捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「はっ……はっ……」
「はっ……はっ……」
朝焼けに染まる道。海沿いの歩道を、俺は松浦について走っていた。
足音を一定のリズムで鳴らし、ポニーテールを軽快に揺らしながら、彼女はこちらに笑いかけた。
「比企谷君、やるじゃん」
「はっ……はっ……あ、ああ……そうか……」
……ぶっちゃけ、正直かなりきつい。ぶっちゃけと正直が続けて出てくるくらいきつい。帰りたい。
なんでこの子ペース落ちないの?チートなの?
そもそも何故俺が朝っぱらから松浦とジョギングをしているか……。
その理由は昨日の事件にある。
*******
「あ、比企谷君おはよー!」
「……おう。なんか今日はいつもよりごちゃごちゃしてるんだが……」
「そりゃあ、今日は朝から予約が入ってるからね。急いで準備しなきゃ」
「そっか」
まあ客が来るのはいい事だ。あんま客がいないと俺の給料も……あ、そういやボランティアでした。てへっ!
いつもよりさらに張り切っている松浦は、なんだか微笑ましく見えた。
「じゃあ私着替えてくるから。今日もよろしくね」
「……了解」
さて、じゃあいつも通り掃除しますかね。
慣れてからは朝早く起きるのもそこまで苦痛ではなくなり、この作業自体も割と好きになっていた。
あと、この店の窓から見える海の眺めも気に入っていた。
特に変化があるわけでもないのに、ずっと見ていられる。
こうやって徐々にこの町に慣れていくのか……。
少しだけ千葉に思いを馳せていると、奥の方でガタンと物音がした。
……なんだ?あいつ、何か倒したのか?
まあ見に行ったりはしないけどね!
ここでうっかり見に行って、うっかり着替えを覗いちゃうなんてベタな展開、この俺には起こらない。残念だったな。
とりあえず、色んな道具を出しておこうと倉庫に向かい扉を開けると、ありえない事が起こった。
「え?」
「は?」
扉を開けて真っ先に目に入ったのは、更衣室にいるとばかり思っていた松浦だった。
下は先程と同じジーンズだが、上は布切れ1枚着けてない綺麗な背中が綺麗に剥き出しになっている。
彼女は俺を振り返り、ぽかんと固まっていた。普段のしゃきっとした表情とは違い、こんな状況なのに可愛らしく思えてきた。
「「…………」」
しばしの沈黙。
何だかこの時間が永遠に……いや、続いたりはしないけど、てかやばいやばいやばいやばい!!
俺の心情を裏付けるように、松浦はゆっくりと動いた。まるで死を宣告するように。
よく見ると、その頬は赤く染まっていた。
「もう……」
彼女は近くに置いていたゴーグルを掴む。よかった、タンクじゃなくて!
「バカ~っ!!」
真っ直ぐに彼女の手から放たれたそれは、俺の額へとクリーンヒットした。
そんな中でも、俺の脳裏には彼女の背中の綺麗な肌色が焼き付いていた。
*******
「……ごめん」
「……いや、いい」
数分後、松浦はしゅんとして頭を下げてきた。
まだその頬は赤く、時折自分の掌を当てていて、それだけで先程の出来事を思い出し、鼓動が跳ねた。
「でも、比企谷君もいけないんだよ?い、いきなり入ってくるから……」
「いや、あれを予想するのは無理っつーか……なんで更衣室使ってないんだよ」
「それは……着替える前にちょっと道具の確認してたら、ついここで着替えようってなっちゃって……」
「…………」
その様子を想像していると、彼女はまた気まずそうに頭を下げた。
「……ごめん」
「いや、その……俺も見たのは悪かった。まあ、その……その分は俺にできる事ならなんでもする」
自分が悪かった分の埋め合わせをしようとすると、松浦はあたふたと手を振った。
「……そ、そこまでしなくてもいいって!元はといえば私が悪いんだし!……あ、そうだ!こうしない?」
「……何だ?」
「お互いができる範囲で相手の言う事を聞くっていうのでどう?」
「……まあ、その……そっちがそれでいいなら」
「それじゃあね~……一緒に運動しよっ」
「…………」
今いやらしい事を一瞬でも考えた人、怒らないから手を挙げなさい。
*******
てなわけで朝早くからジョギングに勤しんでいる。てかこいつ、本当にどんだけ体力あんだよ。ペース落ちないしむしろ早くなってるし差が開いてる気がするしもう背中見えないしやばい……。
語彙力が徐々に崩壊しながら、長い階段をなんとか登りきると、彼女は気持ちよさそうに空を仰いでいた。
頬を伝う汗がキラキラと輝いて、陽の光の眩しさに目を細める。
彼女は登ってきた俺に気づくと、優しい微笑みを見せた。
「おっ、やっと着いたね。もしかして運動不足?」
「……ああ、運動部とかじゃ……ないからな……」
「じゃあ、明日から日課にする?」
「……え、遠慮する」
「まあ、無理にとは言わないけどさ。はい、お疲れ」
「……おう、ありがと」
「本当にこれだけでよかったの?」
「ちょうど……よかった……っ!」
冷えたペットボトルを頬に当てられる。
ひんやりした刺激が脳を刺激し、疲れが少しだけ癒された気がした。
「びっくりした?」
「そりゃあ、まあ……」
松浦はポニーテールを風に靡かせながら、してやったりと言わんばかりに「へへっ」と笑った。
その笑顔にほんの少し胸が高鳴った気がするが、まあ気のせいだろう。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか。帰りは少し本気出してくよ」
「……あれ本気じゃなかったのかよ」
「う~ん、まだ2割くらいかな」
「…………」
敵がまだ変身を残してると聞いた時の主人公の気分がわかった気がするぞ……わかりたくもないけど。
「どうしたの比企谷君?ほら、競走するよ!よーい、どん!」
彼女の背中を見ながら、俺は苦笑と共に疲れた足を精一杯動かした。
そして、それを後押しするように風が頬を撫で、爽やかな朝焼けのような気持ちにさせた。