捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「あ~、辛かった……」
「あはは……ごめんなさいずら……」
花丸に水をもらい、何度も喉を潤したのだが、まだヒリヒリする。ここまでダメージを受けたのは久々だ。おい、津島。厨房から決めポーズすんな。ドヤ顔すんな。
「……なあ、これって試食したのか?」
「善子ちゃんは美味しそうに何個も食べてたずらよ」
「……お前は?」
「え…………あっ、そろそろ仕事に戻るずら」
「待て」
俺は花丸の肩をそっと掴み、そうはいかないとばかりに、席に座らせる。
「な、何でしょうか?ずら……」
「まあ、あれだ……お前も朝早くから起きてて眠たいだろうから、眠気覚ましに1個くらい食べていけよ」
「マ、マルはお腹いっぱいだから、今は遠慮するずら……あはは……」
「いやいや、お前の胃袋ならまだ全然余裕だろ」
「いやいや、マルはまだ仕事中の身。お客様のお食事に手をつけるなんて、とてもとても……」
そう言いながら席を立とうとする花丸の肩を、しっかりホールドする。
すると、1つの影が割り込んできた。
目を向けると、黄色いワンピースタイプの水着を着た高海だった。お願いだから、水着姿で不用意に距離を縮めるのは止めようね。それ一枚の布だからね。
「え、本当に食べていいんですか!?ラッキー♪」
こいつの恐ろしさを知らない高海は、躊躇など欠片も見せずに、堕天使の涙を一口で頬張る。よくこの見た目を躊躇わずにいけるな……しかも、あんな笑顔で……
「ん~♪…………ん?んん!?」
どうやら辛さがきたみたいだ。
数秒後、顔を真っ赤にしながら辛さに悶えていた。
*******
あの後、見た目通りに美味しいヨキソバと、見た目の割に美味しいシャイ煮を平らげ、一旦家に帰り、黙々と受験勉強に勤しんだ。
そして、夕飯後に再び砂浜へと足を運んだ。特に理由もなく、自然とそうしていた。
夜になると、砂浜はいつものように賑わいを失い、ただ波音が響くだけになる。
千葉以外の場所で過ごす初めての夏休みは慌ただしく、それでいて優しい時間が流れていた。受験勉強と思いがけない出会いのせいに違いないが。
そして、その出会いがもたらした温もりは、いつか何処かで感じたのと少し似ていて、少し違った。
「八幡さん」
振り返ると、パジャマ姿の花丸がいた。髪はおさげにしていて、雰囲気がいつもと違う。
「……どした?」
「今日はありがとうございます。おかげでお店も繁盛しました」
「いや、俺は荷物運んだだけだし、繁盛とは何の関係も……まあ、今日はお疲れさん」
「ふふっ、そういう反応が八幡さんらしいって、小町ちゃんが言ってたずら」
「まあな」
一応得意げに返事をすると、花丸は頬を緩めながら、隣に腰を下ろす。それと同時にふわりとシャンプーの香りが漂い、鼻腔を優しくくすぐる。普段とは違う香りに、何かがドクンと脈打った。
「八幡さん……あの……」
「?」
「こ、この前の事なんですけど……」
「…………」
何の事かなんて、聞かなくてもわかる。
この前は一色との再会で有耶無耶になったが、まだ右の頬には、あの日の熱が確かに刻まれていた。
お互い視線を海に向けたまま、波音の合間を縫うように言葉を紡ぐ。
「お話があるって言ったこと、覚えてますか?」
「……ああ」
「その……もうちょっと待って欲しいずら……あの……今度の大会が終わるまで……」
「……わかった」
花丸は立ち上がり、軽快にステップを踏み、Aqoursの曲のダンスを、少しだけなぞり、笑顔を見せる。
「マルの本気、見て欲しいずら」
「…………あ、ああ」
彼女以外の何もかもが一瞬で遠ざかった。
つい見とれてしまっていた。少し口を動かすのもやっとだった。
月明かりにぼんやり照らされた笑顔も、波音が飾る優しい声も、どちらも確かな感触と共に、心の奥に深く刻まれた。