ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

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続きましたね。これ以上続くかは未定。


第一話

それはある晴れた日の事だった。頭上には水の入ったバケツに絵の具の青を一本丸々溶かしたようなサッパリとした青空が辺り一面を覆い、所々で白い羊雲がのんびりと泳いでいた。日本ではこんな風にのんびりと、空を見る機会はないため、何となく不思議な気持ちになる。

 

サーっと穏やかな風が一陣吹き抜ける。額に浮かんだ汗を風が浚い、火照った体を冷ます。

 

――さて、もう少し頑張るか。

 

少しばかりの休憩を終え、座っていた丘から立ち上がる。眼下には俺を引き取った老夫婦の畑。週に何度かはこうして畑仕事を手伝っている。老夫婦はもう結構な歳だ。なので最近はむしろ俺が中心となって畑の力仕事は行っている。体はまだ第二成長期を迎えていないが、日本に比べて格段に運動する機会が増えたせいか、多少しんどいと感じるだけで、そこまでの苦労はない。

 

そう言えば日本にいた時は、運動なんて殆どしなかったもんなぁ。

 

高校までは運動部に所属していたのだが、大学に入りそれも辞め、サークルにも入っていなかった俺は運動と言う二文字が全く生活に入り込む余地もない堕落した生活を送っていた。それに加えて大学もサボりまくり留年していたダメ人間だ。まぁ、俺が少しばかり頭のよくない、怠惰な人間なのは既に分かっていると思うので、これ以上傷口を広げるようなことはやめようと思う。

 

閑話休題。とりあえずだ。

 

大まかな力仕事は終わったため、後は春先に生えてきた雑草を抜けば、今日のところはお終いだ。老夫婦と俺だけで管理している畑とはいえ、そこそこ大きな畑になる。今日やるのは畑の三分の一。残りは明日以降にやる。『畑仕事は無理せず、計画的に』、これ俺がフランスに来て学んだことな。

 

まだ、昼過ぎだし、日が暮れるまでには終わるだろう。

 

横を見れば隣に座っていた親父とお袋も立ちあがり、手についた草や土を落としている。どうやら、考えることは親子で同じらしい。

 

「さて、もうひと頑張りするかのぅ。婆さんはどうするかい? 早めに帰って晩飯の支度をしなきゃいけないだろう?」

 

「そうですねぇ。もう少しだけお手伝いしてから、戻るとしますよ」

 

「お前はどうする? 村の子供たちと遊ばんでいいのかい?」

 

「気にしないでくれよ、親父。俺は好きでやっているんだからさ」

 

「お前も遊びたいざかりだろうに、すまないなぁ」

 

「お袋も気にしないでくれよ。俺は好きでやっているし、それに遊ぶ時間はいっぱい貰ってるよ」

 

もし日本にいたのなら今頃嫌でも会社で働かないといけない歳だ。日本の労働時間に比べれば、ここでの畑仕事なんて時間的にも精神的にも楽すぎる。そして、親父もお袋も優しい人なので遊ぶ時間と言うか休む時間もくれる。本当にいい人たちに巡り合えてよかったと思うばかりだ。

 

「まぁ、だから親父、お袋、心配しないでくれ。さぁ、後は雑草抜きだけだし、頑張ろうよ」

 

と、話を締めていざ、作業を始めようとした時だった。

 

「おにいちゃーん!」

 

と、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

最早誰かと確認する必要もなく、声の方に目をやれば、トテトテと此方に走ってくる金髪少女が目に入った。あんなに急いで走らんでもいいのに……また、転んで泣くぞ。

 

「――あっ」

 

ドサァという効果音。

 

ほら見ろ。言わんこっちゃない。

 

少女は俺たちの前方、約5mほど前で石に躓いて転んでしまった。無事にフラグ回収だ。

 

「おい、ガキんちょ。大丈夫か?」

 

「――うっ……ひっく……ひっく」

 

手を支えて立たせてやると、目を赤く染め、目尻に涙を溜めているジャンヌ。

 

――あぁ、これ泣くな。何時ものように泣くな。

 

「うわぁぁぁぁぁああああん!痛いよぉ!」

 

「あぁ、痛かったな。よしよし、泣くな泣くな」

 

どうやら膝と肘を打ったようだが、幸いにも切れてはいなく血も出ていない。じきに泣き止むだろう。

 

きめ細やかな絹のような髪をポンポンと暫く撫でてやる。

 

すると、暫く経つと、

 

「ひっく……うぅ……ひっく」

 

しゃっくりはしているものの、どうやら涙は引っ込んだようだ。

 

「泣き止んだか?」

 

「――うん、私は一人前のレディだから強いの」

 

「そうかそうか、お前は強いもんな」

 

一人前のレディはこんな風に人前で走って転んで泣くような人ではないと思うのだが、まぁそんなことを言えるわけもないので、適当にいなして頭をポンポンと撫でるように叩く。

 

「そうだね、ジャンヌちゃんは強い子だねぇ」

 

お袋は優しく微笑みながらしゃがみ込みジャンヌと目線を合わせる。その様子は祖母と孫と言う言葉を思い浮かばせた。

 

「うん、私は強いから泣き止むの」

 

ジャンヌの方もようやく嗚咽も引っ込んだようで、目は少し赤くなっているものの涙はもう流してはいない。

 

「それで、どうしてここに来たんだ?」

 

村の子供たちは村の全てが遊び場なため、別にここに来るのはおかしくはないのだが、ジャンヌ一人の場合は別の意味がありそうだ。

 

「うん、お兄ちゃんの部屋に遊びに行ったら、いなかったから、ここまで来たの」

 

「なんだ、お前また俺の部屋に勝手に入ったのか」

 

「うん」

 

ジャンヌは俺の言葉に即断で頷く。

 

いや、別に見られて困るような物も、盗られて困るような物もないので、いいのだが、俺のプライベートと言う文字はジャンヌの前には無いようだ。

 

家に一応鍵はあると言えばあるのだが、日本の田舎よろしく、鍵なんてかけないためどこの誰でも自由に出入りできるのが我が家だった。まぁ、我が家だけでなく、元より盗人はいない村なので、大抵の家が鍵なんて飾りと言うのが現状だ。ウチの親父とお袋なんて下手をすれば鍵の掛け方やら開け方を覚えていない可能性もある。

 

まぁ、まとめるとこの村は平和なのだ。イングランドと戦争状態にあると言っても、今は停戦条約を一時的に結んでいるので軍隊が攻めてくる心配はないし、今のところは平和そのものだった。

 

「ジャンヌちゃんは私の孫みたいなものだからねぇ」

 

俺の内心を察してか、お袋は笑う。まぁ、家の持ち主である親父とお袋がそれでいいなら、俺も何も言うまい。

 

「ありがとう、おばあちゃん」

 

「それで、何か俺に用か? 悪いが今日は遊べないぞ」

 

日が暮れる前には終わりそうだが、遊べる時間が残るとは思えない。

 

「お前……」

 

「別に気にしないでくれ、親父。俺は畑仕事を好きでやってるんだ」

 

親父が何か言う前に悪いと思いつつその言葉を遮る。俺に大切なのは、遊ぶ時間よりも恩返しをする時間だ。

 

あの日、あの時、あの場所で、この二人に出会わなければきっと息絶えていただろう。だから、この二人が俺の命の恩人で、俺は受けた恩を返さないといかない。

 

時代は変わり、場所が変わっても俺の精神は日本人だ。

 

『その一人の人は、その人ひとりを代表しているだけではなく、人類全体も代表している』

 

つまり俺と言う人間は、俺個人だけでなく日本人を代表している。日本人として、日本人の代表として恩を仇で返すような真似はしたくはない。

 

「分かってる。だから、お兄ちゃんたちが何時も何をしているのか見に来たの」

 

「別に楽しいことをやってる訳じゃあないけどなぁ……」

 

「これから何をするの?」

 

もう涙の欠片も見えないジャンヌは笑顔を見せる。

 

「雑草抜きだよ」

 

「ざっそう……?」

 

不思議そうに首を傾げるジャンヌに、

 

「そうこんな風な草を抜くんだ」

 

畑の脇に適当に生えていた草を抜き、見せてやる。

 

「うんうん、こんな草を抜けばいいんだね?」

 

「あぁ」

 

「じゃあ、私も一緒にやる! お兄ちゃん!」

 

「別に遊んでいる訳じゃないから楽しくないぞ」

 

何をどう勘違いした分らんがジャンヌは嬉しそうに笑う。

 

「おやおや、ジャンヌちゃんが手伝ってくれるのかい?」

 

「うん、おじいちゃん! お兄ちゃんと一緒にやるの!」

 

「そうかいそうかい。こりゃ助かるねぇ」

 

親父は目を細めながらほほ笑んだ。

 

「おい、ガキんちょ。手を切るかもしれないから、この手袋しとけ」

 

張り切って腕まくりをしているジャンヌに手袋を渡す。

 

草で手でも切られて怪我でもしたら事だ。

 

そう言えばジャンヌぐらいの歳の時は何をやっても面白かったなぁと遠い昔の事を思い出す。ジャンヌもきっと何か新しいことをやるのが楽しくて仕方がないのだろう。

 

――何をやっても遊びになる。

 

遥か昔に忘れていた大切な何かを思い出せたような気がした。

 

「むぅ、ガキんちょじゃないもん! 私はジャンヌ、一人前のれでぃだもん!」

 

「そうかそうか。じゃあ、始めるか」

 

「よーし、お兄ちゃんには負けないぞぉ!」

 

と勢いよく畑に入っていくジャンヌを笑いながら追いかける。

 

今日も今日とて世界は平和だ。

 

――って、ジャンヌさん、それ植えている作物だから! 雑草じゃないから! やめろぉぉぉぉ!

 


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