捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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青春の影 #69

 仕事着に着替えて、更衣室から出ると、花丸がぱあっと笑顔を見せた。

 

「八幡さん、似合ってるずら!」

「そ、そうか……それで、まずは何からやればいいんだ?」

「八幡さんはマルと一緒に皿洗いずら!」

「了解。それじゃあよろしくな」

「ずらっ。ここでは先輩なので、頼ってください!」

 

 キャリアには数時間の差しかない気がするが、そこはあえてツッコまないでおこう。

 ……てか、バイトとか久しぶりなんだが、脊髄反射的に引き受けたけど、本当に大丈夫だろうか。

 

「どうかしたずらか?急に渋い顔になりましたけど」

「ああ、いや、ちょっと非常口の位置を確認してた」

「逃げる気満々ずら!だ、大丈夫!大船に乗ったつもりでいてください!」

「……心配すんな。船が壊れたら泳げばいいだけだ」

「さりげなくひどいずらっ!?」

 

 *******

 

 二時間後……。

 

「お、お疲れ様……ずら」

「……おう。なんつーか、意外と客多いな」

「あはは……」 

 

 他のメンバーと交代し、休憩室の椅子に腰かけると、花丸は机に突っ伏し、力ない笑顔を見せた。パンがふやけたアンパンマンだって、

 ……やべえ。ぶっちゃけ舐めてた。

 最近、内浦の穏やかさに慣れすぎていたせいか、こうも慌ただしいのに、スイッチが切り替わるのにだいぶ時間がかかった。

 皿洗い・テーブル拭き・ホール清掃と、作業そのものが単純だったのがせめてもの救いだった。

 午前中だけでもこれとか、午後はさらにやばいんじゃなかろうか……いや、深くは考えないでおこう。単純作業なので、ひたすら機械のように無心でやっていればいい。

 

「とりあえず飯食うか……ほら、これもらってきておいたから」

「ありがとうございます、ずらぁ」

 

 職場からもらった弁当を花丸の前に置くと、彼女はむくりと起き上がり、さっきより幾分てきぱきした速さで蓋を開けた。さすがだ。

 

「いただきます」

 

 そう言って美味しそうに白米を頬張る彼女を見ていると、自然と頬が緩んでいくのがわかった。何かを食べ始めると可愛さが増すの凄くない?未体験HORIZON見えてきたんだけど……胸があっついんだけど……。

 すると、俺の視線に気づいたのか、花丸は恥ずかしそうな笑顔を見せた。

 

「た、食べてるところをそんなに見られたら、恥ずかしいです……」

「……悪い。なんつーか、美味そうに食うなと思って」

「美味しいずらよ。あっ……は、八幡さん……」

「?」

 

 彼女は何かを思いついた表情で卵焼きを箸で切り、片方を俺に差し出してきた。

 口元は何かを企むような笑顔だが、頬が赤く火照っている。

 

「あ、あ~ん」

「…………」

 

 一応周りを確認して、卵焼きを口に含むと、ほどよい甘味が口の中に広がった。

 その様子を見届けた花丸は、何か秘密を共有する子供のような表情を見せた。

 

「ど、どうですかっ?」

「…………美味い」

 

 これまでなら「さむい」と切り捨てた事をやっちゃうあたり、自分が少し不甲斐なくも思えるが、まあ仕方ない。可愛いは正義。もういくらでもやってやる。

 

「八幡さん?どうかしたずらか?目が怖いですよ」

「……何でもない」

 

 もちろん常識の範囲内でね!ここがバイト先の事務所だってこと忘れちゃってたよ!八幡のバカ!

 

 *******

 

「どうかしたの、千歌ちゃん?」

「あはは……なんか入りづらい」

 

 *******

 

 昼休みを終え、再び仕事に戻ると、予想に反して客足は落ち着いていた。なんかよくわからんが助かった。

 ……と思いきや、今度は幼稚園児の集団が来て、辺りはかなりにぎやかになっていた。

 先生の言うことなど聞かずにあちこち走り回る園児。

 スタッフルームに入ろうとするのを桜内に止められる園児。

 津島が注意したら泣き出す園児。

 つられて泣き出す黒澤妹。なんでだよ。

 俺と目を合わせたら泣き出す園児。いや、なんでだよ。

 さらに……俺と目が合ったら、やたらにっこりと笑みを向けてくる金髪のポニーテール。いや、誰だよ。

 午前中とは別の騒がしさに、Aqoursメンバーも慌てていた。

 

「あわわわ……」

 

 花丸も突然の事態に困惑していた。だが……

 

「みんな、先生の言うこと聞かなきゃダメずら……ダメだよ」

 

 すぐに冷静になった彼女は、やんわりと注意していた。ナイス花丸。あとついでに俺と目が合っただけで泣いた子のフォローお願い!

 すると、数人の子供達が彼女に近づき……

 

「ねえ、お姉ちゃん。あの怖いお兄ちゃんと付き合ってるの?」

「ずらっ?」

「チューとかするの?」

「ずらっ!?」

 

 どうやら最近の子供は俺の想像よりずっとませているようだ

 そろそろ助けにはいるべきか、だがまた泣いてしまったら……。

 こちらが逡巡していると、花丸は優しい笑みを見せ、子供達を自分の近くに集めた。

 何を始めるのかと思いながら、こちらには聞こえない音量でぼそぼそと話していた。時折聞こえてくる色めきたった声と、ちらちら向けられる視線が気になる。

 ……よくわからんが、まあ任せておいてよさそうだ。

 そして、最終的には黒澤姉が素晴らしい統率力で、その場をまとめあげたのだった。

 

 *******

 

 帰り道、他のAqoursのメンバーと別れた俺達は、いつも歩く道を、力なくとぼとぼと歩いていた。

 

「疲れたずらぁ……」

「マジで疲れたんだが……」

 

 とはいえ、動いてからいい感じに頭が冴えてるので、これなら帰ってからの勉強も捗りそうだ。

 そんな事を考えていると、花丸がそっと手を重ねてきた。

 

「でもでも……これって、初めての共同作業って感じがして、嬉しかったです!」

「…………そうか」

 

 いきなりそういう破壊力高めの台詞吐くのやめてね……。

 次どんなタイミングで言われてもいいように、俺もそっと小さな手を、確かな温もりを握り返した。

 

「そういや、あのチビッ子達に何言ってたんだ?」

「禁則事項ずらよ~♪」

 

 


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