ジャンヌはこの日張り切っていた。子供の部屋の床に自分が持っている服をありったけ並べてみて、どんな組み合わせにしようかと、うんうんと唸って考える。
野暮なことを言ってしまえばどのような組み合わせをしようとも、上から羽織るコートのせいで服は見えないのだが、そんなことに気付くジャンヌではない。あれでもない、これでもない、と色々と引き出しにある服を床に並べていく。
「これは気に入っているけど、何時も着ているし、こっちは裾が破けてる……」
もう既にジャンヌの服は押し入れには入っていない。
子供部屋の床は既に足の踏み場もないのだが、それを気にするジャンヌではない。散らばった服を体に当ててはこれは違う、あれも違うとポンポンと投げ捨てていく。
絹のようなキメの細かい金髪に、大きな碧眼、顔はとても整っていて、誰がどうみても美少女のジャンヌは何を着ても画になる。しかし、当の本人はそんな美貌には気付かず……いや、あるいは気付いたとしても服選びを止められないだろう。
「うーん、これは日焼けで色落ちしてるし、この組み合わせは可愛くない」
体に当ては投げ、当ては投げを繰り返す。どういう拘りがあるのか、それは本人にしか分からないが、強い拘りがあるのは間違いないようだ。
今日はジャンヌにとって特別な日なのだ。この日を一か月以上心待ちにしていたジャンヌはあれこれと服を組み合わせていく。
ちなみに、その組み合わせがさきほどからループしていることは本人は気付いていないのは言うまでも無い。
「うーん、この服はあの子と被るし……これと、これの組み合わせは、子供っぽい……。うーん、あぁそうだっ! お姉ちゃんの服を借りよう!」
ついには同室の姉の引き出しまで無断で開けて、あれこれ服を広げるジャンヌ。
その後彼女は服選びに没頭し、気付いた時には時間を過ぎており、大慌てで家を出ていくのだった。結局、選んだ服はいつも通りの組み合わせだ。
家に戻ったジャンヌが部屋に先に戻っていた姉に怒られるのは、最早言うまでもないだろう。
一歩外に出た瞬間から空気が違うのが肌で感じた。あちらこちらから聞こえる笑い声に、何処からか漂う良い匂い。そう、今日は年に一度の村を上げてのお祭り、収穫祭だ。大人たちはワインを片手に談笑し、子供たちはいつもより豪華な料理に舌鼓を打つ。
すれ違う人たちは、皆笑顔だった。
待ち合わせの時間にジャンヌは小さな足と手を懸命に振り、村の中心を目指す。結構なスピードで人と人の間を縫うように走るジャンヌにすれ違った人々は一瞬驚きの表情を見せるが、それがジャンヌだと分かると、いつもの事か、とまた表情を笑顔に戻す。
笑い声と共に行き交う人々の挨拶に、ジャンヌは走りながらも丁寧に答える。ジャンヌはこの村の大人たちにとっては可愛い存在で、皆から愛されていた。人形のような容姿に明るく元気な性格、まるで人に好かれるために生まれてきた少女は、大人だけではなく、子供たちからも好かれ、村中の全ての子供が友達だと言っても過言ではないほどだ。
常日頃から野山を駆け回っているジャンヌの脚力は同年代の子の中でも高い方で、ジャンヌの目的地、村の中心部にはすぐについた。
目的の人物はすぐに見つかった。この村には珍しい、黒髪は目立つ。
村の中心部、大きなたき火のそばで、火にあたりながら何かを飲んでいる青年を見つけたジャンヌの足は一段と早くなる。
近づくにつれ、彼が周りの人達と話していることに気付いた。ジャンヌと同じくらいの子供かそれよりも少し年上の子が多い。面倒見がいい彼は子供たちに人気があった。
その中の一人と彼が楽しそうに笑いながら話しているのが目に入る。歳は彼と同じくらい、彼が村の子供たちの兄的な存在なら彼女は村の姉的なポジションだった。
その様子を見るなり、ジャンヌはむぅ、と顔をしかめる。
これは浮気だ。今日、私はお兄ちゃんとでぇとする約束をしているのに……。
勿論、青年とジャンヌとが恋人関係というわけではない。それに確かに今日青年はジャンヌと一緒にお祭りを楽しむとは約束したが、それがデートとは微塵も考えていなかった。それに付け加えればジャンヌが待ち合わせに遅刻したのが一種の原因なのだが、ジャンヌには関係ない。
しかし、向こうがどう思うとジャンヌの中ではデートだ。
ちなみにこれは蛇足になるのだが、ジャンヌ自身、デートと言うものが何なのかよく分かっていない。
姉の口ぶりからして、大人の女性と大人の男性が二人っきりで色々何かやることだと理解している。まぁ、ある意味で合ってはいるのだが、ジャンヌ中では“大人の女性”つまり、レディが行うということが大きな割合を占めていた。
いつもいつも、ジャンヌを「ガキんちょ」と言って子供扱いする彼に今日こそ、一人前のレディと認めて貰うのだ。流石にデートをすれば、彼も子供扱いしないだろう、ジャンヌはおおよそこんなことを考えていた。
相手がデートとこれっぽも思っていないのは考慮に入っていないのが、彼女らしい。
そもそもジャンヌにはまだ恋だの愛だの言う感情がどのような物か分かっていなかった。彼の事も好きだし、友達の事も好きだし、そして兄弟、両親のことも好きだった。言い換えれば村の皆が好きだった。
ジャンヌは顔をしかめたまま、走るスピードを上げる。
徐々に加速していき、全力疾走になる。
そして、そのまま
「おっと、ビックリした。ってガキんちょか」
彼の背中にダイブ。殆ど毎日、肉体労働をしている彼は体の線の細さの割には筋肉質だ。
ジャンヌの不意打ちの突進でも、少し体勢を崩しただけだった。
「むぅ、ガキんちょじゃないもん!」
「はいはい、と言うかいきなりぶつかって来たら、危ないぞ。こけたらどうするんだ。可愛い顔に傷がつくぞ」
青年は目線をジャンヌに合わせ、ほほ笑むとジャンヌの頭をポンポンと二回ほど撫でる。彼の黒い瞳がジャンヌを映す。
――可愛い……。お兄ちゃんが私を可愛いって言ってくれた。
ジャンヌは頬が何故か熱くなるのを感じた。そして、その瞬間彼女の先ほどまでの憤りは、彼女にも分からない内に何処かに飛んで行った。
「遅れてごめんなさい」
「うん? あぁ、気にするな。誰にだって遅刻はあるさ」
何故か恥ずかしくなったジャンヌは彼から視線を外し、斜め下を見ながら言う。
「あぁ、ジャンヌちゃん顔真っ赤だよ」
「うぅ……」
その様子を見て、青年と談笑していた少女がジャンヌをからかった。
「あはっ、お兄ちゃんの後ろに隠れちゃって可愛い!」
この気持ちが、ジャンヌにとって年上の存在に感じる憧れや情景なのか、それともまた別の何かなのか……。それは、当人以外には分からない。
いや、あるいは当人ですら分かっていないのかもしれない。
とにもかくにもジャンヌは毎日が幸せだった。これだけは間違いない。