捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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君想い ♯2

 松浦に申し出てはみたものの、平日はあまり客もいないので、土日だけでもいいとのことだったので、それまでは受験勉強をして過ごしていた。

 そして数日後……。

 俺は、指定された時間に間に合うよう、早めに家を出た。

 まだ朝陽が昇りきらない内浦の町は、建物の輪郭もぼんやりしていて、夢の中を走っているような不思議な気持ちになる。

 ほどなくしてダイビングショップに到着し、ドアをノックする。

 すると、松浦がひょこっと出てきた。

 

「おはよ、比企谷君。本当に来てくれたんだ」

「……まあ、嘘つく理由もないからな」

「あはは、確かに。じゃ、入って。まあ、今日はあんまりやることもないけど」

「……へ、平日もなかった気がするんだが……大丈夫なのか?」

「まあ、何とかね」

 

 何とかなっていると言っているのなら俺が口を出すことではない。実際何ができるわけでもないのだけど。

 松浦に促され、中に入りると、紺色のエプロンを渡された。

 

「……これだけでいいのか?」

「うん。さすがにダイビングのアシスタントとかは無理だから、掃除とか力仕事お願いしたいんだ。そういえば、バイトの経験とかはあるの?」

「……まあ、なくはない」

「…………」

 

 松浦は苦笑いを浮かべている。これだけで察してくれるとはありがたい。

 

「そういや、その……挨拶とかしなくていいのか?」

「挨拶?」

「いや、お前の親とかに……」

「え?ああ、大丈夫大丈夫。もうお母さん達には言ってあるから」

「そっか」

「それより……いいの?本当に無給で手伝いなんて……」

「まあ、そんな大したことはできんからな」

 

 松浦の父親はあと二週間くらいで復帰できるらしいので、俺ができることなど本当に少ない。というわけで、ボランティア扱いにしてもらった。

 あと、これは単純に自分のためなのかもしれない。

 ここで誰かのために、という大義名分を掲げて動くことで、千葉でやり残したことの埋め合わせをしようと……

 

「どうかしたの?」

「いや……それよか、そっちこそよく許可したよな。引っ越してきたばかりのどこの馬の骨ともわからん奴に……」

「ああ、最初は戸惑ってたけど、私がごり押ししといたからね」

「そ、そうか……」

「何でって顔してるね」

 

 松浦は、やけに大人びた微笑みを向けてきた。しかも、それが様になっている。

 危うく見とれそうだったので目を逸らすと、彼女は話を続けた。

 

「私って、大事なことは直感で決めるようにしてるんだ」

「…………」

「それで、私の直感では比企谷君はいい人だと思ったから。それでごり押ししてみたの」

「……それだけなのか?」

「そう、それだけ」

 

 つい苦笑いをしてしまいそうになるが、何とか堪えた。まあ理由は何でもいい。

 彼女は俺のリアクションは気にも留めず、奥の方へ向かった。

 

「私、着替えてくるね」

「ああ」

 

 すると、ひょっこり顔だけ見せた。

 

「……言っとくけど、覗いちゃダメだからね」

「いや、覗かないから」

 

 こうして、内浦での奉仕部活動……みたいなものが幕を開けた。


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