ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

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一応の最終話になります。
そして最終話は今まで以上に捏造、想像に満ち溢れております。史実何て考えず、オリジナルの空想話として読んで貰えると助かります。色々と史実通りにのっとると収集がつかなくなるので……。

感想なのですが、嬉しいことに前回大変多くの感想をいただきました。本当ならば全ての感想に返信をしたいとこなのですが、数が多すぎてそれもままなりません。ですので、大変申し訳ないのですが感想を返信することを諦めました。もちろん、全ての感想には目を通しております。本当に感想を書いて下さった方々には感謝申し上げます。感想がなければ、ここまで早い更新はできなかったでしょう。

この最終話でも読んでみて思った内容を、何でも書いてください。作者が喜びます。

もしも、どうしても作者に聞きたい質問等があるのなら、感想蘭にその旨を記入してくだされば返答したいと思います。

そして、最終話は文字数が矢鱈滅多ら多いです。作者は子ジャンヌ以下の脳みそなので、最終話だけ矢鱈滅多ら長くなりました。お叱りは受けます。

前回の話の大砲の件ですがFGOでジルさんがドラゴンあいてに大砲ぶっぱしていたので、それで勘違いしていました。そう、全てはジルが悪い!


最終話

それは天気の良い日のことだった。春の匂いも色濃くなり、風に運ばれて花の香りが漂うそんな昼下がり。気候も穏やかで、気温も暑くもなく、そして寒くもなく、昼寝でもすれば、大変気持ちよく眠れるのは間違いない、そんな日だった。

 

 

――コンコン。

 

二回ほど、目の前の窓をノックする。俺の背丈の倍以上はある窓は一見質素だが、至る所に彫りこまれた匠の芸術が見て取れる。値打ちのあるものだというのは俺でも分かる。そして、窓の一枚でこれだ。この屋敷全体ではどれほどの価値があるものだろうか……。きっと俺には想像の付かない値になるのは間違いないだろう。

 

郊外にある、普段は使われていない別荘でも、これほどまで荘厳華麗なのだ。流石はフランス、貴族や王族の力は強いと見える。

 

ノックの返事はすぐに返ってきた。

 

彼は窓の外にいる俺を見ると一瞬顔をしかめたが、鍵を開けた。

 

「まさか、二回目が存在するとはな。とりあえず、入り給え」

 

家主の了承も得たことだし、窓から部屋に入る。普通に扉から入らない理由は、簡単。普通に訪れたんでは間違いなく門前払い、あるいは処罰されることが分かり切っているからだ。

 

俺みたいなならず者では、まず彼の顔すら拝むことは生涯ないだろう。

 

勝手知ったる人の家と土足で部屋に踏み込んだ俺に家主は苦笑いを浮かべると、丸イスに置いてあったティーカップに口をつけた。

 

なるほど、どうやらお茶会の途中らしい。

 

「全く白昼堂々とやってこられるとは思っていなかったぞ。どうやって入ったんだ?」

 

「昔の部下に優秀な奴がいましてね」

 

「なるほど、確かにキミの隊員なら、この程度の警備なら隙をついて侵入経路の確保をするくらいは、わけのない話かもな。本当にキミは優秀な部下に恵まれて羨ましい……」

 

彼は紅茶を一口飲むと肩を竦める。もともとの顔の形がいいのか、その動作はとても様に合っていた。

 

「まぁ、元はお尋ね人でしたがね……」

 

「それは昔の話で今は違う。まぁ無論、再び何か悪事をするというのならもう一度牢獄に入って貰うまでだがね。侵入経路は置いておいて、どうしてこの場所が分かった? この前の件でもそうだが、私の居場所は上の位の者しか知らない筈だが……」

 

「…………」

 

「おっと、これは別に聞くまでもなかったようだな。ジル・ド・レェ卿か……」

 

「出来れば彼は処罰しないで貰えると助かるのですが……」

 

「今の私はキミが知っての通りハリボテのまがい物の権力者でね。かのジル・ド・レェ卿を処罰できるほどの力はない、処罰をしたところで周りの貴族の反感を買いフランスがそれこそ、終わりかねん。それに、今のフランスの内情を考えるとジル・ド・レェ卿とキミの相手をするのは聊か厳しいのでね。分はわきまえておくよ」

 

「そうですか……。それは良かったです」

 

「どうだい? 紅茶でも飲むか?」

 

「いえ、遠慮しておきます。長居をするとお互いに悪いことしかないので」

 

「それは、そうだな。では、要件を聞こう。先に言っておくが、ジャンヌの解放は出来んぞ」

 

「それは分かっています。彼女の裁判は止められない、それは十分に理解しています」

 

ジャンヌの解放が無理なことくらいは分かっている。そして、それが出来たとしても彼女は望んでいないだろう。彼女が望まないのなら俺も望まない。

 

それでも俺がここに来た理由。

 

「――俺の命にどれほどの価値がありますか?」

 

「まさか、キミは彼女の代わりになろうとでも言うのか? 裁判はまだ終わっていない、彼女が無罪になる可能性もあると言うのに何を言っているのかね?」

 

「俺の前で取り繕っても無駄ですよ。この裁判は初めから結果の見えている裁判だ。判決を下すのが、イングランドの息のかかったピエール・コーション司祭の時点で結果は見えている。しかし、貴方はそれを黙認している。その理由としては……。そうですね、彼女の死と引き換えにイングランドとの停戦協定が結ばれると言ったところでしょうか……」

 

「私はつい先日、ジャンヌダルクの裁判に行ったが、彼女の態度は常に堂々としており、質問に対しても、これ以上ないといった受け答えをしていた。彼女は間違いなく、聡明で、頭の回転が速い少女だ。とても、村娘には見えなかった。あそこまでの問答が出来るのは高い教育を受けた貴族にすらそうはいまい……。その彼女には勉学を教えた師がその生涯でたった一人いたと聞く……。なるほど、確かに彼女の師は優秀だったようだ。この師にてあの弟子ありと言ったところか」

 

「よく調べてらっしゃる」

 

「大金を払って手に入れた情報だよ。金と権力に物を言わした結果にすぎん。そして、ご明察、その通りだ。イングランドは彼女の死を望み、それを引き換えに停戦条約が結ばれる。そして、私はその条件を飲んだ。裏切り者と罵られるのも、恩知らずと罵倒を浴びようとも私はこの条件を飲み、賽は投げられた。後はもう止まらない。彼女は間違いなく死刑になる」

 

彼は空になったティーカップにポットから紅茶を注ぐと、一つ口をつけてゆっくりと飲み干した。

 

「どうする? 腹いせに私を殺してみるか? 私を殺しても何も止まらないが、キミにはその権利がある。その腰に吊るされた剣で、私の心臓を切り裂くならば、私はそれを受け入れよう。あの地獄の一番隊、決して死なずと言われたキミに殺されるのなら、本望だ」

 

彼は豪快に笑いながら言う。しかし、顔は笑っていたが、目は真剣そのもので、もしも俺がここで彼の命を望むのなら彼は喜んで自らの命を差し出すだろう。

 

前に話した時から食えない人だとは常々思っていたが、流石にここまで食えない人だとは思っていなかった。やはり、人の上に立つ人間と言うのは往々にして一筋縄でいかない人間が多いらしい。

 

「それが出来ないと分かっていて言っているでしょう。それにもしも貴方の命が狙いなら、この前の時に既に襲ってます。貴方は正しいことをした。貴方は自分の情ではなく、国のためにを思ってこの決断をした。それくらいは俺でも分かります」

 

「……私はね。私はただの凡人だ。人の上に立つ才覚も才能も、人望も無い。ただ、この地位のある人間の下に生まれて来ただけの人間だ。私に才覚があれば、イングランドにここまで攻め込まれることはなかっただろうし、聖女もきっと助けられた。彼女は私の恩人だ。助けれるものなら助けたい。それは私の情だ。しかしだ、私は凡才でも人の上に立つ人間だ。その立場に立つ人間としては情を捨てねばならぬ。小を捨てて大を取らないといけない。戦争は起これば多くの人間が死ぬ。もうこれ以上自国の民が苦しむのは耐えられん。聖女には悪いが、彼女一人の命で平和が手に入るのなら……。私は情を捨て非道に走ろう。私が命を落とすことになろうとも、この条約は締結させてもらう」

 

彼は上に立つ者の責務としてこの判断を下した。これ以上、戦火で人が死なない様に、これ以上戦争の犠牲者を増やさない様に……。

 

沈没しそうになっている船が二つある。一つは百人の見知らぬ誰かが乗っている船で、もう一つは知り合いが十人乗っている船だ。そして、貴方が助けられるのはどちらか片方だけだ。

 

そんな状況の時、

 

俺は百を見殺しにして十を助ける。

 

彼は十を見殺しにして百を助ける。

 

ただ、それだけの話だ。人の上に立つ人間としてどちらが正しいかなんて言うまでも無いし、聞くまでも無いだろう。彼は人の上に立つものとして当然の行いをした。ただそれだけだ。

 

「えぇ、それは俺も痛いほど分かっています。それに、それに彼女もきっと、そのことは分かっていたんではないですか? むしろ、彼女のことだ。自らの命で多くの人間が助かるのなら喜んで命を差し出しそうだ」

 

沈没しそうな二つの船を見た時、彼女ならその両方を助ける道を選ぶ。

 

しかしだ、その時に両方をどうしても助けることはできない場合、彼女はどうする……?

 

――そうなったら、彼女は自らの命を差し出してでも両方を助ける。

 

彼女ともっとも長く過ごした俺なら分かる。ジャンヌダルクは、どこまで行っても聖人であり、正義の味方だ。きっと、あの日あの時から彼女の選ぶ選択肢は変わらない。

 

「そこまで、分かっておきながらどうしてここに来た?」

 

「だから言ったじゃないですか。――俺の命にどれほどの価値があるかって」

 

「確かにキミの名は戦場ではそこそこ知れていたが、イングランドが望んでいるのは、聖女の死だ。キミの首では残念ながら足りない。イングランドもキミの首は欲しいだろうが、今回の条件は彼女の首だ」

 

何の因果か知らないがただ“生き残っていただけ”の俺の名前も少しばかり兵士の間では有名になっていた。何でも少しばかりだが懸賞金なんて物もこの首に賭けられているらしい。しかし、あくまでも少しばかり有名になっただけで、それも兵士の間でだけだ。ジャンヌとは天と地ほど知名度は違う。

 

なんたって彼女は神の声を聞いた正真正銘の聖女。

 

対して俺は、ただ生き意地が汚いだけの一兵。そんな俺と彼女とでは釣り合うはずもなかった。

 

「自分の首が彼女の首と同価値なんてそんな自意識過剰な精神は持ち合わせていません」

 

「では、何かね?」

 

「彼女の処刑はどうあがいても止められない。それに彼女もそれは理解の上だ。俺に彼女の決断をぶち壊すような真似は出来ない。俺が聞きたいものはただ一つ。俺の首をもって、彼女が処刑されるまでの間、彼女の身の安全を保障してほしい」

 

「それは一体どういうことかね?」

 

「近いうちに彼女の裁判の判決が下る。そうなれば、処刑までの間、フランス軍ではなく、イギリス軍、とくにピエール司祭の息の根のかかった兵士が彼女の監視に当たるだろう。ピエール・コーション司祭ははっきり言って良い噂を聞かない。根っからの女好きなどという噂もよく聞く。そんな奴に彼女の監視を任せれば……」

 

「なるほど、確かにあれだけの絶世の美女だ。間違いなくその貞操は犯される」

 

「それを何とか阻止をしたい。賭けるのは俺の首だ」

 

「なるほど、理解した。キミの気持ちは分かった。でも、どうすると言うのかね?」

 

「彼女の保護を約束できる方法をあなたに聞きたい……」

 

「なるほど、キミがここに来た理由が分かったよ。彼女の身の安全を確保してもらうことと、そのためにはどうすれば良いのか尋ねて来たという訳か」

 

「御察しの通りです」

 

「ふむ、なるほど。残念だが、彼女の利になるようなことはしないと言うのが向こうとの条件だ。悪いが何も力になれるようなことはない。――しかしだ、一つ聞きたいことがある。なんで君はそこまで彼女の肩を持つ? 自分の命を犠牲にしてまでも、だ」

 

その質問の答えは決まっていた。

 

「それは、――――――――――だ」

 

俺の答えを聞いた彼は、口を大きく開けて笑った。その笑顔は先ほどと違い心の奥底からの笑顔だった。

 

「なるほどなるほど! 確かにそうだ! それだけの理由があれば十分だな!」

 

そして、暫く笑った後、

 

「しかし、残念だが、私が話せる内容はない」

 

そう断言した。

 

彼は話すことはない、確かにそうだろう。彼の悲願は条約の締結。このために彼は彼女を差し出した。その決意は本物だ。

 

――こうなれば、最終手段として……。

 

俺の考えがここまで、行きついた時だった。

 

彼は俺に背を向けると大きな窓から外を見るように立つ。

 

そして、彼はふと思いついたように口を開いた。

 

「まぁ、これは私の独り言になるのだがね。この部屋には誰もいないなら独り言をつぶやいたところで誰にも聞かれることはないだろう」

 

「彼女が幽閉されている塔だが、あれは裁判が終わると同時に、ピエール・コーション司祭が全ての権限を握ることになっている。つまり、判決が出る前にそこから囚人が出るようなことがあれば、司祭の権限から逃れたところで監禁されるようになるはずだ。もし、そうなればその囚人に恩義を感じている人間が、判決までは覆せないにしても、その囚人の身柄を刑の執行まで手厚く保護するくらいはするだろう。――さて、でもそうするにも囚人があの塔から解放されないといけない。あの塔は塔と名がつくものの、一人の囚人を幽閉するだけの機能しか持ち合わせていない。つまり、誰かもう一人、その囚人よりも重い罪を犯したとなれば、その誰かが塔に幽閉されるだろう」

 

「一般人ではどれだけ足掻いてもあの塔に幽閉されるだけの知名度も重要性もないが、もしもそれが戦場で名の知れた人物ならどうだろうか……。きっと、罪の重さ次第では、その塔に幽閉されるやも知れんな……。尚且つイングランド側で報奨金が掛けられている人物なら尚更可能性は高い。かの司祭は非常に小心者でありながら、傲慢で、尚且つ執念深い人物だ。そんな彼が命の危険にさらされたのなら、例えば剣を持つ、黒目黒髪の悪魔のような人間に殺されかけたのなら、彼はきっと許しはしないだろう。何せ小心者だ。自分の命が奪われかけたとなれば黙ってはおるまい」

 

決してこちらを見ずに彼は話を続ける。そう、これは彼の独り言なのだ。彼の目には誰も映っていない。たまたま、窓辺に立って独り言を言っているだけにすぎない。誰に話すではない独り言であれば、契約に違反はしないだろう。

 

「ピエール・コーション司祭は明日、内密で食事会に出席する予定がある。そして、その帰り道に、たまたま護衛が急な立ちくらみで意識を失う。その時に、たまたま賊が通りかかり、司祭を襲う。そして、司祭は後一歩のところまで追いつめられるが、たまたま意識を取り戻した護衛に助けられる。まぁ、もちろん偶々とは言え、護衛の任務を放棄した彼らは職を失うだろうが、何と、その捕らえた賊はイングランド側で懸賞金が掛けられている人物で、彼らは職を失った代わりに三代遊んで暮らせる大金を得る――どうだい? こんな物語は中々よくできた空想話だろう。おっとそうだ、この部屋には誰もいないのだったな」

 

彼はそう笑うと、自らの前にある大きな窓を開ける。

 

「さて、もうすぐ護衛が定期的に私を訪ねてくる時間になる。部屋の中まで彼は入り、危険がないか調べるからな……。まぁ、とりあえず空気が籠っているから換気でもしておこうか……」

 

そんな彼の背中に小さく頭を下げて、彼の視界に入らないように窓から外にでる。

 

やるべきことは決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の青年が出ていった後、カップに入った紅茶を飲みながら屋敷の主は呟く。

 

「あれがあの隊の隊長か……」

 

地獄一番街、致死率150パーセントの部隊、明日無き隊とも呼ばれるその隊の隊長。戦場に出た一線の兵士ならほとんどが彼の逸話を知っていた。

 

曰く、“決して死なない隊長”。

 

曰く、“不死”。

 

そんな異名を持つ彼について色々と調べている内に、一つの面白い噂話を聞くことが出来た。

 

かの隊長は決して死なないがその代わり決して殺さない。彼を現す最も適当な言葉と言われる、“不死不殺”とは決して死なず、決して殺されずの意ではなく、決して死なず、決して殺さずの意だと……。

 

「彼とは時代が違えば、良い友人になれたのかもな……。しかし、聖女とその師か、出来れば我が家臣に向かい入れたかったな。あそこまで頭が切れる人間はそうはいない――しかし、それはまぁ、無理な注文か」

 

深く大きなため息を吐くと、目尻を揉む。

 

「成功を祈っているぞ」

 

小さくそう呟くと再びティーカップに口をつけた。

 

冷めた紅茶は美味しくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある夢を見た。懐かしい夢だ。

 

俺がまだ軍に所属する前の話で、ドンレミの村で暮らしていた時の夢だった。

 

それは雪がちらつく冬の話だった。毎週日曜日恒例の教会でのミサを聞き、何となく教会で聖書を読んでいた俺に、声が掛けられた。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ん? どうしたガキんちょ」

 

顔を上げれば見慣れた顔。コートと冬用の帽子を被ったジャンヌが白い息を吐きながら立っていた。

 

「むぅ、私はもうガキんちょじゃないもん! 立派に成長しているもん!」

 

ジャンヌは俺の言葉に納得がいかないのか、グイッと胸を張りながら成長をアピールする。確かに第二次成長期を迎えたジャンヌは身長も体の肉付きも大人とそん色がなくなっている。こうしてコートの上からでもその凹凸は見て取れた。

 

――体は成長してもこんな行動するから、子供扱いされているんだが。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか彼女は偉そうに鼻を鳴らす。

 

「はいはい、分かった。で、なんか用か?」

 

「いや特に用事はないんだけど……ただお兄ちゃんがいるのが目に見えたから……」

 

「なんだそりゃ」

 

「お兄ちゃんが読んでいるのって聖書だよね?」

 

ジャンヌは俺の持つ本を指さしながら言う。

 

「あぁ、その聖書だ」

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは死後の世界ってあると思う?」

 

この時、彼女が何でこんな質問をしたのか、その理由は俺には分からない。もしかすれば、この時にまだ前後に色々と会話があったのかもしれない。詳しいことはもう既に覚えていない。でも、俺は彼女がこの質問をしたことと、俺がこの質問に返した言葉は確かに覚えている。

 

「あると思うよ」

 

「それは、何で?」

 

「だって、そう考えた方が楽しいだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おい――――! お――ろ! ――おい!」

 

どこからか声が聞こえてきた。そして、顔面に冷たい何かが当たる感覚。意識が徐々に覚醒していく。

 

「漸く目を覚ましたか、おい起きろ。移動の時間だ」

 

聞こえてくる声はフランス語でなく英語。

 

開けた視界に入るのは見慣れた牢獄。日の光の入り込まないこの部屋では昼間であろうが夜であろうが松明と蝋燭が必需品だ。薄く松明が照らす牢の中には二人の看守の顔。嫌と言うほど見飽きた顔だった。

 

腫れた瞼では目を開けるのさえ痛みを伴った。

 

「しかし、まぁ、よくも今日まで生きていたな、お前。普通の人間ならとっくの昔に五回は死んでるぜ。コーション司祭もやり過ぎだと思ったが、流石はフランス軍が誇る“不死不殺”の英雄様という訳か……。おっと、すまん今は“悪魔”だったか」

 

看守はそう言うと足を振りかざし、蹴りを一つ俺に入れる。

 

「――ぐっ」

 

何回も何十回も、何百回も受けた行為とはいえ、堪えるものは堪える。逆流してくる胃液を何とか抑える。

 

「おら、立ち上がれ。上半身は兎も角、足は殆ど無傷だろう。おらさっと立て」

 

髪の毛を掴まれ強制的に立たされる。全く手荒いことで……。口に溜まった血を飲み込む。その辺に吐き捨てようものなら、その十倍は血を流す羽目になる。もう、これ以上ないってほどボロボロだが、殴られずにすむならその道を選ぶ。

 

ここ暫くは壁に貼り付けにされたまま暮らしてきたため、立つと言う動作を随分久しぶりに行った気がする。少しふらついたがどうにか立つことが出来た。

 

「半ば冗談半分で立てと命じたが、本当に立てるとはな……。さすが指を切り落とされても笑っている化け物なだけはある。どんな精神状態ならここまで耐えれるのか……」

 

「少しばかり丈夫な物でね」

 

久しぶりに出した声はひ弱で、風が吹こうものならどこかに飛んで消えてなくなりそうだった。

 

「誰が口を開くことを許可した? まぁいい、とりあえず着替えろ、そんな服では表に出せんからな。曲がりなりにもお前は悪魔とは言え、フランス国軍のある部隊には異常なほど崇拝されているようだからな、見た目だけでも小ぎれいにしておかないと後が面倒くさい」

 

それは助かる。いくら俺でも最後の最後くらいは小奇麗で逝きたいからな。

 

本当にとりあえずとばかりに着替えさせられる。体の傷は服に隠され、手の指の損傷は布で覆われ、足の指は靴で隠された。

 

顔だけはどうしようもないが、それでも随分まともになった。今なら人間として見ることも出来るだろう。

 

「さて、手錠と足枷をするから、キリキリ歩け。この世とお別れの時だ」

 

漸くこの時が来たか……。

 

今の俺の表情はどうなっているだろうか……それは自分自身でも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の看守に半ば抱えられるようにして外に出る。俺があの牢獄に入ってから幾らかの時が過ぎたのか俺には分からない。太陽の光が届かないあの場所では時間という概念すらない様にも感じられた。それに、拷問により気を失うことも多かったので体内時計も狂ってしまった。あの塔に俺がいたのが、三日なのか、一週間なのか、それとも一か月なのか、それは分からないが、俺が捕らえられた時よりも随分、気温は上がっており、もう寒くはなかった。

 

久しぶりに出た外は眩しくて思わず目をしかめた。少しばかり悪くなった視界で空を見れば青空が見えた。なるほど今日はいい天気だそうで何よりだ。

 

処刑台がある広場まで歩く、暫くまともな飯を食ってないのと日頃の拷問のおかげで、もう俺にはそこまで歩くことが出来る体力は残っていなかった。数歩あるけば気を失いそうになり、二人の兵士に脇を抱えられて引きずられるようにして移動するしかなかった。

 

処刑台の広場には既に大勢の人々がいた。そして、その中心には大きな柱が二本。

 

――ん? 二本……?

 

処刑されるのが俺一人ならば柱は一本でいいはずだ。わざわざ二本立てる意味はない。そんな俺の疑問は直ぐに解消されることになる。

 

俺が柱にくくり付けられて暫くした時だった。周囲の観衆たちがざわめき始めた。

 

人々が道を開け、現れたのは一人の男と数人の兵士、そして、一人の金髪の少女。

 

腰まで伸びる癖のない金髪に、綺麗な碧眼。まるで女神の写し変わりのような少女は質素な服を着たまま、堂々と歩いてきた。その様子はまるで処刑される罪人には見えず、手に嵌められた手錠が極めて異質に浮いていた。

 

彼女は俺と目が合うと、まるで全てが分かっていたかのように一つ頷いた。

 

そのことが彼女の決意の表れにも見えたし、彼女の全てを受け入れる心持ちを現した行為にも見えた。

 

――なんで彼女がここに……?

 

俺の疑問に答えたのは、柱の前に立っている一人の壮年の男だった。

 

司祭服を着た男は言う。

 

「何で彼女がここにって顔をしてるな! 悪魔よ! 私は知っているのだぞ! お前が、この異端者の師だということをな!」

 

この男の名前はピエール・コーション。そうジャンヌの異端諮問裁判の裁判官であり、俺をあの塔に幽閉した男だ。

 

「まさか、貴方がこんな情報を下さるなんて、思っても見ませんでしたよ」

 

コーションはジャンヌの前を先導するかのように歩いてきた男に声を掛ける。

 

これでもう彼の顔を見るのは三度目になる。見間違える筈もない。どうやら、ジャンヌの様子を見るに彼は約束を守ってくれたらしい。人を見る目には自信があった。彼ならジャンヌを守ってくれると信じていた。俺の目は間違っていなかった。

 

「いやはや、コーション司祭、私も偶然たまたまその情報を入手できたのですよ。私も、悪魔や異端者を許せなくてね、貴方に報告させていただいたまでです。悪魔も異端者も一緒に燃やしてしまいしょう!」

 

彼は大げさなまでに大声で話す。まるで、俺に声を届かせるかのように。

 

「そう! その通りです! 早くこの異端者を、殺して灰にしなければ! この二人を殺せば我が国も平和に近づくはずです!」

 

コーションは興奮したように叫ぶ。

 

そしてジャンヌは抵抗する様子は見せずに柱に縛り付けられた。その様子はやはり美しく、そして堂々としており、とても罪人には見えなかった。

 

「久しぶりだね、お兄ちゃん」

 

よこで柱に縛り付けられたジャンヌが言う。その口調は、あのドンレミの村で話した時と同じだった。

 

「よう、久しぶりだな。お互いボロボロになったもんだな」

 

「ボロボロなのはお兄ちゃんだけだよ……私は傷一つないよ。あの人に保護されるようになってからは、広い部屋にフカフカなベッド、そして、美味しい紅茶にお菓子まで出てきて貴族のような暮らしが出来てたんだ。流石に監視はいたけどね。まるで、自分が処刑される罪人だなんて忘れそうになるくらいだったよ」

 

――俺がこの世界に来た意味はあったのか……?

 

その質問の答えは何時も同じだ。

 

――意味はない。ただの偶然だ。

 

俺がこの時代のフランスに来たことは偶然で、そこに意味は無かったとしても、俺がここにいた意味はきっとあった。

 

――そう、彼女の純白を守れるのなら、きっとそれが俺がここにいた意味であり、そして俺の命はそのためにあった。

 

彼女の命を救うにはこの命では足りない。でも、この命で彼女の体が守られたのであればそれで十分だ。ただの農民の命でここまで出来るのだ、これ以上は望みすぎだし、彼女自身も望んでいない。

 

「そう……か。それはよかった」

 

口から出る声は心もとない。既に色々と限界が来ているのだろう。何だか目も霞んできたようだ。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。守ってくれて」

 

「気にするな……妹を……守るのは……兄の責務……だから……な」

 

俺たちの柱の下ではコーション司祭が色々と話しているようだが、生憎それを聞くほどの体力は残っていない。

 

「本当にお兄ちゃんに出会えてよかったよ」

 

彼女の声色は震えていた。まるで、溢れ得る感情を我慢しているかのようだった。

 

『点火せよ!』

 

俺とジャンヌが話している間に無駄に長い話が終わったのか火が付けられた。火は勢いよく燃え上がり、俺たちを焼き尽くさんとする。もう俺たちに残された時間は少なそうだ。

 

「なぁ……お前は……お前は、この……結末……に満足しているのか?」

 

「何を言っているのお兄ちゃん。勿論だよ。私は納得してる、後悔も無い。私には皆を救う力はないけど、私の命でフランスの皆の命が助かるのなら……私はそれでいい。それが幸せだよ」

 

そう言って彼女は微笑んだ。その笑みはとても満足した笑みだ。

 

彼女はこの道を選んだのだ。

 

そして、彼女はこの結末に満足している。もう俺からは何も言うことはない。

 

――あの小さなガキんちょがよくぞここまで成長したものだ。

 

 

「本当に…………大き……く……なったな」

 

「……もう、小さな私じゃないんだよ。身長だって伸びたし、髪だってお兄ちゃんの好みに合わせて伸ばしたんだ。私、知ってるよ、お兄ちゃんが髪が長い女の子が好きだってことを。お兄ちゃんずっと村でも髪の長い女の子のこと横目で追っていたもんね。どう? 綺麗になったでしょ? 私」

 

バチバチと木が燃える音と同時に熱気が顔まで感じられる。膝辺りまで火は到達しているようだが、生憎さま足の痛覚はイカレてしまっている。熱さも痛さも感じないが、先が長くない事位は分かった。それさえ分れば十分だ。

 

「あぁ……綺麗になった……な」

 

煙を吸い込み息も絶え絶え、ジャンヌも同じなのか横でせき込む音が何度か聞こえて来た。

 

お互いにもう長くはないようだ。

 

「お兄ちゃんにそう言って貰えるなら髪を伸ばした意味があったね」

 

彼女は笑った。

 

そんな時だった。広場に集まった民衆の一人が声を上げた。

 

『隊長! 我々、隊員一同は隊長から受けた恩を忘れません! 最後の戦いが終わり、俺たちの命がいまだにあるのは隊長のおかげです!』

 

その声は聞き慣れた男の声、隊の中で俺と一番付き合いの長かった男の声だ。

 

『俺たちは隊長の意思を受け継ぎ、このフランスで精一杯生きていきます。ですので、隊長、地獄でお待ちしていてください! 俺たちは、遅くなっても必ず、隊長の下に駆け付けます! なので、隊長! あの世でまたみんなで飲みましょう! その時は隊長も飲んで下さいよね!』

 

警備兵が慌てて声の男を探すが、これだけの観衆の中だ。見つかる訳もない。

 

「さすが、お兄ちゃん、人気者だね」

 

――いや俺だけじゃなくてお前も人気者だよ。ジャンヌ。

 

観衆の中からまた声が聞こえた。

 

『聖女ジャンヌ! 私たちは貴方と共に戦場を駆け抜けたことを一生忘れない! 貴方の御旗の下に我らは戦ったのです。幾たびの戦場を、幾たびの戦を、貴方は間違いなく聖女だ。貴方は全ての人を愛し、フランスと言う国その物を愛した。そんな貴方の心を受け継ぎ、私たちはこのフランスと言う国を愛し、このフランスの発展に力を尽くそうと思います! 貴方の魂は天国へと導かれるだろう! 我らも天国に必ず向かいます故に少々お待ちください!』

 

戦争が終わりお世話になった男の声だった。

 

「ジル……」

 

彼女は複雑そうにそれでも、どこか嬉しそうに呟やく。

 

誰かが叫んだ。

 

『――Vive La France! (フランス万歳!)』

 

その声につられるように誰かが叫んだ。

 

『『――Vive La France!! (フランス万歳!!)』』

 

さらに、誰かが叫ぶ。

 

『『『――Vive La France!!! (フランス万歳!!!)』』』

 

広場全体にその波が行き届くまで時間は要らなかった。

 

『『『『『『『――Vive La France!!!!!! (フランス万歳!!!!!!)』』』』』』

 

広場の熱気につられるように火もその勢いを増す。黒い煙は俺たちを包み込み、俺はもう言葉を口にするのさえ困難だった。気を抜いたらその時点で終わりだ。それでもなお、俺が生きている理由、それは最後に彼女に伝えるべきことがあるからだ。それを伝えない限りは死んでも死に切れん。

 

「――ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは死後の世界があるっていったよね。だから、こういう時はこう言うのが正解だよね」

 

――また会おうね、お兄ちゃん。

 

――あぁ、また会おう。

 

その言葉が音になったのかどうか、それは分からないが彼女が満足そうに頷いた。

 

「――そして、お兄ちゃん。もうお互い限界だろうから、最期に向こうに行く前に言いたいことを言うね。あのクリスマスの日に言えなかった言葉。でも、今なら言えそうな気がするんだ」

 

その先は言わせてはいけない。

 

「ちょ……っとまて」

 

「――え?」

 

文字通り最後の力を振り絞って声帯から声を絞り出す。後生だ、意地を見せろ俺の体!

 

「はぁはぁ……俺から……先に言っておきたいことがある……恐らく一回しか……いう体力がない……から、一回で聞いてくれ――――」

 

この一言に全てをかける。いつあの世に召されても可笑しくはない。

 

でも、この言葉伝えるまでは死ねはしない。

 

持てる限りの力を振り絞り言葉として表に出す。

 

「――ジャンヌ、お前を愛していた」

 

やっと言えた。これで、もう後悔はない。

 

「ずるいよお兄ちゃん。私が言おうとずっと思っていたのに……それにようやく、初めて名前を呼んでくれたね」

 

彼女の声は震えていた。

 

「――私もずっと前から貴方の事を愛していました」

 

彼女はそう言って碧眼から涙を零す。

 

――なんだ、結局泣き虫のままじゃないか……。

 

そうきっとこの物語は、どうしようもなく冴えない青年が、どうしようもなく美しい聖女に、どうしよもないくらい恋をする物語なのだ。

 

そして、ここに一つの物語が確かに終わった。

 

 

視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気が付くとそこは森の中だった。

 

「――は?」

 

思わず声が漏れる。周囲に見えるのは木、木、木。

 

生ぬるい風が木々の間から吹きこみ俺の髪を撫でる。

 

自らの恰好を確認してみる。Tシャツに短パン。そして右手にはブラックコーヒーが入ったコンビニのビニール袋。試しに右手と左手を見てみる。右手、左手ともに十本の指がある。どこにも欠けている個所はない。そして大きさも申しない。小さくなっていると言うこともなかった。

 

それに足の指の感覚もある。どうやら全て元通りになっているらしかった。

 

――これは一体どういうことだ。俺はあの時確かに……。

 

まさかまたどこかにタイムスリップでも……。

 

そこまで俺の考えが回った時、

 

――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

今までに聞いたことのない声が頭上から聞こえてきた。

 

慌てて上を見上げれば木々の隙間から飛行する物体が目に入った。

 

大きな羽を羽ばたかせて飛ぶその姿は、どこか荒々しく、どこか神秘的だった。

 

強度な鱗が体を覆い、巨大で鋭利な爪を持つ、飛行物体。その様子はどこか爬虫類を思い浮かばせる。

 

――あれってまさか、ドラゴン……?

 

なぁ一つ話を聞いてくれないか。何すぐに終わる話だ。

 

『死んだと思って目を覚ましたらドラゴンがいる世界だった』

 

どう思う?

 

 

 

 

――続く?




こうして無事に最終話を迎えられてのは、皆様の応援のおかげです。特に感想、評価、誤字訂正には感謝しております。至らぬ作者がここまで至れたのは皆さまのおかげです。本当に感謝しております。

感想を見ていると悲劇になる派とハッピーエンドを望む派が大体半分半分だったように思えます。この終わりはどうなんでしょうね……。それは読者の皆様の判断に任せます。

ジャンヌさんは最後の方出番が少なくなってしましましたが、この物語は全てが彼女を中心に回っております。元々はジャンヌの幼少期をのんびりと書きたかっただけなのですが、どうしてこうなった……。

物語に落ちをつけようと思ったらこうってしまったのです。


長々とあとがきを書いても読む方もいないと思いますので、短く。

今まで応援してくださってありがとうございました。

一応、グダグダと番外編は書くつもりです。それともしかすれば、FGO編も……。まぁ全ては気分が乗れば次第ですが……。

一応この物語はここで終わりです。

またお会い出来ればよろしくお願いしますね。

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