魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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19話の後書き通り、無印~A’Sの話をやります。



Interlude
21話 見えないモノ


 時空管理局の次元航行艦『アースラ』が地球を出発して、ミッドチルダに到着した夜。重苦しい空気が二人の間を漂っていた。

 

「――――で、俺がなんて言ったか、覚えてるよな?」

 

 ベルたちの“ホーム”の一室にあるソファーに腰掛けながら、衛宮士郎はテーブルを挟んで反対側のソファーに座るベルと話をしていた。

 士郎が“目覚めた”際は応接室で話をしたが、今回はベルの部屋だ。内装は簡素で派手な物は置かれていない。デスクワーク用であろう机や書類棚が在るぐらいで、事務所の一室っぽい造りだった。

 

 

 リンディ・ハラオウンらを乗せる『アースラ』と共に士郎は再びミッドチルダに来た。

 そんな彼をベルは迎えに行き、ここへ連行してきたのだった。

 フェイトとアルフは今もリンディらと共にいる。今回の件の重要参考人が彼女らから離れることは難しかったのだ。二人が逃亡することを『アースラ』の乗組員は毛頭思っていないが、管理局員としての体裁があった。

 士郎はベルとの話を終えたら、今度は自分たちがリンディたちの所へ出向く予定になっている。

 

「プレシア女史の娘のフェイト・テスタロッサと地球(現地)で再会をした。それはまあいい。お前に責任は無い」

 

 だが、と眉根を寄せてベルは言葉を続ける。

 

「次元跳躍攻撃に対して自分の体を盾にして庇った!?

 『ロストロギア』の『ジュエルシード』11個を破壊した!?

 お前、何してるの!? 体を休めるどころか痛め付けてるだろ!」

 

 見慣れている冷静なベルからは考えにくい程の声が飛び出ていた。その理由は言うまでもなく士郎が地球でやってきたことだ。

 士郎の性格はベルも知っている。しかし、限度と言うものがある。

 

「……もういっそのこと手足をバインドで縛って、結界に閉じ込めた方が安全なんじゃないか……?」

 

「そこまで――――」

 

「あー、でもコイツなら結界の結界の一つや二つ破壊してくるか……。バインドも対策済みだったな……」

 

 ぼやきが本気に聞こえた士郎が口を挟もうとするが、その前にベルは自己完結してしまったようだ。

 結界破壊をする術は士郎も持っているし、バインド対策も持っている。

 何より、結界で閉じ込められたぐらいで諦める訳がないとも彼の頭の中を過った。

 

「―――――――」

 

「……大丈夫?」

 

「……ああ……そうだよな、今さら無茶するなって言ってもどうしようも無いよな……」

 

 「だからこそお前をここから遠ざけた訳だし」と、吐く代わりに、ベルは大きく長い溜め息を吐いた。

 人の性格はそうそうに変わらない。ましてや衛宮士郎だ。これまでの彼を見続けてきたベルは、このままでは話が進まないと諦めを付けた。

 

「順に沿って確認するな。俺が地球へ送り出した後に、現地住民のタカマチ家と出会って、そこの喫茶店で働くことになった」

 

「ああ」

 

「それから暫くした頃に、現地の裏山で異常を感じて調べに行ったら『ジュエルシード』が在って、フェイトと再会した」

 

「ああ」

 

「再会してからは彼女と一緒に『ジュエルシード』の回収を始めた。その途中で時空間管理局の執務官のクロノ・ハラオウンと交戦。

 プレシア女史からの次元跳躍攻撃からタカマチ家の娘でその騒動に巻き込まれたナノハと、フェイトを庇って海に落下。そこで管理局に回収された。俺に連絡が着たのはこの時」

 

「……ああ」

 

「最後は管理局、フェイト、ナノハたちらとプレシア女史が居た『時の庭園』で決戦。プレシア女史と対話後にお前は『ジュエルシード』11個を破壊。残りは管理局が回収。『ジュエルシード』の騒動はそこで終息。

 プレシア女史は『アースラ』の医務室で病により他界――――――」

 

 迎えに行った際にリンディから聞いた内容を、士郎で確認を取ったベルは左手で顔を覆う。

 連絡を受けてからの急速な事態の変化と規模に唸る。

 

「いや、地球でこんなことが起こるなんて確かに予想しない。しかもこれ、人為的じゃなくて偶然なんだよな……『ロストロギア』が管理外世界に流れ着くって……」

 

 険しい表情を崩さないで、ベルは情報を整理していく。

 『ジュエルシード』が地球へ漂流してしまったのは偶然に過ぎない。それに対して、地球出身の士郎となのはは自分の世界を守るために身を投じた。

 フェイトとアルフの行動はそれらの回収が目的だったこと、管理局も異常を察知して介入したこと。

 

「まあ、お前と現地住民のナノハって子が戦った理由はいい。自分たちが住まう世界だ。自分たちの世界を守ろうとしたことには何も言わない。ミッドの人間が『管理外世界』にあれこれ言う権利は無いしな。

 その子を巻き込んだユーノって奴は問題だと思うが、運悪くその場に居合わせた少女を守る為だったなら……まぁグレーか」

 

「その事はクロノもユーノを注意してたよ。事態が事態だったからって渋々でいたけど。

 魔法についてはユーノと話を付けてある。巻き込まれただけとあって、なのはの魔法は荒削りだ。きちんとしないと暴走するかもしれない」

 

 そのことにベルは難色を表す。

 

「なのはを巻き込んだことにユーノは責任を感じてる。だから、彼女が怪我しないように魔力操作、魔法の使い方を教えるって。それ以外にも話をしたけどな」

 

「……そう言われたら文句は言えないか。俺もお前に魔法を教えるからな。

 本当ならナノハからは魔法関連の記憶を消去してやりたいところだが、何度も『ジュエルシード』を巡ってフェイトと戦っていて、プレシア女史の最期を見ているんだよな」

 

「ああ」

 

 士郎の返答に、ベルは下を向き、小さく口を動かし始める。

 

「そこまで深く関わった状態での記憶消去は危険だな……。関わりが軽い程度なら問題無い。が、強い印象は消し難いし、ここまでになると後遺症だって考えられる。長期に渡って記憶に“穴”が空くことに――――」

 

「記憶消去……ベル、そんなこと出来たのか?」

 

 独り言感覚な早口で思案していたつもりだったが、士郎にはそれが聞き取れていた。

 

「出来る出来ないかで言えばな。消すと言うより吸い出すって方が正しいが。

 ここ最近使ってないから士郎は知らなかったか」

 

「初耳だ」

 

「しかし、ナノハの状態を考えるとこの案はリスクが高い。記憶障害を引き起こしたら平穏どころの話じゃないからな。

 取り敢えず、その子については後だな」

 

 自分に言い聞かせるようにベルは呟いた。

 巻き込まれたなのはへの考えを放棄したい訳では無い。ただ、今は士郎が優先だ。

 

「執務官――――クロノ・ハラオウンと交戦。その前に間はあったんだろ? 仮面さえ外せば話が出来ただろう」

 

「出来たとは思う。けど、その場にはなのはも居た。

 本来、地球出身者が魔法に関わる必要は無いだろ。家の喫茶店っで働いている人が実は――――ってことは避けたかったんだ」

 

「自分の正体露見によって彼女が魔法の深みに嵌まることを嫌ってか。

 働いてた人の正体がそれだったら確かに衝撃的だろうな。その代わりにお前は戦う羽目になったが」

 

「別に、それは良かったよ。戦うことになるのは予想出来たから。ただ――」

 

「ナノハのことを考えて行動した、だろ?」

 

 士郎が言い終わる前にベルは彼の考えを言った。

 自分と他者を比較した際の彼の行動パターンがベルには解り切っていた。

 

(……“戦い”から遠ざけても結局、お前はそうするのか)

 

 地球へ士郎を送る前――――それまで見てきた士郎の姿がベルの頭を過る。

 自分の身を守り、生き抜く術を鍛えるために、ベルは彼に教えをした。その上で実戦を積ませた。演習と実戦は違う。演習が完璧でもいざ実戦に出れば怯んでしまうこともある。それを無くすべく、ベルは“仕事”の中での“戦い”を彼に経験させた。

 しかし、その中で気付いてしまったのだ。衛宮士郎の“危うさに”。

 

「とは言え、お前も管理局と対峙するのは避けるべきだったと理解してたよな」

 

「流石にな。俺だって可能ならそうしたかったけど、状況が状況だったし」

 

「それに、相手はハラオウンだろ。お前の技量を過小評価するつもりはないけど、よく逃げ切れたもんだ」

 

「クロノを知ってるのか?」

 

「ああ。お前が“眠っている”間にある事件があってな。それに『管理局』が対処して、その中に“ハラオウン”が関わってた。事の危険度は高くて、俺も調べてはいたんだ。ハラオウン家はその時に知った。その後もちょくちょくな。

 ただ、事件の方には手を出さなかった。俺たちの戦力ではどうしようもなかったんだ」

 

「それって……無事解決したんだよな?」

 

「そう言われると微妙だが……当面は大丈夫な筈だ。少なくとも地球は安全。魔法文明の無い世界で目的の達成は出来ないだろうからな」

 

「……目的?」

 

「もう過ぎたことだから気にするな。

 俺がハラオウン家を知っているのは調べたからと認識してくれればいい」

 

 今回の事件の話が半ばを迎えたところで、ベルは喉元に息を詰まらせた。

 事件の内容で彼が気にするのは大きく切り分ければ――――――

 事の始まりと終わり。管理局の介入。プレシア・テスタロッサの死。

 

「…………」

 

 その最後の部分を前にして、ベルは唇を噛む。

 始めから2つ目までは彼も干渉が出来なかっただろう。しかし、3つ目は違う。行動次第では防げたかもしれない。

 

「プレシア女史についてだが……悪かった……」

 

 低く抑えつけた声で、ベルは口にした。

 またしても、彼の前に居る少年は喪ってしまったのだ。

 そして、そこへ自分の責任が全く無いとは、言い切れなかった。

 

「俺がもっと気を回していれば、プレシア女史は亡くならなかったかもしれない」

 

「何でベルが謝るんだよ。忙しい中で全く調べていなかった訳じゃないんだろ」

 

「そうだが――――いや……それ以前に、何故アルトセイムを選んだのかよく考えるべきだった。事故の責任を押し付けられて、娘を喪って、もう外に関わりたくないだろうと思ってた。あの場所なら訪れる人も、そうそう居ないだろうからな。

 だが――――」

 

 見落としをした。

 思い返していく中で、ベルはそう痛感していた。

 

「それを言ってたら俺は近くに居た。近くに居ながら、苦しみに気付けなかった……」

 

 士郎の方は空の手に痛む程に力を込めていた。

 苦しむ人を救いたいと“理想”を掲げていながらも、その手は一つの命を繋ぎ止めることが出来なかった。

 ……助けられる者と助けられない者。その両方が存在することは士郎も解っている。けれども、目の前に在った命すら、彼は救い切れなかった。

 

「――――――」

 

「……シロウ」

 

「……?」

 

「……お前、大丈夫か?」

 

 真剣な目でベルは士郎に訊いた。

 士郎は涙を流してはいなかった。ただ、今までベルが見てきた彼の中で、一番に(かお)が歪んでいた。

 

「……ああ、大丈夫さ。俺は……約束したんだ」

 

 真っ直ぐと目を向けて士郎は言う。

 

「義母さんが最期まで張り続けたあの“夢”を……“願い”を、俺は繋げる。“願い”を絶やさせない……それが、こんな俺が義母さんへ出来る唯一のことだから」

 

 だというのに、琥珀色の双眸には、強い意志が宿っていた。

 命は救い切れず、喪われた。それでも、心は救えたから“願い”は喪われなかった。

 だから、これまで秘めてきた“理想”と共に、その“願い”を今度は自分が張ると少年は決めた。

 

「…………」

 

 その声を聞いたベルからは、一声も出ない。

 同調することも、忠告(・・)も彼は出来なかった。

 ただ、目の前の少年の“在り方”が嬉しくも、悲しくも思えた。

 

「ああ……そうか」

 

「うん?」

 

「何でもない」

 

 ベルは一度小さく頷いて、普段の面立ちに戻った。

 沈んでいる暇なんて無い。決めたからにやるべき事が待っている。

 これまでと同じように、少年が歩いていくならば、自分もこれまでのように接する。

 

「なら、これからのことだな。お前の身振りを考えないと」

 

「もしかして、あの事故を明かすことになる?」

 

「いや、“英霊”のことは避ける。それだと前にキリツグたちとやったことが無意味になるからな。

 俺が管理局への説明は――『地球出身』、『ミッドチルダに来た理由』、『ミッドの人間との関わり』が中心になるだろう。

 先祖が管理外世界出身ってことは事例が有るから、出身地は問題視されないだろ。残りの二つは俺が補足する形になるか」

 

「クロノと戦ったけど、そのことは問題には?」

 

「戦闘に使ったのは魔法ではなく、シロウ個人の能力だろ。『地球出身者の個人能力で戦った』……なら平気だ。場所も現地だからな。魔法はアウトでも、『外の人間の個人能力の使用』に文句を言う権利なんて管理局にもない。

 それに、管理世界の法を管理外世界の人間、まして管理外世界現地に対して適用は出来ないだろ。まあ、お前が魔法を執務官に向けてたら問題になっていただろうけど。

 あ、ミッドチルダに居る間はこっちの法を守れよ」

 

「ああ」

 

 士郎には隠さなければいけないことがいくつか在る。それを踏まえて、今後の方針を決めていく。

 

「――――キリツグの名前を出すのは避けたいし、保護者は引き続き俺にして。シロウの能力の概要は、お前の説明通りに。

 ある程度お前が説明しているから、俺はその裏付けだな」

 

「ごめん、手間を増やして」

 

「説明するぐらいだから気にしなくていい」

 

 大方の説明文を作り上げて、話し合いを終わりにしようとした時、士郎は申し訳なさそうに頼み事を口にする。

 

「言い付けを破って頼むのは勝手だって分かってるけど……」

 

「……聞いてみないと、何も言えない」

 

「『ヒュドラ事故』と葬儀、フェイトのことでベルの力が必要になった時は……手を貸してほしい……」

 

「頼み事は進んで受けるのに、何で頼む時は萎縮するんだよ。

 分かった。それもリンディ艦長との相談事に入れとく。『ヒュドラ』に関してはこっちから提示するつもりだったから問題無い」

 

「……ごめん」

 

「だからいいって」

 

 頼まれる分にはすんなりと受け入れるのに、逆の場合は気を引く。

 未だにその姿勢に納得は出来ないが、話が拗れると面倒になるのでベルは話を切り上げる。

 

「後は直接会談だな。

 シロウは“技術室”に向かってくれ。お前の相棒の修繕が終わる頃だろう」

 

「もうそんな時間か?」

 

「俺も技術長に用が有るから後で行く。

 先に行っておいてくれ」

 

「分かった」

 

 士郎はソファーから腰を上げて、ドアへ向かう。

 ドアノブが手に届く距離にまで進むと、体を反転させた。

 

「ありがとう、ベル」

 

 そう感謝を伝えて、士郎は部屋を後にした。

 

「変わらないな、親子揃って」

 

 今になっても士郎を迎えに来ない彼の父親――――衛宮切嗣の姿を思い浮かべながら、一人になった部屋で、ベルは呟いた。

 彼から見ても、士郎と切嗣には似ている面が在った。それは良い意味でも、悪い意味でもだ。

 

「取り敢えず、俺は俺に出来ることをするさ」

 

 自分に言い聞かせるように、ベルもソファーから腰を上げる。

 向かう先はドアの反対側に在る彼のデスク。

 椅子の左側に立つと、ベルは一番上の机の引き出しの“ロック”を解き、開いた。

 

「まさか……ハラオウンと【魔術師】が関わることになるなんてな……」

 

 誰も居なくなったところで、異なる面を顕す。

 士郎との会話では深く掘り下げなかったが、彼はハラオウンと士郎が接点を持ったことに内心で驚いていた。

 二人の少年が――――魔導師と魔術師が今回で接点を持ってしまった。

 その相手がハラオウンだ。“あの書物”を巡って繋がった訳ではないが、何かしらの“縁”があるのかもしれない。

 

「…………」

 

 引き出しに在ったのは、和綴じの本。彼が所持している古書らの中から、ある事柄だけを纏め上げたモノだ。

 自筆で要点複写されているとだけとあって、元の古書より見易い。

 

「あれは今から11年前か。時代も世界も違っても活動を続けていながら、復活のサイクルは読めないのが難点だよな。

 ベルカの時代。彼の【聖剣】が“カウンター”を用いてやり過ごした“災厄”、か」

 

 本を取り出して、自分たち以外には読めない文字で書かれた文面へ目を落としながら、彼は原書に記されていた騎士たちを回視する。

 先頭に立ったのは、騎士たちを束ねた一人の騎士。

 民と国を護るために、剣を担い、常に先陣を切り、駆け抜けた姿。

 一度として王の責任を捨てず、一度としてその理想を汚さず、誰もが偉大と思う“理想の王”。

 続いて、王と共に居た騎士たちを連想する。

 

「けれど、騎士たちが去ったこの時代だ。あれをやり過ごせるのは“危機”に対して組み上げられた“システム”から呼び出した“カウンター”ぐらいだろう。

 それだって、現代には残っていない可能性が高い。全く、厄介なモノだけが残る世の中だよ」

 

 苦り切った言葉が漏れる。

 この事だけは、ベルも匙を投げる領域に在ることだ。転生機能と無限再生機能を兼ね備え、手当たり次第に魔力を吸収する悪魔の魔本。それは、現代に至るまで数々の“世界”に破滅を齎してきた。その影はベルカの時代からあったと言う。

 

 

 そんな時代の中では、騎士たちは破滅を防ぐべく“闇”と対峙していた。勿論、他にも外敵と呼べるモノたちもいたし、異国の者共と戦を交えることはあった。

 だが、対峙した“闇”は一騎当千と謳われた騎士たちでさえ手を焼いた。無限とも言えるそれと、有限の騎士たち。どちらに過酷が降りかかるかは火を見るより明らかだ。

 

 

 そこで、ある家々が“危機”に対抗する為に作り上げた“システム”を使用した。使用できる条件は厳しいながらも“危機”に対して“カウンター”をぶつけて、騎士たちに力添えをした。

 

 

 対峙したモノの強大さもあって、代償は生じたし、払った犠牲も決して少なくなかった。

 それでも、その成果があってか、彼らは“闇”を退くことは出来た。

 それは悲運だっただろうが、“彼ら”の功績がなければ大戦末期を迎える前に世界(ベルカ)に破滅が訪れていただろう。

 

 

 ……後世に生きる人がみればその事がよく分かる。

 ……反面、現代で防ぐ手立ては無いことも。

 現代には対抗出来るであろう騎士たちが居なければ、“カウンター”を揃える“システム”の有無も判らない。

 ――――――よって、出る結論は一つ。

 

「どれだけ考えても、出来ることは復活された世界が滅びるのを見るだけ。

 事前に打てる手は、犠牲になる命を少ない世界にあれを送り込むことか」

 

 あの書物に憤ることはあっても、悲しむことはベルにはなかった。そう言うモノだと、下手な干渉は余計な犠牲を生むだけとも理解している。

 だから、行き着く思考は常にそこだ。

 一人でも多くの命を救うべく、一人でも少ない方を切り捨てる。その恐ろしさを知っている者だからこそ至る答えでもある。

 

「やっぱり、“アレ”のことを責められないな」

 

 血は争えないと言うやつか……と、ベルは自嘲するように、呟いた。

 自分には皮肉の象徴である“炎”で跡形もなく焼き尽くした筈だが、こればかりは残ってしまったらしい。

 

 

 本を引き出しにしまうと、ベルは“ロック”を掛け直して、引き出しを閉めた。それと同時に、士郎たちの知る彼に戻る。

 その自身の切り替えに嫌気が差すが、それを脇に追いやった。

 

 

 一歩一歩ドアへ向かった後、彼は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

 

 

 ベルとの話し終えた士郎は、技術室に居た。ここでは、主にデバイスの調整が行われる。

 ここ以外にも、同様の部屋がいくつか設置されている。【魔導師】にとってデバイスの整備は常識だ。ここに居る士郎以外の人物は【魔導師】が多く、それに対応する備えが揃っていた。

 

「お前さんのデバイス、破損はなかったが負荷はかなり掛かっていた。次元跳躍攻撃を反らした以上に、魔力の奔流を反らしでもしただろ」

 

「まあ……はい」

 

「無茶をする奴だな。あいつが頭を抱える理由が分かる」

 

 士郎と会話をしているのは、技師たちの纏め役である技術長。つなぎ姿に、黒髪を短く切り込んだ中年の男性だ。作業の際には眼鏡を着けるらしく、会話の間は左胸ポケットに引っ掛けられている。作業には体力が必要されるためか、細いながらも体つきはいい。

 きちんと名前があるらしいが、皆からは『技術長』、『おやっさん』などと呼ばれている。

 

「要望通り、修繕はした。

 続けて微調整もするから、バリアジャケットを展開してくれ」

 

「分かりました」

 

 技術長から士郎へ彼のデバイスが手渡しされる。

 

「ウィンディア、調子はどうだ?」

 

「普段と変わりありません」

 

「早速になるけど、バリアジャケットの展開を頼む」

 

「はい」

 

 手に握ったブレスレット状の愛機を、左手首に装着する。

 地球ではずっと“彼”と同じ赤い外套を羽織っていたが、その前にはバリアジャケットを纏う時もあった。

 その感覚を思い出して、士郎はもう一つの戦闘服を身に付ける。

 

「――――展開(セット)

 

 短く、簡略化した呪文を唱える。

 すると、いつも着ている普段着が上下揃って黒色のスーツに変わる。

 次にリンカーコアで生成された魔力が集まり、黒コートが現れる。それを着たら、彼のバリアジャケットの展開は終了だ。

 

「どうだ、違和感はあるか?」

 

「いえ、前と同じで問題ないです。

 ウィンディアの方は?」

 

「私の方も問題ありません」

 

 展開に支障が無いことを確認していく。

 久しぶりことだったが、士郎の感覚は異常を感じなかったし、サポートをしたウィンディアはそれは同様だった。

 

「なら、微調整をするぞ。今ので展開のデータは取れてる。お前さんは――――」

 

「士郎、入るぞ」

 

 技術長が言い終わる前に、ベルがノックをしてから、入室してきた。

 

「あ、試運転だったか」

 

「バリアジャケットの展開だけだよ。今終わったから、解いて微調整を頼もうとしたところ」

 

「そうだったか」

 

 久々にバリアジャケット姿の士郎を見たベルは、足元から頭の天辺まで見ていく。

 

「……前より似合ってる?」

 

「疑問系で聞かれても。前とデザインは変わらない筈だけど」

 

「そうだよな……俺の気のせいか」

 

 ベルはそう呟いてから技術長に視線を向けた。

 彼も彼で受け取りに来たモノがある。

 

「技術長、頼んでいた俺のデバイスの方は?」

 

「お前さんのオーダーは手間が掛かった。

 ありゃ、改修じゃなくて改造って言った方が正解だ。火力の向上は出来たが、システム周りは今のモノでは不安定になるのは防げない」

 

「元のベルカ式から使いづらいことは判ってる。それでも、今以上に焼き尽くす為にはそれしかないだろ?」

 

「我々の年だと魔力増加は見込めないからな。他の面で上げるならデバイスをどうにかぐらいだが――――」

 

「頼む時も言ったが、乱用するつもりは無い。改修した方は切り札に使うつもりだ。

 余程の事がない限り、予備で作ってもらった通常の方を使う」

 

「……分かった。

 待っていろ。取って来る」

 

 渋面を作るが、技術長はベルのデバイスを取りに行こうとドアへ向かう。

 その途中で、ベルによって遮られた士郎への話の続きを口にした。

 

「デバイスはそこの台座に置いておいてくれ。後はこっちでやるから休んでくれて構わん」

 

「ああ」

 

 返事を聞くと、技術長は部屋を出て、他の技術室へ向かった。

 士郎の方はバリアジャケットを解除して、ブレスレットを取り外す。その後、指定された台座にまで歩き寄って、それを置く。

 

「ベルの方も何か頼んでたのか?」

 

「年を取ると魔法技能が完成した反面、魔力量はな……。そこを補強するためにちょっと改修をな」

 

「そっか」

 

 憂慮した雰囲気な技術長から気になったが、当の本人はさして気にしていない様子だった。

 だから、彼はそこでデバイスについての話を止めた。

 

「シロウ、休む前に一つ頼まれてくれないか?」

 

「出来ることなら」

 

「ここに来る途中の廊下で腹ペコって嘆いてる奴等が居てな。言ってしまえば、お前の飯を要求してる」

 

「なんだ、そんなことか。いいよ、引き受けた」

 

「助かる」

 

 飯作りの依頼を、士郎は快く引き受けた。

 彼にとって料理は趣味だ。断る理由はないし、ここの厨房を占めていたのは士郎である。

 

「あ、食材は?」

 

「厨房に在る筈だ。お前が留守の間は他の奴が飯作りを担当してたから、貯蔵の心配はない」

 

「了解」

 

 食材の有無を確認して、士郎もドアへ向けて向かう。今度は振り返ることなく、部屋を後にした。

 ドアが閉じると、部屋に残ったのはベルと士郎の愛機のウィンディア。

 

「まさか……この為に主を厨房へ向かわせました?」

 

「いや、シロウの飯を要求してたのは事実だ。

 都合はよかったけどな」

 

 自然と残る流れになったが、ウィンディアはそれが引っ掛かった。

 自分のデバイスの依頼をしているなら、技術長の後を追えばいい。手渡しが早く済むし、荷物を持って技術長が往復する必要も無くなる。

 にも関わらず、ベルはこの部屋に残っていた。

 

「シロウが居たら話づらいだろうから、少し時間を作っただけだ。ちょっと話がしたい」

 

「主のことをペラペラと話す趣味はありませんよ?」

 

「プライバシーに関わるようなことは訊かない。ただ、地球ではどうだったか知りたい」

 

「……それは、主を気遣ってですか?」

 

「そうだ。お前もシロウのことで、考えてることが有るんじゃないのか?」

 

「………………」

 

 少しばかりの沈黙が訪れる。

 ……話したいこと。それは、彼女の主――――衛宮士郎の“危うさ”についてだろう。

 特定のこと以外なら、士郎は迷うことなく口にする。逆を言ってしまえば、特定のことに対しての彼の口は堅い。

 

「……帰郷の始めの頃は、何事も無く平穏でした」

 

 ゆっくりと、引き締まった音声でウィンディアは語り始める。

 

「現地での仕事は円滑に決まり、静かな生活を始めました。職場では進んで働いていましたし、周囲からは関心されていました」

 

「職場が喫茶店ならそうだろうな。あの働きぶりも想像が出来る」

 

「ええ、元々の人気店ってこともありまして客足が多かったですが、主を働きぶりはその一家や従業員に劣らないほどでした。周りも主も優しかったです。私は、あの環境でこのまま過ごせればいいと思っていました」

 

「ああ、俺もそれが望みだった」

 

「それから暫くして、主はフェイトと再会しました。そこから先は、主から聞いているでしょう」

 

「聞いてる」

 

「それなら――――」

 

「だからこそ、お前と同じ懸念を俺も持っているよ」

 

 戦う士郎の姿を側で見てきた彼らだから、それをはっきりと感じ取れていた。

 

「シロウが戦う姿は、フェイトとナノハって子に……アルフって使い魔だったか? 彼女たちに見られているだろ。シロウの“それ”に気づいたと思うか?」

 

「現状でならフェイトとナノハは気付いていないでしょう。ですが、戦う主を見続けたら遠からず気付くと思います。フェイトはとても賢い子ですし、ナノハは周囲を良く見ています。

 アルフは既に少し引っ掛かっているかもしれません」

 

「それなら気付かれる前でよかった。“日常”の面だけを見れば、シロウはお人好しだからな。出来ることなら引き受けるって言いながら、頼まれ事は絶対に引き受けるし」

 

「その面だけを見るならば、そうですね……」

 

「……ああ、だからますます目立つんだ。シロウの危うさが……」

 

「…………」

 

 再び沈黙が訪れた。

 しかし、ここで話をやめる訳にはいかない。

 

「シロウの自己犠牲と他者を救おうとする姿勢ははっきり言って異常だ。自分を犠牲にしてまで誰かを救うなんて普通は考えない。それが関係の無い“誰か”となれば尚更だ」

 

「ジュエルシードには主と親しい方々も含まれていました。ですから、今回に限っては異常とまではいかないと思います」

 

「管理局と刃を交えたことを考えても、そう思うか?」

 

「――――――」

 

「魔法を使わなかったからよかったが、下手をしたらシロウも危なかったぞ。それに、戦闘は避けられた。

 けど、シロウは自分のリスクより他人を優先した。悪いが、人間はそれを……普通とは言えない」

 

 的を射った断言に、ウィンディアは黙ってしまった。

 目の前に苦しむ誰かが居れば、自分が犠牲になろうとも救おうと足掻く。

 自分と他者が秤に乗ったならば、即座に自分を切り落とす。

 ――――その在り方は、普通と言えるだろうか?

 

 

 インテリジェントデバイスである彼女からみても、

 世界は違えど人間である彼からみても、

 衛宮士郎の在り方(それ)は、危ういモノでしかなかった。

 

「誰よりも“誰か”が苦しむことをシロウは嫌った。それ自体は普通だ。誰だって“誰が”苦しむ所なんてみたくないさ。けどな、人間は最終的に自分を一番にするんだ。当然だよな。自分を大切にするし、自分が秤に乗ることなんてないんだから。仮に乗せたとしても、“誰か”……対象が身内なら兎も角、赤の他人なら自分を取るだろう。

 けど、シロウのはそうじゃない。自分を除いた(・・・・・・)人々を分け隔てなく救う(・・・・・・・・・・・)と行動するのがあいつだ。苦しむ人を見たくないって……。そして、救えなければ……次は全員救ってみせるって背負っていく。それが出来たことは確かにあった。でも、毎回じゃない。100%を救うことなんて誰にも出来はしない。

 今回もそうだ。次元断層を止めて“災害”を防いだ。それでもプレシア女史は救えなかった。そのことに拳へ力を込めた……違うか?」

 

「――――――」

 

「戦いでの付き合いが無いと気付き難いが、シロウには本来在る筈の“人間の内面性”が欠けている。過去を考えれば……無理はない……。

 けど、あの欠落を持ったまま剣を握り続ければ、シロウは“碌でもない場所”に辿り着くだろう。頑張り過ぎる奴は、行き過ぎてしまう(・・・・・・・・)

 

 目の前のモノを取り零す度に――――“現実”が突き付けられる度に、剣を握る力が強まるのを近くで見てきたからこそ、言葉に重みが増す。

 しかし、それだけではないと、ウィンディアは声を出す。

 

「貴方の指摘は尤もだと思います。

 ですが、私は同時に尊いとも感じます。不可能かもしれないことでも決して諦めず、最後まで張り続ける。

 確かに、主は彼女の命を救うことは出来ませんでした。……それでも、心は救えた筈です」

 

「他人を救うことが尊いと解ってるし、心を救うなんて命より難しいだろう。それが出来るシロウが尊いのは解ってる。

 でもな、それはシロウ自身が救われるってことじゃない。むしろ背負うモノが重くなる。だってそうだろ。常に『何かを取り零した』という結果が突き付けられるんだ。

 それが積み重なっていた先を想像するのは、誰にだって難しくないだろう?」

 

「貴方はそれを防ぐために主を帰郷させたと。戦いから離れれば、剣に余計な力が籠ることはなく、その場所にまでは進まないと」

 

「オーバーワークって話は嘘じゃない。

 けど、その通りだよ。俺はシロウを戦いから離した。“前”へ進むことを防ぐためにな。

 それに、もう俺にはシロウに教えられることは無い。ここまで来ると魔法も独自性が高いし、能力はシロウ個人の物だ。戦闘技術も問題無い。後はシロウ一人で研磨できる。

 だから、ここに居てもシロウは無駄に突き進むだけだ……」

 

 犠牲を容認せず、苦しむ人を救い続けた者が辿り着く場所。

 『苦しんでいる人を救うこと』を“理想”と掲げていながら、そこに在るのは『常に何かが欠けた現実』……。

 延々と“理想”と“現実”の隔たりを見せつけられた人間は、どのような末路を迎えるのか?

 その光景までは彼らにも想像は出来ない。が、“碌でもない場所”だということだけは判る。

 取り零し続ければ……悲しみを背負い続ければ……その人間は、磨耗するだけなのだから。

 

「今までのことを忘れ(捨て)さえしない限り、あの危うさは消えない。積み重ねがあって、『今のシロウ』を形作っている。

 ……“きっかけ”があれば、辿り着く場所は変えられるかもしれないけどな……」

 

「“きっかけ”……主を支えてくれる誰かとの出逢い……ですか?」

 

 その考えを聞いたベルは、思わずウィンディアを凝視してしまった。

 

「そこまで言っていないが、それが一番可能性があると思う。人は出逢いの一つで変わることは珍しくはない」

 

「そうですね……見てきただけに、私も分かります」

 

「簡単なことではないけどな。シロウの友人に同い年は居ないから……」

 

 切嗣とナタリアを除けば、彼と親しいのは……テスタロッサ家、高町家、ベルたち。

 次点で月村家、アリサ――――即席ペアを組み、フェイト関連で会う機会が増えるクロノ辺りだろうか。

 だとしても、一般人には出来ない事柄なのは間違いない。

 

「残念だが、あと俺に出来るのは約束が終えるまで、シロウの危うさが進行しないように戦いから遠ざけることだけだ。

 “きっかけ”の方は……情けないが他人任せになる。“日常”の中で起こって欲しいな……」

 

「私の中で真っ先に思い当たるのはフェイトとナノハですね。彼女たちとは友好がありますから」

 

「……二人は魔導師だろ。シロウの立場を考えると難しい。と言うか、ナノハは地球出身者。ミッドが関連することには巻き込めない。いくら才能が有っても、こっちに関わるのはいいと頷けない。

 フェイトは……シロウの立場が無ければな……」

 

「あくまで例と上げただけです。参考程度に」

 

「参考って……」

 

 突然のウィンディアの案にベルは戸惑った。

 戦闘戦闘を積むためとはいえ、シロウは“こちら側”に触れている。それは、少女たちには重すぎるだろう。

 彼女たち以外で、ベルは思案する。

 

 

 彼に浮かんだのはただ一人。

 迎えが来ることが約束の残りとなったのに、未だにここを訪れない黒コート。

 

「まぁ、早い話。キリツグが帰ってくれば済むんだけどな」

 

「それは、主の父親ですよね?

 もう長いこと姿を見せていないと聞いていますが――――」

 

「いや、生きてる。キリツグは約束の途中で死ぬような奴じゃない。それに、一緒にいる姐さんが一番の信条にしてるのは『何があろうと手段を選ばず生き残る』。それはしっかりキリツグに叩き込まれている」

 

「では何故、主を迎えに来ないのでしょうか?」

 

「事が事だからな。そう簡単に終わることじゃないのは判ってる。長すぎるとは俺も思うが、始末の過程で手間が増えたのかもな。

 だとしても、俺はキリツグが来るまで可能な限りのことをシロウにするさ。

 当分はそれに加えて……テスタロッサ関連のこともありそうだけど……ここで放ったらかしにしたら、それこそ二人に会わせる顔が無くなる」

 

 士郎にもやるべきことは山積しているが、それはベルも同様だ。士郎の安全の確保――――保護者と名乗っているからには、その責任を果たす。

 そして、見落としてしまった『ヒュドラ事件』を含めたプレシア関連。彼女の娘であるフェイトの事柄。

 防げたかもしれない――――プレシアが二人の友人とあって、彼にとっても無視できない。

 

「……結構話したな。

 ウィンディア。お前も引き続きシロウを頼むな」

 

「当然です。主を支えるのが私の役割ですので」

 

 その返事を聞くと、ベルは“仕事”とは別の意味で忙しくなりそうだと、頭を掻く。

 デバイスを受け取った後に、もう一度明日以降の予定を組み上げよう……そう区切りを付けた彼も部屋を後にして、廊下へ出た。

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 

「何だこれ?」

 

 久々にここの厨房で料理をすることになった俺は、食材の確認をしようと業務用縦型冷蔵庫を開けた。 

『貯蔵の心配はない』ってベルは言ってたけど――――

 

「……心配どころかしっかり揃ってるじゃないか。

 何か……珍しそうな魚まであるし……」

 

 他には何が在るのか把握するべく、他の箇所も見ていく。

 やっぱり……“技術室”といい、広い厨房といい、機材の揃いが良すぎるだろ。

 前々から思ってたけど、“ホーム”より“集会所”の方がピッタリなんじゃないか? 浴場とかも有るし……。

 

「ま、集まりの場であるから備えが有って困ることはないけどさ」

 

 小言をしながらも手は止めなかった。

 魚類が保存されいる冷蔵庫の他に、肉類、野菜類が保存されている方も確認していく。どれも充実とした光景だった。

 食事処で待っている皆は「お前が作る物なら何でもいい」って言っていたけど、こうなってしまうと逆に決まらない。

 

「……うーん。まず肉をメインにするか、魚をメインにするか。どっがいいか聞きに行くか……」

 

「え、そんなことならどっちも作ればいいだろ」

 

「そんな訳にもいかない。食材全部使ったらこの後の飯はどうするんだよ?」

 

「心配するな。それを見越して明日以降の食材を持ってきたところだ」

 

「準備がいいな。けど、全部喰い切れるか?」

 

「お前の料理なら誰も手を止めねーよ」

 

 数度、言葉を交わし合ってから背後に居る人物に気が付いた。

 この声は常に後ろからベルら前衛をサポートする後衛の一人。

 

「よっ。弓使い(アーチャー)

 で、早いところ飯を頼むぜ。他の連中はウズウズしてるぞ」

 

銃使い(ガンナー)……久しぶり。

 そうは言っても、何を作るかな」

 

弓使い(アーチャー)が作る飯なら何でも喜ぶさ。好きにしろ」

 

 と、軽口で促すのは――――

 セビア色でセミロングな髪型に、黒色のベスト、カーキ色のワークパンツと軽そうな服装。もう少しで身長180cmに届きそうな青年だ。

 年齢は20代後半らしく、ここでは比較的若い年齢層になる。

 

「――って、なんで俺だけここでも“コード”なんだよ。名前でいいだろ。前からそうだけどさ」

 

地球(そと)の名前のイントネーションが苦手なんだ。大切な名前を妙な発音で呼ばれたくないだろう?」

 

「……まあ、俺のことって判るからいいけどさ」

 

「だろ。

 それにな。お前だっておれのことを“コード”呼びしてる」

 

弓使い(アーチャー)って呼ぶから反射的に返してるだけだ。名前で呼ばれたら名前で返す」

 

 弓使い(アーチャー)銃使い(ガンナー)は、ベルたちの“仕事の中”での呼び名(コード)だ。

 本名を伏せ、自分達の正体を隠す意味合いで敷かれたルール。発案したのはベルらしい。俺の“コード”は彼から付けられた。

 その“コード”の決め手となるのは基本的にその人の長所。俺は弓が巧いから“弓使い(アーチャー)”と呼ばれている。

 

「まあ正直、お前の“コード”の弓使い(アーチャー)は少し引っ掛かるんだけどな」

 

「なら名前で呼べばいいだろ」

 

「そっちの意味じゃない。“弓使い”って言いながら双剣の方が印象強いって話だ。

 おれ的には“剣使い”って方がピッタリだ」

 

「“剣使い”って呼ばれるほど俺は剣が巧くないよ。進んで攻める型でもないし」

 

「でも主武装だろ?」

 

「そうだけど……」

 

 確かに俺は弓と同等ぐらいに双剣を振るっている。それが“アイツ”の主力だったから。

 でも、やっぱり双剣と弓なら分があるのは弓なんだろう。“俺たち”にとって弓は腕前だけでなくて、イメージ通り(・・・・・・)に矢を的中させることだ。この辺は“鍛練”の成果も大きい。

 だって、イメージするのは常に――――――

 

「って、思い返してる場合じゃない。

 なあ、冷蔵庫に在る食材はどうしたんだ。前はあそこまで貯蔵されてなかっただろ」

 

「ああ、あれな。ベルの奴が『あのバカ!』って喚いたあと、弓使い(アーチャー)が帰って来るって知れ渡ってよ。その途端、他の連中が頼んでもないのに挙ってやりやがった。

 あ、おれのこれは在庫が無くなることを見越してな」

 

 くいっと顎で自身の隣に在る台車に乗せられた段ボールたちを指す。それらのラベルには穀物、野菜などと記されていて至って普通。

 これなら冷蔵庫の食材は使い切っても平気か。

 

「普通な食材だな」

 

「普通じゃない食材ってなんだ?」

 

「魚類の場所にさ、なんか珍しそうな魚があったんだよ。アンコウに似た何かみたいな」

 

「あー、冷蔵庫に在った魚類は海産物で有名な第23管理世界(ルヴェラ)で仕入れたらしい。珍味とか聞いて籠に入れたのかもな」

 

「誰だ……わざわざそんな世界(ところ)に行ったのは……」

 

「ここしばらく弓使い(アーチャー)の料理は食ってないからな。みんなお前の料理を欲しているのさ。

 で、何をお作りになります、コック長?」

 

「そう言うことなら要望通り全部使ってしまうか。

 あと、俺はコック長ではない」

 

 キッパリと断言してから、キッチンの端に掛けておいたエプロンを身に付ける。

 他の食事当番から前にも似たようなことを言われたけど、そんなに調理人が似合っているのか。そう言えば、アルフにも言われたっけ……。

 

「その腕前ならそう呼ばれても誰も違和感を感じないと思うぜ。

 いや、いっそのことなっちまえばいいんじゃないか? 自分の店持ってさ。おれたちがまず固定客になるぞ」

 

「そんな余裕は俺には無いよ。出来るのは目の前で腹を空かせてる人に振る舞うぐらいだ」

 

「安泰しそうなのに……」

 

 心底残念だと、表情を浮かべているのを余所に俺は何を作るか考える。食材の心配は無用。だから、この場合は人数か。

 海鳴市の時は一人かフェイトたちを含めて3人だったから、それ以上となると囲める料理がいいな。

 アンコウ……に似た何か。魚類……野菜……肉――――――

 

「……鍋にするか」

 

「お、いいね。

 折角ルヴェラ産の海産物があるんだ。海鮮鍋はどうだ?」

 

「野菜もあるしそうしようか。

 あ、それだと肉を使わなくなるな」

 

「そっちも鍋にしちまえよ。野菜はどっちにも使えるし、肉鍋、海鮮鍋の二段構えで」

 

「片方が海鮮鍋ならもう一つの方は味が濃くない方がいいよな。アッサリ風にしてシメに雑炊……。

 よし、久々の大勢だ。思いきって行ってしまえ」

 

 作る料理は決まった。

 ここまで充実な食材を用意してくれたんだ。騒々しく、明るい食事になるようにしよう。

 

「じゃあ、おれはこれを仕舞って、あいつらを収めてくるぜ。

 久々の料理、期待してる」

 

 そう言って台車を備蓄室の方に押していった。

 再び一人になったところで調理器具を揃えようと動く。

 

「トレ――……あ、調理器具はあるからわざわざしなくていいのか……」

 

 握り締めていた拳を解いて、調理器具を取りに向かう。

 それにしても、俺が最初にやることは何処でも料理らしい。

 

 

 

 

 




リンディ艦長たちと話をする前にこっちをしなければならなかったので、先に。

第23管理世界はForceで出てくる場所です。海産物が美味しいらしいので食材調達に。

Movie 2nd、Vividで闇の書の活動はベルカ時代からあったらしいのでそれを引っ張ってきました。つまり、魔導師も魔術師たちも因縁が……

“ホーム”で二名ほど新規登場しましたが、二人は『アースラ』乗組員のランディ、アレックスみたいな感じです。A’S以降を考えると、主要人物の人数がね……

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