Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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エピローグ 平和の海の最果てで

 幽霊空母姫の撃墜から早一週間が経過した。報告書の海からようやく抜け出し、朝から晩まで執務室に幽閉されるということもやっとおしまいだ。あの後、サンド島第八艦隊が管轄するセレス海―北太平洋地区における深海棲艦の新規出現は現在のところ全く確認されていない。あの幽霊空母姫が深海棲艦をまとめていたというのは、どうやら本当だったみたいだ。

 

 セレス海から太平洋にかけて初めて現れた姫級の深海棲艦の出現。それの撃破は、海軍省の上層部を喜ばせるには十分すぎる成果であったようだ。オペレーション・フェイルノート終了後に一足早くサンド島に帰還し、ウィーカー中将に形式的な戦果報告を行っている最中にこう聞かされた。

 

「今回の一件で、海軍省は第八艦隊を大きく評価するだろう。彼らからしてみれば碌な成果も挙げていなかった部隊が急に打ち上げた特大級の戦果だ」

 

 その後、やっと私たち以外にも佐官以上の将校が着任するかもしれないと染々呟いていたウィーカー中将の言葉が、この基地が極小規模の人員で大規模ミッションに立ち向かった事実を物語っていた。全指揮系統を統括するウィーカー中将、水上艦の戦闘を直接指揮したグリフィン大佐。そして、航空隊の最前線で共に戦いながら指揮を行った僕。以上、佐官以上が三名のみという狂気の布陣でこの戦いを終わらせたのだ。今思い直しても、酷い人員不足だ。いくら艦娘がクルー無しでも最低限の戦闘行動が可能だとはいえ限度があるだろうと思う。

 

「だが犠牲が無かったわけでは決してない。オブライエンは撃沈され、アイオワとシャヴァリアは中破。オブライエンの艦娘と共に、18名の近代管制官が海へと旅立った」

 

 悔し気に彼は語った。一隻の軍艦が海へと沈んだとしては犠牲者の数は異常といえるくらいに少ない。それでも、彼らの命は決して戻っては来ないのだ。幽霊空母姫の襲撃によって僕たちが失ったものは、海軍上層部が考えているよりもよほど大きいのだ。一連の戦いが終わった今、彼らを正式に海へと送り出すための海軍葬を執り行うという。

 

「それだというのに、上層部は無人戦闘機の実戦データを取れて満足したようだ。人は寄越さないのに無人機は気前よく提供する。全く単純なカラクリだよ」

 

 あの戦いがUAVの試金石として使われたことに思うところが無いわけではない。だがそれ以上にあの危険な戦いの中、取り返しのつかない人命が失われないということの強さを垣間見た。迎撃戦闘機に艦載主砲からの広域各散弾。特に後者は、ベイルアウトでどうにかなるものではない。

 

「……その昔、スターファイターが最後の有人戦闘機と呼ばれた時期があった。今の軍部は、あの頃以上に無人戦闘機の戦略的意味を見出しているのかもしれない。恐らく、君のような本当のエースは、これから減っていくだろう」

 

 しみじみとつぶやいた彼の眉間には深い皺が寄せられていた。過去にケストレルの艦長を務めた経歴を持つ彼は、その艦上で幾多もの戦闘機乗りを見てきたはずだ。彼らの存在がいつの日か無人戦闘機に置き換わる日がきっと訪れる。何時になるかは分からない。ある意味では、空で人が力尽きることのない、僕の理想を歪んだ形で解決したようなものだ。

 

「私の孫も戦闘機乗りだったよ。勇士の居場所が無くなるのか、それとも彼らの命が散らされないか。どう見るのが正解なのだろうな」

 

 中将のご令孫が戦闘機乗りだという情報は、その時に初めて知った。彼のような海軍中将と戦闘機には、絡み合った縁というものがあったのだ。そして、彼は憂いを浮かべた表情を浮かべ、窓の外へと目を向けた。

 

「オペレーション・フェイルノート。私は、この作戦を成功に導いた君達に感謝しなければならない……私の仇を打ち砕いた、君とベルカ艦隊にな」

「……仇とは、どういうことでしょうか」

 

 彼は窓の外の何を眺めていたのだろうか。滑走路か空か、それともその遥か彼方、ノースオーシアのハイエルラーク空軍基地か。

 

「……本動乱の発端の地、ハイエルラーク空軍基地。私は、そこで孫を失った。アダム・D・ウィーカー中尉。否、彼は最後に少佐へと昇進を果たしたか」

 

 ハイエルラーク空軍基地で行われた告別式。あの空襲で僕たちが失い、そして見送った三人のパイロットの一人。言葉を失う僕をよそに、再びこちらへ振り返ったウィーカー中将は、穏やかな笑顔を浮かべてこちらへ問いかけてきた。

 

「私は君の力を大きく評価している。だからこれからもこの基地で君の指揮力を振るってもらいたい。だが上層部は君に対して、遠くない日に配置転換を提案をしてくるだろう。空軍に復帰するか、それともここに残るのか。せめて、私は君に決定権があることを望むよ」

 

 その時の僕の決断はどうなるのか。一年前のように隊長やナガセさんのようにオーシアの空を護るのか、それともこの平和の海の最果てで彼女たちと共に戦い続けるのか。そんな選択が、近いうちに目の前に提示されるのだ。絶対にそれは、避けては通ることは出来ないのだ。

 

 

* * *

 

 

「ああ、私の元にはもうその話は降ってきたよ。それも選択権の存在しない完全な辞令だ」

 

 滑走路脇のハンガーで、缶コーヒー片手におやじさんと夕焼けを眺める。地平線の向こうに沈みゆく橙色の太陽。初陣のキャノピー内部でおっかなびっくり外を眺めて目に入ってきたものと全く同じ存在だというのに、その姿かたちはまるで異なるような錯覚を覚えた。

 コーヒーを飲みほしながら、一週間前にウィーカー中将に言われた言葉を思い出した。空に戻るか、島に留まるか。おやじさんは、その進退がすでに上層部に決定されてしまっていたようだ。無人戦闘機を用いた幽霊空母機撃墜作戦の発案者たる彼は、その功績を買われて空軍における作戦参謀官としての役職が与えられるらしい。確かに納得の配置転換だ。おやじさんに率いられてサンド島を脱出してからSOLGを撃墜するまでの間、常に正解を選び続けたかのような作戦指揮を担当した彼の手腕なのだから。

 

「……おめでとうございます。でも、寂しいですね」

「私も心残りがあるよ。このサンド島に整備兵として身を落ち着かせた君を引き戻した私が、まさか先にここを去ることになるとはな」

 

 あと数日後には、彼の海軍における特務大尉としての任は解かれ、空軍中佐としての新たな道が開かれるのだ。一年前に特務少尉として在籍していた時と比べれば、破格ともいえる昇進だ。詳しい話についてはさすがに話してもらえてはいないが、どうやら空軍に新設される無人戦闘機部隊の参謀として任が与えられるようだ。

 

「それで、艦隊司令官殿の君はどうなるのかな。ラーズグリーズとして飛んだ腕は、衰えているどころかさらに鋭さを増した。空軍は、立ち位置が未だあやふやな君を何とかして手中に収めようとするだろう」

 

 腕を評価されることはむしろ光栄なことだ。確かに空軍に復帰すれば、この腕をさらに生かすことが出来るかもしれない。仲間たちと切磋琢磨して空を駆け巡り、いつの日か無人戦闘機がこの空の守護者として世代交代するその日まで、オーシアの空を護って飛ぶ。そしてそれ以上に、この大好きな空をこれからも鉄の翼で駆け廻ることが出来るのだ。いつの日かブレイズ隊長のように一個隊の先頭を飛ぶかもしれないし、バートレット教官のように次の世代を叩き上げる任に付けるかもしれない。それは非常に魅力的な道に違いない。

 

「……空軍に復帰ですか。そんな道も、まあ悪くはないんじゃ――」

「――そんなの、絶対に許さないわ!!」

 

 ババーン!! という漫画のような爆音が、ハンガー奥の扉から鳴り響いた。その音に驚いて手に持った空き缶を落とし、目を白黒させながら爆音の発生源へと目を向けた。切れ長の蒼い瞳を目いっぱい吊り上げ、長い金髪を振り乱しながらジタバタと暴れる一人の美女。そんな彼女の背後から両手と腹部に腕を回して精一杯突進を防ぐ、冷や汗を浮かべながらこちらを見つめる三人の少女たち。行き先を伝えずにこっそりとハンガーにサボりに来たというのに、彼女たちベルカ艦の総員はノーヒントでここまで辿り着いてしまったようだ。

 ずるずると時分の体を押さえつけるオイゲンとレーベレヒト、そしてマックスの三名を引きずりながら、ビスマルクは大股でこちらに近づいてきた。どうやらここまでの話は、全て扉の向こう側で盗み聞ぎしていたようだ。どうしたものかと隣を見てみたら、おやじさんはそんな様子を見て大笑いをしていた。

 

「さあ、部下の登場だよ。君の進退を君自身がどう思っているのか、きちんと彼女たちの前で説明してみようか」

 

 その話をまだ続けるというのか。もう数メートルの距離まで迫った彼女から逃げるという選択肢は、さすがに存在しないだろう。そう、自身の進退をどうするかなんて、そんなものもう決まっている。それを、おやじさんは部下の前で余すことなく説明しろというのか。

 

「提督!! あなたは私に約束したわね? 責任をもって、私たちのことを見ていると」

 

 その美貌を歪ませて、ビスマルクは僕の顔を思いっきり覗き込んできた。仰け反った分だけ、彼女は接近を続ける。そしていつの間に、彼女を抑えていたはずの重巡と駆逐二名までもが、興味津々とばかりにビスマルクの後ろでこちらを見つめていた。四面楚歌とはまさにこのこと。もう、腹をくくって話すしかないようだ。

 

「……確かに、空軍の復帰も魅力的です。でも僕は一度言ったことは変えないよ。僕が空を飛ぶ限り、君たちを沈ませることは絶対にしない」

 

 彼女の顔が、段々と解れていく。そして目の前で、頭がくらくらとしてしまうほどの満面の笑みが向けられた。おやじさんの目の前で、このこっ恥ずかしい光景を繰り広げるだなんて。だから、上層部の指示に対して公式に解答をするまでは、こんな話は聞かれたくなかったんだ。

 

「……そうよね。だって、あなたは私の、私たちの提督なんだもの」

「だから安心してください。上層部が何かを言ってきても、この地位を譲らないように――」

 

 その言葉を言い終える前に、目の前一杯にビスマルクの顔が広がる。オイゲン達のキャーという場違いな叫び声が聞こえる中、僕の思考はとっくに限界を迎えた。炎よりも熱い感覚、まとまりが無くなる思考回路。その中で、僕の頭は何故か上層部に対する言い訳を考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

Ace Combat 5.1 The Pacific War 平和への戦い 完




ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

小ネタとかもろもろのお話を割烹に書きましたので、よろしければそちらもご覧ください。

さて、あとはグラーフのみ
この話で一言もセリフを発していないのにしつこく空母サラトガが出張ってきたのはグラーフさん、貴女の不在故ですわよ

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