魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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…………どういうことだ?(感激)
前回の"邂逅"を投稿した後になって今、バーがオレンジになったり、お気に入り登録者様が前回の時点の倍近くなったことに切嗣と同じ台詞が出ました。
まさか、こうなるとは予想してませんでした。皆様ありがとうございますm(_ _)m
感想の方は出来るだけ返信をしていこうと思います。
引き続き当作品を楽しんで頂ければ思います。

今回は切る場所が微妙だったので長めです。
では、どうぞ!


6話 目覚め

 

 

 ……冷たい空気が鼻腔を通り体に入ってくる。

 それは季節による寒気より澄んでいて、瞬く隙に俺へ浸透した。

 けれど、それで俺が身を縮こませることはなかった。まるで長い時間を極寒冷地で過ごしていて、寒さに耐性を得たのかと思う程にじっとしている。

 とは言え、停止していた思考の方には容赦なく鋭敏な感覚が広がっていく。

 次第に頭の中で響いていく低い音響。錆び付いた鉄が研がれ、本来の輝きを取り戻すように、俺の意識は眠りから呼び覚まされた。

 

「……………」

 

 目を開くと映るのは白い天井。

 ”あの夜”の後、最初に見た天井に似ているような気がした。

 

「……またか……」

 

 ぼやきながら体を起こす。続けて蛍光灯の光も目に入ってきたけど、この状況に対して既視感を持っていた所為か慣れるのは早かった。

 それにしても肌寒。身震いをすることは無いけど、意識がはっきりしていくと体表に触れている外気に目が行く。

 寝ていただけなのに、どうして寒さを感じるのか…………。

 

「ぁ――――え?」

 

 辺りを見回す前に自分の格好を見下ろした。

 この身は服を着ていない。加えて、寝ていたのは布団やベッドではなく、未だ白い冷気を流しているカプセル型のような物。

 

「――――なんでさ?」

 

 訳が分からなかった。自分の格好も、自分が座っている家具も、日々の暮らしからは想像も出来ない状況だった。

 一般家庭では見られないであろう光景に唖然としながらも、周囲を見回して状況把握に努めていく。

 

「………………壁ぐらいしかない……」

 

 目覚めたてで鈍い頭を回し始めるものの、あまり情報を得られなくて落胆する。

 この部屋の造りは病室みたいな造りで不吉な物は無く、人影も見当たらなかった。

 けど、何の理由も無くこんな場所に居る筈もない。こうなった経緯がある筈だと、より頭に意識を集中させる。

 

(――――ッ!)

 

 その途端、俺の頭を情報の激流が駆け巡った。

 無限とも言える剣たち。

 それらが突き突き刺さった赤い荒野。

 そして、その場所に佇んでいる赤い外套を纏った男。

 立て続けに流れ込んでくる"知識"に、一瞬気を失うかと思った。

 

(そうだ……俺は”アイツ”に会って――――)

 

 なだれ込む知識の激流に耐えて思い出した。

 平行世界で【英雄】となった『衛宮士郎()』と話し合った内容を。

 そうなる前にプレシアの家を出発して、切嗣たちに会うために民間バスに乗ったことを。

 他に何かあったのかを思い出すために、さらに記憶を辿って行く。

 

 

 でも、空白な部分は思い浮かべることが出来なかった。バスに乗ったことは覚えているし、”アイツ”と会ったことも覚えている。が、その間の記憶が無い。

 多分……忘れた感じがしないから、元々記憶として残っていないんだろう。

 ただ、思い出せることは思い出した。

 ”あの夜”からテスタロッサ家を出発したまでの日々。

 ”アイツ”との出会い。

 俺が見てきた出来事はどれも覚えている。

 それでも現状は呑み込めていない。

 把握に必要な情報が足りなさすぎた。

 

(……? 誰か居るのか?)

 

 取り敢えず動き回って部屋を調べてみるかと考えたところで、ドアが開く音がした。

 部屋に人影が無かっただけで、建物自体には人が居るみたいだ。

 段々と近づいてくる足音。鷹揚なそれには聞き覚えがあるような気がする。

 けど、場所も相手も判らないので警戒しつつ音が聞こえてきた方へ目を向ける。

 

「やっと起きたか……随分と長いこと寝ていたな。

 分かっていたことだけど……待つというのはやはり疲れる」

 

 姿を現して早々やれやれと、頭を掻きながら言い放つ男。

 見た感じ40歳を越えていそうだ。ダークブラウンで少し長めの髪に、黒い神父服のような服装。知り合いに似たような格好の男はいるけど20代だから、俺の知り合いにこんな男はいない。

 けれども、目の前の男は俺を知っているように声を掛けてくる。その態度も似ているような気がしたが、歳が違い過ぎると考えを捨てた。

 

「やっぱり、俺が判らないか。

 まあ無理もない。何しろ17年も過ぎているんだ。俺の顔を見て判る訳がないよな」

 

 俺の沈黙から認識が追い付いていないと思ったのか、男は口を開いた。

 その内容に衝撃が俺を奔る。

 

(……今、何て言った? ……17年?

 まさか……俺はそんな長い歳月を眠っていたのか!?)

 

 言葉には出さなかったけど衝撃が全身に広がる。

 それじゃあまるで――――ドラマみたく今日まで冷凍睡眠していたみたいじゃないのか。

 でも、これで納得が出来る。

 目の前で俺を知っているように話してくる男。40歳から17を差し引くと、23歳。

 40歳は越えていそうだから、誤差を入れれば20歳半ば……か。まあ、20代で会っている計算は間違いないだろう。

 

 

 そうなるとこの男の正体は――――

 

 

 

 

「……ベル?」

 

「おお、よく判ったな。17年も過ぎたこの姿には気付かないと思ったんだけどな。そうだ、ベルだよ。

 おはよう、シロウ」

 

 確認取るように声を出すと、少しばかり感心としたと反応をしてくれた。

 だけど、俺はそこで安堵は吐けない。

 こうなってしまっている経緯をベルは知っている筈だ。

 だから、俺はそれを訊かないと。

 

「なあ、何が――――」

 

「待った。起きたばかりで色々訊きたいことはあるだろうけど、まずは風呂に入ってこい。その後に検査な。

あ、ここは俺が『仲間』たちと居る場所だから安心しろ」

 

 そう言ってベルは俺を促す。

 話をしてくれることは俺も望んでいるからいいし、風呂を勧めてくれるもありがたいけどさ……

 

(ならその前に、何か体を覆う物を……寒いし、人前で裸とか恥ずかしいんですけど……)

 

 俺の心の声を感じ取ったのか、ベルは俺に毛布を投げ渡してきた。

 白く清潔感のあるそれを受け取り、身を覆ってから俺は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 風呂というか、大浴場に近いところでシャワーを浴びて体を温めた後、俺は『検査』を受けた。ベルの仲間と思われる人々によりCT検査のように頭の天辺から爪先までスキャンされたんだ。

 それらが済んだ俺は相談室みたいな部屋でソファーに腰掛け、反対側に居るベルと体を向け合わせている。

 ベルはタブレットを手に俺の検査結果を見ながら、ふむふむ、と頭を上下させていた。

 

「身体に異常は無し。無事に冷凍睡眠から覚醒っと。

 やっぱり【リンカーコア】を持ってるか――――それにしても【古代ベルカ式適正有り】に【魔力変換資質・風】って……またレアな物を……このままだと、"歩く非常識"って誰かしらに言われそうだな。

 流石にキリツグもここまでは予測してなかったぞ」

 

 独り言を漏らすように自分の感想を漏らすベル。

 不機嫌って訳じゃなさそうだけど、苦悩が現れていた。

 

「えっと……何か問題でも有った?」

 

 恐る恐る声を掛ける。

 俺の声にベルはタブレットから顔を上げて、こっちに視線を向けた。

 

「いや、問題は無かったんだが……ちょっと予想してた事より面倒になりそうなんでな。

 でも、これは誰かが悪いって訳でもないか……」

 

 再びベルはタブレットに目を落とす。

 検査結果を再確認していく途中、彼は頭を切り替えるように溜め息を吐いた。

 

「さて、シロウが眠っていたこの17年の間に何があったのか話そう。」

 

 そう言ってベルは語り始めた。

【英雄の降霊実験】で俺が唯一の成功例になってしまったこと。

 切嗣とナタリアは、その実験に繋がる恐れのある場所を潰すために"旅"に出たこと。

 ベルは切嗣に頼まれて、俺に【魔法の知識】や【戦闘経験】などを与えて、生き残る力を付けさせること。

 大きく分ければ聞いた話はこんな感じだった。

 

「……”英霊の降霊”……【魔導師】って言うのは、そんなことを考えるのか?」

 

「いや、魔導師(俺たち)は考えない。そもそも【英霊】に目を付けることがない。ここの【魔法】は言ってしまえば科学の集まりだからな。英霊信仰とは程遠い。現代の研究者は特にな。

 まあ、古い血統や聖王教会なら信仰はあり得るかもしれないが」

 

「なら尚更だ。元手の『スカリエッティ』って奴は科学者なんだろ? 【英霊】とは本来相容れないものなんじゃないのか?」

 

「だと思うけどな。

 だが、あいつは色々とやっていそうだからな。正直、判らないことの方が多い。何しろ、尻尾を掴むのが困難だ。企みの目星を付けるのにこぎつけるかさえ危うい」

 

「そしてこの数年の動きも判らない……か……」

 

「ああ。これだけ”世界”が多いから尚更な。『管理世界』のどっかに居たとしても手がかりが無ければ予測も立てられないし、『管理外世界』に潜伏されていたら発見は不可能だ。”外”にまでこっちの目は届かない」

 

「じゃあ、捕まえるのは――――」

 

「情報が無い現状では出来ない。少なくとも俺たちに打てる手は無い。『管理局』の中ではどうなっているか知らないが、まあ向こうも情報を掴んでないだろうな」

 

「…………」

 

 言葉が詰まる。 

 事の発端たる『スカリエッティ』に打てる対処が無い。

 ”英霊の降霊”……もしそれが他所で行われたら、一体何人が犠牲になるんだ?

 俺と“アイツ”は平行世界の『衛宮士郎』だからこうして生きている。けど、全員がそうなるとは限らない。いや、むしろ……俺たちのようにならない可能性の方が高い――――!

 

「ベル、その実験は今も……?」

 

「いやシロウので最後だ。目に見えているという条件が付くが。

 でも、あの時点でスカリエッティは実験から去っていたからな。あいつが他の場所でやっていることはパターン的に無いだろう。そもそも、手を加えることより一から作る手合いだからな、あれは。

 加えて、ここから見える範囲の共犯者については始末済みでキリツグたちその先まで行ってる。あれ以降、そう言った動きも見えないし、大方潰せてる筈だ。

 だから、今打てる手は全て打ったことになる」

 

「……そう……か」

 

 それなら一先ずかな。

 元凶が残されているけど、そいつが動いていないなら新たな被害が出ることは無いだろうし、俺の時に関わった連中の対処も当時に済ませていると言う。

 何より、切嗣たちが動いてくれている。あの二人なら無事に旅を終わらせてくれる。“あの夜”から、そう言った物事に長けているのはもう俺は知っていた。

 

 

 問題は俺だ。今の俺には切嗣たちみたいに戦う技能も体力も無い。だから、色々と身に付ける必要がある。けど、あの倍速じみた動きを真似ることは出来なさそうなので、”アイツ”を参考にするとして――――習得するのは剣術・弓術が中心になりそうか。

 あとは【魔法】や【魔導師】の知識が不足している。こっちに来てその存在自体は知っているけど、こうなったら本格的に学ばないとな。

 それに、今は見えない元凶(そいつ)でも、存在はしている。長い時間が過ぎているため対峙する時が来るかどうかも判らないけど、そのもしもに備えることを踏まえても、俺はそいつと刃を交える術を持っておかないとならないだろう。

 

「ベルは切嗣に頼まれて俺を鍛えてくれるんだよな?」

 

「そうだ。シロウには【魔法】に関する知識と対魔導師戦を会得してもらう。ま、自分の身を守れるようになってもらうのが課題だ。(そと)知識(うち)、両方を鍛えることになるか。

 あ、【英霊】の力については俺には分からないから、出来るなら自分で物にしてくれ」

 

 確認を取って考えを巡らす。

 初対面の際、ベルは俺に『切嗣の同業者』と言った。それをそのまま汲み取ると、彼も戦う技能を有しているだろう。切嗣と違って【魔導師】らしいけど、それなら【魔法】には詳しい筈だ。そのことは【魔法】に関して右も左も分からない俺にとって魅力が有り過ぎるし、切嗣と仲のあるベルは頼りになる。

 魔法面はこれでどうにか出来そうだ。ただ、ベルが言った通り英霊の力の行使については俺個人でやるしかない。まず普通の人間がそんなこと知っている訳がないだろうし、“アイツ”は誰もが知っているような【英雄】でもない。平行世界の『衛宮士郎()』……その存在も持ち得る技術も他人には解る筈のないことだ。

 

(切嗣たちが留守にしているから、こんなことを頼れるのはベルしか居ないしな。

 あ、切嗣と仲が良さそうだしプレシアも頼りになるかな? 【魔法】に秀でている彼女なら――――――――)

 

 考えている中で俺は一つ大切な事を訊くのを思い出した。

 現実で17年過ぎた今では、プレシアとアリシア、リニスはどうしているのか?

 そのことをベルに尋ねると、顔を歪める。

 

「プレシア女史は『ヒュドラ』駆動炉実験の失敗の責任を問われ、ミッドチルダ中央から姿を消してからの詳しい消息は不明。

 アリシアとリニスは――――実験の失敗に巻き込まれて死亡……。

 プレシア女史たち研究員は結界を張って無事だったらしいが、外は結界が張られて無かったんだ」

 

 重々しく口を開いて話してくれた。

 その事故が起こったのは、俺が実験体にされてから数日後の事だったらしい。

 

「後になって調べてみたが、あの事故はプレシア女史の責任じゃない。無理に実験を強行した本社の責任だ……」

 

 呪詛のひとつでも含まれていそうな声をベルは漏らしていた。

 彼の表情は強張り、眼光も鋭くなっている。

 

(……死んだ? アリシアと……リニスが……?)

 

 かつて起こった出来事を知った俺の心は凍てついた。

 そして、こうも思った。また自分だけが生き(・・・・・・・・・)残った(・・・)

 その感情が身体中を駆け巡って、視界が揺れる。体の重心がぶれて、態勢を崩しそうになった。

 

「大丈夫か?」

 

「……ああ、少しフラッと来たけど…………」

 

 目に見えて俺の顔色が悪くなっていたのか、ベルは心配している声で聞いてきた。

 17年の時が過ぎようが、ベルはベルのままみたいだ。彼が俺を心配している表情は以前の物と同じだった。

 

「……この17年間で起こった出来事はこんなところだ。

 で、これからの事だがな。さっきも言った【魔法知識】と【戦闘経験】の積み方なんだが……魔法の方は主にここで、戦闘経験は俺たちの”仕事”で。

 これからのことは決して楽な事じゃない。その上で、覚悟はあるか?」

 

 覚悟なんて問われるまでも無い。

 俺のこの身には【英霊】の力を使うだけの素質があり、【戦い方】も知っているのだから。

 一方の【魔法】は何も知らないから修得が難しそうだけど、投げ出すつもりなんて毛頭ない。例えまっさらからだとしても、積み重ねていけばいくらかは物に出来るだろう。

 何より思ったの――――"これ以上は俺の見える世界から誰も死んで欲しくない"

 

 

 俺は歩き始めた。

 俺の見えるところで助けを求める人が居るのならば、その人を救うために必要な力を手に入れるために。

 かつて、”アイツ”が人々を救っていたように――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

    ━━━━五年後━━━━

 

 

 

 

 

 通い続けてきた訓練所に俺は居た。

 早いことに、俺が目覚めてからもう五年もの月日が流れていて、目覚めた時は7歳だった俺も今では12歳を過ぎている。

 その間の日々はベルの指導の下で【魔法】の勉学。【魔術】と【戦闘技術】の修行。彼の“仕事”に付き添っての戦闘経験の取得。それに関連して体作り。戦う以上は身体を丈夫にしとかないと話にならない。身体能力が低かったら突然の事に対応出来ないし、イメージ通りに動けないのは致命的だ。俺の扱う得物が筋力を要求される類でもあったため、必然的に身体を鍛えた。

 格闘家や戦士になりたい訳ではなかったけど、そう言った理由で日頃から決まった時間帯に取り組んだりしてきた。

 

 

 あとは通常の勉学か。以前に切嗣から出されていた教材の続きもやっていた。それに関しては成人になっても困らないようにと地球の大学辺りまでが出されている。まだ全部終わってないけど、『デバイス』などの情報端末が普及していてホロキーボードと教材をデータとして入れて何処でも触りやすい環境が整っていることもあり、今だと高校の単元には入っている。

 別に俺は勉強することに苦痛を感じたことが無かった。それは子供なら誰しもやっていく事だし、やるべき事。何より切嗣が俺に揃えてくれた物を疎かになんて出来る訳がない。

 その日課も欠かさなかったから学習ペースが少し早いような気はするけど、地球でも自分から進んでやる人はそこのジャンルでは先に行くと思うし、ミッドチルダ(ここ)だと就職年齢が低いからその視点を持つベルたちからは特に何も言われなかった。

 

 

 しかし、【魔法】に関しては俺の特性が珍しくベルも教えるのは大変だったみたいで、

 

『古代ベルカ式かつ、魔力変換資質・風とか専門家でもないと教えきれないだろう……』

 

 申し訳なさそうな声でぼやいていたっけ。

けど、彼の仲間たちの中に少しは詳しい人たちが居たからその人たちのアドバイスも聞きながら学ぶことで少しは補った。あまり教えに貢献できなかったことを気にしている様子だったけど、魔法に対する知識を教えてくれただけでも、俺は十分なほど感謝をした。

 魔法学院って場所なら十二分な学習が出来たかもしれないけど、そこに通うだけの時間なんて俺には無かった。学院に入ったら卒業まで通わないといけないんだからな。

 

 

 そんなことがあって、俺が修得した魔法は攻守それぞれ一種ずつ。

【風の刃】を作り、標的に飛ばして攻撃する【Air(エア) Slash(スラッシュ)

 魔力の込めた【風の層】を作り、シールドを張る【Wind(ウィンド) Shield(シールド)

 飛行魔法は俺には出来なかった。代わりに、魔力を込めた【風の層】を作る要領で【魔力の足場】を作り、その上を渡ることで対応した。

 

 

 そして、それらのサポートをこなしてくれるのが、『ウィンディア』。普段はブレスレットのような形で俺の左手首に装着されていて、使用時はオーバル型の楕円状の盾に変化する『インテリジェントデバイス』だ。

 盾にした理由は俺が武器を自前で用意できるため、武器型の必要が無かったから。役割が重なることを防ぐことも加味してこの形になった。

 防御魔法の【Wind(ウィンド) Shield(シールド)】はこの上から展開することを中心としているので、取り回しをしやすくしようと軽量化がされている。それは、剣技・弓術を阻害しないことに繋がっているので俺のスタイルとの相性が良い。

 そんな感じの俺のデバイスだけど、『インテリジェントデバイス』には状況判断や魔法処などをこなす人工知能を持つことから高価なデバイスだ。欲しいから欲しいで買えないぐらいには。

 しかし、ベルは、

 

『切嗣から予算とかは前もって貰っているから気にするな』

 

 と、渡してくれた。

 切嗣は俺の事について準備していてくれたみたいだ。

 わざわざ俺のために用意してくれたんだ。最初は戸惑ったが、二人に感謝して有り難く使わせてもらうことにした。

 

 

 【魔術】と【戦闘技術】の方は【英雄】衛宮士郎から得た"知識"を元に鍛練していった。

 『衛宮士郎(じぶん)』が至るかもしれない未来。“アイツ”の一端が刻まれた俺は、“アイツ”の足跡を追いかけるようにしてきた。

 その代表格が【投影魔術】――――別名、グラデーション・エア。術者のイメージを元にオリジナルの鏡像を魔力で複製し、物質化させる魔術。これを聞くと限りだと非常に便利そうに思えるがそれは違う。複製された物はオリジナルの劣化版でしかない。

 だって、人のイメージなんて穴だらけだ。携帯電話のイメージは? と訊かれたら、誰もが自分の使っている物をイメージするだろうけど、じゃあその構造は? と訊かれれば、誰もが頭を悩ませるだろう。それだと虫食いの設計図を渡されたような感じになって複製出来ても不完全なモノに落ちる。複製に当たっての設計図はイメージそのものなのに、欠けたソレで完璧なオリジナルを複製できないは道理だろう。

 

 

 だから、複製品はオリジナルより劣化してしまう。イメージが霞めば霞む程に持ち得る性能は低下していく。それを防ぎ、複製をするならより多くの知識――――正確な構造の理解や材質の把握などに加えて、強固なイメージが必要とされる。それらでも効率が悪いのが予想できるのに、複製品を組み上げる魔力は気化する性質があるので物質化した物は数分後には消えてしまう。

 つまり、使い勝手の悪い術。正直、ちゃんとした材料を使って作ったレプリカの方がイメージする必要もなし、気化しないから実用的だ。

 

 

 でも、『衛宮士郎(おれたち)』のは違う。俺たちの使う【投影魔術】は剣を始めとする白兵戦に関する物などの"相性の良い物"ならばその“設計図”を完全に解析出来て、複製品はオリジナルと遜色ない性能を有する。一応、それ以外の物も創り出せるがその場合の複製品の性能はオリジナルよりいくらかは劣ってしまうし、用いる魔力が多くなってしまう。

 そして何より異なっている点は、『衛宮士郎(おれたち)』に複製された物は壊れて消えるか、創り出した本人が消すように命じなければ消滅しない。一度カタチを得たら、材料が魔力であっても気化することなく存在し続ける。

 

 

 これらから俺たちの【投影魔術】が"特殊"であることがより分かる。相性の良い物ならば、複製された物はオリジナルと大差無い性能を持ち、本人の魔力が続く限り創り続けられて、それらを手に戦い続けることが出来るんだ。普通な訳がない。

 けど、それこそが”投影”に特化した『衛宮士郎』の証で”アイツ”が”錬鉄”たる所以だ。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 自分が扱う魔術の詳細を思い出してから言い慣れた呪文を呟く。

 脳内に在る撃鉄を下ろされて、身体中に張り巡らされた魔術回路を魔力が駆け巡り、両手に重みが生まれる。

 それは、二振りの剣。”アイツ”の愛用し続けた双剣――――漆黒の刀身を持つ『干将』を左手に、白亜の刃を持った『莫耶』を右手に投影した。

 この二振りの剣は”夫婦剣”。二つが揃ってこそ干将・莫耶として成り立つ剣だ。

 

「――――――――」

 

 今、この場には打ち合う相手が居ないので、剣を振って体全身を動かして動作を確認しようと二刀を構え、僅かに腰を下ろす。

 

「っ――――!」

 

 右足を前に踏み込み、左手に手にした干将を打ち出した。空気を切り裂き、辺りに衝撃波が発生した手応えを感じつつ、今度は数歩前に飛び込む。両手にした双剣を振るっていくと、翼が宙を舞うような軌道を描く。

 この姿を見たベルは「剣技の剣の字を知らない俺でも見惚れるぐらい綺麗だ」と、言うぐらいのものらしい。その言葉を貰っても実感が湧かなかったけど、長いこと”仕事”をしてきている彼が言うんなら違わないんだろう。

 

(ってことは、“アイツ”のはもっと綺麗なんだろうな……)

 

 この五年間、俺は"アイツ"から得た知識で魔術と戦闘技術は磨いてきたお陰で上達するのが早かった。

 それもその筈。俺がやっているのは『衛宮士郎』にとって"最適な戦闘技能"の模倣だ。最適解をこなして、繰り返していけばそうなっていくのは明白だろう。

 

 

 その結果として、俺の主力は”アイツ”と同じで双剣と弓になった。二刀による守り重視の剣技。黒い洋弓による射撃。”アイツ”程の腕前はないだろうけど、今の俺には十分過ぎる技量を持っていると思う。まっさらな状態から始めていたら多分、型の無駄を無くすだけでも数年は掛かっていたと思う。

 主力以外の武器は片手剣、槍、大剣などと多彩だ。と言っても、いずれも一人前な技量には至ってない。恐らく三流……良くて二流か。しかし、それは分かっていたことだ。全てが一流に至れないことは最初から知っていた。

 だから、双剣と弓を除いた俺の利点は手札の多さだ。千を超える宝具などの武器を使用出来るという点から、対峙した相手に有効な手札を選択し、勝利を掴む。

 相手の弱点を突く。リーチで有利を取る。相手が苦手とする武器を握る。そうやって技能面を補う戦法が俺の一つでもある。

 

 

 ――――”究極の一”に至れないのならば、

 あらゆる手札を駆使して対抗する。

 ――――勝てないのであれば、

 勝てる物を幻想する(創り出す)――――それが『衛宮士郎』の戦い方だ。

 

(ま、【魔導師】が相手なら十分過ぎる手札の多さだよな……魔法が少なくても、これなら殺傷設定がされた魔法を使う【魔導師】にも対抗できるし)

 

 ベルの”仕事”はそういう連中らによる闇取引や悪行などの違法に携わる者を”狩る”ことだった。基本的に魔法には『非殺傷設定』が施されているが、外せば相手を傷付けることが出来るし、場が場なのでその手の奴らと一戦を交えるのは珍しくなかった。中には住民を人質にして身代金を要求した奴らもいたか。

 それを制圧して人質になっていた人々を救った際に、黒髪の姉妹の姉と口論したような気もするけど、何処の誰で、どんな会話をしたのか覚えていない。今以上にやるべきことが山積していたんだ、当時の俺はそんな事を気にしている余裕なんて無かったのだろう。最近の”仕事”先でも誰に会ったかなんて覚えていないけど……。

 ただ単に目に俺は映る苦しんでる人々を救うことに集中していた。その所為か俺は戦うことに抵抗を感じなかった。……いや、それは【英雄】衛宮士郎の魂が刻まれているからだろう。彼の影響を受けている以上はそうなっても不思議はない。

 

 

 そのような戦いを通して、修得した魔法、魔術、戦闘技術などを把握しつつ戦闘経験――――干将・莫耶と『Air(エア) Slash(スラッシュ)』による近接戦闘。黒い弓による遠距離射撃が軸に経験値を積むことが出来ていた。

 その成果の現れなのか、今の俺は並の魔導師なら少なくとも同時に五人以上を相手にしても引けを取らなくなっている。『管理局』のエリート連中とは戦っていないので、そっちの人と戦ったらどうなるか判らないが……。

 

 

 

 

「――――ん?」

 

 鍛錬中、訓練所の出入口の方から大きな足音が聞こえてきた。

 視線を向ける前に扉が勢いよく開けられて、誰かが入って来る。

 

「シロウ! プレシア女史の居場所が判った!」

 

「なんだって!?」

 

 余程慌てて来たのか、ベルは息を上げながら俺にそう言った。

 詳細を聞こうと、俺は双剣を振るうのを止めてベルの方へ歩いていく。

 プレシアの居場所は今までも判っていなかった。俺の修行や”仕事”などで色々と忙しかったのも理由だが彼女自身が表に出ている様子がなかったなく、捜索が難航していた。

 そんな彼女の居場所をようやく特定出来たとベルは言った。探し当てた本人も思い掛けてなかった場所だったみたいでまだ驚きが収まらないでいるようだ。

 

「悪い、ノックせずに押し入った感じになった……」

 

「それぐらい急いで伝えに来てくれたってことだろ。謝ることじゃない。

 それで場所は?」

 

 俺が聞くとベルの雰囲気が変わる。

 眼前に在るには普段の冷静さある彼の(おもむき)だ。

 

 「ミッドチルダ南部の山あいの地、『アルトセイム』。そこにプレシア女史が持つ『時の庭園』という移動庭園が停泊しているらしい」

 

「南部ってほとんど人が居なくて緑多い場所だよな、なんでそんなところに……」

 

「理由までは。あそこは希少な野生動物が生息しているから生物学者が観測に赴くなら解るが、プレシア女子は違うからな。目ぼしい物は無いと思うが……」

 

 ベルは腕を組んで唸り声を漏らした。

 しばし検討していたようだったものの、彼は俺に一つ訊いてくる。

 

「……シロウ、プレシア女史に会いに行くか?

 当面は”仕事”は無さそうだし、ここを離れてもらっても大丈夫だぞ」

 

「……え?」

 

 『会いに行くか?』と、問われた俺は正直なところ迷った。もう、あの頃から現実だと22年も経っているし、俺も当時のみたいに”普通の子供”ではない。

 それに、アリシアとリニスが居なくなった今、俺がプレシアに会いに行ったら彼女はどう感じるのか。不快に思われるかもと考えると、このまま会わない方がいいのではないかと浮かび上がった。

 迷っている俺を見て、ベルは溜め息をする。

 

「まさか……会わない方がいいとか、嫌われるじゃないのかとか考えてないだろうな? あー、図星か。あのな、彼女はそんな人じゃないのはシロウがよく知ってるだろう。近くまで送ってやるから会ってこい。

 あ、こっちが連絡するまで帰って来なくていいぞ。この5年間、ハードな日々を過ごし続けたんだ。少しは緑を見て息抜きしてこい」

 

 そう色々と言われてしまった。

 迷いが消えた訳ではないが……ここはベルの言葉に従おう。

 確かに、言われてみればここ5年間はハードな毎日だったし、彼はそれも心配しているのだろう。ならここは、プレシアの所を訪れた方がいい。

 握っている剣たちを霧散させて、俺は支度に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ南部までベルに送ってもらい、俺は教えてもらったポイントへ歩いていた。

 踏みしめているのは舗装された道ではなく、自然特有の柔らかな土。周辺には樹齢の長さを物語っている巨木が高々と立って多方に渡って枝葉を伸ばして、重なる樹冠と樹冠の間からは木漏れ日が射し込んできており、生命力に満ち溢れた世界をより鮮やかに引き立てる

 

「――――――――」

 

 森深くに入って行った所で、辺りの空気が違っているのに気付く。

 ”アイツ”と同質の力を使う俺は、結界などの”世界の異常”には敏感だ。

 

(探知用の結界か……入れば即座に探知される)

 

 しかし、会いに行く以上は前に進まなければならない。

 探知されるのを覚悟の上で、俺は結界内へ入った。

 

「…………」

 

 境界線から暫く歩いて行った先に、一人の女性が立って居るのが見えてきた。白色を基調とした服と帽子を身に付け、その形容から予想すると18歳ぐらいに感じられる。

 向こうもこちらを目視したのか、互いの視線が交差した。

 それに拒絶の意思が含まれていなかったので、若干速度を落としながらも近付いて行く。

 

「何方かは存じませんが、ここはお引き取り願います。私の主は多忙なものですので」

 

(主って言うのはプレシアのことか? 彼女はプレシアの使い魔なのか?)

 

 慇懃な態度でお辞儀をされて、俺は反射的に足を止めた。

 彼女から警戒心は感じられない。在るのは幼子を包むような淑やかな雰囲気に慈しみだ。きっとその心は温かく、温和な性格の持ち主なのだと思った。

 見聞きしたことからそう考えていたが、いつまでも佇んで居る訳にはいかない。

 ここに来た目的を言うべく、俺は口を開く。

 

「俺は衛宮士郎といいます。

 プレシア――――プレシア・テスタロッサさんとは、その……昔に縁が有りまして……彼女がここに居ると知ったので会いに来ました」

 

 俺の目的を聞いた彼女は目を閉じて、意識を自分の内側に向け始めた。おそらく、念話でプレシアに確認を取っているのだろう。

 少しばかり待っていると、彼女は目蓋を上げて、再び俺に視線を向けてくる。

 

「お会いになられるそうです。案内しますので付いて来て下さい」

 

 彼女は俺に背を向け、歩き始めた。

 俺も後を追うために足を進めて、声を掛けやすい距離まで追い付いたところで一つ疑問を訊いてみる。

 

「えっと、貴女はプレシアの使い魔なんですよね?」

 

「あ、申し訳ありません。まだ、名前を言っていませんでしたね。

 私は『リニス』と言います。貴方の言う通り、プレシアの使い魔です」

 

 『リニス』――――アリシアが拾って来て、一緒に暮らしていた山猫と同じ名前だ。

 つまり、彼女の素体は――――

 

「リニスさんの元は山猫だったりします?」

 

「ええ、貴方の言う通りです。山猫の特徴は隠しているのですが、よく分かりましたね。

 あと、私のことはリニスでいいですよ。先ほど貴方については"情報"を頂きました。エミヤシロウさん」

 

「じゃあ、俺の事も士郎と。プレシアも俺をそう呼んでいましたので」

 

 そう言うとリニスは微笑みで返してくれた。

 今の表情は似ていたかな。機嫌がいい時にじゃれついてきた山猫(リニス)はこんな感じだったような気がする。

 そう言えば、使い魔になっても素体の頃の記憶とかが場合によって残る可能性があるとか――――

 

「……シロウは、”以前の私”とお会いしたことがありますか?」

 

「え?」

 

 ふと頭の浮かんだ考えを突くようなタイミングでのリニスの呟きに、俺は声を漏らしてしまった。

 俺のそれが聞き取れたのか、彼女の頭が僅かに揺れる。

 

「以前の自分に関する記憶は無いに等しいのですが、貴方とは初対面という感じがあまりしなくてですね……」

 

「…………」

 

 記憶には残っていないみたいだけど既視感じみたものはあるらしい。

 その点にだけなら、答えても大丈夫かな。疑問をそのままにしておくのはすっきりしないと思うし。

 

「……昔、プレシアの所に山猫が居て、名前は『リニス』でした。俺も何度かブラッシングをしたりしていました」

 

「そうですか……すみません覚えていなくて……」

 

「いえ、俺はそんなにやっていなかったので覚えてなくて当然だと思いますよ」

 

「とは言え、”私”はシロウに世話をして頂いたことがあるということですよね?」

 

「世話って言うのはいき過ぎだと思いますけどね。あとは少し遊んだぐらいです」

 

 そう返答するとリニスはゆっくりとこっちに振り向いた。

 

「なら、私に敬語を使うこと必要はないですよ。外見は私の方が上ですけど、実年齢はシロウの方が上でしょうし」

 

「それは……そうかもしれないですけど……」

 

 使い魔は役目や活動に適した形態を取ることが主流なので外見年齢と実年齢が同じとは限らない。 

 リニスが使い魔として何年目か知らないけど、彼女が俺を見てそう言ったのだから俺よりは年下なんだろう。使い魔とはいえ、女性相手に年齢を訊く訳にはいかないから年齢に関しては彼女の言った通りにしておく。

 

「年上に敬語を使われるのは違和感がありますか?」

 

「『年上に』に、と言うよりシロウさんに言われるのが少々。やりづらいと言いますか……何と言いますか……」

 

「分かった。なら、そうさせてもらおうかな。

 改めて案内を頼むよ、リニス」

 

 リニスはにっこりとした表情で、任されました、と身を翻して再び俺を先導していく。 

 その後も会話を交わしながら、俺たちは森の奥深く――――プレシアの居る『時の庭園』に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 いつも同じように研究に没頭していた私に、リニスから念話が入った。必要最低限にと言いつけていたので重要な事以外では連絡が来ないように言っておいたから重要なこと何かだとは予想出来ていた。

 けれど、その内容には驚かずにはいられなかった。

 

 ――――”シロウが私に会いにここを訪れた”

 

 それが起こる可能性なんて全く考えていなかった。

 私の居場所は誰にも教えていなし、ここ暫くは人前で研究もしていないから手掛かりすら残っていない筈。『時の庭園』を買い取ったのも随分前だからそれから辿ることもシロウには出来ない筈。

 でも、現に彼はここを突き止めて、すぐそこにまで来ている。

 

(シロウ…………)

 

『ヒュドラ』の事故の数日前にある実験に巻き込まれて、冷凍睡眠に入ることを余儀無くされたことは”旅”に出る際のキリツグから聞いていた。

 そう、あの頃に私の二人の子供は”眠り”に就いた。当時はそれは荒れた。

 ――――何故、あの子たちがこんな目に遭わなければならないのか?

 そんな負の感情が溢れに溢れた。今でもその感情は消えない。

 こうして、研究を続けているのは、失われた”幸せ”を取り戻すこと他ならない。

 

(どうして――――)

 

 今になって目が覚めたのか。

 それ自体は喜ばしい事だ。彼が再び、あの足で日々を進んで行くのだから。

 しかし、娘が目覚める時まで待って欲しかった。

 

 

「リニスです。エミヤシロウさんをご案内しました」

 

 彼の事を考えていると、扉がノックされた。

 

「入りなさい」

 

 私が短く応じた途端に扉が開く。

 そして、目に入ったのは、12歳は越えているであろう、赤銅色の髪の毛に琥珀色の瞳を持った少年。一目で分かった。シロウが成長した姿だと。

 けれど、目つきが少し、鋭くなっていたような気がした。でも、5歳もの歳を取ったら目つきぐらいは変わるだろう。

 

「久しぶり、プレシア」

 

「そうね、久しぶりね、シロウ」

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、プレシア」

 

「そうね、久しぶりね、シロウ」

 

 挨拶を交わす俺たち。普通なら再会を喜ぶところなのだろう。

 でも、それより俺はプレシアの目が気になった。穏やかだったあの優しい目はそこに無かった。

 在ったのは、怒り、憎しみ、悲しみなどの負の感情によって刺々しくなった目。

 それにどこか狂気じみた雰囲気を彼女は纏っているように感じた。

 

「来てもらって悪いけど、私は忙しいの。ただ挨拶に来たのなら、帰ってもらえるかしら?」

 

 真っ先に言われたのはこれだった。

 確かに、会いに来た理由は特にない。ただ、会いに来ただけだ。だから、「忙しい」と言われたらそこで帰ろうと思っていた。

 しかし、プレシアと対面した俺からその考えはもう無くなっている。記憶にある彼女との差異を見て、今ここで何もせずに離れたらまた何かを失うような気がした。

 だから……なんて返せばここに留まれるかと考えを巡らすが、有効的なものは出てこない。俺は彼女みたく研究者でも魔導師でもないから”忙しさ”を手伝うことはできないだろう。

 そんな俺の心情を察したのか、リニスが口を開く。

 

「待ってください。シロウさんから先ほど伺いましたが、彼の魔法は珍しいもので一般の方からの教えでは不十分だと判断しました。

 なので、私に教える機会をください。私の元になった山猫は彼に色々とお世話になったようですし、恩返しをしたいのです。勿論、フェイトの指導も疎かになんてしません」

 

「リニスッッ!」

 

 プレシアがリニスを睨む。

 対して俺はリニスの提案(援護)を受けて、

 

「もし迷惑じゃなければ、頼みたい。一応魔法は使えるけど……やっぱりまだ荒削りのところがあるのは自覚してたからさ」

 

 そう理由を作る。

 それを聞いたプレシアは顔をしかめた。

 

「勝手にしなさい」

 

 一言を言い残してプレシアは部屋の奥へ向かって行くと、そのまま再びディスプレイに手を掛けて、作業を再開し始める。

 彼女の後ろ姿を目に映したリニスはメイドのようにプレシアにお辞儀してから、俺を連れて退室した。

 

「……ごめんなさい。蟠りが残る様なことになってしまいました……」

 

「気にしないでくれ。むしろ助かったよ。ここには暫く居ようと考えていたけど、プレシアを納得させる方法が浮かばなかったからさ。

 それに、ここに居ればプレシアと話す機会はこの先にもあるだろうし、リニスが心配する必要は無いよ」

 

「ですが……」

 

 リニスは気まずそうに目を伏せた。まだ会話を交わし始めて間もないけど、彼女が責任感に溢れているのは薄々感じていた。プレシアの使い魔としてそう在るのは当然だけど、俺に対してそれほどにまで思う必要は無い。

 しかし、このままでは長く続きそうなので、話題を提示して転換を試みる。

 

「ところで、さっきのフェイトって言うのは誰なんだ? 二人以外にも誰か居るのか?」

 

「ええ……フェイトはプレシアの娘です。

 私は彼女に魔法技能をはじめとした指導を請け負っています」

 

 プレシアの娘? つまり、アリシアの妹?

 一瞬、その言葉に思考が囚われた。が、その引っ掛かりを何とか胸に押し留めて、表に出さないようにする。

 それで俺の心情を今回は察しられなかったようで、リニスは話を続けた。

 

「そうですね……シロウがここに居るとなれば、是非フェイトの相手をして頂けませんか? フェイトは私とプレシア以外の人と会ったことが無いので、人との関わりを知って欲しいんです」

 

 それを聞いて、やっぱり俺はここに来るべきじゃなかったのではと一瞬考えたが、今更引き返すとはしなかった。

 

「分かった。取り敢えず、会ってみよう。

 案内してくれるか?」

 

「はい」

 

 リニスは俺をフェイトの所へ連れて行ってくれた。

 辿り着いた部屋には多くの魔導書が保管されていた。図書館というよりは小さめの勉強部屋と言った方が近い造りをしている。

 その部屋でもう少しで6歳になるぐらいの少女が椅子に座り、机で魔導書を読んでいた。

 

「フェイト、貴女に紹介したい人を連れて来ました」

 

 そう言われると少女は一旦、本を閉じて、こちらに歩き寄って来る。

 手の届くぐらいのまで来たところで、リニスは彼女に俺を紹介してくれた。

 

「エミヤシロウさん。彼はプレシアを訪れたのですが、今日からここに滞在することになりました」

 

「こんにちは。俺は衛宮士郎、士郎って呼んでくれ。プレシアもリニスもそう俺を呼ぶからさ」

 

「フェイト・テスタロッサです。その――――こんにちは」

 

 緊張気味に挨拶を返してくれたフェイト。俺は彼女を見て真っ先に思った。

 

(アリシアとそっくりじゃないか……双子って言われても不思議はないな)

 

 フェイトの容姿はアリシアと酷似していた。美しく豊富な金髪のツインテールに、赤い綺麗な瞳。

 ただ、雰囲気は活発的だったアリシアとは違い、大人しい感じだった。

 

「ああ、よろしくな。

 えっと、フェイトって呼んでいいかな?」

 

 俺に訊かれて、フェイトはコクりと頷く。

 が、それでも緊張は残っているので、俺はそれを解くために優しく声をかける。

 

「じゃあ、フェイト。俺は基本的にリニスと一緒に君の世話をすることになると思う。

 と言っても、魔法以外での事だけどな。魔法に関しては俺もリニスに教えてもらうから……まあ、同じ生徒と思って気軽にな」

 

「よろしくお願いします。シロウ」

 

 今度ははっきりと言ってくれた。まだ少し緊張が残っていたが。

 でもそれは仕方がないことだろう。プレシアとリニス以外の人に会ったこと無いのに、突然俺みたいな人が訪れたんだから。

 少しずつでも慣れてくれればいい。

 そう考えながら、ここでの時間を過ごそうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




公式の方でなのは無印の時点でフェイトは9歳相当とされています。彼女は生まれた時点でアリシアと同じ5歳ぐらいだと予想されました。漫画版 The 1stを読んでもそう取れたのでこの作品でも生まれた時点で5歳ぐらいとしています。
二人が出会った時点でシロウ12歳、フェイト5歳です。フェイトの誕生の数ヶ月後にシロウが来た形です。
無印はフェイトが生まれてから4年後なので、シロウ16歳、フェイト、なのは9歳です。


追記 会話の追加、記号の整理をしました

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