ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

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色々とあり感想の返信が遅れたことお詫び申し上げます。

そしてこれから先の話になるのですが、子ジャンヌ以下の頭脳の作者では百年戦争の話をまとめることは無理だったので、大幅に省略して、捏造の嵐です。何も気にせずに作中のように気軽にゆるゆると呼んでもらえれば幸いです。

そして、今回99、9パーセントジャンヌさんが出ない。この作品はジャンヌさん以外、人物の固有名詞を出してないので、会話の全てが名前のない人々の会話に……。

一体この作品はどこに向かっているのか……


第七話

――そこは地獄だった。

 

不格好の数えきれない矢が風切り音を上げて飛び交い、どこからか大きな爆発音がすると思えば、冷淡な砲弾が上から降ってくる。そして、襲い掛かるは、砲弾や矢だけではなく、時には投石器によって飛んでくる石や、投げ槍による投擲なんていうものもあった。

 

――そこは、地獄だった。

 

一歩足を前に進める。横にいた仲間が、空から雨のように降ってくる矢に貫かれ死んだ。

 

もう、三歩足を進める。俺の前を走っていた先輩が投擲による槍で胸を一突きされ死んだ。

 

もう、十歩足を進める。今度は俺の後ろを走っていた同僚が、砲弾によって跡形もなく消し飛んだ。

 

――ここは、地獄だった。

 

仲間が次々と倒れていく。

 

それでも、足を止めることは許されない――俺の後ろに続く仲間のためにも。

 

仲間が次々と死んでいく。

 

それでも、大声で叫ぶことはやめられない――止めてしまえば、恐怖に呑まれてしまうから。

 

誰かの叫び声に、血の匂い、火薬の爆発音に、矢が通り過ぎる度に聞こえる風切り音。ここでは死が間近にいた。隣人だった。すぐ傍にいた。

 

――そう、ここは間違いなく地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争に参加するに当たってはどこかの軍隊に所属しないとならない。俺には何の後ろ盾もない。貴族の知り合いなんていないし、武芸に優れている訳でもない。そして見た目も黒目黒髪の黄色人種で、それに加えまともな出生地すら分からないと来た、そんな俺がまともな隊に入ることなど無理だ。

 

だが、そんな俺でも入れる隊がある。死に最も近い隊とも呼ばれ、身元不明の奴らや、ならず者、さらには軽犯罪者などなどで構成される隊だ。その隊の受け持つことは単純明快、攻めの戦いなら、一番槍、撤退戦なら、殿。

 

一番槍やら、殿やら格好良く言ってみたが、ようは生贄なのだ。いくら大砲や、弓、投石器などがあると言っても長距離でどれだけやりあっても最終的には誰かが攻め込まないといけない。その誰かを先導するのが俺の所属する隊であり、本隊の前に突っ込む役目を担うのが、俺たちだ。

 

地獄に一番近いどころか地獄一番街だとか、致死率150パーセントの部隊、老後の心配いらずな隊など色々な異名を持つのがこの部隊だった。ちなみに致死率150パーセントと言うのは敵に殺される可能性が100パーセントで味方の誤射で死ぬ可能性が50パーセントだとか……。

 

冗談や誇張はあるにしてもそれだけ言われるだけの事はあり、次々と顔ぶれが変わっていった。最初の戦いが終わると部隊の半分の人間が死んでいた。二回目の戦いが終わると、俺より古い人間は片手で数えるほどになった。三回目の戦いが終わると、俺より古い人間は誰も居なくなった。そして、四回目の戦いを終えると……同僚すら誰も居なくなった。

 

五回目の戦いの時には既に俺がその部隊で一番の古株で、隊長と呼ばれるようになった。そして、六回目の戦いが終わり、それでもまだ生きていた俺は敵からも味方からも特別視されるようになった。

 

勿論、無傷という訳ではなかった。弓で肩を貫かれることもあった。投擲の石が兜に当たり、兜が割れることもあった。傷がない所がないくらいに怪我をした。指だって、右手の薬指が飛ばされてどこかに消えた。それでも、足は動く。剣は握ることが出来る。それだけで十分だった。俺に求められていることは誰よりも早く戦場を駆け、敵陣に突っ込むこと、ただそれだけ。足さえ無事なら指の一本や二本安いものだ。

 

ここは、軍の中で一番死の匂いが濃い場所。個人の強さ何て関係ない。圧倒的なまでに死が身近にあった。だからこそ、戦と戦の間には生を実感できたし、同じ部隊の奴らで一緒に呑んで騒いで、宴会を開くことが多かった。このメンバーで酒が飲めるのは最後だと誰もが知っていたし、誰もが死と言う圧倒的恐怖から逃げるために酒を飲み、騒いだ。

 

それはそんな戦いと戦いの間のつかの間の休息の日の事だった。俺がドンレミの村から出て、暦は二度ほど回っていた。何時ものように部隊の皆で酒を飲んでいた時の事、部隊の一人がこちらに近づいてきた。

 

「何だ、隊長……。また飲んでないのか?」

 

「すまないな、下戸なんだよ」

 

「ふーん、そうかいそうかい。さすが隊長強いんだねぇ」

 

「強い?」

 

「そそ、アンタ強い。俺たちのような屑はどうしても、酒に頼ってしまう。いつ死ぬかも分からない恐怖を酒で誤魔化そうとしている。そうしないと気が狂いそうになる。でも、アンタは違う。酒に逃げずに向き合っている。……何となくアンタが戦場で死なない理由が分かった気がするよ。これだけ強いんだ。それは少々のことでは死にはしないな……」

 

そう言って彼はジョッキを片手に笑った。顔は赤く染まっていた。

 

「別に強くなんてないさ」

 

そう俺は強くなんてない。戦場ではいつだって足が震えているし、何回も、何十回、何百回と死体なんて物は見たのに、それでも今でも戦場で見ると吐きそうになる。死という隣人に恐怖を抱き、夜だって眠れないことが多い。そりゃそうだ、今まで平和に暮らしてきた人間がいきなり戦場で武器を取れば誰だってそうなる。それにここはあの世に一番近いどころか、半ばあの世に足を突っ込んでいるような部隊だ。その恐怖も一入だ。

 

――でも、逃げれない。

 

何故なら、自分で決めた道だから。他の誰でもない、自分で自分自身で決めた道だから、例え間違えだったとしても、例えそれが最善でなかったとしても、その道を選んだ俺には、その道を受け入れる義務がある。決して逃げてはいけない。

 

他の誰もが否定しても、世界中の全ての人が否定しても、自分だけは、自分自身だけは己の選んだ道を肯定しないといけない。それが自分の選択に責任を持つということだ。

 

怖くて毎晩眠れなくて、いつでも逃げ出したくなるような心情を内に抱えていても、表面ではふてぶてしく笑っていなければいけない。

 

――そう、だから俺は強くなんてないんだ。

 

ただ逃げることが出来ないだけだから……。

 

――今まで死ななかったのはきっと……。

 

『あなたのために祈ります』

 

きっと、そういう事だ。

 

「そうかいそうかい。アンタがそういうのなら、そういう事にしておこう」

 

「あぁ、そういうことにしておいてくれ」

 

俺の言葉に彼は笑うと、手に持つジョッキを一気に煽った

 

「あぁ、そう言えば隊長は知っていたっけな?」

 

「何をだ?」

 

「オルレアンの話だ。あの激戦区に神の声を聞いた聖女が現れたらしい。それ以来兵士の士気も上がりに上がり全戦全勝だとか……。俺たちもそのうちオルレアンに飛ばされてるだろうから、きっと顔を拝む機会があるだろうよ。まぁ、それも生きていればの話だが……えーっと、その聖女様の名前は何だっけな……あぁ、そうだ! 思い出した――」

 

――やっぱり、やっぱりか……。

 

彼女はこの道を選びとったか。

 

彼女がこの道を選んだということは、つまりそういうことだろう。

 

もしかしたら、今の彼女ならこの選択肢を選ばないかも、しれないと思っていた。野山を駆け回って遊び回っていた彼女なら、この選択肢を避けるのではないかと、どこかで思っていた。

 

でも、彼女はこの道を選んだ。聡明な彼女のことだ。きっと、この選択が何を生むのか分かっているだろう。彼女が自分自身で選んだ道だ。なら、俺には何も言う資格はない。

 

「――ジャンヌ・ダルクだ」

 

村を出て二年、この名前を俺は久しぶりに聞くことになった。

 

そして、それから、一年後。オルレアン奪還の最大の戦にて、俺とジャンヌは何の因果か戦場にて再び顔を合わせることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は良く晴れた日の事だった。青空が一面に広がり、空気が澄み通り、雲一つ見つからない。まさに快晴と言う二文字を体現した日だった。

 

そして、今日この日はフランスにとって大きな日となる。

 

オルレアン奪還戦線の大一番、一番大きな戦いが今日始まる。フランス全土から集められた軍隊はフランスが今持てる最大の兵力。この戦いで敗北するようなことがあれば、フランスはイングランドに攻め込まれる。

 

そんな大一番の日、開戦を待つフランス軍の前に一人の少女が立つ。艶のある金髪を風にたなびかせ、決意の色が籠った碧眼で眼前の兵士を見渡す。手には、純白の旗が風に揺られていた。

 

――本当にきれいになったもんだ。

 

遠目からしか見えないが、ここからでも十分に分かる。あのガキんちょがよくぞここまで、成長したもんだ。

 

彼女と戦場を共にするのは今日が初めてだ。それに俺はしがない一部隊の隊長、それもならず者が集まる隊だ。作戦会議なんて参加することは無理だ。それに比べて彼女はすでに軍の中でも指折りの地位にいた。そんな俺と彼女が顔を合わせる機会なんてなかった。きっと、彼女は俺がここにいることを知らない。もしかしたら、もう既に死んでいると思われているかも知れない。

 

「――っ―――――――っ!!!!」

 

彼女が叫ぶ。この声は離れている俺の下にも届いた。

 

信用の殆どない部隊なので、俺たちの隊は隅の方に追いやられていた。しかし、隅にいようとやることは一つ。ただ敵陣に駆け込むだけだ。

 

彼女のその呼応に応えるように兵士の士気があがる。もともと士気の高かった兵士の士気がさらに

上がる。

 

「―――――――っ! ――――!!!」

 

彼女の声は琳瑯璆鏘となるように綺麗で、でも力強く。俺たちを鼓舞させる。

 

「――――――――っ!!!!!」

 

彼女が最後の一言を言い終える。

 

その瞬間、兵士の士気が爆発した。爆発音に似た叫び声。後は開戦を待つだけだ。

 

 

 

 

「なぁ、隊長」

 

ふいに声を掛けられた。

 

振り向けば、俺の次に長くこの隊に努めている男が笑っていた。その横には部隊の皆がいた。皆、俺を見ている。

 

「どうした?」

 

「聖女様の演説も確かに良かったが、俺たちはアンタに今まで付いてきたんだ。特に二、三度、死線を乗り越えている奴らにとっては、聖女様のお言葉よりアンタの言葉の方がしっくりくるってもんだ。だから、一言だけでもいいから、何か言ってくれねぇか! きっとこれが最後の戦いだ。だから、頼むよ」

 

「……」

 

「おい、お前らあの“不死”の隊長様の有り難いお言葉だぞ! 心して聞きやがれ!」

 

彼はそう言って笑う。いや、彼だけではない。この部隊に所属するほとんどの人間が笑っていた。その笑顔を受けて俺も笑う。とても今から死にに行くような人間の顔ではなかった。

 

「聖女様の話の後に、俺のつまらん話なんてしても士気が下がるだけだから、手短に行こう。お前ら、空を見てみろ……。これ以上に無いってくらいの晴天だ。こんなに晴れる日なんて滅多にない! そして、今日のこの日は我がフランスにとって歴史的な日になるだろう。何と言っても、全戦全勝、神の声を聞いた聖女様がついているんだ! 最早、この戦、勝ったも同然だ!」

 

一人一人の顔を見渡す。皆、先ほどのまでの笑みを潜めて、真剣な表情で俺の言葉を聞いていた。

 

「なぁ、今日は“死ぬにはいい日だな”! こんな晴れた日に、フランスの記念すべき日に死ねたのならどれだけいいだろうか……。しかし! しかし、だお前ら! 俺たちのような、はぐれ者、ならず者には、死ぬには勿体ない日と思わんか!? こんな日に死のうものなら何かの間違えで天国にでも行きかねん! 俺は、いつか地獄で再び、お前たちと酒を飲むことを楽しみにしている! だから、死ぬな! こんな日に死ぬのはもったいない! 生きて、フランスの戦勝を共に祝おうではないか!」

 

そこで、息を大きく吸い込み。

 

「――Vive La France! (フランス万歳!)」

 

「「「――Vive La France! (フランス万歳!)」」」

 

隊の士気が最高潮に達した時だった。聖女様から開戦の合図が告げられた。聖女様が純白の旗を振る。

 

「いくぞ、お前ら! 死んででも生に食らいつけ!」

 

それを合図に剣を掲げ走り出す。

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」

 

一瞬だが、戦場を駆けだす俺と旗をふるジャンヌとで、目があった気がした。何百メートルも離れた場所で、お互いの表情なんて見えもしない筈なのだが、それでも彼女は――一瞬、笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

この日、フランスは戦いに勝利した。

 

そして、俺の耳にジャンヌダルクが異端諮問に掛けられたという話が入るのは直ぐのことだった。




そう言えば、前の話で出した船の話、多くの知らない人を助けるか、知り合いの少数を助けるかの話ですが、皆さんならどちらを助けますか?

ちなみ私は、知り合いの方を助けます。

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