捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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青春の影 ♯33

 

 休憩を終えた渡辺と別れた後は、俺達も水族館を出て、海沿いの歩道を歩いていた。別に人混みに耐えられなくなったわけではない。例えば……

『おい、見ろよ。あの子めっちゃ可愛い』

『アイドルばりじゃね?』

『あんな可愛い子連れやがって……ボッチの癖に』

 とか言われたりはしてない。おい、最後の奴何なんだよ。

 

「八幡さん、どうかしたずらか?」

「いや、あれだ……まあ、楽しかった」

「ほ、本当ずらか!?」

 

 国木田は目をキラキラさせ、こちらを見上げてくる。その本当に嬉しそうな表情に、つい頬が緩み、ちらついた過去の映像が呼び覚ました痛みを遠ざけた気がした。

 

「あ、あの……八幡さん」

「どした?」

「お願いがあるずら……」

「?」

 

 国木田はそわそわして、しかし、それを悟られまいとしているのか、上着の裾をぎゅっと握りしめ、またしっかりと俺の目を見据えてきた。

 

「あの……その……また、オラに案内させて欲しいずら……今度は、もっと調べますから」

「あ、ああ……」

「それで……!例えば、今日みたいに人が多い場所に行くと、国木田って呼んでもわかりにくいと思うずら……ほら、国木田って名字、多いから……」

「……多いか?」

 

 俺が知ってる国木田は、小説家とお前だけなんだが……。

 

「多いずら多いずら!だから……」

 

 彼女はまた目を伏して、言葉を溜めた。意外なくらい長い睫毛が、普段幼く見えるその容姿から、女性を意識させてきて、つい魅入ってしまう。

 やがて彼女は顔を上げた。

 

「オラのことは…………名前で呼んで欲しいずら」

「…………」

「……駄目ですか?」

「……わかった」

「本当ずらか!?」

 

 すんなり了承した自分に対し、これもここでの出会いがもたらした変化なのか、なんて思いながら、国木田をじっと見てしまう。

 その視線がこそばゆかったのか、国木田……彼女は歩き出した。

 

「じゃ、じゃあ行くずら!八幡さん」

「ああ、国木田……」

「…………」

 

 そんな捨てられた子犬みたいな目はやめて欲しいんですが……。うっかり拾ってお世話始めちゃったらどうすんだ。

 まあ、とにかくここで落ち込んだ顔を見るのも、いい気分はしないので、意を決して口を開いた。

 

「……は、はなまりゅ」

「…………」

「…………」

 

 慣れないことはするもんじゃない。

 軽率な行動をとった自分を心中で戒めていると、国木田はクスクス笑いながら、自分の口元に人差し指を当て、ウインクして、アイドルみたいなポーズをとりながら言った。

 

「やり直し、ずら♪」

「……国木田」

「そこからじゃないずら~!」

「……………………花丸」

「……はいっ!」

 

 彼女は……花丸は名前の通りにぱあっと笑顔を咲かせ、俺の隣に並んできた。

 赤く沈み行く夕焼けが二つの影を長く伸ばし、じんわり溶け合わせ、しばらくそのまま進み続けた。




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