捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
ラブライブの予選を終えた翌日の夜。
いきなり花丸から電話で呼び出され、俺はすぐに海岸へ向かった。ぶっちゃけ、心配するから先に連絡して欲しいんだが……。
できる限り早く砂浜に到着すると、定位置ともいえる場所に花丸は腰を下ろしていた。
その小さな背中が、いつもよりさらに小さく見えるのは気のせいではないのだろう。
俺は無言で彼女の隣に腰を下ろす。砂浜は意外なくらいひんやりしていた。
「こんばんは……」
彼女は消え入りそうな声で呟く。
俺は黙ったまま、彼女と同じ方向を、真っ暗な海を眺めた。夜空と海の境目はわかりづらく、どこまでも夜の闇が続いている。
やがて、彼女から口を開いた。
「あの……いきなり、夜遅くにごめんなさいずら」
「……俺は大丈夫だ。てか、そっちが大丈夫か?」
「あ、はい……一応……」
「まあ、その……次からは先に連絡してくれ。運動がてら、そっちに行くから」
「……はい。ありがとうございます」
少し説教くさい事を言ってしまった自分に、何ともいえない気分になったが、彼女は弱々しい笑顔を見せ、頷いてくれた。
そして、その唇が再び動き始めた。
「八幡さん……ごめんなさい。勝てませんでした」
「……いや、俺に謝ることなんかねえだろ。かなり惜しかったし」
そう。Aqoursはラブライブ決勝進出を惜しくも逃した。
パフォーマンスをミスしたわけでもない。歌詞が飛んだわけでもない。単純な力負けということだろう。
花丸はようやくこちらを向いたが、その瞳は濡れていた。
「前にも言いましたけど、オラ……こんなに悔しいって思ったの、スクールアイドルが初めてで……」
「……そっか」
「そ、それにそれに!もう一つごめんなさいしなきゃいけなくて……」
「?」
「オラ……マルは……」
花丸は一旦自分の膝に顔を埋め、しばらく溜めてから顔を上げ、こちらを向いた。
「マルは……八幡さんに……恋をしています」
「…………」
「あなたの事が好きです」
真っ直ぐな告白。それは心の何処かで予感めいたものがあった。
しかし、改めて言葉にされると、息が止まるかのような緊張感が胸を刺した。
しかし、それは次第に温かい何かへと姿を変えていった。
「でも……」
花丸は目を伏せ、さらに言葉を紡ぐ。それと同時に風がそよそよと彼女の髪を揺らした。
「マルは……こういうの初めてで……それに、今はスクールアイドルの活動もあって……でも、八幡さんが誰かにとられるのは嫌で……」
「…………」
「オラ……ずるいんです。どっちも欲しくて……どっちも大事で……だから、もう一つのごめんなさいを……」
「……そっか」
自分の意思より先に体が動いていた。
俺は花丸の頭をそっと撫でていた。
「は、八幡さん……」
「……俺も……お前が、好きだ」
「ずらっ!」
花丸は口元を押さえ、信じられないと言いたげな表情をする。
「……ど、どした?もしかして、い、嫌だったか?」
「違うずら!違うずらよ……う、嬉しいです……で、でも……八幡さんから言ってくれるなんて……」
「いや、さすがに女子の方にあんだけ言わせといて、男が何も言わないってのはな……」
「八幡さん……」
「まあ、その……なんつーか、俺もお前が好きだから心配しなくていい。それに、俺はモテないからとられたりとかしない」
「そ、そんなことないずらよ!善子ちゃんは諦めたって言ってるけど、時々八幡さんの方をじっと見てますし、この前、お祭りの時にいた一色さんも八幡さんと親しげでしたし、最近は金髪でポニーテールの綺麗なお姉さんが八幡さんに見とれてたずら!」
「お、おう、そうか……ま、まあ、とにかく……焦らずに今はスクールアイドルに集中してていいんじゃないか?」
わしゃわしゃと乱暴に撫でると、花丸は子犬みたいに目を細めた。その小動物的な可愛らしさに、つい頬が緩んでしまう。
「あの、八幡さん……」
「?」
花丸は俺の正面に立ち、懇願するような目を向けてきた。
「マ、マルを……ぎゅってしてもらえませんか?」
俺は立ち上がり、花丸の頭をぎゅっと掴んでみた。髪のさらさらした感触が気持ちいい。
……もちろん睨まれた。
「そっちじゃないずら~……」
「……悪い」
気を取り直して、彼女の小さな体をそっと抱き寄せる。腕の中にすっぽり収まった彼女の体は、柔らかくて、頼りなくて、温かい。いつから彼女に惹かれていたのだろう。
次第に、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐりだし、幸せが心を満たしていく。
「ん…………」
「…………」
今度は花丸が背中に腕を回してきた。
二つの温もりがさらに深く混ざり合う。
生まれて初めての感覚。きっとこれを『恋』と呼ぶのだろう。
素直な気持ちをさらけ出す二人を、ふんわりと優しく包む夜風は、さっきよりやわらかかった。