Ace Combat 5.1 The Pacific War   作:丸いの

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10. ACE and HEROINES

「これより、幽霊空母姫追撃作戦会議を始める」

 

 ウィーカー中将の合図とともに、最後の作戦会議の幕が上がった。会議室の円卓に座る佐官級将校と艦娘達。円卓中央部に置かれた大きな海図。その中心部に、黒い三角形が鎮座していた。この空を飛ぶ災厄を落とすための話し合いに、上座も下座も存在しない。一軍艦隊の艦娘数名を欠いているという苦々しい現状が、一層目的を達するための団結力へと向かっているように見えた。

 

「グリム少佐。敵旗艦、幽霊空母姫の情報を皆へ説明せよ」

「ハッ、承知しました」

 

 その指令と共に席を立ち、スクリーンの脇に立つ。向けられたすべての人員の視線。特に艦娘達は欲しているのだ。最大戦力アイオワを含む三隻を瞬時に戦闘不能へと追い込み、そのうち一艦を海没せしめた化け物の正体を。大戦時に沈んだ海軍艦が怨念と共に蘇った存在ともうわさされる深海棲艦の範疇からは明らかに外れた存在。それは、彼女たちの理解を大きく超えたものなのだ。

 

「我々が幽霊空母姫と呼称する存在、その正体はおそらく元オーシア国防空軍管轄、大気機動宇宙機アークバードそのものでしょう」

 

 スクリーンに映し出された、まだ白い鳥として空を舞っていた頃の写真。艦娘達の表情がこわ張る。深海化する前の姿は、僕たち人間にとってみたら故人の生前の姿なのだ。それも、死後特大級の悪霊と化した、壮絶な存在の生前。それがこの写真にまじまじと写っているのだ。

 

「戦没する前のアークバードは、普段は地球の軌道上を周回して有事の際には大気圏上層まで下降して任務にあたる、言わば衛星兵器でした」

 

 海上に展開する戦闘部隊たる戦闘艦とは文字通り住んでいる場所が違う、遥か頭上の攻撃衛星。当然ながら、話を聞いただけではそんなことを彼女たちは想像することは出来ない。しかし宇宙空間から撮影されたアークバードの写真をスクリーンに映してみれば、もうそういうものがいると理解するしかないだろう。

 

「アークバードの役割は、世界情勢の変化によってその役割と能力が二転三転しました」

 

 大戦後から続くユークトバニア連邦共和国との間に存在したイデオロギー対立よって、二国間は冷戦状態にあった時期が存在する。当時ユークトバニアが開発を進めていた大型潜水艦を始めとする弾道ミサイル関連の技術進歩に対抗すべく、オーシアは弾道ミサイル迎撃システムの構築を行っていた。そのうちの一つが、常に地球の周回軌道に位置しており、弾道ミサイル発射の際には即時降下して迎撃に当たる攻撃型人工衛星だ。これが、アークバードの誕生である。腹部に高出力レーザーモジュールを取り付けられ実戦に備えていたアークバードは、幸いにもそれを使用することなく取り外されることとなった。

 

「その後、大事に至る前に冷戦は終結しました。それと同時期に、地球に小惑星ユリシーズの欠片が降り注いだ。軌道上に取り残されたアークバードには次なる任務が与えられました」

 

 ユリシーズの欠片達は、地球の周回軌道上に幾多もの微小隕石群を残していった。今後の宇宙開発計画で障害となるだけではなく、それらが地球へと落下すれば更なる隕石被害が発生してしまう。それを防ぐために、アークバードは地球軌道清掃プラットフォームとして、平和利用されることとなった。

 

「軍事兵器から平和の象徴へと移り行く。そしてそれは、再び訪れた戦争により、衛星兵器へと逆戻りすることとなりました」

 

 オーシアとユークトバニアの間で勃発した、環太平洋戦争。容赦なく登用されたシンファクシ級潜水空母に対抗するため、一度は取り外した筈のレーザーモジュールを再度取り付け、アークバードは再び軌道上から地上を攻撃可能な衛星兵器へとなったのだ。二度目となるアークバードの武装化は、それだけには留まらなかった。

 

「……その二国間の戦争を裏で操っていた勢力は、アークバードを接収した後に更なる武装を施した。今我々が前にしているアークバードの成れの果ては、その墜落する寸前の武装をモチーフにしている可能性が高いと思われます」

 

 昔話はここで一旦終いだ。スクリーンに、先日の戦闘の最中にとられた写真を映し出した。積乱雲を突き破り姿を現した黒い流線形の巨体。海上を進む一般的な空母と比較すれば流石に小さいものの、空を飛ぶものとしては旅客機など比較にもならないくらいの大きさを誇っている。

 

「これまでの戦闘経験から類推した、この幽霊空母姫のスペックを示していきます」

 

 まずは艦載機運用能力。無人戦闘機フォーゲルの運用能力から進化を遂げたと思われるそれは、今までの空襲事件からその規模をある程度は類推することが出来る。ハイエルラーク空軍基地が空襲を受けた際には、合計45機の戦闘機が動員された。そのため一度に運用することが可能な艦載機の数は、最低でもそれぐらいはあるということだ。これは、一般的な軽空母の能力に匹敵する。

 それだけじゃない。何隻かの艦娘を航行不能に追い込んだ、砲撃戦能力も無視することは出来ない。AWACSが観測した砲弾のレーダー解析によって、その大まかな砲撃の規模というものが類推することが可能となった。そしていざそのデータを初めて目にしたときに、その規模の大きさに思わず頭を抱えた。大戦時にオーシアでは広く流用されていた大口径主砲、16インチ砲から放たれたものであるという。大きな砲を作れば射程威力ともに飛躍的効果が伸びると期待された、あの大艦巨砲主義の遺産だ。左舷を掠めただけで重装甲を誇るアイオワを中破へ追い込んだことからも、その威力は健在であると見られる。

 

「そして、幽霊空母姫は速力にも優れています。大気圏内の巡航速度ですらレシプロ機の追従は難しく、さらに単独で大気圏外へ脱出が可能な推力をもつターボエンジンも備えています」

 

 アークバード撃墜計画のなかで、ターボエンジンの破壊は最優先事項として挙げられていた。一度大気圏外へ逃げられてしまったら、たとえアフターバーナーを吹かせたジェット戦闘機であっても追い付くことは不可能だ。先日の襲撃の際にレーダーサイト上で捉えた幽霊空母姫の動きを解析した結果、その加速性能と上昇能力からターボエンジンに相当する機構を搭載していることは間違いないだろう。

 

「以上を踏まえ、幽霊空母姫の撃墜計画、フェイルノート作戦の概要を説明します」

 

 そんな幽霊空母姫を墜とすにはどうすればいい。それこそが、本作戦最大のポイントなのだ。狙うべきタイミングは、幽霊空母姫が低空まで降りてこなければならないタイミングを突くしかない。それは大気機動の最中だけではなく、補給活動を行うときである。

 

「前回幽霊空母姫と遭遇したその瞬間こそ、奴の補給タイミングたっだと思われます。海上補給艦隊からの艦載機・燃料などの補給は、常に飛行をする奴にとって最大の弱点となります」

 

 その前回で行われた直接戦闘において、こちらは対処法を誤り甚大な被害を被った。しかし、幽霊空母姫側が全くの損害ゼロであったわけではない。こちらを直接攻撃するために射出した艦載機たちの数は20機にも上る。それらは、サラトガの迎撃部隊によってすべてが撃墜された。この数は、一度の補給活動で海上艦隊から受け取れる艦載機の数に匹敵する。つまり今の幽霊空母姫は、少なくとも最大搭載時と比較して20機も少ない戦力状態にあるということだ。そして前回の補給時にこちらが打って出たことから、燃料や弾薬の補給すらもフルではない可能性は高い。

 

「奴はまた必ず補給を行います。宇宙局が出した幽霊空母姫の周回軌道、及び無人ドローンによる補給艦隊の観測結果から見て、次の補給タイミングは3日後の大西洋中央部という計算結果がたてられました。奴を墜とすには、そのタイミングを除いて存在しない!!」

 

 一筋縄ではいかない幽霊空母姫を墜とす為の、多段フェイズからなる撃墜計画。それを皆が見つめるスクリーンに映し出す。前もってあらすじを伝えていたためか納得といった雰囲気で頷く大佐や中将。その一方で、作戦概要を見た瞬間に艦娘達は怪訝そうな表情をする。特にビスマルクは、見た途端にその端正な表情を険しくゆがめた。

 

「これが、現状における作戦計画概要です。本作戦はこのような多段階のフェイズからなる――」

「提督!! いくらなんでも、これは危険過ぎるッ!!」

 

 第一フェイズが妖精たちのレシプロ機編隊による幽霊空母姫艦載機部隊への陽動作戦、第二フェイズがジェット戦闘機による幽霊空母姫本体への打撃。これらは全て、エンジン破損による高度低下を余儀無くされた幽霊空母姫を艦娘たちの砲撃により破壊する最終フェイズに向けた前段作戦なのだ。

 そしてこれら、前段作戦を最前線で指揮する人間こそ、ベルカ艦部隊提督、ハンス・グリム海軍少佐――つまりはこの僕だ。

 

「あなたは伝説のエースパイロットだとでも言うの!? 前線で飛んで、また墜ちたら命の保証なんてどこにも無いのよ!? この前のようにまた被弾したらと思うと、お願いだから――」

「不死身のエースなんてそうそう存在しません。大戦時に幾多の不沈艦の呼び名を持つ船が沈んだようにね。これは戦争だ。命の危険がない戦いなんてどこにもない。君たちがどう思おうが僕はまだ一人のパイロットだ」

 

 サンド島第八艦隊のなかで、ベルカ艦隊の彼女たち、そのなかでも特にビスマルクは特殊だ。指揮官である僕に対して、その危害を極端に怯えている。指揮官は後方で構えていろという論は、多くの場合において間違いではない。確かに司令官が空を飛んで前線にて戦うというのはあまり誉められた状況ではないだろう。だが、そのような理性的に考えた現状への否定ではなく、ビスマルクは感情的に僕への被害を拒絶しているように見えて仕方がないのだ。

 

「でも……でもッ!! あなたを危険な目に合わすには……」

「……意見は後ほど個別に受け付けましょう。今は、会議の進行が優先です」

 

 何かを言おうとして、それでも言葉に仕切れない様子のビスマルクを、会議の進行役という名目で強制的に黙らせた。正直いって卑怯な行動なのだろう。見えない手を伸ばしてこちらを掴もうともがく彼女を見て見ぬふりをして、またスクリーンへ向き合うだなんて。

 だが僕は今や艦隊の司令官だ。いくら仮染めの存在とは言え求められた役割は作戦の指揮であり、個々のカウンセラーなどではない。今の僕に求められている、そして行うべきことは、早急の作戦立案なのだ。

 

「では各フェイズについて、詳細に説明していきます」

 

 うつ向いて何かを我慢するかのように押し黙るビスマルクを、今は敢えて見えないふりをした。

 

 

*  *  *

 

 

「以上で作戦会議を終了する。オペレーション・フェイルノートは明日0500より始動、各自補給整備の確認に努めよ」

 

 中将の言葉と共に、ほとんどのメンバーが足早に作戦使令室を後にしていく。そして大佐や中将が去り敬礼を返すなか、この広い部屋の人口密度はすっかりがらんどうと化した。今この場に残っているのは、資料をまとめながらプロジェクターの電源が落ちるのを待っている僕と、それを視界の端で確認しながら座ったままのビスマルクだけだ。

 彼女がこの場に残っている理由は明快だ。先ほどの作戦会議において、提督である僕の参戦をあそこまで拒んだのだ。結果的にあのときの提案のまま、オペレーション・フェイルノートの前段作戦において僕はその指揮系統を完全に任せられることとなった。彼女は、当然それについて思うところがあるに違いない。

 

「……作戦会議は終りましたよ。でもまあ、ちょっとくらい話していきますか」

「……うん」

 

 この島に赴任してからもう一月は経過した。そんな十分すぎる時間が経過した最近になり、僕は自身の指揮する彼女たちの史実を少し調べてみた。例えば2隻の駆逐艦たち。大戦時に海へと沈んだ理由は、敵の攻撃ではなくまさかの味方空軍の誤爆だったようだ。なるほど、当初から彼女たちの反応がどこか淡白だったのも、そんな来歴があるならば無理もない。トムキャットに誤爆の危険性がないと分かったときの安堵の表情は、そこにあるのだろう。

 

 当然、現在目の前で座るビスマルクについてもそのバックボーンは調べられる範囲で目を通した。その上で、頑なに僕が前線指揮を行うことを拒絶する理由を考えてみたが、中々思い当たるエピソードは見つからない。彼女の来歴のなかで、艦長に恵まれなかったなどという事実はない。それに戦没が大戦初期とはいえ、その戦績は並みいる戦闘艦の中でも上位に食い込むものだ。

 

「……君は、何を恐れているんですか? 確かに誰もが傷付かない戦いなんてどこにもない。だが、傷付く人間を減らすことは出来る。告別のラッパが響く時間を減らすためなら、僕は喜んで弾丸の飛び交う空を飛ぶよ」

 

 いくら飛ぼうが全てを救うことは無理だ。全ての戦いが終わったときに、その無情さに一度は操縦捍を握ることを止めたほどだ。そして今はもう一度空を見上げている。己の理想に届かなくても、いつかは届くようにしよう。そう思える切っ掛けになったベルカ艦部隊を率いるのだ。

 

「我が儘なのは認めます。だけど、僕は一人安全圏にいることは耐えられない質なんです」

「でも……でもッ!! あなたが墜ちるのは、絶対に駄目なのよ……」

 

 ビスマルクがそこまで司令官の喪失を恐れる理由とはいったい何なのか。つかみきれない彼女の真意を引き出そうと、ただ黙って彼女が話の続きを語りだすまで待っていた。

 

 壁に掛けられた時計の針の音や、窓の外から響くプロペラの回転音が部屋の中に浸透する。部屋の中に置かれた飲料水スタンドから二人分のコップを取り、うつ向いたままの彼女の前にその一つを置いた。後続で発進するジェット戦闘機隊は、幸いまだ整備開始まで時間はたっぷりとあるのだ。まだまだ、ここで時間を潰せる余裕はある。

 ふと、プロペラ機のたてる音に混じって特徴的なジェットエンジンの音が聞こえてきた。どうやら今作戦の中でも重要なウェイトを担う部隊が到着したようだ。昨日に中将へ電話で進言してからまだ丸一日も経ってはいないのに、その仕事の早さは度肝を抜かされる。まあ、"彼ら"の初めての実戦ともなれば、それを早く運用したい軍の上層部にとっても渡りに船なのかもしれない。

 

 そんなふうに意識を別の方向に飛ばしていること数分間、ようやく目の前の彼女は小さく口を開いた。

 

「……大戦時の私の来歴は、もう調べているのよね」

「ええ。といっても最近になってだけどね。すごい戦績じゃないですか。ウェロー帝国海軍の象徴とも言える戦艦を沈め、更には単艦で相手の海軍と渡り合うなんて」

 

 そう言ってみると、ビスマルクは少しだけ得意気に微笑みながらも、すぐにまた憂いを帯びた表情をかたちづくった。

 

「華やかな経歴よね。自分でみても嘘みたいだもの。でも、あなたはこの戦歴の持つ本当の意味は分かる?」

 

 空でいうなら間違いなくエース。戦没したとはいえ、その戦歴の凄さは大戦時の中でも上位。そんな中で彼女の言う、本当の意味とは何なんだろうか。答えられずにいると、ビスマルクは静かに話し出した。

 

「……多勢に無勢、幾つもの敵艦に追い回され、最後は一人ぼっちで沈む。誰も看取ったことの無い私は、誰にも看取られずに沈んだのよ」

 

 大戦初期、ノースポイントとオーシア間の開戦すら始まらぬ間に彼女は沈んだ。それはつまり、有名どころでは大戦最初期の戦没艦とも言い換えられるのだ。

 

「私という主力を喪失したベルカ海軍の衰退は、歴史が物語っているわ。あなたなら分かってくれるはず……トップがいなくなることの影響を」

 

 それが、僕に空を飛ぶなと懇願する理由なのか。しかし、彼女はそれだけじゃないとその端正な表情を歪めた。

 

「戦闘機が墜ちたら、あなたはこの空で一人ぼっちで死ぬのよ? 死の瞬間、誰にも看取られない……あなたの言う通り、ラーズグリーズのような不死身のエースなんてそうそう存在しないわ。私たちベルカ艦隊を指揮するに足るあなたに、私はそんな惨めな最期を迎えて欲しくはない!!」

 

 机を叩き身を乗り出して訴えるビスマルクの表情は、息を飲むほどに真に迫っていた。一度経験したからこそ分かるのだろうか、沈む間際にその隣に誰も居ないという恐怖と惨めさを。

 

「……それが、私があなたにこの作戦で飛んでほしくない理由よ。私たちの提督が後方指揮に徹するのではなくて、同じ戦場で共に戦ってくれていることは、とても誇らしいわ。でもそれ以上に、私はあなたをそんな場所で失いたくない。漸く見つけた、昔のベルカを思い起こさせるあなたを――」

「――悪魔はその力を以って大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。しばしの眠りの後、ラーズグリーズは再び現れる。知っているかい? 有名な童話、姫君の青い鳥の一節だよ」

 

 彼女は確かに言った。ラーズグリーズのような不死身のエースなんてそうそう存在しない。ひとつ訂正するとしたら、ラーズグリーズは決して不死身なんかではない。しかし、不死身というあり得ない存在と思われる程度には、敵味方に畏敬の念を持たれた存在なのだ。

 

「提督? あなた、一体何を……」

「みんな、ラーズグリーズの名前を捨ててもうとっくに眠りから覚めていたんだ。そして最後の一匹が最近になってようやく長い居眠りからたたき起こされた。そう、君たちにね」

 

 彼女がラーズグリーズの存在について知っているならば、その戦績も把握しているだろう。どんな戦況をもひっくり返す、敵からしてみればまさに悪魔たち。そしていつの間にか英雄にまで祭り上げられていた伝説の部隊。だからこそ、その目の前にいる存在の正体を明かしてやろう。それで彼女の安心感が少しでも充足するのだとしたら、秘密保持の漏洩という行為は安いものだ。

 

「ラーズグリーズの4番機、コールサイン"アーチャー"。それが僕の一年前の所属であり、正体ですよ」

 

 その瞬間、ビスマルクの目が見開いた。これまで度々、引き合いに出しては僕がそのような伝説級エースではないと説得を試みていたその理論を、根底からひっくり返す新事実だ。

 

「う、嘘……」

「嘘じゃありませんよ。僕もおやじさんも敢えて黙っていたけどね。あと数年間、隊そのものすら公式には存在しない扱いだ。そんなものの一員だったと急に言われて信じられないのも分かりますよ」

 

 少しだけ胸がすくような、むず痒い感覚が腹の内から響いてきた。隠してきた正体を敢えて知らせるという瞬間は、わかってはいたけど少しだけ得意げになってしまうものだ。

 

「ビスマルクさんは、僕がラーズグリーズのような伝説級パイロットじゃないから飛ぶなと言ってましたよね。じゃあ、ラーズグリーズの一員ならばどうですか。確かに僕は不死身じゃない。でも腕は信じてもらっても、良いんですよ?」

 

 それでも、まだ頷ききれない彼女の目を正面から見据えた。

 

『……そして僕はオーシア人でありベルカ生まれだ。昔のベルカだけじゃない。もう少しだけ、君の思う強いベルカを一緒に目指しましょうよ』

 

 拙いベルカ訛りで言える精一杯を、視線を寸分もずらさず言い切った。こんな気障っぽいセリフなんて、どうしても首を縦に振り切れない部下の説得以外じゃあ、頑張ったって口から出て来やしないだろう。そんな一歩間違えれば黒歴史間違いなしの発言を真正面から受けたビスマルクが、噛みしめるかのようにゆっくりと目を瞑った。

 その即レスポンスが入ってこない絶妙な間に、自然と額に汗が浮かぶ。まさか最後の最後で外したか、結局自分は編隊の中の最年少枠というポジションから抜け出すことは出来なかったのか。たかが沈黙数秒でむしろこちらの頭が混乱してきた中で、急に手持無沙汰に机の上で組んでいた両手を温かい何かが包み込んだ。

 

「……あなたは私を本気にさせたわ。あなたが墜ちたら……私が沈んだ後に散々なじってあげるから覚悟なさい」

「君は沈みません。僕が空を飛ぶ限りは」

 

 それが、僕に空を飛ぶことを許すに至った彼女なりの妥協点なのだろう。だが彼女を沈ませるわけにはいかない。僕の目が黒いうちは、そんなことを絶対に許しはしない。身を乗り出して僕の両手を包み込んだ白く細い手は、その力を僅かに強めた。

 

 

*  *  *

 

 

『ウォードッグ隊、まもなく作戦空域へと入る。遭遇予想地点まであと80マイル』

 

 高度10,000フィート。せめて目視で見つからないようにと掠れ雲の中を飛行する一団は、先頭を行くF-14Aを含めてその総数は20を超えていた。全ての機体が、決戦に備えて万全の武装状態で飛行を続けている。このF-14Aも、すべてのミサイルポッドに空対空ミサイルを括り付けた重装備だ。そして、本作戦を支える隠密部隊ともいえる一団も、この空域に着々と到達しつつある。レーダーサイトの端に、その一団がようやく映り込んだ。

 

『警告、進行方向に巨大飛行物体を認めた。長周波レーダーのため形は不明瞭だが、間違いない。各員、データリンクを確認せよ』

 

 レーダーに映る巨大な影。やはり奴は、また補給を行うために降下をしてきたのだ。ヘルメットの中で、噛みしめているはずの口がその端で歪んだ笑顔を形成した。操縦桿を一気に手前へと引き、その高度を一気に高めていく。目指すは高度50,000フィート。奴を迎え撃つ、本作戦第一段階のステージだ。

 

「全機、接敵に備えよ!! 全武装の射出系統を確認!! オペレーション・フェイルノート、開始せよ!!」




この話の都合により、以前の話の数か所にビスマルク姉さまがラーズグリーズのお勉強をしていた旨を追加しました

ばあさんや、ビスマルクの着任はまだかのぉ

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