捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
それでは今回もよろしくお願いします。
「…………」
「…………」
穏やかな陽の光が窓から射し込む静謐な空間。パラッ……パラッ……とページを繰る音だけが規則的に響いていた。そうする度に、意識はどこか別の世界にいる誰かと重なり、俺の知らなかった世界へと一歩一歩足を踏み入れていく感覚が……
「なあ……」
「はい?」
「そろそろ行くか……」
「……はい」
内浦の観光をするはずの俺達は、何故か真っ先に図書館へと来てしまった。どうしてこうなった……。
いや、本当に不思議で仕方がない。どちらからともなく足が勝手に向かうなんて……。
図書館から出て、爽やかな風を全身に浴び、気を取り直すべく、二人同時に深呼吸をする。
「なあ、国木田……」
「はい」
「一応、聞いておくが……お前は観光案内とか、できそうか?」
「……も、もちろんずら。お寺とか……」
「そうか」
「そうずら」
「…………」
「だ、大丈夫ずら!目的は内浦の良いところずらよ!マルは生まれも育ちも内浦ずら!ま、任せてください!」
「お、おう……」
おっと、これは心配なパターンですよ?さて、どうしたものか。いきなり躓いた感丸出しの状況、とりあえず、次に高海から内浦の良いところを聞かれたら、図書館が過ごしやすかったと言おうか……駄目か?駄目だな。
重い腰を上げ、行き先を考えていると、国木田がちょこんと正面に立ち、おずおずと口を開く。
「八幡さん……お腹空いてないずらか?」
「……いや、そんなに」
朝御飯はしっかり食ってきたし、まだ昼には早い気が……。
「空いて、ないずらか?」
そんな『マルの気持ち、わかってくれるよね?』みたいな顔されても……。
「あー、少し小腹が空いてきたな」
「ずらっ!」
あっさりと空腹になっちゃう俺。なんて優しいのだろう。まあ千葉にいた時から優しさには定評がある。なんといっても、材木座の書いた作品を読んじゃうし。
「じゃあ……ラーメンでも行くか」
「ずららっ!」
俺の何の気なしの提案に、国木田は固まった。
瞬時に嫌な予感がした俺は……額につうっと汗を垂らし、腕が硬直し、足がガクガク震え、背中に刃物を突きつけられたような悪寒を感じ、それでもありったけの勇気を振り絞り、彼女に尋ねた。
「も、も、もしかして国木田……ラーメン、苦手か……?」
すると、彼女は俺の様子に驚きながらも、こくりと頷いた。
「は、はい……ラーメン、というか、麺類が苦手ずら……」
「……何……だと……何……だと……」
思わず2回繰り返してしまった。
ラーメンが嫌い?そんな事ってあるのか?
一人で食べても美味いのがラーメン。誰かと食べても上手いのがラーメン。家で食べても店で食べても美味いのがラーメン。独身のアラサー女教師がドライブがてらに食べても美味いのがラーメン。あざとい女子が慣れない場所で食べても美味いのがラーメン。
世界一美味い食べ物はラーメン。異論は認めん。
ラーメンの素晴らしさについて、こってりしたイメージを思い浮かべていると、国木田が申し訳なさそうに目を伏せた。
「は、八幡さん……ラーメン大好きずらか?だったら……」
俺が声をかけようとすると、彼女は顔を上げ、ぱあっと笑顔になった。
「じゃあ、マルはお供するずら。今日は先輩のためのお出かけずら」
くっ……目がすごいキラキラしている。こんな純真無垢な奴を、蔑ろにして、自分だけラーメンを……いくら俺が小泉さんばりにラーメン好きだとしても……!
まあ、解決法ならあっさり見つかるのだが……。
「国木田」
「はい?」
「炒飯と餃子を奢ってやる」
「……はいっ」
何だか、当初の目的が宇宙よりも遠い場所へすっ飛んでいるような気がするが、休日は自由に過ごすべきだから、これはこれでいいのだろう。
ちなみに、国木田が「おかわりずらっ」と言った瞬間、奢ると言ったのを少し後悔しました。
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店を出ると、国木田は満足そうにお腹をさすっていた。
「お腹いっぱいずら~」
「……ならよかった」
「でも、本当によかったずらか?オラの分まで出してもらって……」
「まあ、あれだ。入部、祝い?でいいや」
適当な理由をでっち上げ、国木田を促し、のんびり歩き出す。
腹も膨らしたことだし、そろそろ帰るのが吉かもしれない。
そこで、国木田がぽんと手を打った。
「八幡さん、いい場所があるずら」
読んでくれた方々、ありがとうございます!