捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
愛知県にある会場に到着すると、さすがに予備予選の時とは会場のスケールが違い、思わず目を見開いてしまう。まあ、決勝はアキバドームで開催されるから、妥当な規模かもしれないが。
ちなみに、浦の星女学院の生徒は皆応援に来ているらしい。小町は俺よりはやく家を出ていたので、もう会場内にいるだろう。俺はとりあえず、少し離れた場所に座っとけばいい。
人波をかき分けるように歩きながら、俺は会場内へ足を踏み入れた。
……一応、到着のメールくらい送っとこう。
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「ずらっ♪」
「どうしたの、花丸ちゃん?」
「えっ、あ、お、お祖母ちゃん達が、会場に着いたずら!さ、ルビィちゃん。着替えるずらよ!」
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会場内に足を踏み入れると、ざわざわと開演を待ちわびる空気に満ち溢れていた。正直、空席を見つけるのが難しいくらいだ。
「おやおや、比企谷君かい?」
「え?あ、こんにちは……」
小さいながらもよく通る声に振り向くと、花丸の祖母がちょこんと椅子に座っていた。まだ二度目ましてだが、その姿ははっきり覚えていた。
ニコニコ笑顔を浮かべながら手招きするその姿に、自然と隣に腰を下ろしてしまう。
「ありがとうね。マルちゃんの……皆の応援に来てくれたんだろう?」
「ええ、まあ……」
「国木田さん。その男の子は?」
花丸の祖母の隣から、今度はやけに綺麗な……つーか、どっかで見覚えがある顔立ちの女性が顔を見せる。もしかして、津島の……?
「この子はね、ウチのマルちゃんの恋人の比企谷君」
「あらあら、花丸ちゃんったら奥手そうに見えて案外やるわね」
「いや、あの……俺はそんなんじゃ……」
何やら勝手に恋人認定されかけているので否定すると、前に座っている女子生徒が振り返った。
「比企谷……あ、もしかして小町ちゃんのお兄さんですか!?」
「……いや、違う」
小町に自分のような兄がいると知られるのはあまりプラスにならないので、ここは誤魔化しておく。
すると、その女子の前の席にいた小町が振り返る。
「ああ、お兄ちゃん。別に誤魔化さなくていいから。この人が私のお兄ちゃんの八幡ね」
小町が笑顔で友達に俺の紹介をする。てか、そこにいたのかよ。見えなかったとはいえ、何たる不覚……。
まあ、それはさておき、こうして紹介された以上、しらを切り通すわけにもいかない。俺は観念して、軽い会釈をした。
「……どうも」
「初めまして!」
「シャイで捻くれてるけど、優しいんだよ♪」
「あ~、わかる!優しそう~」
「…………」
小町が友達に俺を紹介するのが意外すぎて、ついポカンとしてしまう。最近どことなく大人びてきたし、こいつはこいつで、こっちに来てから色々あったんだろう。生徒会に入ってるから、黒澤姉の影響もあるかもしれない。髪も伸ばそうとしてるし。
可愛い妹の成長はしみじみと感動していると、何人かの女子が振り返り、好奇心いっぱいな視線を向けられる。
「小町ちゃんのお兄さん!?わあ、あんま似てないね!ウケる!」
いや、ウケないから。てか、どっかで聞いたことある響きが……似てるだけだけど。
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開演の時間になり、司会が挨拶を終えると、メンバーが登場し、演劇風の演出で過去を振り返る。最初は場内全体がどよめいたが、やがて誰もが真剣な表情で聞き入っていた。
そして、花丸の順番が来て、彼女にスポットライトが当てられる。
彼女は俯いたまま、ゆっくりと喋りだした
「オラ……マルは運動苦手ずら……です。でも……」
その時、彼女の視線がこっちを向いた気がした。
彼女は俺がどこに座ってるのかなんて知らないはずだから、気のせいなんだろうけど。
そのまま彼女は、普段よりはっきりした声音で喋りだす。
「背中を押してくれた人がいるから……」
言い終えると、スポットライトは彼女から黒澤妹に移った。
ほんの数秒間の事だった。
しかし、その言葉は胸の奥の鐘を鳴らすように、真っ直ぐに届いた。
やがて締めの言葉と共に、メンバーが定位置につき、曲が始まる。
希望に満ちたメロディーに、熱の篭もったパフォーマンスに、俺はただ身を委ねていた。