捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
放課後、帰宅途中にダイビングショップの前を通ると、ボートの前で松浦が誰かと話しているのが見えた。
その女の人は、年は同じくらいか年上だろうか?鮮やかな金髪と、華やかな雰囲気が、自然と目を惹きつける。
だが、二人の間にある空気は、やけに冷ややかというか、ぎこちない気がした。
「…………」
そして、そこにはやすやすと踏み込めない何かを感じ、俺は再び自転車を漕ぎ始めた。
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「「ライブ?」」
「そうだよっ!今度体育館使ってやることになったから、二人も是非よろしくお願いします!!」
早朝の手伝い中にやって来た高海は、俺と松浦にライブ告知のポスターを見せびらかしていた。
その可愛らしいポスターを見て、松浦は素直に感心していた。
「わあ……早いね。もうライブするんだ」
「うんっ!新しく理事長になった人が、体育館を使わせてくれたんだぁ!まあ、色々条件はあるけど……あ、でも凄いんだよ、新しい理事長さん!金髪で、スタイルよくて、ヘリで登場してきて、それで生徒でもあるんだよ!」
なんだ、そのアニメキャラみたいな奴。属性欲張りすぎだろ。
内心すごく驚愕していると、松浦は何故か浮かない表情で頷いた。
「……そう」
あの表情……さっき金髪がどうこう言っていたが、もしかして……いや、俺がそこまで気にしても仕方ないか。
そう考えた後でも、しばらく松浦の遠くを見るような目が気になってしまった。
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「よしっ!掃除終わり!」
「…………」
「ん?どしたの、比企谷君?じ~っとこっち見て……あ、もしバイト代欲しくなったなら、私のお小遣い半分で手を打ってくれると助かるかな」
「いや、いらないから。これ奉仕部の活動だから。それよか……いや、まあいい……」
「何それ?余計気になるんだけど……」
確かに。今のは俺のミスだ。ここでの奉仕活動といい、柄にもないことをしたから、調子が狂っているのだろうか。
誤魔化す事を諦めた俺は、首筋に手を当てながら、昨日からのあれこれを松浦に話す事にした。
「昨日、帰る途中にボートの近くで、お前と金髪の女が話してるのが見えてな。それで、さっき高海の話を聞いてからのお前の反応を見て……」
「そっかぁ、見られてたかぁ~」
松浦はこちらの言葉を遮るように呟いてから、たはーっと溜め息を吐いた。
そして、いつもの溌剌とした笑顔とは違う、なんだか申し訳なさそうな笑顔をこちらに向けてきた。
「まあ、その……割と長い付き合いというか、何というか……」
「いや、別に無理に答えなくてもいいぞ。てか、そろそろ予約してる客来るんだろ」
「あ、そうだった!比企谷君、今日はおじいちゃん来るから、もう上がっていいよ!」
「……おう、お疲れ」
お互い都合のいい口実を見つけたとばかりに、会話を打ち切った。
だが、そこに生まれた沈黙は、あまり何とも形容しがたい感覚で、松浦の横顔は誰かの横顔を思い出させた。
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今日も静かな通学路。
ここを通る度に思うのは、この快適さは間違いなく自分向きだということだ。今とかうっかり思い出し笑いしても誰にも気持ち悪がられることもないし……
「チャオ♪」
「うおっ!!」
いきなり背後から声をかけられ、肩が跳ねると同時に、変な声が出てしまった。
振り向くと、先日見かけた金髪さんが、にっこりと笑みを浮かべて立っていた。
「ソーリー、驚かせちゃったみたいね」
「あ、ああ……」
確かこいつは、先日松浦と話していた……。
こちらがあれこれ考えているうちに、彼女は俺をジロジロ見て、うんうん頷いていた。
「まさか、あの果南にボーイフレンドができるなんて~」
「は?いや、そういうんじゃないから……」
彼氏どころか、友達かどうかすら怪しいんだが。ただ店手伝ってるだけだし。
しかし、目の前の金髪女子は、こちらの様子はお構いなしのようで、距離を詰めて、何故か腕の辺りを品定めするように見ていた。
「果南って、もう少しゴツゴツした感じが好みだと思ったんだけど、恋愛とはわからないものデス」
「いや、だから違うんで……」
え、何?この人、俺の話を聞く気ない?あと近い近いいい匂い近い近い……。
爽やかで透き通るような松浦のそれとはある意味真逆の、甘く濃厚な香りに緊張していると、ようやく彼女が離れた。
「そのシャイな所、すごくキュートデスネ~♪」
「そ、そうすか……」
マジでなんなんだ、この金髪……。
すると、彼女は真面目な表情になり、真っ直ぐに俺の瞳を見据え、口を開いた。
「果南に言っておいてくれる?私は絶対に諦めないからって」
「…………」
その言葉に黙って頷くと、彼女は立ち去ろうと……したのだが、すぐに振り返り、また無邪気な笑顔を見せた。
「あ、自己紹介が遅れマシタ。私の名前は小原鞠莉。気軽にマリーって呼んでね♪」
「あ、ああ……」
それから彼女はひらひらと手を振り、今度こそ去っていった。
彼女の背中を見ていると、これから何かがまた変わり始めるような曖昧な予感が、脳内を掠めていった。