捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
俺は花丸の手を引き、商店街から逃げ出していた。
「は、八幡さん!?どうしたずらか!?」
「……後で話す。今はついて来てくれ」
「りょ、了解ずら!」
多分、花丸のリアクションからして、ポッキーゲームが何なのかすらわかっていないだろう。
店員さんも人は良さそうだったが、ここだけは譲れない。あとで普通に飯食いに行くから許して欲しい。
あれこれ考えている内に、商店街を抜け、海が見晴らせる場所まで来ていた。人の数もまばらで、落ち着いて話をするには丁度よかった。
適当なベンチに花丸を座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。
「……いきなり悪い」
開口一番謝ると、彼女は首をふるふる振って、ニコッと笑顔を見せた。
「だ、大丈夫ずらよ。八幡さんにとって、ポッキーゲームとは、それほど恐ろしいものだとわかったずら」
「いや、恐怖っつーか……あれだ……」
「?」
「俺はああいう頭の悪い大学生が酔った勢いでやるようなアホなゲームが大嫌いなんだよ」
「…………はあ」
おっといけない。ついガチな本音がダダ漏れしてしまった。
俺の様子に、花丸はきょとんと首を傾げていた。
「あ、あの、八幡さん。ポッキーゲームって一体……」
「ああ、すまん。説明する」
*******
「さ、最後は……あわわ……ずら~……」
ポッキーゲームの内容を聞いた花丸は、顔を真っ赤にして、プスプスと白い煙でも出てきそうなくらいだった。
やはり彼女には刺激か強かったらしい。
彼女はしばらく頭を抱え、あたふたした後、恥じらうような弱々しい目をこちらに向けてきた。
「で、でも……オラ……八幡さんとなら……」
「……っ」
意外すぎる言葉に胸がどくんと高鳴り、顔が赤くなるのを感じる。
くりくりした目が、澄んだ瞳が潤んで、甘ったるい空気が周りを取り囲むのを感じた……けれど……
「……俺が嫌なんだよ……」
「え?」
深呼吸し、気持ちを落ち着け、彼女の手をそっと握る。
一瞬だけピクリと驚いた小さな手は、すぐに俺の手を握り返してきた。
そのことに背中を押され、自然と口が動く。
「その……あれだ……するなら自分のタイミングでしたい」
「…………あわわっ!」
花丸は数秒遅れて俺の言葉を理解し、また慌てだす。
「いや、さっきお前も結構大胆なこと言ってたからね?」
「あ、あのあの……その……マ、マルはその……は、八幡さんから、そういうことを言って貰えたのが嬉しくて……」
「……そっか」
「…………」
「…………」
二人して見つめ合ったまま、何も言えなくなる。
いや、言う必要がないのか……静寂がこんなに心地いいのだから。
この後何をすべきかなんて俺にもわかる。
その淡いイメージをなぞるように、彼女の肩に手を置き、ゆっくり引き寄せる。
たったそれだけで、彼女もこの流れを理解し、目を閉じた。
小さな薄紅色の唇が、微かに震えながら、触れ合う瞬間を待っている。
そこで風がやわらかく吹き抜け、心地よい涼しさが体を駆け抜けていった。
顔の火照りを感じながら、彼女の吐息が次第に近くなっていき……やがて……
「あ~!!このカップル、チューしようとしてる~!!」
「「っ!!」」
突然の声に慌てて体を離す。
すると、すぐ後ろに4、5歳くらいの子供がいて、こちらを指差していた。
「こらっ、ダメでしょ!?ごめんなさい……じゃ、じゃあ、ごゆっくり……」
子供を叱りつけながら謝るお母さんは、頬を赤らめながら、そそくさと立ち去った。
そのことにハッとした俺達は、辺りを見回す。
すると、中学生くらいの女子グループや、老夫婦や、家族連れがこっちをチラ見していた。
……や、やべえ……すっかり忘れてた。
普段ステルスヒッキーだの何だの言って、人目につかないことを得意とする俺がこんなミスを……。
「は、八幡さん、その……」
「いや、俺が悪かった……」
お互いに苦笑し、ゆっくり立ち上がると、偶然同じタイミングでお腹が鳴る。
「…………」
「…………ふふっ」
花丸が吹き出したのにつられ、俺もくっ、くっ、と吹き出してしまう。
……多分、彼女と一緒にいたくなるのは、この穏やかな時間が好きだからだろう。
なら、俺も焦ることはない。
「……飯食いに行くか」
「…………ずらっ♪」
今度は同じタイミングで手を出し合う。今度は微笑みが漏れた。
こうして自然と手を繋ぐ二人は、きっと間違いなく恋人なのだろう。
その慣れない感覚をくすぐったく感じながら、俺は彼女の手を握りしめた。
混ざり合う優しい温もりに、確かな繋がりを感じながら……。