捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
時間の流れが早くも遅くも感じれる不思議な感覚。
彼女達の出番が来るまでの時間のほうが落ち着かない気分だった。
それでも、時間は淀みなく流れていき、アナウンスと共に彼女達が……Aqoursがステージに上がった。
着物をアレンジしたような美しく可愛らしい和風の衣装に、会場内が息を飲んだ。
そして、その期待値の高さを表すかのように、歓声が響き渡る。
「千歌~、頑張って~!」
「曜ちゃ~ん、ファイト~!」
「梨子ちゃん、大好き~!」
「ルビィちゃん、今日も可愛い~!」
「花丸……」
「ヨハネ様~!」
「ダイヤさ~ん!こっち向いて~!」
「果南さん、素敵~!」
「マリー理事長最高~!」
凄まじいまでの熱いエールにまぎれ、できるだけ大声で彼女の名前を呼ぼうとするが、もうしばらく大声をだしていないのと、照れなんかもあり、あまり声は出なかった。
だが、彼女は真っ直ぐにこっちを見た……気がした。
きっと、ただこっちに目を向けただけだろう。しかし……そんなただの偶然が、とても素晴らしい意味を持っているように思えてならなかった。
「よろしくお願いします!!」
そして、高海の挨拶を合図にメンバーが頭を下げ、それぞれスタンバイする。
衣装とよくマッチした和風なイントロが響き始めると、そこに歌声が乗り、一つの曲となり、しっとりした雰囲気が漂い始めた……かと思えば、急にテンポが速くなり、メンバーがステージ上を舞う。
普段より厳かな雰囲気ながらも、アイドルらしい可愛らしさは遺憾なく発揮されていた。
そして、途中で激しい想いを叩きつけるようなギターソロが入っていたりと、和だけではなく、様々な要素が調和していた。
贔屓目なしに、これまでで最高のパフォーマンスのように思えた、そんな時間だった。
「ありがとうございました!」
曲が終わると、割れんばかりの拍手が会場内を包み込んだ。
*******
会場の外に出ると、焦燥感がこみ上げてくる。
果たして次のライブに間に合うのだろうか?
まあ、ライブの目的は新入生の勧誘なので、俺が見る必要はないのだが、それでも見たかった。
限りある時間の中で懸命に活動する彼女達のパフォーマンスを、一瞬でも多く心に焼き付けたかった。
「あっ、大丈夫だよ、お兄ちゃん。お母さんがすぐ来るから」
「はぁ?確か今日仕事じゃ……」
「そうだけど、お兄ちゃんの彼女のためって言ったら、絶対に行くだって」
「…………」
心遣いは非常にありがたいが、果たしてどう紹介すればいいのだろうか?
長年のボッチ生活で、そんな事もわからない俺は、本当に来た母ちゃんの車に気まずい気分で乗り込んだ。
途中、窓の外に目を向けると、ミカン畑をトロッコがやたら速く駆け抜けていた。
*******
浦の星に到着すると、ちょうど彼女達がステージに上がった頃だった。てか、あいつらどこを通ってきたんだ?まあ、間に合ってるならいいんだけど。
衣装もさっきとは打って変わって、青空に映える明るい衣装になっていた。
だからだろうか。
俺は隣にいる母ちゃんや小町が驚くくらい大きな声で、彼女の名前を呼んだ。
「お、お兄ちゃん!皆こっち見てるよ!」
「…………」
……慣れないことはするもんじゃないな。
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陽もだいぶ傾いた頃、海を見ていると、ようやく花丸が来るのに気づいた。
「お疲れ」
労いの言葉をかけると、彼女はぱあっと明かりが灯るような笑顔を見せた。
「ありがとうございます。今回も八幡さんに見てもらえたから、最後まで頑張れました」
「……いや、俺は何もしてねえよ。あと曲もすげえよかったぞ」
「ずらっ。一生懸命、皆で作ったからだと思います」
「まさか曲作りの参考でデートする事になるとは思わなかったけどな」
色々思い出していると、つい吹き出してしまう。
「ふふっ、そうずらね。マルは楽しかったけど」
「……次は……」
「?」
「次は普通にデートしてみるか……その、今日……いいもん見せてもらったからな」
「…………」
「」
「……はいっ、楽しみにしてます、ずらっ」
互いに笑顔を交わしてから、自然と手を繋いで歩き出す。
まるでそれが当たり前のように感じられた。
そんな繋がりが嬉しくて、少しくすぐったくて、照れくさくて、俺は彼女の手をより一層強く握りしめた。
「そういえば八幡さん、あんなに大きな声が出たんですね。マルはびっくりしたずら」
「ぐっ……わ、忘れてくれ」
「ふふっ、ずっと覚えてます♪」
そう言って笑う彼女の横顔は、どこか満足そうだった。