捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「ど~も~……」
彼女は俺と花丸を交互に見比べながら、距離を詰めてくる。特に、花丸を見るときには、ぱっちりした目をさらに見開いていた。
花丸も、その視線を受け止めながら、時折こちらに視線を向けた。
その視線の意味するところを心の何処かで理解しながら、俺は一色に声をかけた。
「一色……だよな?」
あまりに意味のない問いかけに、彼女はジト目を向けてきた。
「他に誰に見えるんですか?それとも、海の綺麗な街の暮らしで、千葉のことはすっかり忘れちゃいましたか?」
「バッカ、お前。俺の千葉愛舐めんなよ。千葉の凄さを内浦に広めてるぐらいだ」
「ふ~ん、そうですか…………それで」
俺の言葉には興味なさげに頷いた一色は、俺の耳元に艶々した唇を寄せてきた。
「あの可愛い子は誰ですか?もしかして~先輩の新しい彼女さんですかぁ~?」
いつかのような、あからさまな怖い声を作ってはあえないが、それでもあざとい声の向こうに威圧感のようなものを感じる。
どっちにしろ怖っ!いろはす怖っ!
「……むぅ」
視界の端では、花丸がこちらを見ているのがわかる。
こちらからも言いようのない圧を感じた。
とりあえず一色から距離をとり、二人の間に立ち、紹介するべく口を開く。
「新しい彼女も何も、彼女がいたことねえよ……ああ、あれだ。こっちが俺が通ってた学校の後輩で生徒会長の一色いろはで、こっちが小町と同じ学校で同じクラスの国木田花丸だ」
「「初めまして」」
二人共、まったく同じタイミングで頭を下げる。声もまったく同じトーンだ。どことなく険を感じるのは気のせいのはず。みんな仲良し!
「先輩もやりますねぇ~静岡に引っ越して数ヶ月でこんな可愛いお友達ができるなんて♪」
「か、可愛いだなんて、オラ……」
「オラ?」
「ずらっ!あわわ……」
「先輩、この子超可愛いんですけど」
「そ、そうか……てか、いつ来たんだ?」
「今日ですよ。家族旅行で来ました」
「え?お前、家族旅行とか参加するタイプなの?」
「参加しないタイプがあるのを今初めて知ったんですけど……」
「八幡さん……」
今度は二人して、俺に呆れたような眼差しを向けてきた。何だよ、いきなり。これが女の連帯感なのか。困るね、先輩。とても……。
このやりとりで多少は緊張がほぐれたのか、花丸は意を決したように、一色に話しかけた。
「あの……一色さんは、家族旅行で先輩に会いに来たずらか?」
「え?や、やだなあ!そんなわけないじゃないですか~!先輩に会いに来たのはついでですよ、ついで!」
ついでの部分を強調しながら、こちらをチラチラ見た。いや、わかってるからね?
そして、気を取り直すようにかぶりを振った一色は、少しだけ真面目な顔になった。
「先輩。伝言です」
誰から、なんて聞くまでもなかった。
「『私はもう大丈夫だから。ありがとう』だそうです」
「……そっか」
その言葉に、心の中でずっと沈んでいた何かが、何処かへ飛んで行った気がした。
思わぬタイミングで聞けた、思いがけない言葉。
自然と口元は緩んでいた。
「……次はあいつらと来いよ。ここ、結構いい街だから、案内してやる」
「……はい。じゃあ、そろそろ行きますね。花丸ちゃんも、またね」
「あ、はい!」
少し離れた所にいる家族と合流する一色を見送り、ゆっくり歩き出すと、花丸に服の裾を掴まれた。
「どした?」
「……あの、何て言えばいいのかわからないずら……でも……お疲れ様です」
「……ああ、ありがとな」
帰り道、祭りの熱気から遠ざかるにつれ、夜風は涼しくなった。