捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

64 / 92
青春の影 #57

 俺は花丸の手を引き、商店街から逃げ出していた。

 

「は、八幡さん!?どうしたずらか!?」

「……後で話す。今はついて来てくれ」

「りょ、了解ずら!」

 

 多分、花丸のリアクションからして、ポッキーゲームが何なのかすらわかっていないだろう。

 店員さんも人は良さそうだったが、ここだけは譲れない。あとで普通に飯食いに行くから許して欲しい。

 あれこれ考えている内に、商店街を抜け、海が見晴らせる場所まで来ていた。人の数もまばらで、落ち着いて話をするには丁度よかった。

 適当なベンチに花丸を座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。

 

「……いきなり悪い」

 

 開口一番謝ると、彼女は首をふるふる振って、ニコッと笑顔を見せた。

 

「だ、大丈夫ずらよ。八幡さんにとって、ポッキーゲームとは、それほど恐ろしいものだとわかったずら」

「いや、恐怖っつーか……あれだ……」

「?」

「俺はああいう頭の悪い大学生が酔った勢いでやるようなアホなゲームが大嫌いなんだよ」

「…………はあ」

 

 おっといけない。ついガチな本音がダダ漏れしてしまった。

 俺の様子に、花丸はきょとんと首を傾げていた。

 

「あ、あの、八幡さん。ポッキーゲームって一体……」

「ああ、すまん。説明する」

 

 *******

 

「さ、最後は……あわわ……ずら~……」

 

 ポッキーゲームの内容を聞いた花丸は、顔を真っ赤にして、プスプスと白い煙でも出てきそうなくらいだった。

 やはり彼女には刺激か強かったらしい。

 彼女はしばらく頭を抱え、あたふたした後、恥じらうような弱々しい目をこちらに向けてきた。

 

「で、でも……オラ……八幡さんとなら……」

「……っ」

 

 意外すぎる言葉に胸がどくんと高鳴り、顔が赤くなるのを感じる。

 くりくりした目が、澄んだ瞳が潤んで、甘ったるい空気が周りを取り囲むのを感じた……けれど……

 

「……俺が嫌なんだよ……」

「え?」

 

 深呼吸し、気持ちを落ち着け、彼女の手をそっと握る。

 一瞬だけピクリと驚いた小さな手は、すぐに俺の手を握り返してきた。

 そのことに背中を押され、自然と口が動く。

 

「その……あれだ……するなら自分のタイミングでしたい」

「…………あわわっ!」

 

 花丸は数秒遅れて俺の言葉を理解し、また慌てだす。

 

「いや、さっきお前も結構大胆なこと言ってたからね?」

「あ、あのあの……その……マ、マルはその……は、八幡さんから、そういうことを言って貰えたのが嬉しくて……」

「……そっか」

「…………」

「…………」

 

 二人して見つめ合ったまま、何も言えなくなる。

 いや、言う必要がないのか……静寂がこんなに心地いいのだから。

 この後何をすべきかなんて俺にもわかる。

 その淡いイメージをなぞるように、彼女の肩に手を置き、ゆっくり引き寄せる。

 たったそれだけで、彼女もこの流れを理解し、目を閉じた。

 小さな薄紅色の唇が、微かに震えながら、触れ合う瞬間を待っている。

 そこで風がやわらかく吹き抜け、心地よい涼しさが体を駆け抜けていった。

 顔の火照りを感じながら、彼女の吐息が次第に近くなっていき……やがて……

 

「あ~!!このカップル、チューしようとしてる~!!」

「「っ!!」」

 

 突然の声に慌てて体を離す。

 すると、すぐ後ろに4、5歳くらいの子供がいて、こちらを指差していた。

 

「こらっ、ダメでしょ!?ごめんなさい……じゃ、じゃあ、ごゆっくり……」

 

 子供を叱りつけながら謝るお母さんは、頬を赤らめながら、そそくさと立ち去った。

 そのことにハッとした俺達は、辺りを見回す。

 すると、中学生くらいの女子グループや、老夫婦や、家族連れがこっちをチラ見していた。

 ……や、やべえ……すっかり忘れてた。

 普段ステルスヒッキーだの何だの言って、人目につかないことを得意とする俺がこんなミスを……。

 

「は、八幡さん、その……」

「いや、俺が悪かった……」

 

 お互いに苦笑し、ゆっくり立ち上がると、偶然同じタイミングでお腹が鳴る。

 

「…………」

「…………ふふっ」

 

 花丸が吹き出したのにつられ、俺もくっ、くっ、と吹き出してしまう。

 ……多分、彼女と一緒にいたくなるのは、この穏やかな時間が好きだからだろう。

 なら、俺も焦ることはない。 

 

「……飯食いに行くか」

「…………ずらっ♪」

 

 今度は同じタイミングで手を出し合う。今度は微笑みが漏れた。

 こうして自然と手を繋ぐ二人は、きっと間違いなく恋人なのだろう。

 その慣れない感覚をくすぐったく感じながら、俺は彼女の手を握りしめた。

 混ざり合う優しい温もりに、確かな繋がりを感じながら……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。