魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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前回の後書きで"彼に会い、士郎は【力】を手に入れる"と言いました。すみません、次回に持ち越しです…
理由は、今回の話と一つとして投稿する予定だったのですが、場面切り替えがあれなので、分けることにしました。
今日の午後10時頃には投稿するのでお待ち頂ければと思います。

話は変わりますが、評価バーが黄色になったり、お気に入り登録者様がさらに増えたりと、驚きつつも感謝しています。
皆様ありがとうございますm(_ _)m

では、どうぞ!



4話 崩れ去る日常

「じゃあ、行ってきます」

 

 俺は玄関で靴を履き、バックを背負ってから母娘と飼い猫に出掛けることを告げる。

 三日ほど前に一年以上も連絡の一本も寄越さなかった切嗣から、連絡が届いた。

 

『今から地図を送るから、その場所に来て欲しい』と…………。

 流石に俺もプレシアも驚いた。

 そりゃ、今まで連絡が無かったのに“いきなり来てくれ”って言われたら誰でも驚くだろう。

 

 

 それに加えて、心配事があった。

 俺は日々仕事で忙しいプレシアに代わって、アリシアとリニスの相手をしている。俺が出掛けるということは、彼女たちを家に残して行くことになるからだ。

 その俺の懸念はプレシアが解決してくれた。

 

『心配しなくていいわよ。開発室の一室を借りて、そこにアリシアたちを留守番させるわ。

 それに、そろそろ仕事も一段落するから大丈夫よ』

 

 その言葉に俺は甘えることにした。

 向こうには切嗣の他にもナタリアとベルも待っているみたいで、久しぶりの再会が俺は待ち遠しかった。

 

 

 ただ、一人だけプク~と、頬を膨らませる少女が――――そう、アリシアだ。

 彼女は俺が出掛けて家を留守にすることを聞いてから、ご機嫌が斜めなのだ。

 

「シロウ、行っちゃうの?」

 

 涙腺を操作して、潤ませた瞳で俺を見つめてくるアリシア。

 そのテクニックはどこで覚えたのか?

 ドキッとしながらそんなことが頭の中を駆け巡るが、なんとか追い出す。

 

「ああ、ちょっと切嗣たちに会いに行ってくる。

 そんな顔をするな、ほんの数日だけだ」

 

 そう言っても、未だにむくれ続けているアリシア。

 

(仕方ないか……こうなったら)

 

「分かった……帰って来た次の日は、アリシアとリニスの遊びに付き合うからさ。それでいいかな?」

 

 その言葉を耳にした瞬間、ぱぁっと表情が明るくなるアリシア。

 

(しまった……作戦に乗せられたか)

 

『時すでに遅し』とは、まさにこのことか。

 

「ねぇ、聞いたリニス? 帰って来たらシロウが遊んでくれるって言ったよね?」

 

「にゃ~♪」

 

 すっかり満面の笑みを浮かべるアリシアと嬉しさいっぱいに満ちた鳴き声を出すリニス。

 プレシアもそんな光景を見て、頬に手を添えて優しい微笑んでいる。

 こうなってしまったら後には引けないな、と自分に言い聞かせる。

 

「じゃ、そういうことで頼むな」

 

 そう言って玄関のドアを開ける俺。

 

「行ってらっしゃいー♪」

 

「気を付けるのよ、シロウ」

 

「にゃ~」

 

 母娘と愛猫に身を送られながら、俺は出発した。

 

 

 

 

 ――――――これが、ここでの最後の日常になるとは知らずに…………。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 ━━━━とある廃工場地下━━━━

 

 

 

 

 

「首尾はどうだ?」

 

 ここを統治している研究者が手下たちに問い掛けていく。彼らは今、ある実験の準備を進めていた。それは、人の領域を超えた力を手に入れようとする一線を超える行い。人ならば、一度は考えてみることかもしれない。

 だが、実行するとなれば、その人物は道徳や倫理を意に介さないマッドサイエンティスト。或いは“人の先”を知る者ぐらいであろう。ここに居る彼は前者であった。

 

「ハッ、間もなく最初の被験者の準備が完了します」

 

 それを聞き、「よろしい」と言いながら顎を引く。

 続いて、警備を担当している者からの報告が届く。

 

「追跡の方もまだ大丈夫です。民間バスに偽装した物を使用しましたし、ここがバレるような目撃情報は出ないように隠蔽工作も滞りなく。

『管理局』がここに辿り着くにはまだまだ時間が掛かるでしょうし、心配する必要は無いと思われます」

 

「うむ」と、再び顎を引く研究者。

 人知れず静かにだが……刻一刻と惨劇の影は迫って来ていた。その礎となる“素材”もこちらへ向かっている。“素材”たちはその事を知る由ない。それらは、今日も平穏に過ごせると信じて疑わない人々なのだから。

 

 

 この実験が始まったのは今回からではない。既に幾度か繰り返されている。しかしながら、その結果は芳しくなかった。出来上がるのはあらゆる“機能”を失った人形。

 だからだろうか。求道に執心する彼らの中から、難色気味の声が漏れる。

 

「本当に可能なのか? 人で【英霊】様の力を再現するなんて。今日までの実験は失敗続きだし……何よりこのプロジェクトを考案したあの『変態医師』もどっかに行ったし」

 

 

 このプロジェクトを考えたのはここに居る彼らではなかった。

 事の始まりは『ジェイル・スカリエッティ』。違法研究者でいなければ間違いなく歴史にその名を遺すとまで言われている"天才"である。本人は主に――生命操作、生命改造に通じている科学者だ。

 だが今回は、“人を超えた存在の力を既存する人の身で再現出来ないか”という、興味本位で始めたことが発端であった。

 

 

 計画当初は彼自身も参加していた。しかし、過ぎて行く日々の中で彼は

 

「やはり、既存する人間に他の力を降ろすより、一から生命を造り出す方が私には合っているな」

 

 と、言って早々に出て行ってしまった。

 未だにこのプロジェクトが続いているのは、今になっても諦めがつかない者たちの野心による物の他ならない。

 

 

 そして今日も、そんなことを知らずに偽装バスに乗り合わせてしまった乗客を実験体にしようと画策しているのだ。

 

「奴が今どこで、何をしていようが関係ない。もうこのプロジェクトは我らの物だ」

 

 そう言って、天を仰ぎながら高らかに宣言する。

 

「では始めよう。人を超えた新たな兵士の創造を!」

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 ━━━━実験開始の数時間前━━━━

 

 

 士郎に向かっていた場所――――街外れに在る古びた屋敷に男女のペアが居た。切嗣とナタリアである。

 ここは彼らの『職場』であった。客をもてなすような物はなく、簡素なところだ。

 

 

「遅いな。切嗣、坊やはまだ来ないのか?」

 

 壁に設置されている時計を見ながら、心配そうな声でナタリアは切嗣に訊く。

 切嗣も時計に目をやり、現在時刻を確認する。

 

「確かに遅いかな。バスに乗って降りた先からは徒歩だが、こんなに時間が掛かるとは思わないんだけど……」

 

 不安の含まれた声で答える切嗣。

 時刻はすでに昼を回っている。しっかり者の士郎なら道に迷うことは考えにくく、既に到着していてもいい頃だ。

 二人揃って唸り始めそうなタイミングに、もう一人の待ち人――――ベルが慌ただしく部屋に入って来た。彼の顔には焦りが滲み出ていた。それは“日常”の外での出来事に対して露にするモノであった。

 

「キリツグ、姐さん。シロウが面倒なことに巻き込まれたっぽい!」

 

 ベルは入ってくるなり張った声で、士郎のことを口にした。彼は面を食らっていても、切嗣たちへ歩き寄り、正確にその内容を伝えた。

 

 

 切嗣に呼ばれた士郎は時刻通りに来たバスに乗り込んでここに向かっていた。だが、それは偽装されたバスであったことが“ベルの方”で判明した。

 そこから続けて浮かび上がったことは、それを企んだ連中は、何かの為に乗り合わせた乗客で実験を行おうとしていると。

 

「“俺の方の情報網”が言うには、『管理局』が追跡中らしい。

 ただ、隠蔽工作とかがされていて、追うのに苦戦しているようだが……」

 

「何処に行ったのかは、判っているのか?」

 

『仕事』に携わっている時に発する切嗣の声色。それは穏やかさを潜めた“狩人”としての声だった。

 

「いや、まだ調査中だ。少なくとも半日は掛かるだろうって」

 

 口惜しがるベルからの現状報告を聞いた切嗣は、部屋を出て行こうとする。

 しかし、ナタリアが彼の肩を掴み、引き留めた。

 

「待て切嗣、どうするつもりだい? 場所も判らないのに、動くつもりかい?」

 

「決まっているだろう。『管理局』が動いているなら尚更だ! あんなところに関わりを持っても碌なことがない! だから、奴等が辿り着く前に片付けるッ!」

 

 怒鳴り散らすような勢いで言い放つ切嗣。

 彼は『管理局』に対して良い印象を持っていない。だから、こうも荒れているのだろう。

 

「私も『管理局』が来る前に片を付ける点は賛成だよ。

 だが、今は動くべきじゃない。ベルの方で調べが付くまでの時間で私たちは準備をするべきだ。より確実性を上げるためにね。そんなことは、私に言われるまでもなく、解っているだろう?」

 

「…………」

 

「姐さんの言う通りだろ、キリツグ?

 それに今、二人のデバイスをこっちに届けるように頼んである。少なくともそれまでは待て。下手に突っ込んで“痕跡”を残した方が面倒だろう?」

 

 ナタリアは切嗣を説き伏せる。彼女にも動く理由はある。ただ“場所”が悪い。ここは『管理内世界』であり、『時空管理局』の領分であるため、『管理局』のルールに反することは避けるべきことだ。地球のような『管理外世界』ならば、その必要はないが。

 その世界に居る時は、その規律に従う。それはナタリアが切嗣に教えた”信条“の一つである。

 ベルはナタリアの弟子と言う訳ではないが、彼女に同調した理由は同じであった。

 

「……あぁ、すまなかった二人とも。僕が冷静じゃなかった」

 

「無理もないさ。何しろ息子が拐われたんだ。

 俺がキリツグの立場なら、同じ事をしようとしたさ」

 

「それじゃ、準備を始めるよ。私と切嗣は武器、足の用意。ベルは引き続き場所の特定だ。

 それとベル、私と切嗣のデバイスの調整はどうなってる?」

 

「以前と大して変わりないですよ。二人の慣れている銃型ですし、ただ単に使い安くしただけです」

 

 切嗣が冷静さを取り戻すと、彼らは準備を進めていく。久々の安穏な親子の時間になる筈が、不穏な時間になってしまいそうだ。切嗣もナタリアもベルも――――それを防ぐために奔走していく。

 あまり時間に余裕は無い。『管理局』が介入してくるよりも前に事を済まさなければならないことを考慮しても、状況はいいとは言えないだろう。

 だがそれでも、彼らは戦いに赴いて行く。

 

 

 

 ━━━━━━数時間後

 

 日は沈み、辺りが闇夜に染まる中、彼らは廃工場近くに居た。

 ベルの情報網より、偽装バスの行き先を突き止め、今まさに突入しようとしていたのだ。

 

「確認だ。僕は突入後に士郎を捜索する。発見、保護した後、即座に脱出して"合流地点"に向かう。

 二人は首謀者の始末と士郎に関する情報の抹消を頼む。他の生存者が居たら、最低限の安全を確保してくれればいい。そっちの方は『管理局』がその内やって来て、どうにかしてくれるだろうからね」

 

「解ってるよ、首謀者と情報の方は任せろ。

 こっちは姐さんも居るし、他の生存者が居たら安全を確保するようにする。キリツグもそっちの方がいいだろうし」

 

「切嗣、解っていると思うが、ここはミッドチルダだ。“痕跡”が残らないように気を付けるんだよ」

 

 ミッドチルダでは質量兵器の使用は規制されている。主に銃が該当する恐れがある。

 つまり、地球で士郎を救った際に使っていたような"切嗣の本来の武器"を使用するのは出来るだけ避けたいことだ。『管理局』に知られれば、面倒事に成りかねない。

 

「そのためにデバイスを持っているんだからね。

 正直、こんなオモチャは使いたくないんだが……」

 

 【魔術師】であっても【リンカーコア】があれば【魔法】は使える。

 そもそも、【魔術師】の先祖は古代ベルガ時代の人々だ。【リンカーコア】があっても不思議はない。

 ただ、【魔術回路】で精製した魔力は【魔術】のみ。【リンカーコア】の魔力は【魔法】のみと限定される。同じく“魔力”と呼ばれているモノであっても、水と油みたいに交じり合わないモノと考えればいい。

 

「まあ、キリツグたちからして見ればそう感じるだろうさ。こっちから見れば、そっちの方が常識はずれなんだけどな」

 

「無駄話はそろそろ終わりにしな。切嗣、ベル……カウントするよ」

 

「「了解」」

 

 

 ――――――3

 

 ――――――2

 

 ――――――1

 

 彼らは戦いの場に足を入れた。

 

 

 

 二人と別行動になった切嗣は、地下へ繋がる階段を走り降りる。その先は通路だった。地上はただの廃工場だが、地下に広がっているのは古びた場所ではなかった。

 

(守りが手薄だな。まだここが特定されるとは微塵も考えていないのか?)

 

 ここまで駆け抜けていた切嗣は、未だに誰とも遭遇しないでいた。余計な戦闘をするよりはいいが、あっさりし過ぎるのも違和感を生む。

 いや、“狩人”である切嗣の勘は既に告げていた。この事件が、焼け焦げた空気や硝煙に満ち溢れた戦場とは違う“地獄”ではないのか……と。

 

 

 切嗣は引き続き足を止めずにいた。視界にドアが映ると、壁に身を隠しつつ、ドアを開いた。中を覗き見て誰も居ないことを確認してから、部屋に入る。

 部屋の正面はガラス張りで、下の様子を見下ろすことが出来る造りをしていた。

 

 

 部屋の奥まで進み、切嗣は下を見下ろした。視線の先は室内競技場を小さくしたような広場が在った。

 そこには無数の機材の設置されている他に、椅子に手首と足首を固定され、頭にコードが繋がったヘルメットを被らされている人が四、五人居た。

 四人は10代後半からと言った具合の人だった。だから尚更、切嗣には一人だけ七歳ぐらいの少年が姿が逸速く認知できた。

 

 

(士郎ッ!!)

 遅かったと、苦り切った感情が駆け巡る。

 既に士郎は実験体にされている。けれど、まだあそこで固定されて居るということは、まだ生きているということだ。

 即座に士郎の所に行こうと切嗣は身を翻す。彼が部屋を後にする時を見計らっていたかのように、ドアが開いた。

 

「まさか、こうも早く客人が来るとは。

 隠蔽工作の見直しを彼等に言わなければ……それにしても『管理局』でない者に嗅ぎ付けられたとはな」

 

 姿を現したのはデバイスを持つ警備員らしき二人を控えさせている研究者。

 “元凶”を捉えると、切嗣は吼える。

 

「お前たちか、こんなことを企んだのは!」

 

「そうとも、これ等は全て我々のプロジェクトだ。

 そして、今ここにそれは成就した! 【英霊】を人の身に降ろし、人を超えた兵士の創造がついに成ったのだ!!」

 

 あまりの興奮を抑えられないのか、研究者は体全身でその喜びを表していた。

 それは、普通の感性を持つ者ならば異常と言わざるを得ない様子だった。

 

「……【英霊】だって? そんなものを人の身に降ろせるものか! そんな目にあった人間が無事でいられる訳がないだろう!!」

 

「だが、それは成った。今日この日まで誰一人として成功した者は居なかった。

 しかし、現れたのだ! 君もそこからなら見えるだろう? 七歳ぐらいの少年が」

 

 なに……七歳ぐらいの少年だと言ったのか? 今、装置に付けられている中でその条件に合うのは――――全身から嫌な汗が吹き出る。それを自分の口にしてしまうのがとてつもなく恐ろしかった。

 

「貴様……士郎が成功例だと言うのか!? まだ七歳の子供になんて事をしたんだ!!」

 

「シロウ? ああ、あの少年の名前か。そうとも、彼が成功例だ。今もなお、生きているのが何よりの証拠だ。他の被験者はもう使い物にならないよ」

 

 平然と語る目の前の男は

 

「さて……」

 

 と、言葉を続ける。

 

「私たちは早々に失礼するよ。この結果をまとめなければならないのでね。

 ああ、心配しないでくれ。あの少年は"大切に"させて頂くよ」

 

 研究は右手を上げ、後ろの二人に攻撃を指示する。

 切嗣も即座にデバイスを引き抜く。彼の技能をもってすれば、後手に回ろうと警備員ごときなど、早撃ちで排除が出来る。

 が、その光景は起こらなかった。切嗣の魔法が発動しようした前に、警備員二人の後頭部へデバイスが突き付けられたからである。

 

「早く武器を捨てるんだな。頭と体がお別れすることになるぜ?」

 

「ああ、一応言っておくが、これは“殺傷設定”だよ。命は助かると思っているなら、そうそうに捨てるんだね」

 

 デバイスを突き付けていたのはベルとナタリアだ。二人は首謀者を追って、切嗣と合流したのだ。

 挟み込まれた研究者たちは動きを止める。“殺傷設定”というナタリアの発言が虚偽でないことを殺気から感じ取っていた。

 

「キリツグ、こっちは任せろ。早くシロウを」

 

「すまない、ここは頼む!」

 

 ベルがここを受け持つことを口にすると、切嗣は通路へ飛び出して行った。

 今回は彼に“摘ませる”訳にはいかない。彼の手は、息子の手を握るべきだ。

 

「させ、データの方はこっちで回収させてもらった。

 あ、コンピューターの方は抹消したから、『管理局』に知られる心配はないさ。まぁ、アンタはここで終わりだから関係ないか」

 

 警備員二人を気絶させ、研究者に歩み寄る二人。

 

「俺は二人と違って強力な魔法が使えるからさ。跡形も残らないぞ」

 

 ベルの吐き捨てた言葉には感情は宿っていない。彼の目もまた、感情が宿っていなかった。心から切り離された指先が、デバイスのトリガーに触れると、速やかにそれを引き絞った。

 カチ――――とあまりにも軽い音が鳴る。切嗣の指から鳴る音とは比べもにならなかった。鈍く、重くもないにも関わらず、“銃口”を向けられていた男は焼け落ちて、炭化してしまった。

 

「相変わらずスゴいものだねぇ……。これなら誰だったか分析出来ないだろうさ」

 

「残したら後々面倒だと誰が一番に言ってましたっけ……。

 データの確保も証拠の抹消も終わりましたし、先に引き上げましょう。生存者の方は『管理局』が保護でもするでしょうし」

 

 事を終えたベルとナタリアは、何事も無かったのようにいつもの声音で会話が出来ていた。それもその筈だ。切嗣もだが、彼らも“狩人”に身を置く者なのだから。

 例え、担っている“技術”が違うモノだとしても、彼らのそれは同じである。

 

 

 そうして、隠滅を終えた二人も、この部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 走る。真っ直ぐな通路を切嗣はただ全力で走っている。既に目的地は判り切っていた。そこへ至る道筋も。

 彼は一気に“加速”して、駆け抜けることも頭の隅で検討した。だがそれは【魔術】を扱う思考が抑えた。行く手を阻む警備員は切嗣の“脅威”ではなかったのだ。

 

 

 衛宮切嗣が扱う【魔術】は父親であり、前代であった衛宮矩賢から継承した“時間操作”である。それは、外界の“時の流れ”から切り離した空間内部の“時の流れ”を操作すると言うモノ。これは“固有結界”の一種であり、大魔術に当たる。それでも、因果の逆転や過去・未来への干渉などと言った“時間の改竄”にまでは至らない。

 だが、衛宮家が目指していたのは“時を統べる技術”であった。

 

 

 衛宮矩賢までの代々は、ただただと探究に月日を費やしてきた。彼らは【魔術師】であったからだ。そういった意味では、切嗣の代が転機であった。

 切嗣は自身が受け継いだ【魔術刻印】を、戦闘方面にも活用する応用方法を編み出した。それが出来たのは先代までの衛宮家の祖先が探究し続けて、絶やすことがなかった刻印の賜物である。

 

 

 それが切嗣が戦いの場で愛用している【魔術】――――“固有時制御”だ。

 自身の体内を結界の範囲として、最小の規模の結界で時間を“調整”する。体内時間を速めれば、肉体の動作が高速化する。逆に遅めれば、減速すると言う代物。

 だがそれは、結界内外での時間の流れに差が発生することを意味する。結界が解ければ、その差を無くそうすると“自然の力”が働き、術者の肉体へ負担が掛かる。そのため、“固有時制御”の乱用は厳禁だ。積み重なっている“刻印”のお陰で、負担を多少の軽減は出来ているが、危険が伴う【魔術】に変わりない。

 

 

 そして、戦う為に【魔術】を扱っている切嗣を呼ぶのは探求者たる【魔術師】ではなく、使い手故に【魔術使い】の方が正確かもしれない。

 

 

 

 【魔術使い】としての“力”を使わずに、切嗣は自前の体術のみで走り続けていた。

 視界に敵が入れば即座に“銃口”を向けて、魔力弾を発砲する。それは的確に急所を貫通し、倒れ伏せさせる。

 向こう側からの攻撃を、切嗣は最小の回避行動で捌いていく。非殺傷設定が存在する“魔法”は切嗣にとって、甘えもいいところであるし、この程度の【魔導師】は敵ではない。

 

 

 障害を排除しつつ、切嗣は実験が行われていたホールに足を踏み入れた。拘束されている士郎に近寄って、拘束器具を取り外す。

 

「士郎!」

 

 呼び掛けるが返事がない。だが、呼吸をしているのは分かった。生きていることを確認し、ひとまず安堵を漏らす。

 

 

「よかった……生きていてくれて……」

 

 

 一滴の涙が流れるが、ここでじっとしている訳にはいかない。切嗣は士郎を抱き抱え、実験場を後にする。

 その際、彼が他の被験者を見て、顔を歪めた姿を見た者は居なかった。

 

 

 

 

 

 深夜、切嗣は合流地点に直行し、集まったナタリアたちと今回の件について互いに報告し合っていた。

 そして、明らかになったのは――――

 『ジェイル・スカリエッティ』が今回の実験の考案者であること。

 それは【英霊】の力を既存する人間に降ろし、再現出来ないかということ。

 士郎はその成功例になってしまったこと。

 大きく分けて、この三点であった。

 

 

「『ジェイル・スカリエッティ』か……こいつはまたやっかいな奴が出てきたねぇ……」

 

「……そうですね。彼自身はもうこのプロジェクトから離れているみたいですから、この件に関してはもう出てこないでしょうけど……」

 

「こうなってしまった以上は士郎の身の安全は保証出来ない、か……」

 

「少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは出来ないだろうね」

 

「ようやくだって時に――――くっ……!」

 

 苛立った切嗣は右拳を肩の高さ位まで振り上げて、自身の大腿側面を叩く。

 それでも感情を収まらず、握られた彼の拳は震えている。

 

 

 その様子を見たナタリアは打つべき手を提示しようと口を開く。

 

「まぁ、坊やを確保できただけでもついていた。運び出されていたら、それこそ手詰まりになっていただろうね」

 

「それはそうですが……それで今後の問題が無くなる訳では……シロウを当面の間は日常(おもて)に出せませんし、研究潰しの必要が残ってます。『管理局』の方にデータが回らなくても、他の場所には回っているでしょう。仕入れたデータから見ても単独犯じゃないのは明確です」

 

「なんだい、判っているじゃないか」

 

「姐さん?」

 

 首を傾けるベルを一瞥してから、ナタリアは切嗣に声を飛ばす。

 

「支度しな、切嗣」

 

「ナタリア……」

 

「じっとしていても状況は変わらない。むしろ悪化するだろうね。より拡散したら面倒事になりかねないし、坊やの為にも【英霊】の繋がることは始末するべきだと判っているだろう?」

 

「――――――」

 

 ナタリアの口調は普段と変わっていなかったが、微かに柔らかな彼女の声を聞いた切嗣は真っ直ぐに目を合わせる。

 二人は数多の悲劇を見てきて、被害を減らす為にも一線に立ってきた。そこには失ったモノも救えたモノも存在している。衛宮士郎はその中の一人だ。

 

「……ああ……そうだね……」

 

 そのことに力強く頷いて切嗣は思い起こした。

 かつての子供のように救われた幼い命があって、手に取った小さな奇跡がまだそこにある。

 だからこそ、また(・・)彼は震えている拳にそれ以上の力を込めて言う。

 

「ベル……シロウを頼む」

 

 その頼み事を聞いたベルは珍しく慌てて応じる。

 

「頼むって……いや、姐さんとキリツグが“旅”には反対しない。そっち方面は俺より詳しいだろうから。

 それに、預かるだけならいい。似たようなことは経験あるからさ。でも、日常(おもて)を歩けないってことが解決しない。まだ子供なシロウはこれからが楽しむ時期だ。故郷を無くした上に楽しむ時間を無くさせての長い間“日陰”での生活を強いるのはお前だって反対だろ」

 

「そうだね、僕も士郎にそんな生活はして欲しくない」

 

「だよな。なら――――あ、魔術(ソッチ)の方で何か措置をするのか?

 時間を止めるとか、一定期間成長を止めるとか」

 

「……前者は不可能だけど後者ならまだ可能はある。だが、僕はそれを持っていない。“あれ”は父さんの不本意な産物で、僕の手に有っても失敗品……完成品じゃない。

 完成品が存在して使うと仮定しても士郎は人間をやめることになる。だから有っても使わない」

 

「人間をやめる……ね。それは考えるまでもなく却下だな」

 

 ベルは早々と頭を左右に振った。

 自分に魔術は使えない。が、ここには【魔術師】が二人居る。だから彼は、魔法で不可能でも魔術ならと考えたのだった。

 

「じゃあ、どうするだよ? 」

 

「僕もあまりいい案でないと自覚した上で考えだけど―――――」

 

 その案を、切嗣は重々しくながらも口にした。

 

「士郎を冷凍睡眠させて、ほとぼりの冷める頃に目覚めるようにするのはどうだろう?

 魔法と魔術(両方)で不可能で、“士郎の時間”を止めるならそれが現実的だろう」

 

「そう……だな。成功したとしても降ろした“魂”が“馴染む”までは時間掛かるみたいだし。

 冷凍睡眠と言っても留められるのは肉体だけで“魂”は年を取る……隠すことに、キリツグたちの帰還までの間……時間の問題を加味してもありか……」

 

 切嗣からの発案を聞いたベルは検討する。

 “時間稼ぎ”と“安全”を考慮すれば彼の案はありではある。

 そう踏まえてから、念のために、とベルはナタリアに訊く。

 

「姐さん、他に案はありますか?」

 

「私に時間操作なんてできやしないよ。寿命に関しては他人に出来ることじゃない」

 

「なら、シロウへの処置はそうします。機材の方は技術進歩のあるミッド辺りで調達できるでしょう。高度な生命維持装置が存在するぐらいですし」

 

 方針が決まったところで、ベルは表情を引き締めた。

 機材の準備に……士郎を匿う場所。

 幸い、場所の用意は直ぐ出来そうだな、と思考を着けた。

 

 

 一方、切嗣たちの方も行動予定を話を始めていた。

 そんな中、ナタリアは、

 

坊や(・・)と居ると退屈しないねぇ……」

 

 と、漏らしていた。

 

 

 

 

 両者のやるべきことを決めてた後、彼らは再び話し合いをした。

 その内容はこれからの行動に付随するいくつか事柄。主に、士郎の目覚めまでに帰って来れなかった場合の事だった。

 

 

 しかし、その話し合いも終わった。

 よって、後は行動に移るだけだ。

 

「分かったよ。シロウのことは俺に任せな。

 その代わり、必ずシロウを迎えに来いよ、キリツグ」

 

「ああ、必ず」

 

 そう言って二人は拳をコツンとぶつけて約束を交わす。

 

 

 

 

 こうして、彼らは行動を開始した。

 一人は旅に――――

 一人は青年と共に旅に――――

 一人は少年が目覚める日を待つことに――――

 それぞれが成すべきことのために道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 




流石は幸運E……厄介事は向こうからやってくる……

なのは原作では、あの『医師』は『プロジェクトF』、『ゆりかご事件』と、関わってきましたが、この作品ではその前に『英霊の実験』もやったと言う形になりました。

既存する人間に人を超えた力は宿せるか?(今回の件)

元となった人物の肉体と記憶の複製(プロジェクトF)

人体改造して強力な戦闘機人の制作(人造魔導師計画と戦闘機人計画)
と言う流れです。

切嗣の旅はプリヤの方で世界を回っているような感じです。

この作品はStrikerS編までやるつもりです。
続編としてvivid編の案がない訳ではないですが、今のところは未定です。漫画も進行中ですしね。

次回こそは士郎のことを投稿するので……


―追記―
6/26、切嗣の魔術の詳細を追記しました。

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