Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

11 / 14
11. The Pacific War

悪魔が倒されて眠りへと落ちると、次に人々は互いを傷付合った。

 

 

人々の血と狂気は、次第にこの地球を覆いつくすだろう。

 

 

絶望の深さをその身に受けて、ラーズグリーズは再び目覚めた。

 

 

ラーズグリーズの漆黒の翼は、壮大な光の中で輝き始める――

 

 

 

「……見えたぞ!! 幽霊空母姫、方位1-7-5、距離70マイル!! "アーチャー"、エンゲージ!!」

 

 黒々とした飛行物体を遥か彼方先へと捉えた。本来であればほとんど視界外戦闘距離ともいっていい距離だが、相手の規格外の大きさがその従来感を根底から崩す。操縦桿を握る手に汗が浮かんだ。こちらから視認できたということは、向こうからも気が付かれていてもおかしくは無い。

 

『敵旗艦周囲に新たな機影を確認。艦載機の射出と思われる』

 

 基地航空部隊全てでようやく対応できるほどの数の光点が、レーダーサイト上に次々へと表れていく。奴が腹に予備でため込んでいた艦載機たちだ。補給不全の状態でも、その数はハイエルラークの基地を空襲したときの規模の半分には到達していた。

 

『敵編隊、数は25!!』

「各機へ通告!! 全速力、敵機編隊を突破する!!」

 

 幽霊空母姫までの距離が50マイルを切った。そして敵編隊とも交戦可能な距離まで近づいていた。中距離ミサイルの射出ボタンへ手を掛ける。敵編隊の前衛はスパローミサイルの射程圏内へと突入していた。

 

「サンダーヘッド、敵前衛への射撃管制を!!」

『了解、ウォードッグ4。ターゲットロックオン!!』

 

 ターゲットをインプットされたスパローミサイルの射撃系統がグリーンへと変化した。そしてFUDの中央部に目視困難な距離にいる敵機がターゲットサイトへと捕捉される。機体態勢を調整し、その緑色の四角形をキャノピー中央部へと捉えた。

 

「アーチャー、フォックス3!!」

 

 その四角形のターゲットサイトへ向けて、胴体下のハードポイントから一本の槍が先陣を切って飛び出した。狙いは敵前衛機。25機からなる敵の大編隊の最前部を飛び、見事な陣形を支えている鍵となる存在だ。放たれたスパローミサイルがその敵陣へと突き進み、本当の意味で空戦の幕が上がった。

 

『敵機、スパローミサイルを回避!! だが敵の陣形に乱れが生じた。この機を逃すな!!』

 

 わらわらとこちらへ迫りくる敵機の色は、そのほとんどが橙色だ。そして、スパローミサイルを平然と躱して敵陣営の中を舞う一機の戦闘機は、蒼い光を纏ってその残像を空中へと描いた。

 

『敵は全て戦闘機タイプと推測。タイプ橙が24、そして蒼が1機!!』

「全機、交戦開始!! 奴らをこの空域へとつなぎ留めろ!!」

 

 アフターバーナーを使わない中での最大限の速度を保ち、味方戦闘機の中で先陣を切って敵編隊へと進路を定めた。待ち受ける橙色の群れたち。彼らの胴体が、一斉にマズルフラッシュの花を咲かせた。

 一気に操縦桿を引いて、それと同時にエンジンスロットルも押し込んだ。機体下を何発もの機関砲弾が通り過ぎ、そしてこちらはその射線上部へと躍り出た。

 視界からターゲットを外された敵編隊の目の前に続いて現れるのが、対深海棲艦戦闘機へのエキスパートたる、サンド島基地航空部隊、新生ウォードッグ隊のヘルキャット編隊だ。横へと広がってしまった敵編隊に対し、ヘルキャット部隊は20を超える機体が縦列状態で敵中央部へと突き進む。そして一斉に機関砲射撃を開始した。

 

『ウォードッグ11以降は左右へ展開。敵の両端を叩け!!』

 

 サンダーヘッドからの指示が飛び、ヘルキャット編隊が統制を伴った動きでじわりじわりと自軍の陣形を広げていく。その交戦体制の変化を、上空へと抜けたF-14Aのキャノピーからまじまじと眺めた。異形の機体がレトロな戦闘機に追い回される。その逆も然り。まるで大戦時の映画のような光景の中で目を凝らし、そして一機に狙いを定めた。

 

「7番機を追う敵機をやる!! フォックス3!!」

 

 再び胴体下からスパローミサイルが飛び出し、機体重量がさらに目に見えて軽くなった。一機のヘルキャットへと追いすがる黒い異形の機体、その背後に向けて超音速で迫り行く。いくら相手の機動力が常識外れだとしても、マッハ2を超えるミサイルの接近にギリギリで気づくようでは回避など到底出来やしない。眼前の目標に気を取られてミサイルの直撃を許した異形機は、直後に爆散して炎と破片を周囲へとまき散らした。

 

「アーチャー、一機撃墜!!」

『敵旗艦に動き有り!! 奴の高度が上昇し始めたぞ!!』

 

 その通信を聞き、すぐさま機首を幽霊空母姫の方角へと修正した。また大気圏外へと逃げようという魂胆なのだろうが、そうは行かせない。まだ潤沢に残るミサイルをハードポイントに括り付けたまま、エンジン出力を一時的にアフターバーナーを吹かせるまでに引き上げた。そして通信範囲を周辺機から第八艦隊全てにまで広げた。

 

「これより作戦を第二フェイズへと移行。海上の全艦はキルポイントへと向かい、周辺の補給艦隊勢力の排除に努めてください!!」

『こちらサラトガ艦長グリフィン!! 航空機部隊の陽動に感謝!! 全機出撃、敵補給艦隊の空母を無力化しろ!!』

 

 作戦区域から北方へ離れたところで待機していた本作戦の本命、空母サラトガを旗艦としてその周囲をベルカ艦部隊などが護衛する機動部隊がとうとう動き出した。サンド島から全艦に指示を送るウィーカー中将、そしてサラトガ航空隊の指揮を取るグリフィン大佐。歴戦の勇士が率いる部隊が、海上で急襲に巻き込まれた敵補給艦隊へと牙をむいた。

 

『提督、そっちは順調なの!?』

「ええ、見えて……きましたよッ!! サンダーヘッド、幽霊空母機のエンジン位置を視認した!! 前段作戦第二フェイズ、開始!!」

 

 黒い巨体の後方部に、二か所の蒼い光が瞬いた。進路0-1-3、このままいけば、ターボエンジンに点火をした幽霊空母姫は此方が到底追いつけない速度で大気圏外への脱出を果たすだろう。

 

『こちらサンダーヘッド。ウォードッグ4、フォーゲル編隊を向かわせる。彼らの援護は頼んだぞ』

 

 レーダーサイトを眺めた。空戦が勃発した空域を避けて、多数のレーダー反応が左後方部から編隊を組んで接近している。キャノピーから後ろへ振り返る。上空まで張り出した雲が聳え、その中を前段作戦のカギを握った部隊が巡行し、幽霊空母姫へと襲い掛かろうとしていた。

 そして雲を突き破って現れた小型戦闘機の群れが、F-14Aの後方部へと陣形を取った。小さな三角形の形状を持った、ジェット機の規範に入らないほどの小型機編隊に後ろへ着かれ、作戦だから仕方がないとはいえ少しだけ鳥肌が立った。小型の三角形の機体形状、その上コックピットはおろか人間が乗り込むスペースすらもないほどの大きさだ。

 

『フォーゲル全機、通信クリア。敵旗艦まであと15マイル』

「ターボエンジンの点火を確認!! 熱源探知ミサイルが使用可能!!」

 

 皮肉にも、かつてはベルカの手によってアークバードへ搭載された無人戦闘機フォーゲルは、それらの技術を受け継いだオーシア空軍所属となり、アークバードの成れの果てである幽霊空母姫を強襲するのだ。これこそが、レシプロ機では追いつくことのできない幽霊空母姫の逃げ足を奪うために上層部が用意したこの作戦の鍵、初の無人戦闘機の実戦部隊なのだ。

 幽霊空母姫のターボエンジンを射程に捉え、短距離用のミサイル射出スイッチへと指を掛ける。通常の深海レシプロ機体群とは異なり、あの敵旗艦は熱源探知に引っ掛かるには十分すぎるほどの高熱を発しているのだ。都合のいいことに、最優先破壊対象のターボエンジンそのものが。

 

「アーチャー、フォックス2!!」

『フォーゲル隊、AIM-9射出!!』

 

 一様に横並びとなったF-14A、そしてフォーゲルの中規模編隊が一斉に赤外誘導ミサイルを射出した。10にも上る多数のミサイルたちは、同じ目標に向かってその矛先を向け猛進していく。キャノピーの先でターゲットへと向かうミサイルの群れを見守りつつ、次弾を放つために射出スイッチへもう一度指を掛けた。

 

「着弾まであと8秒――ターゲットから迎撃射撃を確認した!! 至急退避!!」

 

 AIM-9の着弾とは確実に違う。幽霊空母姫の腹部が巨大な爆炎を放出した。それが意味することはただ一つだけだ。操縦桿を引いて機体高度を引き上げ、それに続いて何機かのフォーゲルもF-14Aと共に上層へと機体を逃がす。

 

『フォーゲル隊、3と6番機、通信途絶!! 幽霊空母姫の艦砲射撃だ!! おそらくは広域焼霰弾、次弾発射を確認した!!』

 

 機体の右下方部で広範囲を巻き込む花火のような爆発が巻き起こった。あれが、主砲から放たれた広域焼霰弾とやらなのか。まるでシンファクシからの散弾ミサイルの一部分かのような爆発だ。広範囲を巻き込む子爆弾の爆発に巻き込まれ、退避の遅れた二機のフォーゲルが瞬く間に炎に包まれ落ちていく様を視界の端に捉えた。

 再び機体下部で巻き起こる爆発。そこから引き起こされる爆風が、容赦なく機体姿勢を猛然と揺さぶりをかけた。揺れるキャノピーからの視界、しかし目を見開いてターゲットの状況を食い入るように見つめた。例え通常兵器の効果が薄いとは言っても、本来外部からの攻撃に耐えられるような装甲は施せないターボエンジンに対して、サイドワインダーが5本以上も直撃したのだ。通常の航空機であれば、原型すら留めずにバラバラになるほどの衝撃。それを与えられた幽霊空母姫のエンジンの損傷具合は、想定通りの物だった。

 

「ミサイル着弾を確認!! 幽霊空母姫の左ターボエンジンは沈黙!! 右も僅かに損傷が認められます。全機、ターゲットの上方部から再び熱源探知ミサイルを射出せよ!!」

 

 いくら艦砲射撃の一撃が広域を焼き尽くすことが出来ようが、奴の上方部に回り込めば少なくとも巨体の腹部に設置された主砲からの射撃は死角となって届きようがない。あれがアークバードだった頃にも抱えていた、迎撃レーザーシステムの弱点と同じだ。

 左側ターボエンジンの破損のためか、幽霊空母姫の高度が若干だが下がり始めた。現在高度40,000フィート。片側の破損でこれなのだから、もう片方も撃破をすればその速度と高度は更なる低下が見込まれる。そして早急にそれを達成すれば、作戦の最終段階へとスムーズに移行できるのだ。

 

『敵旗艦の速力低下を確認。フォーゲル隊、AIM-9射出――警告!! ウォードッグ4、空戦区域から一機が接近中!!』

 

 生き残った8機のフォーゲル隊と共に短距離ミサイルを撃ち込んだ瞬間に、サンダーヘッドからの警告がコクピット内にたたきつけられた。視線の先は、レーダーサイト。遮るものが何もない空間を目標へと突き進むミサイルの群れからはもう意識を切り離し、舌打ちと共にレーダーサイト上の一つの光点を見つめる。やはり来たか、未だに続行する基地航空隊との交戦を易々と離脱してこちらへとやってくるような機体は、あいつしか居ない。

 

 機体を傾けて操縦桿を引き、翼を広げたF-14Aは鋭角で旋回してその機種を後方へと向けた。そして目の前に見えた光景に、僕は思わず舌打ちをした。ぐるりと回転した視界の先に、憎たらしげなほど綺麗で、そして威圧的に輝く蒼光の彗星が一直線にこちらに向かってきていた。

 

「蒼は僕が引き受けます!! サンダーヘッド、フォーゲル隊への攻撃に注意せよ!!」

『ウォードッグ4、了解した』

 

 双方のターボエンジンを損傷した幽霊空母姫は、アークバードの時と同じならば続いて背部の複合サイクルエンジンを起動させるだろう。それを破壊して初めて、最終作戦への道が開けるのだ。それを邪魔させるわけにはいかない。もはや両者の相対距離は、スパローミサイルの射出すらも間に合わないほどに近づいていた。操縦桿を握り締める手はいつでも機体向きを修正できるようにスタンバイしている。そしてその操縦桿の上部、機関砲のトリガーを押し込んだ。

 

 曳光弾の射出ラインが蒼光に迫り、そしてそれは平然と回避される。レシプロ機の性能を極限まで高めたような挙動の敵機は、あのフォーゲルすらも上回るほどの機動性で一気に高層へと退避した。首の限界までキャノピーの上部を見上げて敵機を捉え、操縦桿を引き込んだ。インメルマンターン、血液が頭から逃げて視界が朧気に見える中、両手両足を一斉に力を込めてその血の流れを遠心力から逆らわせる。

 

「……フォックス3!!」

 

 縦横無尽に動き回る敵の動きをけん制するためには、もはや当たるかどうかも分からないミサイルを用いるしかない。ターンの頭頂部で放たれたミサイルが、その先を豪速で飛び続ける蒼い光を追いすがって白煙を吹き始めた。マッハ2.5という絶対に速さで逃げきれるような代物ではないスパローミサイルが、敵機を後方から追い詰めた。そして、更に後方から追いかけるこちらは、より高度を取ってエンジン出力を最大限まで引き上げた。

 

『フォーゲル2番機、後ろに付かれ――ダメだ、通信途絶!!』

 

 スパローが後方から迫る中でも、蒼光は的確に機関砲をばらまき、逃げ遅れたフォーゲルの一機を撃ち落した。奴の速力は、もはやレシプロ機の規範にとらわれていない。ジェット機並みの加速、そしてレシプロ機の機動性。それらを組み合わせた蒼光は、続いて一機に右方向へ旋回してミサイルの追尾すらも振り切ろうと画策した。

 

「逃がすかァ!!」

 

 その逃げる先へ、後部上方から機関砲弾を一気に浴びせる。逃げ道をふさぐ、ただそれだけを考えて残弾数が半分に到達するまで射出スイッチを連続的に押し込んだ。あの機動性の高さを何とかするためには、複数方向からの同時攻撃に頼るしかない。僚機も地上からの支援射撃もない現状で、自分一機のみで行うための方法は、これしかない。

 

 逃げる先へ殺到する機関砲弾の群れに僅かにその機動を鈍らせる蒼光。スパローミサイルはそれを見逃しはしなかった。直撃させるこちは不可能、しかし敵機の側方まで到達したスパローミサイルは、その近接信管を作動させた。ミサイルの爆発と共に放たれる幾多もの破片。至近距離からの機関砲弾乱射に匹敵するその弾幕は、如何に機動性が高かろうが到底避けきれるものではない。千切れる尾翼、そして胴体中央部。爆炎と剥がれ落ちる装甲の切れ間から、一層強い蒼い光が垣間見えた。

 

「止めだ!! フォックス――」

 

 スパローミサイルの残弾はこれが最後だ。それを打ち出そうとして、寸前でそのスイッチから手を離した。機体の各部を砕かれてなお、蒼光はその機動性を完全には失ってはいなかった。急激な機動でその進行方向を下方へと落とし、F-14AのFUDから瞬時に姿を消す。逃がすまいと、操縦桿を押し倒して遥か彼方の海面を正面に捉えた。

 体に降りかかる浮遊感。そして再び正面に捉えた敵機体の姿。蒼い発光が機体各部から漏れ出しており、その挙動は不安定に揺れている。

 

『警告!! 敵旗艦より砲撃を確認!! ウォードッグ4、艦砲射撃の有効圏内にいるぞ!!』

 

 やられた、その思いと共に舌打ちを鳴らした。急降下をした蒼光は、ただ単に逃げたわけではないのだ。今の自分がいる高度は、幽霊空母姫よりも下の空域――艦載砲の死角から有効射程圏内へと誘い込まれた。機体後方部で沸き起こる広域爆破。そしてキャノピー右側で確認した幽霊空母姫は、その腹部から再び爆炎を放つ。そして最悪なことに、奴の背部に設置されたジェットエンジンは、既に青紫の光を灯してジェット噴射を開始していた。

 

「アーチャーからサンダーヘッド!! 幽霊空母姫の背部エンジンに火が付いた!!」

『フォーゲルを向かわせる。敵旗艦からの砲撃着弾地点をマーキングした。何としてでも避けろ!!』

 

 再び速度を上げていく幽霊空母姫を、生き残ったフォーゲルたちが追撃していく。絶望的なことに、彼らに降りかかりかねない艦砲射撃と蒼光の迎撃は、今は僕が引き受けてしまっている。冗談じゃない。蒼光だけでも勝てるか五分五分だというのに、その追撃を阻害する範囲攻撃がやってくるだなんて。レーダーサイトに示された砲撃の炸裂地点が蒼光とこちらの間に現れ、舌打ちと共に機体の向きを修正した。

 そして再び巻き起こる広域爆破。打ち上げ花火を数倍強悪にした対空焼霰弾の炸裂が、もともとの進行先に表れた。高度を上げて再び艦載砲の死角へと行こうにも、誘い込まれた高度から脱する前に次弾射出が控えており下手に頭を上げることは危険極まりない。爆炎の中で見失った蒼光、それを探そうとレーダーサイトを眺め、再び示される赤い着弾予想サークル。この存在が蒼光の追跡を困難なものにした。

 

「チッ……まっすぐ飛べたもんじゃないぞこれは……」

 

 再び機首の向きを修正し、そしてその砲撃の元を睨め付けた。予備のエンジンすらも、片方を欠損した幽霊空母姫の巨体。その状態でなお、腹部の巨大艦載砲はその砲口をこちらへと向けているのだろう。奴をどうにかしなければ、蒼光の追撃どころではない。歯を噛みしめ、そして覚悟を決めた。

 

「計画を前倒しします!! これより艦載主砲を攻撃、奴の対地攻撃能力を無力化する!!」

『了解した――警告!! 後方より敵機接近!! 蒼に後ろを付かれているぞ!!』

 

 どちらかに狙いを絞れば、フリーとなったもう片方に狙われる。そんなものは覚悟の上だ。手負いの戦闘機一機と広範囲攻撃を常に行う巨大主砲。戦略的に見てどちらがより脅威が大きいかなんて、そんなものは明らかだった。レーダーサイト上に見える一つの影が、確かに僕の機体を追跡している。広範囲爆破の影に隠れていたあの蒼光だ。

 段々と近づく幽霊空母姫の巨体。あの腹に抱えられた巨大主砲には、ロックオンそのものは不可能な対空ミサイルは通用しない。だからこその、射撃の瞬間に発せられる熱源をマーキングできる赤外誘導ミサイル。一発の威力は確かにあの巨大主砲に対して全く有効打にはなり得ないだろう。ならば、数を揃えるだけだ。

 

『背部エンジン二基めを破壊した。残弾のあるフォーゲルを向かわせる。敵主砲の射撃に合わせ、飽和攻撃を行うぞ!!』

 

 正面に捉えた巨大主砲の姿が、朧気ながら見えてきた。目視可能ということは、その射撃から着弾までの速度も段違いなものになるだろう。その標的が再び爆炎を噴出した瞬間に、操縦桿を右方向に傾けた。

 

『フォーゲル隊、攻撃可能位置に付いた。次の射撃時に、一斉にAIM-9を射出する』

「了解……ッ!!」

 

 至近距離で爆発が巻き起こり、機体が大きく揺らされた。そして相変わらず後方部からは蒼光が迫りくる。幽霊空母姫との距離は後5マイル。あの砲撃が時限信管による管制の元で行われているならば、もう少し近づければ広範囲爆破の有効射程圏よりも内側へと入り込めるだろう。しかしそうなれば、機体脇を通過する砲弾そのものによる衝撃波が脅威になるのは間違いない。それに砲自身に近づけば咄嗟の砲撃に対して対応することは不可能だ。

 このぎりぎりの距離。こちらの赤外誘導ミサイルの射程的にも、艦載砲の回避難易度にも、絶妙なバランスが取れている空間にて次弾射撃を待ち受ける。操縦桿を握り締める手も、ミサイル射出スイッチに被せられた指も、どちらもが興奮のあまりに震えだす。その背後で、段々と距離を詰める蒼光。奴の機関砲の射程圏内に捉えられるか、それともそれよりも先に艦載砲が火を噴くか。レーダーサイトと機体正面を、交互に食い入るように見つめる。今か、まだか。その視線の先で、黒々としたその艦載砲が、爆炎をまき散らし――

 

「――フォックス2!!」

『AIM-9一斉射出!!』

 

 ミサイルを放った瞬間に、操縦桿を目いっぱい倒して一気に自身が居た場所を離脱する。急激な遠心力によって意識が遠のくと同時に猛烈な眩暈までもが襲い来る。しかしその飛びかけた意識が、機体真横の空域で起きた巨大な広域爆破が巻き起こす強烈な衝撃波によってたたき起こされた。

 安定しない機体、そして失速寸前まで下がった機体速度。操縦桿と機体挙動の整合性が取れない、完全なストール状態へと陥った。すぐにエンジンスロットルを押し込み、機体態勢を何とか水平に持ち込んで安定性を元に戻す。今攻撃されたら、完全に避けることが不可能となる。瞳の前を、冷や汗一滴が滑り落ちた。

 

『フォーゲルからの映像を確認――撃破!! 敵旗艦の艦載砲撃破を確認!! そして蒼も最後の砲撃に巻き込まれたぞ!!』

「か、確認しますッ」

 

 サンダーヘッドの通信がキャノピー内部へと響き、すぐさまレーダーサイトへと目を移す。そこにはもうF-14Aを追い掛け回す敵機影は映っておらず、振り返ってみても蒼い光どころか何も追ってきてはいなかった。こちらに猛然と追いすがるがあまりその母艦が放った砲撃に巻き込まれて最期を遂げるだなんて、あの脅威のエース機にしては何とも皮肉気で呆気のない、しかし完璧ともいえる結末だ。こちらに残った武装は残弾数半分の機関砲と、一発だけのスパローミサイル。これで止めをさせたかなんて非常に怪しい。まだ運には見放されては居なかったのだと、ため息を吐いた。

 

 そして視線を幽霊空母姫へと移した。腹部に備えられていた16インチ口径の巨大艦載砲は、その根元から轟轟と炎を巻き上げていた。砲身はだらりと垂れ下がり、もはや砲台そのものが本体から剥がれ落ちるのも時間の問題というありさまだ。高度10,000フィートを切ってなお、幽霊空母姫の本体そのものも速力と高度共に下がり続け、もう抵抗の余地は残されているようには見えない。

 だがそれでも、他の箇所の黒々とした外殻そのものには全くダメージは与えられてはいない。しぶとく滞空を続けているうちに、何かの拍子でエンジンの再起動でも起こればもはや作戦は失敗だ。だからといって、残りの兵装が対空用の物しか残ってない現状では、僕を含めた航空部隊によるこれ以上の手出しは不可能だ。そう、航空部隊ならば。もう、僕たち航空部隊の仕事は終いだ。ここからは彼女たちの出番だ。

 

「ウォードッグ4より全艦へ!! 幽霊空母姫のエンジン、並びに腹部艦載砲の破壊が完了した!! これより作戦の最終段階へ移行します!!」

『Jawohl!! 38 cm主砲はいつでも撃てるわ。いつ砲撃指示を出しても良いのよ?』

 

 ここより南方10マイルの地点で作戦の最終段階へと備える海上の艦隊へ向けた無線通信に、グリフィン大佐よりも先にビスマルクが応答した。どこまで準備万端なのやら、その威勢の良さに思わず吹き出してしまうとともに、何とも頼もしいものだと安心感をも覚えた。

 

「ビスマルク、そちらの状況は?」

『安心なさい。敵空母はサラトガ航空隊の先制攻撃により壊滅。私たちの前を遮る勢力は、ゼロよ』

 

 流石はグリフィン大佐の指揮といったところか。海上の空母からの増援が無かったのは、既に下でけりをつけていたからなのだ。お陰で第一フェイズにおいて幽霊空母姫艦載機部隊との交戦にあたったヘルキャット編隊は、他方から邪魔をされることなく彼らの足止めに成功したのだろう。そちらの交戦区域においても、敵機影はそのほとんどが駆逐をされていた。海上と空中、幽霊空母姫が率いる艦隊の最後は、もうそこまで迫っている。

 

 高度7,000フィート、速度時速400 km。サンダーヘッドから作戦に参加するすべての艦船と航空機のレーダーに幽霊空母姫の情報がデータリンクされた。完全に死に体、大気圏外などもはや到達することの敵わない遥か彼方だ。正に一年前、セレス海でアークバードを撃墜したときと同じような光景だ。哀れ、そう表現していたスノー大尉の言葉が、何故か今になって鮮明に思い出される。

 

 未だ消える気配のない、幽霊空母姫腹部の炎上。それが連続した大きな爆発へと昇華し、とうとう使い物にならなくなった艦載砲が砲台ごと腹部から落下をしていった。青々とした海へと落下をしていく16インチ口径砲台、そしてそれが設置されていた部分には大きな穴が残された。黒い外殻にぽっかりと空いた大きな欠損部。その先に、金色の光を発するコアが姿を現した。まるで心臓のようにゆっくりと瞬く金色の光。その存在が、あの巨体が無機物なのか生き物なのかという境界線をあいまいにした。

 

 

 

 光がひときわ強く瞬き、その瞬間に無線通信のノイズ音がコクピット内に響き渡った。そうだ、このノイズ音は初めてではない。サンド島が襲撃された時にも聞こえた、あの不気味な声。その声の正体はおそらく――

 

『――ザザ――マタ私ハ、オチル――ノカ――ラーズ、グリーズ――』

 

 そしてまたノイズの奥から、囁きかけるような声が聞こえてきた。不気味な声色の、性別の判断すらもつかないようなくぐもった声。しかしそれは、確かに感情を伴っている。

 

『――ワタシノ存在意義ヲ、使命ヲ捩ジ曲ゲタ――ベルカガ、ニンゲンガ――憎イ!!』

 

 それは悲しみ、怒り。激情に充てられた金色の光とその声は、今まさに最期の砲撃を受けんとしている死に体のものとは思えなかった。

 

「……ええ、罪は人間の側にあります。貴女が墜ちなければならなかったのも、その異形の躰で蘇ったことも」

『――ア――アア――星空ガ、遠イ――』

 

 もう見ることは敵わない星空。高度と速度を保てずに海面へと近づく幽霊空母姫の巨体が、まるで決して届かない空へと手を伸ばす弱り果てた一人の女性へと幻視する。その金色の瞳から、赤い涙がこぼれ墜ちた。

 

 

 

『――ザ――督!!――ザザ――えてる!? 提督!! 聞こえているならばこちらの通信に応答して!!』

 

 その一言で、ハッと意識を戻された。相変わらず目の前にあるのは、高度を下げる幽霊空母姫の巨体だ。そこに人間のような雰囲気など存在しない。そしてビスマルクから入った無線通信も、まったくノイズのないクリアなものになっていた。

 

「こちらアーチャー。一時的な無線通信のエラーです。敵旗艦の動きは完全に落下状態へと入りました。ビスマルク、射撃用意――」

 

 機体位置を横へとずらし、データリンクによって全艦娘に共有された最終標的への射線を開けた。断末魔の黒煙を巻き上げる幽霊空母姫に対する、最期の介錯だ。

 

「――撃て!!」

『Feuer!!』

 

 その一言と共に無線通信の奥から巨大な爆音が鳴り響いた。38 cm艦載砲の一斉射。あの巨体の息の根を止めるに足る、戦艦ビスマルクの圧倒的火力の源だ。そしてそれは、この激動の一か月間に及んだ戦いを締めくくる幕引きとなるだろう。律儀にもレーダーサイトに映し出されたビスマルクから放たれた徹甲弾。その小さな影が、死にかけの巨大な影へと到達した。

 

『――マタ、アノ星空へ……私は――』

 

 僅かに聞こえた無線通信。その言葉が終わる前に、金色のコアが巨大な爆炎に覆いつくされた。38 cm主砲の直撃。それはたとえ全長100 mを優に越す漆黒の外殻に包まれた幽霊空母姫の巨体であっても、貫通するには十分過ぎる威力を誇っていた。

 

「砲撃の着弾を確認。更に撃て!!」

『次弾装填、発射!!』

 

 コアの発する光が立ち消え、そして貫かれた大穴を起点として幽霊空母姫全体を炎と黒煙が包み込んだ。幾多もの破片が炎に包まれながら剥がれ落ちていき、そして本体の落下速度も加速度的に上昇していく。破損したエンジンも、尾翼部分も、全てが赤黒い炎に包まれたその姿は、もう生きている気配を何も感じさせない。

 迫りくる第二射。爆炎に包まれて海面へと向かう敵旗艦の成れの果て。所属不明の無線通信は、もう二度と入ってくることは無かった。

 

 オペレーション・フェイルノート。黒に染まり深海から蘇った平和の象徴から本当の平和を守るための戦いは、こうして幕を閉じたのだ。




祝・ビスマルク着任

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。