魔法少女リリカルなのは ~The creator of blades~   作:サバニア

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 久しぶりの更新になりますが、今回で無印最終回です


20話 約束

 窓の外には青い空が広がっていて、綿菓子のような晴層積雲が鮮やかな背景に点在している。

 日本は全国的に温暖な気候しているが、この時期は特に清涼さを感じさせる。遠からずして初夏が訪れるのだ。

 

 

 散歩には最適な気候をしているこの日、フェイト・テスタロッサと彼女のパートナーであるアルフは、海鳴市内に在るマンションの一室を訪れていた。ここは二人が『ジュエルシード』を捜索する際に拠点として間借りした場所だ。

 

 

 二人はリビングの清掃をしながら荷物の整理をしている。あと数日もしたら、彼女は地球を後にすることになるだろう。裁判を受けるために『時空管理局本部』へ赴かなければならないからだ。

 最短で半年ぐらいは向こうで過ごすことになるので、このまま荷物を残して行く訳にはいかない。

 

「荷物を整理する時間をくれるなんて、あの提督さんはいい人っぽいね」

 

「そうだね」

 

 話をしながらも人間形態のアルフは埃取りで着々とリビングに在る埃を絡め取っていた。

 フェイトは地元で購入した食器類を新聞紙で包み、隅から内へ向かって折り込んで梱包している。

 どちらとも良い手際だ。彼女たちは幼い頃からリニスたちに掃除、洗濯など生活に必要な技術はしっかりと仕付けられている。リニスたち程の高い技術は無くても、日常生活で困まることはない範囲の習得はしている。

 

「食器の梱包が済んだらフェイトは自分の物の整理しなよ。残りはあたしがやるよ」

 

「残りって床掃除ぐらいだよね? 一緒にやった方が――――」

 

「それぐらいあたし一人で十分さ」

 

 アルフは埃取りを終えると雑巾が掛けられたバケツを取る。そのままリビングの隅まで移動すると床を拭き始める。

 フェイトはその様子を見て、リビングはアルフに任せると決めた。一瞬、やっぱり自分も手伝おうと考えたが、彼女の意思を尊重することにした。

 

「じゃあ、私は部屋の片付けをしてくるね」

 

「あいよー」

 

 フェイトはリビングから自分が使っていた部屋へ足を進めた。

 部屋に入り、早速と荷物の整理を始める。荷物と言っても、主にあるのは現地の人々に溶け込めるように二人で買い揃えた数種類の衣服だ。タンスやベッドは元々備え付けであるし、傘などの大きめな物は無いから大して時間も掛からないだろう。

 

 

 フェイトはまず少し可愛らしい装飾が施された白色のワンピースを手に取った。これはアルフが選んで買った服だ。

 彼女は海鳴市内で活動する際は自分が選んだシンプルで黒色のワンピースを着ていたので、白色の方を着ることがなかった。

 フェイトは自分が選んだ服が着られることがなくて、残念がっていたアルフを思い浮かべながら、丁寧に畳んでバックへ仕舞う。

 

 

 続けて、予備で買ったもう1つの黒色のワンピース……動き安さを重視して買ったものの、結局一度も着なかった黒いシャツとショートパンツのセットも同じ要領で仕舞っていく。

 

「思ったより早く終わっちゃった……」

 

 ふと呟く。私物の整理が思っていたより早く済んでしまった。

 フェイトは他に何かやることは無いかと記憶を探る。が、残っていることはリビングの清掃だと行き着いた。

 そうして、彼女はアルフの方の様子を見に行こうと、リビングへ向かう。

 

「アルフ、片付けが終わったよ」

 

「あたしの方も丁度終わった」

 

 フェイトがリビングに戻ってくると、腕で自身の額を拭うアルフの姿が在った。

 磨かれた床は窓から入り込む光を受けて、僅にだが反射させる程にまで綺麗になっていた。

 

「これで終わりだよね?」

 

「そう――――あ、台所に調理器具」

 

「それってシロウが用意した物だよね?」

 

「そうそれ。まあ、あれらはシロウが戻って来てからか」

 

 やることを一通り済ませた二人は衛宮士郎を思い浮かべた。彼は自身の用事でここには居ない。それが終わったら合流することになっている。

 

 

 と、考えて間もなく、ガチャンと玄関のドアの鍵が回る音が響いた。

 ここの合鍵を持っているのはフェイトとアルフを除いて一人だけだ。だから、二人には誰が来たのは直ぐに判った。

 

「おまたせ。

 ……もう掃除は終わったのか?」

 

「あ、シロウ」

 

「噂をすればってやつか……ああ、シロウ、あたし達のことは終わったよ。あとはアンタの調理器具」

 

「そっか。調理器具の片付けは直ぐに終わる」

 

「それなりの数じゃなかったかい? 包丁だけでも数種類在ったと思うんだけど?」

 

 玄関から通路を通ってリビングに入って来たのは士郎だ。彼はアルフから残っているのは調理器具だと聞くと台所へ足を進めた。

 フェイトとアルフはそのあとに続いて行く。

 

「――、――」

 

 士郎は台所に足を踏み入れて、小さく口を動かす。

 すると、包丁立てに納められた包丁などは霧散するように形を失った。

 

「終わったぞ」

 

「シロウ……今のは?」

 

「ここに在った調理器具は俺の“能力”で取り出した物だからな。“仕舞う”のも同じだ」

 

「ほんとシロウの能力は便利そうだね~」

 

 突然と形を失い、初めから包丁などは幻だったのかと思える光景を見たフェイトから感嘆な声が漏れた。

 アルフからは興味津々と言った具合に人間形態でも時折残る尻尾を振っている。

 

「これで片付け諸々は終わりか。他にはやることは――――」

 

 士郎の口の動きが途中で止まった。調理器具を“仕舞い”、振り向いてフェイトたちを収めた視界の端に映った物に気を取られたのだ。

 その様子が気になったフェイトが声を掛ける。

 

「シロウ、どうしたの?」

 

「いや……あそこに在る写真がな……」

 

「写真? あっ……」

 

 フェイトとアルフも士郎の視線が向いている方に目を向ける。

 彼女たちの目先には写真立てが置かれていた。その中には、緑豊かな草原を背景にして微笑んでいるフェイトの母親であるプレシア。母親の膝の上に乗りながら左手でピースをしているフェイトの姉であるアリシアが写っている写真が収められていた。

 フェイトはそれを手に取ろうと歩き寄って行く。

 

「……母さんとアリシアの思い出は……これぐらいしかないんだよね……」

 

「……ああ。俺は写真の1つも持っていないからな……。フェイトが今持っているのが残された唯一の写真だと思う」

 

 フェイトは写真立てを手に取ると、胸の辺りまで持ち上げて抱き締める。悲しい思い出であったとしても、この写真は自分の母親と姉が生きた証でもある。

 

「シロウが写ってるのは無いのかい?」

 

「俺は主に撮る側だったからな。この写真(とき)も……俺が撮った筈だ」

 

 アルフから訊かれた士郎は悲しそうに答えた。彼にとってもプレシアとアリシアが写っているこの世にただ1つ残った大切な物だ。

 

「シロウ……アリシアはどんな子だったの?」

 

「そうだな……明るくて、いつも元気一杯で賑やかだったよ。よく俺に『遊んで』ってねだってきた」

 

「私とは……やっぱり違うんだよね……」

 

 フェイトは寂しそうに呟く。

 彼女は『ジュエルシード』を巡る騒動の中で自分が生まれた経緯を知った。自分はアリシアの細胞から作られ、記憶を引き継いだクローンであることを荒れていたプレシア本人の口から聞いてしまった。

 その時、側に居た『時空管理局』のクロノとエイミィもプレシアの研究について口にしたこともあって、そのことは紛れもない事実だ。

 

 

 自分の持っている記憶を本当は何一つ自分の物ではないのだろうか? そんな不安がフェイトの心に影をチラつかせる。

 母親が最期に自分へ見せてくれた微笑み。自分の存在を肯定してくれた少年。自分を支え続けると誓ってくれたパートナー。そのような人たちが側に居ても、自分の裡を揺らすことを完全に振り切ることは、幼い少女にはまだ難しいことだろう。

 

「フェイト……」

 

「どうしたの、アルフ?」

 

 アルフはそっとフェイトを抱き締めた。

 そして口を開いていく。

 

「フェイトが不安でいることは、心で解る」

 

 優しく、ゆっくりとフェイトの頭を撫でながら、アルフは続ける。

 

「フェイトが本当はどこの誰で、どんな風に生まれて来たかなんてあたしは知らないし……あたしが生まれる前の話なんだ……」

 

 フェイトの鼓膜をアルフの鼓動が叩く。自分はいつでも主人であり、パートナーであるフェイトの側に居ると言うように。

 

「あたしが知ってるフェイトは他の誰でもない。あたしに命と自由をくれて、色んなことを教えてくれて……いつも側に居てくれたフェイトだ」

 

 アルフは“自分にとってのフェイト”を語る。

 自分が知っている少女は、確かにここに居ると。

 

「あたしがこの世界で生きてて欲しいフェイトは……あたしが今抱き締めているこのフェイトだけなんだよ」

 

 語り終えて、口を閉じたアルフはより力を込めてフェイトを抱き締める。

 

「アルフ、苦しいよ」

 

 フェイトが声を漏らすと、アルフは両腕から力を抜いて彼女を解放する。

 今度は少し微笑みを取り戻したフェイトが、アルフへ口を開く。

 

「また不安がる時があるかもしれないけど……私は強く生きて行くよ」

 

 自分は生きている。これからも前に進むんだ、とフェイトは思っている。

 そのためにも、先ずは裁判を終わらせる。

 

「……アルフは、しっかりとフェイトを支えているな」

 

「当然だよ! あたしはフェイトの使い魔だからね!」

 

 士郎の口が動く。

 静かに二人を見ていた士郎は、二人の絆がこの先、決して揺らぐことないモノだと感じていた。二人の間に有るのは、ただの主従関係ではなく、その絆は家族としてのモノでもある強さだと――――――

 

「それにしても……シロウはホントにいいのかい?」

 

「何がだよ?」

 

「折角故郷に帰ってきたのに、またミッドチルダに行くだろう?」

 

「そのことか。今回の件は……このまま無視出来ることじゃないしな。どのみち、ベルの所には一旦行って話をしないといけないし」

 

 フェイトとアルフは裁判を受けるために『時空管理局本局』へ向かうが、士郎の方も一旦『ミッドチルダ』へ赴かなければならない。

 

 

 士郎は現保護者(・・・・)であるベルから一度戻って来るようにリンディを通して言われている。理由は言うまでもなく『ジュエルシード』のことに関わり過ぎたからだ。休養と言う名目で彼は地球へ帰郷させられた訳だが、それは遠回しにミッドチルダ関連のことから遠ざけるという、ベルの目論見も含まれていた。戦い詰めの彼の考えてのことだった。

 無論、士郎はベルの目論見までは知らない。そのことを知っていたら、士郎はこの提案を受けていなかっただろう。

 

「シロウは……その……折角ここでの仕事を見付けたのに、やめることになっちゃったんだよね?」

 

「このまま続けさせて下さいってのは難しいからな。俺もいつ戻って来られるのか判らない……。

 義母(かあ)さんとアリシアの葬儀に、これからのこと――――やることが山積みだ」

 

「そうだね……やらないといけないこと……沢山あるね……」

 

 士郎がフェイトたちとここで合流前、『喫茶翠屋』で働かないかと声を掛けてくれた高町桃子と話をしていた。

 内容は“あの日”から相談していた『翠屋』での仕事を止めさせて欲しいことについて。そうなった経緯を彼は「海外に居る身内に不幸があったから、今すぐにこっちに戻って来て欲しい」と連絡が着たと説明した。

 

 

 その話を聞いた桃子は長期の休みでもいいと提案してくれたが、士郎はそれを断った。いつ帰ってくることか判らなかったからだ。

 桃子は士郎の相談を受け入れた。高町家も過去に一家の大黒柱である高町士郎が大怪我をして大変だった時期が有ったこともあり、身内のことを大切にする士郎の意思を尊重してくれたのである。

 

『大丈夫だから頭を上げて。突然のことで驚いたけどそう言うことなら仕方無いわよ。うちも昔、夫が大怪我したことがあったから、少しはシェロ君の気持ちは分かるわ。気にしなくて大丈夫だからね?』

 

『……ありがとうございます』

 

 少し嘘を紛れ込ませたことに士郎は心を痛めたが、【魔法】のことを避けて説明するため仕方がなかった。

 しかしながら……それとは別のことも士郎の心を襲っていた。

 

「それに……ベルも結構怒ってるみたいだしな……」

 

「当たり前です。本来の目的を大いに違えているのですから」

 

 ウィンディアからの厳しい指摘が士郎に刺さる。

 

 本来、管理外世界である“地球”に管理内世界の事柄は関わることはあってはならないことだ。しかし、今回の件はあってはならないことその物。加えて士郎はその件に深く関わってしまった。

 

 

 ベルはこの実態を無視することは出来ない。士郎の養父である切嗣から彼の身を預かっている以上、彼の安全確保をしなければならない。

 

 

 またリンディも士郎から話を聞く必要があった。この度の事件の収拾には士郎も関わっている。『ロストロギア』である『ジュエルシード』を破壊した事実。報告書をまとめるにも彼のことは必要だ。

 同じく事件に深く関わってしまった高町なのはも当分の間は『管理局』と連絡を取ることは避けられない。彼女の証言もリンディたちには必要である。

 だが、彼女は士郎みたく向こうと関係を持っている訳ではないので、あくまでも連絡を取り合うことに留まるだろう。

 

 

 結果、士郎はフェイトたちと一緒に『アースラ』に乗ることになった。“向こう”でベルが士郎を迎えに来る手筈になっている。

 

「まー、やることが一杯有っても、あたしはフェイトの側に居られればいいし。ここずっと張り詰め過ぎだったからゆっくり片付けていくのも悪くないかなって」

 

「裁判はどうやっても時間が掛かるからな……一応、リンディ艦長たちは半年で終わるようにって考えてくれてるのは二人も聞いているだろう?」

 

「うん。でもそれって最短だよね?」

 

「らしい――――」

 

 と、士郎が言葉を続けようとした時、玄関からドアチャイムの電子音が鳴り響いてきた。

 会話が止まり、3人の視線が交差する。

 俺が出る、と士郎が目で言うと玄関へ向かって行った。

 

 

 士郎は玄関ドアの前に立つと、ドアスコープで外の様子を見る。

 

「はい、今開けます」

 

 外に居た人物を確認して、ゆっくりとドアを開いた。

 ドアの向こう側に居たのは地球のスーツに身を包んだリンディ・ハラオウンだった。

 

「あら、エミヤさん。彼女たちの手伝い?」

 

「そんなところです。フェイトたちに話が有って来たんですよね?」

 

「ええ」

 

「どうぞ」

 

 士郎はリンディを招き入れた。

 ドアの鍵を閉め直して、士郎はリンディをフェイトたちが居るリビングへ案内した。

 

 

 士郎はフェイトたちとリンディを引き合わせると、台所へ向かっていた。

 暫くすると、彼は紅茶を注いだカップを持って戻って来た。

 

「どうぞ。リンディ艦長の口に合うといいですけど……」

 

「ありがとう。エミヤさん、なのはさんと同じように私のことは“さん”付けで呼んでいいのよ? 貴方は管理局員ではないし」

 

 そう言ってからリンディは紅茶に唇をつける。

 唇を離して、少し紅茶を見詰めてから口を開いた。

 

「……美味しい」

 

「口に合ったのならよかったです」

 

 リンディの感想を聞いた士郎は嬉しそうにしていた。

 そんな士郎の様子を見たアルフは1つの疑問に思って士郎へ念話を繋ぐ。

 

(シロウ……カップは全部仕舞った筈なんだけど?)

 

(ああ。だから俺の“能力”で取り出した物を使った)

 

(まあ、そうなるよねぇ……)

 

 二人のやり取りが聞こえていないリンディは、フェイトたちへ話し掛ける。

 

「ごめんなさい。突然のことで驚いたわよね? 出発の日が決まったから伝えに来たの。きちんと顔を合わせて言うべきだと思ってね」

 

「そうですか……」

 

 リンディ艦長の言葉にフェイトが答えた。

 フェイトたちの3人は薄々とリンディ艦長がここを訪れた理由に気付いていたので、慌てることは無かった。

 

「あの……あの子とは、もう会えなくなりますか?」

 

「なのはさんのことかしら?」

 

 フェイトは静かに首肯する。

 

「そうね……少なくとも裁判が始まったら、終わるまでは難しいわね。

 でも、出発前の少しの間なら大丈夫よ」

 

「あの子は私に声を掛け続けてくれた……私はまだ、その返事をまだしていないんです」

 

「そう……なら出発する前に返事をしておかないといけないわね」

 

「……はい」

 

 フェイトの目には強い意志が映っていた。

 ずっと声を掛け続けてくれたあの子。本当の自分を始めようと言っていたあの子――――高町なのは。

 フェイトはあの声に、正面から向かい合うと決めた。

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 ――――フェイトたちの出発の日が決まってから、数日が過ぎた。

 

 

 異なる世界で生まれ育った少女たちが出逢うきっかけになった一つの事が終わり、ここを旅立とうとしている人たちがいる。

 偶然そのことに関わったなのはにとって、その事は長いようであっという間のことだった。

 

 

 その思い出に触れながら、フェレット姿のユーノを肩に乗せた彼女は、海鳴臨海公園へ向けて道を走っていた。

 早朝ということもあって、外はまだ涼しげだ。

 

 

 なのはは胸を踊らせていた。フェイトたちが出発する前に、少しだけ会うことが出来るとリンディから連絡を貰ったからだ。

 本当は一日中でも話をしていたいと思っている。しかし、それは出来ない。この旅は彼女たちには必要なことなのだ。止めることは出来ない。

 それなら、許された時間で出来る限りの話をしたい。そう思いながら彼女は走って行く。

 

 

 

 

 家を飛び出した速度を維持したまま走り続けて、なのはは海鳴臨海公園に辿り着いた。

 既にそこにはフェイト、人間形態のアルフ、士郎、クロノが待っていた。

 

「フェイトちゃん……」

 

 公園内の海辺に在る手すりに手を置きながら、海を見ている綺麗な金髪を見たなのはの口が自然と動いた。

 初めて出逢って時と比べて、フェイトは柔らかい表情をしている。

 

 

 少し息を乱しながらも、なのははフェイトへ歩き寄る。

 その姿を見たフェイトは、なのはの息が整うのを待っている。

 次第に息が落ち着いていくと、二人は互いに相手を見て表情を綻ばせた。

 

「ユーノ、ちょっといいか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 士郎の手招きされて、ユーノのなのはの肩から士郎の腕を伝って、彼の肩にまで移動する。

 

「僕たちは向こうに居るから、二人で話すといい」

 

 クロノがそう言うと、アルフと士郎も身を翻し、彼に続いて少し離れた場所に在るベンチへ向かって行った。

 

 

 二人になったなのはとフェイトは互いを見合うものの、なかなか話を始められずにいた。

 話したいことは確かに有る。ただ、それが有りすぎて、何から話そうか思い付かなかった。

 それでも、なのははゆっくりと口を開く。

 

「……フェイトちゃんは……その……これから出掛けちゃうんだよね?」

 

「そうだね……少し時間が掛かるかもしれない……」

 

 俯くフェイト。しかし、それは一瞬。

 俯いた顔を上げて、なのはを見る。

 

「でも……またここに来るよ。君と話をしたいし、シロウの故郷もよく見てみたいから」

 

「その時は私が案内するよ! だから、待ってるね!」

 

 嬉しさを抑え切れず、勢いよく左手を上げて微笑むなのは。

 そんな彼女を見たフェイトの表情が和らぐ。

 

「その……今日来てもらったのは……返事をするためなんだ。

 君が言ってくれた言葉――――友達になりたいって」

 

「う、うん!」

 

「私に出来るなら……私でいいならって思ったんだけど……どうしたら友達になれるのか分からなくて……」

 

「えっ?」

 

 なのはは不思議そうに目を点にする。

 

「アルフは私のパートナーだし、シロウは――――先生の一人だし……だから……どうしたら友達になれるのか、分からないんだ」

 

「……えっとね、友達になるのは簡単だよ。名前を呼んで、友達になりたいって気持ちを伝えるの。それが通じ合ったなら、友達なんだよ。

 だから……フェイトちゃんも呼んで……私の名前を」

 

「…………なのは」

 

「うん……!」

 

 なのははフェイトの手を握る。彼女の声に応えるように――――自分たちの想いが漸く繋がったことを表すように――――――

 

「なのは……今度会う時は……地球を案内して欲しいんだ。なのはたちのことをもっと知りたいんだ」

 

「うん! それじゃあ約束だね! 最初の約束! 先ずは海鳴市を案内するよ!」

 

 約束を交わした二人は優しく抱き締め合う。

 互いの温もりを伝え合う最中、数滴の涙が頬を伝って、零れ落ちていく。

 それは悲しさだけから来る雫ではなく、嬉しさも含んだ雫だった。

 

 

 

 

 抱き締め合っている二人をベンチに腰掛けていた彼らは見守っていた。

 アルフもまた、涙を零している。

 

「なのはは……ホントにいい子だねぇ……」

 

 フェイトのパートナーであり、家族でもあるアルフはフェイトに友達が出来たことを喜んでいた。

 士郎は目蓋を閉じながらも表情を綻ばせて、二人を祝福していた。

 クロノもその光景を記憶に留めようと、一度目蓋を閉じていた。

 

「……行こうか」

 

「……ああ」

 

 目蓋を上げたクロノが時間であることを告げて、腰を上げる。

 ユーノを肩に乗せた士郎、アルフもベンチから腰を上げて、なのはたちの所へ足を進めて行く。

 

 

 彼らが近づいて来たことに気付いたなのはとフェイトは抱擁を解く。

 

「士郎さんも……行っちゃうんだよね……?」

 

「……ああ。義母さんとアリシアを見送る為にも、な……」

 

 クロノの隣に立って居る士郎を見たなのはの表情が、寂しそうなモノに変わった。

 『翠屋』のことなどでそこそこ親しくなった彼も遠くに行ってしまうと思うと少し寂しくなる。

 

「少し時間は掛かるかもしれないけど、また会えるさ。フェイトとなのはの約束が果たせるように、俺も頑張るから」

 

 士郎の言葉を聞いたなのはは、ふと何が頭を過ったようで、ツインテールに纏めた自身の髪の毛へ手を伸ばす。

 ゆっくりと自身の髪の毛を結わいている白色のリボンを(ほど)いて、フェイトに差し出した。

 

「思い出にできるの……こんなものしかないんだけど……」

 

「じゃあ……私も……」

 

 フェイトも自身の髪の毛を結わいている黒色のリボンを(ほど)いて、なのはへ差し出す。

 

 

 互いに友達の証(リボン)を手に握る。

 今はこれぐらいしか渡せるものはない。けれど、その手にしているものは、何よりも代え難い“思い出”だ。

 

 

 海から吹き込む風がリボンと二人の少女の髪を揺らしていく。

 この瞬間を、なのはとフェイトは一生忘れない。どれだけ時が流れようとも、何があっても決して――――

 

 

「ではシロウさん、僕は――――」

 

「ああ――――」

 

 ユーノは士郎に一言を言うと、なのはの肩へ移動した。

 なのははユーノと視線を交差させてからアルフへ声を掛ける。

 

「……アルフさんも元気でね」

 

「ああ……色々ありがとね……」

 

「それじゃあ……僕も」

 

「クロノ君も……またね」

 

「またな、なのは」

 

「士郎さんも……大変だと思うけど……頑張って」

 

 なのはは順に握手をしていって、少しばかりの別れの言葉を交わす。

 それが済むと、なのはとユーノの以外のメンバーは二人から少し離れる。

 

 

 クロノの足元を中心に青い円状の魔方陣が浮かび上がり、4人はその中に収まった。

 

「またね……みんな……。フェイトちゃん! 約束、待ってるからね!」

 

 目尻に涙を溜めながらも、手を降って見送ってくれるなのはを見たフェイトは――――

 

「うん……必ず!」

 

 手を振り返して、はっきりと力強く応えてくれた。

 

 

 光が収まる。数秒前までなのはの目の前に居た4人の姿は、もう無かった。

 その場所には粒子のような仄かな青い色の光が漂っている。が、次第に風へ溶けるように霧散していく。

 

 

 普段と同じ――――海の波音が流れ、潮風の香りがなのはを通り抜ける。

 

「……なのは」

 

「平気だよ。だって……また会えるから……」

 

 フェイトたちが旅立った後も、なのはは彼女たちが居た場所から目を離さなかった。

 一つ一つの思い出を自分に――――この想いを自分の心に刻み込んでいた。

 

「そう言えば、ユーノ君は士郎さんと何を話してたの?」

 

「――――内緒……」

 

「え~、教えてよ~」

 

 少女と少年の声が響き渡る。その声は年相応で楽しげだ。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 だけど、笑顔で見送ったのだから、もう悲しむことはない。

 そして……今度は笑顔で“友達”を迎えよう。

 

 

 これは短い別れ。この先でまた出逢って、今度は一緒に歩いて行く為の……。

 約束と新たな想いを秘めた少女たちは道を進んで行く。

 

 

 ――――何処までも蒼く、続いていく空を並んで羽ばたく白い翼。

 ――――それは、何処までも色褪せることがない、少女たちを映し出して居るようだった。

 

 

 

 

 




 無印最終回の投稿が遅くなりました……すみません……。
 前回から三ヶ月ちょっとになりますか……。今更ながら活動報告に記載しました。


 さて、無印が終わり次はA’S編へ向けてですね。
 では宜しければまた次回……。


 ―追記―

 必須タグの仕様変更、無印編終了に伴い、タグを整理しました

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