Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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5. サンド島防衛戦

 その日は朝からいつもよりも騒がしかった。

 

 午前5時よりも早く、日が昇りきるより前にじゃんじゃんと鳴り響いた自室の電話。寝ぼけながらに掴んだ受話器の先からは緊迫した様子のウィーカー中将の声が聴こえ、眠気が吹っ飛ぶと同時に出頭要請に応じるべくすぐに着替えはじめた。飛び出した宿舎の廊下には、まだ未明だというのに足早に歩く職員達の姿。彼らを追い抜き、港湾地区にある総合司令部の作戦司令室をノックした。

 

「ハンス・グリム少佐、ただ今参りました」

「少佐か、急な呼び出しだが電話の通りだ。まずいことになった」

 

 大きな作戦司令室の中央にあるコンソール前に座っていたウィーカー中将が、すぐにこちらを振り返った。その後方では、本来であれば非番であるはずのメンバーも含んだ職員たちが慌ただしくコンソールに向き合っている。中将は無線機を指でかつかつと叩いていた。現在洋上に展開している部隊からの通信を待っているのだろうが、無線機からはノイズ音のみしか聞こえてこない。作戦司令室の中央部分におかれた一際大きい画面には、サンド島を中心とした巨大なレーダーコンソールが映し出されている。少なくともこれを見るかぎりでは、基地のレーダー範囲内には不審船や不審機等の影は映し出されてはいない。だが、まだ基地に向けて航行中である大佐指揮下の部隊は、夜明けと同時に現れた所属不明機による襲撃を受けているという。

 

「敵機の場所は?」

「分からん。早期警戒システムが無い以上、ここのレーダーサイトの範囲外は完全な死角だ。そして、襲撃を受けた地点がその範囲外だ。そのうえ、大佐の部隊との通信は、敵機の襲撃によって電探を損傷したため一時的に途絶えている」

 

 所属不明機はおろか、襲撃を受けた艦隊の位置すらも特定が困難な状況だ。深海の機体を高確率で発見できる事実上の索敵限界範囲には、まだ当該の部隊が到達できてはいないのだ。

 

「幸い最後の通信時点で航行不能艦はいない。だが多方面から襲来する敵機に対して、こちらの航空戦力はサラトガの艦載機のみだ。対処しきるには難しい」

「ベルカ艦を出しますか? 先日までの水雷戦隊掃討作戦で受けた被害は極軽微のため、反復出撃は可能です」

 

 苦い顔をして中将が頷く。まだ初陣からそれほど日が立たない艦隊だ。この非常事態にどこまで通用するかが計算できず、頭を悩ませているのかもしれない。

 

「無論それは考えている。しかし敵の航空戦力の拠点が不明である以上、大元は叩けない。そのため対空防衛支援にあたって貰うことになる」

「ええ、わかりました。幸い彼女達は半月以上前に対空戦闘は行っています。これが初めてじゃあありません」

 

 対深海棲艦への初陣すら経験していなかったビスマルク達が、全く臆することなくハイエルラークで対空戦闘をやってのけたのだ。適切な条件が揃えば今回だって出来るはずだ。

 

『――こちらサラトガ艦長、グリフィン。通信機能復旧しました。基地司令部、応答を願います』

「基地司令部、ウィーカーだ!! グリフィン大佐、現状と位置を報告せよ」

 

 中将がマイクに向かって叫ぶ。どうやら当の艦隊からの通信が久方ぶりに入ってきたようだ。

 

『現在の位置は、サンド島南方位195、距離およそ25マイルです。敵機の襲撃はなんとか凌ぎました。艦隊への被害は軽微。無論航行不能艦はゼロです。しかし艦上戦闘機は四割割近くが落とされました。そして敵機動部隊未だ発見出来ていません』

「そうか、そのまま対空防衛を続けろ。敵の現時点での規模と脅威は?」

『襲撃を仕掛けてきた20機は全機撃墜、タイプは全て橙。航空隊への損害は10機。キルレシオは、ジャスト1対2です』

 

 タイプというのは敵機の識別コードのようなものだ。基本的にほとんど全ての深海棲艦から放たれる航空機は同じ形をしているが、その機体中央に淡く浮かぶ光色は異なることがある。そしてその色によって、概ね敵機の機動力・協調性といった総合的な脅威レベルが定まっているとの報告がノースポイントで上がっている。碧色、橙色、蒼色の順番で脅威度が高いとされているが、最も脅威の薄い碧でさえもこちらの航空戦力を着実に削ってくる、決して侮れない存在だ。

 ハイエルラークで受けた空襲での敵編成は碧と橙が混在であり、今回の襲撃では全てが橙。何機かのジェット戦闘機が墜ちたあの時よりも、脅威度が上がっているかもしれない。先の報告においても、敵機20に対してこちらの損害が10。数の上では有利に聞こえるが、対空砲火の援護があるにも関わらず艦隊防空を担う艦上戦闘機が四割近くも落とされるというのは相当の被害だ。

 

「これよりベルカ艦部隊による対空防御網を沖合に展開する。全艦、速力を落とさず帰還を急げ」

『了解しました。敵は艦隊への攻撃より優先して着実にこちらの機体を落としていきました。中将、念のために基地航空部隊の配備をお願いできますか』

 

 敵本陣の場所が分からないというのが、ハイエルラークの空襲事件を思い起こさせる。あの時は、基地のレーダー網へ急に現れた不明機の編隊が事の発端であった。その編隊は第一波から第三波までの波状攻撃で、こちらの継戦能力を確実に削って打ち破ろうとしてきた。今回の空襲でも艦戦が多く落とされて防空能力が減少したことを踏まえると、ハイエルラークと同様の段階的な作戦のように思えてしまう。

 

「今回の奇襲ですが、ハイエルラークと同じ臭いがします」

「……波状攻撃を受けたあの空襲か。少佐は今後第二波、第三波と段階的な空襲があると?」

「可能性としては十分かと。それに、あの時ハイエルラークがやられた時と状況が似ています。急な空襲に加えて、敵本体の居場所が不明。襲撃をかけている敵部隊が同一の可能性すらあり得ます」

 

 発生場所はハイエルラークとサンド島と、かなり離れている。あくまで勘に過ぎない憶測だ。だが、黒幕の姿がまるで見えないこの不気味さが、あの時と同じだという根拠の無い不安を感じさせる。腕を組み考える素振りを見せる中将の元に、通信機を片手に持ったおやじさんが小走りで駆け寄ってきた。

 

「ウィーカー中将。基地航空部隊より連絡です。既に発進準備が整っています」

「いつでも行けるのだな。分かった――総員!! 非常事態につき、これより私がすべての指揮をとる。グリフィン大佐、引き続き対空防衛を徹底し帰還を続けろ。そしてベルカ艦部隊はサンド島南沖合に展開後、対空戦闘の用意をする。そこが本作戦の絶対防空ラインだ」

 

 ざわついていた室内が中将の声で一気に静まる。今回は緊急とはいえ、二つの部隊が同時に動く作戦となる、いわば連合艦隊作戦だ。総指揮権を持つ中将の一声で、この作戦の是非が決まる。

 

「少佐。今はこの場にてベルカ艦隊の指揮を執れ。連中のおかげで今日の空模様は芳しくない。指揮官たる君に堕ちられてはたまったものじゃない」

 

 中将が卓上のコンソールへ指をさした。正面の巨大なディスプレイと同じく、サンド島のレーダー地図が表示されている。そして港湾地区には、現在停泊中の艦船が名前とともにポイントで示されている。このコンソールが、サンド島の建物内から艦隊へ直接指揮を行う、言わば作戦本部である。これまでの艦隊出撃時には、偵察機で一緒に出張っていたためにこのコンソールにお世話になることはなかった。今はこの端末からのアクセス権がいつもよりも拡張されているのだろうか、地図上にはビスマルクやレーベレストといった艦船の他に、滑走路上で"ウォードッグ"のアイコンが点滅していた。

 

「基地航空隊の指揮はビーグル特務大尉に一任する。海と空の双方から、制空権を断固死守する」

 

 短く敬礼を返したおやじさんが小走りで持ち場へとついた。降って湧いたかのような事件にもかかわらず、驚くくらいに普段と変わらない様子だ。あのセレス海の大海戦の最中、淡々とラーズグリーズをサポートし続けた時も、きっとそうだったんだろう。

 小さく息を吐き、コンソール脇にかけられたヘッドホンを身に着ける。そして無線通信番号を、ベルカ艦部隊の旗艦、ビスマルクへと設定した。おそらく中将が自分に連絡したのとほぼ同時に、彼女たちにも何らかの形で緊急出動の旨が伝えられているはずだ。やはりそうなのか、発信からわずか5秒で通話待機のノイズが掻き消えた。

 

「グリムです。ビスマルク、状況は既にそちらへ伝わっている?」

『ええ、中将閣下からは今何が起きているのかは聞いているわ』

「ならば話が早い。ウィーカー中将からベルカ部隊全艦に出撃命令が下りました。後どのくらいで出港出来ますか」

 

 その問いかけに対し、ヘッドホンの向こう側から小さく笑う声が返ってきた。

 

『既に特殊人員は配置済み。離岸も完了。近代管制装置は現在起動中。全艦、貴方の指示で何時でも行けるわ』

「……ははっ、仕事が早いね」

 

 普通の艦艇ならばまずあり得ないような早さでの出撃準備完了に、思わず笑ってしまった。何ならもっと小さなスケールである戦闘機だって、完全待機状態からでは出撃準備が完了するまでもっと時間がかかってしまうというのに。彼女の表情はうかがい知れないが、おそらく得意げな顔をしているに違いない。

 

「それでは全艦に指令を下します。即時出撃開始、サンド島沖合に展開!!」

 

 マイクに向かって叫ぶとほぼ同時に、「了解!!」という彼女たちの掛け声が間髪入れずに戻ってきた。

 

「本作戦において僕は作戦司令部から指揮を行います。順番が前後しましたが、これより作戦エリアの座標を転送します」

 

 サンド島南方、方位195、距離12マイル。コンソール上で点滅しているこのポイントを起点とする区域が、ウィーカー中将から厳命された本作戦の絶対防空圏である。このエリアで現在航行中の船団と合流するとともに、接近する敵機があれば何としてでも通過を阻止する。

 

「全艦湾外に出た後は、速力30ノットで航行してください。作戦区域への到着予想時刻は、0550頃と予想されます」

『了解よ。撃つべきときが来たら、いつでも言ってちょうだい』

「周辺区域の敵機については随時こちらのレーダー網でも観測しています。基地のヘルキャット一個編隊も指定空域へ向かいます。別途管制士もいるので問題ないとは思いますが、敵味方識別コードに注意し、誤射にはくれぐれも気を付けるように」

 

 レーダーサイトに示されたベルカ艦のアイコンが、列をなしてサンゴ礁の切れ目に差し掛かった。その彼女たちの後方から、飛行場から発進が完了した戦闘機の一編隊が通過していく。その数は10機、南方に向けて進路を変えた多数の三角形のアイコンは、艦隊よりもはるかに速い速度で絶対防空圏へと向かっていった。

 グリフィン大佐の部隊がレーダー圏内に入るまで順調にいけば後30分程度。そして絶対防空圏内に差し掛かるまで更に10分。この時間が勝負だ。基地航空部隊が護衛に到着し、更にベルカ艦隊が絶対防空圏を構成すれば、まずはひと段落ということだ。そこまで来て、ようやくまともな迎撃戦を展開することが可能となる。

 

「来るかも分からない敵機第二波に怯えなければならないなんてね……まるでイーグリン海峡の霧で怯えていたあの時みたいだ」

 

 そう。我々は敵機の場所はおろか、その発進地点の推測すらも出来てはいない。いくら迎え撃つ艦船に強力な空母や戦艦が含まれていようと、今の自分たちは居るかどうかも分からない敵に怯える、視界の奪われた手負いの獣に過ぎないのだ。

 

 

* * *

 

 

『敵機第二波を確認!! 複数機、北西方向から一直線に艦隊へ向かっています!!』

「やはり来たか。直掩機は直ちに迎撃へ向かえ。偵察機は敵第二波を避けて発進地点を捜索せよ。第二次迎撃隊も順次発進中。敵に制空権を握らせるな!!」

 

 グリフィン大佐の無線通信から数秒後、レーダースキャンの端にくぐもった影がレーダー圏内ギリギリに映りこんだ。中央の巨大コンソール上で捉えた敵機編隊の移動方面には、ようやく可視範囲に到達した一軍艦隊がいる。やはり敵の狙いは、消耗した一軍艦隊なのだろう。未だ正確な規模が不明瞭な敵編隊も、その機影の数は到底片手で数えられるものではない。

 

「ビスマルクッ!! とうとう敵編隊が確認された!! これより全火器の使用を許可、速やかに第一艦隊の両脇を固めてください!!」

『Jawohl!! こっちもアイオワの船体が見えたわ。私とレーベは左舷側、オイゲンとマックスは右舷側に転回、全砲門を北に合わせて!!』

 

 司令室の騒がしさが増した。ようやく合流地点に到達した一軍艦隊とベルカ艦隊。二手に分かれたベルカ艦隊が転回する最中、その真ん中を目指して一軍艦隊を示すアイコンが進行してくる。これで総勢10隻、空母サラトガを中心に据えた即席の輪形陣が完成だ。ここにきて初めて奇襲に対して全力で応戦することが可能になるのだ。防戦一方なのはさておき、敵側へ一泡吹かせるにはこれ以上ない機会だ。

 艦隊直掩の基地航空隊に混じり、新たに味方の識別信号を発するアイコンがコンソール上に表れた。サラトガから発艦した艦上戦闘機の数は15機。第一波で喪失した分を含めて、現状サラトガが保有する全戦闘機が出撃したことになる。そのうえ、今しがた飛行場から発進した第二次迎撃隊を加えれば、合計30機に上る戦闘機が防空圏を死守することになる。

 

「すごい規模だ。空が埋め尽くされそうだ」

 

 頭に浮かぶのは、ハイエルラーク空軍基地への空襲だ。あの時は十数機の編隊が三回に分けて襲撃を仕掛けてきた。今回も仮に同じ規模の戦いであるとすると、迎撃側の機数から言って制空権を奪われることは無いだろう。そのうえこちらは海上に万全の輪形陣を敷き、海空の双方から戦域の支配を行う心づもりだ。精々気を付けるとすれば、艦隊への攻撃阻止と、後にさらに控えている可能性のある第三派をいかに早く対処できるかだ。

 少なくとも、空襲時に比べれば今の状況はかなり良い。敵の素性が分かり、防御側も戦力を出し惜しみしてはいない。それにこちらの戦力は、深海機を落とすエキスパートたる、妖精の操るヘルキャットだ。敵機がすべて橙色であることを除けば、脅威となる要素は極限まで押しとどめられている。

 

『敵機が見えたわ!! 対空射撃用意!!対空射撃用意!! 飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのこと――』

「――ビスマルク、そしてベルカ艦隊各員へ。決して油断しないで下さい。彼ら、何か隠し玉があるかもしれません」

 

 そう、いくら何でもこちらが有利過ぎる。なぜ敵は第一波による攻撃を仕掛けた後、30分も経ってから第二次攻撃隊を送り出してきたのか。結果としてこちら側は洋上に強力な対空防衛陣を形成できたが、なぜ敵はそのような猶予を与えてしまったのか。もし自分が敵方の指揮官であれば、最初から総攻撃を仕掛ける。

 

「そうだ……数回に分けて襲撃を仕掛ける意味は何だ?」

 

 ハイエルラークでの空襲では、何回かに分けた襲撃はとても効果的であった。第一波と第二波で敵の持久戦力を削り、混乱が回復しきらないうちに第三波で止めを刺しに来た。あの時ビスマルク達による介入がなければ、最初に迎撃へ向かった戦闘機はすべてやられていただろう。無論、自分も撃墜されていたかもしれない。戦局を相手に譲らないスピーディーな戦力投入が、あの空襲における恐ろしさであった。

 一方でこちらは何だ。わざわざ戦力を分散させているのに、その運用はまるで効果的ではない。それに敵の襲撃による被害は、艦上戦闘機に対してはまだしも、艦隊そのものにおける被害はまるでない。戦果としては散々なもののはずだ。そのうえこちら側に航空機攻撃に対する対策が行われた以上、更なる空襲はもはやさしたる意味はない。その状況において、第二波を投入する理由は何だ?

 

『景気よく行くわよ!! Feuer!!』

『ビスマルク姉さま、もっと落ち着いて。こっちも射程圏内に捉えた。撃つよ』

 

 ベルカ艦隊たちの会話すらも頭へと入らない。それくらい、今の状況は不気味だ。そもそも今回の襲撃は、本当に艦隊への攻撃が目的なのか?

 

「……おやじさん、いやビーグル特務大尉!! 現在当基地に残存する戦闘機の数は?」

「運用可能な機体は10機。うち5機はもう発進が可能な状態で滑走路に待機しているよ」

 

 嫌な予感がする。敵は確かに戦力を分散させた。そしてそれに対抗すべく、こちらは戦力を洋上に一局集中させた。集中した結果どうなった? 第一波で撃墜された艦上戦闘機を補うために、多くの基地航空隊が直掩に向かった。結果として、サンド島基地に残存する戦闘機部隊は半数以下。これこそが、敵たちの真の狙いなのではないか。

 すかさず中央コンソールに示されたレーダー画像に目を向けた。レーダースキャンには、当然南東方面で繰り広げられる迎撃戦に参加している、敵味方双方の機影が映し出されている。半径15マイル程度の円を回り続けるスキャニング。一周するごとにレーダーサイトに映る影の位置が変化をする。視線は活発に戦況が変化する南東方面ではなく、むしろ戦域から離れた北部へと向ける。この嫌な予感が正ならば、第三波が現れる場所は南東方面ではない。

 目を凝らしてコンソールを食い入るように見つめた。もはや放っておいても問題などない迎撃戦は、彼女たちの実力と経験にすべてを任す。回り続けるレーダースキャン、その残像を目で追い、そして数十の周回を経てとうとうくぐもった影が現れた。

 

「――レーダーに反応!! 北東距離8マイル!!」

 

 反射的に大声を上げた。自身の一言で何人もの士官達がレーダーサイトへ目を向けた。そして、全員がそのくぐもった影を目の当たりにする。

 

「高度は……65,000フィート!! こちらへ向かってきます!!」

「65,000フィートだと……? クソ、基地に残存する戦闘機すべてを上げろ!! 連中の狙いは此方だったか!!」

 

 到底世界大戦時のレシプロ機では到達できない超高高度。まがりなりしもレシプロ機に過ぎない深海側の戦闘機には、どう考えても自力で到達できる高度ではない。しかし、現に何年もの間サンド島を守り続けた3次元レーダーサイトは、感知した敵影の立体的な位置を方位0-3-0、距離8マイル、高度65,000フィートと示している。

 

「……中将閣下!! ベルカ艦隊は、現時点より一軍艦隊の指揮下へと編入します。私は、現場にて航空隊の指揮を取ります」

「なッ……馬鹿を言うな!! あの半分偵察機状態の代物で空に上がるなど自殺行為だ!!」

「こんな状況、飛ばせるものは何だって飛ばしたほうが良い!! 中将、許可を!!」

 

 中将の言うことは間違いなく真理である。この状況で空に上がるなど、普通に考えれば危険極まりない。でも、迎撃機の数も大いに越したことは無い。基地に残存する戦闘機は15機。そこに亜音速巡行が可能なF-5Eが先導として加われば、少なくとも敵の出鼻をくじくことくらいは可能なはずだ。

 

『ちょっ、貴方何を言っているの!?』

「後で文句を聞きます。今はグリフィン大佐の指揮下にて作戦続行して下さい」

『そんな危険なこと私は許さな――』

 

 今の自分にビスマルクを説得させられるほどの時間と余裕は存在しない。話は終わっていないとばかりにまくしたてる彼女を無視し、強制的に手元の通信機をオフにした。

 

「そもそもスクランブル準備ができていない以上、即時出撃など――」

「ウィーカー中将、整備の妖精達が騒いでいます。F-5Eのエンジンに火が灯りました。彼女たち、いつの間にジェット戦闘機の整備が出来るようになったのやら」

 

 おやじさんが苦笑しながらヘッドセットを外した。彼としても、妖精達の行動は予想外だったのかもしれない。ただこれでF-5Eの起動時間も省けた。あとは中将の許可を取るだけだ。

 

「グリム少佐は、腕のみならず実績も信用出来ます。私が保証しましょう。それに中将もご存じの筈だ。彼は、ハイエルラークで連中と交戦経験がある」

「……グリム少佐、貴殿に基地航空部隊の指揮を命じる。時間がない、すぐに準備へ取り掛かれ!!」

 

 指令室全体に響き渡る声でウィーカー中将が指令を告げた。それに対する答えは、最初から一つしか持ち合わせていない。敬礼を一つ返した後に、新たな脅威の出現に騒がしくなる管制要員達に背を向けた。

 

 

* * *

 

 

「こちらウォードッグ4、アーチャー。本隊は全機滑走路に展開済み、発進準備が完了しました。現在の状況は?」

 

 広い滑走路が眼前に広がり、その先には雄大な太平洋の地平線へと続いている。エンジンタービンの回る振動が座席に伝わり、この小さなコクピット内に絶えず緊張感を生み出し続けている。そして改めて、目の前に他の戦闘機が居ない事実に動揺をする自分の心に驚かされた。ほんの一年前、自分は部隊のアンカーだったから、必然的に目の前には自分以外の機体が出撃に向けて待機をしていた。自分の前に他の機体が居ないことが、これ程緊張感を高めることなのだろうか。

 今は誰に着いていくことも出来ない。むしろ部隊を先導する立場にいる。後方で待機を続けるレシプロ戦闘機の羽音が、エンジンの回転音と共に僅かに聞こえる。あの時代錯誤な機体達を戦場まで先導し、そして戦闘をサポートすることが、本作戦における僕の役割だ。

 

『作戦司令室より各機。敵機は周回軌道を描き順調に降下中。現在50,000フィートだ。連中にとっても65,000フィートからの急降下は無茶ということだね』

 

 通信機越しにおやじさんの声が聞こえた。超高高度からの降下は、予想外に彼らにとってもデリケートに行わなければならないようだ。恐らくレシプロ戦闘機の作戦限界高度に近い45,000フィートを下回ったあたりで、恐ろしい俊敏性で飛び回り始めるのだろう。

 

『ではウォードッグ隊、発進を許可する。二番機以降は一番機と十分距離を取り、ジェット噴射に巻き込まれてストールしないように注意をするんだよ』

「了解。"アーチャー"、出撃!!」

 

 エンジン出力を最大にし、機体が滑走路上を急加速する。矢のように通り過ぎていく兵舎をわき目に、操縦桿を僅かに引いて機首を上向かせる。急激な推進力を得たF-5Eはあっという間に空中へと踊りだし、一層速度を上げた。

 

『一番機の離陸を確認。ヘルキャットも順次発進始め!!』

 

 そして後方から続々と発進してくるレシプロ戦闘機部隊が、ある程度の距離を保ちつつ僕の機体に追従してくる。その数なんと10機。空を埋めるとまでは言わないが、後ろを振り返った時に何機もの機体が編隊を組んで追いかけてくる光景が目に入るのは、そういう経験が少ないから緊張を感じる。ある程度の速度を得て機体制御が安定し、機首を目的の方角へとゆっくりと修正していく。

 

「ウォードッグ各機へ。全機離陸したようだね。これより当該空域までの誘導を行います。方位0-3-0、距離7マイル。当機に続いて下さい」

『5ばんき、りょーかいです!! てーとく!!』

 

 無線機の向こうから元気な声が響いてくる。1から4の永久欠番を除き、それ以降の番号を割り振られた新生ウォードッグ部隊は、妖精さんと言われるあの小さな人形のような小人たちによって構成されている。無線越しに聞こえる声も、何度かハイエルラークの自室に訪れた彼女たちと同じく片言のような独特のイントネーションだ。

 

『ウォードッグ、敵機影がようやくクリアになった。その数18、高度が45,000フィートを切った。来るぞ!!』

 

 基地から転送されたレーダー図には、二編隊に別れる敵機の群れが映し出されていた。先行する8機が戦闘機部隊、そして遅れてくる10機が恐らく爆撃機の編隊なのだろう。虎の子の攻撃部隊。第一波には編入されていなかった彼らが、遂に敵基地の攻撃という大舞台で姿を表したというのか。

 

「当機は敵編隊へ突入します。まずは彼らの陣形を崩す。以降は空中指揮に徹します。群れからはぐれた敵から狙っていって下さい」

『がってんしょうち!!』

 

 僚機が十分離れていることを確認し、エンジンの出力を最大限まで一気に引き上げる。機体内部の振動が途端に激しいものになり、あまりの加速度に思わず息が詰まる。目に見えて減りが早くなる燃料メーター。それを尻目に操縦桿を両手で握りしめ、手前側へと引き込んだ。

 

「ッ……」

 

 呻き声をすんでのところで飲み込んだ。アフターバーナーで得た爆発的な推進力が、一気に上昇力へと変換される。耐Gスーツで保護してるとはいえ、血流が瞬間的に下半身方向へ傾く。そして襲い来る目眩を、酸素マスクを介した深呼吸で無理やり押し止めた。

 僚機たちは既に遥か後方だ。そして自分は、30度という急角度で敵の鼻先へと突っ込もうとしている。高度計の値が見る間に上昇していき、尚もフルスロットルで機体を走らせる。

 

『高度36,000フィート、接敵まであと僅か!!』

「ウォードッグ4、エンゲージ――」

 

 自機と敵影が重なり、キャノピーの向こうに幾つかの小さな黒点が姿を見せた。

 

「――ナウッ!!」

 

 リボルバーカノンの射撃スイッチを押し込んだ直後、スロットルを限界まで引いた。強烈な加速はそのままに、機体が更なる急角度で上昇する。その僅かに下を、列をなした黒色の飛翔体が橙の光を放ち通りすぎていく瞬間が、後ろを向いたその視界の端に映り込んだ。

 掠りもしないがばら蒔いた何発かの銃弾に惑わされて散り散りに別れる敵編隊の後ろ姿を、完全に反転したF-5Eのキャノピー天井から確認する。分散した戦闘機編隊、そしてその混乱は後続の爆撃機の編隊にも伝搬しているようだ。

 

「奇襲成功!! 繰り返す、奇襲に成功!! 敵編隊に綻びが生じました」

 

 編隊が崩されたことにより、特に爆撃機の動きに乱れが発生している。元来機動性に優れる戦闘機隊とは異なり、レシプロ機には本来不適な高高度も影響しているのか、露骨に機動性の落ちている爆撃機隊は互いに衝突をしないように大きく進行方向をずらしている。

 

「タイプはすべて"橙"。動きが落ちている敵が多い。それらを優先的に排除、確実に戦力を削って下さい」

『らじゃー!!』

 

 こちらに遅れること数分、作戦高度に到達しつつある僚機たちから元気な通信が返ってきた。彼らには敵編隊の迎撃態勢が整う前に、効果的に初撃を与えてもらう必要がある。

 レーダー画像に動きが見られた。混乱状態にあった敵戦闘機がこちらの位置を確認し、排除に乗り出そうと機首をこちらに向けた。その敵機にギリギリ追いつかれない程度にスロットルを引き絞る。この瞬間が、敵編隊攻撃への絶好のチャンスだ。

 

「敵の注意がこちらに向きました。全機、エンゲージ!!」

 

 攻撃指令の通信を出すと同時に、戦域にたどり着いたヘルキャット隊の翼が光る瞬間が目に入った。編隊から逸れて単独飛行する爆撃機に、ヘルキャット数機が容赦なく銃撃を浴びせ去っていく。爆発、その衝撃と発光が、後方へと流れていった。基地へと急降下を行う深海編隊と、急上昇を行うヘルキャット部隊。数秒にも満たないファーストコンタクトで、こっちは2機の爆撃機をもぎ取ったのだ。

 

「2機撃墜を確認。全機直ちに転回し、今度は上方から敵機を狙って下さい」

 

 編隊が乱れている間に、敵味方の高度的な有利さは逆転した。ヘルキャット隊の正面突入を被害ゼロでまんまと許した敵編隊は、今度は己の頭上から狙撃されるというリスクを抱えている。

 当然敵戦闘機の動きに変化が生じた。護衛対象の撃墜、それを防ぐことが彼らの最重要使命なのだ。現時点での最も大きい脅威――戦域を高速で飛び回るだけで正確な射撃を行わないF-5Eよりも、集団で爆撃機隊に纏わりついて確実な撃破を狙うヘルキャットへと、彼らは狙いを定めたようだ。F-5Eを追跡していた敵機が一気に分散し、新たな獲物へと近づいていく。

 

「6番と7番機、6時方向から2機に追われている!! フリーの9番機は直ちに援護を!!」

 

 纏わりつく敵機が居なくなったのであれば、今度は偵察機仕様に改造された特注F-5Eの本領発揮だ。増設されたレーダーサイトを注視し、戦域情報を即時味方へと伝える。空戦を有利にするのは、個人の腕なんかよりも、集団での連携や、それを補佐する空中管制機の適切な指揮にあるのだ。

 

「8番機が敵機撃墜!! 敵戦闘機部隊、残りは6機。11番機、被弾した13番機の離脱を援護して下さい」

『こちら作戦指令室。現在高度25,000フィート、爆撃機隊の急降下離脱に注意せよ!!』

 

 絶え間なく指揮を続けていく傍ら、爆撃機隊の動向にも注意を払わなければならない。重い爆弾を腹に抱えた爆撃機が戦闘機動を行える高度はおそらくもう少し。敵戦闘機の数が減り、そろそろ爆撃機の処理を行う頃合いだろう。

 

「5、6、7番機は爆撃機隊を、残りは引き続き戦闘機の迎撃に注力!!」

『りょーかいです!!』

 

 戦闘機達の戦いから離脱して降下速度を上げる爆撃機隊の後方から、指示を下した3機のヘルキャットが上方から襲い掛かった。爆撃機の残りは8機。数は多いが、現在の高度から考えて中から高高度での運動性に優れるヘルキャットは、ほとんど滑空飛行しか出来ていない爆撃機を上方から撃墜することなど難しい話ではないはずだ。

 

 酸素マスクの中で深く息を吐いた。超高高度からの奇襲という事態に対して、こちらの想定以上にスムーズな迎撃を行うことが出来たことに、正直ホッとしていた。レーダーサイト上の敵機の数は確実に減っており、こちらの被害についても被弾した2機を退避させることで大きなものにはなっていない。後もう少しの頑張りだ。

 

「作戦指令室へ。現在の一軍艦隊はどうなっていますか?」

『順調だよ。敵機はすべて撃破。艦隊への被害はほぼゼロだ。現在念のためだが――逐艦を――そちらへ――』

 

 ふと、おやじさんの声にノイズが走った。しかし無線通信装置のシグナル強度に大きな変化は見られない。念のために無線通信の周波数を確認しても、特にずれた様子はない。しかし待機状態の無線通信に入るノイズは、消えずに残ったままだ。

 

「こちらアーチャー、通信に不調でも?」

『――ちら作戦――そちらの通――ザザ――壊――』

 

 まさか電波妨害か、そんな焦りとともにレーダーサイトを眺めるが、自軍が優勢となった空模様が問題なく映し出されていた。地理的要因による混線の可能性も考慮したが、セレス海孤島のスクラップヤード近辺ならまだしも、サンド島周囲でそのような事例が報告されたことは無い。そうなると、基地の無線設備に何らかの異常があるのかもしれない。

 

「作戦指令室、そちらの受信装備に何らかの異常が――」

『ザ――ザザ――ミィツケタ――』

 

 こちらの発信を覆い隠すように入った、ノイズに混じった謎の声。どう考えてもおやじさんの物ではない。男とも女とも知れない、そして陽気な雰囲気を感じられる妖精達の物でもない。それの意味するものが何かを理解する前に、さらにもう一つの通信が舞い込んできた。

 

『――ザザ――ム!! グリ――方から敵機!! 一直線に君へと向かっている!!』

 

 背筋に冷や汗がつたった。レーダーサイト上に映る、すべての敵味方を無視して一直線に北方から猛進してくる一つの機影。その行き着く先には、自分しかいない。

 迎え撃つか、それとも退避するか。一瞬の間の後に、操縦桿を引いた。視界が裏返ったその瞬間に機体をロールさせ、機首を謎の敵機が迫りくる方向へと向けた。リボルバーカノンの残弾数にはまだ余裕があるし、仮に狙いが自分であるならば、こちらに引き付けている間に僚機へ支援を要請すればいい。

 

「ウォードッグ4、これより新たな敵機を対処する。9、12番機、こちらの支援をお願いします」

 

 敵機との距離、残り1マイル。レーダーサイト上の敵影は、一切の無駄なくこちらへと接近している。間違いない、狙いは自分だ。視界の先にある雲の切れ間、その中に黒い点が姿を表した。操縦桿を握る手に、リボルバーカノンの射出スイッチに被せた指に、力が入る。そして、敵機体中央部の光の色が、目に飛び込んだ。バックに控える青空にも劣らず、威圧的ながら綺麗な輝きを放つ色。

 

「敵識別コードを視認。蒼!! 繰り返す、敵のコードは蒼だ!!」

 

 現在確認されている中で、最上位を示す色。敵のエースが直々に、こちらを叩き落しにやってきたようだ。




アーセナルバード君はスタイリッシュ過ぎてベルカ魂が見られない。
むしろ軌道エレベーター君のほうがベルカ感出てる。
まあどちらも特にベルカと関係無いんでしょうがね。

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