捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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青春の影 ♯52

 ラブライブの予選を終えた翌日の夜。

 いきなり花丸から電話で呼び出され、俺はすぐに海岸へ向かった。ぶっちゃけ、心配するから先に連絡して欲しいんだが……。

 できる限り早く砂浜に到着すると、定位置ともいえる場所に花丸は腰を下ろしていた。

 その小さな背中が、いつもよりさらに小さく見えるのは気のせいではないのだろう。

 俺は無言で彼女の隣に腰を下ろす。砂浜は意外なくらいひんやりしていた。

 

「こんばんは……」

 

 彼女は消え入りそうな声で呟く。

 俺は黙ったまま、彼女と同じ方向を、真っ暗な海を眺めた。夜空と海の境目はわかりづらく、どこまでも夜の闇が続いている。

 やがて、彼女から口を開いた。

 

「あの……いきなり、夜遅くにごめんなさいずら」

「……俺は大丈夫だ。てか、そっちが大丈夫か?」

「あ、はい……一応……」

「まあ、その……次からは先に連絡してくれ。運動がてら、そっちに行くから」

「……はい。ありがとうございます」

 

 少し説教くさい事を言ってしまった自分に、何ともいえない気分になったが、彼女は弱々しい笑顔を見せ、頷いてくれた。

 そして、その唇が再び動き始めた。

 

「八幡さん……ごめんなさい。勝てませんでした」

「……いや、俺に謝ることなんかねえだろ。かなり惜しかったし」

 

 そう。Aqoursはラブライブ決勝進出を惜しくも逃した。

 パフォーマンスをミスしたわけでもない。歌詞が飛んだわけでもない。単純な力負けということだろう。

 花丸はようやくこちらを向いたが、その瞳は濡れていた。

 

「前にも言いましたけど、オラ……こんなに悔しいって思ったの、スクールアイドルが初めてで……」

「……そっか」

「そ、それにそれに!もう一つごめんなさいしなきゃいけなくて……」

「?」

「オラ……マルは……」

 

 花丸は一旦自分の膝に顔を埋め、しばらく溜めてから顔を上げ、こちらを向いた。

 

「マルは……八幡さんに……恋をしています」

「…………」

「あなたの事が好きです」

 

 真っ直ぐな告白。それは心の何処かで予感めいたものがあった。

 しかし、改めて言葉にされると、息が止まるかのような緊張感が胸を刺した。

 しかし、それは次第に温かい何かへと姿を変えていった。

 

「でも……」

 

 花丸は目を伏せ、さらに言葉を紡ぐ。それと同時に風がそよそよと彼女の髪を揺らした。

 

「マルは……こういうの初めてで……それに、今はスクールアイドルの活動もあって……でも、八幡さんが誰かにとられるのは嫌で……」

「…………」

「オラ……ずるいんです。どっちも欲しくて……どっちも大事で……だから、もう一つのごめんなさいを……」

「……そっか」

 

 自分の意思より先に体が動いていた。

 俺は花丸の頭をそっと撫でていた。

 

「は、八幡さん……」

「……俺も……お前が、好きだ」

「ずらっ!」

 

 花丸は口元を押さえ、信じられないと言いたげな表情をする。

 

「……ど、どした?もしかして、い、嫌だったか?」

「違うずら!違うずらよ……う、嬉しいです……で、でも……八幡さんから言ってくれるなんて……」

「いや、さすがに女子の方にあんだけ言わせといて、男が何も言わないってのはな……」

「八幡さん……」

「まあ、その……なんつーか、俺もお前が好きだから心配しなくていい。それに、俺はモテないからとられたりとかしない」

「そ、そんなことないずらよ!善子ちゃんは諦めたって言ってるけど、時々八幡さんの方をじっと見てますし、この前、お祭りの時にいた一色さんも八幡さんと親しげでしたし、最近は金髪でポニーテールの綺麗なお姉さんが八幡さんに見とれてたずら!」

「お、おう、そうか……ま、まあ、とにかく……焦らずに今はスクールアイドルに集中してていいんじゃないか?」

 

 わしゃわしゃと乱暴に撫でると、花丸は子犬みたいに目を細めた。その小動物的な可愛らしさに、つい頬が緩んでしまう。

 

「あの、八幡さん……」

「?」

 

 花丸は俺の正面に立ち、懇願するような目を向けてきた。

 

「マ、マルを……ぎゅってしてもらえませんか?」

 

 俺は立ち上がり、花丸の頭をぎゅっと掴んでみた。髪のさらさらした感触が気持ちいい。

 ……もちろん睨まれた。

 

「そっちじゃないずら~……」

「……悪い」

 

 気を取り直して、彼女の小さな体をそっと抱き寄せる。腕の中にすっぽり収まった彼女の体は、柔らかくて、頼りなくて、温かい。いつから彼女に惹かれていたのだろう。

 次第に、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐりだし、幸せが心を満たしていく。

 

「ん…………」

「…………」

 

 今度は花丸が背中に腕を回してきた。

 二つの温もりがさらに深く混ざり合う。

 生まれて初めての感覚。きっとこれを『恋』と呼ぶのだろう。 

 素直な気持ちをさらけ出す二人を、ふんわりと優しく包む夜風は、さっきよりやわらかかった。


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