捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
仕事着に着替えて、更衣室から出ると、花丸がぱあっと笑顔を見せた。
「八幡さん、似合ってるずら!」
「そ、そうか……それで、まずは何からやればいいんだ?」
「八幡さんはマルと一緒に皿洗いずら!」
「了解。それじゃあよろしくな」
「ずらっ。ここでは先輩なので、頼ってください!」
キャリアには数時間の差しかない気がするが、そこはあえてツッコまないでおこう。
……てか、バイトとか久しぶりなんだが、脊髄反射的に引き受けたけど、本当に大丈夫だろうか。
「どうかしたずらか?急に渋い顔になりましたけど」
「ああ、いや、ちょっと非常口の位置を確認してた」
「逃げる気満々ずら!だ、大丈夫!大船に乗ったつもりでいてください!」
「……心配すんな。船が壊れたら泳げばいいだけだ」
「さりげなくひどいずらっ!?」
*******
二時間後……。
「お、お疲れ様……ずら」
「……おう。なんつーか、意外と客多いな」
「あはは……」
他のメンバーと交代し、休憩室の椅子に腰かけると、花丸は机に突っ伏し、力ない笑顔を見せた。パンがふやけたアンパンマンだって、
……やべえ。ぶっちゃけ舐めてた。
最近、内浦の穏やかさに慣れすぎていたせいか、こうも慌ただしいのに、スイッチが切り替わるのにだいぶ時間がかかった。
皿洗い・テーブル拭き・ホール清掃と、作業そのものが単純だったのがせめてもの救いだった。
午前中だけでもこれとか、午後はさらにやばいんじゃなかろうか……いや、深くは考えないでおこう。単純作業なので、ひたすら機械のように無心でやっていればいい。
「とりあえず飯食うか……ほら、これもらってきておいたから」
「ありがとうございます、ずらぁ」
職場からもらった弁当を花丸の前に置くと、彼女はむくりと起き上がり、さっきより幾分てきぱきした速さで蓋を開けた。さすがだ。
「いただきます」
そう言って美味しそうに白米を頬張る彼女を見ていると、自然と頬が緩んでいくのがわかった。何かを食べ始めると可愛さが増すの凄くない?未体験HORIZON見えてきたんだけど……胸があっついんだけど……。
すると、俺の視線に気づいたのか、花丸は恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「た、食べてるところをそんなに見られたら、恥ずかしいです……」
「……悪い。なんつーか、美味そうに食うなと思って」
「美味しいずらよ。あっ……は、八幡さん……」
「?」
彼女は何かを思いついた表情で卵焼きを箸で切り、片方を俺に差し出してきた。
口元は何かを企むような笑顔だが、頬が赤く火照っている。
「あ、あ~ん」
「…………」
一応周りを確認して、卵焼きを口に含むと、ほどよい甘味が口の中に広がった。
その様子を見届けた花丸は、何か秘密を共有する子供のような表情を見せた。
「ど、どうですかっ?」
「…………美味い」
これまでなら「さむい」と切り捨てた事をやっちゃうあたり、自分が少し不甲斐なくも思えるが、まあ仕方ない。可愛いは正義。もういくらでもやってやる。
「八幡さん?どうかしたずらか?目が怖いですよ」
「……何でもない」
もちろん常識の範囲内でね!ここがバイト先の事務所だってこと忘れちゃってたよ!八幡のバカ!
*******
「どうかしたの、千歌ちゃん?」
「あはは……なんか入りづらい」
*******
昼休みを終え、再び仕事に戻ると、予想に反して客足は落ち着いていた。なんかよくわからんが助かった。
……と思いきや、今度は幼稚園児の集団が来て、辺りはかなりにぎやかになっていた。
先生の言うことなど聞かずにあちこち走り回る園児。
スタッフルームに入ろうとするのを桜内に止められる園児。
津島が注意したら泣き出す園児。
つられて泣き出す黒澤妹。なんでだよ。
俺と目を合わせたら泣き出す園児。いや、なんでだよ。
さらに……俺と目が合ったら、やたらにっこりと笑みを向けてくる金髪のポニーテール。いや、誰だよ。
午前中とは別の騒がしさに、Aqoursメンバーも慌てていた。
「あわわわ……」
花丸も突然の事態に困惑していた。だが……
「みんな、先生の言うこと聞かなきゃダメずら……ダメだよ」
すぐに冷静になった彼女は、やんわりと注意していた。ナイス花丸。あとついでに俺と目が合っただけで泣いた子のフォローお願い!
すると、数人の子供達が彼女に近づき……
「ねえ、お姉ちゃん。あの怖いお兄ちゃんと付き合ってるの?」
「ずらっ?」
「チューとかするの?」
「ずらっ!?」
どうやら最近の子供は俺の想像よりずっとませているようだ
そろそろ助けにはいるべきか、だがまた泣いてしまったら……。
こちらが逡巡していると、花丸は優しい笑みを見せ、子供達を自分の近くに集めた。
何を始めるのかと思いながら、こちらには聞こえない音量でぼそぼそと話していた。時折聞こえてくる色めきたった声と、ちらちら向けられる視線が気になる。
……よくわからんが、まあ任せておいてよさそうだ。
そして、最終的には黒澤姉が素晴らしい統率力で、その場をまとめあげたのだった。
*******
帰り道、他のAqoursのメンバーと別れた俺達は、いつも歩く道を、力なくとぼとぼと歩いていた。
「疲れたずらぁ……」
「マジで疲れたんだが……」
とはいえ、動いてからいい感じに頭が冴えてるので、これなら帰ってからの勉強も捗りそうだ。
そんな事を考えていると、花丸がそっと手を重ねてきた。
「でもでも……これって、初めての共同作業って感じがして、嬉しかったです!」
「…………そうか」
いきなりそういう破壊力高めの台詞吐くのやめてね……。
次どんなタイミングで言われてもいいように、俺もそっと小さな手を、確かな温もりを握り返した。
「そういや、あのチビッ子達に何言ってたんだ?」
「禁則事項ずらよ~♪」