Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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3. 極西の艦隊

 滑走路が広く長く、南海に広がる空へと続いている。何羽もの純白の海鳥が滑走路に佇み、まるで大地を白く染めているかのような錯覚を感じさせる。白い鳥は平和の象徴だ。ほんの少し前まで平和から最も遠かったというのに、人間がこの島に軍備を進める前からいた彼らは何時だってこの空を舞っていた。

 ふと、遠くから重厚な羽音が鳴り響いてきた。音に気が付いた何羽もの白い鳥たちが空へと逃げていく中で、小気味良いエンジン音をたてながら滑走路へ滑り降りる数機のプロペラ飛行機。ジェットを噴かせながら空へと飛び出す超音速の戦闘機ではなく、今は彼らがこのサンド島鎮守府の防空及び周辺海域の偵察を担っている。

 

 このご時世に大戦時のレシプロ機が防空とは時代逆行も甚だしい。しかしこの戦闘機部隊は、想像していた通り普通の飛行隊では無かった。滑走路脇に停止をした機体のキャノピーを開けて出てきたのは、今まで何度も目にしてきたようなあの小人達だ。一昔前風のパイロットスーツを着た彼女達は、妖精さんと言われている不思議な存在らしい。艦娘の運用をサポートする彼女達は、艦船の操縦補佐だけでなくこのように戦闘機に搭乗して直接支援を行うこともあるのだ。

 

「ジェットの騒音に比べれば随分静かになったもんだよ」

 

 更に数機の戦闘機が着陸のために飛来してくる様子を眺めながらおやじさんが呟く。本当に静かになったからなのか、それとも既に聞こえなくなったジェット機の音に懐かしさがあるのか、曖昧に笑みを浮かべた彼から読み取ることは出来ない。

 

「レシプロ機の発着だなんて一見平和に見えるがね、ここは連中を食い止める重要な拠点なんだよ」

 

 プロペラで動く飛行機は、確かに現代においては遊覧用の小型機か輸送機くらいでしか見かけなくなってしまった。だが彼女達が運用する飛行機は、機関銃に加えて航空爆弾をも配備できる立派な戦闘機だ。

 

「訓練飛行を行いながら、同時に哨戒活動も行う、今でも細々と残るサンド島分遣隊だ。立派な君の後輩だよ」

 

 整備ハンガーの方へ向かって進むレシプロ機の尾翼に描かれた戦争犬の横顔は、僕たちがまだつけていた頃に比べて幾分かデフォルメ調に変化を遂げていた。骨を咥えてウィンクをする犬の顔と目があい、思わず顔に苦笑いが浮かぶ。

 

 一年前と比較して変わったものは多い。これら戦闘機部隊が良い例だ。そして軍港化した湾に、配備された何隻かの軍艦。いづれもこの空軍基地が現役で対ユークトバニアへの最前線基地として稼働していた頃には影も形も無かった存在だ。間違いなくこの島は近代の空軍基地から大戦時の雰囲気を匂わせる海軍の鎮守府に姿を変えつつある。

 だが、その一方で変わらなかったものも存在する。幾度となくお世話になった滑走路、基地のブレインとして君臨する管制塔、今なお基地司令部として稼働を続けている島最大の建物。あの夜明け前に見た基地は、多少なりとも姿を変えたとはいえまだこの地に残っている。

 

「で、いいのかい? 艦隊の司令官ともあろう方がこんな所で油を売っていて」

「良いんですよ。今日はこの島の設備を見回ることになっているんです。もう港は十分見回りましたから、今は航空基地を見ているんです」

 

 扱い上はこの僕はサンド島の基地に赴任してから僅か一週間の新米だ。サンド島にやってきてからの数日間、執務内容の把握やこれからの仕事の準備等々に追われてきた。やっと訪れた週末でさえ休む暇はなく、港湾施設の見回りで午前中は丸つぶれだ。午後になってようやく基地航空部隊の見学という名目で、ハンガー脇で休むことが出来た。

 

「まだやれることも少ないんですよ。管轄する艦部隊はまだ新米で、直接統括する司令官だって新人だ。アイオワ擁する一軍艦隊のようなフル回転はまだ先です」

「だが君が来たことでようやくベルカ艦達も戦力になるんだ。今まで適合する提督が居なかったのは不憫だったよ。彼女達も喜んでいるんじゃないかい?」

「まあまあ好意的に受け入れられていますよ。駆逐艦の二人は相変わらずよそよそしいですが、少なくとも会話は成り立ちます」

 

 このサンド島が海軍の管轄下とされて間もなく、おやじさんは参謀として就任した。彼は作戦指揮のサポートをする傍らで、整備士時代のように様々な人の相談に乗っていた。新任の士官たちだけではなく、艦娘達もおやじさんに時折相談をしていたそうだ。

 頭から終わりまで暗黒の20世紀の中でも最悪と言われる、世界を巻き込んだ大規模な戦争。その戦乱を駆け抜けた歴戦の軍艦たちは、人に例えるならば幾多もの戦いを経験した古強者だ。そして実際に人の姿を得た軍艦たちは、確かに当時の記憶を持った古強者であり、人と同じような感情を持つようになった。艦娘に心という概念があるのならば、僕たちと同じく笑ったり葛藤をしたりするのは道理だ。着実に戦果を挙げる一軍艦隊とは裏腹に、指揮官不在で碌に出撃もままならなかったベルカ艦達。物言わぬただの船ならば編成の都合で片が付く話だが、心を持った彼女達にすれば多分の不満や焦りがあったことだろう。

 

 どういう理屈かは不明だが、彼女達は提督という存在がいないと十分な力を発揮することが出来ない。提督不在では敵艦隊との戦闘などもっての外で、精々国籍不明機の襲撃事件の時のような対空戦闘が関の山だという。提督という一人の人間があの巨大な艦船に及ぼす影響の大きさといえ、何故その提督に僕が選ばれたのかといえ、まったくもって不明だし不思議なことだ。

 

「来週からようやくベルカ艦隊が実戦配備だ。グリム君も提督としての初仕事だ。頑張るんだよ」

「勿論ですよ。そのためのコイツです」

 

 おやじさんと共に後ろを振り返る。

 水色と灰色の迷彩柄を持つ、細身の機体。このサンド島ではもはや希であるジェット機のF-5が、この専用のハンガーで出撃の時を静かに待っている。サンド島に出発する僕への出資として、海軍上層部が空軍から買い取ったのがこの骨董品だ。一期一会とも思えた配置転換に乗り遅れた骨董品が、これから提督として艦隊を率いる際の僕の足となる。

 

「懐かしいな。君の初陣もタイガーだったか。空から指揮をとるだなんて、差し詰め空中管制機といったところだな」

 

 無論管制性能はAWACSとは比べるまでもないが、空からの戦域監視という点では一致する。空中での管制、及び最低限の制空権維持。既に戦果を挙げている何人かの先任の提督たちと比べて、僕はまだ新米も良いところだ。そんな僕が彼らに追いつくためには、こうして出来る事は何でもやってみるしかない。

 

「また、飛ぶのかい?」

「機銃以外の武装を解いています。そいつはもう戦闘機とは呼べませんよ。それにちょっとずつ感覚を戻さなきゃ」

 

 今のコイツは、翼端のミサイルポッドを完全に組み替えて増槽の搭載を可能とした特注品だ。一般的な対空戦闘能力はミサイルが無くなった時点で考慮されていないと言っても過言ではない。機体先端部にレーダー機器を詰め込んで索敵能力を上乗せし、増漕で航続距離を無理やり増大させることで、洋上に長時間留まることが出来る偵察機として生まれ変わった。

 こんな機体じゃ、戦闘機たちが何機も地上へと墜とし墜とされの戦域を飛び回ることは不可能だ。しかし今のところはそれでいい。どのみち今の二軍艦隊に制空権を争うような戦闘区域は任せられないだろうし、僕自身もまだ空を飛ぶ感覚は戻りきってはいない。まずは何度か艦隊の直営機として空を飛び、少しずつ細かな動作を思い出していけば良い。

 

「ならば頑張ることだ。彼女達に君を推薦した私の顔に、泥を塗ってくれるなよ?」

 

 一度は背を向けた空にもう一度向き合うのだ。覚悟を決めていないわけがない。戦闘機から降りて地上に留まるという道は、ビスマルクの手を取った時からとうに立ち消えている。艦隊司令たる人間が、墜ちていく味方という現実から目を背けることなんて許されるわけがないのだから。

 

 

* * *

 

 

「こちらアーチャー。作戦海域に到着しました。全艦、応答願います」

 

 サンド島から北に300マイル。周囲に何もなく上空500フィートから周辺を見わたしても水平線のみが見える、広大なセレス海の中央部だ。陸地から大きく離れた多くの航路から外れた公海だからか、サンド島航空基地からここに来るまでの道中では民間の船籍には一度も遭遇をしなかった。この逃げも隠れも出来ない広大な海域が、我が艦隊の初陣の場である。

 

『戦艦ビスマルクよ。この私を待たせるなんて、帰ったらたーんともてなしなさいっ!!』

『ビスマルク姉さま、提督の到着は予定時刻通りですよ。あっ、こちら重巡プリンツ・オイゲン。無線通信問題ないです!!』

 

 一際元気な声が無線越しに響いてくる。彼女の言うとおり、事前のブリーフィングとほぼ同じ時間での到着だ。何も問題が無かったから当然とはいえ、ここまでは順調に作戦が進んでいる。

 

『駆逐艦レーベレヒト・マース、今のところ問題はないよ』

『こちら駆逐艦マックス・シュルツ。同じく作戦に支障はないわ』

 

 遅れて駆逐艦二名からも通信が入る。これで本作戦に参加する4艦全てで安全の確認が出来た。

 ハイエルラークからサンド島基地に向かう十日間近い船旅で乗艦した戦艦ビスマルク、そしてその護衛のレーベレヒト・マースとマックス・シュルツ。本作戦ではこれら3艦に加えて、ビスマルク達がハイエルラークに来ていた時にはサンド島基地で待機をしていた巡洋艦のプリンツ・オイゲンも参加をしている。

 

「了解。それでは中央セレス海掃討作戦について、簡単におさらいします。本作戦は、セレス海にて確認された軽巡及び駆逐艦からなる小規模艦隊の殲滅です」

 

 以前からこの海域でたびたび確認されていた小型の深海棲艦が、群れをなして行動をしている様子が数日前の偵察機による哨戒によって確認された。本来であれば迅速な討伐が必要な案件だけど、出現場所が航路から外れており、また敵が小規模であることから緊急性は薄いとの判断が下された。結果として一軍艦隊派遣による掃討は中止され、そしてその代りに二軍艦隊、通称ベルカ艦隊の練度向上を兼ねた出撃が決定した。これが、僕の提督としての初めての出撃であり、彼女達にとっても対深海棲艦での最初の実戦である。

 

「これから敵艦隊の捜索を行います。ビスマルク及びプリンツ・オイゲンは観測機を射出、偵察を開始して下さい。当機は艦隊周辺を捜索します」

 

 レーダーに中々映らないものを見つけるというのは大変な作業である。出撃前に写真で見た深海棲艦の姿は全体的に黒々としており、彼らの色は青々とした海原の中ではまるで洋上迷彩のように働くことだろう。そしてこちらは定点観測に優れるヘリコプターや専用の哨戒機ではなく、偵察用に改装したとはいえ高速での戦闘機動を得意とするジェット戦闘機だ。機体の構想的に元々目視を主眼に置いた偵察は考えられてはいない。なので基本的に偵察は艦隊の観測機に任せて、こっちは艦隊の護衛をしつつ片手間程度に偵察を行うのが良いだろう。

 眼下の艦隊から、数機の小さなプロペラ機が飛び出してくる様子が見えた。大戦時の多くの大型艦艇は、あのようなカタパルト射出型の偵察機を基本装備としていたらしい。そのまま二機、三機と飛び出してきては、艦隊上で周回飛行を繰り返すF-5Eを尻目に、それぞればらばらの方向に進路を取って艦隊から離れていく。あの脆そうな数機の観測機が、洋上にいる彼女達の視野を飛躍的に拡大させる大切な眼だ。

 

「本日未明での基地偵察飛行隊による哨戒の結果から考えるに、本地点から北方100マイル以内にまだ居るはずです。特に艦隊前方を重点的に捜索してください」

 

 本来であれば100マイル程度など戦闘機の速力を生かせば短い距離となる。だがそんな短い距離でも、その距離を直径とした円内の捜索ともなれば話は簡単ではなくなる。レーダーが効かず目視による捜索も難しいとなれば、その広大なエリアを飛び回って探し回るしかない。そしてそんなことをしていたら、いくら増漕によって航続距離が増えたと言えどもすぐに燃料が限界となる。

 

 旋回飛行を続けること十数分。下の艦隊からは無線通信に何も入らず、暫しコクピット内はエンジンが放つ高周波のみが響く。海上の艦隊や自機のレーダーには何も応答せず、上空から見える至近範囲には敵影が見えない。海そのものは青々とした雄大な風景を見せているが、そこに潜む深海棲艦は影も形も見当たらず、一見平和な海原の景色との差異が不気味な空気を漂わせている。念のため燃料の残量を確認するが、まだ8割以上が残存している。これを多いと取るか少ないと取るかは難しいところだが、少なくともこのまま敵艦隊の発見が出来ずに索敵が長引くのならば一度サンド島に帰還して補給を行う必要がある。

 

「アーチャーより各艦へ。今後30分間敵艦隊の発見が無い場合、当機は一度帰還して補給を行います。当機不在の間、敵航空勢力に備えて索敵と同時に対空防衛に注力して下さい」

『了解よ。今のところ敵影は全く見当たらないし、この感じだともう少し早めに補給を行っても問題ないわ。向こうもこちらには気がついてはいないようだし』

 

 ビスマルクが言うことは正しいかもしれない。事前に基地の人間から聞いた話を信じるならば、深海棲艦という存在は非常に好戦的なのだ。正確には、彼らはわざわざ待ち伏せて攻撃するよりも、正面から叩き潰しに来ることの方が多いという。特に組織立ったわけではない、はぐれ集団ならばなおさらだ。ある程度探して見つからないということは、向こうもこちらを認知していない可能性が非常に高いはずだ。

 まだ交戦状態にはならない、そんな根拠の薄い安心感などあてにはならないと1年前にあれほど痛感したというのに、まさに自分はその安心感に片足を突っ込んでいた、その時だった。

 

『おわぁっ!! て、提督ぅ!! 敵艦隊発見しました!!』

 

 甲高い悲鳴と共に敵艦発見を知らせる通信を聴いて、思わず心臓を鷲掴みにされたような寒気を感じた。

 

『ええと、方位3-0-0、距離50マイル!! 敵艦隊、全て艦首がこちらに向いています!! 既に見つかってますよぅ!!』

「落ち着いて!! プリンツ・オイゲン、敵艦の数と種類は!?」

『あれは……敵旗艦は重巡!! その後ろに軽巡1隻と駆逐艦4隻が続いています!! 敵重巡が偵察機を3機射出しました!!』

 

 事前の偵察では戦艦に次ぐ砲撃戦力の重巡洋艦など居なかった筈なのに、それが旗艦など一体どういうことだ。方位も事前情報より西側にずれすぎている。それに何故こちらの位置が先にばれているんだ。今更偵察機を射出ということは、敵は今まで洋上のみの視野しか無かったはずだ。そんな洋上からの景色ならば、こちらの姿は距離から言って地平線の向こうに隠れているに違いないのに。

 

「今すぐ全速力で偵察機を撤退させろッ。どういう理屈か知らないけど敵は僕たちを既に捉えている」

 

 奇襲のはずが完全にばれていたのだとしたら、最悪の想定をしておかなければならない。

 

「ビスマルクッ!! 全偵察機を当該敵艦隊以外の方角へ向かわせて下さい!! 別働隊がいたら不味いぞ」

『え、ええ。分かったわ。全偵察機、方位0-9-0に急行!!』

「……よし、こうなったらもう戦闘開始だ。全艦、ビスマルクを先頭に方位3-0-0へ全速力で進行せよ!! 交戦開始!!」

 

 仮に別働隊がいるのだとしたら、合流されるのが一番まずい展開だ。ならば、素性の分かっている敵をさっさと叩いてしまうのが最善だ。敵は確かに事前に聞いていたよりも戦力が大きいし、対艦隊戦が初めての僕たちには荷が重いかもしれない。しかしこっちには海戦の華、戦艦がいる。そして何より、敵とは異なり彼女達の目である偵察機を生かせる状態にある。

 

「向こうものこのこ偵察機を寄越すとは気前が良いね……アーチャー、エンゲージ!!」

 

 エンジンをフルスロットにし、機体を半時計周りに一気に回転させる。世界がひっくり返り、胃が裏返る。猛烈な推進力を得た機体が、一気に回転して高度を落としながら機首を無理やり西へと向け、そのまま更なる加速を行うと共に海面低空へと滑り込んだ。流石にアフターバーナーは使えないが、巡航速度一杯まで加速したらもうそれで十分だ。

 おそらくこちらの艦隊の偵察機を追い払うために出撃してきた敵機体は、そのまま今度はこちらの艦隊の正確な場所を把握するために飛来してくるだろう。海戦における偵察機は、ただ単に索敵を行うだけが仕事ではない。サンド島での初等教習でも勉強させられた、まだ電子管制が存在しなかった時代の偵察機の役割。それは砲撃戦を偵察機によって空から管制し、着弾を精密なものにするということだ。 そんな砲撃戦の射程範囲を長大なものへと変える重要な眼は、ただ飛んでいるだけで脅威になる。だからこちらの偵察機も丁重に扱わなければならず、即刻退避をさせた。

 

「そんな大事なものは、敵戦闘機が自由に飛び回る空域にのこのこ出てきて良い代物じゃあない」

 

 海面近くを猛進するF-5Eは、敵艦隊との距離が近距離になるまで水平線という遮蔽物に守られている。例え電探を搭載していようが、ある程度の距離までは敵はこちらを見つけることが出来ないし、見つかったとしてもこっちの狙いは敵艦隊本体ではなくその偵察機のみだ。海域に到達してから、レーダーに初めて反応が表れる。点滅を繰り返す数は、プリンツの通信通り3つだ。

 

「敵偵察機を発見。撃墜する!!」

 

 僅かに水平線上に黒い何かが見える。おそらく敵艦隊の本体だ。こちらから視認できるということは、向こうからも索敵可能な範囲に入ったということだ。もはや海面すれすれを飛ぶ意味が無くなり、一気に機首を持ち上げる。少しだけ血が足元に引っ張られる感覚に襲われるが、こんな物は何度も経験してきている。意識を失うどころか、より気分が冴えて来るくらいだ。

 晴れ渡る空に見える、黒い小さな複数の影。レーダーで辛うじて捉えた不明瞭な輝点と数や方角が一致しており、撃ち落すべきターゲットに間違いはないようだ。ハイエルラークで見た国籍不明機と同様、ずんぐりとしたフォルムを持つ真っ黒な機影がすぐにはっきりと見えてくる。完全に接触しきる前に、既にリボルバーカノンの発射スイッチに指を掛ける。何度か乗った機体だ。細かく照準を付けなくても直進している時の射線についてはもう感覚で分かる。カチリという音と共に幾多ものマズルフラッシュがコクピットの目の前で迸り、僅かな振動が操縦桿を通して体に伝わる。

 

「命中、命中!!」

 

 真正面にいる敵偵察機が、こちらに気が付いて反転する間もなく木端微塵に砕け散る。機首を微調整してその奥にいる機体にもリヴォルヴァーカノンの銃弾を浴びせ、黒い破片を散らしながら墜ちていく敵機の傍を高速で通り抜ける。

 

「アーチャー、2キル!!」

 

 誰に対してとも知れず、戦果報告が自然と口をつく。ハイエルラークで相手をした機体よりも随分と動きが遅く、そして脆い。ほとんど変わらない見た目をしながらも、相手方の機体は戦闘機と偵察機でその性能には明確な違いがあるようだ。

 機首をそのまま急上昇させて、進路を強引に変える。少し離れた場所にいた残り一機の偵察機は、おそらく急速反転して母艦の方へ戻ろうとするだろう。針ねずみのような対空砲火のなかで機銃掃射のみで小さな的を撃ちぬくだなんて芸当は、空に愛された化け物染みた隊長ならまだしも自分には出来っこない。だから残り一機を敵艦到達前に撃ち落せるかが、本作戦を有利に進めることが出来るかに大きく関わっている。進路を転換させた最後の偵察機の背後を取るために、操縦桿を思いっきり捻った。

 

「ック……耐えろ、耐えろ耐えろ!!」

 

 景色がぐるりと回転し、一段と大きな重力が体へと伸し掛かる。この一瞬の内に、視界がぼやけて息苦しさが頂点へと達する。歯を食いしばり、持って行かれそうな意識を気合で保つ。奥歯から伝わる刺激がぎりぎりのところで意識をピン止めし、ようやく母艦へと逃げようとする偵察機の背後を捉えた。もはや無意識だった。射線に敵機が入ったかを理解する前にスイッチを握りしめ、機銃掃射を開始する。

 

「ラストワン……キル!!」

 

 何発もの銃弾が直撃して火を噴きながら海面へと落下していく最後の偵察機を尻目に、緩やかに操縦桿を傾けて敵艦の本体から進路を外す。こんなフラフラの状態で対空射撃を喰らおうものなら、避けることもままならずにこっちまで海の藻屑になるだろう。

 ヘルメットの中はおそらく汗まみれになているだろう。たかだか偵察機を3機撃ち落しただけでこの有様とは、チョッパーに笑われてしまう。バートレット教官に知られようものなら訓練兵に戻されかねない。そこまで考えて、ようやく口元に笑いが戻る。

 

「……アーチャーより全艦、敵偵察機を全て撃墜。もう敵艦には眼がありません。ビスマルク、艦隊後方に別働隊は確認出来ましたか?」

『い、いいえ……全く見つからない。対空電探にも全く反応なし。少なくとも至近距離内に敵艦はいないわ』

 

 その言葉を聞いてホッとため息を吐く。初陣の海戦で挟み撃ちによる奇襲を受けるだなんて展開にはならなさそうだ。

 

「分かりました……では、別働隊捜索用以外の全偵察機で空域観測を行い、射程範囲に入り次第砲撃を始めて下さい」

『て、提督? すごい息切れをしているけど、貴方大丈夫なの!?』

「ブランクが大きすぎて体が戦闘機動についていかなかったんです。こっちは付近に別働隊が居るかを調べるから、後は任せましたよ」

 

 何度か酸素を体に取り込み、瞬きを繰り返すことでようやく体調が安定してきた。しかし操縦桿を握る手の末端には、まだピリピリとした痺れが残っている。体に大きな負荷を与える急な旋回や加速は、復帰間もないこの体には少々負荷が強すぎたようだ。

 

『無理だけはしないことよ。本当にね……よぅし、全艦速力最大!! 腕が鳴るわね!!』

 

 艦隊戦に関しては素人に過ぎない僕が指示をするよりも、初陣とはいえ幾多もの海戦を体験してきた彼女達に一任したほうが良いだろう。戦いの場は既に整えたのだから、後は彼女達次第だ。旗艦の華やかで勇ましい掛け声と共に、敵艦に向かって猛然と艦隊が進行していった。

 




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