捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「比企谷君、これをあっちに持って行ってくれる?」
「……おう」
「次は掃除お願いね」
「……了解」
働き始めて早3日。
平日の早朝に仕事とか、将来専業主夫を目指している俺からしたら、信じられないことではあるが、まあ何とかやっていけている。
そうこうしているうちに、今日の奉仕活動も終了した。
「お疲れ様。今日もありがとね」
「ああ、てかお前……あの作業の後によく走りに行けるな」
「いつもは最初に走るんだけどね~。今は手伝いがあるから」
「いや、順番の問題じゃ……まあ、いいけど」
「あっ、それなら比企谷君も一緒に走る?朝のランニングは気持ちいいよ!」
「いや、やらない。てかそんなのやってたら遅刻するから」
「あははっ、たしかに」
「じゃあ、今日はもう上がるわ」
「うんっ、ありがと。明日は休みだから」
「おう。じゃあな」
まあ、こんな感じで内浦での日常はゆっくり回り始めていた。
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今日も爽やかな風が頬を撫でていく。
そんな中、私は遠ざかっていく後ろ姿を眺めていた。
最近引っ越してきたばかりの、ちょっと暗めの雰囲気の……でも、優しい人。
「ふふっ、ホント変わってるなぁ」
気づけば自然と頬が緩んでいた
なんかこういう感じ、懐かしいかも。
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その日の夕方、おつかいを頼まれ、スーパーに歩いていると、見覚えのあるポニーテールが風に揺れていた。
そして、そのポニーテールの女子……松浦は立ち止まり、こちらに向けて声をかけてきた。
「あっ、比企谷君じゃん!今朝ぶりだね」
「……おう」
まあ、家も割と近いし、こうして遭遇するのは全然不思議な事ではないのだが、やはり同年代の顔見知りの女子と、町中で偶然遭遇するというイベントに対して妙に構えてしまうのは何なんですかね?
ちなみに松浦の方からは、そういったのはまったく感じられない。当たり前だが。
「比企谷君も買い物?」
「ああ、小町から頼まれてな」
「ふぅ~ん、意外と優しいお兄ちゃんやってるんだね」
「別に優しいとかじゃねえよ。普段家事やってくれてるからな。こういう時には黙って言うこと聞いてるだけだ」
「あははっ、なんか君らしいね」
俺らしいとは……まあいいけど。
「それよか、そっちも買い物か?」
「うん。ちょっとお母さんに頼まれて。あと明日の分のスポーツドリンク買っておきたくて」
「……そっか」
どうやら彼女も同じ目的らしい。
彼女とスポーツドリンクの組み合わせが、やけに似合うと考えながら、俺は再び歩き始めた。
すると、彼女も隣に並んで歩きだす。
あまりに自然なその動作に、特に意識することもせずにすんだのだが……。
ただ、薄暗い夕焼けが照らす横顔が、ほんのりと淡く赤く、それでいて彼女の白さが際立っているのが、少しだけ胸を締めつけた。
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スーパーの中は人の姿はまばらで、軽快なJ-POPが控えめに響いていた。
さて、さっさとアイスを買って帰りますかね。アイス売り場は……
「あっ、比企谷。そこのジャガイモとって」
「お、おう」
「じゃあ次はそっちの玉ねぎ、お願いね」
「へいへい」
「え~と、次は何だったっけ?」
「おい」
「何?」
「いや、なんかいつの間にか一緒に買い物する流れになってるんだけど……」
「ん?……あっ、ごめんごめん。そうだった、そうだった」
不思議そうに首を傾げた松浦だったが、すぐに気づいて苦笑いをする。どうやら朝の作業のノリになっていたようだ。
まあ別にいいんだけど。
「それで、次はどれなんだ?」
「えっ?」
「……どうせ急ぎの用事でもないからな。まあ、その……手伝う」
「……ふふっ、ありがと。これが捻デレってやつ?」
「何だよ、捻デレって……」
その単語、内浦にまで浸透してたのかよ。来年あたり流行語大賞とっちゃうんじゃなかろうか。ないか。
「あら、果南ちゃんじゃない!」
そこで、聞き覚えのない声が割って入ってきた。
振り向くと、知らないおばさんがニコニコ顔で立っていた。松浦の知り合いらしいが。
松浦のほうは、にこやかに応じていた。
「あっ、おばさ~ん。おばさんも今買い物ですか?」
そこからは他愛のない世間話に突入したので、俺は少し離れた場所の商品をテキトーに見ていた。
食器用の洗剤と甘いものだったな……まあ、ブラックサンダーでも買っときゃいいだろ。ゴールデン置いてるし。
「果南ちゃん。もしかして、あの男の子……あなたの恋人?」
「え?」
「っ!」
いきなりすぎる質問に吹き出しそうになってしまう。このおばさん、何をどう見たらそう見えるのだろうか。
松浦を横目で窺うと、特に気にした風もなく、けらけら笑っていた。
「やだな~、おばさんったら。彼は今、うちの店を手伝ってくれてるの」
「あら、そうなの~。何だか、とってもお似合いだったから!」
「あははっ、もう……」
「…………」
どうやら全然気にしてないっぽい。うわ、何これ、超恥ずかしいんですけど!
誰も気にしてないのに妙に気まずい思いを抱きながら、俺は残りの買い物を黙々と手伝った。
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外に出ると、もうだいぶ暗くなっていた。
つい話し込んじゃったからなぁ……早く帰らないと心配するかも。
そんな事を考えながら比企谷君に目を向けると、彼はさっきと違い、少し前を歩いていた。
……さっきの気にしてるのかな?別に気にしなくていいのに。
恋人なんて……ねぇ?考えたこともないし……お似合い、だなんて……。
私は笑い飛ばすように、でも何故かゆっくりと彼に話しかけた。