捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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青春の影 ♯20

「ほっ……よっ……ととっ……ずらっ!」

 

 脚をもつれさせた国木田は盛大にずっこけ、派手に砂を巻き上げる。そして、顔が砂まみれになった。春の潮風に砂埃が舞うその様子は、まるで彼女の挑戦をあざ笑うかのように見え、つい彼女に駆け寄った。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかけると、国木田は弱々しくも気丈な笑顔を見せた。

 

「は、はい!もう1回お願いします」

 

 今日は土曜日なので、近くの砂浜を使い、朝からダンスレッスンを行っている。これまた黒澤姉から、初心者におすすめの練習が紹介されている動画を教えてもらい、国木田がそれをスマホで確認しながらの作業だ。

 ぶっちゃけると、俺がやっているのはスマホの操作くらいで、何の役にも立っていないのだが……いや、今は考えるのは止めとこう。それこそ何の役にも立たない。

 

「あれ?比企谷君?」

「…………ああ」

 

 突然名前を呼ばれたので振り返ると、ジャージ姿の松……何とかさんがいた。名前をはっきり覚えていないのは、まだそんなに面識がないからであって、千葉にいるポニーテールの誰かと重ねたわけではない。彼女はジョギング中だったのだろうか、頬には僅かに汗が輝き、前髪が濡れ、額に貼りついている。それでも爽やかさが少しも損なわれないのは、彼女のハキハキとした立ち振る舞いのお陰だろうか。

 俺の表情から何を読んだのか、彼女は苦笑しながら隣に腰を下ろした。

 

「何?もう忘れちゃったの?」

「いや、そんなことはない。ただ、名前がすぐに出てこないだけだ」

「それは世間では忘れたっていうんだよ?まったく……まあ、1回しか会ってないから仕方ないけどね」

「ああ、ダイビングショップで会ったのは覚えてる」

「はいはい、ありがとう。あと、私の名前は松浦果南ね。今度は覚えるように、比企谷八幡君?」

「あ、ああ……」

「むぅ~」

 

 国木田が頬を膨らませてこっちを見ている。拗ねた表情の練習だろうか。まだステップを踏むのもやっとだというのに、表情をつくる練習までするとか、どんだけ向上心の塊なんだよ。

 松浦は国木田とこちらを不思議そうに交互に見た。

 

「彼女は?もう一人妹さんいたの?」

「いや、妹の友達だ」

「へえ……それで、小町ちゃんの友達のダンスを見て上げてるの?」

「見てるっつーか、俺は素人だからな。とりあえず初心者の練習用の動画を探しただけだ」

「ふ~ん……なんか懐かしいな」

「?」

「あ、いや、何でもない」

「……そっか」

 

 何でもないって言った奴が何でもなさそうなのは、何処でも一緒なのだろう。そして、それを聞かない方がよさそうなのも。

 

「先輩……さっきからオラをほったらかしずらぁ」

「うおっ!……びっくりしたぁ」

 

 いつの間にか、国木田の顔が目の前にあった。くりくりした目からは少し責めるようなものを感じ、たじろいでしまう。

 

「……ふんっ」

「く、国木田?どうかしたのか?」

「何でもないずらよ~」

 

 ……こっちもかよ。いや、まあ見とかなかった俺が悪いんだけどね?

 松浦はそんな俺達二人の様子を見て、くすりと笑い、口を開く。

 

「じゃあ、邪魔者は退散するとしますかね。二人共、頑張りなよ」

「……おう」

「あ、はい!」

 

 こうして、残りの時間は全てダンスの基礎に当てた。 





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