ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

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何故か続きましたね。

まぁ、続くとしても十話で完結予定です。


第二話

これはある夏の日の話。

 

良く晴れた日の事だった。太陽が射抜かんばかりに降り注ぎ、フランスにしてはやたら滅多ら暑かった日でもあった。太陽さんも少しは手加減してくれればいいものを、どうやら向こうはやる気と殺気に満ち溢れているようで、俺を干物にでもしたいかのようだった。

 

そんな暑さの中、自室にてぐだっていた俺の平穏は何時ものように突然の訪問者によって、奪われることになる。

 

トテトテとした足音が慌ただしく聞こえて来たなと思ったら、次の瞬間には、

 

「お兄ちゃんっ!」

 

聞き慣れた声とともに、バタンと大きな音を上げて、結構な勢いでドアが開かれた。

 

このところの目下の心配は、この扉が壊れないかどうか、だ。

 

「どうした? ガキんちょ」

 

重労働の扉の心配をしつつ、目線を向ければ、大きな麦わら帽子に白いワンピースを着た少女が一人。言うまでもないが、ジャンヌだ。

 

半年ほど前に九歳の誕生日を迎えた彼女は何が楽しいのか額に汗を浮かばせながらも笑顔を見せる。全く、外は灼熱の地獄だと言うのに、元気なことだ。やっぱり、若いって良いねぇ。

 

え? お前も十分若いだろって?

 

確かに肉体的には若いが、その精神はオッサンだ。もう草臥れていると言っても過言ではない。いくら肉体が若くても俺にはこの地獄の中外に出ようなんていう気力は起きない。フランスにいると言うのに、ここ数日の暑さはまるで日本と変わらん。誰が好き好んで炎天下の中、火あぶりの刑に処されに行くというんだ。

 

あぁ、ちなみに今日の農作業は既に終わっている。基本的に、暑い夏場は日が昇る前の早朝と、日が沈む夕方が勝負だ。それでもって今日の分は早朝に早々と終わらしている。

 

「だから! 私は、ガキんちょじゃなくて、れ! で! ぃ! 大人の女性なんだから!」

 

大人の女性に憧れがあるのか、どうかは分からないが、ジャンヌは頬を膨らませて私、怒ってます、と言った風に力説する。全く怖くないのは言うまでも無い。これではハムスターとどっこいだ。いや、むしろハムスターにも負けるかもしれん。

 

「はいはい。お前はレディだ、レディ」

 

大人の女性は、毎日顔や髪に至るまで全身泥だらけにして遊ばないし、木に登って降りれなくなって泣いたりしない。ましてや、人の部屋の扉を壊さんばかりの勢いで開けるような人じゃないとは思うのだが、そこを突っ込むと、火に油を注ぐ羽目になるので、黙って短い髪の上からポンポンと撫でておく。

 

「えへへへへ。お兄ちゃんにれでぃって言われちゃった……」

 

明らかに適当に返した言葉なのだが、ジャンヌにとっては関係ないようで、えへへ、とだらしない笑顔に変える。良くも悪くも、うちの妹分は純粋に真っ直ぐと育っているようだ。

 

「それで、どうしたんだ? 今日はお前、勉強がある日だろ?」

 

「そ、それは……」

 

明らかに罰が悪そうに視線を逸らす。隠し事が出来ない奴だなぁ。

 

「はぁ。さてはまた逃げて来たなお前……」

 

黄金に輝く絹のような金髪のショートヘアに、碧眼。毎日野山を駆けまわっている癖に何故か日焼けしない、肌は陶器のような透明感をもっている。あれから順調に美少女街道を突き進んでいた。

 

「うぅ……」

 

活発そうな印象を受けるジャンヌだが、中身もそれに劣らずの元気な子で、こうして度々――いや、殆ど毎日、勉強から逃げ出して、遊び回っていた。

 

「お前、そんなんじゃ将来苦労するぞ」

 

別に使うか使わないかは置いておいて、知識と言うのは持っておいて損はない。あっても損はしないし、ないと困る。

 

もしも、だ。これはもしもの話になるが、俺の記憶が正しく、そして予想が合っていれば彼女は――。

 

彼女はきっと、将来――。

 

いやいや、と首を振って思考を飛ばす。

 

今ここでそれを考えたところでどうしようもないし、それにその答えは時が教えてくれる。

 

でも、出来れば彼女には普通の道を、普通の村娘として、普通の幸せを手にいて欲しいと思う。

 

「だ、大丈夫だよ! 分からないことがあればお兄ちゃんに聞けばいいんだし!」

 

「俺がその時一緒にいればいいけどな。今はいいけど将来俺が居なくなったらどうするんだ?」

 

俺の言葉にジャンヌは首を傾げると、さも当然のように、

 

「何言ってるのお兄ちゃん? 私とお兄ちゃんはずっと、ずーっと一緒だよ」

 

と、言い放った。その顔には疑問も疑いも無い。当たり前のことを当然の如く言ったような表情だった。

 

何を言っている、はこっちのセリフだ。まぁ、まだジャンヌは子供だから、その辺りの線引きがまだ出来てないだけだろう。

 

俺もジャンヌくらいの歳の時はこの楽しい時間が永遠に続くとばかり思っていたし。

 

「じゃあ、そういう事で遊びに行こうよ、お兄ちゃん!」

 

どうやらジャンヌの選択肢の中には家に帰り勉強をするという選択はないらしく、ワクワクと浮足立っていた。

 

「明日からは、ちゃんと勉強するんだぞ」

 

そんな表情のジャンヌを見ていると今から家に連れ戻すのも可愛そうになってくるので、見逃すことにする。まぁ、子供と言うのは古今東西、勉強から逃げ出したがると相場が決まっている。俺もそうだったし、きっとそこのアンタもそうだろう。

 

「うっ……。それは、前向きに考えると言うことで……」

 

こいつ……また抜け出す気だな。

 

「それで、遊びに行くって……」

 

申し訳ない程度に風を運んでくれる窓の向こうに目をやれば相変わらずの殺人的な日差し。室内で何もしていないと言うのにうっすらと流れる汗。これは外に行くと死んでしまう。人間干物の完成だ。

 

以上の情報からたどり着く、答えは――

 

「よし、今日は大人しく家にいよう」

 

「えー、ダメだよ! 外で遊ぶの!」

 

俺の提案の何が不服なのかは分からんが、抗議の声を上げるジャンヌ。

 

「でも、な。外見て見ろよ」

 

「うん、天気良いよね!」

 

「だよな。だから、家の中に――」

 

「――だから、外で遊ばないと損だよ!」

 

どうやら、ジャンヌの脳内では雨も降っていないのに外で遊ばないのは損だということになっているらしい。

 

このまま放っておくとどんどんジャンヌがヒートアップしそうなのでこの辺りで折れておく。外に出るのも地獄、このまま室内で熱くなるジャンヌの相手をするのも地獄。行くも地獄、居座るのも地獄なら、行った方がいいだろう。

 

「はいはい。で、どこに遊びに行くんだ?」

 

「うーん、と今日は川で泳ごうと思って」

 

なるほど、ジャンヌにしてはまともな提案だ。川に入れば幾分は涼が取れるだろうし、気持ちもいい。

 

「なるほど、それはいい。でも、お前泳げるようになったのか?」

 

去年一緒に川に行った際に溺れかけていたのを思い出す。

 

「うぅ……。で、でも私も九歳になったから泳げるようになっているはずだもん」

 

「なるほど、要は泳げないと……」

 

「うぅ……。お兄ちゃんがいじめる」

 

「分かった分かった泳ぎ教えてやるから、そんな顔するなって」

 

顔を俯かせている金髪美少女に、目つきの悪い青年。誰がどう見ても俺の方が悪者に見える構図だろう。

 

「ほんとっ!? お兄ちゃん大好きだよ!」

 

「はいはい。暑苦しいから抱き着くな」

 

にぱっと笑顔になり抱き着いてくるジャンヌを適当にあしらう。こっちはただえさえ暑くて死にそうなのだ。これ以上暑くなるのはかなわん。

 

「で、川に行くのは賛成だが、お前着替えとか持って来ているのか?」

 

この時代にまだ水着何てしゃれた物はなく、川で泳ぐときは大抵服のまま泳ぎ、着替えて帰るのが普通だった。

 

「え? 持って来てないけど」

 

「じゃあ、取りに帰るのか?」

 

「ううん、今から帰ったら勉強しなさいって捕まっちゃうじゃん。別に着替えがなくても服を脱いで泳げば濡れないし、大丈夫だよ!」

 

さぁ、行くよー! と俺の腕をとり先導するジャンヌ。

 

川でパンツ一枚で泳ぐジャンヌが一人前のレディになる時は、まだまだ遠そうだ。

 

今日も今日とて世界は平和。一つだけ望みがあるとすれば、太陽さんが手加減をしてくれれば、後は言うことはない。

 

 


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