掛けるその一瞬。リボルバーカノンのスイッチを目いっぱい押し込み、機関砲弾を一気にばら撒く。その射線は敵機の左斜め上方向、先ほどのバレルロールを行おうとしたら直撃するエリアだ。案の定寸前で機体の動きを戻す敵機を確認し、大きく息を吸いコンだ。

 

「機関砲一斉射!!」

 

 味方の射線から離れるために少しだけ高度を下げた後に、無線で僚機に指示を飛ばす。残弾数はもうそんなに多くは無い。ここで一斉に仕留めなければ、このF-5Eは戦場を逃げ回るだけの囮になり下がるだろう。

 スイッチを何度か小分けにして押し込む。機動を何通りかに修正して砲弾の群れを標的にむけて射出する。敵機の斜め左右前方、そして後方から、一斉に機関砲弾の群れが襲い掛かった。何発もの味方の曳光弾の光がキャノピー上部を掠めていき、弾幕の密度を物語る。

 

「敵機の被弾を確認!! しかしまだ撃墜にまでは至ってません!!」

 

 機銃掃射をしながら頭上を高速で駆け抜けていったヘルキャットたち。彼らの銃撃に晒された蒼い敵機は、確かに一斉掃射の最中に被弾と思わしき火花を上げ、そして現に機体一部から炎が上がっている。しかしそんな満身創痍の筈なのに、爆散しないどころか速度を一切緩めようともしない蒼い敵機は、その機種を一気に下へ傾けた。

 あれは化け物か、そういう唖然とした焦燥感に歯を噛みしめる。そして追いすがろうとこちらも機首を下に傾けた時、その視線の先にあったものを見てさらに焦りが湧き出てきた。

 

「高層雲か……!!」

 

 高度25,000フィートまではりだした大規模な雲海を目指して、蒼い敵機は猛然と加速した。それに追いすがろうとエンジンの出力を上げ、更には急降下状態による加速が加わっても、その差は全く埋まる様子が見られない。速度メーターの数値は優に900 km/hを越しているにもかかわらずだ。いくら急降下中とは言えども、レシプロ機離れした高速性と頑丈さに息を呑んだ。

 そして結果的にリボルバーカノンの射程圏内に捉えることすらもできないまま、不透明の雲海へと蒼い敵機は猛スピードで突入した。その方角には、急降下中の敵編隊とそれを迎え撃つヘルキャット隊の空戦領域、そしてさらに先にはサンド島基地が控えている。黙ってみていればそのまま戦線が崩壊する可能性すらも考えられる。目の前に迫った雲海を前にして、選択肢は一個だけだった。

 

「ウォードッグ4、高層雲に突入します!! 基地司令部、敵機の位置を随時伝えてください!!」

『なっ……無茶だ!! 雲の中で視界内戦闘なんて危険すぎる!! 即時撤退を――』

「敵機の方角はサンド島に向かう爆撃機編隊です!! 奴に迎撃を阻害されたら基地がやられる!! おやじさん、指示を!!」

 

 おやじさんからの回答が返ってくる前に、F-5Eは雲海へと差し掛かった。雲の上とは全く異なる環境が機体へと襲い掛かる。途端に強くなる機体の揺れ。急激な上昇気流に差し掛かれば、まっすぐに直進することは敵わない。白く薄暗くなった空間の中、キャノピーに水滴が叩きつけられては高速度によって弾き飛ばされていく。その濡れた防弾ガラスの向こう側に、薄暗い雲海の中で蒼く光る機体の姿を捉えた。

 

『高度22,000フィート、双方共に雲海の中か。入ってしまったものはしょうがない、敵機の位置をエスコートする。方位2-4-0、距離3500フィート、速度930キロ!!』

 

 増槽のおかげか、燃料はまだまだ半分は残っている。メーターをわき目で確認し、アフターバーナーへと移行する。降下速度が一層上昇し、段々と蒼い光との距離が短くなる。自身の蒼い光で照らし出された敵機本体の姿が、灰色の世界に浮かび上がった。三方からの機関砲斉射で発生した機体の炎上は、叩きつけられる雨や水滴によって消し止められている。そしてそれほどのダメージを負ったはずの敵機は、この高速域においても機体分解などせずに一直線で飛行を続けている。その敵機までの距離は、リボルバーカノンの有効射程に着々と近づきつつあった。

 

『距離2800フィート、まもなくガンの射程内。照準合わせに際し、上昇気流に気を付けろ!!』

「了解!! 敵攻撃編隊の迎撃状況は!?」

『残りは戦闘機四機、爆撃機六機。雲を出た先で戦闘中だ』

 

 迎撃部隊の戦闘空域は、高度にしてこちらと同程度。そこまで到達すると敵機の下降が緩やかになった。やはり狙いは本隊か、距離をじりじりと詰めて照準に捉えた機体を睨みつける。

 その瞬間、蒼い光が急激に高度を上げた。まるで瞬間移動をしたような動きを前にし、瞬間的にエアブレーキを掛けて操縦桿を引き込む。失速覚悟の急機動に視界が暗く染まり、そのままキャノピー上部へと視線を向け、敵機の場所を探そうとした。しかし直後に、機体全体を押し上げるかのような強い衝撃がかかった。そして高度計の値が機体の姿勢から考えたら異常な勢いで上昇した。そこまで来て正体に勘付き、冷や汗が垂れる。

 

「乱気流だ!! 視界から敵機をロスト!! 位置は!?」

 

 何とかして失速寸前の機体姿勢を安定化させ、巡航速度へと回復させる。雲の中という異常気象を使われたのだ。その上オーバーシュートをさせられたか、すぐに後ろを振り返るが特徴的な蒼い光は全く見られない。ならば上か、それとも左右か。

 

『下だ、下にいるぞ!!』

 

 もはや咄嗟の操作だった。限界まで操縦桿を倒して機首を下げ、エンジン出力を最大まで上げた。そしてその直後、これまでの飛行で経験したことのないような激しい衝撃が機体全体を揺らした。乱気流のせいなんかじゃない。もしやと思ってキャノピー左後方を見れば、左主翼の先端がもがれていた。

 

「くそ、被弾した!! ここで撃ち墜とされるわけには……!!」

『グリム!! 奴の狙いは迎撃部隊じゃない、君だ!! すぐに雲海を離脱せよ!!』

 

 左翼端の増槽ラインを遮断し、操縦桿を右側へ傾けた。こうでもしなければそのまま半時計周りに錐もみしながら墜落は免れない。そして低空領域から機銃掃射を仕掛けてきた敵機は、今度はピッタリと後ろへとついた。増槽を失ったことで燃料メーターの数値が大きく減少している。アフターバーナーを吹かせながら高速で離脱するのは絶望的だ。

 何とか敵の射程圏外を保ちつつ、低高度へと機体を移していく。雲がだいぶ薄くなり、その先に大海原の姿までもが朧気ながら視認できた。

 

『迎撃には粗方成功した。手の空いた迎撃隊の一部をそちらへ回した。それまで何とか持ちこたえろ!!』

 

 とうとうF-5Eは雲を飛び出し、再び青々とした海の上へ脱出できたようだ。しかしいくら乱気流が無くなったとはいえ、翼端破損による異常振動は収まるはずもなく、また燃料ラインの遮断機構にもダメージがいっているようだった。燃料残量の値が、想定よりも速いペースで減少をしている。そして振り返ると、蒼い光までもが雲海を脱していたようだ。

 

「燃料ラインにも被弾でダメージ有り!! 現在残り燃料わずか、これ以上の戦闘機動は困難――」

『こちらレーベレヒト。提督の機体は今何処にいるの?』

 

 割り込むような上位回線が無線へと乱入した。冷静で落ち着いた声に間違いはない、この通信は名乗り上げられた通り駆逐艦レーベレヒト・マースから発信されている。

 

「サンド島北部方位0-1-5、距離2マイル!! 南西の対空戦は――」

『僕とマックスは北東の空襲の応援でこちらへ来たんだ。こっちの位置をサンド島司令部から転送してもらうよ。僕たちも、非力ながら対空防衛陣として働ける』

 

 直後にレーダーサイトの上に、点滅するポイントが表示された。それは此方の位置からすれば、もう目と鼻の先といって差し支えない距離にあった。減り続ける燃料の残量、両者共にある程度の被弾をしている当機と敵機、そして海上に展開された二隻の海軍艦。操縦桿を握る手に、また沸々と力が湧いてきた。

 

『あと三分でヘルキャットが来る!! それまで駆逐艦の上空にて持ちこた――』

「レーベレヒト、マックス。援護を、そして戦闘後の回収を頼みます」

 

 これ以上戦闘機動を行ったら、こんなわずかな距離でも飛行場に戻れるかも怪しい残量しか残ってはいない。だからこそ、ここで一撃で決める必要がある。敵機に一度は開け損ねた致命的な風穴をもう一度開けてやる。そのためのチャンスはもう一回しか残ってはいない。基地司令部からの通信を遮断し、残りの燃料を顧みずスロットルを押し込んだ。

 海上に展開された駆逐艦の姿を視認し、その上空を通り過ぎる。手を離せば錐もみして落ちかねない機体に最後の鞭をふるい、大周りで旋回軌道へと入る。その間にもぐんぐんと機体の高度が落ちていく。駆逐艦からの対空射撃が届く高度3500フィートにおいて、巡航軌道へと戻す。もう燃料計は僅か、最後のヘッドオンが終われば勝とうが負けようが、この機体はただの滑空するグライダーになり下がるのは明らかだった。

 

『了解よ。何時でも撃てます。指示を』

「まだだ、あと少し――」

 

 蒼い光をまた正面に捉えた。幸い、リボルバーカノンにはわずかながら残弾がある。残り距離およそ3000フィート、もう射程範囲の目と鼻の先だ。

 

「――両艦、目標の左右と正面に対空射撃開始!!」

『了解、Feuer!!』

 

 眼下の駆逐艦が火を噴き、敵機の左右と正面に高射砲弾が襲い掛かる。面制圧、動ける範囲を極限まで減らす攻撃に対して、それすらも巧みな機動力によって突破してきた蒼い深海戦闘機。その姿を、これまでで最も接近した位置において照準に捉えた。

 

「全弾発射、弾切れまで撃ち切る!!」

 

 僅か数秒間、リボルバーカノンの射出スイッチを押し続けて機関砲弾の雨を浴びせまくる。曳光弾で指示される軌跡が敵機へと殺到し、最小限の動きで逃げようとする深海戦闘機にいくらかが直撃した。そしてとうとう、スイッチを押し込んでもマズルフラッシュは表れず、本当の意味での丸腰となり果てた。

 機関砲の着弾寸前に、向こうからも射出された機銃掃射がこちらの機体を掠めていく。その砲弾の群れを、機首を下げてやり過ごす。執拗に眼下の駆逐艦から続く対空射撃に阻害された敵の機銃掃射は、狙いも何もつけられたものじゃなかった。そして、機体のあちこちから煙と炎を上げた蒼い深海戦闘機は、とうとうその機首を此方から遠ざけた。

 

「……これでも致命弾は無し、か。敵タイプ蒼、撃退しました。敵機は基地とは逆方向の雲中に逃走しました」

 

 機体制御と燃料双方のアラームが鳴り響くコクピット内で、そのまま炎をまとったまま上空の雲海へと突き進む蒼い敵機を見送る。その進行方向はサンド島でも迎撃部隊でもなく、北方方面の高層雲の中へと消えていった。

 

『……全く無茶をする。空襲については全機撃墜が完了したよ。機体の状況は?』

「残弾、燃料共に無し……仕方がありません、ベイルアウトします」

 

 おやじさんの安心したような声を聴いて、こちらもホッとした。もう死に体のF-5Eから鳴る様々なアラーム音が無線を通して基地司令部へと伝わる。この機体はもう1マイルだって飛べやしないし、高度3000フィートを切った現状じゃ滑空着陸もままならない。

 そのままエアブレーキを掛け、滑空姿勢になった機体を減速させる。巡航速度から見ればかなりの低速域で、緩やかに機体は下降を続けた。最後にコックピット内をぐるりと見まわす。倉庫でほこりを被っていた頃から一人の整備士として何度か点検をしていて、その飛ぶ姿を見てみたいと思っていた。それがまさか、自分が飛ばしたおかげで飛び収めになるだなんて、不思議な縁もあったものだ。

 

「アーチャー、インジェクト!!」

 

 自分の体について態勢を最終確認し、安全な姿勢であるかを確かめる。下手な恰好でベイルアウトしようものなら衝撃で死亡してもおかしくない。最後にようやく、射出レバーを引き絞る。その直後に掛かる、強烈な重力加速度。キャノピーガラスが爆散し、射出座席と共に空中へと投げ出される。

 ぎりぎりでつなぎとめた意識の中で、翼端から煙を吹きながら大海原へ墜ちていく歴戦のF-5Eを、最後まで見届けた。

 

 

* * *

 

 

「あ・な・た・ねぇ!! 自分がどれほど危険なことをしたのかわかっているの!?」

 

 ベイルアウトの衝撃で体を痛めてはいないかを検査するために、サンド島基地に戻って早々すぐに医務室へと叩きこまれた。あの後海上を漂っていたのは少しの間だけで、レーベレヒトの艦上へ引き上げられた時も自分の足で問題なく歩くことは出来た。それでもベイルアウトの際に体へ掛かる衝撃はすさまじいもので、パッと見では異常がなくても精密検査が必要となるのだ。幸い医務室の当直医からは、脊椎系統や捻挫などの問題は起きておらず一日安静にしていれば問題ないという診断結果を頂いた。

 

 旧式とはいえども一機あたり20,000,000ドルの価格を誇るF-5E、しかもレーダーを増強した特殊仕様機を墜落させたとなれば、報告書に記載しなければならない情報は多岐にわたる。なのでそれについて医務室のベッドに横たわりながらまとめていたら、怒り心頭といったビスマルクが医務室に突入してきたのだ。

 

「深海の飛行機が飛び回る中に、自分から戦闘機に搭乗して攻め入る提督がどこにいるっていうのよ!! らーずぐりーずだっけ、そんな化け物級のエースならまだしも、あなたはそうじゃないのよ!?」

 

 いつの間にかラーズグリーズなんて知識を仕入れたビスマルクは、怒り千万といった様子で収まる様がみられない。そんな彼女と同伴で付いてきているのが、珍しく作戦外で顔を見せにきている駆逐艦マックスとレーベレヒトの二名。さらにその後方からは、苦笑いしながら状況を眺めるプリンツ・オイゲンの姿も見える。つまりは、この医務室にベルカ艦すべてが参集しているのだ。

 

「ビスマルク姉さまも落ち着いて。確かに危険な賭けだったけど、提督が出撃していなかったらタイプ蒼に迎撃部隊がやられてたかもしれないんだ」

「そうよ。ここはまず無事に戻ってきたことを祝いましょう。提督、お帰りなさい」

 

 ヒートアップするビスマルクに対し、駆逐艦二名はそれをなだめるように諫める。彼女たちが自分からこちらへ話しかけてくるのもまれだというのに、まさか援護射撃を行うだなんて、失礼ながら少しだけ驚愕に値する。

 

「皆さん……確かに今回は危険な賭けでした。ただ皆さんが己の職務を全うしたおかげで、サンド島の被害は最小限度に留められました」

 

 事実、今回の奇襲による被害は、グリフィン大佐が率いる艦隊の一部損傷、及び艦上戦闘機部隊の損害だ。決して軽微とは言えない被害であっても、逆に言えばそこで留まったのだ。艦隊への奇襲、及び迎撃部隊が出払った隙をついた基地への攻撃。どちらも対応が遅れれば取り返しのつかない被害を被っていたかもしれないのだ。

 

「それに、皆さんが現場で戦っているときに、一人安全なところから指揮を取るのは抵抗があります。こんな提督なんて仮初の地位にいても、まだ気質が現場の人間なんですよ」

「それは、そうなんだけど……もうっ、これからは無茶だけはしないでよね!!」

 

 若干気まずそうな顔をしたビスマルクは、そのままそっぽを向いてしまった。ただ顔はそっぽを向いていても、時折視線だけはこっちに向いている。なんだかんだ言って、彼女には一緒になって戦う提督というイメージは認められているのだろう。そしてそれと同時に危険なこともしてほしくはないようだ。

 

「……そうですね。F-5Eの代わりが来るまでは、艦上勤務になりそうだ。その時は、ビスマルク。よろしくお願いしますよ」

「ふ、ふふん。しょうがないわね。戦闘機よりも快適な空間になることを約束するわ」

 

 どことなく得意げな表情を浮かべるビスマルクを前にして、こちらも自然と笑顔が出てくる。その様子を見ていた他のベルカ艦達も、穏やかそうな表情を浮かべていた。

 

「元空軍所属でも、提督はしっかりと僕たちの提督だよ。これからも、よろしくね」

「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 もう、僕は隊の新入りでもないし、誰かの後ろをついていくわけでもない。彼女たちを率いているのは自分なのだ。戦闘でもそれ以外でも、彼女たちを支えていくのだ。一旦踏み込んだからには、もう後戻りなんかできやしないのだ。

 

 そんな感じで平和にまとまりかけていた僅か数秒後、一人の下士官が渡してきた指令書をその場で読み上げた途端に、段々とこの場の空気が微妙なモノになった。「F-5Eの代替となる戦闘機の配備」に関する書類、しかも配備の時期は何と来週の頭ときた。艦上で指揮を取るだなんて話はまるでなかったかのようになり、ビスマルクはその日中ぶすっとした顔をしていた。

 

 

* * *

 

 

 滑走路上に停止している一機のジェット戦闘機。F-5Eよりも全体的に大きく、それでいながら洗練されたデザイン。その一機のジェット戦闘機は、今やレシプロ機の発着場と化したこの場において、レシプロ機を差し置いて滑走路の一角を我が物顔で占拠している。

 オーシア国防空軍第108戦術戦闘飛行隊のサンド島分遣隊という、所属は空軍でありながら有事の際には空母からの運用すらも想定される特殊な分遣隊。その飛行隊は特殊な立ち位置ゆえに、空軍機はもちろんのこと海軍機の運用も行っていた。サンド島がまだ空軍基地として稼働していた頃から、幾度となくこの滑走路を離着陸していた海軍機。それが今自分の目の前にある。

 

 F-14A トムキャット。近代化改修によって単座での運用が可能になったこの機体は、この島で戦闘機乗りとして認められてからケストレルに移るまで、何の因果かずっと搭乗し続けていた機種だった。今回のF-5E墜落に伴う代替戦闘機として、他の海軍基地において配置転換のため回されてきたというのが、この乗りなれたF-14Aなのだ。

 

「今回F-14Aのライセンス講習を担当するエリッヒ・ヒレンベランドだ。ん、どうした? この機体に何かあったか?」

「……いいえ。ただ、この機体にはつくづく縁があるなぁ、と思っていたんです」

 

 なんだそりゃ、と首を傾げるインストラクターに会釈をしつつ、その視線はずっとトムキャットへと向けられていた。もう絶対に乗ることは敵わないと思っていたF-14A。死んだはずのラーズグリーズ、その4人目の悪魔は、まだまだ命を繋がれているのだ。




ドイツ艦揃わない案件

170915 ビスマルク姉さまがラーズグリーズの知識をお勉強して仕入れた旨を追記しました

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