捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
八幡さんのあの写真を見て、マルの胸の中は、ひどくざわついていました。
八幡さんの話は信じられるのですが、胸の奥では何かがくすぶり続けていました。
今まで感じたことのない気持ち。
自分が……特別に想われたいという願い。
彼が自分を見てくれているのか、という不安。
そこには、抑えられない何かがありました。
そして、それはマルに一つの決心をさせました。
*******
花火は定刻通りに上がり始め、夜空に綺麗な彩りを添えていた。やけに広く感じる沼津の夜空を見上げながら、時折、花丸の横顔を盗み見た。
その横顔は、出店のほんのりとしたオレンジの灯りや、花火の鮮やかな輝きに照らされ、普段よりずっと大人びて見えた。
「……八幡さん?」
「いや、何でもない」
……思わず見とれてしまっていた。
小町と同い年なこともあり、ついつい妹のように接してしまう時もあるけど。
当たり前のことだがら、やっぱり妹ではなく……。
「綺麗ずら~」
「あ、ああ……」
無邪気な声と共に、彼女のくりくりした瞳がこちらを向く。
今度は何も聞かれることはなく、声と同じような無邪気な瞳を向けられた。
「「…………」」
そのまま花火の音とざわつく人の声をBGMに、じっと見つめ合う。
視線を逸らせなかったのは、ただ動けないだけじゃない気がした。
花丸は自分の胸に手を当て、ゆっくりと口を開いた。
「八幡さん」
「……どした?」
「ちょっと耳を貸して欲しいずら。このままだと聞こえづらいと思うから」
声なら今でもしっかりと聞こえているが、黙って従うことにした。
小柄な彼女に耳を寄せるため、身をかがめる。
そして、彼女の顔が近づく気配を感じ、何を言われるのかと身構えていると……
「…………ん」
「っ!」
頬に触れた柔らかな感触。
ふわりと包み込むような甘い香り。
慌てて顔を離し、花丸を見ると、彼女は何事もなかったかのように、花火を見上げていた。
……気のせい、じゃないよな?
右の頬に手を当てる。
もちろん、そこには何も残ってはいないが、確かな感触だけは刻まれていた。
*******
人波の流れに乗り、帰り道を彼女と並んで歩く。
花火が終わったら、途端に周りのざわめきも遠くなった気がする。
そう思える原因は、他にもあるのだが……
「……今日はありがとうございます」
「いや、案内してもらったのは俺だから……」
「…………」
「…………」
花丸は、今さらながら顔を赤くしていた。
それは、先程の甘やかな感触が何だったのかを遠回しに告げていた。
さっきから続いていた胸の高鳴りは、激しさを増していく。
気がつけば、周りの人波はかなり減っていて、俺達の周りはぽっかりと空いていた。
「あの、八幡さん……」
「?」
「オラ……マルは、その内聞いて欲しいことが……」
「あっ、先輩見~つけた♪」
突然響いてきた聞き覚えのある声。
可愛いさを意識したトーンの、あざと可愛い声。
もしやと思い、振り向くとそこには……
「一色……」
半年前より伸びた亜麻色の髪。
背はそんなに変わって見えないが、身に纏う雰囲気は、どこか自信ありげに見える。
総武高校生徒会長・一色いろは。彼女は、俺と……隣にいる花丸を交互に見て、何とも言えない表情を見せた。