魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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ジュエルシード事件前のお話です。



6.5話 アルトセイム

 アルトセイム地方。

 魔法技術が栄えている第一管理世界『ミッドチルダ』の南部に在り、豊かな自然が広がっている地だ。

 首都である『クラナガン』とは違い、そこには現代の人の手が介在しておらず、長い時が育んだ生命力に溢れている。

 濃緑に占められた大地には透き通った湖が点在しており、眺めているだけでその広大さが全身で感じ取れる場所。歩き続け、この地を訪れた旅人には一刻の安らぎをもたらし、この生息している地方特有の野生動物も安寧に居られる“自然の楽園”とも言えるだろう。

 

 

 そんな『アルトセイム』だが、『クラナガン』をはじめとする中心地区からは辺境の地とされている。日々開発が進み、高層ビルやハイウェイなどが建設されている所と比べれば、不便さが残っているのは言わずとも知れている。一度便利さを知ってしまった人が、自ら進んでそれを捨てて生活をしようとは考え難い。

 ましてや、向こうには治安維持を担う“時空管理局”の地上部隊の本部が置かれている。そのため、発展速度は著しく、立派な【魔導師】を目指す人々が密集するのだ。

 

 

 しかし、『アルトセイム』には1つだけだが人工物が存在し、4人の住人が人知れずに生活している。

 『時の庭園』――――住人の一人であるプレシア・テスタロッサが買い取り、自身が研究に勤しんでいる“城”である。“城”と言っても年代物であった為、その外壁は緑に覆われ、周囲の自然に溶け込み、共に作り出すその光景は一つの風景画のようであった。

 

 

 人々の目が届かない“城”に有る図書室を少し小さくしたような部屋に、二つの人影が在った。

 勉強机に向かい、羽ペンを走らせる少女のフェイト。彼女はプレシアの娘で、母の期待に応えて一日でも早く一人前になりたいと日々魔法を学び精進している。

 フェイトの目の前には、幼き少女の世話をしつつ、一流の【魔導師】に育て上げることを責務としてプレシアに作られた使い魔のリニス。と言っても、姿形は人間そのもので、感情もある。素体となった山猫の耳や尻尾などの特徴は残っているが、それは白色を基調とした帽子と衣服の下に隠されている。見た目だけなら人間と思われるだろう。

 

「できたよ、リニス」

 

「はい。では採点しましょうね」

 

 解答を書き込み終えたフェイトは用紙を手に取り、自分に魔法を教える先生へ差し出す。

 先生の方は読んでいた魔導書を閉じ、渡された用紙に目を通していく。それは――――魔法に関する筆記テストであった。

 

「流石ですよフェイト。全問正解です」

 

「ほんと?」

 

「ええ」

 

 リニスの満足そうな声に、フェイトは笑顔を浮かべる。

 

「午前中はここまでですね。昼食まで少し時間が有るので、少し休憩しましょうか?」

 

「うん」

 

 昼食の準備が整う丁度に一段落付くでしょう……とリニスは想定していたのだが、朝から始まった二人の日課は少しばかり早く片付いてしまった。

 それは、フェイトの【魔導師】としての成長を証明することであり、リニスには喜ばしいことではあった。

 

「進捗具合は順調ですね。予定より少々早い気がしますが、フェイトはいつも頑張っていますから」

 

「リニスの教え方が上手だからだよ。それに、勉強をするのって楽しいし」

 

 フェイトの言う通り、リニスの教え方は最適なモノであった。

 プレシアの使い魔であるリニスには主である彼女の持つ魔法の知識と技術が送り込まれており、リニスにとってフェイトを指導していくことはそれほど苦なことではなかった。

 

 

 加えて、フェイトの学習速度だ。彼女はスポンジが水を吸収するかの如く、魔法を学習していく。

 自分から進んで勉強に励む姿勢もあるのだから、そうなるのは自然な流れではある。しかし、同い年の子供と比較すればその差は明らかだろう。無論、フェイトが持っている素質もある。だが、それ以上に彼女は頑張り屋だった。

 

 

「今日のお昼ご飯は何かな?」

 

「やっぱり楽しみですか、フェイト?」

 

「うん。リニスとシロウが作るご飯は美味しいし、“今日も一日頑張ろう”って力が出る」

 

 

 壁に掛けられた時計の針が頂上へ登っていくのを見たフェイトが心待ちにしていることを口にすると、リニスも同調する。今日の食事当番は“城”を訪れてから滞留している衛宮士郎だ。彼は半年ほど前にここを訪れて以来、リニスと共にフェイトの世話をしながら、持ち合わせている魔法を磨いていた。

 リニスは士郎の料理の腕前をよく知っている。同じ厨房に立ち、自分の知らなかった調理テクニックを教えてもらい、彼の仕事具合を見てきた。彼女は彼の魔法を向上するように手助けをし、逆に彼は彼女の家事の手助けをする。

 出会った以後、そのようにしてリニスと士郎は友好を深めてきた。

 

 

 対して、フェイトは士郎と出会った当初は遠慮がちでいた。彼女はプレシアとリニス以外の人物と出会ったことは無く、士郎は初めて見る“外”の人であった。背丈も自分より高く、性別も母親たちとは違う。普通に考えれば、打ち解けるにはそれなりを時間を要することであろう。

 しかし、それは次第に解消されていった。優しく接してくれるし、休憩の間で遊び相手をしてくれた。加えて、彼の振る舞う料理はどれも美味しかった。

 それはフェイトの肌に馴染むものであった。彼女にとって今の彼は、プレシア、リニスに続く身近な人である。

 

「シロウが来てからもう半年ぐらいが過ぎましたね。早いものです」

 

「もう半年かぁ……魔法も体術も学ぶのが楽しくて、あっという間だったかな。二人は私の世話もしてくれるけど、先生って感じが強いかも」

 

「そうですね。フェイトにとってシロウは二人目の先生になりますね。魔法は主に私ですが、体術の方は彼が教えていますし」

 

 魔法関連をフェイトへ教えことはリニスが一人で担当しているが、体術の指導や練習相手は士郎も受け持っている。彼は誰かから魔法について教わることはあっても、教えることない。単純に教えが出来る程の技能を持っていないのだ。それは仕方がないことであった。何故なら、彼は純粋な【魔導師】ではない。極一部の人間しか知り得ない“技術”の担い手なのだから。

 代わりに彼は体術など“戦闘技能”は持ち合わせている。武器の扱い方、体の使い方は【魔導師】に関わらず、誰にでも必要とされる技能だ。

 リニスにも魔法以外のことをフェイトに教えることが全く出来ない訳でない。しかし、今時の【魔導師】の戦闘スタイルが魔法重視となっている点と主であるプレシアからインプットされていた“知識”が【大魔導師】ならではのモノと言うこともあって、魔法の方面に長けているのが事実。

 よって、リニスより体術に長けている士郎がフェイトに教えている。

 

「私が見る限り体術の方も順調に見えますが、自分から見てどうですか?」

 

「体は自然とスムーズ動くようになったよ。前はよく転けたりしたけど……。重心の動かし方、足運び、武器()を持っての腕の振り方――――技能はそこそこかな。

 シロウは順調って言ってた」

 

「ならよかったです。ですが怪我をしないように気を付けて下さいね。まあ、その辺りはシロウもしっかり見ていますから、無用な心配かと思いますが」

 

 フェイトはまだ幼い。勉強の方は多少早く進んでも問題は無いが、体術の方はそうとはいかない。

 まだまだ成長期が控えているフェイトに過度な負荷を掛けてしまっては逆効果になる。だから、士郎が彼女に教えているのは“怪我をしないこと”と“成長してからも上達に繋がること”である。

 彼女のペースに合わせつつも、無理が起こらないのを士郎は第一にしている。

 

「リニス、シロウの魔法はどうなの? 私とは色々と違うみたいだけど」

 

「ええ、フェイトと彼では魔力変換資質も式も違ったので貴女と比べたら順調とは言いづらいですね。

 ですが、彼は目的がはっきりとしています。攻撃魔法は鋭さと展開数の増加。防御魔法は使用魔力量の削減と強度の向上といったところです」

 

「シロウも頑張ってるんだよね」

 

「はい。貴女に劣らず、がんばり屋ですよ。彼は荒削りの所が有ると自覚があったので、そこさえ指摘すればって感じです。

 二人とも、優秀な生徒ですよ」

 

「ありがとう、リニス」

 

 褒められたフェイトは控えめ微笑みで返した。

 その面立ちを見る度に切なさがリニスに込み上げる。だが、彼女はそれを表には出さず平常を保ち続ける。

 母娘の幸せのための研究とは言え、プレシアが没頭するあまり母娘が顔を合わせることは僅だ。その寂しさは、常にフェイトの心に在る。

 主と彼女の娘を想うリニスだからこそ、その痛みを感じせずにはいられないのだ。

 

「そろそろ支度が済む頃でしょうから行きましょうか。

 午後は外で運動ですよ」

 

「はーーい」

 

 フェイトとリニスは椅子から腰を上げて、さっきまで使っていた魔導書を本棚に戻していく。

 手際よくそれを終えると、二人は勉強部屋から廊下に出て、食堂へ向かい始めた。

 

 

 彼女たちが住まう“城”には食堂、中庭にも円型のテーブルなどといくつか食卓を囲める場所はある。しかしながら、食堂はちょっとした催しが開ける程で3人では広すぎる。中庭は丁度いい広さだが、それは日によって変わる。今日は室内にしようと話になっていた。

 

 

 フェイトとリニスは回廊を歩き、食事を摂る一室に辿り着いた。

 部屋の中央に置かれた長めのテーブルには、既に今日の昼食が揃っている。

 みじん切りに野菜と挽き肉を合わせたミートソースをかけたパスタ。

 磨り潰したジャガイモとブロッコリーにツナを和えたポテトサラダ。

 ブロックサイズにカットした野菜を入れた野菜スープ。

 それらを調理した少年はテーブル付近に立ち、二人が来るのを待っていた。

 

「その様子だと、今日も順調だったみたいだな」

 

「ええ」

 

 士郎の声にリニスが応答する。彼女の授業が延長することが無いのは判っているが、早く終わってしまうことはある。

 そのことを把握した士郎は、リニスの隣に居るフェイトに声を掛ける。

 

「何か、嬉しいことでもあったのか?」

 

「ううん。今日のお昼ご飯も美味しそうだなって」

 

 言葉を交わしてから、二人はテーブルに歩き寄って行く。

 それを見た士郎は動きだし、腰が下ろし安いように椅子を引く。そこまで気を使う必要は無いと彼女たちから言われてはいるが、自然と士郎の体は動いてしまうのだ。

 それぞれが腰を下ろしてお礼を言うと、士郎も自分の席に座る。こういった場では給仕に専念したいという衝動が無い訳ではないが、一緒に食卓を囲みたいと言われたので、このようにしている。

 

「「「いただきます」」」

 

 お辞儀をして、各々は料理を口に運んでいく。

 これまでの日々を通して、この食卓はフェイトに安らぎをもたらすものになっていた。何気無い会話を楽しみながら美味しご飯が食べられる。ささやかなことであったとしても、温かく大切な時間だ。母親は研究で忙しく一緒にすることは出来ないが、いつの日か……4人で食卓を囲めればと思っている。

 

「リニスは今日、買い出しに行くんだよな?」

 

「“材料”を買いに出てきますけど、何かリクエストが?」

 

 昼食が開始され、食器に盛られたパスタとサラダは高さを失っていき、スープの水面は下がっていく。

 満喫されてゆく料理たちを一瞥してから士郎は内容を口にする。

 

「出来れば食材も頼む。後でメモを書いておくから、それを参考にしてくれ。他にも良さげな物が在った場合の判断は任せる」

 

「構いませんが……もう貯蔵が無くなりますか?」

 

「まだ持つけど、少し消費が早いかな。

 ま、食べ盛りなのはいいことだ。俺もそれなりに食ってるし」

 

 士郎が視線をリニスの隣に向けると、彼女も首を動かして同じ所を見る。それでリニスは納得した。

 

「……? どうしたの?」

 

「いや、いつもながら美味しそうによく食べるなって」

 

「確かにフェイトはよく食べますね。年齢的に当然ではありますが……分かりました。では後程メモを」

 

「ああ」

 

 食材調達の算段をつけて、士郎は食事を再開しようとするが――――聞こえていた食器の音が消えているのが気になって取り止めた。

 

「………………」

 

 顔を上げた先には空になったフェイトの皿が在った。

 普段なら遠慮せずにおかわりを求めてくるのだが、今の会話で恥ずかしくなったのか彼女は静かにしていた。

 

「おかわり、要るか?」

 

「……うん」

 

 フェイトから恥ずかしげに差し出された皿を受け取って、士郎はトングでプレートに盛られたパスタを掴み、皿に盛り直して返す。

 

「ありがとう」

 

((―――――――っ))

 

 返された皿を自分の前に置いて、フォークを手に取るフェイト。再びパスタを頬張り、満足感を漂わせる。

 その子供らしい動きがリニスと士郎は微笑ましかった。フェイトはがんばり屋である反面、子供らしさが少し足りない。我が儘を言うことはなく、大人びている。

 だから、些細でも年相応の反応をしてくれることが二人は嬉しい。

 

「リニスも要るか?」

 

「そうですね、頂きましょうか」

 

 さっきと同じように、士郎はトングで渡された皿にパスタを盛り付けて返す。その後に自分の皿にも盛る。

 フェイトに影響されてか、二人の食も今日は一段と進み、会話も弾む。

 

「――――そっか。フェイトは初級魔法の基礎は押さえたのか」

 

「うん。サポート用のデバイスが無いと出来ない魔法もあるけどね」

 

「いや、フェイトぐらいの年なら凄いよ。俺より種類が多いのに」

 

「私の場合、リニスの授業はピッタリだから。それに種類が多いって言っても電気系統が中心だよ」

 

「魔法は資質による部分があるだろうけど、同じ系統でも手札が多いのは長所だよ。だろ、リニス?」

 

「シロウの言う通り、出来ることが多ければ組み合わせの範囲が広がります。電気系統の魔法は威力こそ低めですが、その分速いので運用次第でカバーが効きます」

 

 先生たちは納得の表情を浮かべる。

 その中でフェイトの魔法の話が締めくくりに近付くと、彼女は話題を士郎の方へ変えようと彼に訊く。

 

「シロウも頑張ってるんだよね? そっちはどうなの?」

 

「俺の方は元々使える魔法の向上化が目的だからな。

 けど、適正がフェイトと違うからリニスには余計に面倒を掛けてる」

 

「適正の違いは仕方ないですよ。初めから判っていましたし、気にすることではありません」

 

 カップに注がれた水で喉を潤し、息を漏らしてリニスは話を続ける。

 

「実を言うと、少し不安だったですよ。“知識”が送り込まれているとは言え、“風”を教えるのは初めてでしたので」

 

「それは杞憂だったな。リニスの授業は俺にも解り安い」

 

「それならよかったです」

 

 感想を聞いてリニスの口許に微笑が浮かぶ。

 士郎もそれを見て、水で一息を吐く。

 

「それにしても、シロウの集中力には驚きました。魔法の勉強――――楽しいことに熱中するのも、フェイトと同じでしたね」

 

「魔法を勉強するのって楽しいよね。新しいことを知ったり、上手くなると嬉しいし。ね、シロウ」

 

「……ああ、出来ることが増えるのは嬉しいな」

 

 リニスに同調したフェイトから訪ねられた士郎は、ゆっくりと応えた。

 その様子が気になったリニスは彼へ念話を繋ぐ。

 

(どうかしましたか?)

 

(どうもしないぞ。教えてもらったことを思い出してた)

 

 念話に対する返事は即座に着た。

 普段と士郎の反応が異なっていたと感じて念話をしたリニスだったが、彼の返事を聞いて気のせいかと“回線”を閉じる。

 

「そろそろ時間かな。フェイト、少したら外に行こうか」

 

「分かった。今日もいつも同じ?」

 

「ああ」

 

 時計を見た士郎は午後に控えている体術の練習をフェイトに伝え、綺麗に空っぽになった食器を集めていく。

 

(リニス……プレシアの昼食は用意してあるから持って行ってくれると助かる)

 

(分かりました)

 

 今度は士郎からリニスに念話を掛けて、フェイトに聞かれないように頼み事を言う。

 相変わらず、プレシアは研究に没頭していて部屋から出てこない。そのため、彼女の食事はリニスが直接届けに行っている。

 

「ちゃんと運動着に着替えてな」

 

「はーい」

 

 ごちそうさま、と合掌してフェイトは運動の準備をしに部屋を出て行った。

 士郎とリニスの方はテーブルの上を片付けて、用具を厨房へ運んでいく。

 

「買い物から帰ってくるのは何時ぐらいになりそうだ?」

 

「夕食には間に合うようにします。フェイトをお風呂に入れなければいけませんし」

 

「分かった」

 

 食事を作った者はその片付けてを終えてこそ身を休められる。

 厨房に辿り着いた士郎は流しに食器を集め、蛇口をひねり、洗い物を開始する

 

「洗い物は俺で足りるから、リニスはプレシアの所に飯を持って行ってくれ」

 

「相変わらず、ドアを開けませんか?」

 

「開けてくれないと言うか……返事がない。部屋で研究してるのは判ってるけど、了承も無く入る訳にはいかないだろ。リニスはプレシアの使い魔だから問題ないかもしれないけど、俺は違うからな」

 

「返事ぐらいできるでしょうに……」

 

「それ程没頭してるんだろ。研究者ならそうなるのはなんとなく分かるよ」

 

「だとしてもですよ」

 

 リニスは眉根を上げる。日々を通して降り積もる悩みを彼女は吐露する。

 

「時折モニター越しフェイトのことを見るぐらいなら、直接顔を合わせた方がいいと思いません?」

 

「まあ……そうだな」

 

「せめて食事は一緒にして欲しいです。フェイトは口にこそしませんが、心ではそう思っているのはシロウもご存知でしょう?」

 

「でも、プレシアが研究で忙しく出てきてくれないじゃなぁ……無理にやっても飯は美味くならないし……」

 

「それは……そうですが」

 

 母娘が同じ食卓すら囲めない現状に揃って唸る。

 プレシアの研究が彼女たちのためだということは彼らも判っている。それでも、可能なら母娘一緒に時間を過ごして欲しいのだ。

 

「引き続き説得をしてはいますが、過度にする訳にはいけませんし……」

 

「やっぱり、プレシアの研究に区切りが付くのを待つしかないのか」

 

 どうにかして解決できないかと悩み続ける。しかし、このままずっとこうしている訳にはいかない。午後は午後でそれぞれやることがある。

 食器を洗う音を背中に、リニスはプレシアの昼食が乗ったトレイを持ち上げる。

 

「一先ず、昼食をプレシアの所へ運んできます」

 

「ああ、頼む」

 

 士郎は一旦手を止めて、後ろに居るリニスを見送る。

 それは見慣れた光景だ。プレシアへ食事を運ぶリニス。二人が主と使い魔の関係であるから可笑しなことでない。でも、士郎は少しばかり哀しくなる。

 

「――――――――」

 

 人一人になった厨房には洗い物の音だけが黙々と流れる。こちらも見慣れた光景だ。ここに留まり、繰り返される動作。

 

(“時間”と“環境”が違い過ぎているのは……分かってるさ……)

 

 時間が流れれば取り巻く環境も変化していく。

 士郎が“眠っていた”間もプレシアは歩き続けていた。そこには様々なことがあっただろう。

 

(でも、プレシアは変わっていない。今は研究で手が離せないでいるらしいけど、それは二人の幸せに繋がることだってリニスも言っていた)

 

 昔と比べて少し雰囲気が変わっていたとしても、彼女の根っ子は変わっていない。でなければ、幸せの為の研究などしない。

 それに、士郎も少なからず変わっている。力の有無もそうだが、胸に秘めた“理想”の有無。けど、彼の根っ子は相変わらずだ。

 だから、彼は自分に出来ることをしながら過ごしている。

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 木製の棒と木製の小振りな双剣がぶつかり合う。

 一振りが薙ぎ、それを二振りは往なしている。速度、体重移動などはぶつかる都度に異なるが、どれも澄んだ木音を響かせる。

 

「――はっ!」

 

 小さい体でいながらも、フェイトは力強く棒を練習相手へ叩き込む。

 

「――――!」

 

 それを士郎は正確に防ぐ。彼からのカウンターは無い。フェイトが攻め、士郎は守る。

 これは現状の練習項目の一つだ。他にも木材から組み立てられた人形への打ち込みや動作の練習などがある。

 この攻防はフェイトが士郎に一撃を入れるか、終了時間に達するまで終わらない。

 

「フェイト……相変わらず速いな」

 

「ううん、まだ――――」

 

 時間が迫っていても、棒を握っている彼女の手から力は抜けず、体の動きは鈍らない。むしろ、加速していく気振りがする。

 

 

 素早いフェイトの動きに磨きが掛かっていく。それに伴って棒の軌道も速くなる。相手の胸部へ迫る振り上げ。横から迫る薙ぎ払い――――などと、一つ一つ繰り出されて来るものは加速しても狙いに狂いは生じない。

 それに士郎はしっかりと反応。彼の瞳は棒の動きを完全に捉えていた。

 

(まだまだ速さが上がりそうだな……)

 

 その中で士郎は思った。カウンターを得意とする彼の目は動作に対する見切りが巧い。今日までフェイトの相手を務めてきた彼だが、改めて感じる。

 同時に、このままフェイトが経験を積んで、魔法を熟練したらどれぐらいの速さになるのか、士郎には底が知れなかった。

 視えるものならば彼は反応仕切れる。しかし、それを越えたら? 補助魔法には自身を加速するモノがある。肉体の動きを極め、かつ魔法を極めたフェイトの速度はどれぐらいになるのか。

 

「はっ!」

 

 一段とした気勢が込められた一発。

 士郎がそれを受け止めると同時に、

 

「時間です!」

 

 彼の左手首に装着された“ブレスレット”から電子ブザーが鳴り響き、終了を知らせた。

 二人とも得物を下げて、距離を取る。

 

「「ありがとうございました」」

 

 軽く一礼する。

 行儀作法も大切なことだ。この手のことにはリニスは厳しい。常識的なこともきちんと教えている。

 

「よかったぞ、フェイト。前よりも速くなってるし、正確さが増した」

 

「なんとなくそれは判るんだけど……やっぱりシロウの守りを崩せないよ」

 

「守りは俺の得意分野だからな。

 崩せないと言っても、フェイトは確実に上達してる。無理の無い範囲で今後も続けよう」

 

「うん」

 

 練習に区切りが付くと、二人は近くの木下に敷いたレジャーシートに向かった。木製の得物を置き、休憩と座る。

 

「水分補給もしっかりな」

 

「ありがとう」

 

 士郎がシートの端に置いておいたバスケットからボトルとコップを取り出し、ボトルに入っている水をコップへ注ぐ。

 

「主、水分補給は貴方もですよ」

 

「ああ」

 

 相棒であるウィンディアからの言われ、士郎はもう一つのコップを取り出して水を注いだ。

 喉を潤したところで、二人は人心地をつけた。

 

「シロウ、私って今、どれくらい?」

 

「練習行程のことか?」

 

 彼の確認に、フェイトは頷く。

 

「そうだな……自然と動作は出来てきてるし、魔法の方も順調みたいだし。そろそろ次に上げても大丈夫そうか。

 後で、リニスと相談してみるよ」

 

「フェイトは主に劣らず熱心ですか」

 

「早く一人前になりたいし、母さんもそれを待ってるから」

 

「真っ直ぐですね、貴女も」

 

 明確な意思が宿った瞳をフェイトはしていた。

 彼女ぐらいの子供なら親に甘え盛りで、遊び盛りな時期だろう。

 それでも、魔法と体術を一生懸命にやっている。母親の期待にも、自分の先生たちにも応えたいから。

 

「ウィンディア。リニスも言ってたけど、私とシロウって似てる?」

 

「練習に励む姿勢()似ています。でなけば、この短い期間で貴方はここまで上達しなかったでしょう。

 主の練習風景を私は見てきましたが、フェイトもなかなか」

 

「シロウの練習ってどんな感じだったの?」

 

 興味を持ったのか、フェイトがシロウへ視線を向ける。

 それを受けた士郎は少し逡巡してから口を開いた。

 

「……俺が剣を握ったのは7歳の頃だったかな。組み手をしてくれる人は居たから、俺とフェイトが今やってるのと似たようなことをやってた」

 

「ほんと? そっか、だからシロウの教えた方も上手なんだ。

 あ、弓矢は?」

 

「それも同じぐらいだ。剣術と弓も平行してやってたよ。そっちは的当てが中心だった」

 

「ってことは……剣と弓は5年ぐらい続けてるの?」

 

「まぁ、そうなるかな」

 

「5年かぁ……」

 

 士郎が剣と弓に費やしてきた年数を聞いて、フェイトは感嘆を漏らす。

 巧みな剣捌きに、時折森の中で矢を射る彼の姿は印象強かった。

 

「練習してた頃の記録って残ってる?」

 

「いや、無いな。自分の動きを撮って見返すって練習方法もあったけど、俺は反復練習ばっかりだったし」

 

「主の練習風景を見たくなりましたか?」

 

「うん。昔のシロウも少し気になるし、参考になることは無いかなって」

 

「剣の方は兎も角、弓は参考にならないよ。俺の“あれ”は俺だから出来ることだ。

 でもそうだな……剣の方は参考になったかも」

 

「ほんと!?」

 

 士郎の発言に赤い瞳を輝かせるフェイト。

 その様子を見て彼は話を続ける。

 

「防御とカウンターは俺の素質が大きいけど、それ以外の攻撃、動かし方ならな。と言っても、俺と同じ二刀使いでないと厳しい。武器の選択はその人と長所が大きく影響する。フェイトのデバイス次第だな」

 

「私の……デバイス……。ウィンディアみたいな?」

 

「私の様なインテリジェント型は使い手との相性が重要ですからなんとも。

 ただ、ストレージ型にしろインテリジェント型にしろ、貴女にはサポート兼攻撃のデバイスが適していると思います」

 

「それって、武器型ってこと?」

 

「はい。ミッドチルダでは杖が主流ですが、槍、剣などそのまま攻撃へ併用する物もあります。私はその反対……主の足りない部分の補う設計思想で作られました」

 

「フェイトのデバイスはプレシアとリニスが用意してくれるだろう。まだ”何に“なるか判らないけど、これから成長でフェイトに必要な愛機を二人ならデザインしてくれるさ」

 

 まだ先のことになると判っていても、フェイトは胸を膨らませる。一人前に成ったほとんどの人が所有しているとあって、自身の愛機を持つことは一人前になった証とも言える。

 

「私の予測ですが、その時はあまり遠くないかと」

 

「え?」

 

「主もなんとなく考えているのでは?」

 

「少しはな」

 

 自分の考えを読まれていたことに若干驚いたが、士郎も予想を口にする。

 

「あくまで体感だけど、フェイトの成長速度は俺より早い。魔法に関しては間違いなく俺より上だ」

 

「でも、シロウにはまだ一撃も入れられてないよ」

 

「そりゃ、経験値の差があるからな。

 この調子で行くと7、8歳の頃には当時の俺より速くなるだろう」

 

「経験値……」

 

「けれど、先ずは学ぶことを終えてからだ。急ぎ足で進めたら後が怖い。

 フェイトが経験値を重ねていくのは、まだ先だな」

 

「――主がそれを言いますか……」

 

 士郎の話を聞いていたウィンディアは、二人に聞こえない程の小さな声で呟いていたのだった。

 フェイトの方は熱心に聞いていた。

 

(5年後……私はリニスやシロウみたいになれるのかな?)

 

 魔法を教えてくれる先生のリニス。

 体術を教えてくれる先生の士郎。

 二人からの教えを受け続け、一人前の魔導師になって、母親にも応える。

 そして、愛機を手にした魔導師になる。そう思うとより取り組もうと意欲が沸き立つ。

 その事を見越したのか、士郎は口を開いた。

 

「フェイトはまだまだ速くなれるし、魔法も上達するだろう。でもそれは、土台がしっかりしていることが前提だ」

 

「――――――」

 

「俺もリニスと同じように、俺が教えられることは全て教えるし、演習相手もする。それ以外でも手伝えそうなことがあるなら言ってくれ」

 

「うん……私、これからも頑張るよ」

 

 フェイトの両手がぎゅっと握り締められていた。そこには彼女の望みと憧れが秘められている。

 一人前になる――――“強くなること”を為すのには技量や知識の他にも必要なモノがある。それは、強い意思。目的を為し遂げるその人の“信念”とも言うべきか。

 今のフェイトを支えているそれは『母親の望みを叶えたい』と想い。

 そんなフェイトを立派だと思うからこそ彼らは教えることを惜しまないのだ。

 

 

 

 休息を終えたフェイトと士郎は側に置いた木製の得物を手にして、立ち上がる。さっきと同じ場所に立つと、一礼を交わす。

 それから間も無く、澄んだ音が再び響き始める。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 薄暗い回廊を歩いて私は(プレシア)の許へ向かっていました。その目的はフェイトの成長を言い伝えること。

 フェイトの成長を定期的に報告していても、研究に勤しんでいるプレシアはあまり長く取り合ってくれません。習得した魔法などの要点を確認したら「それで話は終わり」と返されてしまうのです。

 

 

 プレシアの研究が親子の幸せに繋がると聞いているので、彼女が研究に没頭する理由は解ります。

 ですが、私はプレシアにもっとフェイトのことを聞いて欲しい。

 時間取れず会えないのであれば、出来る限りフェイトのことを知っていてもらいたい。

 だから、あまり聞いてくれないと分かっていたとしても、私はプレシアに話をしようと彼女の許へ向かいます。

 

 

 やがてくる……親子の時間の為にも。

 

 

「いつになったらそれは訪れのでしょう……」

 

 靴音が鳴り響く中、ふと呟きました。

 二人の事を思うとそのことを思えずにはいられない。

 フェイトの相手は私とシロウがしていますが、心の中では母親と同じ時間を過ごしたことを願っていると私たちも感じています。

 フェイトの気持ちは普通でしょう。彼女の年齢なら母親と一緒に食事をしたり、何気ない会話を楽しむのが当たり前。

 

 

 しかし、フェイトはそれより『母親(プレシア)の期待に答えること』を前に出している。

 母親を想う気持ちは大切だと分かっていますし、頑張っている姿はきちんと見ています。

 しかし、そのことを思うと少し切なくなりますね……。

 

 

「約2年――――シロウが時の庭園(ここ)に来てからの時期を考慮すると、それぐらいこの状況が続いていることになりますか……」

 

 

 フェイトを一流の魔導師に育て上げるために私が生ま(造ら)れた日。

 プレシアの方針を受けて、フェイトへ魔法を教え始めた日。

 シロウがプレシアに会おうとここを訪れた日。

 その一つ一つが繋がって今日まできたことを思い返してみると、時間の流れは早いと思います。

 

 

 でも、その日その日のことはしっかりと覚えています。

 フェイトの魔導師としての成長。

 シロウの魔法技能の向上。

 二人に魔法を教えてきた内容も光景も薄れることなく残っています。

 

 

 私が一から魔導師としての教育をしてきたフェイトの成長速度は順調を通り越して怖いぐらいでした。

 魔法の基礎知識の吸収。魔法技能の上達ぶり。大魔導師(プレシア)の娘だとしても、驚かずにはいられない程でした。

 使用魔法はプレシアの資質を受け継いで【魔力変換資質・電気】を持っていたため、電気系統の魔法の覚えが特に早かったと感じました。

 それ以外の魔法――――初級魔法のほとんどは既に呪文を唱えるまでもなく行使可能な技量になっています。

 加えて、サポート用のデバイスを用いれば上級魔法すら行える……ここまでくると将来、フェイトは超一流の魔導師になるでしょう。

 プレシアから“知識”を送り込まれ、魔法を中心に教えてきた私はそれを確信していました。

 

 

 

 体術の方を教えていたシロウも私と同意件のようでした。体術などの戦闘技能が飛び抜けていた彼から見ても、フェイトの成長速度は著しいとのこと。

 一撃辺りの威力が軽くても、それを補う程の速度を持っていて、電気系統の魔法との相性が非常にいいと言っていました。

 二人の演出を見ても、実際に私が演習相手をしても、シロウの考えが的確であることはよく分かりました。

 

 

(フェイトのそうですが、シロウの魔法技能も向上しているんですよね……。

 にしても、彼の方は集中力が段違いでしたね……)

 

 

 出会った当初、私はシロウに基礎魔法も含めて教えようと考えてしました。

 しかし、シロウは

 

 『既に修得している魔法を少しでも強く出来ればいい』

 

 と言ったのです。

 

 

 何でも、戦う術はもう持っているから最低限の魔法を使えればいいとのこと。

 確かに、シロウは剣に弓矢と戦う術を持っていましたし、その腕前は歴戦の戦士でも至れるようなものではありませんでした。

 雑念一つ無い眼に、まるで自分が剣とも言える鋭い雰囲気……フェイトのように魔導師の才能は無いとは思いましたが、総合的な戦闘能力は純粋に高いと感じずにはいられませんでした。

 

 

 そのこともあって、私はシロウの要望通りに既に持っていた魔法の向上化の手伝いをしました。

 しかし、当初の私は彼に魔法を教えることが難しいのでないかと予想していました。

 シロウはプレシアとフェイトが持つ【魔力変換資質・電気】とは違い、【魔力変換資質・風】かつ魔法の適切が【古代ベルカ式】……私たちが得意とする電気系統の魔法でもなければ型式も違う。

 その不安を口にはしませんでしたが、内心では心配で揺れていました。

 

 

 

 ところが私の心配は杞憂に終わりました。

 属性も型式も異なっていても、シロウにとって私の授業は解りやすかったようです。

 それはプレシアから送り込まれた魔法の“知識”があったこともあるでしょうけど、シロウの集中力・魔力効率が優れていたことも大きく影響していたのでしょう。

 

 

 その結果、シロウの魔法は攻撃魔法の【Air Slash(エア スラッシュ)】の"鋭さ"と展開数の向上。

 防御魔法の【Wind Shield(ウインド シールド)】の展開時に消費される魔力量の減少と強度の向上に留まりました。

 

 

「――――――――――」

 

 

 二人の成長を思い出しているうちに、私はプレシアの居る研究室前に辿り着きました。

 普段と同じで扉は閉ざされています。

 

「プレシア、リニスです」

 

 扉をノックしますが返事はありません。

 

「……入りますよ」

 

 いつものことだと切り替えて扉を開け、部屋に入ります。

 中の様子も変化なし。書物や文献が収納されている棚。

 研究に使う大型の機材にデータを表示するホロモニター。

 人目で研究室だと分かる光景が広がる部屋で、プレシアはディスプレイに向かいながら作業していました。

 

「なに? 報告なら前にもらったわよね」

 

 椅子に座ったまま、プレシアは振り返らず声を掛けてきました。

 

「確かにしましたが、伝えることは山程ありますよ」

 

「……今は忙しいわ。またにして」

 

「駄目です。そう言って次回に回しても要点を聞いて終わりじゃないですか

 せめてフェイトの成長は聞いてください」

 

「…………好きになさい」

 

「します……」

 

 息を整え、話し始めます。

 

「以前にも言いましたが、フェイトの成長速度には驚かされています。既に初級魔法は無詠唱で行えるレベルですし、サポート用のデバイスを使えば上級魔法も一通りこなせます。

 魔法戦闘も素早さを生かした近・中距離格闘、一撃離脱と思い切りの良い戦闘をします。

 貴女が言っていた拘束魔法の方も後々教える予定です」

 

「リニス、いつ仕上がりそうなの?」

 

「フェイトのペースなら拘束魔法の習得に数ヶ月は掛からないでしょう。

 フェイト専用のデバイス『バルディッシュ』の設計中なのでそれが終わるまでには……」

 

「魔法じゃなくて、あの子自身は?」

 

「……シロウが体術を見てくれている分、私は魔法を教えることに重点を置いているので予定より知識面は早いです。

 しかし、フェイトはまだ7歳ですから魔導師としてならあと3年ぐらいですかね……」

 

「――――――――」

 

 私の回答を聞いたプレシアは作業を一旦中断しました。

 その後、こちらへ振り返ろうとする素振りを見せましたが、彼女はホロモニターで視線を止めました。

 

「掛かりすぎだわ。あと一年で仕上げて」

 

「……! 無理ですよそんなの!

 勉強好きなフェイトなら知識面だけならまだ可能です。しかし、体術の方はそうはいきません。まだ体には成長時が有りますし、過度な鍛練は体を壊すだけだってシロウが一番しないように気を付けている――――」

 

「リニスッッ! やっぱりあなたは本当に生意気ね!

 なんで私の命令通りに出来ないの!」

 

 大きな音を立てて席を立ち、その勢いを保ったまま振り向いてプレシアは私を睨みました。

 その眼光に怯むことなく、私は口を開きます

 

「貴女が私に命じたのはフェイトを一流の魔導師に育てること……。私はその命令を実行していますし、シロウも協力してくれています。

 仮に一日でも早くフェイトを一流にするのであれば、彼の方針を破る訳にはいきません。体を壊したら逆に時間が掛かることは私が言わなくても思いますが」

 

「――――ッ」

 

 プレシアは歯を食い縛って私を見る。

 その目は鋭いままでしたが、私の言っていることが正しいことを認めていました。

 

「……出来る限り早く仕上げて。

 あと、デバイスは設計中って言っていたわね。予算は気にしなくていいから早く完成させなさい」

 

「分かりました……無理の出ない範囲で進めます。

 デバイスの方は予算を気にしないのであれば思考型にします。そちらにすれば同調率(シンパレート)次第で実践レベルになるのは早まるでしょう。

 それで構いませんか?」

 

「ええ……構わないわ」

 

 一応の納得を示すようにプレシアは鋭くなった眼を納めます。

 それから程無く、聞き慣れた言葉が聞こえてきました。

 

「……聞くことは聞いたから出ていって。研究の邪魔よ」

 

「はい……身体には気を付けてくださいね」

 

 

 それから体の向きを反転させて入ってきた扉へ近づいて行く途中、

 

「……リリス……シロウは……どんな様子?」

 

 感情を圧し殺したような声で訊ねてきました。

 

「ここを訪れてからずっと私と一緒にフェイトの世話と練習相手をしてくれています。

 出会って最初の方のフェイトは遠慮がちでいましたが今ではすっかり親しくなっていますね。と、言うより彼に甘えることが段々と増えている気が――――」

 

「彼の魔法は?」

 

「……この期間でレパートリーは増えませんでしたが性能の向上になりました。それが本人の望んだことなので良い結果だと思います。

 しかし、シロウの総合的な戦闘技術は並の魔導師を凌駕してますね。『管理局』のエリートと戦っても余裕が有りそうですし、魔法があまり得意でなくても問題無い感じがします。知識はしっかり持ち合わせていますし」

 

「…………そう」

 

 珍しいプレシアの反応に私は再び振り向いて彼女を見ました。

 その表情は何処か息苦しいそうで、堪えているようでした。

 

「子供達と話をしたいのでしたら少しだけ会ってはどうですか? 特にフェイトが喜びますよ」

 

「いいえ。そんな時間は無いわ。

 引き止めて悪かったわね」

 

 平常に戻った声色でそう言うとプレシアはディスプレイに向かい直しました。

 

(やっぱり、気にしてはいるのですね)

 

 何も思っていないなら今の会話は起こらなかったでしょう。

 それに、あの表情は心配している人が見せる顔色でした。

 気に掛けていることが改めて分かっただけでも、報告に訪れた意味はありましたね。

 

 

 そう思った私はプレシアの後ろ姿を見てから部屋を後にしました。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

 プレシアに報告をした翌日の夜、二つの出来事が起こりました。

 

 

 一つはフェイトが原因不明で治療法が見つかっていない死病に掛かっていた狼の子供を助けようとしたこと。

 その子はオレンジ色の毛並み、額に宝石を付けているこの地方特有の種類でした。

 また、その死病は他の動物には伝染しないものの、同じ種類の狼にはすると言うモノで、この子は群れを追われていました。

 

 

 目の前で助けを求めている狼の子供を助けられないと知ったフェイトは大きくショックを受けました。

 仲間からも親からも捨てられた子を助ける方法は無いのかと、フェイトは動転しながらも私に聞いてもきました。

 その始めて見るフェイトの悲痛な表情に、私はあることを口にしてしまいました。

 

 

 

 ――――――それは、使い魔の生成呪法。

 動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で魔法生命体を造り出す方法。

 でもこの方法は肉体の命を維持できるだけでありましたし、使い魔を持つと言うことは一つの命と運命を共にすること。

 正直、フェイトにはまだ早すぎることでした。

 

 

 

 

 しかし、フェイトは「それで助けることが出来るなら」と私に言いました。

 幸い、使い魔の作り方は既に学んでいたので方法自体はフェイトも押さえていました。

 とは言え、いきなり正式な契約を結ぶことと緊急時であったのでフェイトと狼の子供は仮契約を結ぶことで一段落が付きました。

 

 

 狼は"アルフ"と名付けられ、仮契約をして早々にフェイトに懐いていました。

 フェイトは初めての動物との接したことに動揺していましたが、次第に慣れていくでしょう。

 アルフは積極的に自分の(フェイト)と触れあっていたので争いの心配は無用でした。

 

 

 

 

 

 そして二つ目……。

 今まさにそれに直面していました。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、今すぐにでも行かないと……」

 

 フェイトとアルフの一件が済んで数時間後、シロウはそう言ってきました。

 先程の場面に彼が居ないことを不思議に思っていましたが、自分の面倒を見てくれていた人物から連絡が着てその対応をしていたそうです。

 

 

 

 

 連絡の内容は「今すぐに自分たちと合流して欲しい」とのこと。

 その人は争いの火種を消すことを生業にしている方で、これから起こりそうな事にはシロウの力が欲しいとメッセージに書かれていたらしいです。

 突然の連絡を受けたシロウはここを離れるかとても迷っていましたが、最終的に仲間たちと合流することを選びました。

 

「もう行きますか? 送りぐらいは出来ますが――――」

 

「いや、一人で行く。リニスにはフェイトたちのことがあるだろ。仮契約をしたなら尚更彼女たちの側に居るべきだ」

 

 険しい顔色でシロウはそう遠慮しました。

 続けて、私に頭を下げてきます

 

「いきなりのことでごめん…………」

 

「いえ、気にしないで下さい。

 食事に、フェイトの練習相手……正直、私も少し楽をさせて頂きました。こちらがお礼をしたいぐらいです」

 

 私が声を掛けてもシロウは頭を下げたままでいました。

 そんな彼の姿と私たちの会話が気になったのでしょう。

 フェイトはアルフを抱き抱えながら私たちの所へ来ました。

 

 

「シロウ、何処かに出掛けるんですか?」

 

 不安そうな声でフェイトは尋ねました。

 それを聞いたシロウは顔を上げて答えます。

 

「あぁ、仲間から呼ばれたんだ。今すぐに合流しなくちゃいけない」

 

「帰って来るよね……?」

 

「――――ここには俺が居なくても大丈夫だ。リニスが居るし、今はアルフも居る。

 それに、フェイトはとても強くなった。だから、そう心配するな」

 

 そう言ってフェイトの頭を撫でるシロウ。

 フェイトは嬉しそうに表情を柔らかくしています。

 

「じゃあな」

 

 そう言ってシロウはここを発ちました。

 ここを訪れた時とも……今まで見てきた時とも……彼の様子は違っていました。

 まるで、遠くに行ってしまうような…………。

 

 

 そんな彼の後ろ姿を、私たちは見えなくなるまで見送りました。

 

 

 

 

 

 

 


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