捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「そういや八幡、あんた大学どこ受けるか決めたの?」
夕食中、何でもないことのように呟かれた母親の言葉。まあ時期も時期だし、聞くのは当たり前か。そもそも親父の転勤があったので、先延ばしになってた感はある。
進路そのものに関しては進学と家を出る以外は特に決まっていなかったので、変更点が少ないということもあり、ある時期から俺の意志は固まっていた。
あとはそれを口にするだけだった。
「ああ、俺……」
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放課後、図書室でしばらく自習してから校門を出ると、周りの生徒が少しざわついていることに気づいた。
何だ?有名人でも来てんのか?
すると、その視線の先にはよく見知った人物がいた。
「……花丸?」
「おい、見ろよ。あの子」
「めっちゃ可愛い」
「なんか見たことあるような……」
よりにもよって一番人目につきそうな位置に立つとは……実は何かの修行でもしているのだろうか。
とりあえず近づいてみると、彼女はこちらに気づき、勢いよく手を振った。
「八幡さ~ん!こっちず……こっちで~す!」
「…………」
ぎりぎりのところで気づいたな。まあ別にいつもの喋り方でもいいんだが。可愛いし。もう一度言うが、可愛いし。
すると、今度はこちらに視線がいくつか突き刺さった。
「え?ヒキタニ君?」
「あんなの、ウチの学校にいたっけ?」
「ちっ、ボッチの癖に!」
本当にお前はどこにでも現れるな。
さっと目を向けたが、やはりそれらしいのは見当たらなかった。
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「それで善子ちゃんったら、慌てて教室を飛び出しちゃったんですよ」
「ほーん、まあ気持ちはわからなくはないが」
「わ、わかるんですか!?」
「そりゃあな。思春期だし」
「じ、じゃあ、八幡さんもたまに……」
「いや、やらないけどな。そういや、今日は何か用でもあったのか?」
「むむっ!」
俺の言葉に、花丸はぷくっと膨らませた。あれ?どした?
「ど、どうかしたか?」
「理由がなきゃ会いに来ちゃだめずらか?こ、恋仲なのに……」
「…………いや、そんなことはない」
恋仲という言い方がいかにも花丸らしいと思いながら、ふと彼女の左手が少しだけ強めに振られていることに気づく。
俺はそっとその手を取り、その小さな温もりを、包み込むように握りしめた。
「あ…………」
「い、嫌だったか?」
「そ、そそ、そんなことないずらよ!……ただ、嬉しくて」
「……そっか」
「だって、マルはこんなにも安らいで、それでいて胸の奥がときめく温もりがこの世界にあることを知らなかったずら。それを、あなたはこんな簡単に教えてくれるから……」
「……お、大げさじゃないか?」
「全然ずらよ」
そう言って笑みを見せた彼女に、俺は今朝家族に話したことを自然と口にしていた。
「俺、静岡市の方の大学受けることにしたから」
「ずら?」
「まあ、将来的にはまたこっちに帰ってくる予定なんだが……一応大学からは家を出ることにはなってるからな。いや、受かる前から色々言っててもあれか」
「……千葉じゃなくてもいいずらか?」
「行こうと思えばいつでも行けるからな。まあ、受験が終わったら、知り合いに顔見せくらいはしとこうと思う……できれば一緒に」
「……はい」
夕陽に照らされながら、深く頷く花丸は、どこか大人びて見えた。
俺だって知らなかった。
こんな儚くも力強い美しさが、すぐ傍にあるなんて。